第十一話 昊と仲間たちの行方
クルツに来て、魔術の修行に打ち込む日々も一週間が過ぎていた。
基本的な魔術はすべて習熟してしまい、ひたすら仲間たちを探すための探知型魔法を身に付けるための訓練ばかりしている。
というよりも、探知魔法の習得もほとんど完了している、問題は、
「探知………検索、三条天満……」
吹雪と如月は、いる場所の距離までよく解るようになっているのに、天満のことだけはどんなに頑張ってもどこにいるのかさっぱり掴むことができないでいた。
感覚が広がっていくような感覚が一瞬だけしてすぐに終わる。
それこそまるで「三条天満」という人間がすっかり消えてなくなってしまったかのように、探知をしても探知しても全く感知ができないまま既に三日が経過してしまっている。
「どう?」
「…………だめです…アイリさんの言った通りなら、一番探知しやすいのは天満のはずなのに……」
アイリさんは繋がりの強い人間ほどお互いに対する探知は容易だと言っていた。
つながりの定義はあいまいでこれと言って確立されていないのが現状だと聞いているけれど、基本的に血縁関係にあったり長い時間を一緒にいた相手、それに愛情を抱いている相手ほど、探知の成功率や範囲は飛躍的に上昇する。
天満と生きてきた時間の長さ、唯一の家族としてお互いに抱く感情、それに姉と弟という極めて強い血縁でつながった関係。
僕と天満のつながりは、吹雪や如月に対するものよりずっと強いはずだった。
それなのに、ほかの二人は探知できるのに天満だけは全く引っかからない。
「仕方ないわ、通信魔法の習得に移りましょう。」
アイリさんはため息をつくと、そう言って魔法の書かれた書物を見せてくれる。
風の魔法の高等応用技術の一つ「通信」
念話とも言われて、要するに遠く離れた相手と会話を可能にする魔法、魔物の領主ルミネさんも使えるには使えるけど、ルミネさんの場合はちょっと特殊で、自分の魔力を流し込んでマーキングした相手や道具にしか使えないと言っていた。
魔法に必要な手順に従って術式を組み立てていき、一分ほどで完成する。
「通信、接続相手は……平崎如月。」
一番距離が近くて、今も近づきつつある如月が成功率なら一番高いはずだから彼女を選んで、頭の中で語りかける。
(如月……聞こえる? 聞こえたら頭の中で返事を)
呼びかけてみるけれど、呼びかけは帰ってこない。
アイリさんとはノイズ交じりでもどうにか念話を成立させることができているけれど、如月とは距離がこれでもまだ遠すぎるらしい。
「頑張ってるわね。」
ルミネさんがドアを開いて入ってくる。
会うのは二日ぶりだった、いつもは仕事で忙しいみたいだから。
「ルミネさん、『探知』ですごく強いつながりを持った相手が探知できない理由って、何か思い当ります?」
入ってきたルミネさんに向かって、あいさつもなくアイリさんが訪ねる。
「……心当たりは……あるわね。」
「どんなのです?」
「最悪のパターン、つまり精神が崩壊もしくは……死んでるか。」
無意識だった、本当に言い訳の余地もなく完全なる無意識だった。
僕はルミネさんに向かって、風の弾丸を数発放っていた。
出現した氷の盾がそれを受け止めたけれど、受け止めていなかったらルミネさんの体を引き裂いて即死させていただろう威力だった。
「天満は……天満は、僕が死なせない……」
自分に言い聞かせるように、僕は低くそうつぶやいた。
「シスコンねぇ……」
呆れたようにルミネさんが言い、アイリさんがお茶の用意をする。
「ところでここでの生活には慣れたかしら? 異世界とはいろいろ勝手が違うと思うけど。」
「………そうですね、慣れてもまだいろいろ不便に思うことはあります。」
順応して多くのことは成立させられるようになってきたけど、それでも離れてみると僕がどれほど便利な文化に浸かって生きてきたのかがよく解る。
ほかの皆がどんなレベルの文化に浸っているのかはわからないけれど、ここより文化水準が高いところは王国では珍しいらしいからたぶん僕は運がよかったんだろう。
「練習ついでにちょっと遊んでみましょうか、町の中心の噴水広場まで行ってそこから私に通信してみなさい。」
「できますかねぇ……」
「習熟度から考えて、無理ではないと思うわ、あとは気合と根性。」
「ハァ……まぁ行ってきますね。」
立ち上がって研究所から出る。
僕が仮住まいとして利用させてもらっているのはルミネさんとアイリさんが職員を務める魔術研究所という場所で、修行にもってこいのマジックアイテムがあるからそこに住ませてもらっていた。
こう見ると、クルツは結構広い。
遠くには牧場があって、たくさんの家畜が牧羊犬のまねのつもりなのか吠えたてるワーウルフに追い回されている。その近くには果樹園もあって、職員らしき数人が害虫駆除や肥料やりに奮闘している。
農場に、何かの鉱山にその近くにある製錬所。
いろいろな施設が存在している。
ガッガッガッガッガッガ
のんびり町の方に向かって歩いていると、不意に蹄の音がした。
どんどん近づいてくる、そして気づいた。
健康的に日焼けした肌、そして魔物であることを示すように露出が多く足は蹄になっている、牛のような尻尾と角を生やしたとても胸の大きい女性が、何かを牽きながらこっちに向かって信じられない速度で突っ込んで来るのに。
防壁を作るよりさらに早く、彼女が僕をブッ飛ばす。
仕方がないので地面にぶつかる前に大量の空気をすべり込ませてクッションにする。
着地すると、僕を跳ねた女の人がこっちを見ていた。
「お前大丈夫か? ケガしたよな?」
「いえ、無事です、結構痛かったけど。」
女性が牽いているのは荷車だ、いろいろな荷物が乗っている。
それを牽いてあんな速度を出していたのだから、力が強いことがわかる。
轢かれてよく無事だったもんだ、無意識に防御してたのかな?
「新顔だな、お前。アタシはミノタウロスのライアだ、お前は?」
「昊です、三条昊。」
僕が自己紹介した瞬間、ライアと名乗った女性は少しだけ考えるような表情をしてから、
「なんか名前を聞いた覚えはあるんだよなー……けど思いだせねぇ……」
とつぶやいた、記憶力が乏しいのか、それとも本当は聞いていないのか。
「異世界から来た人間だろう、噂ばかり広まっているが実物を見た者がほとんどいないからお前が忘れるのも無理はない。」
頭上から声がしたと思ったら、そこには天使がいた。
天使としか表現しようがない、白い翼に白い羽衣のようなワンピースを着て、金色の綺麗なショートヘアを揺らめかせながら僕たちの上を飛んでいた。ただ、パンツ見えちゃってる。
角度的な問題と、風が吹いている関係上、ちらちら純白の下着が見えている。
天満の趣味と似たデザインだなぁ。
洗濯を担当していたのは僕だったから、天満は恥ずかしがっていたけれど彼女の下着を見てしまう機会は少なくなかった、別に家族なんだしいいだろうに。
天使は僕とライアの間に着地すると、僕に微笑みかけた。
幼げながらりりしさのある顔立ちで、すごく美人だ。
「初めまして、私はこのクルツで法務官を務めているツィリアだ、見ての通りのエンジェル、つまりは天使だ。」
法務官……それはまた天使らしいお仕事をお持ちで。
ツィリアさんはライアの方に振り向くと、
「また……事故を起こしたな?」
怒気のこもった声でそう言った。
またってことは今までも何度か事故を起こしてるってことだろうか。
「しかも今回は物損ではなく人身……貴様の突進がどれほど危険か理解しているのか?」
「なんとなくは……まぁ……」
「怪我人が出て迷惑がかかるのは、お前だけではなく夫のノーティもだぞ? それは分かっているんだろうな?」
「う………」
何となく立ち入ったらまずい雰囲気だったので、立ち去ることにした。
二人から距離をとって、町の方に向かうルートを探す。
少し離れたところに階段があったから、そこから降りていく。
少し行って町に入る、中世ヨーロッパ風の人通りが多くて活気のある街並みだけれども、不思議と魔物の姿はそんなに見かけない、魔物はそこまで多くないんだろうか。
とりあえず大通りを通って町の中心部まで向かう。
町中にあるレストランでは、灰色の髪をした背の高い女の人と、黄色の髪をしたロリっ子が接客をしている、二人とも魔物だろう、フリフリのメイド服のような衣装から尻尾が飛び出していて、頭には耳がある。
そして町の中心、噴水広場では、緑色の肌をして角を生やした背の高い女性が僕を待っていた。僕どころか、クロードさんやハロルドさんよりさらに背が高い、百九十センチはあるだろうか。
「えっと……三条昊です。」
「オレはブリジットだ、ルミネとはおふくろが親友で、だから今日仕事があるのにわざわざお前の手伝い頼まれた。」
やっぱりこの人も魔物……だよな?
一概に魔物と言ってもその姿や性質は種類ごとに違っているとはルミネさんに聞いた覚えがあるけれど、ここまで見事に姿かたちが別々だと、実は魔物以外も交じっているんじゃないのかと不安になる。
「早速練習してみろ、オレは目印頼まれただけだからもう帰るぜ。」
そう言ってブリジットは去って行った。
とりあえず、言われたとおりに魔法陣を用意して、魔法を組みはじめる。
集中集中。
「通信、相手はルミネ。………」
(聞こえますか? ルミネさん)
返事が来ることなど期待していなかったけれど、
『聞こえるわよ、初めての成功ね。』
頭の中にルミネさんのそんな声が直接届いてきて、心臓が飛び出しそうなほど驚いた。
『これでわかったわね、貴方はちょっと気負いすぎてるのよ、こういう緻密で繊細な魔法は人の感情によって大きく左右されるんだから、焦ったら乱れて失敗する。だから常に平常心で挑みなさい。』
『……はい、わかりました。』
『よろしい、じゃあ今日は領主館に直行しなさい、クロたちが待ってるはずよ』
ルミネさんのその言葉と同時に、通信が切れる。
僕は自分でも気づかないうちにあせっていたらしい。
天満の居場所がちっともつかめないこと、皆がいるのは分かっているけれど大丈夫か全くわからないこと、それにこの世界の、外界と言われている場所で何かがあったらしいこと。
そんな事実を冷静に把握してみれば、焦ってもおかしくはないのかもしれない。
「皆にまた会って、そしたらどうしよう。」
再会を喜んで一緒に食事を摂るっていうのは外せないと思うけど、そのあとが問題だ。これから僕たちはおそらくこの世界で生きていかなくてはいけない、だからこそ皆で僕たちはこれからどうするのかを決める。
それもこれもみんな集まってからなんだけどね。
とりあえずクロードさんたちの待つ領主館で一緒に食事を摂らせてもらってその日は眠りにつき、そして翌日。
また研究所に戻り、僕は一人で魔法を組みたてていた。
下手にプレッシャーを与えるとまずいとの配慮から、ルミネさんやアイリさんは今日はお出かけ、というか訓練日だから仕事が休みなんだそうだ。
とりあえず近い順からということで、まず対象に選ばれたのは如月だった。
「通信、平崎如月。」
いつも彼女と電話のやり取りをしていたのと同じ感覚で、通信を開始する。
『如月、聞こえる? 聞こえるかな? 聞こえたら頭の中で返事を。』
成功した感じはあった、頭の中が一部だけ如月とつながったような妙な感触があるからたぶん成功だと思う、っていうか成功してるといいな。
そう思ったのは数秒にわたり何の返事もなかったからだ。
二十秒くらい経って、
『昊君……よかった…無事だったんだ……』
かろうじて如月から返事が返ってきた、心なしか泣いてるように感じられる。
『うん……吹雪も多分無事だと思う……ただ……天満は行方不明。』
『っええええええぇえええッッ!?』
滅茶苦茶びっくりした反応だった。
『二人の居場所は簡単にわかったのに、天満だけは見つからないんだ、わからないかな……』
『わからないよ……私が知ってるのは北の方に二人と南の方に一人飛んで行ったことだけだもん……昊君、今どこにいるの?』
『クルツ自治領ってとこなんだけど……知らないよね? 外の人は知ってる人の方が少ないくらいだって聞いたから……』
半ばあきらめ気味に如月に対してそう訊ねた、しかし、返事は予想外。
『知ってる……っていうか私たちそっちに向かってる……』
驚いたせいで、通信が切れてしまった。
如月が近くにいることは分かってたけど、本当にそんなに近くまで来てたんだ……よかった、如月と合流できる日は近そうだ。
次はとりあえず吹雪かな。
「通信……因幡吹雪。」
『吹雪、聞こえるかな? 聞こえたら頭の中で返事を。』
呼びかけてみる、やっぱり吹雪に対しても成功っぽい。
『聞こえるぞ、久しぶりだな。』
『よかった……今どこにいるんだ?』
吹雪ならひどい目に合ってる可能性はほとんどないって思ってたけど、やっぱり吹雪は普通に無事だった、これで無事を確認できてないのは天満だけ。
ちょっと安心したけれど、やっぱり天満の居所が不明なのは心配だ。
『イグノー王国のヘラトナって土地だ。お前は?』
イグノー王国……確かローディアナ王国の北に隣接する国だったはずだ、ローディアナとの関係はそんなによくないから、行き来は難しいらしいけど。
『ローディアナ王国のクルツ自治領ってところ、イグノーからは遠いらしいけど……』
数秒連絡がつかなくなる。
『聞いたことないってよ、どこにあるんだ?』
『ローディアナ王国の南西の端っこだよ、イグノーからは少なくとも半月かかるんじゃないかな。』
王都からここまで短くとも五日と聞いてるから、そんなもんだと思う。
『そっか……ほかの二人は?』
『……天満が行方不明、如月はさっき連絡したけどこっちに向かってるってさ。』
『そうか、じゃあ俺もそっちに向かうぜ、今度は生身で話そう。』
『ああ、気をつけろよ?』
天満のことに触れなかったのは吹雪なりの気遣いだろう。
「通信、三条天満」
最後に天満に通信を試してみるけれど、やっぱり失敗する。
どうしちゃったんだよ……天満……
苛立ち交じりに頭を振って、そして窓の外を見る。
最愛の姉だけがやはり見つけられないという事実が、僕の心に圧し掛かっていた。
基本的な魔術はすべて習熟してしまい、ひたすら仲間たちを探すための探知型魔法を身に付けるための訓練ばかりしている。
というよりも、探知魔法の習得もほとんど完了している、問題は、
「探知………検索、三条天満……」
吹雪と如月は、いる場所の距離までよく解るようになっているのに、天満のことだけはどんなに頑張ってもどこにいるのかさっぱり掴むことができないでいた。
感覚が広がっていくような感覚が一瞬だけしてすぐに終わる。
それこそまるで「三条天満」という人間がすっかり消えてなくなってしまったかのように、探知をしても探知しても全く感知ができないまま既に三日が経過してしまっている。
「どう?」
「…………だめです…アイリさんの言った通りなら、一番探知しやすいのは天満のはずなのに……」
アイリさんは繋がりの強い人間ほどお互いに対する探知は容易だと言っていた。
つながりの定義はあいまいでこれと言って確立されていないのが現状だと聞いているけれど、基本的に血縁関係にあったり長い時間を一緒にいた相手、それに愛情を抱いている相手ほど、探知の成功率や範囲は飛躍的に上昇する。
天満と生きてきた時間の長さ、唯一の家族としてお互いに抱く感情、それに姉と弟という極めて強い血縁でつながった関係。
僕と天満のつながりは、吹雪や如月に対するものよりずっと強いはずだった。
それなのに、ほかの二人は探知できるのに天満だけは全く引っかからない。
「仕方ないわ、通信魔法の習得に移りましょう。」
アイリさんはため息をつくと、そう言って魔法の書かれた書物を見せてくれる。
風の魔法の高等応用技術の一つ「通信」
念話とも言われて、要するに遠く離れた相手と会話を可能にする魔法、魔物の領主ルミネさんも使えるには使えるけど、ルミネさんの場合はちょっと特殊で、自分の魔力を流し込んでマーキングした相手や道具にしか使えないと言っていた。
魔法に必要な手順に従って術式を組み立てていき、一分ほどで完成する。
「通信、接続相手は……平崎如月。」
一番距離が近くて、今も近づきつつある如月が成功率なら一番高いはずだから彼女を選んで、頭の中で語りかける。
(如月……聞こえる? 聞こえたら頭の中で返事を)
呼びかけてみるけれど、呼びかけは帰ってこない。
アイリさんとはノイズ交じりでもどうにか念話を成立させることができているけれど、如月とは距離がこれでもまだ遠すぎるらしい。
「頑張ってるわね。」
ルミネさんがドアを開いて入ってくる。
会うのは二日ぶりだった、いつもは仕事で忙しいみたいだから。
「ルミネさん、『探知』ですごく強いつながりを持った相手が探知できない理由って、何か思い当ります?」
入ってきたルミネさんに向かって、あいさつもなくアイリさんが訪ねる。
「……心当たりは……あるわね。」
「どんなのです?」
「最悪のパターン、つまり精神が崩壊もしくは……死んでるか。」
無意識だった、本当に言い訳の余地もなく完全なる無意識だった。
僕はルミネさんに向かって、風の弾丸を数発放っていた。
出現した氷の盾がそれを受け止めたけれど、受け止めていなかったらルミネさんの体を引き裂いて即死させていただろう威力だった。
「天満は……天満は、僕が死なせない……」
自分に言い聞かせるように、僕は低くそうつぶやいた。
「シスコンねぇ……」
呆れたようにルミネさんが言い、アイリさんがお茶の用意をする。
「ところでここでの生活には慣れたかしら? 異世界とはいろいろ勝手が違うと思うけど。」
「………そうですね、慣れてもまだいろいろ不便に思うことはあります。」
順応して多くのことは成立させられるようになってきたけど、それでも離れてみると僕がどれほど便利な文化に浸かって生きてきたのかがよく解る。
ほかの皆がどんなレベルの文化に浸っているのかはわからないけれど、ここより文化水準が高いところは王国では珍しいらしいからたぶん僕は運がよかったんだろう。
「練習ついでにちょっと遊んでみましょうか、町の中心の噴水広場まで行ってそこから私に通信してみなさい。」
「できますかねぇ……」
「習熟度から考えて、無理ではないと思うわ、あとは気合と根性。」
「ハァ……まぁ行ってきますね。」
立ち上がって研究所から出る。
僕が仮住まいとして利用させてもらっているのはルミネさんとアイリさんが職員を務める魔術研究所という場所で、修行にもってこいのマジックアイテムがあるからそこに住ませてもらっていた。
こう見ると、クルツは結構広い。
遠くには牧場があって、たくさんの家畜が牧羊犬のまねのつもりなのか吠えたてるワーウルフに追い回されている。その近くには果樹園もあって、職員らしき数人が害虫駆除や肥料やりに奮闘している。
農場に、何かの鉱山にその近くにある製錬所。
いろいろな施設が存在している。
ガッガッガッガッガッガ
のんびり町の方に向かって歩いていると、不意に蹄の音がした。
どんどん近づいてくる、そして気づいた。
健康的に日焼けした肌、そして魔物であることを示すように露出が多く足は蹄になっている、牛のような尻尾と角を生やしたとても胸の大きい女性が、何かを牽きながらこっちに向かって信じられない速度で突っ込んで来るのに。
防壁を作るよりさらに早く、彼女が僕をブッ飛ばす。
仕方がないので地面にぶつかる前に大量の空気をすべり込ませてクッションにする。
着地すると、僕を跳ねた女の人がこっちを見ていた。
「お前大丈夫か? ケガしたよな?」
「いえ、無事です、結構痛かったけど。」
女性が牽いているのは荷車だ、いろいろな荷物が乗っている。
それを牽いてあんな速度を出していたのだから、力が強いことがわかる。
轢かれてよく無事だったもんだ、無意識に防御してたのかな?
「新顔だな、お前。アタシはミノタウロスのライアだ、お前は?」
「昊です、三条昊。」
僕が自己紹介した瞬間、ライアと名乗った女性は少しだけ考えるような表情をしてから、
「なんか名前を聞いた覚えはあるんだよなー……けど思いだせねぇ……」
とつぶやいた、記憶力が乏しいのか、それとも本当は聞いていないのか。
「異世界から来た人間だろう、噂ばかり広まっているが実物を見た者がほとんどいないからお前が忘れるのも無理はない。」
頭上から声がしたと思ったら、そこには天使がいた。
天使としか表現しようがない、白い翼に白い羽衣のようなワンピースを着て、金色の綺麗なショートヘアを揺らめかせながら僕たちの上を飛んでいた。ただ、パンツ見えちゃってる。
角度的な問題と、風が吹いている関係上、ちらちら純白の下着が見えている。
天満の趣味と似たデザインだなぁ。
洗濯を担当していたのは僕だったから、天満は恥ずかしがっていたけれど彼女の下着を見てしまう機会は少なくなかった、別に家族なんだしいいだろうに。
天使は僕とライアの間に着地すると、僕に微笑みかけた。
幼げながらりりしさのある顔立ちで、すごく美人だ。
「初めまして、私はこのクルツで法務官を務めているツィリアだ、見ての通りのエンジェル、つまりは天使だ。」
法務官……それはまた天使らしいお仕事をお持ちで。
ツィリアさんはライアの方に振り向くと、
「また……事故を起こしたな?」
怒気のこもった声でそう言った。
またってことは今までも何度か事故を起こしてるってことだろうか。
「しかも今回は物損ではなく人身……貴様の突進がどれほど危険か理解しているのか?」
「なんとなくは……まぁ……」
「怪我人が出て迷惑がかかるのは、お前だけではなく夫のノーティもだぞ? それは分かっているんだろうな?」
「う………」
何となく立ち入ったらまずい雰囲気だったので、立ち去ることにした。
二人から距離をとって、町の方に向かうルートを探す。
少し離れたところに階段があったから、そこから降りていく。
少し行って町に入る、中世ヨーロッパ風の人通りが多くて活気のある街並みだけれども、不思議と魔物の姿はそんなに見かけない、魔物はそこまで多くないんだろうか。
とりあえず大通りを通って町の中心部まで向かう。
町中にあるレストランでは、灰色の髪をした背の高い女の人と、黄色の髪をしたロリっ子が接客をしている、二人とも魔物だろう、フリフリのメイド服のような衣装から尻尾が飛び出していて、頭には耳がある。
そして町の中心、噴水広場では、緑色の肌をして角を生やした背の高い女性が僕を待っていた。僕どころか、クロードさんやハロルドさんよりさらに背が高い、百九十センチはあるだろうか。
「えっと……三条昊です。」
「オレはブリジットだ、ルミネとはおふくろが親友で、だから今日仕事があるのにわざわざお前の手伝い頼まれた。」
やっぱりこの人も魔物……だよな?
一概に魔物と言ってもその姿や性質は種類ごとに違っているとはルミネさんに聞いた覚えがあるけれど、ここまで見事に姿かたちが別々だと、実は魔物以外も交じっているんじゃないのかと不安になる。
「早速練習してみろ、オレは目印頼まれただけだからもう帰るぜ。」
そう言ってブリジットは去って行った。
とりあえず、言われたとおりに魔法陣を用意して、魔法を組みはじめる。
集中集中。
「通信、相手はルミネ。………」
(聞こえますか? ルミネさん)
返事が来ることなど期待していなかったけれど、
『聞こえるわよ、初めての成功ね。』
頭の中にルミネさんのそんな声が直接届いてきて、心臓が飛び出しそうなほど驚いた。
『これでわかったわね、貴方はちょっと気負いすぎてるのよ、こういう緻密で繊細な魔法は人の感情によって大きく左右されるんだから、焦ったら乱れて失敗する。だから常に平常心で挑みなさい。』
『……はい、わかりました。』
『よろしい、じゃあ今日は領主館に直行しなさい、クロたちが待ってるはずよ』
ルミネさんのその言葉と同時に、通信が切れる。
僕は自分でも気づかないうちにあせっていたらしい。
天満の居場所がちっともつかめないこと、皆がいるのは分かっているけれど大丈夫か全くわからないこと、それにこの世界の、外界と言われている場所で何かがあったらしいこと。
そんな事実を冷静に把握してみれば、焦ってもおかしくはないのかもしれない。
「皆にまた会って、そしたらどうしよう。」
再会を喜んで一緒に食事を摂るっていうのは外せないと思うけど、そのあとが問題だ。これから僕たちはおそらくこの世界で生きていかなくてはいけない、だからこそ皆で僕たちはこれからどうするのかを決める。
それもこれもみんな集まってからなんだけどね。
とりあえずクロードさんたちの待つ領主館で一緒に食事を摂らせてもらってその日は眠りにつき、そして翌日。
また研究所に戻り、僕は一人で魔法を組みたてていた。
下手にプレッシャーを与えるとまずいとの配慮から、ルミネさんやアイリさんは今日はお出かけ、というか訓練日だから仕事が休みなんだそうだ。
とりあえず近い順からということで、まず対象に選ばれたのは如月だった。
「通信、平崎如月。」
いつも彼女と電話のやり取りをしていたのと同じ感覚で、通信を開始する。
『如月、聞こえる? 聞こえるかな? 聞こえたら頭の中で返事を。』
成功した感じはあった、頭の中が一部だけ如月とつながったような妙な感触があるからたぶん成功だと思う、っていうか成功してるといいな。
そう思ったのは数秒にわたり何の返事もなかったからだ。
二十秒くらい経って、
『昊君……よかった…無事だったんだ……』
かろうじて如月から返事が返ってきた、心なしか泣いてるように感じられる。
『うん……吹雪も多分無事だと思う……ただ……天満は行方不明。』
『っええええええぇえええッッ!?』
滅茶苦茶びっくりした反応だった。
『二人の居場所は簡単にわかったのに、天満だけは見つからないんだ、わからないかな……』
『わからないよ……私が知ってるのは北の方に二人と南の方に一人飛んで行ったことだけだもん……昊君、今どこにいるの?』
『クルツ自治領ってとこなんだけど……知らないよね? 外の人は知ってる人の方が少ないくらいだって聞いたから……』
半ばあきらめ気味に如月に対してそう訊ねた、しかし、返事は予想外。
『知ってる……っていうか私たちそっちに向かってる……』
驚いたせいで、通信が切れてしまった。
如月が近くにいることは分かってたけど、本当にそんなに近くまで来てたんだ……よかった、如月と合流できる日は近そうだ。
次はとりあえず吹雪かな。
「通信……因幡吹雪。」
『吹雪、聞こえるかな? 聞こえたら頭の中で返事を。』
呼びかけてみる、やっぱり吹雪に対しても成功っぽい。
『聞こえるぞ、久しぶりだな。』
『よかった……今どこにいるんだ?』
吹雪ならひどい目に合ってる可能性はほとんどないって思ってたけど、やっぱり吹雪は普通に無事だった、これで無事を確認できてないのは天満だけ。
ちょっと安心したけれど、やっぱり天満の居所が不明なのは心配だ。
『イグノー王国のヘラトナって土地だ。お前は?』
イグノー王国……確かローディアナ王国の北に隣接する国だったはずだ、ローディアナとの関係はそんなによくないから、行き来は難しいらしいけど。
『ローディアナ王国のクルツ自治領ってところ、イグノーからは遠いらしいけど……』
数秒連絡がつかなくなる。
『聞いたことないってよ、どこにあるんだ?』
『ローディアナ王国の南西の端っこだよ、イグノーからは少なくとも半月かかるんじゃないかな。』
王都からここまで短くとも五日と聞いてるから、そんなもんだと思う。
『そっか……ほかの二人は?』
『……天満が行方不明、如月はさっき連絡したけどこっちに向かってるってさ。』
『そうか、じゃあ俺もそっちに向かうぜ、今度は生身で話そう。』
『ああ、気をつけろよ?』
天満のことに触れなかったのは吹雪なりの気遣いだろう。
「通信、三条天満」
最後に天満に通信を試してみるけれど、やっぱり失敗する。
どうしちゃったんだよ……天満……
苛立ち交じりに頭を振って、そして窓の外を見る。
最愛の姉だけがやはり見つけられないという事実が、僕の心に圧し掛かっていた。
11/07/08 16:32更新 / なるつき
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