連載小説
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第十四話 物価
「ふーん。で、何でまた奴隷なんて買ったんだ?」

 俺は首を傾げつつ腕を組んでそう尋ねた。
 異世界トリップなんて訳わからん展開はさて置き、突然異境の地に放り込まれたら不安に感じないだろうか?
 そんな中、借金までして奴隷を買うだなんて意味不明だ。不安の中、さらに不安を背負い込むことになるのだから。

「いや、最初は奴隷商から掠め盗ってやろうとしたんだよ」
「おーい、お前はいきなり何をやってんだ?」

 そりゃびっくりだ。
 この眼鏡がそこまでワルだったとは。やはり異世界トリップからのチート能力入手で気が大きくなっているのかもしれない。いかんぞ計、大抵そういうやつに限って他キャラの強さ強調のために早死にしてしまうんだ。バトルインフレーションに巻き込まれて死亡なんて不毛過ぎる。

 そんな俺の内心を知ってか知らずか、計は眼鏡をかけ直しつつ否定の言葉を口にした。

「落ち着けよ氷室。逃げてきた奴隷を保護しただけだ。アメリカの知識だったか、逃亡奴隷は極刑という話を思い出してね。小学生くらいの女の子だったし、少しの間匿っていたんだが……」

 すぐに見つかったらしい。
 件の商人一人に護衛の男たち六人に取り囲まれ、絶体絶命。
 そう思われた時にチートが開花したらしい。

「これだよ」

 くいっと計が手首を動かすと何本もの道路標識が突き出してきた。
 これは床を突き破って、というより床から生えているように見える。

 計の言っていることが本当なら、これが大の男七人を退けた異能ということなんだが……。

 念のために触れて確認しようと手を伸ばす。ところが、何故か触れる前に目に見えない壁に阻まれてしまった。

「なんだこれ?」
「見てわからないかい? 『通行止め』に『車両通行止め』、それと『車両進入禁止』、『歩行者通行止め』だよ」
「そっちじゃねえよ、こっちだ。こっち」

 こんこん、と軽く障壁を叩いて示す。

「ああ、そっちか」

 むしろそっちしかねえよ。

「どうも僕のトラフィック・コントロール(交通制御)にとってこの標識は飾りでしかないらしくてね。本命はこの見えない壁のようなんだ。といっても、僕もこの能力を全て把握できているとは断じ難いが」

 ほお、計も理花と同じである程度自身の異能について理解しているようだ。

「ところで、さっきのトラフィックなんたらとかいうのは何だよ? 中二病か?」
「失敬だね。僕が名付けた僕の能力名だよ。名前がないと何かと不便だろう? よければ氷室の分も考えてあげようか?」
「いえ、心の底から遠慮させていただきます」

 お前はバトル漫画の主人公か。一々技名言わないと発動できんのか。

「インヴァリッド・ハーツ(傷知らず)なんてどうだい?」
「てめえは人の話を聞け、二秒でいいから」
「けー君、私にもつけてよ〜」
「理花のは昨日の内に考えてあるよ。カースド・コール(呪詛電)だ。」
「わ〜い、けー君ありがとー」

 ……ああ、今気が付いた。こいつらツッコミ待ちなのか。


◇ ◇ ◇


「――要するに、異世界トリップして成り行きで逃亡奴隷を保護したらそれが元でトラブって牢屋に入れられたって話だよ。ああ、念のために言っておくが商人の護衛にやられたわけじゃないぞ。その渦中に現れた黒甲冑の騎士にやられたんだ」

 僕を殺さずに切り伏せたかなりの手練れだったよ、と頭の天辺を押さえながら付け足して来る計。
 よくもまあ、切られて無事だったな。峰内か、鈍らか、もしかしたら不殺のためのファンタジー武器か技術かもしれない。

 黒騎士に気絶させられた後、牢獄で目覚めた計に黒騎士はこう告げたらしい。

『今すぐ金を用意してあのチビを買えば、俺様が丸く収めてやるぜ?』

 俺様キャラかよ、は置いといて。
 この街には公式上、奴隷制度は存在せず、それは非合法なものであるとのこと。しかし、家事や夜のお相手などを目的に、そういった奴隷たちを求める人々がこの街の富裕層や支配階級者には存在するらしい。
 立派な犯罪だが、元首が取り締まりをやり過ぎると他の権力者たちから反感を買うことになるので、そのへんはなあなあらしい。

 よって、今回の一件も役人たちは事を荒立てない方向に誘導したいらしい。

「――奴隷商も捕まりたくない。役人も無闇に波風を立てたくない。その折衷案として、向こうが指定した期限までにその逃亡奴隷を買えたなら僕は無罪放免、めでたしめでたしと言う訳だよ」

 指定した期限はアクィレアン闘技大会の終了日であるそうだ。どうやって金を工面するかについては詳しい説明がなかったそうだが、この条件からいって大会の優勝賞金獲ってこいってことで間違いなさそうだ。

「獲れなければ、まあ、僕もあの子も奴隷落ちだね」

 本当、とんでもないチップを賭けてしまったものさ、と計は仕方なしといった感じで肩を竦めた。

 なるほど、大体の事情はわかった。
 要は金さえあればいいんだな。

「シレミナ、大体でいいからさっきのサンドモンキーの値段がいくらぐらいになるかわかるか?」

 俺は後ろを振り向かずにそう尋ねた。さっきから後ろが静かになって少し怖いのだ。

「そやなあ、五千ヘルメスがいいとこやないかなあ。それと、わてが出せるのは二万ヘルメスが限界やで?」

 中々頼もしい返答が来た。流石はシレミナ。質問の意図をよくわかっている。
 何か後ろから「……こぽお、このまま幼女の尻の下で果てるというのならほもっ!?」「なんや、まだ息しとったんかいレズアルプ」「れ、レズじゃなくてユリ……そしてショタでも可ぶっ!?」――ゴヅン、とか何とか聞こえて来るがきっと砂漠の気候で鼓膜がおかしくなってしまっているんだろう。そうだろう。そうに違いない。

 もののついでにカニイソギンチャクの口の中から入手した財布もシレミナに見てもらった。不信げに「どっからパクってきたんや?」と聞かれたが「拾いもんだ」と適当に答えておいた。あんまりあの状況を思い出したくない。

 それは兎も角、財布の中身は七四三ヘルメスと六デヘルメス(一〇デヘルメス=一ヘルメス)というビミョーなものだった。まあ、故人――じゃなかった、個人の財布の中身なんてそんなもんだろう。

「奴隷の値段なんて三万か四万ヘルメスが相場やから、これなら準優勝や準々優勝の賞金があれば何とか足りる計算やね」

 それは重畳。
 あとは、そうだな、俺も闘技大会に参加して上位に入って賞金を手に入れればなおさら楽になるだろう。保険の意味もあるし、金はいくらあっても困らない。

「それで計、その子の値段とやらは一体いくら何だ?」


「――――――――十五万ヘルメスだ」


 ……………………は?

「流石に予想外だったな、まさか十五万ヘルメスがここまで高かったとは……。いや、あの子なら異常に高くてもおかしくない、のか?」

 計が顎に手を当てつつふーむ、と呟いた。
 ……なんてこった。前提が脆くも崩れさってしまった。そもそも十五万ヘルメスっていくらだ? 三十ヘルメスが日本円換算で五百円だとして――えーと、五百円の五千倍だから――二五〇万円!?
 いやいやいやいや、マグロか何かかよ。

「おいおいシレミナ、さっきの二万とか三万とか何だったんだよ。相場の五倍もあるじゃねえか」

 思わず振り返ると、シレミナは難しい顔でぶつぶつと呟いていた。

「まさか……いや、それにしても……いや、まさか?」

 急にシレミナが顔を上げた。
 その目は丸く見開かれ、計をまじまじと見つめていた。
 そこで計はこくりと頷いた。

「先に言っておけばよかったな。僕が保護した女の子というのはエルフだよ。オプションで精霊付きのね」


◇ ◇ ◇


 サンドモンキーの換金が終わった時点でとりあえずその場はお開きになった。ちなみに値段は五,二六〇ヘルメス。
 西地区の某所まで計を見送り、その後東地区の本屋と同じようなのりでとある寂れた武具店に泊めてもらえた。普通に宿屋に泊まるのかと思ったのだが、こればかりはしょうがない。西地区はどこもかしこも人だらけだったしな、お祭り(闘技大会)のせいで。

 シレミナのコネさまさまだ。
 コネとカネはあるだけいい。うん、素直に金が欲しい。それさえあれば万事解決なんだがなあ。

「よっと」

 武具店の一室にて一人逆立ちを敢行した。
 何をどう取り繕うと変な人だが、今この部屋には誰もいないし気にしない。他三人の女子―ズは昼飯の買い出しに出かけているのだ。

(金か。さてまあ、どうやって確保するかねえ……)

 普通に働くか、借金か。

 って、借金はねえか。こんな他所もんに誰が貸してくれんだ。日本円換算で二五〇万だぞ? もしよしんばあったとしても間違いなくブラックだろ。トイチどころかトイツツぐらいでもおかしくない。だって異世界だし。
 一生ぼられる未来しか見えねえ。なので借金は却下。

 よって普通に十五万ヘルメス稼げる仕事はないのか? しかも流れ者の俺が就ける仕事。
 まあ、冒険者ギルド的なものしか考えれない訳だが、それも現実的とは言えない。
 何せ、約束の日とやらはあと五日後。どう足掻いても間に合わない。

 しかも闘技大会の予選受付は昨日で終了だったという。

 ちなみに大会の賞金の内訳は、

――――――――――――――――
 優勝賞金 :十五万ヘルメス
 準優勝賞金:五万ヘルメス
 三位賞金 :三万ヘルメス
 四位賞金 :二万ヘルメス
――――――――――――――――

 となっていた。
 奴隷の値段設定が嫌味過ぎる。ぴったりじゃねえか。
 俺も計も先読みが甘かったと言わざるを得ない。

 どうするか?
 それが問題だ。

 こうなったら逃げる算段を付けておいた方が現実的な気がしてきた。指名手配フラグがびんびんな気がするが。
 間違いなくこの街にはいられなくなる。もしかしたら近隣の街にもいられなくなってしまうかもしれない。

 だが、ここで計を見放すという選択肢はとらない。とれる訳がない。
 何年一緒にいたと思ってんだ。十年来の友人をほっぽり出してなかったことにできるほど、俺は腐っちゃいない。

 しかもこの後瑠璃嬢も助けに行くんだぞ? 計を見捨てて行ける訳がない。

 ……最悪は、サハリやシレミナとも別れることになるかもなあ。死ぬほど嫌だけど。

「っ」

 逆立ちのし過ぎか、耳がキーンと鳴り出し、目の前のベッドが歪んで見え出した。
 とりあえず汚いが床に座り直した。

「くはっ。あー、だー。いくら考えても何も思いつかねー! どうすりゃいいってんだ!」
「出ればいいじゃないですか。闘技大会」

 いきなりのことで心臓が飛び出るかと思った。
 誰もいないはずの室内。
 聞こえてきたのは先ほど視界に収めていたベッドの上。

 そこにいたのは、

「あんたは、」
「そいえば自己紹介がまだでしたね。私の名前はヴェローネ。イルセミナント卿――ケイタさんの呼び方では黒騎士でしたかね――かの方にケイタさんの監視役を頼まれている使いッパシリのただのアルプです。以後、お見知りおきを」

 ……ただのアルプか。
 アルプっていうのが何かわからないが、その角や皮翼、尻尾にエルフ耳を見れば大体の見当はつく。

 夢魔か悪魔ってとこだろう。何故か知らんがチンマイけど。シレミナと同じで小学生ぐらいか?

 が、問題はそこじゃない。
 彼女はイルセミなんとか『卿』に監視役を『頼まれた』と言った。

 卿とつくからには貴族であろう人物に命令ではなく依頼で。

 もしかしたら悪魔らしくただふざけているだけかもしれないが、ここは最悪を想定しておこう。この相手を貴族として対応しよう。

 恐らくは俺の対応一つで俺が今後外を大出を振って歩けるかどうかが決まる。

「とりあえず闘技大会予選Dブロックに出ましょうか。はい『転移』」








 気が付いたら、俺は熱気と歓声が轟くステージに立っていた。

 ――――はい?
15/10/26 00:29更新 / 罪白アキラ
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■作者メッセージ
 前回書き終えてから二週間越えなんだが、大丈夫か?

 大丈夫じゃないけどとりあえず行ってこい。

 了解です。
 ……そんなこんで投稿です。遅れましてごめんなさい。謝罪コメです。すでに私は大手を振れません。けど、諦めませんよ、投稿。

 ああ〜、コメも二回に一回のはずなのに。筆速が安定したら戻します。

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