連載小説
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決戦、開始
 八人のエインヘリアルは、何れも戦場での武功をロスヴァイセに見初められ、召し抱えられた勇士たちであったが、その何れもがロスヴァイセに好意を持っているかと言えば、そうではない。
「悪い女ではない」
 という印象は全員にあるが、かといって好きになれそうな相手でもない。それはちょうど、ヘルゲがフリストに抱いていた印象と同じであった。
 エインヘリアルは元々、来るべき最終戦争に備えて尖兵になった勇士たちで、彼らの戦場は誉れ高い約束の地とされている。
 それが、謂わばヴァルキリーの私闘に駆り出されて、不満がないわけがなかった。
「あのヴァルキリーと戦うのかと思ってみれば、相手はまだ死んでいない勇士が一人ときたか。侮りもここまで来ると怒れもせん」
 行軍の最中、一人がぽつりと呟いた。
 一応名を列挙するが、然して重要なことでもない。
 アマンド(二十八歳死去)
 ムスタファ(四十二歳死去)
 ノルベルト(十八歳死去)
 ライナー(二十四歳死去)
 ロイ(三十歳死去)
 タンクレート(二十六歳死去)
 ワレリー(二十六歳死去)
 リコ(二十二歳死去)
 エインヘリアルは戦場での死後に召し上げられるから、死去した年齢で止まっている。二十代後半が多いのは、経験と知恵と勇気が同居した年代であったことが窺える。そこから外れている三名は、その年齢でも勇士足り得たという実力の証明でもある。
 この八人の士気は、先の理由から低い。
「その通りだ。ヘルゲとやらも哀れだな。
 考えてもみよ、懸想した女に悦びを教えたというだけで戦場の悪鬼に狙われている。しかも経緯を聞けば、農夫の子を無理矢理に拾って仕込んだというではないか。
 何れ物語にでも語られそうな悲運に違いない」
 戦場の悪鬼とは、ヴァルキリーの蔑称である。
 主神の命で乱を起こし、勇士の死を涎を垂らさんばかりに待ち望んでいる彼女らを、蔑む者はそう呼ぶ。
 親切に、そう言った男の袖を引く同志があって、
「口は禍の元じゃ。滅多なことは言わんほうがいい」
 と言ってくれた。
 が、彼らの不満や愚痴は、そんな親切ではとても止まらない。
「聞こえたところでなんのこともない。どうせ奴らは我らのことなど歯牙にもかけておらん」
 事実、その通りであったろう。
 かつてフリストがそうであったように、天の軍勢というものは人間を軽侮し切っている。フリストほど自尊心にこだわりのある者でない限り、人の愚痴や悪口など虫の音ほどの関心も寄せていない。
「それにしても気が重いのう。八人総出で一人の相手か。
 それも一声で軍勢を動かす大人物が相手ならよいが、放浪の勇士見習いが一人とは、これで身が震えるわけもない。ああ、あの酒の味が恋しいわ」
「俺は寧ろ喜んでいる。どんな役でも、あの酒と馳走で溺れるような館から出られたのだ。この気の利かぬ土も風も懐かしい」
「お前は十八で死んだからな。判らんでもない。だが血気に逸るな。勇敢であることの裏には臆病があって然る。それがなければ獣にも劣る」
 八人の目の前に、橙色の陽が傾いていた。
 こうなると、世界の全てが橙色になり、元々の色というものが名残りだけになっている。もう数十分もすればそれも暮れるが、この瞬間だけは目に映るなにもかもが等価である。
「エインヘリアル、ここより北西に一キロ、貴方達の目標が見えました。補足なさい」
 上空から、ロスヴァイセの命が下る。
「ほうれ、仕事の時間じゃ。さっさと済ませよう」
「侮るなよ。真に勇士の教育を受けたなら、この窮地で立ち向かう秘策を思いついている筈だ。一筋の縄ではいかん」
「だから八人居る。一筋ではいかずとも、八の筋なら捕らえられよう」
 言われた方角に、それぞれが思い思いの武器を携えて走る。
 さすがに健脚である。軽量とはいえ、それぞれが鎧と武器で武装しているにも関わらず、さっさとヘルゲとの距離をつめていく。
 一方、上空のロスヴァイセは、空に佇むフリストを両目に捉えている。
 明らかに、待っていた。
「嗚呼、フリスト。探していました。こうしてお姿を晒してくれたということは、観念してくれたのですね? ヘルゲとやらとも別れたご様子。諦めて私の正義の槍を受けてくださるよう、心を入れ替えてくれたのですね」
 相変わらず、ロスヴァイセは謳うように言う。
 フリストは、鼻で笑った。
「目が曇りましたね、ロスヴァイセ。今の私が、刑を待つ罪人に見えるのですか?」
「見えますとも、フリスト。既に加護を失った貴女が、こうして細工を用いず我が前に立たれる様は、火刑を待つ聖女のように気高く清らかに見えます。
 嗚呼、貴女のこのお姿、何れ天地冥の全てに広めましょう。自らの過ちを認め、潔く死を受け入れる貴女の、なんと神々しいことでしょう。この夕陽は、まるで後光のようではありませんか。
 ええ、そうでしょうとも。魔に堕ちるなど一時の気の迷い。私を破廉恥呼ばわりなど、自分を差し置いて言ってのけるのは全てあの男の毒牙の責に違いない。安心しました、フリスト。貴女はやはり、真正のヴァルキリーだ」
「笑わせるな、天の騎士(ヒメルス・リッター)」
 薄く微笑んだフリストの表情が強張る。目を細め、口元が締まり、仇敵を見る表情に変わっている
「私は彼の王の騎士。王命に服することのなにが過ちか。
 まだその呆けた頭に入らぬのなら、わたくしが宣言してあげましょう。
 天など最早わたくしには必要ない。神など要らぬ。ただこの天地に、我が王があれば良い。
 その口でヘルゲを侮辱したのですから、ここで命を終えると知りなさい」
 言うが早いか、フリストは槍を構えて突進する。
 ロスヴァイセは急のことだが、戦いに来たのには間違いない。すぐさま迎撃態勢を取り、フリストの突進を辛くも躱した。
 が、戦闘技術か経験か、何れに差があるものか判らないが、フリストのように体勢を崩さぬまま、というにはいかない。
 おそらくは地上と空中の差であったろう。先のフリストの身のこなしは地上であったからで、空中となればどちらも自在に戦うとはいかない。
 地上では、星の引力に吸われて足が自然と地を噛む。なにもしなくても立てるのである。だが空中では、浮遊し続けなければならない。具合を言えば、足のつかぬ海で立ち泳ぎをしながら戦うようなものだ。自在に動けるわけがない。
 これも、フリストの思惑ではある。
(基本性能で負けているから、条件を不利にしなければならない)
 地上で戦った場合、フリストがロスヴァイセに有効打を与えるには三撃が要る。先手を取る一撃。体勢を崩す二撃。ダメージを与える三撃が。
 このことが、そもそも難しい。
 向こうは先手を取る一撃が致命打になる。それをいちいち掻い潜りながら三撃は体力的にも精神的にも辛い。
 ならば最初から体勢を整わせない空中で戦えば、三撃のうち一撃は省略出来る。
 が、体勢が整わないのはフリストも同じ。突進を避けられると勢いを殺すために体の向きを変え、魔法を使う。攻撃の瞬間は、最も無防備になる。
「これで五分のお積もりですか、フリスト? これでもようやく三分に過ぎない」
 ロスヴァイセが、哀れむよう言った。
 フリストは薄く笑って、
「ならば三分で勝つのみです」
 再び槍を構えた。
16/09/13 12:30更新 /
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■作者メッセージ
とうとう、今日、不知火舞が配信されます・・・!
一週間が長かったね! え? 作品に関しての一言? んなもんここまで来てありますか! あのハレンチボディをDOAで、ですよ! それどころの話じゃないでしょ!

それにしてもアンチャとエロバレーばっかりやってたらすっかり鈍ってました。確反投げも出来なくなってる・・・辛い。なんとか取り戻さねば

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