連載小説
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決戦<ヘルゲの場合>
 フリストとロスヴァイセが空中戦を展開させた頃、エインヘリアルはヘルゲの姿を目で捉えていた。
 ヘルゲは、隘路の入り口でフリストの戦いを見ていた。
 その胸中には、なにが去来しているのか。
 愛しい女への心配と信頼か。それとも未来への悲嘆か希望か。或いはその何れもあったのだろう。
 が、近づくエインヘリアルを認めると、視線を切った。それ以降、二度と二人を見ることはなかった。
 八人が近づいてくる。何れも凄まじい脚力である。
 ヘルゲは背を向けて、隘路に入る。
 この隘路は、崖と崖の間に出来たひどく小さな道で、人一人がようやく走れるかという狭さだ。そのうえ、道が蛇が這うように曲がっており、角が多い。
 多人数を相手にするには絶好の条件である。
 すぐさまエインヘリアル八人も隘路に入り、同時に進めないので縦に並んで走った。
 その、一つ目の角のことであった。
「ジャ―――――」
 という掛け声がして、ヘルゲの槍が先頭の一人を貫いたのは。
「ぐっ」
 が、浅い。戦闘を走る男も咄嗟に身を翻らせて致命傷を避けた。左の脇腹をざっくりと抉られた。致命傷ではないが、失血死の可能性は僅かに匂う。
 だがさすがに、その勇猛を神に認められた勇士である。それほどの傷を負いながら、彼の槍はヘルゲを襲う。が、何分にも後手のことで、しかも突然。尚且つ負傷している。
 槍はヘルゲの肩口を掠め、首に僅かな裂傷を作ったのみであった。
 ヘルゲは相手の傷の度合いを確かめる間もなく背を向けて走り、角へ消えた。
「ふ、ふははは」
 脇腹を負傷した男が、蹲りながら笑う。
 続く七人の勇士を振り返って、
「見たか! あの小僧、俺を殺すつもりだった! 八人の勇士を前にしても、あいつはどうやら必殺を誓っているらしい!
 なんと張り合いのある相手か! ヴァルキリーの私闘なぞととんでもない。あいつは俺たちが総出で首を狩るに値する勇士だ!」
 この言い様と、この場面で笑う豪胆さはさすがに勇士だが、この傷では戦闘継続は不可能である。
 脇腹は腕の筋肉と繋がっているから、力を入れるとひどく出血する。このまま戦えば遠からず失血死するだろう。
 一人、脱落。
 七人はヘルゲを追った。
「周到な。やはり難事を超えるか、ヘルゲ」
 一人がぽつりと呟いた。
 自らの今際を思いだしているのかもしれない。この場のどの男も、窮地を勇猛と知恵で潜り抜けてここに居る。
 やがて、音がした。
 上からである。
「岩だ!」
 一人が叫び、ぱっと後ろに飛び退く者、速度を緩めず走り抜ける者。二通りが居た。
 彼らの恐るべきところは、それが隊列の一部分を境に、まったく揃っていたことであった。境より前は走り抜け、後ろは飛び退く。岩落としの罠は、一人の脱落者も出さなかった。
 が、それと同時に角より不意に飛び出たヘルゲが、先頭の男に向けて槍を突く。
「ふっ!」
 呼気と共に突き出された槍は、その事態を予測していたエインヘリアルに払われ、尚且つ懐に踏み込まれた。
 同時に、ヘルゲがぱっと飛びずさるが籠手を僅かに斬られた。手首から血が流れた。
「くっ・・・・・・」
 傷口を抑え、背を向けてひたすら走る。
「四、三か。分断されても充分勝てるが、どうする」
 先頭が四、岩に分断された後列が三人。総出で掛かれば魔法を使って岩を破壊することは充分に出来る。
 だが。
「速さが命だ。逃がしては元も子もない。罠が隘路にだけあるとは限らん。寧ろこの一つ目の対策かもしれん隘路で倒す方が良い。すぐに追いつく」
 と、先頭の四人がヘルゲを追い、後列の三人が岩の除去に掛かった。
 確かに、エインヘリアルの側から見れば、十全の準備を整えられての反撃である。隘路を抜けた先にもまだ罠がある可能性があるのなら、早く片付けるのが安全だと言える。
 が、戦力分断は戦いの基本にして奥義。この三人は、ついに先頭に追い付けず脱落した。
「ヘルゲは充分な働きをした。ヴァルキリーに言われるまでもなく、褒美を与えていないのがずっと気にはなっていたが、随分と大きく出たものだ」
 崖の上で、先の戦争でヘルゲを指揮した将校が、十三人の弓兵に一斉射を命じたからである。
 矢で落命したものは一人も居ない。
 が、何分にも岩で行き止まりになった場所への一斉射である。全て防ぎ切ることも出来ず、肩の付け根に矢を受けたり、腿に受けたりして、戦闘継続が不可能な傷を与えられた。
 これで合計四人の脱落。残りは四名である。
 崖の上、夕陽にその顔を赤く照らされた将校が引き上げを命じ、去り際にヘルゲの消えた隘路の先を振り返って、
「働きよりも大きな褒美になったが、なに、後の勇士の命を買ったと思えば安いものか。是非ともこれから起こり得る国難を、その両手で払ってほしいものだな」
 と、皮肉げに笑った。
 言葉ほどに、ヘルゲの今後に期待はしていない。にも拘わらず援兵を率いて援護してくれたのは、この将校の親切であろう。
 その親切の元が、あの戦争で見せたヘルゲの働きに感謝する気持ちにあったとすれば、まんざら、自分の行いが返ってきたと言えないこともない。事実、この将校はあの戦争を述懐すると数回に一度はヘルゲの話題を出し、
「旅に出て腕を磨いていた勇士が国の難を知って戻り、ヴァルキリーの推挙で私の指揮に従ったが、あの時の献身的な働きぶりは今振り返っても涙が出る」
 と笑った。律儀な男なのだろう。
 ともあれ、ヘルゲ。
 エインヘリアルの半数を退けたといえ、まだ四人残っている。とても戦って勝てる相手ではない。
 しかも籠手を斬られている。手首を落とされこそしなかったが、手の甲の付け根から出血している。腰に提げた木の水筒の蓋を開け、走りながらごくごくと飲む。
(これはまずい)
 気を抜けばふらつくのである。服を破って腕をきつく縛ったために出血こそ止まっているが、それまでに流れ出た血は、もう取り返せない。そこに急激な運動が加わると眩暈に似た症状が僅かに出るのである。
 何度目かの角を曲がり、振り返って槍を構える。一度防がれた挙句反撃まで食らっているから、あまりやりたくはないがもうこれしか手段が残っていない。
 隘路の中を、軍靴の音が追ってくる。
 音が大きくなるにつれ、槍を握る手の力が強くなる。
 正に角を曲がろうという軍靴の音に合わせて、ヘルゲは槍を突き出した。
 が、意外なことがあった。
 実のところ、隘路で槍を構えると角とヘルゲの居る場所にはスペースが出来る。当然だ。槍は中間距離用の武器なのだから、密着しては使えない。
 だから、ヘルゲからは角から出てこようとする人物の足まで見える。当然、頭の上までも。
「なっ!?」
 驚いたのは、ヘルゲである。
 角から出てきた人物の、肩を蹴った者がある。
 その者は空中で剣を振りかぶり、ヘルゲに向けて真っ向から切り下ろしてくる。この間、ヘルゲが槍を上に向ければ串刺しになっただろう。
 が、引き換えにヘルゲは下の人物に命を奪われることになる。それを察して、ヘルゲは驚くと同時に槍を捨て、一目散に逃げた。
「良い判断だ。勇気の裏にはやはり臆病があると見える。さすがはヴァルキリーの見込んだ男。あれは良い勇士になるぞ」
 感心して呟くのは、目標を失って地に着地したエインヘリアルである。
 風が、四人のエインヘリアルの頬を撫でた。
 隘路の出口が、近づいている。
 角を、あと二つ曲がれば出口である。ヘルゲはこの隘路で時間を稼ぎ、エインヘリアルの数を削がねばならない。その限界地点が、もう傍まで来ている。
「止まれ。罠がある」
 ヘルゲにとって不運だったのは、この四人のエインヘリアルの中に、猟師の出身者が混じっていたことであろう。
 獣を捕らえる罠には、落とし穴がある。隘路の条件と僅かに変わった土の色。風に攫われる土埃の具合から、落とし穴を看破され、一人の脱落者も出さずに切り抜けられた。
 ヘルゲの背が見えた時、待っていたようにヘルゲが振り返った。
 と、先程と同じように、後列の一人が先頭の肩に足を掛け、跳んだ。示し合わせてのことである。
(勝った)
 と、エインヘリアルの全員が思った。
 一度やったことを繰り返すという行為は、危険の高い行為にも思えるが、一概にそうとは言い切れない。こういう、一発限りの奇襲という意味では、もうしてこないだろうという思考の裏を突いて、却って有効的にもなる。
 ヘルゲも、その裏を突かれた。加えて、槍がない。落下してくるエインヘリアルを迎撃するには、彼らよりも少し短い剣でやるしかない。勝ち目などない。
(負けた)
 とは、ヘルゲも果たして思ったかどうか。おそらく言葉にならないそうした実感が、頭に浮かんだだろう。
 ヘルゲが勇者の素質を持っているのは、これまでの半生で証明した。この時も、その資質が反射になり、ヘルゲを動かした。
 エインヘリアルは、
(勝った)
 と思った。思った分、油断が生まれた。
 ヘルゲは跳んだエインヘリアルを完全に無視して地を蹴り、踏み台になったエインヘリアルへ突進した。
 突いた。
 突進の勢いをそのままに、喉へ向けて剣を突く。
「ぐっ!」
 が、先にもあった通り、ヘルゲの剣は隘路での戦闘を考えて短くなっている。その分、猶予がある。突きは油断したエインヘリアルに届くことなく空を裂いた。
 ただ、エインヘリアルも喉に向かう突きを躱すので精一杯で、体が流れた拍子に、左手に持った剣が隘路の岩肌に引っかかった。
 ヘルゲは突きをすぐさま変じて籠手を斬り、相手の手首を切り落とす。同時に屈みこんで手首ごと相手の剣を拾い、背後で着地したエインヘリアルに向けて投げる。
 見事な芸である。
 フリストの教導を受けたからこそ、あの辛い四年があったればこそ、出来た芸当である。
「なんと!?」
 一瞬、体を動かすことさえ忘れるほど驚愕したのは、跳んで着地したエインヘリアルであった。
 当然だろう。勝利を確信した瞬間の反撃で、足元を潜られて全容を把握出来ていない。かろうじて空中で体を捻って向きを変えたから、正面にヘルゲを捉えることは出来たが、そこに剣が飛んできた。
 水平に回りながら飛んでくる剣を、ほとんど反射で叩き落したが、これが致命的だった。
 着地した姿勢を整える暇もなく、叩き落した体勢を戻す隙もない。駆けてきたヘルゲの一撃を肩口に受けて昏倒した。ヘルゲの凄まじい膂力で鎧が割れ、肩口を打たれて鎖骨を折ったが、打撃で気絶したのみで死んではいない。
 その体を飛び越えて、ヘルゲは隘路の出口に向けて走る。
 隘路を抜けた。すぐ後ろから、エインヘリアル二人の靴音が聞こえた。
(もう、無理だ・・・・・・)
 限界である。体力的にも、精神的にも。
 一息吐いて休憩を入れなければ、これ以上戦えるものではない。ひどく喉が渇いたが、水筒は空になっているし、中身が残っていたところで口にする余裕などはない。
 手に持った剣が、ひどく重い。
 フリストが駆けつける様子は、なかった。
(申し訳ない、フリスト。あと二歩が、どうしても届かなかった・・・・・・)
 隘路を出た先で振り返る。諦めながら、勇士の習性なのか、相手を決して隘路からは出さない。勝機は最期の瞬間まで手放さない。臆病さがそうさせる。
 ヘルゲが振り返ると、隘路の中で残りの二人が臨戦態勢に入る。
 ヘルゲが自身の命を諦め、胸中でフリストへの詫びの言葉を呟こうとした、その瞬間のことであった。
「いや、よくやった。その二歩は私が届かせよう」
 背後の天空より、咆哮が響いた。
16/09/15 18:04更新 /
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■作者メッセージ
さあ、いよいよ次かその次で最終回ですよ。なんか長かったようで短かったなぁ。最後までお楽しみに。

なんかあれです、グラブルもちょいちょいやり始めてみたんですよ。好きな同人作家の方がやってらしたんで。しかも私がこの世で最も愛する方がCVで出てらっしゃるとなればそりゃやるでしょう。けど課金の仕方が判らない・・・。

ゲーム自体も割と面白いので、合間を見つけてぽちぽちやってます。これ以上やるゲーム増やしてどうすんだって感じですけど、まあなんとかなるでしょう。そんなにゲーム買わないしわたし。

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