第八話 決着と絶望、そして襲い来る理不尽
「『ファイアショット』!」
覚えたての火属性魔法が雨合羽の少女へと飛んでいく。
俺が唯一使える魔法、そして遠距離からの攻撃手段だ。
火玉の大きさは野球ボール程。それは衝突とともに爆発し、音と閃光、衝撃波をまき散らす。理科の実験で行う水素爆発の何十倍もの規模だ。当たればただでは済まない。
あくまで当たれば、だが。
「ちっ」
彗星のように尾を引きながら飛んでいった火玉はしかし、少女が持つ軍刀に切り裂かれ、その背後で爆散した。
時速九十キロメートル程度の速度とはいえ、それを断ち切るとは中々の動体視力と反射神経だ。……って、関心している場合じゃない。
「『ファイアショット』『ファイアショット』『ファイアショット』」
一度で駄目なら何度でもだ。当たるまで撃ち続ける。
三発の火玉にさらに二発追加する。六発目を放とうとして、鈍い痛みがこめかみを突き抜けた。
MP切れか? いや、確かこれはオーバーフロー(出力限界)だ。一度で撃てる魔法の限界量。これ以上撃つには少しの間がいる。
俺はそのまま五発の火玉の行方を見守る。いくらなんでもこれだけの数を切り捨てるのは無理があるだろう。もし何か他に手があるなら明かしておきたい。というか相手の手札は全て明かしておきたい。どうせなら安全確実に対処し、パターン入りたい。
ぞふり、と少女が軍刀を地面へと突き刺す。
途端に上がる白煙と鼻に付く刺激臭。やはりあの軍刀も強酸の性質を持っているようだ。
(しかし、何をする気だ?)
床の石畳を溶かし掘ってやり過ごすか、はたまた軍刀を置いただけで別の武器を吐き出すつもりか?
そんな推測をする俺の前で、少女は思いっきり軍刀を振り切った――床に刃を突き刺したまま。
その刃に追従するように、溶けた石畳が津波となって全ての火玉とぶつかった。
爆発する火玉。飛び散るかと思われた灰色の津波はびくともせずに俺を飲み込もうと迫ってきた。当たると何故か爆発する火玉と同じで、魔法的力を持ったものなのだろう。基本的に魔法はマナを込めれば込めるほど、頑丈さが上がる。そして魔法同士がぶつかり合う時はその法則に沿ってより多くのマナが込められた魔法が競り勝つ――とシレミナが言っていた。
俺は右に飛び去って、津波をやり過ごしてファイアショットを放つ。狙いは少女の足元だ。石畳を砕くほどの威力はないが、目眩ましぐらいにはなる。その隙を突いてもう一発放つ。今度は見事に入り、少女の躯体がくの字に曲がる。
少女は苦し紛れに軍刀を振るうが、圧倒的に間合いの外だ。俺は少女が態勢を直す前に仕留めようと一歩踏みだした。
その直後、視界が揺れた。
原因は右手。いきなり俺の意思とは関係なくぐいっと動きだしたのだ。
「くっ!?」
今度は俺の態勢が崩れ、片膝をつく。そこに少女が躍りかかってきた。
「あは」
語尾に星マークでも付いてそうな声のトーンで得物を振り下ろしてきた。
俺は必死に床を転がりつつそれを回避する。白煙と異臭を放ちつつ、刃が床を貫通する。石畳がまるで豆腐のようだ。というか、溶かし切っているというには些か切れるのが早すぎる気がする。切れ味自体も恐ろしく高そうだ。
すぐに軍刀は引き抜かれ、少女の刃が鼻先を掠める。その切っ先の軌跡に合わせるようにまた、右手が動く。
(くそ、何がどうなってる?)
念力か何かなのかと右手を見るが、何もない――いや、あった。
黒く変色した肌が周りの肌を引っ張るように蠢いていた。
どうやら自分が溶かした無機物や炭化させた有機物を操ることができるようだ。
俺はとりあえず今の現状を打破しようと、炭化された皮膚が引っ張る方とは逆の方向へと思いっきり腕を引っ張った。
――ブチィッ!
「っでえええええええええええ!!?」
当然のように変色した皮膚が千切れ、血が舞った。炭化したところだけを取るつもりだったが、周りごと抉れてしまった。この体質、思った以上に毒に脆いな。ヴァンパイアかよ。
とりあえず、仕切り直しだ。
前を見ると、少女がまだぶんぶんと軍刀を振って、何故か首を傾げていた。もう炭化した部位はとったぞ。それとも炭化した血液を使って俺を内部からずたずたにしようとしているとか? まさかな。
もう向こうのタネがないか少々心配だが、さっさと片をつけてしまおう。
彼我の差は十メートル弱。それを五メートルまで詰める。着弾までの距離が短ければ短いほど、対応しにくくなるはずだ。その分こっちのリスクも増えるが、今度こそ片をつけよう。
少女が軍刀を突き、払う。どうしても払いは避けられないが、仕方がない。右腕で受け止める。
――ガッキィン!!
受けると同時に甲高い金属音が響き渡る。そして白煙と、神経を貫く激痛。
「が、ぐうおあ『ファイアショット』ォ!」
あまりの痛みに脳内が白く混濁してくるが、それを押し切って左掌から火玉を吐き出す。
華奢な少女の躯体が僅かに浮かぶ。その輻射熱と衝撃を肌に受けながら、連続で六発、出力限界による偏頭痛を無視して叩きこむ。さらに駄目出しでレバーブロウを見舞い、少女は木の葉のように後方へと飛んでいった。
地面は石の硬度だ。打ちどころが悪ければ最悪死ぬ。よくて内臓損傷で起き上がれなくなるだろう。……あれに内臓があるのかは謎だが。
「!」
ぐりん、と少女が体を捻り、軍刀を地面へと突き刺して速度を殺す。
「あびゃ、ごびゅぐるばはぶとうあばはへばあああああああアアアアアアアアアアア!!」
そのまま着地して奇声を上げつつ例の津波を繰り出してきた。切った範囲が広い分だけ大きい。最初の津波の十倍はありそうだ。
俺はこの時、痛みで少々自制心が飛んでいた。冷静ではなく、俺の目の前に立つ全ての不条理を粉砕できると思ってしまった。
故にあえて津波を避けず、何とか力の入る左拳を握りしめて灰色のカーテンへと突き出した。それが硫酸の塊かもしれないのに。
だからだろう。
――ドチュ。
「?」
その灰色のカーテンが文字通りただのブラインドで、そこを突き抜けて軍刀が飛び出してくるとは思いもしなかった。
「が、ごおあああああああああああああああああああああああああああああああっ!!?」
左拳から軍刀が生えていた。
そこへ、津波を砕いて少女が現れる。小さく、白魚のような手を手刀に構え、その陶器と見まがう指の全てを赤く染めようと突き出してきた。
「お」
右手は死んでいる。
「おおお」
左手もたった今死んだ。
「おおおおおお」
どうする?
対策は、何も思いつかない。
「おおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
――ドゴンッ!!
先に体が動いていた。
少女の体が吹っ飛び、二転三転してようやく中央の柱にぶつかって止まった。激痛で滲む視界でしばらく見ていたが、少女は最早、ピクリとも動かなかった。
それだけ確認すると仰向きに倒れて、喚いた。
「いってえーーーーっ! くそいってえーーーー! あー、畜生思い知ったか俺の石頭あああっ!!」
軍刀を確認してみると薬指と中指の中間辺りに突き刺さっていた。これは毒で体質が弱まったせいなのか……。一先ず、自分の服を噛みつつ、両足で軍刀を挟んで抜く。
「ぐうっ――!」
痛い痛い痛い。
でも、どちらかと言うと傷を負い過ぎて感覚というより知覚によって痛いような気がする。どっちにしろ、重症ということには違いないが。
……シレミナ、回復魔法とか使えないかなあ。
「って、そうだシレミナ! ――え?」
振り向いたら、そこにサハリがいた。
瞬間背筋が凍り、思わず身構える。シレミナはどうしたんだ? まさか……?
サハリが無表情に両手を俺へと伸ばす。俺はもう、動けない。
「ありがとうキョウスケ、助かった」
すっ、と優しく頬を撫でられ、同時に安堵の念が胸に広がる。
「――良かった。無事だったんだな、サハリ。シレミナは大丈夫なのか?」
「ああ、向こうで一息ついてる。そうだ。キョウスケ、もう少しだけ手伝ってもらっていいか?」
「いいけど、先にシレミナに怪我直してもらいたいから少しだけ待ってくれ」
「ああ、それなら心配要らないよ。この迷宮の贄になってもらうだけだから」
突然、きゅっとサハリが両手に力を入れて俺の首を絞め始めた。痛みと全身の怠さに加え、混乱と酸欠が全身を襲う。
「さ、はり……?」
掠れた声をなんとか絞り出したがサハリは一向に力を抜かない。むしろ爛々と目を輝かせつつ、体重をかけてくる。
「お前たちはよく頑張ったよ。だからもう休め」
視界が白い。もう、薄ぼんやりとした輪郭でしかサハリを認識できない。
どういうことだ? サハリはなんで……?
――ぽたり。何かが俺の頬を伝った。
「ふふ、気にするな。苦しいのは初めだけだ。その後にあるのは神の御許に至る快楽。だから安心して送り出してやれ、蠍の魔物よ」
――これは、サハリの……。
瞬間、ブチ切れた。サハリに殺されるのも嫌だが、目の前にいるやつはサハリでもなんでもない赤の他人だ。そいつに殺されるなんて億倍嫌だ。
両手は砕けていて使えない。だが、両腕は使える。俺は両腕をサハリの両腕に絡めて一気に、
「諦めの悪い人間だ」
「ごぼっ!?」
サハリに、いやダンジョンマスターに床へと叩きつけられ、肺の空気が全部逃げて行った。
「与えられる幸福は嫌かい、キョウスケ? それは無知というものだよ。この世の全ては互いに支え合い、助け合い、分け合たえられることによって成り立っている。自らの力で全てを為そうとするなど、堕天使の如き愚行と知り給え」
「黙れよ。何が助け合いだ。人の体借りパクしようとしてる馬鹿野郎が偉そうなこと口にしてんじゃねえよ!」
「知らないのかい? 魔物は主上によって『奪うこと』と『奪われること』が許された存在だ。それに、君は死んでも魂は神の御許に還るだけだ。ほら、私は何も奪っていない」
「黙れっつったのが聞こえねえらしいな耳詰んぼ。ぶっ飛ばしてやるから今すぐそこに跪け」
ダンジョンマスターへの怒りによって頭が白く煮えたぎっていた。しかし、それだけだ。何も、この現状を変える一手が思いつかない。
サハリを、助けられない。
「さて、話はここまでだ。どうせ知識なんて不完全なもの、来世に持って行けはしないのだから。もっとも、煉獄に落ちるというなら話は別だが」
また、徐々に首が絞まっていく。今度は素手ではなく、念力のような、不可視の何かによって絞められていく。
意識が白から黒へと変わっていく。
くそ、俺はまだ……。
◇ ◇ ◇
「やれやれ、折角のラッキーチャンスをもう使ってしまうのかの、お兄さん」
突然、噴水の何百倍もの轟音が広い部屋を揺らした。
「な、ん……?」
消え去った首への圧力に盛大に咽びながら、何とか声を絞り出した。
霞んだ視界の向こうにジェット水流のようなものによって押し流されるサハリが見えた。その発射地点、この現象を引き起こした原因を視界に入れる。そこにいたのは……。
「シレミナ……?」
「半分正解半分不正解」
どこかで聞いたフレーズとともに彼女は振り返る。
「さて、無駄に長くなってきた話をここで切ってしまうとしようかの」
覚えたての火属性魔法が雨合羽の少女へと飛んでいく。
俺が唯一使える魔法、そして遠距離からの攻撃手段だ。
火玉の大きさは野球ボール程。それは衝突とともに爆発し、音と閃光、衝撃波をまき散らす。理科の実験で行う水素爆発の何十倍もの規模だ。当たればただでは済まない。
あくまで当たれば、だが。
「ちっ」
彗星のように尾を引きながら飛んでいった火玉はしかし、少女が持つ軍刀に切り裂かれ、その背後で爆散した。
時速九十キロメートル程度の速度とはいえ、それを断ち切るとは中々の動体視力と反射神経だ。……って、関心している場合じゃない。
「『ファイアショット』『ファイアショット』『ファイアショット』」
一度で駄目なら何度でもだ。当たるまで撃ち続ける。
三発の火玉にさらに二発追加する。六発目を放とうとして、鈍い痛みがこめかみを突き抜けた。
MP切れか? いや、確かこれはオーバーフロー(出力限界)だ。一度で撃てる魔法の限界量。これ以上撃つには少しの間がいる。
俺はそのまま五発の火玉の行方を見守る。いくらなんでもこれだけの数を切り捨てるのは無理があるだろう。もし何か他に手があるなら明かしておきたい。というか相手の手札は全て明かしておきたい。どうせなら安全確実に対処し、パターン入りたい。
ぞふり、と少女が軍刀を地面へと突き刺す。
途端に上がる白煙と鼻に付く刺激臭。やはりあの軍刀も強酸の性質を持っているようだ。
(しかし、何をする気だ?)
床の石畳を溶かし掘ってやり過ごすか、はたまた軍刀を置いただけで別の武器を吐き出すつもりか?
そんな推測をする俺の前で、少女は思いっきり軍刀を振り切った――床に刃を突き刺したまま。
その刃に追従するように、溶けた石畳が津波となって全ての火玉とぶつかった。
爆発する火玉。飛び散るかと思われた灰色の津波はびくともせずに俺を飲み込もうと迫ってきた。当たると何故か爆発する火玉と同じで、魔法的力を持ったものなのだろう。基本的に魔法はマナを込めれば込めるほど、頑丈さが上がる。そして魔法同士がぶつかり合う時はその法則に沿ってより多くのマナが込められた魔法が競り勝つ――とシレミナが言っていた。
俺は右に飛び去って、津波をやり過ごしてファイアショットを放つ。狙いは少女の足元だ。石畳を砕くほどの威力はないが、目眩ましぐらいにはなる。その隙を突いてもう一発放つ。今度は見事に入り、少女の躯体がくの字に曲がる。
少女は苦し紛れに軍刀を振るうが、圧倒的に間合いの外だ。俺は少女が態勢を直す前に仕留めようと一歩踏みだした。
その直後、視界が揺れた。
原因は右手。いきなり俺の意思とは関係なくぐいっと動きだしたのだ。
「くっ!?」
今度は俺の態勢が崩れ、片膝をつく。そこに少女が躍りかかってきた。
「あは」
語尾に星マークでも付いてそうな声のトーンで得物を振り下ろしてきた。
俺は必死に床を転がりつつそれを回避する。白煙と異臭を放ちつつ、刃が床を貫通する。石畳がまるで豆腐のようだ。というか、溶かし切っているというには些か切れるのが早すぎる気がする。切れ味自体も恐ろしく高そうだ。
すぐに軍刀は引き抜かれ、少女の刃が鼻先を掠める。その切っ先の軌跡に合わせるようにまた、右手が動く。
(くそ、何がどうなってる?)
念力か何かなのかと右手を見るが、何もない――いや、あった。
黒く変色した肌が周りの肌を引っ張るように蠢いていた。
どうやら自分が溶かした無機物や炭化させた有機物を操ることができるようだ。
俺はとりあえず今の現状を打破しようと、炭化された皮膚が引っ張る方とは逆の方向へと思いっきり腕を引っ張った。
――ブチィッ!
「っでえええええええええええ!!?」
当然のように変色した皮膚が千切れ、血が舞った。炭化したところだけを取るつもりだったが、周りごと抉れてしまった。この体質、思った以上に毒に脆いな。ヴァンパイアかよ。
とりあえず、仕切り直しだ。
前を見ると、少女がまだぶんぶんと軍刀を振って、何故か首を傾げていた。もう炭化した部位はとったぞ。それとも炭化した血液を使って俺を内部からずたずたにしようとしているとか? まさかな。
もう向こうのタネがないか少々心配だが、さっさと片をつけてしまおう。
彼我の差は十メートル弱。それを五メートルまで詰める。着弾までの距離が短ければ短いほど、対応しにくくなるはずだ。その分こっちのリスクも増えるが、今度こそ片をつけよう。
少女が軍刀を突き、払う。どうしても払いは避けられないが、仕方がない。右腕で受け止める。
――ガッキィン!!
受けると同時に甲高い金属音が響き渡る。そして白煙と、神経を貫く激痛。
「が、ぐうおあ『ファイアショット』ォ!」
あまりの痛みに脳内が白く混濁してくるが、それを押し切って左掌から火玉を吐き出す。
華奢な少女の躯体が僅かに浮かぶ。その輻射熱と衝撃を肌に受けながら、連続で六発、出力限界による偏頭痛を無視して叩きこむ。さらに駄目出しでレバーブロウを見舞い、少女は木の葉のように後方へと飛んでいった。
地面は石の硬度だ。打ちどころが悪ければ最悪死ぬ。よくて内臓損傷で起き上がれなくなるだろう。……あれに内臓があるのかは謎だが。
「!」
ぐりん、と少女が体を捻り、軍刀を地面へと突き刺して速度を殺す。
「あびゃ、ごびゅぐるばはぶとうあばはへばあああああああアアアアアアアアアアア!!」
そのまま着地して奇声を上げつつ例の津波を繰り出してきた。切った範囲が広い分だけ大きい。最初の津波の十倍はありそうだ。
俺はこの時、痛みで少々自制心が飛んでいた。冷静ではなく、俺の目の前に立つ全ての不条理を粉砕できると思ってしまった。
故にあえて津波を避けず、何とか力の入る左拳を握りしめて灰色のカーテンへと突き出した。それが硫酸の塊かもしれないのに。
だからだろう。
――ドチュ。
「?」
その灰色のカーテンが文字通りただのブラインドで、そこを突き抜けて軍刀が飛び出してくるとは思いもしなかった。
「が、ごおあああああああああああああああああああああああああああああああっ!!?」
左拳から軍刀が生えていた。
そこへ、津波を砕いて少女が現れる。小さく、白魚のような手を手刀に構え、その陶器と見まがう指の全てを赤く染めようと突き出してきた。
「お」
右手は死んでいる。
「おおお」
左手もたった今死んだ。
「おおおおおお」
どうする?
対策は、何も思いつかない。
「おおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
――ドゴンッ!!
先に体が動いていた。
少女の体が吹っ飛び、二転三転してようやく中央の柱にぶつかって止まった。激痛で滲む視界でしばらく見ていたが、少女は最早、ピクリとも動かなかった。
それだけ確認すると仰向きに倒れて、喚いた。
「いってえーーーーっ! くそいってえーーーー! あー、畜生思い知ったか俺の石頭あああっ!!」
軍刀を確認してみると薬指と中指の中間辺りに突き刺さっていた。これは毒で体質が弱まったせいなのか……。一先ず、自分の服を噛みつつ、両足で軍刀を挟んで抜く。
「ぐうっ――!」
痛い痛い痛い。
でも、どちらかと言うと傷を負い過ぎて感覚というより知覚によって痛いような気がする。どっちにしろ、重症ということには違いないが。
……シレミナ、回復魔法とか使えないかなあ。
「って、そうだシレミナ! ――え?」
振り向いたら、そこにサハリがいた。
瞬間背筋が凍り、思わず身構える。シレミナはどうしたんだ? まさか……?
サハリが無表情に両手を俺へと伸ばす。俺はもう、動けない。
「ありがとうキョウスケ、助かった」
すっ、と優しく頬を撫でられ、同時に安堵の念が胸に広がる。
「――良かった。無事だったんだな、サハリ。シレミナは大丈夫なのか?」
「ああ、向こうで一息ついてる。そうだ。キョウスケ、もう少しだけ手伝ってもらっていいか?」
「いいけど、先にシレミナに怪我直してもらいたいから少しだけ待ってくれ」
「ああ、それなら心配要らないよ。この迷宮の贄になってもらうだけだから」
突然、きゅっとサハリが両手に力を入れて俺の首を絞め始めた。痛みと全身の怠さに加え、混乱と酸欠が全身を襲う。
「さ、はり……?」
掠れた声をなんとか絞り出したがサハリは一向に力を抜かない。むしろ爛々と目を輝かせつつ、体重をかけてくる。
「お前たちはよく頑張ったよ。だからもう休め」
視界が白い。もう、薄ぼんやりとした輪郭でしかサハリを認識できない。
どういうことだ? サハリはなんで……?
――ぽたり。何かが俺の頬を伝った。
「ふふ、気にするな。苦しいのは初めだけだ。その後にあるのは神の御許に至る快楽。だから安心して送り出してやれ、蠍の魔物よ」
――これは、サハリの……。
瞬間、ブチ切れた。サハリに殺されるのも嫌だが、目の前にいるやつはサハリでもなんでもない赤の他人だ。そいつに殺されるなんて億倍嫌だ。
両手は砕けていて使えない。だが、両腕は使える。俺は両腕をサハリの両腕に絡めて一気に、
「諦めの悪い人間だ」
「ごぼっ!?」
サハリに、いやダンジョンマスターに床へと叩きつけられ、肺の空気が全部逃げて行った。
「与えられる幸福は嫌かい、キョウスケ? それは無知というものだよ。この世の全ては互いに支え合い、助け合い、分け合たえられることによって成り立っている。自らの力で全てを為そうとするなど、堕天使の如き愚行と知り給え」
「黙れよ。何が助け合いだ。人の体借りパクしようとしてる馬鹿野郎が偉そうなこと口にしてんじゃねえよ!」
「知らないのかい? 魔物は主上によって『奪うこと』と『奪われること』が許された存在だ。それに、君は死んでも魂は神の御許に還るだけだ。ほら、私は何も奪っていない」
「黙れっつったのが聞こえねえらしいな耳詰んぼ。ぶっ飛ばしてやるから今すぐそこに跪け」
ダンジョンマスターへの怒りによって頭が白く煮えたぎっていた。しかし、それだけだ。何も、この現状を変える一手が思いつかない。
サハリを、助けられない。
「さて、話はここまでだ。どうせ知識なんて不完全なもの、来世に持って行けはしないのだから。もっとも、煉獄に落ちるというなら話は別だが」
また、徐々に首が絞まっていく。今度は素手ではなく、念力のような、不可視の何かによって絞められていく。
意識が白から黒へと変わっていく。
くそ、俺はまだ……。
◇ ◇ ◇
「やれやれ、折角のラッキーチャンスをもう使ってしまうのかの、お兄さん」
突然、噴水の何百倍もの轟音が広い部屋を揺らした。
「な、ん……?」
消え去った首への圧力に盛大に咽びながら、何とか声を絞り出した。
霞んだ視界の向こうにジェット水流のようなものによって押し流されるサハリが見えた。その発射地点、この現象を引き起こした原因を視界に入れる。そこにいたのは……。
「シレミナ……?」
「半分正解半分不正解」
どこかで聞いたフレーズとともに彼女は振り返る。
「さて、無駄に長くなってきた話をここで切ってしまうとしようかの」
15/08/30 09:07更新 / 罪白アキラ
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