連載小説
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3 魔法使いとオートマトン
「――――では、私のいた時代は、遠い昔の出来事だと」

 ディアナに、彼女を見つけた経緯を説明した。
 見つけた場所が遺跡となれば、そこにいた彼女はその時代の存在ということになる。
 つまりは旧世界、旧文明。

「まあ、俄かには信じがたいだろうが」
「……いえ。衛星と通信が出来ないことに合点がいきました。私のいた時代は、滅びてしまったのですね」
「おそらくは、そういうことだろう」

 ディアナの言い方からして、彼女は自分の時代が滅んだ理由を知らないようだ。どんな危機が迫っていたのかも知らない様子すらある。

「……残念ながら、今の魔法技術では、君を元の時代に戻すことは出来そうにない」
「いえ。私をスリープしたドクターも、何か考えあってのことなのだと思います。元の時代に戻ることは考えません」

 前向きで結構。

「じゃあ、君はこれからこの世界、この時代を生きていくことになる。『今』について、何か聞きたいことはある?」

 俺がそう聞くと、彼女は口を閉じて固まってしまった。

「……今の、世界……」

「どうかした?」
「……いえ。私は、外の世界を見たことが無いのです」
「うん?」
「研究所の外に出たことがありませんでした。ですので、世界について何も知りません。何について聞けばいいのか、判断しかねます」
「へぇ、箱入り娘だったんだ」

 となると、こちらからレクチャーする必要があるのか。

「……うーん、なんの話をしたものか」

 世界に関する説明なんて、何から話したらいいかわからんぞ。

「とりあえず、魔物の話はしておいたら? あれは大きな変化だし、理解しておかないと面倒そう」
「ん、それもそうか」

 マージェスの助け舟に乗っかる。

「魔物……ですか?」
「そう。ちょっと面倒なことになっててね」

 魔王のこと、魔物のことについて説明する。

「……そのようなことが可能なんでしょうか……。ただ一人の魔王が、世界のルールを書き換えてしまうような規模の影響を?」
「現実に起きていることだし。魔王と世界の因果関係を調べようと思ったら、それこそ世界の理を紐解くか、さもなければ神に直接聞かなきゃわかんないだろう」

 魔王に聞くって言う手もあるけど、そっちには正直関わりたくないっていう気持ちの方が強い。研究者としてこの発言はどうかと我ながら思うが、俺はそっち方面の探究者ではないのでセーフ。

「で、君にかかわる話なんだけど」
「はい、何でしょう」
「この魔王の仕組んだ、魔物のシステム。どうも『人間でない』カテゴリだと、無差別に影響を受けるようなんだ」
「人間でないカテゴリ、ということは、私もいずれ影響を受けて、魔物になる、ということでしょうか」
「そう。もともと魔物だった者がサキュバス化するのは無条件として、魔物で無かったものがサキュバス化、つまり魔物化する現象も起きている。特にその傾向が強いのは、『人型』で、『女性』で、『魔力を持っている』、『人間でないもの』。君はこの4つがすべて当てはまる」
「私のような人工物でも魔物化するのですか?」
「する。ゴーレムは言うに及ばず、子供の持っていた人形ですら魔物化した例もある」

 長年手をかけて仕上げてきたゴーレムが、ある日突然「精を補給します」などと言って押し倒してきた時には、人の作品に勝手に手を加えられたようで、一晩泣き明かしたものだ。
 はい、うちのクローネです。
 それはともかく。

「俺たちは男だし、魔物化の経過観察とかしたことないから詳しいことはよく分からないけど、基本的にはいつの間にかなっているものらしい。残念ながらこれを防ぐ手段は見つかっていない。いずれそうなる、ということを理解しておいてほしい」
「わかりました。覚えておきます」
「……魔物に関して知っておいてほしいことは、こんなものか」

 なんだか暗い雰囲気になってしまったので、気分を変えるために明るい口調で。

「小難しい話はこれくらいでいいでしょ。その他のことは、これから覚えていけばいい」
「これから……」
「そう! 君には『これから』がある。是非、これからを楽しんで生きてほしいね」
「はい。ではそのように努めます」

 おカタい返事。まあ、楽しむというのはちょっと難しい感情かもしれない。

「……ところで、これからと言えば」
「うん?」
「私はこれからどうすればいいのでしょうか」
「ああ、流石にこのまま自由に生きろって放り出すつもりはないよ」

 さすがにそれはひどすぎる。

「とりあえずはうちで預かる」
「では、ケミルカ様のお世話を」
「いや。マートについてもらう」
「マート様にですね。よろしくお願いします」

 この辺の、話の分かる感じが楽。

「ええと、よろしくお願いします」

 マートが一歩前に出て、ディアナと握手。
 とりあえず、これで一通りおしまいかな。

 ――――と、思ったら。

「それでは、マスター認証を行いたいのですが、よろしいですか?」
「マスター認証?」

 もう少し続きがあった。

「はい。マスターとなる方のDNAを取り込んで、マスターの登録を行います」
「……それをするとどうなる」
「マスターの情報をインプットして、私の魔術回路とリンクすることで、より密で細部にわたるお世話を行えるようになります」
「……前のマスターは?」
「いません。過去にマスター認証を行ったことはありません。ドクターたちはメンテナンス権限者でした」
「認証の方法は」
「マスターとなる方の体組織を摂取します。体組織を含んでいれば基本的になんでも問題ありませんし、ごく少量で構いません。髪の毛でも、皮膚でも、唾液でも可能です」
「……ちょっとタイム」

 マージェスを連れて部屋の隅に。消音の魔法をかける。

「……どう思う?」
「どうだろう。一応、魔力計に変化はないけど」

 俺たちが懸念したのは、魔物化の影響。

 主人を必要とするところ、DNAを取り込むところ、主人とリンクするところ、『より密で細部にわたるお世話』なところ。どこを切っても魔物っぽい。
 もう既に魔物化の影響が?
 でも今のところ、魔物の魔力は検知されていない。魔物化の影響ではない?
 ただ、たとえ元からの機能だったとして、男の体組織を取り込むなんて直球なことをさせると、魔物化を助長するのではないかという心配もある。
 『いずれ魔物化する』のはわかっているが、『今すぐ魔物化する』のはなんかちょっと嫌だ。

「どうしよう」
「自分で決めろとしか」
「他人事なりに助言くだち!」
「あのねぇ……」

 マージェスの呆れたようなため息。それでも助言はくれるところが好き。

「別にいいんじゃない? 彼女が100%の能力を発揮するのに必要なら。別に、魔物化するって言っても今すぐ完全ドーン! で魔物化するでもなし。魔物化しなけりゃ結果オーライ。魔物化が始まったら、いつ始まるのかビクビクする必要はなくなるわけでしょ」
「ううむ……わかった。させよう。ありがとう」

 マートとディアナのところへ戻る。

「先生……何か問題が?」
「いや、大丈夫だろうってことになった。いいよ、マスター認証」
「わかりました。じゃあ、ディアナさん」
「はい。失礼します」

 マートはディアナの前に右手を差し出し、彼女はその指先を躊躇なく口に含んだ。俺とマージェスが話している間に、どうするか決めてあったらしい。
 無感情な目でマートを見つめながら、ちゅっちゅと音を立てて指を舐めるディアナ。

「――――――っっ」

 マートは顔を真っ赤にして、がちがちに固まっている。どうやらすごいらしい。
 これはもう魔物なのでは?

「ケミィ」

 マージェスに肘で突かれる。魔物の魔力が検出されたようだ。
 そっかー、出ちゃったかー。

 その後、たっぷり30秒ほど時間をかけて、ディアナはマートの指を舐めつくし、

「―――――マスター認証、完了しました」

 そう、涼しい顔で言ってのけた。

「……すみません、ちょっとお手洗いに……」

 そそくさと研究室を出るマートを、ディアナが追いかける。

「私もお供します」
「やめたげて!」

 魔物化ってすごい。俺は改めてそう思った。
17/04/08 07:45更新 / お茶くみ魔人
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■作者メッセージ
じんぶつしょうかい
ケミルカ
確かに嫁を作ってはいたが、いきなり有無を言わせず押し倒されたかったわけじゃない。

マート
僕のゴーレム研究ってどうなるんだろう、とちょっとだけ思った。

マージェス
自分の家なのになんか蚊帳の外っぽい気がしないでもない。

ディアナ
汎用人型魔導機『Fortuna』シリーズの7番機。
汎用の通り、何でもできるように作られていて、だいたい何でもできる。
諸事情で実稼働期間が非常に短かったので、世間知らずな所がある。
マスター認証の機能はあったけどそこまでやれとは言われてない。

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