連載小説
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その瞳の先には
巣穴の奥に戻った百足は先ほどの小吉の言葉を思い返す。


「お主が死ぬのは見たくない」


本来であれば捕食する側とされる側。決してあのように言葉を交わす関係ではない。
それにしてもあの男、以前は涙を浮かべて命乞いをしてきたというのに、先ほどは噛んでみろと嗾けてきた。
喰うのは別にしても望み通り噛み殺してやろうかと思ったが、それでは人間の安い挑発に乗ったようでいけ好かなかった。
しかしあの男の言っていた話が本当だとすると、少しばかり厄介なことに変わりない。
百足を殺した経験もある行者の一団を相手にすれば死ぬことはないにしても、それなりに手を焼くかもしれない。

「明日の朝までにはここを離れてくれ」

男が言うには自分が一晩行者の足を止めている間に逃げてくれと言ったところか。
ギチギチと顎肢を鳴らしながら百足は思案する。
折角見つけた巣穴と狩場ではあるが、村の家畜も少なくなり、いずれは森で狩りをする必要がある。
それならこの場所に固執する必要はない。あの男の言う通り、また別の地を目指して夜の内にでも発つか。

あの夜のように顎肢で脅して約束させたわけではないが、あの男は本当に行者の足を止めるだろうな。
百足はそう考え、顎肢を鳴らす。
しかし、それは声にはならずギチギチと言っただけだった。



村に帰ると小吉は大声を上げて行者の集団に声を掛ける。
『ま、待ってくれ!今、百足の様子を見てきたのだがまだ巣穴に戻ってはいないようだ』
その言葉に村の人間と行者達の視線が集まる。
『小吉!姿が見えないと思ったらそんな事を!百足と鉢合わせにでもなったらどうするつもりだったんだ!』
佐助は小吉の姿が見えないことに気付いていたが、てっきり畑か家にでもいるのかと思っていた。
『心配かけてすまんな。ま、その時はその時だ』
心配をかけた佐助に謝りはするが、反省はしていない様子が見て取れる。
『まあまあ、兄さん。小吉さんもこうして無事でいることですし。でも、小吉さん。あまり無茶はしないで下さいね?』
興奮する佐助を諫める様にゆきが間に入る。
『・・・すまん』
小吉のことを本気で心配しているからこその言葉ではあったが、小吉本人は後ろめたい気持ちでいっぱいであった。


『・・・ところで、今の話だが』
近くで話を聞いていた行者が小吉に声を掛ける。
『ああ、そうだった。百足の帰りを待って夜になってしまっては、夜目の利かない人間では手も足も出ないのではないか?』
行者から声をかけられた小吉は、先ほどの話の続きをする。
『確かに、お主の言う通りだ。やつらは殆ど目が見えない代わりに、頭の触覚で周りの様子を探る』

「そう言えば、さっきも触覚を忙しなく動かしていたな」と小吉は心の中で思った。

『では、今夜は俺の家で英気を養い、明日の昼に百足の元へ行くというのはどうだろうか?』
行者の発言に活路を見出した小吉は、すかさず行者に取り入る。
『待て待て!それでは約束が違うぞ!一晩の宿は百足を退治したあとの筈だ!』
しかし、そんな小吉に提案に待ったを掛ける村の男。
『いや、あくまでも俺の出来る範囲でだ。勿論、村の皆に迷惑はかけない』
異論を唱える村人を何とか説得するべく、小吉も引かない。
『それに、万が一失敗して怒りを買えば、その足で村を襲いに来るかもしれないぞ?』
退治を依頼した行者を前にして、失敗した時の話をするのはいささか失礼だと思ったが後には引けない。
『そ、それはそうだが・・・』
しかし、効果はあったようで村の男は声を小さくする。
『俺もこの問題をなんとかしたいのだ!だからこそ、万全の状態で挑むべきではないか?』
小吉は「我ながら嘘が上手いな」と、心の中で感心した。
『・・・決まりだな』
他の者からもそれ以上の異論は出てこないことを了承と受け取った小吉は手を叩く。
『では、一晩厄介になる』

それを合図に村人はそれぞれの家へと向かい、その場には小吉と行者、佐助とゆきが残った。
『小吉・・・本当に大丈夫なのか?』
行者の一団は五人ほど。その全てを一晩相手するとなると、小吉の家にある食い物はなくなってしまうかもしれない。
『まあ、何とかするさ!』
心配する佐助を他所に、小吉は安心した顔をしていた。

その後、小吉は行者を連れて自分の家へ向かう。
『狭くて汚いところだが、遠慮せず上がってくれ』
その後、小吉は行者に夕餉を出し、風呂を沸かした。しばらくまともな物を食っていなかった様子の行者は遠慮などせず、黙々と胃の中に夕餉を詰め込んだ。
そうして夜は更けて行き、次の朝が来た。



『・・・では、行くか』
村から丘へ向かう道に、行者の一団と村の人間が集まっていた。
そこには行者の案内役を買って出た小吉の姿もある。
『佐助。お前も行くのか?』
『ああ、小吉だけに任せるわけにはいかないからな!』
そして小吉の友人である佐助の姿も。
『それに・・・』


『小吉さん、私も一緒です!』
なぜか、「ゆき」も。
『ゆき・・・本気でお前も行くのか?相手は森の猪ではないのだぞ?』
実は、小吉の身を案じて同行することになった佐助に、ゆきまでくっ付いて来たのだ。
『ゆき!遊びじゃないんだぞ!』
そんなゆきに佐助は声を荒げる。
『分かっています!でも、小吉さんを心配しているのは兄さんだけではありません!』
ゆきはそう言うと佐助と睨みあう。
『勝手にしろ!百足に喰われても俺は知らんからな!』
ついに佐助の方が折れてしまった。
『はい、勝手にさせていただきます!』
ゆきはそんな佐助の背に向かって舌を突き出していた。
「まあ、当の百足は昨晩の内にいなくなっているのだから、要らぬ心配だな」と小吉は思い、その様子を微笑ましく思った。


村から歩くこと半刻ほど。目的の丘が目に入った。
「あとは百足がいなくなったことを全員で確認して一件落着だな」
そう思うと、小吉の口角が自然と上がってしまう。

『ここだ』
そうこうしている内に百足の巣穴へと着き、小吉はそこを指差す。
『・・・下がっていろ』
行者はそう言うと手に持つ釈杖を巣穴に突っ込み、壁を激しく叩く。
金属が激しくぶつかり合う音が巣穴に鳴り響く。どうやらこうして百足を巣穴から誘い出すつもりらしい。
少し離れたところでその様子を見守っていた行者の一団と村の人間は今か今かと待つ。
しかし、いくら待っても百足は一向に現れない。
自分の謀の成功で小吉の顔に安堵の笑みが浮かんだその時だった。



『・・・来るぞ!』



その行者の声を合図に、後ろで見守っていた行者の一団が前に躍り出ると釈杖を構える。
昨日も聞いた音を立てながら岩穴の闇の中から、それ以上に暗い色をした百足が這い出てくる。


『なっ・・・そんな、馬鹿な!』


百足の出現に小吉は驚き、覚束ない足取りで前へ進み出る。
『お、おい小吉!』
そんな小吉を佐助は止めようとするが、佐助の声が聞こえていない小吉は百足へと歩み寄る。
『お主・・・』

「なぜここにいる」という言葉は行者の行動によって止められた。

『何をしている!さっさと下がれ!喰われたいのか!』
行者に腕を掴まれ、乱暴に後ろへと引き飛ばされる。

声を出せない百足の真意を小吉が理解することは出来ない。
だから百足は、それを行動で示したのだ。




「人間を従わせることはあっても、人間に従うことなどありえない」と。
14/01/26 19:28更新 / みな犬
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