連載小説
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第十二話 如月と逃走行
私たちが王都を出てから二日が経過していた。
混乱に紛れて安全に遠くまで移動することができたのは最初の一日だけで、王都のレジスタンスがあらかた脱出するか捕えられると追撃の手は私たちに回ってきた。
結局私たちは徒歩だったから、情報伝達に利用されている早馬に比べて早く移動することなんてできない、リィレさんは「馬さえいれば」なんて言っていたけれど、無い物強請りしても仕方がないだろう。
野営して迂闊に火を起こせば相手に知られるし、同じ場所にとどまっていては囲まれてしまう。だから私たちは夜も必要最低限だけ休みながら、ひたすらに南下する強行軍を続けていた。
「……敵兵、騎馬三、歩兵十。」
リィレさんが淡々と後方から接近してきている敵の兵団の数を告げる。
「全く……もう!」
「はぁ……はぁ……」
朝から歩き通しで、しかもそれが二日も続いている。
私たちの体力はかなり消耗していて、特に体力の乏しかった姫様は今朝になって以降もう顔色は真っ青で足取りもおぼつかなくなっている。それでも敵兵の追撃の手が休まることはなく、ひたすらに私たちの体力を削っていた。
このままでは、姫様が倒れてしまう。
そうでなくとも、私やリィレさんだってこのままじゃいつ倒れてもおかしくない。
「いたぞ、こっちだ!」
敵兵が私たちに気づく。
「姫様は、ここで休んでいてください。」
皮肉にも敵兵に追いつかれて、私たちが戦っているときだけが姫様が休息できる唯一の時間だった。
空に信号弾が上がる、ここにも長居していたら増援が来てしまうだろう。
突っ込んできた騎兵に向かって私は走り高跳びのように飛び上がり、交差する瞬間に合わせてそいつの首を切り落とす。
リィレさんは長剣のリーチを活かしてそのまま切り落としているけれど、私にはそんなことはできない。
「馬を奪え! 乗って逃げる!」
リィレさんはそういうと騎兵の死体を馬から蹴り落としてその馬に乗る。
私も真似して馬に乗ってみるけれど、馬術なんて習ったことのない私に馬が扱えるんだろうか。
私の不安をよそに、リィレさんはまるでその馬の元の飼い主であるかのように自在に操って、姫様の近くに行くと彼女を抱え上げて自分の馬の背に乗せた。
リィレさんが自在に操っているのを見て、それを真似してみる。
つたない私の動きでも、よく調教された馬だったのか馬は私の言うことを聞いて走ってくれる。
追ってきた最後の一人をリィレさんが仕留めて、私たちは馬を操り逃げる。
歩くよりはやっぱり速いし、それに姫様に少しでも休む時間を提供できるから、馬に乗って逃げることはいいことだとは思う。
でもちょっとこれ、私不得意かも……
そんな風に思っていると、
『如月、聞こえる? 聞こえるかな? 聞こえたら頭の中で返事を』
そんな声が、私の頭の中で響いた。
いきなりのことに馬から落ちそうになったけど何とか持ち直して、リィレさんを見る、彼女は不思議そうに私を見てるってことは多分私にしか聞こえなかったんだろう。
「あの、人の頭に語りかける魔法ってありますか?」
「あるぞ、かなり高等で複雑な手順を要する魔法だが……」
そんなのを昊君が使えるってことには多少違和感がある。
けど、でもこの感覚は間違いじゃないと体の細胞が訴えてきている、だから昊君だと思う、天満ちゃんほどじゃないけど私も昊君は好きだから、わかる。
ほっと胸をなでおろしたい気分でいっぱいだった、
『昊君……よかった…無事だったんだ……』
この世界に来て、皆がひどい目にあっていたらどうしようと思わなかった時はなかった、私がこんな目に合ってるなら、ほかの皆もひどい目にあってておかしくないから。
けど、私の安心は一瞬で不安に変わる。
『うん……吹雪も多分無事だと思う……ただ……天満は行方不明。』
昊君のその一言に、
『っええええええぇえええッッ!?』
そんな風に反応してしまった、声にも出そうだった。
『二人の居場所は簡単にわかったのに、天満だけは見つからないんだ、わからないかな……』
昊君はいかにも困った口調でそんな風に言ってくる。
不安だろう、天満ちゃんの方は別として昊君に天満ちゃんに対する恋愛感情はなかったみたいだけど、それでも自他ともに認める素晴らしいレベルのシスコンとブラコンの姉弟だった。
それが今、よりによってできの悪いお姉ちゃんの方が行方不明。
しかも私も力にはなれない、だって、
『わからないよ……私が知ってるのは北の方に二人と南の方に一人飛んで行ったことだけだもん……昊君、今どこにいるの?』
私が知っているのは本当にその程度のことでしかなかった。
とりあえず今は南に跳んだ誰かと合流するために、それに追手から逃れるために南に向かって移動しているけれど、誰が飛んだのかまでは知らない。
『クルツ自治領ってとこなんだけど……知らないよね? 外の人は知ってる人の方が少ないくらいだって聞いたから……』
私はその言葉を聞いた瞬間目を見開いてしまった。
こんな都合のいい偶然があるんだろうか、それともこれは必然だったのだろうか。
『知ってる……っていうか私たちそっちに向かってる……』
そう私が返事をした瞬間、「ぷつん」って感じの軽い音と一緒に昊君の声が聞こえなくなった。
(え? ちょっと昊君!? そーらーくーんー?)
返事が返ってこない、どうやら何かが理由で通信が切れたっぽい。
「どうした? キサラギ?」
「……友達から連絡が……仲間の一人、多分南西に跳んだ一人が……」
「一人が?」
「クルツにいるそうです……」
今度はリィレさんが、彼女にしがみついていた姫様ごと馬から落ちそうになった。
「それは本当か?」
「……はい、昊君は嘘はつきませんし、私の勘も間違ってないと思います。」
「……今度連絡がきたとき、匿ってもらえないか相談してみてくれ……一時的でいいから姫様を休ませたい。」
確かに、馬に乗った今でも顔色は真っ青で今にも倒れてしまいそうな顔色の姫様は、しっかり休ませないとせっかく今まで逃げてきたのが台無しになってしまうかもしれない。
そういえば、背後からの追手はどうなったんだろう。
そう思って振り返ってみると、敵の姿は見えなくなっていた。
諦めてくれたのかそれとも別の理由か。
「少し西にずれて近くの村に向かう、ケインとの合流地点だ。」
そう言ったリィレさんについていき、私たちは村に入った。
けれどその村は、寂れていた。
人っ子一人見かけない様な通り、閉められた窓やドア。
人のいる村とは思えないような、狭苦しくて暗い街並み。
これはいったいどういうことだろう。
「予想はしていたが……ひどいな。」
「予想してたって……この光景をですか?」
リィレさんは声を出さずにうなずく。
馬をゆっくり歩かせていると、リィレさんがある建物の前でふいに馬を止める。
どうやら酒場のようだけれど、中にはほとんど人がいない。
隣に馬が繋がれている、ほんのわずかに青色のさした白馬だった。
私たちの乗っている馬より少し体が大きくて、鬣を含めてすごく強そうに見える。
「ここだな、入るぞ。」
リィレさんが厩に馬を止めるとそのまま姫様をおぶって店に入っていく。
私も後を追う、リィレさんは酒場に入るとまよわず店の端に座っていた青色の服を着た男に近づいていき、
「相席よろしいだろうか?」
と尋ねた。
「構わない。」
男も特に嫌がるそぶりを見せず、リィレさんたちを招き入れる。
私も椅子に座らせてもらう。
「ケイン」
「今はカーターだ。」
「すまない、カーター。王都はどうなった? ほかの皆は無事なのか?」
リィレさんが単刀直入に訊ねる。
カーターさんはちょっと考えるように頭をかいて、それから答えた
「国王陛下とグラハム団長は、亡くなった。」
リィレさんが驚きに目を見開き、姫は息をのんだ。
「レジスタンスを逃がす途中、狂戦士の手にかかって落命した。アルベルトやマーカスは生き残っているが、あの二人も重傷だ。」
カーターさんはあくまで落ち着いた口調で報告してくれる。
それが救いだっただろう、このままカーターさんまで悲嘆に暮れた顔つきをしていたら多分姫様やリィレさんが取り乱してしまっていた。
「現在レジスタンスはうまく隠遁中だ、問題は政治にある、ランバルドが新王補佐として政務に努めているが、各所で反乱が勃発しているし貴族同士での内部対立もあってほとんど機能していない。中には姫様を手に入れて新王になりあがろうとするものまで出ている始末だ。ランバルドも、姫様を捕えようと懸賞金をかけているしな。」
だからみんな必死に姫様を追ってきてたのか。
カーターさんはコーヒーに口をつける。
こう見るとふつうのお兄さんだ、とても近衛隊の密偵には見えない。
むしろとても密偵に見えないから密偵の仕事ができるのかもしれないけど。
「これからどうする?」
「できることなら一日でもクルツに入る予定だ。」
カーターさんはコーヒーをリィレさんの顔に向かって噴出した。
リィレさんはこめかみに青筋を浮かべながらも、どうにか暴れださずに大人しくしている。
「本気か? あそこに避難できると俺には思えないんだが。」
「キサラギの仲間が、クルツにいるらしい、連絡があったら交渉する。」
「確かに王国では一番安全な場所かもしれんが……しかし……」
「うまくいかせるしかないだろう、できなければ負けるだけだ。」
渋るカーターさんに向かって、リィレさんが淡々と述べる。
「そちらこそどうなんだ? 反撃の機会は窺えそうか?」
「今すぐは無理だが、そのうちに機会は来るだろう、少し待っていればあの政権は確実にぼろが出る。」
カーターさんは冷たい瞳で言い切る。
「とはいえ、それを待っていては民がどうなるかもわからん。それに逃走先以外にもあちこちに兵が送られている、イグノー王国や、ローディアナにある辺境の部落まで、進軍が予定されているんだ。」
カーターさんは付け加えて悲しそうに言った、確かに言うとおりだ。
悪政の煽りを一番受けるのは、為政者たちではなくいつも権力から離れたところにいる市民たち、日本がそうだったから、私だって知っている。民主主義なんて言っても、結局権力を握る人が固定されたら貴族制と変わらない。
「それと、表につないであるティソーンはもうお前の馬だ、好きに使え。」
「助かる、お前がここまで連れてきてくれたんだろう?」
「半ば、俺は連れてこられたんだがな……」
カーターさんが冗談めかして言うけど、目が笑ってなかった、何があったんだろう。
「奴らの狙いは政権の奪取だけではない気がする、くれぐれも気を付けてくれ。」
そう言うとカーターさんは立ち上がり、「マスター、勘定頼む。」と言って会計を済ませてから店を出て行った。
馬の鳴き声がする、多分私たちの乗ってきた馬のどちらかに乗っていったんだろう。
「政権の奪取だけではない……何をする気なんでしょうね。」
「私にもわからんさ、だが、カーターの勘は外れた試しがない……」
嫌そうな顔でリィレさんは言った。
おそらく確かに何かがありそうだと踏んでいるんだろう。
「私たちも出よう、ティソーンがいればクルツの領域まで二日で足りるだろう。」
そうして私たちも店を出た。


ティソーンは人二人乗せてるとは思えないほど速くって、私が乗っていた馬は全力で走ってついていくのがやっとだった、なんでも王様やグラハムさんがお忍びで使っていた駿馬なんだそうだ、別名馬殺し。
南西に向けてひたすらまた強行軍が始まったけれど、ティソーンのでたらめな速さと馬に乗っているという事実から、敵の追手もあまり多くなく、それに姫様も私もある程度楽に移動することができた、腰痛いけど。
もうすぐ昊君に会える、そんな期待に、私は無邪気に胸を躍らせていた。
会えたら何を話そう、どんなことをしよう、そんな事しか私の頭にはなくて、
その前に何があるのかなんて、ちっとも想像していなかった。



11/07/10 18:06更新 / なるつき
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■作者メッセージ
各地に派兵される貴族の手下たち。
王を失い統率を半ば失いつつあるレジスタンス。
そして集結する仲間たちを待ち受ける出来事。
ようやく進んできたような気がします、一話一話が短いからいけないんですけどね。

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