「おーうおう……手ひどく荒らされちゃってまぁ」
「さすがにもう何も残ってないですかね」
「望みは薄いだろうなぁ。ま、探してみないことには何とも……」

　古代の古代の古代の、いわゆる旧世界とか旧文明とか呼ばれる時代の遺跡。
　未知の素材や未知の技術を手にせんと、様々な国やら研究者やらが訪れては、使えそうなものを根こそぎ浚っていく。
　その略奪されつくした遺跡に、俺たちはいた。
　何でもかんでも持っていかれて、もはやどんな施設だったのかもわからない。
　何か大きな戦闘でもあったのか、無数のゴーレムの残骸が転がっていた。

「……なんかかわいそうですね」
「作業用の、大量に作って使い捨てられるタイプの土人形ゴーレムさ。可哀想だが、そういう役割だ。仕方ないね」

　しかし、いかに大量生産されようと、その一つ一つに刻まれた時間は個別のものだ。これだけ大量にいるのであれば、わざわざ術式を取り出して使い回すこともないだろう。
　静かに瞑目し、胸に手を当てた。

　それはともかく。

「さて、マート君」

　マート　――自分の弟子に声をかける。

「なんでしょう」
「このゴーレムの残骸の山を見て、何か気づくことは無いかね」
「えっ……それは僕にもわかることなんですか？」
「わかる。絶対にわかる。曲りなりにゴーレム研究に手を付けてるなら、一目見てわかってほしい」
「へぁっ！？　え、えっとですね……」

　マートはおろおろとあたりのゴーレムたちを調べる。
　わかるかなー？　わかんないかなー？

「……あ」
「何がわかったか？」
「このゴーレムたち……２種類いますね」
「うんうん。それから？」
「えーっと……１つは、普通の、よくある土人形のゴーレムで、もう一つは、もっとちゃんとした……多分ですけど、人格があるレベルのゴーレムなのでは？」
「よろしい」

　土人形――土くれに魔力を吹き込んだ、簡単で使いやすいゴーレム。力が強く、丈夫で、大量生産しやすいので、土木作業や戦闘における壁としてよく使われる。この場に散らばっている無数の土の山は、このゴーレムたちのものだ。
　それにたいして、この『ちゃんとしたゴーレム』は……。
　体のパーツ１つ１つが独立して作られた、『ドール』のようなタイプのゴーレムだ。
　関節から指から――顔どころか眼球まで精巧に作られている。人形職人なら、一品物でこれくらい作れるだろうが、床に散らばる残骸たちを見るに、大量に作られている。
　恐らくこの遺跡を守っていたゴーレムたちだろう。
　素材自体は、今の時代にもあるもので作られているが、その出来が素晴らしい。俺が同レベルのものを作るのは、少々骨が折れる（作れないとは言ってない）。
　遺跡守りのゴーレムでこのレベルなのだから……いったいここに何があったんだろうなぁ。もう残ってないんだろうなぁ。それとも旧世界ではこのレベルのゴーレムが普通だったのかなぁ。

「……これ、パーツを集めて一人のゴーレムになりませんかね」
「なる。だから集めようねー」

　腰のホルダーから試験管を一本取り出し、蓋を開けて傾ける。とろりと垂れた液体が地面に落ちて、もりもりと体積を増していく。

「クローネ」

　液体にゴーレムの術式を付与する。

『はぁーい』
「お掃除だ。ゴーレムの残骸、土くれとそれ以外を分けてくれ。土はいらないから、そのまま練りこんで体にしていい」
『はーい』

　動き出した『クローネ』が、あたりのものを何でもかんでも取り込んでいく。しばらくしたら、必要なものだけ外に出して、それ以外を体に作り替えるだろう。

「さて、我々は何かめぼしいものが残ってないか探すか」
「はい先生」

　　　＋　　　＋　　　＋

「……なにもないですね」
「やっぱなー」

　予想通り、何もない感じ。
　本当に何もかも、根こそぎやられてる。
　残留魔力やら、配線がしてあったと思しき痕跡などから、どうもゴーレムの研究所だったのではと当たりをつけているが……。
　本当に何も残ってない。扉まで持っていかれているのだから、本当にひどい。
　このままだと、成果がゴーレムの素材だけになっちゃう。
　何か見つからないものかと、サーチとソナーを撒きながらうろうろする。


「――――――――――――ん」


　カツン、と。何か違和感を踏んだ。

「……なんだ？」

　その違和感が何だったのか、わからない。
　うろうろ。

「……ここ？」

　違和を感じる場所と、感じない場所がはっきりと分かれている。
　何か違う。何が？

「……足下か？」

　この建物は、小高い丘の中に埋もれている。建物自体の下には、分厚い鋼板が敷いてあって、その上に建っている。鋼板の下には地面があるだけだ。魔力の反応からして、そのはず、である。


　……しかし、でも、本当に？


　コンコンと床を蹴る。この下。疑念が深まるほど、違和感は強く。

「……『切断』」

　床を大きく切り取る。分厚い床材の下から出てきたのは、黒い鋼板。
　鋼板があるのはわかっていた。問題はこの下だ。
　もう一度サーチとソナーを投げる。反応は同じ。この下には地面があるはず。


　違う。偽装だ。この下には地面があると思わせている。そういう反応が返ってくるようになっている。

「『切断』」

　鋼板を斬りつける。

　ギャギィ！

　固い。舌打ち一つ。

「先生？　なんかすごい音がしましたけど……」
「この下だ。危ねーから離れてろ」
「えっ、あっ、はい」

　マートが離れたのを確認して、


「――――『空間切断』」


　鋼板を、空間ごと切り離す。

「すごっ……」

　感嘆するマートの声に、一息漏らす。
　鋼板もすごく分厚かった……。
　切り抜いた部分を脇に置く。
　そして、ぽっかりと口を開けた、地下の穴。

「隠し部屋ですか」
「ああ。おそらく、上に合ったものは全部これを隠すための囮だ。正直、偏執的な隠し方だ。さて、何が隠されてるんだろうな」

　暗い穴。永い時間閉ざされて、澱んだ空気の匂い。

「マート、明かりを」
「はい。『ライティング』」

　光の玉が穴の中へ落とされる。魔法の光に照らし出されたのは、真っ白い、研究室のような部屋だった。

「ここでゴーレムの研究がされていたんでしょうか？」
「多分、ゴーレムよりもっとすごい奴だよ」
「ゴーレムよりすごい奴……？」

　マートは知らないらしい。
　ゴーレムよりも、もっと精密に、もっと強力に、もっと複雑に作られた、魔導人形を。

　ガスの発生などがないことを確かめて、隠し部屋に降り立つ。
　真白い世界の中央に鎮座した、ガラスの棺。


　そこに、一人の少女が眠っていた。


「――――――――す」

　
　すごい。と。
　ため息混じりに呟いたのは、マートか、それとも自分だったのか。
　人間と見紛うほど精巧に、人形と見紛うほど美しく。
　今にも目覚めそうなほど迫真に、二度と目覚めなさそうなほど静かに。
　ソレは眠っていた。


「……こ、これもゴーレムなんですか……？」
「違う。確かにゴーレムの一種と言えばそうだが、ゴーレムよりももっとすごい。
　……俺たち魔法使いは、こいつをこう呼ぶ。

　――――『オートマトン』」


　　　＋　　　＋　　　＋


　『オートマトン』

　旧世界、旧文明の遺産で、一言で言えばゴーレムの上位種。
　現在の技術では生成不可能な素材で作られ、現在の技術では再現不可能な機械機構と複雑な魔術式で動いており、現状このオートマトンと同レベルの魔導人形を作ることは、奇跡の域に達した魔法使いでも不可能であると言われている。


「……そ、そんなすごいんですか……」
「そんなすごいんだよ」

　オートマトンという名前にはてなを浮かべたマートに説明。
　俺たちゴーレム研究者の目標の一つは、オートマトンレベルの作品を自らの手で作り上げることだ。
　それはともかく。

「これ、どうやって開けるんですか？」

　オートマトンを守るガラスの棺。どこかが蓋になっているのだろうが。

「どこかに開閉スイッチがあるはずだ。だいたいは側面に……お？」

　棺の傍らに置かれていたサイドボード。そこに、一冊のノートがあった。
　……朽ちてない？　ない。大丈夫。保存の魔法がかけてあるようだ。
　ボードの上でノートを開く。読めない。

「それ、なんて書いてあるんですか？」
「読めない。旧世界の文字だ。旧世界辞書、どこにしまったっけなぁ……」

　とりあえず回収する。と、ノートの隙間から何かが落ちた。
　一枚の、円盤。

「先生、これなんでしょう？」
「情報ディスクだ。この中にいろんな情報が詰め込まれてるんだけど……」

　困ったことに、このディスクから情報を取り出す設備を持っていない。
　誰かに手伝ってもらわないと……。

『ごしゅじんさまー』

　と、穴の上からクローネの声。

「どうした？」
『なんか、人が来ますー』
「おっと」

　こんな獲り尽くされた遺跡に来るような輩が他にもいたようだ。
　オートマトンを見つけたところに鉢合わせたら殺し合いになる。
　さっさと退散しよう。

「マート、とりあえず出よう」
「え？　このオートマトンはどうするんですか？」
「部屋ごと持ってく」
「へあ！？」

　クローネの手を借りて隠し部屋から出て。

「『空間指定』『空間固定』『空間隔離』『空間圧縮』」

　手早く隠し部屋を持ち運べるサイズに。
　内部の空間も固定したので、多少手荒に扱っても大丈夫。

「クローネ、おいで」
『はーい』

　施設内の土くれを集め尽くして土の山と化したクローネを、空いた空間に詰める。

「『回収』」

　クローネの術式を回収して、切り抜いた鋼板と床を元に戻す。修復魔法までかけて、完全に跡が分からなくする。

「『ボックス』！」

　クローネが集めておいてくれた、旧世界ゴーレムの残骸を魔力の箱に入れ、マートに渡す。

「持ってて」
「あ……はい」

　なんだか呆けたようなマートの顔。

「どうした？」
「いや……魔法使いって……すごいんですね」
「そりゃね。さ、転移で帰るよ。何回か中継して帰る。いいね？」
「はい」

　転移の魔法を展開。

「『空間転移』」

　そして俺たちは遺跡を後にした。

■作者メッセージ
じんぶつしょうかい
ケミルカ：先生
ゴーレム使い。すでに人間を辞めている魔法使い。わりかしすごい。

マート
魔法使いの弟子。ゴーレムの研究をしている20歳青年。

クローネ
術式付与型万能ゴーレム。なんにでも貼り付けてゴーレムにできる便利な娘。
ただし口が無ければしゃべれないし、なにかしら動く余地が無ければ動けない。
もちろん個別のボディも用意してある。


あとがき
　連載をエターナらせない方法を思いついた。
　掲載前に完成させておくことだ。
　ということで初連載。完成はしているのでぼちぼち追加していきます。
　オートマトンが主軸の話ですが、ゴーレム使いのケミルカが主人公。
　申し訳程度にゴーレムと、後半にアンデッドがちょいちょい湧きます。