第十話 真昼の幽霊
ゆらゆらと砂漠を這う蜃気楼の中、立ち止って遠くを眺める。
その視線の先にあるのは熱い砂漠の空気を震わせる震源地、巨大な砂の柱だ。
「マジで爆発した……」
「やから言うたやろ。信じてなかったんか?」
「いや、そういうわけじゃないけどさ」
現在、俺とサハリ、シレミナは何とかダンジョンを脱出し、再びサンサバルドへと向かっていた。
高所から落っこちたり、旧魔とかいう化け物に襲われたり、左手に刃物ぶっ刺さったりとえらいめにあったが、怪我はファンタジー的あれで全快なので歩く分には問題ない。疲労がないわけじゃないが、こんなところで休むよりもすぐそこ(と言っても徒歩四時間)の街、サンサバルドまで行ってから休んだ方が安全だという話になっていた。
今のところ野宿は一回しかしてないし、夜番も魔法の練習のせいで気が付かなかったが、夜の見張りでは誰かが起きてないといけないのだ。
砂漠には危険な巨大生物やら遊牧民という名の盗賊まで出るらしいし。まあ、一番危険な生物というと他ならぬ魔物らしいのだが、油断は禁物ということだろう。
しかし、えらい寄り道だったが、ダンジョンで知り合いを保護できたのは不幸中の幸いだった。
「とりあえず、ここまで来ればもう大丈夫だろ。理花、怪我とかはねえか?」
「ほえ?」
「ほえ? じゃねえだろっつの」
くしゃり、とついつい頭を乱暴に撫でてしまう。昔からの癖だ。こいつとのコミュニケーションはまず、こいつの頭を覚まさせてやることから始まる。頼み事をするときはきちんと復唱してもらう。
夜沼理花。俺の親友である夜沼計太の双子の姉で、幼馴染み。
人とのコミュニケーションにおいて、言葉だけではなく、ボディラングィッジも時には大事だということを教えてくれる素晴らしい友人だ。もちろん、エロい方ではない。
当然、日本にいるはずであり、ここにいるのは意味不明なのだがそれ以前にもっとおかしなことがある。
何故か幽霊になっていたのだ。全体的に薄紫色で足がない。
シレミナ曰く、どっからどう見ても『ゴースト』という実体をもたない魔物になっている、とのこと。
全く、何がどうなっているのやら……。
「なあ、理花。お前……」
「見て見てきょー君〜」
言うが早いか、理花が何かを捕まえたらしく、その両の手を胸まで持ち上げて見せびらかして来る。
「いや、だから聞けって。っつかお前また変なもん……」
思わずそれを見て固まる。
花開くような、天真爛漫な笑顔を浮かべていた彼女が持っていたものは、
――ギッチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチ。
全長六十センチはあろうかという中々大きな白いクモさんだった。当然お空に浮かぶあれではなく節足動物のあれだ。
「だあーっ! もう、お前はいっつもいっつも! ぺーっしてきなさい、今すぐ! ぺーっ!」
……こいつはいつもこれだ。初めて計の家で会った時も同じように「見て見て〜」と虫篭に入ったGを見せびらかして来るようなやつだ。
全く、このド天然虫好き少女が。お前はファーブルさんか。
しかもまだ「え〜? 何で? 何で『ジャン=ポール・ガゼー』飼ったらだめなの〜?」などと意味不明な供述をしている。
「お前は何をこんな子猫サイズの何かを主食にしているような巨グモにミドルネームつけてんだ……」
「大丈夫だよ、噛まないもん」
……そうか、さっきからそれがキシャーキシャー鳴きながらお前の体に牙を突き立てているように見えるんだが、それは噛んでないっていうんだな。霊体だから噛めない、の間違いじゃないんだな。
さて、韜晦するのもこの辺にしておいて本格的にどうしよう? このままだとパーティメンバーに毒グモが追加されてしまう。かと言ってここで無理矢理に奪い取ると子供っぽいこいつは絶対にいじける。
ここは大胆かつ繊細にことを進めなくてはならない。
ネゴシエーター狂介、行きます。
「へえ、『ホワイトスパイダー』やん。ここまで大きいのは珍しいなあ」
「ああっ!?」
俺との口論の間隙を突かれ、横からひょいっ、と巨グモを掠め盗られた理花が小さく悲鳴を上げた。
ネゴシエーター狂介(笑)の出番はなかったようだ。
いいか。済んだことだ。
後は巨グモをその辺にぽーんと捨ててくれば何の問題もない。
――ザス。
あ。
「ホワイトスパイダーは北方砂漠でもこのデミトリー砂漠だけに棲んどる珍しいクモでなあ、特産品なんよ。血抜きして乾燥、粉末状にしたら霊視薬の原材料に――」
シレミナがいつもの如く異世界うんちくを語ってくるが心の底からどうでもいい。
何故ならシレミナが巨グモを青銅ナイフで真っ二つにしてしまったからだ。
……なんてことを。
「シレミナ、お前そんなことしたら、」
「きょー君」
ぎくり、と思わず肩が震えてしまった、その冥府の彼方から響き渡って来るかのような声音に。
恐る恐る後ろ振り返って見ると、予想通りの光景が広がっていた。
「死にました。もう私は死にました生ける気力を全てロストしました命とか魂とか精神とか意思とかいう諸々を失って全体的に死亡しました。もう一歩も動けません。アンダースタン?」
「面っ倒臭いのも相変わらずかよっ!」
こいつは基本子供っぽい。唐突に訳のわからないことをしたり、無邪気で底抜けに明るいかと思えば嫌なことがあるとすぐに行動不能に陥ったり。
そして、一度拗ねてしまうと梃子でも動かない。『死んだから動きません』の一点張りだ。前に『このまま動かないんだったらお前のファーストキス奪っちまうぞ』と言ってもぴくりともしなかったほどだ。
ちなみにその時に計が入って来て、『そうか、お前がそれを引き取ってくれるのか』とか言って、朗らかな顔を浮かべていたのはいつだったか。
こいつ、顔もスタイルも悪くないのになあ。胸だってサハリよりもでかいし。これが世に言う残念女子か。
兎にも角にも、こうなってしまったら口も聞かない、動かない。
担いで行くしかない。
(あーあ、『何でここにいるのか?』とか、『そのファンタジーな体どうした?』とか聞くつもりだったのに、これじゃ無理だな……)
「おいこら、理花。こっから後四時間も歩くんだぞ? わかってんのか?」
「…………」
「死人モードうぜえ……」
黙りへと移行した文字通りのお荷物にムカッ腹が立つが、ここに置いておくわけにもいかない。
どうしたもんだか、というかどうしようもないんだが、と俺の脳細胞ズが嫌過ぎる結論を導き出していると、
「キョウスケ、何だその女は?」
「うわっぷ」
今度はサハリが絡んできた。
なにこれ、ラブコメ回なの?
「べらべらべらべらと楽しそうに……。お前は私の男だろう? その女はあれか、お前の女なのか?」
俺が理花を担いだところで『ああん?』もたれかかってきた。
前回、サハリがMっ気付いたと言ったな。
――あれは嘘だ。
こんなヤンキー崩れみたいな娘がMっ気付く訳がなかった。恐らく、前のあれは釣りだったのだ。クマーっ!? されたのだ。俺は被害者なんだ。
「違えよ、ただの女友達だよ。俺の友人の姉――」
「なんやて? セフレ? 生き別れたセフレがおってん?」
いきなり似非大阪弁耳年増魔女っ娘幼女が会話に参入してきた。そういえば、まだ互いの自己紹介もまだだったな。
っつか、女友達=セフレの認識しているシレミナの脳内はどうなってんだ。
一先ずボケだと思って一発どついておく。
「あだっ!?」
「話の腰を折ってくんな。こいつは夜沼理花。俺の幼馴染みだ。彼女じゃないし、当然肉体関係もない。わかった?」
「そうか、わかった」
サハリがきりっとしたイケメン顔で答える。
サハリは物わかりが良くて助かるが、シレミナは何か言いたげな表情を浮かべたので俺は無言で手刀を掲げた。
「ワカリマシター」
シレミナが肩を竦めて棒読みで答える。
うむ。素直でよろしい。
「だが、そのリカとか言うそこのゴーストはキョウスケを好いて出て来たのではないのか? 死んだ人間が全てアンデッドになる訳でもないだろう?」
サハリの質問に『そうなの?』とついついシレミナに確認を取ろうとしてしまったが、それは後でいいだろう。
「いや、理花は多分死んでこうなったんじゃないと思う」
「うん? どういうことだ?」
根拠は薄いが、この世界で最初に聞いた声の主が『死んだら帰れる』と言っていたし、俺がいつの間にか持っていた『ほぼ全ての物理攻撃を弾く体質』みたいに理花のやつがその類の『不思議体質』を持っていて、その副作用で霊体になったというなら、少々強引だが納得がいく。
……テンプレ転生ものの『大型トラックにはねられて』の類でないことを祈りたい。
「俺もよくわかんねえけど。まあ、本人に聞いた方が早いだろっと。――ほれ、理花」
「……」
こいつの死人モードは筋金入りだ。一度入ったらこいつの気が済むまで延々と待たないといけない。しかし、同時に抜け穴もある。
非常に面倒で不本意だが、今回は仕方ない。
「あー、これは独り言だけどちょっと今、耳が遠いなあ。今、理花が何言っても俺は何も聞こえないだろうなあ」
理花が今飼っているいじけ虫の対象は俺なので、『俺が理花と話している』という事実さえなければいい。つまりは俺と理花が独り言形式で話を進めればいいということだ。他の二人は多分対象外だし。
……こいつ絶対結婚できねえわ。面倒臭え。
「独り言だけど、気が付いたらいつの間にかこんな姿になってた。それよりも前は学校から帰って来てすぐに寝ただけ。そしたらしばらくして変な声が聞こえて来て……」
不貞腐れながらもぶつぶつと話し始めた理花の話をまとめると、大体が俺と似たようなもんらしい。
『夢の世界へようこそ。ここでは好きなことしてればいいよ。死ねばそのまま元の世界へ帰れるよ』といった感じか。理花の方にも何か異能が使える、使えないと言った話はなかったらしい。ここの世界の神様が適当に説明を端折ったのか、そもそもその声の主が与えてくれた能力と言う訳でもないのかは謎だ。
なので、俺と同じくその身で試してみるしかない。
幸いなことに、理花の場合はわざわざクレイモアで叩いたりしなくても自分で何ができるのか、ある程度解るらしい。
「うーん、言ってみるとあれかな? 航空写真にCTスキャン機能付けた感じかな?」
分かり易く実演してくれた。
具体的には『ここ掘れわんわん♪』の言う通りに穴を掘っただけだ。中からまた巨グモが出て来てまたびびったが。
とりあえず脳天チョップしといた。
「ほえええ? いたいよ〜、きょー君なんで〜?」
「言わんとわからんのかお前は」
当然クモはキャッチ・アンド・リリースだ。
理花は兎も角、シレミナまで残念そうにしている。巨グモハンターシレミナには悪いが、そろそろ腹のいじけ虫が収まってきている理花を刺激する訳にはいかない。
「しかし、話の通りだとしたら随分と便利な能力だな。建物の中含めて死角全部潰せるだろ。範囲はどのくらいだ?」
「えっとね〜、私と私の知ってる人を中心に――」
――半径50メートル程だそうだ。何でこんな言い方になるのかはお察し下さい。こいつの言う数字はアバウト過ぎるんだよ……。
わざわざダッシュしてこの辺まで見えるのかー? ってやたらと規模のでかい視力検査するはめになったわ。
「あと理花、さっき私と『私の知ってる人』中心に、って言ったよな? どういうことだ?」
「その通りの意味だよ〜? 何でかわかんないけど、きょー君も計太君も瑠璃条先生もどこにいるのかはっきりわかるもん」
……おい、まさか
「まさかその二人も来てるのか、こっちに?」
「うん、瑠璃条先生は、なんか大きい河上ったとこのジャングルにいるみたい。計太君はこの先の街にいるみたいだね〜」
……予定変更。
サンサバルドに到着し次第、荷物まとめて二人の保護に向かう。
その視線の先にあるのは熱い砂漠の空気を震わせる震源地、巨大な砂の柱だ。
「マジで爆発した……」
「やから言うたやろ。信じてなかったんか?」
「いや、そういうわけじゃないけどさ」
現在、俺とサハリ、シレミナは何とかダンジョンを脱出し、再びサンサバルドへと向かっていた。
高所から落っこちたり、旧魔とかいう化け物に襲われたり、左手に刃物ぶっ刺さったりとえらいめにあったが、怪我はファンタジー的あれで全快なので歩く分には問題ない。疲労がないわけじゃないが、こんなところで休むよりもすぐそこ(と言っても徒歩四時間)の街、サンサバルドまで行ってから休んだ方が安全だという話になっていた。
今のところ野宿は一回しかしてないし、夜番も魔法の練習のせいで気が付かなかったが、夜の見張りでは誰かが起きてないといけないのだ。
砂漠には危険な巨大生物やら遊牧民という名の盗賊まで出るらしいし。まあ、一番危険な生物というと他ならぬ魔物らしいのだが、油断は禁物ということだろう。
しかし、えらい寄り道だったが、ダンジョンで知り合いを保護できたのは不幸中の幸いだった。
「とりあえず、ここまで来ればもう大丈夫だろ。理花、怪我とかはねえか?」
「ほえ?」
「ほえ? じゃねえだろっつの」
くしゃり、とついつい頭を乱暴に撫でてしまう。昔からの癖だ。こいつとのコミュニケーションはまず、こいつの頭を覚まさせてやることから始まる。頼み事をするときはきちんと復唱してもらう。
夜沼理花。俺の親友である夜沼計太の双子の姉で、幼馴染み。
人とのコミュニケーションにおいて、言葉だけではなく、ボディラングィッジも時には大事だということを教えてくれる素晴らしい友人だ。もちろん、エロい方ではない。
当然、日本にいるはずであり、ここにいるのは意味不明なのだがそれ以前にもっとおかしなことがある。
何故か幽霊になっていたのだ。全体的に薄紫色で足がない。
シレミナ曰く、どっからどう見ても『ゴースト』という実体をもたない魔物になっている、とのこと。
全く、何がどうなっているのやら……。
「なあ、理花。お前……」
「見て見てきょー君〜」
言うが早いか、理花が何かを捕まえたらしく、その両の手を胸まで持ち上げて見せびらかして来る。
「いや、だから聞けって。っつかお前また変なもん……」
思わずそれを見て固まる。
花開くような、天真爛漫な笑顔を浮かべていた彼女が持っていたものは、
――ギッチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチ。
全長六十センチはあろうかという中々大きな白いクモさんだった。当然お空に浮かぶあれではなく節足動物のあれだ。
「だあーっ! もう、お前はいっつもいっつも! ぺーっしてきなさい、今すぐ! ぺーっ!」
……こいつはいつもこれだ。初めて計の家で会った時も同じように「見て見て〜」と虫篭に入ったGを見せびらかして来るようなやつだ。
全く、このド天然虫好き少女が。お前はファーブルさんか。
しかもまだ「え〜? 何で? 何で『ジャン=ポール・ガゼー』飼ったらだめなの〜?」などと意味不明な供述をしている。
「お前は何をこんな子猫サイズの何かを主食にしているような巨グモにミドルネームつけてんだ……」
「大丈夫だよ、噛まないもん」
……そうか、さっきからそれがキシャーキシャー鳴きながらお前の体に牙を突き立てているように見えるんだが、それは噛んでないっていうんだな。霊体だから噛めない、の間違いじゃないんだな。
さて、韜晦するのもこの辺にしておいて本格的にどうしよう? このままだとパーティメンバーに毒グモが追加されてしまう。かと言ってここで無理矢理に奪い取ると子供っぽいこいつは絶対にいじける。
ここは大胆かつ繊細にことを進めなくてはならない。
ネゴシエーター狂介、行きます。
「へえ、『ホワイトスパイダー』やん。ここまで大きいのは珍しいなあ」
「ああっ!?」
俺との口論の間隙を突かれ、横からひょいっ、と巨グモを掠め盗られた理花が小さく悲鳴を上げた。
ネゴシエーター狂介(笑)の出番はなかったようだ。
いいか。済んだことだ。
後は巨グモをその辺にぽーんと捨ててくれば何の問題もない。
――ザス。
あ。
「ホワイトスパイダーは北方砂漠でもこのデミトリー砂漠だけに棲んどる珍しいクモでなあ、特産品なんよ。血抜きして乾燥、粉末状にしたら霊視薬の原材料に――」
シレミナがいつもの如く異世界うんちくを語ってくるが心の底からどうでもいい。
何故ならシレミナが巨グモを青銅ナイフで真っ二つにしてしまったからだ。
……なんてことを。
「シレミナ、お前そんなことしたら、」
「きょー君」
ぎくり、と思わず肩が震えてしまった、その冥府の彼方から響き渡って来るかのような声音に。
恐る恐る後ろ振り返って見ると、予想通りの光景が広がっていた。
「死にました。もう私は死にました生ける気力を全てロストしました命とか魂とか精神とか意思とかいう諸々を失って全体的に死亡しました。もう一歩も動けません。アンダースタン?」
「面っ倒臭いのも相変わらずかよっ!」
こいつは基本子供っぽい。唐突に訳のわからないことをしたり、無邪気で底抜けに明るいかと思えば嫌なことがあるとすぐに行動不能に陥ったり。
そして、一度拗ねてしまうと梃子でも動かない。『死んだから動きません』の一点張りだ。前に『このまま動かないんだったらお前のファーストキス奪っちまうぞ』と言ってもぴくりともしなかったほどだ。
ちなみにその時に計が入って来て、『そうか、お前がそれを引き取ってくれるのか』とか言って、朗らかな顔を浮かべていたのはいつだったか。
こいつ、顔もスタイルも悪くないのになあ。胸だってサハリよりもでかいし。これが世に言う残念女子か。
兎にも角にも、こうなってしまったら口も聞かない、動かない。
担いで行くしかない。
(あーあ、『何でここにいるのか?』とか、『そのファンタジーな体どうした?』とか聞くつもりだったのに、これじゃ無理だな……)
「おいこら、理花。こっから後四時間も歩くんだぞ? わかってんのか?」
「…………」
「死人モードうぜえ……」
黙りへと移行した文字通りのお荷物にムカッ腹が立つが、ここに置いておくわけにもいかない。
どうしたもんだか、というかどうしようもないんだが、と俺の脳細胞ズが嫌過ぎる結論を導き出していると、
「キョウスケ、何だその女は?」
「うわっぷ」
今度はサハリが絡んできた。
なにこれ、ラブコメ回なの?
「べらべらべらべらと楽しそうに……。お前は私の男だろう? その女はあれか、お前の女なのか?」
俺が理花を担いだところで『ああん?』もたれかかってきた。
前回、サハリがMっ気付いたと言ったな。
――あれは嘘だ。
こんなヤンキー崩れみたいな娘がMっ気付く訳がなかった。恐らく、前のあれは釣りだったのだ。クマーっ!? されたのだ。俺は被害者なんだ。
「違えよ、ただの女友達だよ。俺の友人の姉――」
「なんやて? セフレ? 生き別れたセフレがおってん?」
いきなり似非大阪弁耳年増魔女っ娘幼女が会話に参入してきた。そういえば、まだ互いの自己紹介もまだだったな。
っつか、女友達=セフレの認識しているシレミナの脳内はどうなってんだ。
一先ずボケだと思って一発どついておく。
「あだっ!?」
「話の腰を折ってくんな。こいつは夜沼理花。俺の幼馴染みだ。彼女じゃないし、当然肉体関係もない。わかった?」
「そうか、わかった」
サハリがきりっとしたイケメン顔で答える。
サハリは物わかりが良くて助かるが、シレミナは何か言いたげな表情を浮かべたので俺は無言で手刀を掲げた。
「ワカリマシター」
シレミナが肩を竦めて棒読みで答える。
うむ。素直でよろしい。
「だが、そのリカとか言うそこのゴーストはキョウスケを好いて出て来たのではないのか? 死んだ人間が全てアンデッドになる訳でもないだろう?」
サハリの質問に『そうなの?』とついついシレミナに確認を取ろうとしてしまったが、それは後でいいだろう。
「いや、理花は多分死んでこうなったんじゃないと思う」
「うん? どういうことだ?」
根拠は薄いが、この世界で最初に聞いた声の主が『死んだら帰れる』と言っていたし、俺がいつの間にか持っていた『ほぼ全ての物理攻撃を弾く体質』みたいに理花のやつがその類の『不思議体質』を持っていて、その副作用で霊体になったというなら、少々強引だが納得がいく。
……テンプレ転生ものの『大型トラックにはねられて』の類でないことを祈りたい。
「俺もよくわかんねえけど。まあ、本人に聞いた方が早いだろっと。――ほれ、理花」
「……」
こいつの死人モードは筋金入りだ。一度入ったらこいつの気が済むまで延々と待たないといけない。しかし、同時に抜け穴もある。
非常に面倒で不本意だが、今回は仕方ない。
「あー、これは独り言だけどちょっと今、耳が遠いなあ。今、理花が何言っても俺は何も聞こえないだろうなあ」
理花が今飼っているいじけ虫の対象は俺なので、『俺が理花と話している』という事実さえなければいい。つまりは俺と理花が独り言形式で話を進めればいいということだ。他の二人は多分対象外だし。
……こいつ絶対結婚できねえわ。面倒臭え。
「独り言だけど、気が付いたらいつの間にかこんな姿になってた。それよりも前は学校から帰って来てすぐに寝ただけ。そしたらしばらくして変な声が聞こえて来て……」
不貞腐れながらもぶつぶつと話し始めた理花の話をまとめると、大体が俺と似たようなもんらしい。
『夢の世界へようこそ。ここでは好きなことしてればいいよ。死ねばそのまま元の世界へ帰れるよ』といった感じか。理花の方にも何か異能が使える、使えないと言った話はなかったらしい。ここの世界の神様が適当に説明を端折ったのか、そもそもその声の主が与えてくれた能力と言う訳でもないのかは謎だ。
なので、俺と同じくその身で試してみるしかない。
幸いなことに、理花の場合はわざわざクレイモアで叩いたりしなくても自分で何ができるのか、ある程度解るらしい。
「うーん、言ってみるとあれかな? 航空写真にCTスキャン機能付けた感じかな?」
分かり易く実演してくれた。
具体的には『ここ掘れわんわん♪』の言う通りに穴を掘っただけだ。中からまた巨グモが出て来てまたびびったが。
とりあえず脳天チョップしといた。
「ほえええ? いたいよ〜、きょー君なんで〜?」
「言わんとわからんのかお前は」
当然クモはキャッチ・アンド・リリースだ。
理花は兎も角、シレミナまで残念そうにしている。巨グモハンターシレミナには悪いが、そろそろ腹のいじけ虫が収まってきている理花を刺激する訳にはいかない。
「しかし、話の通りだとしたら随分と便利な能力だな。建物の中含めて死角全部潰せるだろ。範囲はどのくらいだ?」
「えっとね〜、私と私の知ってる人を中心に――」
――半径50メートル程だそうだ。何でこんな言い方になるのかはお察し下さい。こいつの言う数字はアバウト過ぎるんだよ……。
わざわざダッシュしてこの辺まで見えるのかー? ってやたらと規模のでかい視力検査するはめになったわ。
「あと理花、さっき私と『私の知ってる人』中心に、って言ったよな? どういうことだ?」
「その通りの意味だよ〜? 何でかわかんないけど、きょー君も計太君も瑠璃条先生もどこにいるのかはっきりわかるもん」
……おい、まさか
「まさかその二人も来てるのか、こっちに?」
「うん、瑠璃条先生は、なんか大きい河上ったとこのジャングルにいるみたい。計太君はこの先の街にいるみたいだね〜」
……予定変更。
サンサバルドに到着し次第、荷物まとめて二人の保護に向かう。
15/09/10 18:26更新 / 罪白アキラ
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