2 魔法使いと魔法使い
自分の家に帰ってきて。
研究室の隣に、圧縮した隠し部屋を展開。例のガラスの棺を開けることはできたのだが……。
「……目を覚ましませんね」
「うんともすんとも言わねぇ!」
棺を開けたら起きてくれないかなと思ったが、さすがにそこまで甘くなかった。
さてどうすれば目覚めるかと、いろいろ調べてはみた。
どこかにスイッチがあるのではないか、何かキーワードで起きるのではないか。
いろいろ試してみたけど結果はダメでした!
「……少なくとも、上っ面を撫でるような調査ではダメということか……」
「ど、どうするんですか?」
「……内部構造の解析……」
「おお……」
内側の構造が解れば、外部につながっている機関のどれかがスイッチかもしれない。
それがダメだったら……。
「……記述式の解析には手を出したくないな……」
「記述式……とは?」
「オートマトンを動かす魔術式みたいなものだよ。ゴーレムみたいに魔術式だけで動いてるならいいけど……どう考えても機械記述があるんだよなぁ……そこまで話が行ったら……考えたくないなぁ……」
俺は機械記述を読めない。魔術式とは記録の方法そのものが違うのだ。機械記述を探し出すだけでも一苦労。そして、形式やらなんやらかんやら全てが異なっているので、何が何を表しているのかすら分からない。
一人だけ、読めそうな知り合いに心当たりがあるが……。
とりあえずは内部解析だ。
+ + +
はい何もわかりませんでした。
構造が複雑すぎる。外につながってる部分を全部触ってみたけれど、動き出す兆しはなかった。
内部解析でわかったのは、魔力炉はまだ生きていて、今は休眠状態になっているらしいということくらいだ。
魔術式? 式の量が膨大すぎて必要な情報を抜き出すだけで数か月かかりそう!
機械記述は知らん。
例のノートも解読してみたが、どうもこのオートマトンの開発者たちの日記というか、雑談ノートだったようだ。それがなんで一緒に置いてあったのかはわからないが……。
ざっと目を通しただけだが、彼らも彼女の開発にいろいろと骨を折っていたようだ。重要な情報は見つけられなかった。
とりあえず。何もできないわけではないが、実際に動かすには長い長い時間がかかりそうなことはわかった。
でも出来るだけ早く動かしたい!
「……仕方ない」
できればあまり頼りたくなかったが。
「知り合いに、解析に強い奴がいる。頼ろう」
「わ、わかりました」
「それでも数日か数週間かかるだろうから、泊まりの用意をしておこう」
「はい」
……さて、手伝ってくれるだろうか。
+ + +
「……何しに来たの」
冷たい視線が痛い。
心の底から嫌そうな顔でにらんでくるこの男は古い友人で、まだ見習い魔術士だった頃からの付き合いである。
一緒に色々バカなこともしたが、だいたいいつも俺が面倒ごとを持ち込んだので、連絡なしで顔を出すとこのように嫌な顔をされる。
「いや、今回はそんな変なことじゃなくてな?」
「そういって、大体いつも変なことだろ」
「いや実は、オートマトンを見つけてな?」
「…………おーと……なんて?」
「オートマトン」
「………………」
友人の動きが止まる。何かいろいろな葛藤があるのだろう。
「……ドウゾアガッテ?」
すごく苦々しい声のカタコトで言われたのだった。
+ + +
「こいつはマージェス。魔術学校時代からの友達」
「どうも。術式解析とアイテム作りが専門です」
「こいつはマート。俺の弟子」
「よ、よろしくお願いします」
「……弟子、ねぇ」
ふーん、と、呆れたような顔のマージェス。
「……一応忠告しとくけど。こいつに師事するのはあまりおすすめしないよ。頭おかしいから」
初対面のマートに向かってなんてこと言うんだこいつは。
「ひどくない?」
「だってゴーレムの研究始めた動機が本当にひどい」
「その話はやめませんか!」
「聞きたいです」
「マートも乗らないで!」
「こいつ、彼女が欲しいからって、理想の女の子を作って彼女にするとか言ってたんだよ」
「やめろよーーーーーー!! 今はもうそういうアレじゃないんだよーーーーーー!!」
「でも、ゴーレム作りに愛は必要だと思います」
「えっ」「えっ」
俺とマージェスの声がハモる。
真顔のマート。嫌そうな顔のマージェス。俺は笑顔になる。
「マート君!」
「先生!」
同好の士だったことを確認した俺たちは、熱い抱擁を交わした。
「…………僕が悪かったから、本題に入ろう」
マージェスはがっくりと肩を落とすのだった。
+ + +
「……で? そのオートマトンは?」
「うん。せっかく家に上げてもらって悪いんだけど、研究室ごと持ってきたからそっちで話そう」
外に出て、持ってきた研究室を展開。一応、隠し部屋の方も持ってきてはいる。
「動いていないオートマトン……。動かなくて困ってるってことか。動力は?」
「生きてる。炉が止まってるんじゃなくて、式が休眠状態にされてるから動かないと思うんだけど……起こし方がわからない」
「スイッチ系は?」
「見つからない」
「呼びかけも?」
「さっぱり」
「名前は?」
「わかんない」
「…………内部記述か……」
俺の困ってることを的確に見抜いてくれるのがすごく助かる。
「一応抜き出してはある。これ」
水晶玉を手渡す。記述内容を写したものだ。
マージェスはちらっと中身を見て、
「…………これで全部?」
「魔術式は」
「……機械記述は?」
「知らん」
「………………」
マージェスの低いうなり声とため息。
恨めしそうな視線が、俺を射抜いた。
「……魔術式が出てるのに僕のとこに来た理由は?」
「一緒に解析して」
「……死ねクソ……」
地獄の底から響いてきたような声だった。
水晶から魔術式を読み取りながら、マージェスは続ける。
「他に何か見つからなかったの?」
「ノートが一冊と情報ディスクが1枚」
「ノート?」
「開発者たちの雑談ノートだった」
「読み込んだ?」
「流し読みしただけ」
「せめて読み込んでから来いよ?」
「メンゴ」
「…………はぁ」
今度は小さなため息だった。
「そうだな……マート君に旧語辞貸すから、ノート読んでもらおうかな。大事そうな内容があったら教えて」
「はい、わかりました」
「僕とケミィで術式解析。わー、何日かかるかなー!」
「がんばろー」
と言ったら足を蹴られた。
「と、とりあえず、料理とか買い出しとかは俺のゴーレムたちにさせるから……」
「ああ、うん。お願い」
家事用のゴーレムとか、買い出し用のゴーレムとか、いろいろいるのだ。
「……結局調べものメインだから、研究室よりは部屋でやった方がいいのか……」
「また移動だね。ごめんね忙しくて」
「さー地獄だ地獄だ楽しいナー。締め切りがないから楽ができるなー。なんだか昔のバカやってた頃を思い出すなー」
「あーあの頃も楽しかったなー」
こうして俺たちのオートマトン研究が始まった。
+ + +
そして7日が経った!
「―――…………んぉ」
目が覚める。眠っていたようだ。
時計を見る。深夜3時。
ここはマージェスの家のリビング。
中央に置かれた大テーブルと、その脇に置かれた2つのソファの周辺は乱雑に散らかっているが、徹夜仕事の割にはきれいに整頓されている。うちのゴーレムちゃんズが片づけてくれているからだ。
俺の座っているものとは別のソファで、マージェスがマグカップの中身を啜っていた。
「おはよう」
疲れ切った声。
「……すまん、落ちてた」
「いいよ。これ読んで」
「ん……」
手渡された術式に目を通す。
「…………これだな」
「うあーーーーーーーーーーー、やっと当たり引けたーーーーーーーー」
マージェスはバッタリとソファにもたれて、天を仰いだ。
見つけた記述は、特定のキーワードに反応して休眠状態を解除する内容だった。
「機械記述の方じゃなくて良かったな。そっちだったらお手上げだ。マジェは読める?」
「……読めないわけじゃないけど、考えるだけで頭痛がする」
テーブルに置いてあったコーヒーを、一息に空ける。もう冷たくなっていた。
「……あとは名前か」
キーワードは、名前込みで唱えなければならないようだ。しかし、名前に関する記述はまだ見つかっていなかった。
「ん……名前の定義式見つければ良いだけだし、全式から検索かければ出るでしょ。機械記述の中だったら死ぬけど」
「一段落ついたし、俺は一度ゆっくり寝たいよ」
「僕も」
周辺に散乱したメモ紙を集めながら苦笑する。
この7日間、ほとんど不眠不休でやってきたのだ。ちなみにマートは別室でノートの翻訳をしている。
「マートに一言言って、ちょっと休もうか」
「そうだね……。彼の翻訳もいつ終わるやら」
「――先生?」
ガチャリと扉が開いて、マートが入ってきた。
「おう、マート。俺ら、一段落ついたからちょっと休むわ」
「え? あ、僕の翻訳も終わりましたって言いに来たんですけど……」
「うそ、結構残ってなかった?」
「前回進行の確認されたの、おとといですよ」
「あれ、そうだっけ」
昨日も今日も……今日? まあいいや。
昨日も今日も、顔を合わせたはずだったのに、進行を聞いてなかったようだ。
「何かわかった?」
「とりあえず名前が」
「えっ」「えっ」
名前がわかったって?
「な、な、なんて名前?」
「ディアナ、というそうです」
「……イエス!」
「イエイ!」
俺とマージェスはハイタッチを交わす。
「へい!」「へい!」
「い、いえーい?」
事情が分からず困惑しているマートともハイタッチ。
「これで! オートマトンが! 起こせる!」
「やろう! すぐやろう! いますぐやろう!」
「あ……あの、先生がた……?」
「どうした?」
「その、いろいろと嬉しいのはわかるんですけど」
げっそりと苦笑するマート。
「……一回寝ません?」
+ + +
翌昼。
一度たっぷりと休眠を取って。昼食をとりながら、俺は口を開いた。
「マージェス、一応確認しておく」
「うん?」
「――――オートマトン、いる?」
「…………んー……」
今日のメニューは、脳に栄養を補給するために、砂糖たっぷりのフレンチトースト。
マージェスは、口に含んだトーストを、たっぷり時間をかけて咀嚼し、飲み込んでから答えた。
「いらない」
「そうか」
友人の答えに小さく安堵の息を漏らす。
共同研究者が、その最終的な利益の権利をめぐって、血みどろの争いを演じるというのはよくある話だ。
友人と益の無い争いをするのはご免だった。
マージェスは肩をすくめて続けた。
「ま、謝礼の1つや2つくらいは欲しいところだけど」
「う……何か考えとく」
「それで? どうするつもりなの?」
「うん。マートに付けようと思うんだけど」
「へぶっ!?」
マートがサラダを噴き出した。
「げほっ! げっほ! ごっほ! げーっほげほっ!!」
「ンモー、きたないなー」
「ぼ、僕ですか!? なんで!?」
「うん、理由はいくつかあるんだけど」
指を立てて説明する。
「まず、俺は自分のゴーレム以外を傍に付ける気はない」
「まあそうだろうね」
これはマージェスの言葉。
「次に、活動記録は欲しいけど、俺の手元だとさせることがない」
もういい歳した魔法使いで、基本的になんでも一人でできる。身の回りのことはゴーレムたちに任せてある。
「ちゃんとした活動記録を取るなら、旅をするとかが一番いいんだけど、正直旅とかいう歳でもない」
というか、すでに一度通った道だ。
魔術学校を卒業して、一通り世界を旅して、良い師匠を見つけて師事して、教わること教わったら独り立ち。そしてやっと自分の研究室を持って、自分の研究に打ち込む。
そりゃ、自分が旅したころに比べたら世界もいろいろ変わっているだろうけど(特に魔物関係)、研究室でやりたいこと、やらなければいけないこと、いっぱいある。
オートマトンに一人で旅をさせるのもちょっとね。
「んで、ちょうど良い所に、程よく未熟で手のかかりそうなのがいる」
「それが僕ってことですか?」
「そういうこと」
出来ることなら、一通りデータが取れたら、全部分解して一から仕組みを調べてみたいところだけど、流石にそれはダメだろう。
「と、いうわけで、よろしく頼むよ」
「は、はぁ……」
「嫌ならいいよ? ゴーレムちゃんズと旅させたりしても面白そうだし」
「えっ、や、やります! 自分がやります!」
「んじゃあお願いね」
ま、実際にあのオートマトンを動かしてみないことには、何も始まらないんだけども。
+ + +
さて、腹も満たされたところで、早速。
「じゃあマート、よろしく」
「は、はい」
最初の一言で主人を認証するかもしれないので、目覚めの言葉はマートに任せる。
俺とマージェスは色々な計測の魔法を展開させて、オートマトンの様子をモニタリングする。
俺は頷いて、マートを促した。
「――――起きなさい、『ディアナ』」
短く、シンプルな言葉。
難しい言葉ではないが、名前がわからないと意味を持たないキーワード。
この言葉に、魔力炉が活動を始め、オートマトン全体に魔力を行き渡らせる。
そして、彼女は眼を開いた。
「――――おはようございます」
無機質で抑揚のない声。
しかし、その声音には、わずかな怒りのようなものを感じた。
「……前回のスリープから一万日以上が経過しています。私をスリープにした際も説明なしでした。どういうことか、説明していただけますか、ドクター」
見開いた眼で、こちらに視線を向けて。
「……ドクター?」
明らかな困惑の感情が、その声に乗った。
「あー……残念ながら、君の言うドクターはここにはいないよ」
「……そうですか」
彼女は少しだけ残念そうに言うと、再び目を閉じた。
「休眠期間が非常に長かったため、現在簡易メンテナンス中です。しばらくお待ちください」
十数秒待って。
「――――お待たせいたしました」
彼女は体を起こし、研究台から降り立つ。
「私は汎用人型魔導機『Fortuna−7』Dianaと申します。どうぞディアナとお呼びください」
そう言って、恭しく一礼をして見せた。
とりあえずは自己紹介だ。
「俺はケミルカ。君を発掘した錬金術師だ。よろしく、ディアナ」
「発掘……ですか」
発掘という言葉に引っかかるディアナ。まあそれも当然か。
「その辺も含めて後で話そう。えーっと、そっちの黒ローブがマージェスで、共同研究者。んで、このひょろいのがマートで、俺の弟子」
「どうも」
「よろしくお願いします」
「はい。ケミルカ様、マージェス様、マート様ですね」
もう一度深く頭を下げるディアナ。
「で、ここは俺の研究室なんだけど……さて、何から話そうかな」
何も知らぬ彼女に、すべてを説明するのは大変そうだ。
研究室の隣に、圧縮した隠し部屋を展開。例のガラスの棺を開けることはできたのだが……。
「……目を覚ましませんね」
「うんともすんとも言わねぇ!」
棺を開けたら起きてくれないかなと思ったが、さすがにそこまで甘くなかった。
さてどうすれば目覚めるかと、いろいろ調べてはみた。
どこかにスイッチがあるのではないか、何かキーワードで起きるのではないか。
いろいろ試してみたけど結果はダメでした!
「……少なくとも、上っ面を撫でるような調査ではダメということか……」
「ど、どうするんですか?」
「……内部構造の解析……」
「おお……」
内側の構造が解れば、外部につながっている機関のどれかがスイッチかもしれない。
それがダメだったら……。
「……記述式の解析には手を出したくないな……」
「記述式……とは?」
「オートマトンを動かす魔術式みたいなものだよ。ゴーレムみたいに魔術式だけで動いてるならいいけど……どう考えても機械記述があるんだよなぁ……そこまで話が行ったら……考えたくないなぁ……」
俺は機械記述を読めない。魔術式とは記録の方法そのものが違うのだ。機械記述を探し出すだけでも一苦労。そして、形式やらなんやらかんやら全てが異なっているので、何が何を表しているのかすら分からない。
一人だけ、読めそうな知り合いに心当たりがあるが……。
とりあえずは内部解析だ。
+ + +
はい何もわかりませんでした。
構造が複雑すぎる。外につながってる部分を全部触ってみたけれど、動き出す兆しはなかった。
内部解析でわかったのは、魔力炉はまだ生きていて、今は休眠状態になっているらしいということくらいだ。
魔術式? 式の量が膨大すぎて必要な情報を抜き出すだけで数か月かかりそう!
機械記述は知らん。
例のノートも解読してみたが、どうもこのオートマトンの開発者たちの日記というか、雑談ノートだったようだ。それがなんで一緒に置いてあったのかはわからないが……。
ざっと目を通しただけだが、彼らも彼女の開発にいろいろと骨を折っていたようだ。重要な情報は見つけられなかった。
とりあえず。何もできないわけではないが、実際に動かすには長い長い時間がかかりそうなことはわかった。
でも出来るだけ早く動かしたい!
「……仕方ない」
できればあまり頼りたくなかったが。
「知り合いに、解析に強い奴がいる。頼ろう」
「わ、わかりました」
「それでも数日か数週間かかるだろうから、泊まりの用意をしておこう」
「はい」
……さて、手伝ってくれるだろうか。
+ + +
「……何しに来たの」
冷たい視線が痛い。
心の底から嫌そうな顔でにらんでくるこの男は古い友人で、まだ見習い魔術士だった頃からの付き合いである。
一緒に色々バカなこともしたが、だいたいいつも俺が面倒ごとを持ち込んだので、連絡なしで顔を出すとこのように嫌な顔をされる。
「いや、今回はそんな変なことじゃなくてな?」
「そういって、大体いつも変なことだろ」
「いや実は、オートマトンを見つけてな?」
「…………おーと……なんて?」
「オートマトン」
「………………」
友人の動きが止まる。何かいろいろな葛藤があるのだろう。
「……ドウゾアガッテ?」
すごく苦々しい声のカタコトで言われたのだった。
+ + +
「こいつはマージェス。魔術学校時代からの友達」
「どうも。術式解析とアイテム作りが専門です」
「こいつはマート。俺の弟子」
「よ、よろしくお願いします」
「……弟子、ねぇ」
ふーん、と、呆れたような顔のマージェス。
「……一応忠告しとくけど。こいつに師事するのはあまりおすすめしないよ。頭おかしいから」
初対面のマートに向かってなんてこと言うんだこいつは。
「ひどくない?」
「だってゴーレムの研究始めた動機が本当にひどい」
「その話はやめませんか!」
「聞きたいです」
「マートも乗らないで!」
「こいつ、彼女が欲しいからって、理想の女の子を作って彼女にするとか言ってたんだよ」
「やめろよーーーーーー!! 今はもうそういうアレじゃないんだよーーーーーー!!」
「でも、ゴーレム作りに愛は必要だと思います」
「えっ」「えっ」
俺とマージェスの声がハモる。
真顔のマート。嫌そうな顔のマージェス。俺は笑顔になる。
「マート君!」
「先生!」
同好の士だったことを確認した俺たちは、熱い抱擁を交わした。
「…………僕が悪かったから、本題に入ろう」
マージェスはがっくりと肩を落とすのだった。
+ + +
「……で? そのオートマトンは?」
「うん。せっかく家に上げてもらって悪いんだけど、研究室ごと持ってきたからそっちで話そう」
外に出て、持ってきた研究室を展開。一応、隠し部屋の方も持ってきてはいる。
「動いていないオートマトン……。動かなくて困ってるってことか。動力は?」
「生きてる。炉が止まってるんじゃなくて、式が休眠状態にされてるから動かないと思うんだけど……起こし方がわからない」
「スイッチ系は?」
「見つからない」
「呼びかけも?」
「さっぱり」
「名前は?」
「わかんない」
「…………内部記述か……」
俺の困ってることを的確に見抜いてくれるのがすごく助かる。
「一応抜き出してはある。これ」
水晶玉を手渡す。記述内容を写したものだ。
マージェスはちらっと中身を見て、
「…………これで全部?」
「魔術式は」
「……機械記述は?」
「知らん」
「………………」
マージェスの低いうなり声とため息。
恨めしそうな視線が、俺を射抜いた。
「……魔術式が出てるのに僕のとこに来た理由は?」
「一緒に解析して」
「……死ねクソ……」
地獄の底から響いてきたような声だった。
水晶から魔術式を読み取りながら、マージェスは続ける。
「他に何か見つからなかったの?」
「ノートが一冊と情報ディスクが1枚」
「ノート?」
「開発者たちの雑談ノートだった」
「読み込んだ?」
「流し読みしただけ」
「せめて読み込んでから来いよ?」
「メンゴ」
「…………はぁ」
今度は小さなため息だった。
「そうだな……マート君に旧語辞貸すから、ノート読んでもらおうかな。大事そうな内容があったら教えて」
「はい、わかりました」
「僕とケミィで術式解析。わー、何日かかるかなー!」
「がんばろー」
と言ったら足を蹴られた。
「と、とりあえず、料理とか買い出しとかは俺のゴーレムたちにさせるから……」
「ああ、うん。お願い」
家事用のゴーレムとか、買い出し用のゴーレムとか、いろいろいるのだ。
「……結局調べものメインだから、研究室よりは部屋でやった方がいいのか……」
「また移動だね。ごめんね忙しくて」
「さー地獄だ地獄だ楽しいナー。締め切りがないから楽ができるなー。なんだか昔のバカやってた頃を思い出すなー」
「あーあの頃も楽しかったなー」
こうして俺たちのオートマトン研究が始まった。
+ + +
そして7日が経った!
「―――…………んぉ」
目が覚める。眠っていたようだ。
時計を見る。深夜3時。
ここはマージェスの家のリビング。
中央に置かれた大テーブルと、その脇に置かれた2つのソファの周辺は乱雑に散らかっているが、徹夜仕事の割にはきれいに整頓されている。うちのゴーレムちゃんズが片づけてくれているからだ。
俺の座っているものとは別のソファで、マージェスがマグカップの中身を啜っていた。
「おはよう」
疲れ切った声。
「……すまん、落ちてた」
「いいよ。これ読んで」
「ん……」
手渡された術式に目を通す。
「…………これだな」
「うあーーーーーーーーーーー、やっと当たり引けたーーーーーーーー」
マージェスはバッタリとソファにもたれて、天を仰いだ。
見つけた記述は、特定のキーワードに反応して休眠状態を解除する内容だった。
「機械記述の方じゃなくて良かったな。そっちだったらお手上げだ。マジェは読める?」
「……読めないわけじゃないけど、考えるだけで頭痛がする」
テーブルに置いてあったコーヒーを、一息に空ける。もう冷たくなっていた。
「……あとは名前か」
キーワードは、名前込みで唱えなければならないようだ。しかし、名前に関する記述はまだ見つかっていなかった。
「ん……名前の定義式見つければ良いだけだし、全式から検索かければ出るでしょ。機械記述の中だったら死ぬけど」
「一段落ついたし、俺は一度ゆっくり寝たいよ」
「僕も」
周辺に散乱したメモ紙を集めながら苦笑する。
この7日間、ほとんど不眠不休でやってきたのだ。ちなみにマートは別室でノートの翻訳をしている。
「マートに一言言って、ちょっと休もうか」
「そうだね……。彼の翻訳もいつ終わるやら」
「――先生?」
ガチャリと扉が開いて、マートが入ってきた。
「おう、マート。俺ら、一段落ついたからちょっと休むわ」
「え? あ、僕の翻訳も終わりましたって言いに来たんですけど……」
「うそ、結構残ってなかった?」
「前回進行の確認されたの、おとといですよ」
「あれ、そうだっけ」
昨日も今日も……今日? まあいいや。
昨日も今日も、顔を合わせたはずだったのに、進行を聞いてなかったようだ。
「何かわかった?」
「とりあえず名前が」
「えっ」「えっ」
名前がわかったって?
「な、な、なんて名前?」
「ディアナ、というそうです」
「……イエス!」
「イエイ!」
俺とマージェスはハイタッチを交わす。
「へい!」「へい!」
「い、いえーい?」
事情が分からず困惑しているマートともハイタッチ。
「これで! オートマトンが! 起こせる!」
「やろう! すぐやろう! いますぐやろう!」
「あ……あの、先生がた……?」
「どうした?」
「その、いろいろと嬉しいのはわかるんですけど」
げっそりと苦笑するマート。
「……一回寝ません?」
+ + +
翌昼。
一度たっぷりと休眠を取って。昼食をとりながら、俺は口を開いた。
「マージェス、一応確認しておく」
「うん?」
「――――オートマトン、いる?」
「…………んー……」
今日のメニューは、脳に栄養を補給するために、砂糖たっぷりのフレンチトースト。
マージェスは、口に含んだトーストを、たっぷり時間をかけて咀嚼し、飲み込んでから答えた。
「いらない」
「そうか」
友人の答えに小さく安堵の息を漏らす。
共同研究者が、その最終的な利益の権利をめぐって、血みどろの争いを演じるというのはよくある話だ。
友人と益の無い争いをするのはご免だった。
マージェスは肩をすくめて続けた。
「ま、謝礼の1つや2つくらいは欲しいところだけど」
「う……何か考えとく」
「それで? どうするつもりなの?」
「うん。マートに付けようと思うんだけど」
「へぶっ!?」
マートがサラダを噴き出した。
「げほっ! げっほ! ごっほ! げーっほげほっ!!」
「ンモー、きたないなー」
「ぼ、僕ですか!? なんで!?」
「うん、理由はいくつかあるんだけど」
指を立てて説明する。
「まず、俺は自分のゴーレム以外を傍に付ける気はない」
「まあそうだろうね」
これはマージェスの言葉。
「次に、活動記録は欲しいけど、俺の手元だとさせることがない」
もういい歳した魔法使いで、基本的になんでも一人でできる。身の回りのことはゴーレムたちに任せてある。
「ちゃんとした活動記録を取るなら、旅をするとかが一番いいんだけど、正直旅とかいう歳でもない」
というか、すでに一度通った道だ。
魔術学校を卒業して、一通り世界を旅して、良い師匠を見つけて師事して、教わること教わったら独り立ち。そしてやっと自分の研究室を持って、自分の研究に打ち込む。
そりゃ、自分が旅したころに比べたら世界もいろいろ変わっているだろうけど(特に魔物関係)、研究室でやりたいこと、やらなければいけないこと、いっぱいある。
オートマトンに一人で旅をさせるのもちょっとね。
「んで、ちょうど良い所に、程よく未熟で手のかかりそうなのがいる」
「それが僕ってことですか?」
「そういうこと」
出来ることなら、一通りデータが取れたら、全部分解して一から仕組みを調べてみたいところだけど、流石にそれはダメだろう。
「と、いうわけで、よろしく頼むよ」
「は、はぁ……」
「嫌ならいいよ? ゴーレムちゃんズと旅させたりしても面白そうだし」
「えっ、や、やります! 自分がやります!」
「んじゃあお願いね」
ま、実際にあのオートマトンを動かしてみないことには、何も始まらないんだけども。
+ + +
さて、腹も満たされたところで、早速。
「じゃあマート、よろしく」
「は、はい」
最初の一言で主人を認証するかもしれないので、目覚めの言葉はマートに任せる。
俺とマージェスは色々な計測の魔法を展開させて、オートマトンの様子をモニタリングする。
俺は頷いて、マートを促した。
「――――起きなさい、『ディアナ』」
短く、シンプルな言葉。
難しい言葉ではないが、名前がわからないと意味を持たないキーワード。
この言葉に、魔力炉が活動を始め、オートマトン全体に魔力を行き渡らせる。
そして、彼女は眼を開いた。
「――――おはようございます」
無機質で抑揚のない声。
しかし、その声音には、わずかな怒りのようなものを感じた。
「……前回のスリープから一万日以上が経過しています。私をスリープにした際も説明なしでした。どういうことか、説明していただけますか、ドクター」
見開いた眼で、こちらに視線を向けて。
「……ドクター?」
明らかな困惑の感情が、その声に乗った。
「あー……残念ながら、君の言うドクターはここにはいないよ」
「……そうですか」
彼女は少しだけ残念そうに言うと、再び目を閉じた。
「休眠期間が非常に長かったため、現在簡易メンテナンス中です。しばらくお待ちください」
十数秒待って。
「――――お待たせいたしました」
彼女は体を起こし、研究台から降り立つ。
「私は汎用人型魔導機『Fortuna−7』Dianaと申します。どうぞディアナとお呼びください」
そう言って、恭しく一礼をして見せた。
とりあえずは自己紹介だ。
「俺はケミルカ。君を発掘した錬金術師だ。よろしく、ディアナ」
「発掘……ですか」
発掘という言葉に引っかかるディアナ。まあそれも当然か。
「その辺も含めて後で話そう。えーっと、そっちの黒ローブがマージェスで、共同研究者。んで、このひょろいのがマートで、俺の弟子」
「どうも」
「よろしくお願いします」
「はい。ケミルカ様、マージェス様、マート様ですね」
もう一度深く頭を下げるディアナ。
「で、ここは俺の研究室なんだけど……さて、何から話そうかな」
何も知らぬ彼女に、すべてを説明するのは大変そうだ。
17/04/08 07:45更新 / お茶くみ魔人
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