連載小説
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その中にあったのは
『む、百足だと!?何かの見間違いじゃないのか!?』
森から必死の形相で走ってきた男に、別の村人が尋ねる。
『い、いや、見間違いなんかじゃねぇ!村を見下ろす丘の岩肌に穴があって、そこを住処にしてやがった!』
『ほ、本当なのか・・・?』
『嘘だと思うんなら見て来い!・・・見つかって喰われても知らねぇけどな!』
男の顔は到底嘘をついているようには見えず、それを感じ取った村の人間は青ざめた顔をしている。
ただ一人、小吉を除いて・・・。

『(ああ、ついに見つかってしまったか・・・しかし、これでいい。これ以上、この村を差し出すのは御免だからな)』
自分の命を守るために村を百足に差し出したことに対する罪悪感で押しつぶされそうになっていた小吉は安堵する。

『だが、どうする?大百足はとんでもなく凶暴で、人も獣も見境なく喰っちまうって話じゃないか・・・』
『この村にはそんなもんを殺せる武器もなけりゃ、戦えるような人間もいないぞ・・・』
『なら、巣を火で取り囲んで焼き殺しちまえばいいじゃねぇか!』
村の男連中は何とか百足を殺す事は出来ないかと知恵を絞り始めた。

『(殺す・・・あの百足を殺すのか。いや、アレはそんなに荒くれではない。現に鶏を前にしても手を出さなかった上に、俺を見逃してくれた・・・)』
あんなに百足の存在を恐怖していた小吉だったが、いざ百足を殺す方法について相談し始めた村人を前に戸惑いを感じていた。

『ま、待ってくれ!』
目の前の問題を何とかしようと考えても妙案は出ず、そんな焦りからつい声が出てしまう。
『何だ小吉。何かいい考えがあるのか?』
「待った」を入れた小吉が百足殺しの妙案を思いついたと判断した村人の視線が小吉に集まる。

『あ、いや、その・・・なんだ・・・』
歯切れの悪い小吉に尚も視線は集まる。小吉は意を決して村の人間に話す。
『別に百足を殺す必要はないんじゃないか・・・?』
出た言葉は自分でも信じられないものだった。
『・・・・・はあ?小吉、お前、何言ってんだ?』
輪の中心で話していた男が小吉を睨みつけてくる。その視線に引くことなく、小吉は続ける。
『いや、そもそも百足が何か悪さをしたわけではないだろう?村の人間は誰も喰われていないではないか』

確かに、村の人間で行方の知れない者は出ていない。あくまでも「人間は」だが。
小吉の言葉を聞いた男は馬鹿にしたような呆れたような溜息を吐き、小吉に言った。
『小吉よぉ、本気で言ってんだったら、お前の頭の中を見てみてぇな。・・・明日にはお前が喰われちまうかも知れないんだぞ?』
『それは・・・!』
「有り得ない!」と言いたかった。あの百足はそんな輩ではないと。しかし、それを言うとあの夜の話をする必要があり、小吉が我が身可愛さに村を売ったことが知られてしまう。
『分かったらすっこんでろ!取りあえず、藁と油だ。それ持って百足の巣に行くぞ。』

結局、百足の巣穴に火をつけた藁を詰め込んで火炙りにすることで結論が出た。村の男連中は各々の家から藁と油を持ち寄る。
その他にも鎌やら鍬やら鉈やら手元にある刃物を手に取り、百足の巣がある丘へと歩を進めた。



男に見られた日から数週間が経ったある昼の事。
安定して得られる餌と暮らしやすい巣穴のおかげか、この地に来た時よりも大分大きくなった体を捻りながら百足はあの夜のことを思い出していた。
酷い顔で命乞いをしていた男は自分の脅しもあり、どうやら約束を守っているようだなと。

実はこの百足、大百足でありながら人を喰ったことがなかった。

かつて住んでいた森には他にも何匹かの大百足がいたが、その全てが人であろうと獣であろうと気の赴くままに喰らっていた。
何度かその光景を見たことはあったが、「人間という生き物はやたらと抵抗し、耳障りな声を上げる割には、骨ばかりで喰える肉が少ない」
それがこの百足の評価だった。だからこそ、人が家畜としている生き物を狙った。
それらは檻に入れられて逃げることも出来ず、必要最低限の動きで人よりも多くの肉を持っている。
そのお陰か、この地で長いこと住処としていたこの場所も狭く感じ始めていた。どこか他の巣穴を探す頃かもしれない。
そう思った百足は外に出た。


そして、その姿を村の男に見られたのだった。


適当な巣穴が見つからず、住み慣れた我が家へ戻ってくると何やら騒がしい。百足は藪から目と触覚だけを出して様子を伺う。
『百足が・・・いねぇ!』
『おい、本当に見たんだろうな!?』
『見間違いなもんか!』
最初に百足を見つけた村人が問い詰められて声を荒げる。
『さっきこの隙間から這い出てきたのを確かに見たんだ!』
その言葉に百足はピクリと触覚を反応させる。

どうやら巣穴から出るところを見られたらしい。闇夜に紛れるこの体も、昼の今は憎らしく感じる。
さて、どうしたものかと逡巡していると
『こ、これ!牛の骨じゃねぇか!?』
巣穴に顔を突っ込んでいた村人が牛の頭蓋を巣穴から引き出す。
ああ、あれはずいぶん前に喰わせてもらったやつだなと百足は思った。
『それに、鳥の骨もずいぶん落ちてやがる!百足の野郎、俺らの家畜を喰ってやがったんだ!』
その言葉通り、次から次に出るわ出るわ。
鶏、牛、兎、猪、狢などこの辺りに住んでいる獣の骨が次々に出てきた。
『こいつは・・・とんでもないバケモノだ・・・』
『火で焼いたくらいで本当に死ぬのか・・・?』
大百足が怪物と称される片鱗を目の当たりにした男連中は真っ青になり、ガタガタと震え始める。
『おい、いつまでもここにいていいのか・・・?もし、今百足と鉢合わせにでもなったら・・・』


『お、俺は帰るぞ!』
『ま、待て!俺も!』
『俺もだ!誰にも気付かれずこんな事をやってのける様なのを相手にしてたら、命がいくつあっても足りねぇ!』
一人が帰るとつられる様に一人また一人と村へ走り出す。最後の一人がいなくなるのに、そう時間はかからなかった。
その背中に百足は言ってやりたいことがあった。

「あれでも遠慮してやったんだぞ」と。
13/12/19 23:03更新 / みな犬
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