連載小説
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プロローグ
「……どこだ、ここ?」

 俺、氷室狂介は呆然と呟いた。
 だって、そうだろう?
 起きたらそこ、ジャングルだぜ?

 木が軋んでんのか珍鳥の鳴き声なのかよくわかんねえ甲高い音、陽の光をほとんど喰っちまう何十メートルもありそうな木々、落ち葉とシダ系植物の絨毯。
 さっきまでゲーム機握ってた高校生の見る光景じゃねえ。

「くっそ、なんだよこれ。夢か何かかよ、おい……」

 そう言えば、さっき何か変な夢を見たな。夢の世界へ連れて行ってやろう、みたいな。
 ざけんな。
 これが夢?
 土と緑の臭いに肌にべたつく湿気、これが夢の感覚? そんな馬鹿な。まだVRゲーのテストパイロットに選ばれましたっつー言われた方が納得できるわ。

 がさり。

 絶賛混乱中の俺が、何かの音を捉えた。さっきまで聞こえていたノイズとはまた違う、明らかにこちらへと近づいてくる音だ。

「キシャアア」

 それを見て、思わず眉間に皺を作る。それがあまりにも現実離れしたものだったからだ。
 カニだ。茶色いでっかいやつだ。
 ただ大きさが半端ない。とりあえず167.3センチという高校生の平均的な身長である俺が見上げるだけの大きさがある。鋏だけでも俺の下半身より大きい(下的な意味じゃなくて)。
 さらにその背にいるイソギンチャクだ。カニに比例した大きさで、触手の一本一本が冗談抜きで映画のアナコンダぐらいでかい。しかも乾燥防止のためか、ナメクジのようにぬらぬらぬるぬるしてて非常に気持ちが悪い。

「……そういや、死んだら目が覚めるとか言ってたな」

 ゆっくりと突き出される巨大な鋏を眺めながら、どこか他人事のように呟く。
 カニが俺の右腕を捕える。
 しかし、何故か痛くはない。痛くはないのだが、気分が良いわけでもない。不快感と若干の不安から身を捩る。もっとも、馬鹿でかいカニの化け物が相手だ。人力でどうにかなる相手じゃない。

「!」

 ぐん、と引き寄せられ、その泡吹く口へと頭から突っ込む。
 臭っ。
 何食ったらこんな臭いになるんだ。例えると、床掃除した雑巾に牛乳ぶっかけて2〜3日放置したかんじ? いや、実際そんなことしたことないからよくわからんけど、とにかく吐き気を催す酷い臭いだ。

「く、この……っ!」

 なんとか自由になっている方の手を突き出す、カニの口吻へと。
 すると、もごもご動く口吻とは違う何かがあったのでそれを掴んでぐちゃぐちゃとかき回す。

 やがて数分後。

「いてっ」

 ようやくカニから解放された。どうやらいくら口を動かしても俺が食えなかったので食うのを諦めたようだ。
 ……俺はガムか何かか?
 一先ずカニが器用に木々の間を抜けて行ったのを見送った後、俺は自分の体に異常がないかを確認する。
 幸いというか不可思議というか、何故か外傷らしきものはない。せいぜい全身が隈なく臭いぐらいだ。もしかしたら、あれはカニのスキンシップ的な行為だったのだろうか? 犬が飼い主を舐めまくるみたいな。

「なんだよ、全く。あー、風呂入りてえ…………ん?」

 ふと、右手に布の塊が絡まっているのに気が付いた。どうも、さっきのカニの口から引っ張り出したもののようだ。
 とりあえず解く。こんな重臭いアクセは要らん。

 ぼと。

(何だ……?)

 布の塊から何かが落ちた。
 何だ何だと見てみれば、人の腕だった。

「うおおおおおおおおおうっ!!?」

 あまりに驚いて尻餅をついてしまった。
 って、え? これ、腕?
 いや、でも……う〜ん?
 ちょっと足先で突いてみる。ぬめっとしている乳白色の塊。欠けてはいるが指らしきものも見える。これは、ゴム製の玩具でもない限り、肉塊と化した人の腕だろう。だって骨も指の爪も見えてるし……。

 …………。
 もう、深く考えるのは止めよう。これは俺の腕じゃないし、じゃあ誰の腕? とか考えるのは。

「……まあ、人里に行くか」

 ちょっとこの未開のジャングル的なとこに長居したくない。
 でも、立ち去る前に例の布に一緒に入っていた財布らしきものだけ失敬した。中身を見たが、当然のように野口さんも諭吉さんも入っていなかった。銀と赤茶色、それと白っぽい硬貨が数枚。いわゆる銀貨と銅貨というやつだろう。白っぽいやつはよくわからなかったが。
 ま、単位がわからん内は無闇に使わない方がいいだろう。
 しかし、死体の傍にあるアイテム回収とか、バイオみたいだな。
15/08/11 21:21更新 / 罪白アキラ
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