連載小説
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その村を訪れたのは
正直なところ、小吉は困惑していた。
これ以上、村の家畜が百足に喰われると村の存続に関わる。
本当であれば百足を殺す必要があることは分かっていたが、どうしてもその言葉を口にすることが出来なかった。
そんな時、丘の方から男連中が息も絶え絶えに走ってきた。

『とんでもねぇ!!!あいつはとんでもねぇバケモノだ!!!』
『やつの住処には動物の骨が転がってやがった!猪も鶏も見境なく喰ってやがったんだ!』

その言葉に小吉は「どうやら百足の巣まで行ったはいいが、その所業に恐れをなして逃げ帰ったのだな」と思った。そして、それと同時に自分が安堵していることを知った。

『どうする!?』
『どうしようもねぇだろ!』
『今はまだ家畜や森の獣を喰ってるみたいだが、いずれそれらが尽きた時には・・・』


「俺たちの番だ」


頭に浮かんだその言葉を、誰も口にすることは出来なかった。



そんな時だ。
シャンシャンと軽い金属のぶつかる音を立てながら、麻の法衣と袈裟を着た集団が村にやって来た。
『な、なんだ・・・あんたらは・・・』
村の男が集団の先頭に立つ男に声を掛ける。
『我々は旅の行者。一晩の宿を頼みたいのだが、どうだろうか?』
『宿だと・・・?悪いが今はあんたらに構ってる暇はないんだ』
行者の突然の頼みに気を悪くした村の男は、吐き捨てるように答えた。
『・・・何やらお困りごとのようだな。では、どうだろう?我々が厄介ごとを解決した暁には、一晩の宿を貸してくれるというのは』
男の言葉から、村に厄介ごとが起きたのだなと判断した行者は提案する。
『馬鹿言ってんじゃねぇ!よそ者は引っ込んでろ!』
食い下がってきた行者に腹を立てた男は掴みかからんばかりの勢いで捲くし立てる。

『待て待て!』
しかし、そこで別の村人が男の肩を引き、行者から引き離す。
『何だってんだ!』
『ここはやつらの提案を呑もう』
その村人は行者には聞こえない声で言った。
『・・・はあ?正気か?』
それを聞いた男も小さな声で答える。
『正気も正気だ。いいか、やつらを良く見ろ。どうやらやつらは修験者のようだ』
『んなことは分かっとるわ!』
『それならバケモノ退治もお手の物のはず。それに、失敗して百足に喰われたとしても我々としては痛くもかゆくもない』
確かにその村人の言うとおりだった。
むしろ、家畜が減り生活的に困窮する事が分かっている今となっては「百足と相打ちにでもなってくれ・・・」とさえ思っていた。

『・・・どうだろうか?』
しばらく様子を見ていた行者だったが、焦れた様に村人へ声をかけた。

『あんたの話・・・乗った!』
そう答えた村人の顔は先ほどの態度が嘘のように穏やかだった。
『おお、そうか!それは助かる。・・・して、その厄介ごととは?』
村人の態度の変化に疑念を感じながらも、行者は用件を聞く。
『村から少し歩いたところに丘があるんだが・・・そこに厄介なのが住み着いてな・・・』
その村人の言葉に行者は眉を寄せる。
『・・・獣の類か?』
『獣なんかなら大したことねえ』
『では・・・』
『・・・百足よ』
『・・・百足だと?まさか、』
村人は何も言わず行者を見る。
『大百足か!!!』
行者は目を見開き、大声を上げた。

『・・・ああ、そうだ。どうだ?それでもやってくれるか?』
村人の問いに行者は大声を上げて笑い、そして声を大にして言った。
『安心するがよい!我々もただ山々を歩いているわけではない。これまでも他の村で大百足を退治したこともある』
『おお!なんと!』
その言葉に村の男連中は声を上げて行者を見る。そして、あんなバケモノを他所でも退治しているのなら信用できると思った。
『百足の弱点は知り尽くしておる。今からでも退治してくれるわ』
行者はそういうと後ろの集団に目配せする。すると後ろの修験者も皆、力強く頷いた。

『そうと決まれば、まずは支度だ。』

行者の言葉を合図に行者の集団は声を上げ、身支度を始める。
その様子を嬉々とした顔で見つめる村人の中に小吉の姿はなかった。



これはまずい事になったと小吉は思った。
追い払うならまだしも、このままではあの百足は本当に殺されてしまう。
あの行者どもは他の村で大百足を退治したことがあると言っていたし、その弱点も知り尽くしていると言っていた。

『どうする・・・何とかできないものか・・・』
丘へ続く道を走りながら小吉は思案する。
自分の力ではあの百足を殺さずに追い払うことなど出来ない事は明白だった。
ならば、方法は一つしかない。

『直接、話すしかないか・・・!』

「百足を説得する」
他の者が聞けば、間違いなく小吉の正気を疑うだろう。正直、小吉自身も我ながら正気とは思えないなと思った。
村では今頃、行者どもが百足殺しの準備をしているはずだろう。
それにどのくらいの時間がかかるかは分からないが、急ぐに越したことはない。
小吉は足を止めることなく丘を目指した。

『話に聞いた巣穴とはここか・・・?』

丘の岩肌には大きな亀裂が入っており、中から冷たい風が吹いていた。
小吉は覚悟を決めてその中へ声を掛ける。
『む、百足よ・・・いるか?いつぞや、夜にお主と約束を交わした者だ。いるなら出てきてくれないだろうか・・・』

小吉はそれだけ言うと岩肌から離れて様子を伺う。
冬も近いというのに背筋を汗が伝い、あの夜の恐怖が蘇る。
もしかするとあれは百足の気まぐれで、自分は次の瞬間には穴から這い出てきた百足に喰われてしまうかも知れない。
そんな恐怖と戦いながら小吉は只管待った。



最初は気のせいかと思った。
カサカサと落ち葉のような音が聞こえるなと思った次の瞬間には、ガサガサと得体の知れない何かが地面を蹴り、こちらに近付いてくる音がした。

「・・・来る」

そう思った直後、岩肌の隙間から陽の光を反射させながら百足は這い出てきた。
頭を持ち上げると小吉の軽く倍はあろうかという高さでギチギチと顎肢を鳴らし、小吉を見据える。
『・・・まずは礼を言わせてくれ。一度ならず二度も俺の頼みを聞いてくれてありがとう』
襲ってくる様子のない百足に安堵しつつ、小吉は百足に話しかける。
百足はと言うと一対の触覚を動かし、小吉の様子を伺っている。
『・・・俺の言葉は分かっているか?いや、分かっているからこそあの夜も、そして今も俺は喰われていないのだろうな』
下を向いて苦笑いを浮かべる小吉を前にして、百足は相も変わらず触覚を動かしていた。

『本題に移ろう。話というのはお主のことについてだ』
小吉は「ふー」と一つ大きく息を吐き、百足を見つめなおす。
『実は村の者がお主の姿を見てしまってな。先ほどお主を退治すると息巻いて、巣穴に火をつけようとしたのだが・・・』
その話に百足は先ほどの光景を思い出した。
『しかし、お主の食欲を目の当たりにして怖気づき逃げ帰ったのだ』
百足は「遠慮していたぞ」と言ってやりたかったが顎肢がギチギチと鳴るのみで、言葉にはならなかった。
『そこまでは良かったのだが・・・その直後に村に行者の一行が来てな。お主を退治する代わりに、一晩の宿を頼んできた。しかも、そいつらは他の村で大百足を倒したこともあるとかで、弱点も知り尽くしているというのだ』
ここまで一方的に話した小吉だったが、百足の顔を見て様子を伺う。
『・・・どうだろうか。この地を去ってくれないだろうか』
しかし、その言葉に百足はピクリと触覚を反応させると小吉の体を雁字搦めにする。
『ぐっ!・・・かはっ!』

突然の百足の攻撃に逃げることも出来ず、小吉の体は百足に押さえ込まれる。さらにギチギチギチギチと激しく音を立て、小吉の眼前で顎肢を戦慄かせる。
『こ、ここで俺を喰ったところで何も変わらぬぞ!』
以前の小吉であれば泣いて命乞いしたであろう状況だが、ここに来た時点で半ば自分の命を捨てる覚悟をしていたため、百足に食って掛かる。
当然だが、そんな小吉に怯むことなく百足は自身の顎肢を小吉に見せ付ける様に動かす。
『俺には、分かっている。お主はただのバケモノではない!』
百足に締め上げられて尚、小吉は百足の説得を試みる。
『その証拠に、お主はそうやって毒牙を見せつけはするが実際に振るわんではないか!どうした!お主が本気なら、俺にそれを突き立ててみろ!』
小吉は自分でもとんでもないことを言っているなと心底思った。しかし、小吉にそんなことを言われても百足は行動に移すことはせず、ギチギチと顎肢を鳴らすだけだった。
『俺は、お主が殺されるのは納得できん』
百足の顔から目を逸らさず、小さな声で言った小吉の言葉に百足の顎肢の動きが止まる。
『勿論、これからも村の家畜を喰われると堪ったものではないが、しかしだからと言ってお主が死ぬのは見たくないのだ』
そこまで言うと、小吉は百足の顔を見たまま黙り込んだ。
ぐらりと百足の体が傾き、宙に浮いていた小吉の足が再び地面を踏みしめる。
締め付けていた百足の体も緩み、ついには自由になった。

『分かってくれたか・・・』
小吉は百足が自分の願いを聞き入れてくれたと思い、心の底から安堵した。
しばらく小吉の顔を見ていた百足だったが、ガサガサと来た時と同じ音を立てて巣に戻っていく。
『何とか今夜いっぱいは行者の足を止めておく!明日の朝までにはここを離れてくれ!頼んだぞ!!!』
巣穴の闇へ消えていった百足の背中へ小吉は声をかけた。
『さてと、あとは適当な理由で時間を稼ぐだけだな・・・』
14/03/22 23:52更新 / みな犬
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