外風呂(五右衛門風呂)
〜季節外れの〜
そろそろ冬も駆け足で走り去る季節がやってきた。僅かながらも春を思わせるかのように小さな花の芽がちらほらと。春はもうすぐそこまで遣って来ている。暦の上でも春を指しているが、まだ暫くは冬の残り香が足跡を残していくだろう。今日、芽吹いた草木は目の前まで訪ねてきた春を心待ちにし、明日へ、明後日へ、と活力を噴き出していく。この姿こそ自然が織り成す春夏秋冬を表す事の出来る最大の・・・・
「・・・あ〜、ダメだダメだ・・。なんか違うんだよ・・、俺が文章にしたいのはこんな言葉じゃないんだ・・」
クシャクシャにしてポイッとな。はぁ〜、やっぱ俺にはこういうのは向いてないんかねえ。ただの偶然で新人賞を獲れたが、あれは俺が書きたかった内容じゃなかったんだ。ほんの少しばかり世間受けのいい言葉ばかり奇麗事ばかりを並べただけなんだ。今思えば、なんであんな事書いたんだろうなあ。
「新人賞に拘ったばかりに俺が書きたい物が全く書けなくなってしまった・・。なんであんなバカな事を・・・」
悔やんでも悔やみきれないが、書いた事は事実だ。だいたい次のテーマも決まっていないのに突然書きたくもない内容を指定されても書けるわけないだろ。俺は天才作家じゃないんだ。1000万部突破とか当たり前のように出せる人とは違うんだよ。
「それでも・・仕事は仕事だよな」
この道に入った以上は引き返せないんだ。今は言われたテーマ通りにとことん書くしか俺には道が無い。そしていつか大物作家になって俺が書きたい物をどんどん出版してやる。
「・・・・いつか、っていつだろうなあ」
はぁ・・・溜息ばかり漏れる。・・・ぁ、もう夕方だったのか。そろそろ夕飯の買出しに行かないと。
「一人飯も寂しいねぇ。食卓に華が無ぇよ・・」
面倒だし、近所の店で適当に弁当買って食うか・・、ん?郵便受けにチラシとは珍しい。どれどれ・・?
『金玉の湯、改築致しました♪』
「・・・・あ、そういや金玉の湯で軽食あるんだったな。飯ついでに風呂も入りにいこう」
たまには気分転換もいいよな。・・・、よし。準備出来たし行こう。
いやぁ〜・・、久しぶりだなぁ。そうそう、ここの妖狐の女将さんが凄い美人で・・、学生の頃に顔真っ赤にして告白したんだったなぁ。速攻玉砕したけど、あれはいい想い出だ。さーて、久しぶりの金玉の湯。どう変わってるんかな?
「いらっしゃ〜い♪」
「・・・・」
「あ、あら?どうしたの?」
「何にも変わってねええええええ!?」
「!?」
お、落ち着け俺・・・。よく考えりゃ女将さんは妖狐じゃないか。変わってなくて当然だろ。変わってたらおかしいじゃないか。そう、変わってたら・・・。
「変わってなくて・・良かったのかな?」
「何の事かしら?」
「すいません、独り言ですので気にしないでください」
「・・・変な人ねぇ?」
これはこれで変わってなくて良かったな。早く入ろ。・・・あれ?変わってない?ま、まさか女将さん・・まだ独身・・。
「・・・・ヒィッ!?」
な、何だ!?今すごい寒気がしたぞ!あれ?気のせいか。おっかしいなぁ、今確かに刺されたような寒気がしたのに。ううっ・・・なんだか寒く感じてきた。早く風呂に入らなければ。
-カラララララララ・・・-
「おお〜〜〜〜〜っ!すっげー広くなってる。結構面白そうな風呂が・・」
いや待て。まだ焦る時じゃない。まずは掛け湯からが礼儀だろ。・・はぁ〜、久々の掛け湯だ。それじゃまずはどの風呂から入るか。いつも通りに電気風呂もいいが、ここはやはり新しく増やされた風呂に入るべきだ。まずは・・・、薔薇風呂だ。・・・ちょっと待て、なんで銭湯に薔薇風呂があるんだ!?銭湯のイメージぶっ壊れまくったぞ。こんな風呂に入るやつなんて居るわけ!・・・居るかも知れないな。常識に囚われてたらダメだ。もしこれと同じ風呂が女湯にあるのなら・・ヴァンパイアかワイト辺りが入るかもしれないし。
「ダメだな、こんな調子だから良い作品が書けないんだ」
そう、常識なんてものに囚われては・・・
「ママのおっぱいおっきいー」
「きゃん♪そんなに揉んじゃダメよ〜」
「あのお姉ちゃんもママと同じぐらいおっきいねー」
「あっ!?こら、待ちなさい!揉みにいっちゃダメよ!」
常識ありがとう!!
どこの幼女かわかりませんが、声を大にして言いたい。ありがとう、と。
馬鹿な事を考えてる場合じゃない。風呂に入りに来てるのに妄想してどうする。でも、女湯が隣にある以上は大きいおっぱいを想像するのは辞めれんなあ。
「母上のおっぱいペタンコなのじゃー」
「な、何を言うか!これが究極の美なのじゃ!」
・・・・ペタンコおっぱい・・・。なんだか切なくなってきた。外風呂にでも入って黄昏てこよう。
・・・うぉぅ!まさか外風呂に五右衛門風呂が設置してあるとは!こ、これは一度は入らなければ勿体無い。いや、一度だけでは我慢出来ない。二度三度と入りに来るしか!
「・・・蓋、蓋〜・・と、横に立てかけてあったか。んじゃ、蓋に乗って底に沈めて、と・・。お〜〜、これこれ♪風情があるなー」
ふぅぅ〜〜〜、ああ良い気分。・・・これを題材に書くのもいいかもしれない。例え受けが悪くても、少なくとも俺の味は出るはず。帰ったら絶対に書こう。
「あ〜〜〜、ええ湯や〜。こんな時はやっぱりあれだな
一本附けてくれ!
なーーんて言ってみたいよな」
「はい、ただいまお持ち致します」
「・・・・・・え、・・あれ?じょ・・冗談でしょ?」
従業員専用に作られてるドアの内側から返事が。まさか本当に持ってくる気なのか。
「はい、お待たせしました♪」
「・・・」
「どうかなされましたか、御客様?」
和服姿の女性が出てきちゃったよ。しかも、ここ男湯だぞ。
「お盆に乗せて浮かべておきますね。それと、これは御客様へのサービスです。それでは・・・ごゆるりと」
・・・ぁ、雪。もしかして今の人はゆきおんななのか。冬の名残を見ながら雪見酒ってのも贅沢な趣向だな。いい気分になってくる。このまま湯に浸りながら夜を明かしてみたい欲望が沸いてくるな。
グゥ〜〜〜、キュルルル・・・
「・・・そうだ、腹減ってたんだ。この一本呑んだら上がって飯食おう」
-カララララララ・・・-
初めて五右衛門風呂に入ったが、最高だったな。明日も入りに来よう。と、そうだ。さっさと体拭いて飯食わんとな。さっきの熱燗で胃が刺激されすぎてもう我慢出来ん。確か、前のままだったら番台の斜め前にあったはず。
ああ、やっぱり改築したから移動したんだな。ええと、脱衣所出て左に曲がって・・・突き当たりをさらに左、と。で、そのまままっすぐ奥。暖簾が見えてきた・・・食事処・淡雪か。
「・・・ん?この場所って・・・外風呂の真横辺りじゃないか?」
もしかして、さっきの独り言は丸聞こえだったって訳か。今更ながらに恥ずかしい。あ、さっきのゆきおんなさん。
「いらっしゃいませ。御一人様でしょうか?」
「一人です」
「それではこちらのカウンター席へどうぞ」
ああ、割烹着姿のゆきおんなさんって最高だよ。しかも客が俺しか居ねぇ。この雰囲気いいな。客一人と料亭の女将一人・・。最高のシチュエーションだ。
「お客様、何になさいますか?」
「さっきのをもう一本と・・・・筑前煮とがんも・・・と、はんぺんと大根、筋と赤蒟蒻」
「は〜〜い♪」
「あ、自然薯あるならそれも」
「はい♥」
酒を棚から取る時の後ろ姿が堪らないな。あのうなじ、腰のくびれ、安産型した丸く柔らかそうな尻。彼女は静かに佇み、どの酒を出そうかと迷っている。やがて彼女は意を決したようにオススメであろう酒を私の前に差し出して・・・って、そうじゃない!職業柄、変な癖が付いてしまってたみたいだ。
「はい、どうぞ♪」
「おっおっおお・・・、まさか美人な女将さんから手酌で酒を頂けるとは」
「いやですわ・・・美人だなんて・・・♥」
「いやいやいや・・本当ですよ。美人な女将さんの手酌で呑めるのなら毎日でも通って注いでもらいたいです。これほど気が利く女性だったら今すぐ結婚したいぐらいですから」
・・・あれ?俺、何か変な事言ったか?女将さんの顔が凄く本気な顔になってるんだけど。それに何だか寒気が。
「・・・・その言葉、・・・・本当ですよね?嘘ではありませんよね?」
「あ、・・・ああ・・う、嘘じゃないぞ。第一・・俺独身だし、やっぱ結婚するなら気が利く女性がいいかなー、って・・」
え?急に暖簾下ろしてどうすんの?終い札掛けてどうするの!?なんでこっちに寄って来る・・・・、これってもしかして狙われちゃった?
「ねぇ・・・、私の手料理をこれから一生食べてくれないかしら・・」
「こ、この店はどうするのです?」
「私は臨時で雇われてるだけなの。それに私が居なくなってもすぐに新しい子が入ってくるわ。・・・でも、まさか雇われて二日目で寿退職だなんて・・・素晴らしい職場でしたわ♥」
ぁ、これ完全にロックオンされた。でも、・・・
「それじゃあ、冷めない内に手料理頂きます」
「・・・♥」
あー、見てる・・見てるよ。食べてるとこをずっと見られるなんてすっごい恥ずかしい。しかも頬杖の仕草がなんとも色っぽいというか・・。
「御馳走様でした」
「まだデザートが残ってます♪」
・・・・卓の上には何も残ってないよな?両手広げて何してんのかな?
「デザートはお持ち帰り出来ます♪」
・・・・・・・・
『両手で大事に包ませてください!!』
15/03/21 23:37更新 / ぷいぷい
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