第十二話 サンサバルド東地区
「ほお、サンドモンキーの死骸か。それならば交通税として一匹置いていくがいい。租税として引き取ってやろう」
「ちいーっと待ちなや。金なら払う言うとるやろ? それに、ホワイトスパイダーなら兎も角、サンドモンキーそっくりそのまま置いてけ、っちゅーんはいくらなんでもぼったくり過ぎやないか?」
「ふん、平民の子どものくせに生意気な。いいか、そのままのサンドモンキーは珍し過ぎて需要が少ない。そのまま持っていけば安く買い叩かれるのがオチだと言っておるのだ。私なら、人脈を広く使って高く売り飛ばせる。素直に一匹置いて行くのなら、私のコネを教えてやってもいいのだぞ」
「……こんなとこで仕事しとるような下っ端貴族が、まともなコネやらツテやら持っとる訳ないやないかい」
「何だとッ!? もっぺん言ってみろ!」
茜色に染まるサンサバルドの門前で俺たちは足止めを食らっていた。
サンサバルドの外周は万里の頂上よろしく、高い外壁に囲まれている。これは魔物や巨大生物、遊牧民などの侵入を阻むためのものであり、街の中に入るには交通税を払って門を通してもらうしかないのだが、目の前の男のせいで中に入れない。
目の前の男は大体二十代前半ほど。短く、針金のようなちくちくとした髪で、色は夕日のせいでよくわからない。器の小さそうな言動とは反対に、肉体は結構がっしりしていて、その身を金属製プレートで包み込んでいる。とは言いつつも、小麦畑の入口で会ったアゴヒゲのおっさんの方がもっとマッチョメンだったが。
俺のチェックが甘いのか、鎧に家紋は見当たらなかったが、先の言動からして貴族っぽい。ただし、気が短くて傲慢そうな、噛ませ犬臭い貴族だ。あまり関わりたくない。
いくら噛ませっぽいからといって噛んだら最後、こいつのダディが貴族の人脈を駆使して刺客を放ってくるに違いない。くわばらくわばら。
なので、俺は背負ったサンドモンキーの一匹を降ろし――もう一匹はサハリが担いでる――シレミナと貴族男との間に割って入る。
話している内容からしてどうも租税として納めたサンドモンキーを横着して売りさばくみたいだが、俺たちには関係のない話だ。さっさと街に入りたい。
「あー、すみません貴族様。内の妹が礼儀知らずなもので」
「ふん、全くだ。身内の教育もまともにできんとは。これだから平民は」
「いやー、流石は貴族様―。私のような平民にそこまで助言していただけるとはー」
おっと、あまりに貴族男の発言が貴族男の父親へとブーメランしていったので、思わず棒読みになってしまった。
流石に怒るか? と思って貴族男の顔を見やると何故か上機嫌な顔つきになっていた。
「ほう、中々いいこと言うではないか。そう、貴族として当然のことをしたまでよ。あっはっはっはっはっはっは!」
一瞬、こいつは馬鹿なのか? と思った。
しかし十分後、それは間違いだったと気付いた。
――こいつは酔ったおっさんだった。
「そうさ、俺はこんなとこで働いちゃいるが、リーゼンハルト家の長男なのさ」
「こんなちゃちな家紋すら入ってない鎧を着てんのはお忍びでな。貴族たるもの、下っ端の仕事も経験してその気持ちや環境もきちんと把握しておかないといけねえってな!」
「俺は練兵場じゃあ、凄かったんだぞう? 試合した相手を千切っては投げ、千切っては投げ……」
……居酒屋で酔った上司が部下に絡んで来ることがあるだろう?
『俺は凄かった。今も凄い。経験も能力もある。そんな俺を何時までこんなポストに入れとくなんざ、上の連中は目が腐ってるね』
聞きたくもないことを自慢げにつらつらと話して部下に不味い酒を飲ませるやつだ。日頃の鬱憤が溜まっているんだろうが、聞く方にしてみたら溜まったもんじゃない。
相手の言うことに適当に相槌打って聞き流さないとやってられない。
ん? なんでそんなこと知っているかって?
俺が居酒屋の息子だからだよ。
そして、悲しきかな、俺の棒読み過ぎるはずの相槌が妙にツボったらしく、未だに話が終わりそうにない。そろそろ二十分を越え、後ろの二名が殺気を漏らし始めた時だった。
カーンカーン、カーンカーン。
その鐘の音に思わずほっとする。
どこの世界でも鐘が鳴る何て理由は二つぐらいしかないだろう。
非常時と定時だ。
「む、いかんな。もう八時(十六時)か。俺、いや、私としたことが職務をほっぽり出して話し込んでしまった。これは駄賃だ。受け取るがいい」
貴族男がごそごそと懐から何やら取り出した。
ようやく長話から解放される、と思った矢先になんだろうか?
夕日に照らされたそれは、ボタン? 第二ボタンなの?
え〜? いい年こいた男から第二ボタンもらうとか、ないわー。後でえんがちょしてその辺に捨てるか。
「それを持って西地区の『タレイア』という店に行くといい。じゃあな、どこで会った時、また話を聞いてやってもいいぞ。もし俺にそんな暇があったならな、はあっはっはっはっはっ!」
結構でーっす!! と心の中でシャウトしつつ、引き攣った笑顔で手を振って東門を後にした。
……ちなみに、サンサバルドの富裕層が集まる西地区で、タレイア商店といえば創立八十年を越す本物の老舗であり、貴族の紹介がないと店に入ることすらできないという。
「まあ、商品を売るくらいやったらそんなもんいらへんけどな」
シレミナがあっけからんと言い放つ。
確かにそうだが、珍しいものとか色々置いてありそうだ。時間とお金ができたら、行ってみるのもありかもしれない。
◇ ◇ ◇
門の向こうは、人気が少ない寂れた雰囲気の街並みが広がっていた。
ひび割れた四角い家々が立ち並び、がやがやと人の声が聞こえる。恐らくは皆家の中にいるんだろうが、明かりがないせいか、やけに寂しく感じる。
一応外にもまだ人はいるが、そのほとんどは家の隙間を縫うようにある道に座り込み、一向に顔を上げようとしない。ぼろきれのような服を着て、頬がこけているように見えるんだが、もしかして物乞いってやつだろうか?
少し怖い。日本とは違う、異文化に触れた感じがして不安になる。……今にも財布すられたり、マフィアっぽいおっさんに外国語で捲し立てられるんじゃないか……?
(……きょー君?)
「っ」
っと、いかんいかん。理花に気づかわし気に話かけられてしまった。
こんな天ボケ少女に心配されるなんざ豆腐メンタル決定だ。情けねえ。というか、ここの言語って日本語っぽいから外国で捲し立てられる訳ねえだろっつの。何で日本語なのかは謎だが。
「あー、何でもねえよ。それよりも理花、そろそろ出て来てもいいぞ?」
(え〜、もっときょー君の中に居たい〜)
「い・い・か・ら・出・ろ。何時までも心読まれていたら疲れるだろが」
「は〜い」
ひょっこりと理花が幽体離脱よろしく、俺の体から抜け出す。
ふう、これで一息つける。後は宿か。
「シレミナ、この辺だと宿屋はどこにあるんだ?」
「ないで? 宿何て」
――は?
「このサンサバルド東地区は農夫や乞食ばかりが住む貧困地区でなあ。人や物の流通も少ないさかい、宿屋もあらへんのよ」
「……はあ。要は、まだ歩くってことだろ? で、どこに行くんだ? 北か、南か」
「いやいや、勘違いせえへんでも、別に宿屋がなくても泊まれるとこはあるで」
そう言われ、とことこと歩いて行くシレミナについていく。ついて行くのはいいんだが、
「おい、シレミナ。なんか、吐き気を催す酷い臭いがしてくるんだが」
「ああ、気にせんといてや。それは肉の解体屋からしてくる臭いやから。まあ、ゴミ捨て場の臭いに比べたらまだましや。こんくらい慣れといてや」
無茶言うなよ。
そう思いつつ着いたそこは肉の解体屋、の隣の店。
「邪魔するで」
シレミナに続いて中に入ったそこは本屋だった。
貧困層が住む地区に本屋? 一体誰が買うんだ? 紙幣も流通してなさそうな文明レベルで、本はかなり値が張るはずだ。
ちょっとした好奇心で、棚の値札を覗いてみる。
『リステルリングの書(写本) 五六,九〇〇ヘルメス』
多分、この『ヘルメス』というのが通貨単位なんだろう。結局、高いのか安いのか分からなかったが。
「普通金貨一枚が五千ヘルメス、大銀貨一枚が五百ヘルメスやからこの本は大体普通金貨十枚と大銀貨十四枚で買えるな。ついでに平民の一食の平均的な費用は三十ヘルメス。銅貨三枚や」
いきなり背後からボソッと来た。
言うまでもなくシレミナである。っつか、それって所謂この世界における常識だよな。そこまで常識ないって思われてる、俺? まあ間違っちゃいないけどさ。
「ほれ、さっさと行くで、義兄上」
「お、おう」
何はともあれついて行く。本屋の主人――禿げ上がった頭に真っ白な髭、そしてアラブっぽい白い民族衣装着たじーさん――とはすでに話が付いていたみたいで直ぐに奥へと案内してくれた。
「どうぞ、シレミナ様。こちらのお部屋と、そのお隣のお部屋をお使い下さい」
「ああ」
シレミナが鍵を二つ受け取る。
に、してもなんかやけにじーさんのシレミナに対する態度がうやうやしいな。泊まるのに結構な額を払ったのだろうか?
まあいいか。何はともあれようやく宿だ。やっと一息つける。食事は、貧困層が住む地区ということで諦めるしかない。今までシレミナが出してくれた干し肉ぐらいしか食べてないが、ないものねだりしても仕方ない。
明日は朝食をとることも含め、朝一でこことは丁度反対側の西地区へと向かおう。
俺は東の街道を進んでいた間、理花の異能の力を借りて計の居場所を探り、その場所の建物の特徴をシレミナと共有することによってそこが西地区のとある宿屋であることを掴んでいる。
そこが、ある条件を満たしたものしか泊まれないということも含めて。
『アクィレアン闘技大会?』
『そや。デミトリー砂漠の英雄の妻であるアクィレアンを称えるための政や。今、その宿に泊まるんやったらその大会の選手のみやな』
曰く、英雄の従者にして妻、賢者にして優れた魔法使いだったアクィレアン。
英雄とともに巨大湖の主を退け、街を襲う吸血霊の正体を看破し、鎮魂を行ったりとその偉業の数々は今でも伝わっているのだとか。
で、大会の具体的な内容としてはその巨大湖、アクィレアン湖に棲む巨大魚をどれだけ仕留めたかで勝敗が決まるらしい。初めはいくつかのブロックに分かれ、三十人毎で予選を行い、その次に一対一での本戦が何試合か行われるらしい。
全行程十日前後の大規模な催しだ。
何でそんなもんに計が参加してんのかは謎だが、大会のトップ4に入れば賞金が出るのだという。
予想の域を出ないが、大方それが目当てなんだろう。ファンタジー世界に来たから俺TUEEEでもしてなり上がりたいのかもしれない。多分、計のやつもチート体質を持っているだろうし。
「ま、明日行ってみりゃわかるだろ。さっさと計と合流して瑠璃嬢を迎えにいかねえとな」
『瑠璃嬢』は瑠璃条先生の渾名だ。
モデル体型のすげー美女のくせにいつまでも独身貴族やってるせいで付いた、皮肉の意味が強いものだ。本人の選り好みが激しいんだろう、多分。
それはともかく。
個人的には計よりそっちの方が心配だ。何せいる場所がジャングルだ。何時猛獣に襲われて不思議じゃない。
だが、まずは先に計に会いに行く必要がある。放っておいたらどこに行くかわかったもんじゃないからな。できることなら計も一緒に瑠璃嬢保護に協力してもらいたいが、万が一、事情で来れないことも視野に入れておかなくてはいけない。その場合はしばらくサンサバルドに滞在しているように言っておいて、はぐれることを防止しておく必要があるだろう。
海外旅行の基本は集団行動だからな。
「さ〜てと、じゃあさっさと寝るとしますかね」
「そやな。じゃ、わてとリカはこっちの部屋で寝るさかい、義姉上と義兄上はそっちの部屋で寝てな。あ、義姉上、サンドモンキーはわてらの部屋に置いといてくれるか。軽く冷凍させとくさかい」
「そうか、わかった」
――あ、そうだった。サハリと一緒に寝るのに、十分な睡眠がとれる訳がなかった。
「ちいーっと待ちなや。金なら払う言うとるやろ? それに、ホワイトスパイダーなら兎も角、サンドモンキーそっくりそのまま置いてけ、っちゅーんはいくらなんでもぼったくり過ぎやないか?」
「ふん、平民の子どものくせに生意気な。いいか、そのままのサンドモンキーは珍し過ぎて需要が少ない。そのまま持っていけば安く買い叩かれるのがオチだと言っておるのだ。私なら、人脈を広く使って高く売り飛ばせる。素直に一匹置いて行くのなら、私のコネを教えてやってもいいのだぞ」
「……こんなとこで仕事しとるような下っ端貴族が、まともなコネやらツテやら持っとる訳ないやないかい」
「何だとッ!? もっぺん言ってみろ!」
茜色に染まるサンサバルドの門前で俺たちは足止めを食らっていた。
サンサバルドの外周は万里の頂上よろしく、高い外壁に囲まれている。これは魔物や巨大生物、遊牧民などの侵入を阻むためのものであり、街の中に入るには交通税を払って門を通してもらうしかないのだが、目の前の男のせいで中に入れない。
目の前の男は大体二十代前半ほど。短く、針金のようなちくちくとした髪で、色は夕日のせいでよくわからない。器の小さそうな言動とは反対に、肉体は結構がっしりしていて、その身を金属製プレートで包み込んでいる。とは言いつつも、小麦畑の入口で会ったアゴヒゲのおっさんの方がもっとマッチョメンだったが。
俺のチェックが甘いのか、鎧に家紋は見当たらなかったが、先の言動からして貴族っぽい。ただし、気が短くて傲慢そうな、噛ませ犬臭い貴族だ。あまり関わりたくない。
いくら噛ませっぽいからといって噛んだら最後、こいつのダディが貴族の人脈を駆使して刺客を放ってくるに違いない。くわばらくわばら。
なので、俺は背負ったサンドモンキーの一匹を降ろし――もう一匹はサハリが担いでる――シレミナと貴族男との間に割って入る。
話している内容からしてどうも租税として納めたサンドモンキーを横着して売りさばくみたいだが、俺たちには関係のない話だ。さっさと街に入りたい。
「あー、すみません貴族様。内の妹が礼儀知らずなもので」
「ふん、全くだ。身内の教育もまともにできんとは。これだから平民は」
「いやー、流石は貴族様―。私のような平民にそこまで助言していただけるとはー」
おっと、あまりに貴族男の発言が貴族男の父親へとブーメランしていったので、思わず棒読みになってしまった。
流石に怒るか? と思って貴族男の顔を見やると何故か上機嫌な顔つきになっていた。
「ほう、中々いいこと言うではないか。そう、貴族として当然のことをしたまでよ。あっはっはっはっはっはっは!」
一瞬、こいつは馬鹿なのか? と思った。
しかし十分後、それは間違いだったと気付いた。
――こいつは酔ったおっさんだった。
「そうさ、俺はこんなとこで働いちゃいるが、リーゼンハルト家の長男なのさ」
「こんなちゃちな家紋すら入ってない鎧を着てんのはお忍びでな。貴族たるもの、下っ端の仕事も経験してその気持ちや環境もきちんと把握しておかないといけねえってな!」
「俺は練兵場じゃあ、凄かったんだぞう? 試合した相手を千切っては投げ、千切っては投げ……」
……居酒屋で酔った上司が部下に絡んで来ることがあるだろう?
『俺は凄かった。今も凄い。経験も能力もある。そんな俺を何時までこんなポストに入れとくなんざ、上の連中は目が腐ってるね』
聞きたくもないことを自慢げにつらつらと話して部下に不味い酒を飲ませるやつだ。日頃の鬱憤が溜まっているんだろうが、聞く方にしてみたら溜まったもんじゃない。
相手の言うことに適当に相槌打って聞き流さないとやってられない。
ん? なんでそんなこと知っているかって?
俺が居酒屋の息子だからだよ。
そして、悲しきかな、俺の棒読み過ぎるはずの相槌が妙にツボったらしく、未だに話が終わりそうにない。そろそろ二十分を越え、後ろの二名が殺気を漏らし始めた時だった。
カーンカーン、カーンカーン。
その鐘の音に思わずほっとする。
どこの世界でも鐘が鳴る何て理由は二つぐらいしかないだろう。
非常時と定時だ。
「む、いかんな。もう八時(十六時)か。俺、いや、私としたことが職務をほっぽり出して話し込んでしまった。これは駄賃だ。受け取るがいい」
貴族男がごそごそと懐から何やら取り出した。
ようやく長話から解放される、と思った矢先になんだろうか?
夕日に照らされたそれは、ボタン? 第二ボタンなの?
え〜? いい年こいた男から第二ボタンもらうとか、ないわー。後でえんがちょしてその辺に捨てるか。
「それを持って西地区の『タレイア』という店に行くといい。じゃあな、どこで会った時、また話を聞いてやってもいいぞ。もし俺にそんな暇があったならな、はあっはっはっはっはっ!」
結構でーっす!! と心の中でシャウトしつつ、引き攣った笑顔で手を振って東門を後にした。
……ちなみに、サンサバルドの富裕層が集まる西地区で、タレイア商店といえば創立八十年を越す本物の老舗であり、貴族の紹介がないと店に入ることすらできないという。
「まあ、商品を売るくらいやったらそんなもんいらへんけどな」
シレミナがあっけからんと言い放つ。
確かにそうだが、珍しいものとか色々置いてありそうだ。時間とお金ができたら、行ってみるのもありかもしれない。
◇ ◇ ◇
門の向こうは、人気が少ない寂れた雰囲気の街並みが広がっていた。
ひび割れた四角い家々が立ち並び、がやがやと人の声が聞こえる。恐らくは皆家の中にいるんだろうが、明かりがないせいか、やけに寂しく感じる。
一応外にもまだ人はいるが、そのほとんどは家の隙間を縫うようにある道に座り込み、一向に顔を上げようとしない。ぼろきれのような服を着て、頬がこけているように見えるんだが、もしかして物乞いってやつだろうか?
少し怖い。日本とは違う、異文化に触れた感じがして不安になる。……今にも財布すられたり、マフィアっぽいおっさんに外国語で捲し立てられるんじゃないか……?
(……きょー君?)
「っ」
っと、いかんいかん。理花に気づかわし気に話かけられてしまった。
こんな天ボケ少女に心配されるなんざ豆腐メンタル決定だ。情けねえ。というか、ここの言語って日本語っぽいから外国で捲し立てられる訳ねえだろっつの。何で日本語なのかは謎だが。
「あー、何でもねえよ。それよりも理花、そろそろ出て来てもいいぞ?」
(え〜、もっときょー君の中に居たい〜)
「い・い・か・ら・出・ろ。何時までも心読まれていたら疲れるだろが」
「は〜い」
ひょっこりと理花が幽体離脱よろしく、俺の体から抜け出す。
ふう、これで一息つける。後は宿か。
「シレミナ、この辺だと宿屋はどこにあるんだ?」
「ないで? 宿何て」
――は?
「このサンサバルド東地区は農夫や乞食ばかりが住む貧困地区でなあ。人や物の流通も少ないさかい、宿屋もあらへんのよ」
「……はあ。要は、まだ歩くってことだろ? で、どこに行くんだ? 北か、南か」
「いやいや、勘違いせえへんでも、別に宿屋がなくても泊まれるとこはあるで」
そう言われ、とことこと歩いて行くシレミナについていく。ついて行くのはいいんだが、
「おい、シレミナ。なんか、吐き気を催す酷い臭いがしてくるんだが」
「ああ、気にせんといてや。それは肉の解体屋からしてくる臭いやから。まあ、ゴミ捨て場の臭いに比べたらまだましや。こんくらい慣れといてや」
無茶言うなよ。
そう思いつつ着いたそこは肉の解体屋、の隣の店。
「邪魔するで」
シレミナに続いて中に入ったそこは本屋だった。
貧困層が住む地区に本屋? 一体誰が買うんだ? 紙幣も流通してなさそうな文明レベルで、本はかなり値が張るはずだ。
ちょっとした好奇心で、棚の値札を覗いてみる。
『リステルリングの書(写本) 五六,九〇〇ヘルメス』
多分、この『ヘルメス』というのが通貨単位なんだろう。結局、高いのか安いのか分からなかったが。
「普通金貨一枚が五千ヘルメス、大銀貨一枚が五百ヘルメスやからこの本は大体普通金貨十枚と大銀貨十四枚で買えるな。ついでに平民の一食の平均的な費用は三十ヘルメス。銅貨三枚や」
いきなり背後からボソッと来た。
言うまでもなくシレミナである。っつか、それって所謂この世界における常識だよな。そこまで常識ないって思われてる、俺? まあ間違っちゃいないけどさ。
「ほれ、さっさと行くで、義兄上」
「お、おう」
何はともあれついて行く。本屋の主人――禿げ上がった頭に真っ白な髭、そしてアラブっぽい白い民族衣装着たじーさん――とはすでに話が付いていたみたいで直ぐに奥へと案内してくれた。
「どうぞ、シレミナ様。こちらのお部屋と、そのお隣のお部屋をお使い下さい」
「ああ」
シレミナが鍵を二つ受け取る。
に、してもなんかやけにじーさんのシレミナに対する態度がうやうやしいな。泊まるのに結構な額を払ったのだろうか?
まあいいか。何はともあれようやく宿だ。やっと一息つける。食事は、貧困層が住む地区ということで諦めるしかない。今までシレミナが出してくれた干し肉ぐらいしか食べてないが、ないものねだりしても仕方ない。
明日は朝食をとることも含め、朝一でこことは丁度反対側の西地区へと向かおう。
俺は東の街道を進んでいた間、理花の異能の力を借りて計の居場所を探り、その場所の建物の特徴をシレミナと共有することによってそこが西地区のとある宿屋であることを掴んでいる。
そこが、ある条件を満たしたものしか泊まれないということも含めて。
『アクィレアン闘技大会?』
『そや。デミトリー砂漠の英雄の妻であるアクィレアンを称えるための政や。今、その宿に泊まるんやったらその大会の選手のみやな』
曰く、英雄の従者にして妻、賢者にして優れた魔法使いだったアクィレアン。
英雄とともに巨大湖の主を退け、街を襲う吸血霊の正体を看破し、鎮魂を行ったりとその偉業の数々は今でも伝わっているのだとか。
で、大会の具体的な内容としてはその巨大湖、アクィレアン湖に棲む巨大魚をどれだけ仕留めたかで勝敗が決まるらしい。初めはいくつかのブロックに分かれ、三十人毎で予選を行い、その次に一対一での本戦が何試合か行われるらしい。
全行程十日前後の大規模な催しだ。
何でそんなもんに計が参加してんのかは謎だが、大会のトップ4に入れば賞金が出るのだという。
予想の域を出ないが、大方それが目当てなんだろう。ファンタジー世界に来たから俺TUEEEでもしてなり上がりたいのかもしれない。多分、計のやつもチート体質を持っているだろうし。
「ま、明日行ってみりゃわかるだろ。さっさと計と合流して瑠璃嬢を迎えにいかねえとな」
『瑠璃嬢』は瑠璃条先生の渾名だ。
モデル体型のすげー美女のくせにいつまでも独身貴族やってるせいで付いた、皮肉の意味が強いものだ。本人の選り好みが激しいんだろう、多分。
それはともかく。
個人的には計よりそっちの方が心配だ。何せいる場所がジャングルだ。何時猛獣に襲われて不思議じゃない。
だが、まずは先に計に会いに行く必要がある。放っておいたらどこに行くかわかったもんじゃないからな。できることなら計も一緒に瑠璃嬢保護に協力してもらいたいが、万が一、事情で来れないことも視野に入れておかなくてはいけない。その場合はしばらくサンサバルドに滞在しているように言っておいて、はぐれることを防止しておく必要があるだろう。
海外旅行の基本は集団行動だからな。
「さ〜てと、じゃあさっさと寝るとしますかね」
「そやな。じゃ、わてとリカはこっちの部屋で寝るさかい、義姉上と義兄上はそっちの部屋で寝てな。あ、義姉上、サンドモンキーはわてらの部屋に置いといてくれるか。軽く冷凍させとくさかい」
「そうか、わかった」
――あ、そうだった。サハリと一緒に寝るのに、十分な睡眠がとれる訳がなかった。
15/09/27 10:35更新 / 罪白アキラ
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