連載小説
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番外編 最終話「這いよる混沌」



9月◇日

 教会の入り口の扉を抜けると、薄暗い礼拝堂の中、祭壇の前にルゼニアさんがいた。

「あら?こんな夜更けになにか御用かしら?」
「ええ、ちょっと貴女に尋ねたい事があってね・・・。」
「何かしら?」
「・・・。」

 しばしの沈黙のあと、私は思い切って切り出した。

「貴女は誰なの?」

 私の質問に、彼女は笑顔を浮かべたまま答える。

「それはどういう意味なのかしら?」
「貴女は2件目の被害者から、犯人が見境無いと行ったけど。どうして、2件目だけが特別だと知っていたの?」
「・・・。」
「この街の領主に聞いたら、2件目の被害者が他の被害者とは違うという事は、私の入れた限られた者にしか教えていない。その中に、貴女はいないそうよ。」
「それじゃあ、その限られた者がうっかり口を滑らせたのを聞いたのよ。」
「それは変ね・・・。だって、限られた者って私と、事件以降誰とも在っていない領主の夫しかいないのだから。」

 そう、カルメシア様は、1件目に続き2件目の不審死事件が発生したという事で、自ら出向いて死体を調べたのだ。そして、事件現場で死体が教会関係者のものである証拠を見つけた(具体的に何を見つけたのかは教えてくれなかったけど)。
 その後、この街での一連の事件が、私達サバトが来てから起こっている事から、当初は本気で私達を疑っていたらしい。
 そこで、魔女達のリーダー各である私に、カマをかける目的で2件目の死体の事を話したのだ。もっとも、そのカマは外れて、私にうっかり情報を流すハメになったけれど・・・。

「それに、彼女が変化した後の姿を追っているとき、貴女は『“彼女”はあっちへ行った』と言ったわね。変化した後では、性別なんてまるで分からない姿なのに。」
「じゃあ、リリルルシアが、そのままの姿で私の前に現れたのですよ。」
「それだと、貴女が悲鳴を上げる必要はないわよね?それに、私は彼女とは言ったけれど、リリルルシアなんて一言も言っていないのだけれど。」
「・・・。」
「と、まあ。ここまでは、貴女がそういう人物だからといえばそれまでなんだけど・・・。」

 そう、ここまで私が言ったのは、この事件に関して彼女が関係している可能性を示したにすぎない。
 あくまで、彼女が事件の重要人物である可能性があるにすぎないのだ。
 しかし、この街に来てひと月程の私に、『貴女は“何者?”』と問わせるだけの行動を彼女は取っている。

「男に逃げられたのに、ヘラヘラしているのが思いっきり怪しいしね。」
「あら?そうなの?」
「領主に話を聞いた時、あの騎士の事も聞いたわ。はっきり言って、リリルルシアを親魔物領へ運ぶための捨て駒に使われた、下っ端騎士だそうよ。この街の警備をかいくぐって、脱出するだけの腕もなさそうって話だったわ。つまり、本物の貴女だったら、まず逃がさないわね。」

 そう、あの時、心身喪失した騎士を介抱していた彼女の眼は、まさに獲物を捕えた魔物娘の眼だった。
 はたして、あの眼をした魔物娘が、対象(獲物)に逃げられたぐらいで諦める事があるだろうか?
 いや、断じて無い(キッパリ)!

「この世界の魔物の事を、よく知らないようね・・・。私達魔物娘はね・・・、一途に思ったら止まらないのよ。逃げられたくらいで諦めるのは、あんたが偽物って証拠よ!」

 そう言って、私は手に魔力を収束させる。

「偽物、正体を現しなさい!」



・・・・・・



・・・・・



・・・・



・・・


 あの後、私は天井が崩れた教会で気を失っているのをバフォ様に見つけられて、ちょっとした騒動になったらしい。
 どうやら、老朽化による天井の崩落に巻き込まれたと、その件は処理されたと言う。



 その日の夜、アルムカールの街では花火が打ち上げられたのだが、そのさまざまな光の花が咲き乱れる夜空に、巨大な“何か”が横切っていったのを何人かの街の住民が見たというが、その姿は花火の逆光でよく見なかったという。
 また、この街の近くので、魔界猪をしのぐような大きさの、正体不明の足跡がみつかったらしいが、結局その足跡の主の正体はわからなかったそうだ。
 あと、その日を境にルゼニアさんが姿を消し、一時は瓦礫の下敷きになったのかと騒がれた。が、そういった死体は発見されなかったので、どこぞの誰かとパンデモニウムに引っ込んだのだろという事で落ち着いた様だ。

 だが、それら事は私には関係のない事だった。
 いや、関係したくないと言ったほうが正しいだろう。

 一方、私はと言うと。短い間だったとはいえ、親しくなった少女の死。そして、決して触れてはならい存在を見た事。この2つが立て続けに起こった事で、すっかり精神が参ってしまったのだ。

 しばらくは、その日の事を毎晩悪夢に見てうなされる日々が続いた。もし、私の夢にナイトメアが入ってきたら、確実にそのナイトメアは私の悪夢に巻き込まれたであろう。
その後、私はバフォ様に休暇届けを出したのだ。



 そして今、私はこの使われなくなったサバトのログハウスでのんびりと休養している。

 あと、療養中にパンデモニウムからカルメシア様宛に、ルゼニアさんの手紙が来たことだけを書いておく。どうやら、騎士が街についたその日のうちに、さっそく本屋で買った例の本を応用して騎士をパンデモニウムに連れ込むのに成功したようだ。
 まあ、騎士もあの状態だったし、思ったより簡単にいったのかも。
 あの日の教会での出来事を、私は誰にも言っていない。なので、周囲の人間は騎士とリリルルシアが街に来た日から、祭りの夜まで教会にいたダークプリーストはいったい誰だったのか今でも謎であるらしい。



 さて、だいぶ日も落ちてきたので、私はデッキからログハウスの中へ入ることにした。この辺りは、アルムカールの街からすれば南方に位置するとはいえ、季節的に冷え込む時期でもある。
 そして、私はふと振り返り、日の落ちていく様を見ながらあの日の夜の出来事を思い出していた。



・・・・・・



・・・・・



・・・・



・・・



「偽物、正体を現しなさい!」

 私の今まで言った事は、全て単なる言葉のあやにすぎない。否定されれば、それまでの事である。だが・・・。

「ふふふ・・・。」

 目の前の彼女は、私が収束した魔力など、まるで気にも留めない様に一歩一歩私に近づいてきた。

「・・・っく。それ以上近づかないで!」

 まるで気圧されるように、私は徐々に後退する。

「な〜に?どうしたの?私が怖いの?」
「それ以上、来るなら撃つわよ!」

 それでも、彼女は張り付いた様な笑顔なまま、こちらに近づく歩みを止めない。

「撃ちたければ、撃ってもいいのよ?」
「そこまで言うのなら!」

 私は、彼女に向かって魔力を解放した!
 普段は、バフォ様に“非常時以外に使うな”と、言われている相手を殺傷する事のみに重点を置かれた魔法だ。

 だが、彼女はそれを避けようともしなかった。
 そして、私の放った魔法が彼女に直撃する。

 彼女はそれでも笑っていたのだ、腹部に向こう側の景色が見えるほどの大きな穴をあけながら。
 だが、その穴から血がしたたりおちることはなく、穴の周りは黒い粘着質のナニかが覆いっていた。
 そんな自身の姿を気にとめる事もなく、彼女は話かけてきたのだ。

「教会からのスパイは完全にミスだったわ。なにしろ、そいつは本物が男を連れて別次元に行く瞬間を見ていたのだからね。」

 やはり、本物のルゼニアさんは騎士を連れてパンデモニウムに引っ込んでいたのだ。
 おそらく、教会からのスパイは、少女と共に心身喪失した騎士の事も監視していたのだろう。そこで、ルゼニアさんがパンデモニウムに行った現場を目撃した。
 スパイ自身は、パンデモニウムの事は何も知らなかったのかもしれない。恐らく、そのスパイは何らかの形でこの偽ルゼニアに接触したのか、あるいはこの偽ルゼニアがスパイの存在に気がついたのか。仮にスパイは騙せても、他人にこの事がバレたら、本物がパンデモニウムにいる事が知られる恐れがある。だから、教会のスパイを殺したのだ。

「私は単純に、事の顛末を見届けたかっただけ。貴女達がいう、教会のスパイってヤツはその途中で私に気がついたから始末しただけよ。」
「・・・。」
「私はね・・・、“この世界”の者達が、この事件に対してどう反応し、どう対処するのか観察していただけ。ただ、それだけよ。」
「・・・っく。」

 私は、もう一度同じ魔法を彼女に放つ。
 それは、彼女の顔の半分をえぐり取るも、やはり彼女は平然と立っていた。

 と、ここで彼女に変化が現れた。
 欠けた顔の部分を埋めるかのように、えぐれた部分から黒いナニかがあふれ出し、顔の欠けた部分を覆っていく。
 と、同時に、体のあちこちから黒い染みが現れ、その染みが徐々に大きくなっていった。その黒い染みは、顔の無事だった部分も現れはじめ、顔自体が歪んでいく。
 その体の変化に合わせるかのように、萎んだ風船に空気が吹き込まれていくかのように、空が膨張をはじめた。だが、それは丸い風船ではなく、長細い風船の様であり。その堆積は、横にはあまり広がらず、縦に大きくなっていく。

 それは、もはや女性の顔をしておらず、黒い三角錐のような頭となっていた。黒い染みも、斑模様の様に全身に広がっており、体の堆積も急速に増えているような気がする。

 と、私が確認できたのはそこまでだった。
 そのモノは、その増大する堆積そのままに教会の天井を突き破り、もはや私には興味が無いとばかりに、その穴から這いずるかのように教会から外へと姿を消した。

 彼女だったモノが言う事が本当なら、事件が収束し、生贄を捧げていたシュリフトが灰になった事で、もうここには用は無いと言ったところか。

 そして、その姿が見えなくなったところで、私はその意識を手放したのだった。

 それは、シュリフトが生贄を捧げ続けた者。『妖蛆の秘密』に言及されていた、砂漠で信仰されていた存在。自身に捧げられた生贄の場所に興味を示し、シュリフトに呼ばれるかたちでこの世界へとやってきた異形の神。

 そう、私が見たものこそ、シュリフトのメモに残されていた、這い寄る混沌、すなわち千の顔と仮面を持つ神・ナイアーラトテップ(ニャルラトテップ)に他ならなかったのだ。

13/05/13 20:34更新 / KのHF
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■作者メッセージ



魔女のクトゥルフ神話技能が5%になった!
(実際に外なる神に遭ったので、本にかいてあった事が事実であると理解してしまった。)

今回手に入った魔導書
妖蛆の秘密(サバトが所持)
魔術の真理(サバトが所持)

遭遇した超自然の存在
星の吸血鬼(星の精)
リリルルシア(百万の恵まれたるもの)
ニャルラトテップ

魔女が負った心的障害
軽度のダークプリースト恐怖症:ダークプリーストそのものではなく、ダークプリーストを見ると、あの夜での教会の出来事を思い出し、体が思わず萎縮してしまう。















独り言:またネタを探さないとな・・・。


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