連載小説
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雨上がりの後には
う〜〜ん、やんなっちゃうわねー・・。最近雨が多くて御店が湿気ちゃうわ。おかげで台の清掃にすっごく時間が掛かっちゃうじゃない。こう、魔法でパパッと綺麗にしてもいいけどやっぱり自分の御店だから手作業で綺麗にしなきゃね。そうじゃないと折角契約してくれた子達に失礼だわ。ま、時間はたっぷりあるんだし、気長に御掃除しましょうか♪って・・あら?こんな大雨の中、御客様がお見えになるなんて・・・。



あらら・・・、随分とずぶ濡れになってしまって。早く乾かしてあげないと風邪ひいちゃうわ。えっと・・・代わりの服あったかしら?・・・なんで御店にジャージがあるのかしら・・?この際だからジャージでも何でもいいわ。御客様の服を乾かしてあげないとね。あ、タオル忘れてたわ。タオル、タオル・・・と。



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車に揺られる事、一時間半。今日から憂鬱な泊まり込みの山間部の道路整備がある。別に仕事に対して不満があるわけじゃない。給料もいいし、福利厚生の面でも待遇がいい。だが、それでも俺には一つだけ不満があった。それは・・・。

「おー、・・・やっぱ晴彦と組んだら絶対に雨が降るなぁー。晴が名前に入ってるのに雨とは」

「・・・そうですね・・」

「そう不貞腐るなよ。お前のおかげで作業日数が延びて手当てが増えるんだから逆に有難いぞ。なぁ、皆そう思うだろ?」

「日数掛かるのはしょうがないとして、やっぱ手当てが増えるのは助かるわなー。最近、嫁が金の面で煩かったから今回の出向は晴彦と組めて本当に助かったよ」

いつもこんな風に言ってくれるのは嬉しいけど、どうして俺が山間部の整備や点検する時に限ってやたら雨が降るんだ。おかげで社内じゃ『雨男の金稼ぎ日』なんて二つ名を貰ってしまった。しかも、俺が山間整備のローテーションに入ると必ずと言っていいほど御決まりのメンバーが付いてくる。例えば、ちょっとでも日当を稼ごうとして付いてくる人、雨を気にしない豪快なおっさん、入社した時から自分を鍛えてくれた班長。大雨だというのに誰一人として文句を言わないメンバーばかりだ。だけど文句を言わない理由が一つだけある。その理由とは。

「しかし、あれだのー?晴彦と組むと雨になるのはわかってるんだが・・」

「ああ・・あの不思議現象には参ったな」

「・・・そうだな。でも、そのおかげで俺達は生きてるんだしな」

普通、山間部で大雨が降ればそれなりの災害を招き寄せる。地崩れであったり、崩落であったりと様々な危険が付き纏う。もちろんそういう目に何度も遭ってるが誰一人として負傷した事が無い。別の班が整備担当した時は数人病院に担ぎ込まれたのに、うちのメンバーだけは無傷だ。

「ありゃー驚いたわなー。上のほうで土砂崩れして巻き込まれるかと思ったら目の前で大木が数本引っ掛かって土砂が堰き止められたし・・」

「岩が落ちてきた時なんて何故か俺達の頭上をバウンドしてどっか落ちていったしなー」

「全くだ・・。晴彦と組んでからは今までずっと無傷なんだよな、俺達」

そう、大雨で起きる危険な現象は全て避けている。それも偶然という言葉では済ませれないほどの数を。だからこそ、大雨だというのに皆喜んで付いてくる。

「おお、そうだ晴彦。最近になってお前の渾名がまた増えたみたいだな」

「・・なんですか?」

「『病院知らずの晴彦』ってな」

なんだか頭が痛くなってきそうだ。悪い意味じゃないだけ多少ましってもんだが、そういやなんで誰も怪我一つしないんだろうな。

「・・・とっ、着いたぞ。さ、通行止めの準備すっか」

俺は雨具を被り車両通行止めの柵を設置して後から来た車を迂回させる。やはり雨のせいかあまり車が来ない。まぁ、これはこれで作業が楽になるからいい。

「おーい、晴彦。ガードレールのほう頼むわー」

「あーい」

俺はガードレールを一つ一つ眺め傷の有無の確認作業に入る。また傷が減っている。これはきっと魔物娘達のおかげだろうな。暴走行為を楽しんでた連中がこぞって襲われた・・・いや、見初められたせいで馬鹿な走りを辞めてくれたんだろう。だけど・・・。

「この傷はなんだかなぁ・・・」

ガードレールの上部にどう見ても手形らしき凹みがいくつかあった。

「ここに手を付かせて青姦してたんだろうな・・・。するのは自由だけど頼むからガードレールを手摺りにしないで欲しいもんだ。魔物娘が本気で握ったらこの程度なんて簡単に曲がるんだから・・」

きっとイった瞬間に強く握ったんだろうと考えてしまう。物損事故が減るのは嬉しいけど、こういう破損は勘弁してほしいなあ。取替え工事って結構時間掛かるんだぞ。

「しょうがない、また取替え申請出しておくか。って、雨が酷くなってきたな。一旦休憩所に戻るか」

休憩所に戻ると俺以外は既に全員戻って来ていた。

「お、晴彦。そっちはどうだった?って聞くまでもないみたいだな」

「いつも通りにレールの取替えを申請しておきますよ。全く・・・、どうやったらあんなに凹むんだか・・」

「あれじゃね?馬鹿力の鬼連中があそこで野外セックスでもしてたんじゃねぇか?そうとしか考えられんし。ま、それはそれだ。とりあえず雨もきつくなってきたし、暫く休憩すっか」

雨足が強くなる中、俺達は休憩所で馬鹿な話をして盛り上がる。

「なぁ、班長さんよ。魔物娘の中で誰が好みだ?」

「俺か?俺はもちろん嫁一筋だから居ないぞ。と、言っておこう。こう言っておかないと後が怖そうだしな。そういうあんたはどうだ?」

「わしはやっぱり龍様だな。聞く所によると健気で良妻賢母とか言われてるそうじゃないか。性格もおしとやかで旦那に尽くすらしいからなー。かーっ!・・・あんな娘がうちに居たら・・。うちのおばはんも身習って欲しいもんだわ」

「んで、晴彦。お前はどんな娘が好みだ?」

突然話を振られてどう答えていいものか迷ったが正直に言ってみる。

「俺は・・うーん、やっぱり尽くしてくれる娘がいいな。例えば・・」

「「例えば?」」

「稲荷なんて美人で気立てが良いし料理も上手らしいし・・、クラーケンさんなんてすごく甘えさせてくれるらしいじゃないですか。後は・・・雑誌で見たのと噂でしか聞いた事が無いけどシー・ビショップさんかな。泳ぐ女神とか言われてるそうじゃないですか」

「あー、わかるわかる。わしはシー・ビショップには会った事はないが同じ人魚のメロウには会った事があるぞ」

「えっ!?それマジっすか!?」

「本当だとも、わしの甥っ子が知らん間に魔物娘と結婚しててなー。ほら、少し前に新聞やTVを賑わせた家族紹介って特番があっただろ。あの時に出てたメロウの旦那が甥っ子だ」

まさかこんな身近に世間を賑わせた家族の近親者が居るとは。

「へぇー・・、すっげーなあ・・」

「ああ、確かに凄かったぞ。初めて挨拶に来た時に言われたのが『今日も元気に朝勃ちオチンポを奥様にジュポジュポしてる?』とか言われてなー。ありゃあ本当に凄かったわ」

そりゃ凄いな。初めての挨拶がチンポじゅぽじゅぽってなんだよ。あまりにもエロすぎるだろ。俺の隣では班長が何ともいえない顔をしてるし。さて、そろそろ話を切り上げて作業に戻るとしますか。

「んじゃ、俺ちょっとそこのトンネルの壁面をチェックしてきますわ」

「おー、わかった。こっちは後で落石防止ネットのチェックに行ってくる」

「んじゃ、わしは車の誘導してくるわ」

各自思い思いに作業に戻っていく。班長は休憩所でスケジュールの組み立てをするみたいだな。俺は大雨の中、トンネルへと足早に急ぐ。静まり返った誰も居ないトンネルはかなり不気味だ。一昔前の都市伝説のような気持ち悪さが漂ってきそうな雰囲気が感じられる。そう、こんな時に背後から何かがヒタヒタと。



-ピチャッ・・・ピチャッ・・・-



僅かな間隔を置いて聞こえてくる何か。まさか本当に居るんじゃないだろうな。振り返りたいが振り返りたくない。もし振り返ってそこに居る何かが危険な者だったらと思うだけで額に冷や汗が流れ出す。着実に俺に近づいてくる誰かの足音。


-ピチャッ・・ピチャッ・・-


音の間隔が小さくなっていくのがわかる。このままだと、すぐに俺の背後に来るだろう。俺は意を決して振り返る。そして、そこに居たのは。

「・・・ん?何か用か?」

俺の背後に居たのはずぶ濡れになった人虎だった。

「・・・ぁ、いや。なんでもない・・、じゃない!今は通行止めだぞ!なんで此処に部外者が居るんだ!」

「私は、このトンネルを抜けた先にある小屋に居を構えていてな。そこで生活をしているのだ。だから先ほど、交通整理をしていた者に通してもらったのだ」

「あ、ああ・・。そ、そっか。それは済まなかった。って、トンネル出たとこの小屋って・・。あのぼろ小屋の事か?」

「まぁな、だが住めば都とは良く言ったものだ。なかなか快適で最高に気分がいい。季節ごとに様々な野菜や果物が採れる良い場所だ」

「そっか、済まなかったな。そうとは知らずに部外者扱いをしてしまって・・」

「別に気にする事ではない。それでは私はこれで」

ピチャッ、ピチャッと足音を立てながら去っていく人虎。どうやらあの音は足の肉球の溝に水が溜まって、それが地面と接触した時に鳴っていただけのようだ。

「…虎耳って、案外可愛いんだな」

虎だから、いかつく獰猛なイメージがあったけど実際に見てみるとふっくらして可愛らしい。なんだかどこかのマスコットキャラのような耳で触ると気持ち良さそうな感じだ。でも触ると鉄拳が飛んでくるかもな。人虎は格闘肌の娘が多いらしいし。音の正体もわかった事だし作業再開するか。



「うぃーす、点検終了しました」

「おう、おつかれさん」

「おい晴彦、さっきおっぱい大きくて可愛い虎の姉ちゃん通っていっただろ」

「ああ、さっきの人虎さんか」

「いやぁ〜・・魔物娘ってええなぁー・・。美人なうえにおっぱいでかいとは。ええもん見れた」

あんたはおっぱいと顔しか見て無いのか、あのもっふもふな手と足を見てないと損するぞ。と、言いたかったが肉球フェチと勘違いされるのは嫌なので黙っておく。

「んじゃ、飯にするか」

班長の一言で全員ちょっと遅めの昼飯にありつく。飯中に雨足が強くなり鬱な気分になる一方、俺以外は皆ほくほく顔だ。

「ふんふふ〜ん♪今回の手当てはいくらぐらいになるかの〜♪」

「来月は小遣い増えるな・・。晴彦のおかげだ、本当に助かる」

頼むから感謝顔で俺を見ないでくれ。そこ、俺を拝むんじゃない!俺なんぞ拝んでも大雨に遭うぐらいしか益体無いぞ。

「んじゃ、午後からだが・・・」

班長の一声で静まり返る休憩所。

「車の迂回誘導。以上」

「えっ、そ、それだけですか?」

「それだけだ。この大雨の中、無闇に作業しても効率は上がらないと判断した。いくら晴彦が居ると言っても、いつ、誰が、どこで大怪我をするかわからんからな」

全員無言で頷く。いくら俺に変なジンクスがあるとしても、いかなる場合も油断は出来ない。

「と、いうことで晴彦。誘導よろしく」

やっぱり俺ですかい、そう来るんじゃないかと思ってましたよ。しょうがないな、と思いながらも誘導場所で待機する。ニ時間ほど立っていたが来た車は僅か4台。やはり大雨のせいか走ってる車は少ない。その内の一台の後部座席にはナイトメアの子が乗っていたがなかなかおもしろい構造を見せてもらえた。後部座席を介護用のスペースに広げてケンタウロス種でも座りやすいように肘掛や足置きを作っていた。馬体を横にしながらでも休憩出来るように改造されていたのだ。あれはかなり興味深い。これから先、魔物娘が増えていくだろうし、あんな感じな改造方法を覚えておけば何か役に立つかもな。

「おーい、晴彦ー。交代の時間だー」

「うぃーす」

誘導棒をおっちゃんに手渡し休憩所に戻る。

「はぁー・・・、寒かった・・・」

「おう、おつかれさん。シャワー浴びてこいよー」

「やっぱ毎度ながら雨の中で二時間は寒いっすねー。はぁ〜・・シャワー浴びてきますよ」

休憩所の隅に申し訳無い程度に設置されたシャワー室に入り体を温める。

「はぁ〜、生き返る気分だわー・・」

本音を言えば風呂に入りたいがシャワーが設置されてるだけでもありがたい。ほんの少し前までは無かったらしいし。

「あぁ〜・・、さっぱりしたー」

持って来た下着を穿きラフなジーンズにシャツだけの姿でソファにもたれた。

「おっさんくさいぞ晴彦」

「そりゃ、このメンバーですから染まりますよ」

「違いないな」

二時間後、交代したおっちゃんも戻ってきて休憩所がまた賑やかになる。

「そういやさっきの話の続きなんだけどよー」

「何々?」

「えっとだな・・・」

おっちゃんが持ってきた鞄の中から一冊の雑誌を取り出してきた。

「これこれ、これどうよ。すっげー美人だろ?」

「お・おお・・・、すげぇ・・。おっちゃんいいもん持ってきてるな!」

おっちゃんが取り出した雑誌には魔物娘が数人紹介されていた。マーメイドにサキュバスにハーピー、それに刑部狸とデュラハンが紹介されているページがあった。

「はぁー・・。皆可愛いなぁ・・。」

「しかも全員見開きだぞ、かぁーっ・・こりゃたまらんわ」

「・・・(チラッ)」

嫁一筋と言ってた班長ですらこっそり上から眺めてる。

「ええ世の中になったなー・・。魔物娘がこっちに来てから毎週雑誌買うのが日課みたいになってもうたわ」

実際、おっちゃんの言う通り魔物娘がこちらに来てから今まで人気が低迷していたグラビア雑誌関連の仕事などが一気に息を吹き返した。とある出版社の社長なんて土下座してまで魔物娘に撮影を頼み込んだらしい、との噂があるぐらいだ。本当か嘘かなんてどうでもいいけど、その出版社は今では大手企業にまで伸し上がっている。

「このサキュバスの子、可愛いのー・・」

「いや、マーメイドのほうも可愛らしいぞ。ヒトデの髪飾りなんて素朴でいいじゃないか」

「・・・デュラハンってなかなか凛々しい女性だな」

「嫁一筋はどうなったんだ、班長?」

「話に参加するぐらいは許してくれよ」

馬鹿な話で1日目が過ぎていく。


2日目の朝。コンコンという音と共に目覚めると同時に昨晩の人虎と目が合った。小雨の中、窓の外から休憩所の中をじっと見つめられるとなんだかこちらの居心地が悪い。

「・・・・なんで外から眺めてんだ?何か用があるなら入ってくりゃいいじゃないか」

「う、うむ。済まんが・・湯を少しくれないか。生憎と小屋には水しか無くてな」

「ふあぁ〜〜〜・・・、晴彦・・どうした・・・あ?昨日の姉ちゃんじゃないか?どした?」

「湯が欲しいそうですよ。って、いうか中に入ってくりゃいいじゃないか!なんでずっと外に居るんだよ!」

「す、すまん。では、お言葉に甘えて・・」

外をぐるりと回って休憩所に入ってくる人虎。

「済まないが湯を少しだけ分けてくれないか・・」

「・・・デカ盛りカップラーメン・・」

人虎の手に握られていたデカ盛りカップラーメンをつい凝視してしまう。きっとカップラーメンが食いたくて湯を必要としてるんだな。あの小屋には電気が通ってなかったのか。

「そこのポットの湯をいくらでも使っていいよ」

「かたじけない」

あのむにむにした手で器用に蓋を剥がし湯を注いでいくのを見てるとどうやって掴んでるのか不思議でしょうがない。

「失礼な質問だけど、貴女はどうやって物を掴んでるのですか?」

「ん?・・こうだが?」

器用に肉球の間で箸を掴み見せてくれた。

「「おお〜〜〜〜〜・・・!!」」

起きてきたおっちゃんも後ろから一緒に眺めてる。それから数分後、箸を器用に使いラーメンを啜っている人虎。

「んー・・・、こちらの世界には美味いもんが多いんだな」

「・・・いや・・それカップラーメンだし」

「何を言う!これこそが食の技術の極みであろう!ああ、素晴らしい・・。これほどの食べ物が簡単に手に入って食べれるなんて・・」

「向こうには無かったのか?」

「ああ、無い。こんな・・・ズルズル・・便利で・・ズズッ・・すぐに食べれる物なんて・・・ズズーーーッ・・・」

「そっか・・。それじゃ俺達は明日の昼頃に帰るからカップラーメン余ったら全部あげるよ」

「な、なんと!本当にいいのか!?」

カップラーメンで感謝されても、と思ったが班長もおっちゃんも人虎に骨抜きにされたのか頭を縦に振ってる。

「かまわん、かまわん。美人な姉ちゃんの為だ、いくらでも持っていけ!」

「ん・・んんっ!そうだな・・・、余らして放置するのもなんだしな」

「本当にかたじけない!」

全員の手を握って感謝を陳べるのはいいんだけど、貴女の肉球は癖になりそうな柔らかさですよ。ちょっと自重してください。もう魔性の凶器に近いです。虜になってしまいそうですよ。

「んじゃ、今度点検に来る時は何か手土産持ってきますよ」

「おお、何から何まで・・ありがたい・・。ところで、点検とは何の事だ?」

「俺達は山間部のガードレールの傷や凹み、トンネル内の備品のチェックなどに来てるんだよ」

「ほうほう・・。ん?ガードレール・・?もしかして道の端に立ててる横に長い板の事か?」

「そうそう、それの点検とかしてるんだよ・・って、どうした?」

何か思いあたる事でもあったのか、体をぷるぷると震わせている。

「ど、どうしたんだ?」

「す・・すまぬぅぅぅーーー!」

全員の前で綺麗な土下座をして額を床に擦りつけている。一体なんで謝っているのやら。

「じ、実は先日・・、そのガードレールとやらを凹ませてしまったのだ・・」

「「・・・へ?」」

「雄大な自然を眺めている内に手に力が入ってしまって・・」

そうか、昨日見た凹み傷は目の前で謝罪してる人虎さんが。しかしすごいな、大自然に感動してガードレール凹ませるって。

「なんだ、あの凹みは貴女が付けたのか。まぁ、別にいいよ?」

「ゆ、・・許してくれるというのか・・・?」

「物は取りかえればいいだけの事だし、ねぇ、班長?」

「そうだな、別に壊れて使い物にならない状態になってるわけじゃないしな」

「・・何から何まで・・本当に・・。そうだ!私で出来る事ならなんでも協力させてくれないか」

いきなり協力と言われても何も思いつかない。おっちゃんに視線を送るが首を横に振ってる。

「それなら一つだけ頼みがあるんだが・・」

班長が控え目に声を出した。

「この辺で青姦してる連中が居たらどこかに移動させてくれないか?時々通行する人達から苦情が来るんだ。危ないってな」

「わかった!私が責任を持って排除しておこう!」

排除って、ちょっとそれは言いすぎだろ。でも、人虎って見た目通りに義理堅いんだな。見てて安心出来る。

「よし、それじゃ全員、各持ち場に!」

班長の一言に反応し、全員持ち場へと動き出していく。俺はというと昨日と同じくトンネル内のチェックだ。隣には何故か人虎の姉さんが一緒に並んで立っている。

「・・・あの〜・・、なんで此処に居るの?」

「小屋に戻るついでに手伝ってやろうと思ってな」

それは有難いんだけど、これは俺の仕事ですから。

「お前は先ほど傷などを調べると言っていたが・・・あのような傷を見るのか?」

トンネル内の天井を指差し見つめているが俺には何にも見えない。

「っと、・・ライト出すわ」

腰にぶら下げたポーチからライトを取り出し天井を照らすと指差した先には確かに傷があった。それもかなり大きい傷が。

「へぇ〜〜・・、すごい視力してるんだな・・」

「無論、鍛えているからな!」

いやいや、目を鍛えるって何ですか。しかし、本当に魔物娘はすごいな。暗いわ、天井高いわ、でなかなか確認出来ない頭上の傷を簡単に見つけるとは。

「ふふん、それでは歩きながらでも見つけていくか」

そう得意気に話しながら次々と教えてくれる。トンネルを出た頃にはチェックするだけで3日は掛かりそうな量の傷を確認出来た。

「助かったよ。これで報告書が作れる」

「なに、礼には及ばん。こちらとて助かったのだからな」

それだけを言って一礼すると小雨の中、人虎は去っていった。さて、俺は戻ろうかな。




「戻りました」

「え?トンネル内のチェックはどうしたんだ晴彦?」

「全て確認してきましたよ・・、あの人虎さんと一緒に」

事細かく記した書類を班長に渡すとすごく驚いていた。

「こんなに確認したのか・・。魔物娘って本当にすごいな・・」

「ところで班長・・・明日の昼までどうします?」

「そうだなぁ〜・・、まさかこんな早く終わるなんて予想もしてなかったしなー。今から報告書作成しても夕方までには終わってしまうな。後でさっきの人虎の姉さんにでも礼を言いに行くか」

「そうですねー」


後に、この人虎の姉さんがうちの会社に入って主に山間部の点検を任される事になるとは、この時誰も想像出来なかった。


何もする事が無くなったまま3日目の昼を迎え、昨日の約束通りに余ったカップラーメンとミニコンロを人虎の姉さんに渡し、俺達は下山する。会社の事務所に立ち寄り、報告書を渡し解散した後、俺は大雨の中ずぶ濡れになりながら家まで走る。

「なんで急に降ってくんだよ!さっきまで小雨だったのに!」

悪態を吐きながら走り続けるが、家までは最低でも20分は掛かるだろう。どこかで雨宿りをしたいもんだが、そんなに都合良く受け入れてくれる所は無さそうだ。

「くそっ!そろそろ下着もやばそうだ!どこかに店でも・・・・あった!」

見つけたのはパチンコ店。この際、どこでもいいから雨宿りしたかった俺は躊躇無く店に駆け込んだ。

「いらっしゃいませ。パーラーI☆ZA☆NA☆I に御越し下さり・・。あらら・・随分と濡れてしまって・・。そのままでは風邪をひいてしまいますわ」

店内に居た綺麗な女性が大きめのタオルと何故かジャージを持ってきてくれた。もしかして着替えろというのか。

「どうぞお使いください、そのままではお体に悪いですよ?」

ジャージを貸してくれるのは嬉しいんだけど、どこで着替えりゃいいんだ。

「あ、失礼致しました。お着替えはあちらの部屋をお使いください」

こちらの意図を組み取ってくれたのか、更衣室を教えてくれた。しかし、ジャージを着るなんて学生以来だな。・・・ああ、やはり似合わないな。更衣室にあった鏡で自身を見てみるとちょっと老けた学生の姿が映ってる。

「ぷっ・・。似合わねぇなー、三十路前のおっさんが着ていいもんじゃないなー」

下着だけは濡れるのを免れたが、他は見事に全滅だった。

「どうすっかな・・。さっきの店員に傘を借りてコインランドリーにでも行ってこようかな・・。美味い具合に財布も濡れずに済んだし・・札も大丈夫だよな・・・」

そっと財布を開けると中身が全く濡れてなかったので安堵する。それじゃ、店員に傘でも借りようか。

更衣室から出ると先ほどの店員がずぶ濡れになったズボンと上着を俺の手から取っていき奥の部屋へと入ってしまった。

「え、ちょ・・。俺のズボンと上着・・どこに持っていくんだ」

店員が入った部屋の中からゴウンゴウンと何か機械が稼動している音が聞こえてくる。この音はもしかして乾燥機の音じゃないだろうか。ほどなくして店員が部屋から出てきた。

「御客様のお召し物は暫くの間、乾燥させて頂きますのでお待ち頂けませんでしょうか?」

「いいのですか!?別に打ちに来た訳でもないのに!」

つい声を荒げて言ってしまったが、店員は爽やかな笑顔で返事を返してきた。

「こんな時は持ちつ持たれつですよ」

くそっ、感激して涙が出そうになってしまった。こんなに優しい女性がまだ居たなんて思わなかったぞ。しかし、乾くまでの間どうすっかな。どれぐらい時間が掛かるかわからんから台でも見学して待ってようか。色々置いてあるなぁ。お、これってもしかして魔物娘系シリーズの台なのか。やっぱり可愛い子が多いな。へぇ〜、こりゃすごい台ばかりだな、・・・・ん、この台は。乾くまでの間・・暇だし。ちょっとだけなら・・。俺はいそいそと気になった台の前に座った。


座った台の名は『魅鏡』。


服が乾くまでの間だけだ、と自分自身に言い聞かせ千円札を投入する。乾くまで、乾くまで、と心の中で何度も反芻させながらハンドルを握り玉を打ち出す。自分でも何故打ってるのかわからないが、何故だかこの台に、いや、この店自体に惹かれる物があった。他所の店とは違う雰囲気、タバコの匂いが全くしない清潔感溢れる店内、ただ座ってハンドルを握っているだけだというのに心が落ち着く。普段なら煙たいのを我慢してイライラしながら打ってるはずなのに、この台を打っているだけで日頃のストレスが解消されていくような感じだ。

「はぁぁ〜〜〜〜・・・、なんだか落ち着くなー・・」

カツーンカツーンと玉を打ち出す音が店内に響き渡る。俺一人しか客が居ない店内は、まるで大自然の草原の中で昼寝をしてるような気分にさせてくれる。と、言うのは少しオーバーな表現か。

「・・・そういやこの台の確率ってどれぐらいなんだろうな?」

打ってから気付いてしまった。当たる確率がわからないまま座ってしまった事に少し後悔したがなんだか面白そうなので構わず打ち続ける。しかし、大きな水滴の形した枠に嵌めこまれてる液晶画面なんて変わってるな。でもシンプルでわかりやすい。それに、この背景って・・どこかで見た事があるような。

「ふふんふ〜〜ん♪」

鼻歌混じりに台を打ち続ける俺。画面の中ではスライムや透明っぽい少女や水瓶を持った女性などのキャラが回っている。たぶん、この透明っぽい子はシーなんとかって子で水瓶を持ったのがウンディーネだろうな。やっぱ魔物娘は可愛い子が多くて目移りしそうだ。よし、いい感じにリーチが来てくれた。一発目のリーチはスライムか、ぷよんぷよんと歩いてる姿は癒されるなあ。

<ぽよんぽよよ〜〜ん♪>

能天気な感じでスライムは通り過ぎてしまった。そんな簡単に当たるとは思ってなかったけど、もうちょっと何かアクションを起こして欲しかった。でも可愛かったからいいか。それから暫く回し続け、千円、二千円と投入していく。久しぶりに打ったパチンコ台のキャラが魔物娘だったせいもあって、ついついのめり込んでしまう。気が付けば既に一万円も投入していた。

「うわ、やべ・・、知らん内に1万も負けてたのか。ちょい打ち過ぎたかな」

内心少しだけ焦りつつも、俺はまだまだ打ちたかった。別に止めてもいいと思ったが、まだもう少しだけ遊びたいと俺の手は千円札を投入していく。当たりそうにないのがわかっててもなんとなく打ち続けたい。そんな気分にさせてくれる不思議な台だった。

「ふぅ・・・、なかなか当たらんなあ。リーチも来ないし」

打ってすぐに来たスライム以外、全くリーチが掛からない。結構シビアな台だな、と変に勘繰りしそうになってくる。でも、よく考えれば2万以上突っ込んでも一回も当たらなかった事もあったし、こんなもんだ。高くついたクリーニング代になるかもしれないが、それはそれでしょうがないと諦めるしかない。

「結構きつい台だな・・・、見た目と違って怖い台かもな」

それからほどなくしてやっとリーチが来てくれた。

「一回目のリーチから間隔が長かったなあ・・。これで当たらなかったら次が来るまでに結構な金を食われそうだ」

液晶画面に映るリーチはレッドスライムのリーチだ。自分の体の一部をちぎって丸めて流れてくる絵柄に赤い玉をぶつけている。これは結構期待していいのか。と、思ったのも束の間、自キャラに当て損なって外れてしまった。

「ぐ・・・、ちょっとやばいかも・・」

この調子だと、次にリーチが掛かるまでどれぐらい投資するはめになるんだ。俺の頬に嫌な汗が流れはじめる。単純に考えても、次のリーチまで最低でも1万以上は突っ込まないといけない計算だ。俺の財布の中身は残り7千円だというのに。

「どうしたもんだか・・、このままだと・・。お?背景が変わった?」

なんだか見覚えのある場所が画面に映っている。つい先ほどまで点検に行ってた山間部の道路に似ている感じがする。

「ま、こんな道どこにでもあるしな」

気のせいだと思っていたかったが、道路脇に設置してあるガードレールがなんだか見覚えのある凹み方をしていた。

「・・・き、気のせいだよな・・。こんな傷・・どこにでもある・・ある・・」

どこをどう見ても、あの人虎の姉さんが凹ました傷そっくりだ。いくらなんでも瓜二つの傷があるなんてありえない。それも液晶画面の中になんて映るわけがない。

「・・・・・・・」

俺は無言のまま、打ち続ける。このままだと悪い事を考えてしまうかもしれない。ただ単に見覚えがあるような景色に変わっただけ、と自分自身を納得させる。だが、その考えも次に投資した千円で現実を見せ付けられた。

「・・・この脇のほうに小さく映ってる小屋って・・もしかして、休憩所・・なのか・・?」

背景が右へ左へとゆっくり動いた時にちらりと見えた小屋。あれはどう見ても昼過ぎまで俺達が使っていた休憩所にそっくりだ。

「は・・ははは・・・。そんな訳・・ないよな・・」

無心でひたすら玉を打つ。これはパチンコ、パチンコなんだ、と言い聞かせ暫く打っていると画面の中で突然雨が降り出してきた。内心ビクリとしながらも、これはただの演出だから、と平静を保ちながらハンドルを握りなおす。

「そ、そろそろ服が乾いたかもな〜・・」

乾燥してもらっている事を思い出した俺は、この玉が無くなったら辞めようと決意した。だが、一向に玉が減らない。地味に小口入賞に入って玉が持続してしまう。まるで俺を逃がさないかのように。

「なかなか減ってくれないな・・。なんか小口入賞の出玉が多い気がするんだが・・」

おかしい、どう考えてもおかしいとしか言いようがない。本来なら4〜5個しか玉が出てこないはずなのに、どう見ても10個以上出てきている。それに減りそうになったら上手いタイミングで小口穴に綺麗に玉が入る。これは一体何なんだ。

「ふ、服を取りに行かないと・・」

口ではそう言っても俺はハンドルを離そうとしない。離したくない。心の中で何かを期待して待っている俺が居るのがわかる。そんな折、雨の中にずぶ濡れの女性が現れた。


<私に・・・微笑をください・・・>


画面の中に映っている小屋に寄り添うような形で女性が立っている。その姿を見た時、俺の心音が僅かに高まったような気がした。確か、この女性は・・ぬれおなごだったはず。

「き、・・綺麗な人だ・・」

憂いを帯びた瞳を伏し目がちに閉じ、今にも消え入りそうな儚さを漂わせている。今すぐにでも彼女に手を差し伸べ濡れた体を温めてやりたいとさえ思ってしまう。そんな馬鹿げた妄想をしてる間にリーチが掛かった。掛かったキャラを見るとずぶ濡れの彼女を幼くしたような姿だ。

「来てくれると嬉しいな・・」

画面の中の彼女は一人佇んだまま動かない。


<私を・・見てくださいませんか・・>


彼女は言う。そして俺は・・・口元に笑みを作り、(大丈夫だ、俺は見ているから)と心の中で呟く。


<嗚呼・・これで私も・・>


何のアクションも無くスルリと飛び込んできたアタリ絵柄。綺麗に一列に揃ったアタリ絵柄に安堵し玉を打ち出していく。これで暫くは楽しめるだろうと思ってたが、玉が急速に減ってしまう。

「な!?なんで急に玉の減りが激しくなるんだ!?しかも玉が出てこねえ!」

玉が入賞口に吸い込まれるかのように消えていく。当たってるというのに玉が無くなっていく不思議な現象が目の前で起きている。

「くそっ、こんな時に故障かよ!」

台を揺さぶってみるが玉の音は全く聞こえてこない。とうとう最後の一玉も入賞口に呑まれてしまった。

「しょうがない、さっきの店員を呼ぶ・・・ん?」

下の受け皿にカランと音を立てて出てきた一枚の銀貨。

「運命の銀貨の獲得、おめでとうございます♪」

いつから居たのか真後ろに居た店員に突然声を掛けられ体を硬直させてしまう。

心臓がバクバクと鳴っている。突然真後ろに現れた店員に対してもそうだが、今、俺の目の前にある銀貨はもしかして魔界銀貨じゃないだろうか。そっと静かに摘み、もう片方の掌に置いてみる。表にはずぶ濡れの彼女が彫られている。そして裏を見ると『柚子葉』と彫られた文字が。

「あらぁ〜、ユズちゃん当たったのね♪大事に可愛がってくださいよ?」

店員は、まるで我が子を俺に託すような事を言って乾かした俺の服を手渡してきた。

「はい♪乾燥させておきましたよ。それと、ズボンの裾をあまり汚さないようにね♪」

裾を見ると長い間付いてたしつこい汚れが綺麗に無くなっていた。これからはもうちょっと綺麗に扱おう。それと、この銀貨は本当に俺が貰ってもいいんだろうか。ちょっとだけ気が引けてしまう。

「ありがとうございます、それと・・この銀貨は・・」

「その銀貨は貴方の物ですよ♪大切にしてくださいね?」

貰えるんなら貰っておこう。と、その前に。

「すいません、もう一回だけ更衣室貸してくれませんか・・」

服が既に乾いてるのに、いつまでもジャージを着ているわけにはいかない。俺は手早く着替え店員に傘を借り店を出る。

「何から何まですいません。明日にでも傘をお返ししますので」

「ふふ♪傘ぐらいいいのよ。それよりもそちらを大事にしてくださいね♥」

銀貨をしっかり握っている手を指差し微笑む店員。ちょっとばかし出費が痛かったが魔界銀貨が手に入ったのは幸運だ。一生大事にしておこう。俺は大雨の中、店員に見送られる形で家へと急ぐ。



「・・・・フフッ、これも運命かしらね♪」



帰宅した俺は真っ先に銀貨を清潔な布で丁寧に磨いた。

「はぁ〜〜・・・、やっぱり綺麗だなぁ・・」

魔界銀貨の事は噂には聞いていたけどこれほど美しいとは思わなかった。素晴らしい輝きに思わず頬が緩み呆けてしまう。

「しっかし、可愛らしい女性だなあ・・。柚子葉・・か。俺好みの名前だな・・」

名前も銀貨に彫られた可愛らしい顔も全てが俺好みだ。見ているだけで、つい顔がにやけてしまう。柚子葉・・・柚子葉、そう口に出してしまうだけで恥ずかしさに悶えて布団の上をごろごろと転がる。

「はぁ〜・・はぁ〜・・、やっべぇ・・。マジで可愛すぎだろ・・・」

今までに感じた事の無い興奮を抑えきれずに何度も彼女の名前を口に出してしまう。きっと今の俺は傍から見れば変人か変態かのどちらかだろうな。心の中でそう思っても銀貨を眺めるだけでまたもや顔がにやけてしまった。

「〜〜〜〜〜っ!!ダメだ!風呂でも入って落ち着こう!」

このままだと本当に変態に成りかねない。いや、もうなってるかもしれない。銀貨をテーブルに置いて風呂に入ろうとした時、ふと何か視線を感じた。

「・・・??」

振り返って部屋を見渡したが、俺以外に誰も居ないのに何故人が居るような気配を感じたんだろう。

「気のせいか?」

風呂から上がった俺は火照った体を冷やす為に、大雨が降ってるのも気にせず窓を開ける。冷たい空気が体を冷していくのが心地よい。と、思ったのも束の間、最初だけだった。

「くぅ〜〜・・・!!さびぃ!!さぶいわ!」

すぐに窓を閉め体を震わせながら下着を穿いた。何を馬鹿な事をしてたんだ俺は。この様子だと明日も大雨か、と考えるだけで少しだけ気が滅入るが今の俺には関係無い。あの魔界銀貨が手に入ったんだ、これだけで俺の心は晴天だ。

「ふふんふ〜ん♪いいねぇ・・この輝き・・。明日は代休だし柚子葉を納める箱探しでもするかねー♪」

俺が柚子葉の顔を眺めながらにやにやしていると突然銀貨が融けだす。

「んぐぁぁあぁぁぁぁぁぁあっぁあっぁぁぁーーーー!俺の柚子葉がああああーーーー!!」

無情にも俺の目の前でどろりと融ける銀貨。止めてくれ、誰でもいいから柚子葉を消さないでくれ、と何度も叫ぶ。だが、そんな願いも虚しく銀貨はただの液溜まりになってしまった。

「ああ・・・あ・・ぁ・・・・。お、俺の・・柚子葉が・・・」

あまりの悲しみに俺は呆けたまま涙を流してしまう。たった一枚の銀貨を失った事がこんなに悲しいとは思わなかった。いや、これが普通の銀貨だったら俺も諦めてただろう。だが、あの銀貨には柚子葉が彫られていたんだ。生まれて初めて美しいと感じた一枚の銀貨が目の前で融けて消えてしまった。言いようのない喪失感が俺の心を蝕んでいくのを感じる。

「ウッ・・ウウッ・・・、なんで・・なんで融けちまうんだよぉ・・。ウグッ・・フゥゥッ・・。折角・・・折角・・お前の為に・・綺麗な箱を用意・・しよ・・うと・・・」

溢れた涙が頬を伝い顎の先からテーブルへと落ちる。ポタポタと音を立ててテーブルの上で液溜まりになってしまった銀貨だったものにも涙が降り注ぐ。この時、液溜まりになってしまった銀貨が涙を吸い取っている事に全く気付けなかった俺は、滲んだ視界の中で何かが膨れ上がってくるのを認識出来なかった。

「嗚呼・・・旦那様・・。そんなに悲しいお顔を見せないでください・・」

「・・・・えっ??」

「私は・・旦那様の傍にいつまでも居りますので・・御安心を」

これは一体どういう事なんだ。なんで此処に柚子葉が・・・。

「そ、そんな・・・。まさか・・柚子・・・葉・・なのか・・?」

「はい、旦那様・・。柚子葉は・・柚子葉は・・この時をどれほどお待ちしたか・・」

俺の目の前に柚子葉が立っている。あのパチンコ台の液晶画面で見た柚子葉が俺の頬に手を当て涙を拭き取ってくれている。これは夢なんだろうか、いや、夢なら温もりなんてわからないはず。頬に感じる柚子葉の柔らかい手の感触、そして優しさ。俺は泣くのを堪え柚子葉に抱きついた。

「うぅっ・・、よ、よがっだ・・。柚子葉が・・消えてじまったのかと・・」

情けない声を出しながら柚子葉に抱きついたまま俺は離れようとしない。そんな情けない俺の頭を優しい手付きで撫でてくれる。一撫でする毎に俺の心が落ち着いていくのがわかる。

「あ、あの・・旦那様。お気持ちは嬉しいのですが・・、少しばかり苦しい・・です・・」

「あ!・・ご、ごめん!!」

俺はすぐに離れ目の前に立っている柚子葉をしっかりと見据える。やはり柚子葉は魔物娘だけあって綺麗だ。銀貨に彫られた憂いのある顔も好みだったけど、俺の前で優しく微笑む顔も最高に好みだ。

「本当に・・柚子葉なんだな・・。なんだか信じられない気分だ・・・」

「はい、この身を銀貨に変えまだ見ぬ旦那様に会える日を心待ちにしておりました・・。そして旦那様は・・こんな私に微笑みを返してくださいました・・。心よりお慕いしております、旦那様」

クッ・・、顔が熱くなっていくのがわかる。生まれてこの方、告白はした事があるものの、告白されるなんて一度も無かった俺にはとんでもないダメージだ。しかも、よりにもよって・・俺好みの尽くしてくれる女性からの告白なんて。

「あ、あの・・さ、どうして俺を・・?」

情けない事を聞いてしまった。もうちょっと気の利いた言葉が出ないのか、俺。

「旦那様を一目見た時から・・お仕えしたいと・・一生を捧げたいと私は決めておりました。そして旦那様は・・私の愛に応えてくれました・・」

応えたっけ・・俺。何したんだろ、全くわからないんだが。えっと〜、ぬれおなごさんへの求愛って何だっけ。

「え〜〜と・・、えー・・・、わからん!」

「そ、そんな・・。旦那様の・・あの微笑みは・・嘘だったというのですか・・。それはあまりにも酷すぎます・・」

微笑み、微笑み・・俺、そんな事したかな。

「私を初めて見てくれた時に・・笑みを返してくれたのは・・嘘だったなんて・・」

泣き崩れる柚子葉を前に俺はどうしていいのかわからない。初めてって言われても今会ったばかりなのに・・、いや、違う。初めて見たのは液晶画面だ。あの時に確か『私を見てください・・?』だったか、何か言われた時に俺は笑みとは言えないけど返した気がする。

「あーーー!そっか、あの時の事か!確かに俺は笑みを返したな」

その言葉を聞いて柚子葉が泣き顔ながらも嬉しそうに俺を見上げる。くそっ、その顔は辞めてくれ、思わず抱き締めたくなるじゃないか。既に手が抱き締めたくてうずうずしてる。

「えと、柚子葉さん」

「柚子葉と呼んでくださいませ、旦那様」

「だ・・旦那・・様って・・。ほ、本当に俺でいいのか・・。俺、そんなに給料があるわけじゃないし・・、それに・・周りから雨男なんて呼ばれてるような奴だぞ?」

「雨・・男ですか?・・・あら?旦那様に・・何か弱い力ですが・・加護のような力が働いてますね・・?」

えっ、それマジですか。初耳なんですけど、それ。って、いうか加護って何ですか。

「旦那様はもしかしてですが・・、何か奉っているのですか?」

「・・・?んにゃ?奉ると言っても実家に帰った時に地元の祭りに出るぐらいだが?ほれ、そこに地元の御守りがあるよ」

タンスの上に置かれた御守りを見て柚子葉が何か納得してる。

「そうでしたか・・。旦那様には龍様の御加護があったのですね・・、それでしたら雨に縁があるのもわかります」

そ、そうだったのか。そのおかげで事故に全く遭わないのか。実家に帰った時に何かお供え物を捧げてこよう。

「話がちょっと・・逸れちゃったけどさ・・。ゆ・・ゆ・・柚子・・葉さん・・。俺なんかが・・旦那でもいいのか」

「『なんか』ではありません・・。私は旦那様だけを生涯愛したいのです。それに私の事は柚子葉と御呼びください・・旦那様」

よ、良し・・今だ!何か気の利いた一言を言わなければ。

「柚子葉!お、俺と一緒に寝てくれ!!」

「・・・・・・・」
「・・・・・・・」

ま、間違えたあああああ!ここは「俺と一緒に居てくれ!」だろう!ちくしょう、なんでこんな時に訳わからん事を言ってしまうんだ。柚子葉さんが俯いたまま動かないし。これ絶対にどん引きされてるよ。

「い、いや、違うんだ・・。俺が言いたいのは・・」

「う、・・嬉しいです・・、旦那様。それほどまでに私を想ってくださったなんて・・」

あれ?なんで感動して泣いてるの?そこは『最低!!』とか言ってビンタじゃないの?

「旦那様、・・これから一生・・・お慕いします・・、いいえ・・一生を捧げさせてくださいませ♥」

どうしてこうなった。どう考えても振られフラグな言葉のはずなのに。柚子葉さんは何故かうっとり顔で俺にしなだれかかってきてるし。あ、腕におっぱいがふにゃりとのしかかって気持ちいいぞ。やばい、今下着一枚しか穿いてないのに勃ってくるなよ、後もうちょっとだけ我慢してくれよ。だけど、悲しいかな・・男の性に勝てなかったよ。

「ぁ、・・・旦那様のが・・こんなに大きく腫れてしまって・・。私がお鎮めいたしますね♥」

下着越しに亀頭を舐められた瞬間、俺の中の何かが暴走するのを感じた。それ以降の記憶が全く無い。精神がショートして焼き切れたような気がしたはずなんだが。



「旦那様のお情け・・大変嬉しゅうございました・・・♥♥」

・・・ダメだ。全く覚えていない。俺の横で精液まみれになってる柚子葉が息を切らせながらも恍惚な表情でこちらを眺めている。体中が精液まみれって、一体どうやったらこうなるんだ。俺、そんなに射精したのか?

「あ、あの・・旦那様・・、御気分が優れないようですが・・もしかして私は旦那様に何か粗相をしてしまったのでしょうか・・」

「い、いや違うんだ!俺が本当に・・えと、なんだ・・、こんなに出したのかな、と・・思ってさ・・」

「はい、昨晩の旦那様はそれはそれは雄雄しく荒々しく私を愛してくださいました♥私の秘所に口付けを交わしてくれた後に猛々しく反った肉棒を子袋まで突き入れてくださいまして・・それから・・・」

「やめやめやめやめーーーーー!もうそれいじょう言わなくていいから!!」

朝っぱらから生々しい説明されるのって結構きついな。記憶が無い分、余計に性質悪い。しかし腹減ったなぁ、昨日の昼から何も食ってなかったわ。

「旦那様、朝食の御用意をさせて頂きますね」

顔に出てたんだろうか、柚子葉は俺を見るなり台所へと急ぐ。ああ、今やっと思い出した。ぬれおなごって確か献身的な性格だった。本当に何から何まで俺好みな女性だ。俺なんかにゃ勿体無いぐらいだ、と・・俺『なんか』は禁句だったな。そういえば、いつの間にか雨の音が聞こえなくなってる。もう止んだのか。部屋の窓を開けた途端、懐かしい物が俺の目の前に広がっていた。

「柚子葉、来てごらん」

「はい、旦那様・・あっ・・」

俺達二人の前に広がる大きな虹。すぐに消えてしまうだろうけど二人肩を並べて眺め続ける。

「綺麗だな・・柚子葉」

「綺麗・・ですね♪」

今まで雨の日が一番嫌いだったけど、雨上がりに柚子葉と一緒にこうやって虹を眺めれるのなら雨降りも悪くないな。

「柚子葉、俺の元に来てくれて・・・ありがとうな」

「私こそ・・旦那様の元に嫁げて嬉しい限りにございます♥」

柚子葉の肩に手を掛け軽く引き寄せると、何かを察してくれたのか柚子葉も俺に体を預けてくれた。

「愛してるぞ、柚子葉」

「私もです、旦那様」



14/02/21 21:56更新 / ぷいぷい
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■作者メッセージ
ババ様からのリクエスト、ぬれおなごさんを書かせて頂きました。はふぅ・・寒いです・・。寒い日にはぬれおなごさんと鍋を囲んではふはふと・・。

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