連載小説
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第十一話 サンサバルドの手前にて
 サンサバルドに近づくにつれ、見えてきたのは下草だった。

 サンサバルドはデミトリー砂漠随一の巨大湖、アクィレアン湖から水を引き、それを街周辺の田園地帯に流して用水路としているらしい。
 こんなところにまで草が生えてきているのはそのせいだろう。

 俺はそんなものを見ながら、うきうきとした足取りで進んでいた。
 もちろん、今まで歩いてきた疲労が一周して逆にテンションがハイになってしまったとか、そんな理由じゃない。

 ただ単に景観が変わって来て浮かれているだけだ。

 砂漠を照らす太陽光や喉の渇きは俺にとって問題にならない。前者は俺の物理無効なチート体質によって、後者はシレミナの水魔法によって解決済みだからだ。しかし、短調な景色まではどうしようもない。最初の方こそ『気分は西遊記!』だったんだが流石に飽きた。

 そこに来ての初植物である。いくら雑草とは言え、心躍るというものだ。
 しかも、さらに先に行けば今さっき聞いた田園風景まで見えて来るという。
 砂の海にぽつん、と現れる小麦畑(仮)。土壌とか水路とか色々と気になる。小学生時代のピクニックや初めて行った友達の家なんかを思い出すなあ。
 ――初めて行った友達の家……うっ、頭が。

 俺の浮ついた気分を目敏く感じ取ったのか、シレミナがいつものアレを披露する。

「何はともあれ、もう直に東街道が見えて来るはずや。サンサバルドに着いたら色んなもんが見れるで。デミトリー砂漠有数の図書館『サンサバルド大図書館』を始め、『アクィレアン大聖堂』、『水門大闘技場』、『サンサバルド大展望台』。それにこの街でしか食べられない珍しい魚介類なんかも……」

 出ました、シレミナwiki。この世界についてぽんぽんと解説してくれるのはいいが一気に言うので最初の説明は話半分で聞いた方がいいと評判のシレミナwiki(俺調べ、俺まとめ)。

 閑話休題。
 しばらく進むと、今までの下草よりもやや背の高い草が遠くの方で密集しているのが見えた。恐らく、あれが畑で、その真ん中を真っ直ぐ走っている線が東街道なのだろう。
 大体道幅は十メートル弱ほど。その入口の脇のところには、何やら掘っ立て小屋のようなものが。あれは何なのだろうか? 農家さんちか、もしくは納屋かな?

「シレミナ、あれってなんだ?」
「あれは小麦畑やね」

 小麦? 砂漠で育つの?
 って、そっちじゃない。

「いや、あっちの掘っ立て小屋の方だよ。やっぱり農家さんちか?」
「ああ、あっちは駐屯小屋やね。街道の入口だけやのうて田園地帯の外周に一定間隔で建ってて、そん中で兵士が変なもんが畑に入らんように見張ってんねや」

 なるほど、要するに交番か。

「ふーん。じゃあ、あそこで交通税とかを払ったり、街に入る理由を聞かれたりするのか?」
「うん? それは門番の仕事やで? あそこの兵士たちの仕事はあくまで外敵の排除や農夫たちの避難誘導や」

 外敵とは主に遊牧民や凶暴な巨大生物のことらしい。大体駐屯小屋にいるのは五〜八人ほど。彼ら彼女らは別にエリートという訳でもないが常に危険な場所に身を置いているおかげで屈強な肉体を誇り、グレースパイダー(ホワイトスパイダーの原種。全長五メートルほど)程度なら五人パーティーで倒してしまうという。さらに街の中でふんぞり返っている貴族騎士と比べて親しみ易い連中が多い、とのこと。

 うん。絵に描いたようないい人たちだな。
 なんて健全なポリスメンなんだ。

「でもまあ、一応リカは義兄上の中に隠れといてくれるか。万が一めんどいやつがおらんとも限らんからなあ」
「ラジャ〜であります隊長!」

 シレミナはいつの間に隊長になったんだ。というか何の隊長になったんだ。
 ――まあ、いいか。

 すっ、と理花が俺の中に――なんかこの言い方嫌だな――俺の体に隠れる。
 霊体を活かしたパーフェクトな密入国方法だ。ミッション・イ●ポッシブルに出演できる。

 健全なポリスメンを騙すようで悪いが、シレミナ曰く『どこでもやっとること』らしい。
 実体がない故に頭数に入れにくい上、そのほとんどが物理的干渉を受けないので捕縛しにくい。魔法攻撃によって吹き飛ばすことは可能だが、密入国程度ではそこまでできない。

 よって、ゴーストやその他の実体を持たない魔物の密入国というのは半ば黙認されていることらしい。
 スパイ入り放題だな。実際、魔物に厳しい国では見つかり次第、吹き飛ばしているそうだし。

 そのまま、交番――もとい、駐屯小屋の横を通り過ぎる。
 見えた範囲にいたのは三人だ。テーブルを囲ってカードゲームを興じているのが二人、真面目に外の俺たちを見ているのが一人だ。
 カードゲームやっている二人はどちらとも俺よりやや年上に見えるぐらいの男女だ。死角になって見えないが、もう一人遊んでいるやつがいるっぽい。
 こちらを見ている、というかぼんやりと眺めているといった雰囲気の兵士は三十過ぎぐらいの筋肉ダルマだ。髪の毛がそのまま顎の方に行ってしまったかのように禿げていて、アゴヒゲが長い。……あの頭で砂漠の日差しは大丈夫なんだろうか?

 ふと、こちらを見たアゴヒゲのおっさんがにこやかに手を振ってきた。
 どうしたんだ、いきなり? と思ったら俺の左手が勝手に手を振っていた。
 ……おい。

(理花、お前だろこんなことしてんの。勝手に俺の左手操るんじゃない。手を振らせるな、お上りさんか)
(えへへ〜。何だか悪いことしてるみたいでどきどきしちゃうね、きょー君♪)
(お前は人の話を聞け。五秒でいいから)

 ったく、こーいうのをギャルゲーではイベントとかフラグ建てとかって言うんだろうが、せめてサハリとやりたい。
 こいつとはこういったイベントはたくさんあったが、サハリとはまだ肉体関係ぐらいしかないのだ。早く爛れた関係から脱却して、もうちょっと普通のカップルっぽくなりたい。

(ふーん。やっぱりきょー君、サハリちゃんのこと好きなんだ。ふーん)

 軽くいじけ虫モードに入った理花の声が聞こえてきた。

(お前、人の心読むなよ)
(聞こえて来るだけだもん。難聴のおじいちゃんでも補聴器なしで聞こえるよ、これ)
(はん。そりゃあ悪かったな。人の惚れ気なんて聞いても楽しくねえだろ)
(ううん、どっちかって言うと楽しいかな。きょー君のね、サハリちゃんのことが好きだっていう気持ちが流れ込んで来て、心が温かくなってくる)

 ぐあ、こいつ、理花のくせにカウンターパンチ放って来るとは。

「どうした、キョウスケ? いきなり胸を押さえだして」
「ぶばっ、っつ、な、何でもねえのでございますのことよっ!!」
「……その言動のどこに安心する要素がある?」

 いきなりサハリに顔を覗き込まれて心臓が飛び出るかと思った。だらだらと背中からは変な汗も流れている。
 くそう、理花のやつめ。

 落ち着け。
 ――狼狽えるんじゃあない。氷室狂介は狼狽えない。

 これはあれだ。恋心とか、そんなファンシーでキュートでロマンチックなもんじゃないんだ。
 これは、そうだ、情欲なんだ。汚い感情なんだ。くそう、俺を弄びやがって。去れ、マラーよ。

「本当に大丈夫か? 熱でもあるんじゃないか?」

 ピト。
 サハリが心配そうな面持ちで、俺の額に触れる。

 いやああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?
 止めて、優しくしないで! 心拍数上がっちゃうから、顔真っ赤になっちゃうから!! 
理花に内心がバレる!

 よーし、ステイステイ、俺ステイ。
 何言ってんだ俺は。理花にバレて困るような内心なんてあるわけないじゃないかそうだこんな短期間で恋心なんて乙女チックなものが芽生えるわけがないし芽生えさせるためにサンサバルドに行くんであってそんなものがある訳がないこれはただの情欲なんだよ胸のでかい女の子に対してなら健康男子ならだれでも抱いてしまうものなんだ間違いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!

「い、いや、さっき理花がやったことで体がびっくりしただけみたいだ。だから大丈夫だ」
「そうか? ならいいが……」

 まだ心配そうな顔だったが、何とかふいっ、と正面を向いてくれた。
 ふう、これで何とか一息つける……。

(きょー君、好きな女の子に心配かけたら『めっ!』なんだよ?)
(よーし、てめえそっから出て来たら覚えてろよ。ごめんなさいじゃ済ませねえからな)

 何とか全表情筋の力を抜いて処刑宣告する。
 計を探す前に地獄のこちょこちょレースだ。スマホから処刑BGM流してやるよ。

(きょー君)
(今度は何だよ)

(何か、来る)


◇ ◇ ◇


 疑問より先に爆発が起こった。
 閃光と爆音に一気に意識が白く染まるが、一瞬で回復する。

 思わず泣きそうになった。

「……何でこんなにトラブルにばっか遭うんだ。俺はラノベ主人公じゃないんだぞおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 絶叫した直後、サハリに襟首を掴まれた。
 ぐえ。

「逃げるぞキョウスケ!」

 そうだ。一々戦う必要なんてなかった。ゲームのボス戦みたいな強制バトルじゃないんだ。経験値もゴールドも獲れないのにわざわざ戦ってやる義理なんてない。
 あばよ、とっつあ〜ん!

 ……と、思ったらそこまで甘くなかった。

「と、止まれサハリ! 下だ!」
「!」

 唐突に、脳内にイメージが見えた。
 最初に見えたのは現在地を上から見たような俯瞰図。
 次に見えたのはその下を突き進んで俺たちの前へ飛び出ようとする何かだった。

(これは理花のCT航空写真? いや、正確にはCT航空動画か)

 直後、目の前に色素が抜け落ちたかのようなアノマロカリスに似た生物が三体飛び出てきた。
どういう原理なのか空中に浮いている。これじゃあスカイフィッシュだ。
 というか、結局強制バトルなんだな。

「ちっ。通せんぼかいな。義兄上っ!」
「分かってるよっと」

 ざり、とシレミナの前に立つ。
 タンカーたる俺は中衛としてこの位置だ。
そして、サハリは前衛、アタッカー(遊撃手)だ。

「はあああっ!」

 サハリが青銅のナイフを片手にアノマロカリス二体に殴りかかる。
 やっぱりそのまま切りかかろうとすると折れるよな、あれ。

 その光景に、攻撃に当たってないアノマロカリスもサハリへと向かおうとするが、

「『エアバレット』」
「キシャアーーーーーーーーーーーーッ!!」

 その一体はシレミナの魔法によって釣られ、こちらへとやって来る。
 飛んで火にいる夏の虫だな。

「義兄上っ!」

 了解。
 俺はその意思を示すため、右拳を放った。

 そのストレートはアノマロカリスの口吻へと吸い込まれ、反対側から突き抜けた。
 俺の右腕は肘まで埋まり、粘着質な体液でべったりと汚れるが、驚いたことにこの巨大昆虫、まだ死んでいない。

「キチーーーーーッ! キチーーーーーッ!」
「鬼畜で結構」

 百%空耳だが、適当に答えて止めを刺す。
 具体的にはアノマロカリスの体内にあった白くて細長いものを引き抜くかたちで。多分、神経か何かだろう。引き抜いたら動かなくなったし。
 ふと、後ろを振り向くとシレミナが片手を前に突き出した状態で止まっていた。

 ――別にあれを倒してしまっても構わんのだろう?

「シレミナ、次」
「あ、ああ」

 また同じようにシレミナの魔法によって釣り、俺が始末する。
 イージーオペレーションだ。

 残りは一体。
 不意打ちを気にしなくてもよくなったサハリが、流れるような動きで攻勢へと移る。
 見ているこっちがひやりとするような一撃を、間一髪の僅差で避け、カウンターを叩きこむ。初めのような拳ではなく、アノマロカリスの節を狙ったナイフによる斬撃だ。それを何回も何回も寸分の狂いもなく命中させ、アノマロカリスはみるみる内に満身創痍になっていった。完全にパターン入っている。
 サハリは、もしかしたらあのアノマロカリスみたいのと戦うのは初めてではないのかもしれない。

 そのまま、武芸のようなサハリのナイフ捌きを眺めていると、虫の息だったアノマロカリスが急に体を丸めて動かなくなってしまった。
 降参か?

 そう思った瞬間、丸まった甲殻に皹が入り、そこから光が漏れだした。

「シレミナ!」

 叫んだのはサハリだ。

「『ストーンキャンプ』『ストーンキャンプ』『ストーンキャンプ』」

 すぐさまシレミナがストーンキャンプをセレクトキャストし、三重の土壁が丸くなったアノマロカリスを覆った。

 その直後、爆発したのだろう。土壁が震え、鼓膜を揺らすような重低音が耳朶を打った。
 ……なるほど、最初の爆発はこれか。
 三匹目を倒し終えたのを見届けた俺は、理花の異能を借りて周りをサーチする。

 地上、空中、地中――ともに異常なし。
 俺たちが倒した三匹を含め、兵士たちに倒された二匹、最初に自爆した一匹を合わせて計六匹いたようだ
 と、そこまで確認したところでアゴヒゲのおっさんが向こうから駆けてきた。

「おーい、あんたら大丈夫だったかあ?」

 来たのは一人だけだ。その他四人の兵士たちは小屋の外で戦闘の事後処理――簡単に言えば後片付け――をしている。あの小屋の中には計五人の兵士が詰めていたようだ。
 兵士たちの相手したアノマロカリスは二匹とも爆散したみたいだからな。後片付けはさぞ大変だろう。

「あ、どもっす。俺らは見ての通り大丈夫ですよ。兵士さんたちの方は大丈夫でした?」
「ははっ、我らは力ばかり有り余っとるからな。あの程度の羽虫なんぞ一捻りよ!」

 思わず感動してしまうような腕の筋肉を見せつけながらそう言い放つおっさん。
 ひゅーっ! かっけえ。ワイルドなおっさんだ。
 おっと、ついでに一つだけ聞いておこう。

「そうだ、この仕留めた虫は持って行っていいんですかね?」
「ああ、当然だとも。しかし二匹も死体を残して倒すとは、流石は魔物。素晴らしい手際だ」

 アゴヒゲのおっさんによると、この白いアノマロカリスみたいのは『サンドモンキー』という生物らしい。時たまこんなふうに襲撃しては爆発して『卵をまき散らす』らしい。そしてそのまま放っておくと卵が孵化して農夫や街道を通る商人たちを襲ってしまうらしい。

「ま、拾えるだけ拾うんだが、何分遠くに飛ぶ上こんな田園地帯だからな。泥の中に入ってしまったらお手上げだ。後は農夫の人たちが丹念に探すしかない」

 ほら、それのことだ、と指さされたのは俺の足元。黒くて細長い、丁度人差し指ほどの大きさの物体が転がっていた。
 ふーん。まあ、ゴミ拾いまでは彼らの仕事じゃないってことか。そんなことを考えながら、何となしに足元に落ちていたそれを拾った。
 あ、そうだ。

(理花、これだけ限定して探せるか?)
(うん? う〜ん、ん? できるっぽい)

 流石はファンタジー。中々便利な能力だ。

(じゃあ、一番遠くに行った卵をいくつか教えてくれ)

 全部取っていたら流石に時間が掛かり過ぎる。
 お節介かもしれないが、まあ能力のテストということにしておこう。

 畑に入る際、やっぱり理由を聞かれた。適当の誤魔化そうと、「魔法的な力で、飛んで行った卵がいくつか見えた」と言ったら訝しそうな顔をされたのだが、泥の中から卵を拾い上げたら納得してもらえた。
 あと、何故だか全部は拾わないで上げて欲しいとも言われた。

「サンドモンキーの卵は農家の子どもたちのお小遣いだからな」

 街に掌一杯ほどの量を売りに行けば三日間は食事の皿が一品増えるんだとか。何でも薬の原料になるそうだ。
 やはり、遠くの方だけ拾っておくのが正解だな。

 数十分後。
数粒ほどの卵のみを回収し、俺たちはその場を後にした。サハリから、「そんだけぽっち拾わなくともここにいっぱいあるぞ?」と大量のサンドモンキーの卵を見せられたが、適当にスル―しておいた。

(そういう意味じゃあ、ないんだが……)

 隣でもぐもぐと細長い卵を咀嚼するサハリを眺めつつ、俺は密かにため息を吐いた。
15/09/17 14:52更新 / 罪白アキラ
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■作者メッセージ
 皆様、お久しぶりです。アキラです。
 前の回が軽くラヴコメ回っぽかったんで今話は戦闘シーン入れたいな、と思ってしまったらいつの間にやら六千字オーバーしてしまいました。さらにそれだけにとどまらず、更新も遅れてしまい、申し訳ない。
 次回はもう少し早くうpしたいと思いますので、−−え、ストック? はい、ないです。早くうpしたいとか根拠のないこと言いました。ちょっと背伸びしてしまいました。すみません。
 でも次回も一週間以内にはうpしたいと思っております。(←フラグ)

 では次は第十三話にてお会いましょう。

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