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第十三話 サンサバルド北地区
◇ シレミナ視点 ◇


「壁、薄いなあ」
「そーだね」

 リカと一緒のベッドに腰掛け、そう漏らした。

 隣から荒っぽい息遣いとベッドが軋む音が聞こえて来る。
 義兄上はいいとして、義姉上は下半身の蟲駆がでかいさかいにベッド壊れるんとちゃうかなあ。一応、ここは『この街が用意した隠れ家の一つ』っちゅー訳やけど、別に質が高いものが置いてある訳でもあらへんし。

 案内された部屋はベッドが二つに丸い木製テーブルが一つの簡素なもんやった。ただ、ほとんど利用されとらん部屋のはずなのに塵一つ落ちとらん。中々まめな主人のようや。

 ふむ。なんや、いつもより声抑え気味やね。セフレ――やのうて、顔見知りの友人に情事の音聞こえるんが恥ずかしいんやろか。どうせ我慢できへんようになってくるに決まっとるのに、難儀なもんやなあ。いや、我慢出来なくなってくる過程が大事なんか。
 わても、段々と我慢が効かへんようになってきとるからなあ、これ聞く度に。最終的にはどうなることか。我慢は毒やと言うけれど、ほどほどに使えば薬になると思うてる。――媚薬やけどな。

 今でこそ義兄上をある程度信用しとるけど、わては初め、義姉上が連れ返って来た男を喰ったって聞いたときはほんまに大丈夫なんかと心配やった。
 その男は一見するとひょろっとはしとるけど若くて食べ応えのありそうな只の人間に見えた。そやけどその実態は、どんな攻撃をも弾き返す鉄壁の体の持ち主やった。しかも、義姉上の身体を傷付けた実績付き。
 ほんまやったらど突き回してその辺に放逐するところや。実際、義姉上が気に入りさえしなければそうするつもりやったし。

 危険や、そう思ったんや。明らかにわてらの手に余ると。
 防御一つせずに義姉上の、ギルタブリルの尾針を弾き、クレイモアでさえ骨折どころか傷一つつかへん、魔法の炎も氷も駄目。そんなのは化け物や。神の加護を受けた勇者か英雄以外にありえへん。上位の魔物、それこそリリムやデーモン、バフォメット様が出張ってようやく安全に無力化できる、そんな男やと。
 もし、ここが魔界やったとしたらいくらでも安全マージンをとれた。が、ここデミトリー砂漠に魔界はあらへん。精々微小な準魔界が北の方にぽつんとあるだけや。

 もっとも、そういうこと言うんも義姉上を傷物にした男が嫌やったという事実が大きいんやけど。
 どうせその内、そのとんでもない力使うてさっさと義姉上のもとを去っていくに違いない。そう思っとった。

 けれども、あの時――義姉上とともにダンジョンに落ちたとき、あの男は逃げへんかった。わてが旧魔に襲われた時も、風魔法で出口を探り当て、その経路を教えても、義姉上がダンジョンマスターに憑りつかれて襲ってきた時も、結果は同じやった。

 意外と、悪うないんとちゃうか? 次第にそう思えるようになってきた。
魔物は、初めは相手を無理矢理抑え込み、最終的には魔物の体躯の虜にしていくのが常套手段やけど、あの男は――義兄上は魔物の魅了が効き始める前から義姉上に執着しとったような気がする。
 一目惚れか、体の相性か。どっちにしろ、このまま義兄上が義兄上のままであればええと思う。

 さて、義姉上のことはこの辺でええやろ。
大事な大事な義姉上が身を固めたんや。次はわての番を考えんとあかん。
候補は、今んとこおらへんのよねえ。義姉上が男作ってからと思いつつも、義姉上が中々作ってくれえへんかったから。それにサンサバルド街からの依頼でその辺の魔物や地質の調査もやっとったさかいに。

 ――ふと、黒髪黒瞳の少年の姿が浮かんだ。

 いやいやいやいや。
 ないないないない。
 それはないわあ。

(姿形は悪うないよ? でもなあ、義兄上は義姉上のもんやし……)

 ――何を躊躇っとるんや。別に義姉上のものを横取りする訳やない。ほんのすこーし、わけてもらうだけや。義姉上に前もって頼めば何の問題もないやろ? 義姉上はそこまで器の小さな女やない。

(今手を出すのが問題なんや。義兄上がまだ義姉上の体に完璧に依存してない可能性もある。そーいうことを承諾した義姉上に対して義兄上が不信感を抱く可能性もある。二人の関係に僅かでも皹が入ったらどないするの?)

 ――義兄上と呼んでおいて手を出さないなんて、魔女としてどうなんや? 『あの方』に顔向けできるんか?

(だから、時期の問題やねん。今はまだ早すぎる。それにあの呼び方も、初めは誘惑して義兄上の本性を探るため、そしてそのままわての体も使うて逃げへんようにするためのもんやった。今、手を出したら当初の目的が駄目になる)

 ――そうか。でもその時期とやらは何時来るん? 例えわての理性が待っとっても本能までは待ってくれえへんのよ? 今、わての指が何をしとるんか見てみ。時間はあらへんよ……。

「……」

 気が付いたら、自慰しとった。完璧に無意識やった。
幸い、布の上から擦る程度のことで音は出とらんかったし、リカはぼんやりと天井を眺めとったさかいに向こうも気が付いてはいないようやった。いや、もしかしたら気がついとって知らんぷりしとるだけかもしれへんけど、それならそれでその好意に甘えよか。

(しかし、あかんな。このままやったら身がもたれへん。今日はさっさと寝てまおう……)

 そう思い、軽くリカにお休みの一言だけ残して自分のベッドに戻った。けれど、このまま寝るには少々気が高ぶり過ぎとる。何とか気を紛らわそうとして、布団の中からリカに話かけようとした。

「なあ、リカ。あんたさん、キョウスケのこと――」

 ――Pirururuuuuu!

「な、なんや!?」

 思わず飛び起きた。今まで聞いたことのない、こういった言い方はおかしいと思うんやけど、無機質な鳥の鳴き声のような音やった。

「あ、ごめんねシレミナちゃん。ちょっと待ってねっと」

 リカが霊体の服の中から何かを取り出して、それを耳に当てた。

「はい、もしもし? あれ、けー君?」


◇ 狂介視点 ◇


 朝、ベーコンとスクランブルエッグ、トーストというまともな朝食にやや面くらいながらもありがたく頂戴し、老人の本屋を後にした。

 うん、案外というと失礼かも知れないが、この世界の料理も悪くない。昔、米軍の船に密航して保護された日本男児たちがステーキとパンばかりの食事に辟易したという話を聞いたことがあったが、あれは毎回同じメニューだったせいだろう。
 毎日食べる料理のバリエーションさえ変えていればお米と味噌汁が無くても平気のはず――多分。

 俺の食事事情はさて置き、俺たちがこれから向かうのはサンサバルドの西地区にある水門大闘技場前だ。そのために北地区を経由する。
 初め、現在地が東地区だからそのまま街を横断するのかと思ったが、それだと中央区を通ることになってしまうらしい。
 中央区はサンサバルド街の元首や貴族、他所からの要人が居を構える地区で、平民が入ろうとすると一々交通税を取られるらしい。それに東地区から入れるのは役人が決めた清掃人だけだそうなので、そもそもショートカットはできないそうだ。

 そんな訳で北地区である。

 何故南地区ではなく北地区を経由するのか。理由は二つ。
一つ目は交通量の話だ。
 サンサバルドの北にはいくつかの村が小さな水源とセットで点在しているらしく、北地区は主にそことの交易、支援をするための窓口だそうだ。そこから入ってきた珍しい品々は南門を通り、南方の大河沿いにある大都市との交易にも使われる。
そのため、南地区には劣るものの、北地区も平時には人でごった返すとのこと。
しかし、南地区よりかは人が少ない。それに今は例のアクィレアン闘技大会があるので人は西地区と南地区に集中する。これは物見高い観光客が南方の大都市から訪れるためだ。
なので、交通量が少ない北地区経由でのルートが一番スムーズに進めるだろうという結論だ。

二つ目は、俺が背負っているサンドモンキーの死骸の売却である。
シレミナから言われた当初は『西地区で売るんじゃないのか?』と首を傾げたのだが、本人曰く、『わて自身にもコネぐらいあるし、何よりも他人にやれって言われるとやりたくなくならんか?』とのこと。
さもありなん。だが、なんだかやるせなくなってしまう。東門での接待は本当に時間の無駄だったのか。いや、家紋入りのボタンはあるんだ。これでその内にタレイアとやらに入店して帳尻を合わせよう。そうしよう。

「こっちや」

 家と家の間、路地裏への入口にシレミナに導かれて入った。
 すぐに表通りよりかは道幅の狭い道へと出た。裏通りってやつだろう。道幅は大体五メートルほど。立ち並ぶ建物群が一様に白いせいでそこまでの薄暗さは感じないが、その圧迫感までは消せていない。

 しかし、何故か安心感がある。狭くて人が疎らだからだろうか。俺は別に人見知りが激しいと言う訳でもないんだが、やはり異境の地で知らない人ばかりとすれ違っているとまだまだ不安になる。しばらくは慣れそうにないが、逆に言えば長く待っていればその内なれるだろう。気長に待とう。

 すれ違う人はつやつやと光沢のある鎧を着こんだ精悍な大男だったり、軽装というよりはビキニアーマー寸前の露出過多な装備の鳥人や蜥蜴人っぽい女性だったりと、近くに冒険者ギルドでもありそうな面子ばかりだ。
 前者はともかく後者にはそんな装備で大丈夫か? と言ってやりたい。まあ、大体どんな返答が来るかは分かり切っているが。

 時たま子供の集団も見かけた。
 表通りで見た大人たちもそうだったが、子供たちも皆一様に丈の長い、白い服を羽織っている。紫外線避けだろう。
お下がりなのか若干大きさが合ってない服装の子供たちがわーわーと五、六人で駆けていく。先頭の子がリーダーなのか、偉そうに棒を振りかざしながら周りの子に何か言っている。
ん? 木の棒とかじゃないな、あれ。四十センチメートルはありそうな虫の脚だ。何かの端材だろうか?

「義兄上、着いたで?」

 っと、余所見している間にご到着らしい。
 目の前の建物が俺の背負っている荷物を引き取ってくれる場所なんだろう。一発で分かる。何故ってその建物にしか石扉が付いていないからだ。他の建物はまた別の通り側に扉が付いているんだろう。申し訳程度に目がバッテンになっている豚らしきものが描かれた看板も目印か。扉の上には『ガレイド モンスター引き取り店』と書かれている。
 ……ほんと、何で日本語何だろうか? そういう風に見えているだけ何だろうか?
 そんなことを思いつつ、シレミナたちに続こうとして、はたと立ち止った。
 理花がいない。

「おーい、理花―? 行くぞー」

 そう言いつつ振り返ると、すぐそこにいた。

「ねえねえ、それって何持ってるの?」
「ねーちゃん知らねーのかよ。ブルースパイダーの脚なんだぜ、これ!」
「そうだぜ。リーダーが見つけたんだ! すげえだろ!」
「ちょっと、違うでしょ。解体屋のおじさんちで私が拾ってきたものよ。私が」
「じゃあこれは泥棒したお前からとったもんだから俺のもんだ」
「泥棒じゃないわよ! 捨てられてたものの中から拾ってきただけだもの!」

 ……。

「へー、すごいねー……ほえ??」

 俺は無造作に理花の襟をむんずと掴み、そのまま連行する。

「はいはい、お前は何をナチュラルに子供たちと話し込んでいるのかなそういうのが迷子に繋がるということが分からないのかね昔修学旅行の時も同じ様なこと言った覚えがあるんだけどお前の方にはなかったらしいな記憶が。……それじゃあ君たちさようなら。邪魔して悪かったな」
「ほえ〜、きょー君止めて〜、ワンピースの襟伸びるぅ〜」

 気にすんな。どうせ霊体の一部なんだから伸びねえだろ。


◇ ◇ ◇


 石扉の奥は小さな部屋となっており、すぐそこにまた扉があった。恐らくは風除室、いやここの場合は砂が入らないようにする防砂室かな。
 その部屋を抜けると今度はカーペットの敷かれた部屋に出た。真ん中にはカウンターがあり、それが部屋を二分している。
 カウンターの向こう側には熊でも乗りそうな大きな台が配置され、そこで作業員らしき人がその上に乗ったクモの脚を束ねたようなものを袋に詰め込んでいる。

「おーい、義兄上、何しとんねや。こっちやで」

 へいへいっと。
 適当に呟きつつ、カウンターにいた二人へと近づく。
 そこでは受付嬢がにこやかな笑顔を振りまいていた。

「はい、こんにちは。本日はサンドモンキーの売却ということでよろしいですか?」
「あ、はい、そんな感じで」

 思わず適当に首肯してしまうが、間違ってないだろう。シレミナから特に突っ込みも入らなかったし。俺はそのままブック●フで古本を売るようなのりでカウンターへサンドモンキーを乗っけた。

「はい、では確かにお預かりしました。査定に少々お時間を頂きますので後ろの席で――おっと、すみません、お客様にお待ちの方がいらっしゃいました。どうぞ、奥へとお進みください」

 ……?
 何のことだ? というか誰の? そう思って隣の二人を見やる。

「シレミナの知り合いらしいぞ?」

 そう答えたのはサハリだ。いや、何故に疑問形?

「なんや知らんけど、教えてくれへんのよね。なーんや、嫌な予感しかしいへんけど……」

 そう言うシレミナは顔を引きつらせている。大体当たりはついているんだろう。ただ、あまり考えたくないといった感じか。
 きっと面倒臭い友人なんだろう。

「きょー君、どうしたの?」

 そんなことを考えていたら、ついつい後ろを振り向いてしまったのは仕方のないことだろう。条件反射だ。

「いや、何でもねーよ」

俺たちはそのまま受付嬢の後へと続いた。

 案内されたのは二階の事務所のようなところだった。
 そこにいたのは柔らかそうな明るい茶髪、すらりとした長い脚、漆黒の貴族服と同色の細剣を兼ね備えたイケメン騎士だった。年は十代中ごろ。インテリかぶりな眼鏡がきらりと自己主張している。今まで見てきたメンズとは一線を画すな。随分と線の細い印象がある。

 でもまあ、彼はシレミナの知り合いではないだろう。
 断言できる。

「で、計は何でここで俺たちを待ち構えてたんだ? お前はエスパーか?」
「失敬だぞ、氷室。僕をバッグから出て来るような芸人と一緒にするな」

 彼は夜沼計太(やぬまけいた)。俺のクラスメイトにして友人、そして理花の双子の弟。
 理花の異能によってこの世界に来ていたことは分かっていたが、それはこちらの話だ。何故、ここに?

「ああ、それはな――」

「シレミナ先ぐええええええっ!?」

 突然、話の腰を折る奇声が聞こえてきた。
 あまりに前振りがなかったためビックウ!? と身を竦ませながら振り返ると、

「悪いなあ、義兄上。これ今始末しよるとこやから話続けてもらって大丈夫やさかいに」

 目だけが笑ってない幼女が白目向いた幼女を片手間で絞め落としているところだった。
 ……恐らく、あっちがシレミナの知り合いなんだろう。随分と過激なスキンシップだ。

 こほん。計が襟を正して咳払いをした。
 なかったことにするらしい。俺も右ならえで脳内メモリーから先ほどの映像をデリートする。

「あー、話は理花から聞いている。瑠璃嬢も助けに行くそうじゃないか。僕も助けに行きたいんだが、事情があって行けそうにない。本当に済まない」

 は? 何時聞いた? どうやって?
 それを聞く前に計は続きを漏らした。

「大枚はたいて奴隷を買った。おかげで借金苦さ。だから、大会の優勝賞金が必要なんだ」

――それを得られなければ僕は奴隷に落ちる、と。
15/10/08 23:21更新 / 罪白アキラ
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■作者メッセージ
 はい皆様初めましてと言っても違和感がないぐらい更新が遅れまくっているアキラです。本当にごめんなさい。
 これからも牛歩の如く更新が遅れるかとは思いますが、またやってるよwwwと思いつつも気楽に読んでいただければ幸いです。多少グロかったりはするかもしれませんが、あまりシリアス方向には進まないようにしますので。
 それでは皆様、次回は第十五話にて。

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