『"狐路〜きつねのみち〜"で狐の薬膳を食す』
〜あらすじ〜
前回、あまあま小豆抹茶スパを協力者ミマーと共に完食した私。
だがそのダメージは思いの外大きかったのだった……!
〜あらすじ終了〜
「……うう……」
仕方なく一時帰宅した家のベッドでゴロゴロと転がる私。別にただだらけているわけじゃない。なにせ、今まで生きてきて何度かあった、体調不良――初めてホビロンを目にし、口にした翌日のようなそれが、今、まさに今到来している……!
「……うう、食欲湧かない……」
原因は分かっている。あまあま小豆抹茶スパだ。あの強烈すぎて色々な意味で何も言えないインパクトに物理的に負けたのだ。寧ろあれは勝たなくていいものか。ともあれそれを食べる際に肉体と精神に負荷を掛けすぎた所為か、一日経っても何も食べたく無い状態が続いている。
「……こりゃ不味いわよ」
私達の三大欲求の内で二番目に大事な食欲が減衰してたら、人生ならぬリリム生の二割強くらい損するじゃない。因みに五割はマグワイ、ですが何か。
まだ見ぬお姉様や顔も知らぬ妹から見舞いの手紙が届くのは御免よ。だって二言目には『お店や ら な い か ?』って来るもん絶対来るもん!
とっととこの体調不良治さねば!と言うかカムバックマイグラトニー!
っとそんな悩ましき昼下がり、ふと鞄の中に入れていたビラが目に入った。あぁ、前にマリィベルがジパングに呼ばれたとか言っていて、貰ったっけ……。
ちょっと手にとって眺めてみるとするか。
「ふむふむ……何々……?『狐路』?で、五穀米の稲荷……場所は……宵ノ宮か……」
宵ノ宮って確か……あぁ、そういえばオブギョウさんが黒稲荷だとか料理長さんが言っていたかしら。ふむ……。
「……いっちょ行ってみっか」
もしかしたら食べることで体調が良くなるかもしれないし。寧ろ栄養がなければ体調不良は治らないし。
……取り敢えず、まずはジパングの座標を聞きに行きますか……ハンスの所に。そういつもの調子で転移ゲートを開いた――瞬間。
「……あ……」
忘れてた。この時間はまず間違いなくハンスはスタンバってるんだった……。
開いた瞬間、その境界すら一気にこじ開けるかのように大量のふかふかふあふあした尻尾が溢れ出し、一時的に家に帰っていた私の全身を、さながらスキュラのだいしゅきホールドの如く、或いは高い魔力を持ったピクシーが行う全身マラプレイ時の陰唇の如く私を一気に包み込み、抵抗も出来ないまま有無を言わさず中へと引きずり込み――!
「ぬかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
――彼女達のMGWIの間、魔法少女マジカル☆ばふぉめっとの変身シーンをお楽しみ下さい――
「出たわねっ、ミーシーゴ!貴女達にお兄ちゃんは渡さないんだからっ!」
見得を切りつつ彼女は胸に着けた五芒星のペンダントを手に取り、頭上に掲げた。銀色のペンダントが光を纏い、徐々に輝きを強めていく。ペンダントを構成していた銀色の光が、溢れ出しているかのよう……!
「――変身っ!」
ペンダントが手を離れ宙に浮くのと同時に、少女は叫ぶ。するとペンダントの光は瞳を灼くほどに強くなり、同時に少女を囲うほど巨大化する!
足下にも同一の五芒星が現れ、頭上のそれと逆方向に回転していく。そのまま五つの線が光で満ち、周囲の円枠が光に縁取られた次の瞬間、彼女の姿を隠すように上下の五芒星が光を上下に放つ!
光の中、地面から数十センチ浮かび上がった少女の足下から五芒星がせり上がっていく。中心に出来た星形の空間に少女の体が通るに従い、彼女の体が光に包まれ、輪郭が別の物に変化していく。そして頭上の五芒星と重なると――彼女を覆う光が一気に弾けた!
清楚な赤い靴を履いていた足は美しさと強さを兼ね備えた、蹄を持つ山羊の足に変化し、ハイソックスの足はふさふさとした茶色の毛で覆われている。
学校指定のブレザーはそのまま背ではためくマントに変化し、肩口から背をふわりと隠す。その背からは流線型の特殊な紋様が描かれ、肩胛骨に二瘤が接するハートマークが描かれる。
そのハートマークから新たな光のリボンが現れ、胸元と腰回り、そこから胴体部分や二の腕までを一気に覆っていく。光が弾けると、その場所にはマントの色とコントラストを為す、どこか生地が薄めなイブニングドレスを身に纏っていた。
腕もまた脚と同じような柔らかな毛が生え、手は指の数はそのままに何処か猫科を思わせるそれに変わる。肉球が、弾力を感じさせるようにばん、と現れる。
どこかいとけなさを感じる顔。その甘みに程良く混じる渋み――アイシャドウを付けられた二重瞼を開くと、そこには全てを受容する黒目の中に、山羊を思わせる横長の瞳が見えた。そのまま彼女は頭上の魔法陣に向けて魔法陣の中に手を突っ込むと、頭上と尾てい骨から光が放出され、捻れてはいるが純粋さを表すような二本の角に、犬のようなふさふさした尻尾が生える。
それが終了するのと同時に、彼女は魔法陣から手を抜くと、そのまま手にしたものをバトンの要領で前、背中、頭上と回しながら動かし、そのまま敵の方向に向けて構えた。
弾けた魔法陣の光が、開いた胸元に五芒星の紋様を描くと、手にした純白の鎌を前に、彼女はポーズを決め――叫んだ。
『りりかる・まじかる・ですさいずっ♪
まじかる・ばふぉめっと、華麗に参上っ、なのじゃ♪』
――シーン終了――
……っはぁーっ……っはぁーっ……。
毎度の事ながらどれだけ溜まってんのよハンスは!明らかに時の流れまで操作してたじゃない!お陰で当分性欲の充足はしなくて良さそうよ!
……迂闊だったわ……本当に。とはいえ、無事にジパングの座標は手に入れたことだし……手形?っていう入国許可証も貰った。へぇ、木で作られてるんだ……。
現地通貨も両替したし……ではでは……。
「ジパングへれっつごー♪」
あぁ、黄金郷は無かったなんて言った人文学者のおばかさん♪あの国には黄金よりも素敵な物が溢れているじゃない♪
――――――
異国に行くと大概カルチャーショックに襲われる。それは人間に限るだなんて過激派の姉や妹は言うけど、私達だって受けるものよ?理解する気持ちさえあれば。だから俗っぽいとか王女様(笑)とか言われるわけだけど。
まぁ、色々なところを旅すればそれは薄れていく……とはいえ……流石に凄いと言わざるを得ないわ……。
「……本当に狐のお里ね……」
目に付く存在を確認する限り、妖狐、稲荷、人間男、人間男、人間男、稲荷、妖狐、人間女、人間女、妖狐、人間女、妖狐、稲荷、稲荷……時折カラステングとブラックハーピー。何故かツイストダンスを踊る二人組が脳内に浮かんだけど、何というか……狐だらけ。
あちらの茶屋らしきところでは事務をやっているのだろう黒妖狐が同僚の人間女性にセクハラしていて。
右の呉服屋では、主人が武士に仕立てをしつつ女房の人間女性に織らせている。その横で妖狐の子供二人が着物を眺めてパタパタと尻尾を揺らしている。
寿司はイチ押しがいなり寿司で……って、いなり寿司コンペティションなんてやっているんだぁ……へぇ……。
駕籠で運ばれるのは妙齢の稲荷で、運ぶのは褌に捻り鉢巻きという大陸ではゴーサインに等しい格好をした筋骨逞しい男性二人。筋肉好きにはたまらないんじゃないかしら。
ん?あれは……あぁ、ジパングの治安維持の……オカッピキ、だったかしら。ふむふむ、手にしているのは大陸のソードブレイカーみたいなものね。買えるなら武器好きの友達のために買って持ち帰ろうかしら。
「退いた退いたぁっ!網走連屋、まかり通るっ!」
「あら、噂に名高いカブキモノかしら」
着物を絶妙に着崩しているのが何とも素敵ねぇ。いけない子をどう調教しようか、アマゾネス達が考えるんじゃないかしら。顔もそれなりに『虐め甲斐のある』顔してるし……。
……にしても、私、じろじろ見られてるわねぇ。魔力自体はかなり抑えているし、外見も微調整しているけど、奇異の視線が明らかにジンジン来るわ……。擬態してるけど、流石にジパング顔にはしていない。大陸出身の顔はこの地方には違和感バリバリなわけね。服も露出の少ない布の一般人用の衣服で、着物じゃないから、目を引くのも無理無いか……。
……さて、街の風景も目にしたことだし、そろそろお店の方に向かいますか。
いざ、狐路へ!
――――――
「いらっしゃ……おや、異人さんが来るとはねぇ!」
イジンサン?イジンサンイジンサン……あぁ、大陸出身の人のことをこっちでは異人さんと呼ぶって言ってたっけ。
「ふふっ、大陸から来ました♪」
つくづく料理長さんからジパング語を習っておいて良かった……。まだ単語は覚え切れていないけど、これだけで随分印象は変わるし。
予想通り、私のそれなりに流暢な発音に、ウエイトレスさんも含めて目を丸くしているわね。
「お、お言葉、お上手なんですね」
あらあら、緊張のあまり丁寧語が変になっていたりいるわよ。二本の尻尾も毛が逆立ってるし。
「私の友人の一人がジパングの方で、ジパング――つまりこの国ですね――の言葉を教えていただいたんですよ♪」
「ほぉ……」
ん〜、やっぱり大陸の人がジパング語を話すのはあまりないのかしら。大体大陸語で済ませたらあちら側が察してくれちゃうからかしらねぇ。まぁ道を聞こうとすると、妙な発音の大陸語で「は、話せませんっ!」って逃げちゃうけど。それが可愛いと思っている人もいるしねぇ。そのうち襲われるんじゃないかしら。と言うか既に襲おうとする輩が居そうな気がする。
「……おほん」
あ、奥の店主が咳払いした。それに反応してウエイトレス達の尻尾が再び逆立つ。仕事に戻れって圧力が感じられるわ。
「でっではっ、こちらのおざしきのほうにどうぞっっ」
あらあら、気ぃ張っちゃって♪
「はい♪」
素直に従いつつ上がった場所は、靴厳禁のジパングの家屋の床、タタミ。大陸ではないのよねぇ。私は欲しいとも思わないけど。……デュラハンとリザードマンは精神鍛錬の場として欲しいとか言い出すかしら。ゼンとか呼ばれる鍛錬法があるらしいし。やっぱり不思議の国よね。ただ座ってるだけでしょ?それで集中力の向上や煩悩の解消が出来ちゃうなんて……。
「――『狐の薬膳』を一つ」
「畏まりましたっ!あっ、薬膳最後のか、甘味のくじゅ、きゅ、葛切り餅はしょきゅぎょっ、しょくぎょ、食後にお持ちいたしましょうかっ!」
緊張のあまり噛んでしまう妖狐ウエイトレス……心なしか男性客の視線が怪しい……けど、仕方ないか。可愛いもんねぇ。慌てて尻尾がパタパタと振られたりとか。
「ええ、お願いするわね。ではこれを」
と、私は慣れた手つきでチップを渡そうとすると、慌てたようにぴょこんと耳を立てながら首を横に振り、手も左右に動かした。
「いい、いけませんお客しゃまっ!その、そのような物をうけとりゅなんてことっ!」
「?」
何でそんなに慌てているのかしら……そんな事を考えつつチップを再度渡そうとしたら、今度は別のウエイトレスが来た。
「あの……お客様。申し訳御座いませんが、店員個人に対するお心付けは、当店では受け取ることは出来ません。ご了承下さい……」
……つまりチップは必要無いと。しかも規則上の問題で。成る程……でもあの娘の様子から鑑みるに、多分チップの受け渡しすら想定していないみたいねぇ……。もしかしてそんな文化が無いのかしら。びっくりね。
「……ぁぅー……」
何度も噛んでしまったと赤面する彼女に軽く謝りつつ、私はチップを財布にしまったのだった……。
……とまぁそんな若干のアクシデンツもありつつ……私の注文の品は届けられたのだった。
「――お待たせいたしました。五穀米の黒稲荷寿司で御座います」
狐の文様の描かれた長方形の陶器の皿に乗っていたのは、女性の口に一口で収まりそうなサイズの稲荷寿司。均一な大きさの其れが五つ、均一な向きと均一な間隔を保ったまま、私の前に差し出された。
付け合わせとしてある物は、ほこほこ体が温まる茗荷汁に、少し前の時期に収穫された、大根の浅漬け。
一言でいえばヘルシーな精進料理と言ったところか。
いつもならここで腹が食えと急かすのだけれども、今回はそれはない。……何か腹立たしいな、我が体ながら。寧ろ腹立たしいのはあのイカレたメニューの発案者か。どうしてくれようか……っといけないいけない。茗荷汁も含めて冷めちゃうじゃない。それに、せっかく美味しいと評判の物を前にして暗澹たる気持ちになっていたら……食が泣くわ。
私は、お盆に置かれた箸を一膳手に取ると……そのまま手を合わせた。
「――頂きます」
まずは茗荷汁。濁りの少ないだし汁の上に、狐の尾を思わせるような形に入れられた溶き卵、そのさらに上には香り付けの三つ葉が散らされている。茗荷はだし汁の中に沈んでいるらしい。
私は茗荷汁の入ったお椀を手に取ると、そのままゆっくりと、椀に口を付け……すすすい。
「――」
染み渡る、昆布出汁と鰹節の風味。特に鰹節のどこか渇きを覚える旨味を、昆布のしっとりとした風味が引き立てている。
そこに調味料の醤油に含まれる塩分……それだけじゃないわね。塩自体も加えているのかしら。この澄んだ風味はま中々こちらでは出せない。どうしても薄味は敬遠されてしまうからだ。
出汁を吸った卵も、同じように刺々しさを和らげて、甘みを私の舌に向けて引き出して伝えていく。舌先から頭に向けて甘味が広がっていくのは、充ち満ちていく感じがして好き……。そこに加わる三つ葉の風味が、和だけでは足りない刺激を私に伝えていく。まるで未完成の水彩画に縁取りを加えるかのよう……。
これで茗荷をかじったら……あぁ、何とも爽やかな風味がイイ。癖のある味ではあるけれど、三つ葉共々まろやかな味にはいい刺激だわ……シャキシャキした感触も含めて。
「……さて」
お吸い物で適度に口を洗ったところで、次は本丸だ。黒稲荷、とは言うけれども、稲荷寿司の外観に黒い色は見られない。強いて言うなら、皮がほんのりと黒いくらいか。一体何に漬けているのやら気になるけれど、まずはハルモニアを味わいましょうか。
「……」
幽かに周りからゴクリと音がするのが聞こえたが気に留めず、私はゆっくりと箸で摘むと……半分ほど口に入れたところで、歯でその皮を破き、寸断した。
「……」
お、特徴的な歯触り。成る程、米単品の稲荷とはまずワケが違うわね。
まず歯に舌に伝わるのが、粘性の高い餅米の感触。次に確かな硬さを以て私にその存在を伝えてくる小豆、鳩麦、そして粟。自然の植物が奏でる甘味とほのかな渋みが生むナチュラルハーモニーは、噛めば噛むごとにそれら表面上の旨味に隠された旨味が溢れ出していく……。
「……?」
それだけじゃないわね……そもそもそれら穀類を包む油揚げ自体にも染み渡る味があるわ……。大きく分類すれば甘味、しかしただ甘いだけじゃなくて、もっとこう、何というか、酸っぱい……?いやいや、只の霧の大陸から渡ってきた餡の持つ甘酸っぱいとは違うわ。強面だけど気は優しくて力持ち、のような……あぁ、もしかしてあの味か。
恐らくこの皮の味が、店の売りなのだろう。何となくその正体は掴めたとはいえ、聞くわけにもいかないし、帰ってから確かめてみよっと♪
「……♪」
ん〜、にしても美味しい♪油揚げから染み出したこのタレの風味が、穀類が持つ独特の渋みを和らげつつ、自然な甘味と旨味を引き立てていく……♪小豆や粟のコリコリした歯触りもどこか心地良くて、餅米も噛めば噛むほど味が出て……♪
「……」
すすすい、と茗荷汁を啜る。ともすればべと付きやすいタレの感触を洗い流し、茗荷の持つ爽やかな風味が口の中に広がる。この風味が苦手な人もいるけど、というか我が妹の一人がかなり苦手としているが、勿体ないとは思うけど苦手ならしょうがない。
大根の浅漬けも、程良く染み渡った味が五穀米によく合って美味しい。ついついポリポリと摘んでしまって……。
カツン
「……あ」
おお、いつの間にやら完食。腹が張るというよりも、腹が満たされる……そんな感覚を久し振りに味わっていた。舌に残るタレの風味、それはとっても……美味しいなって。
温かなお茶を口にしつつ……溜め息。そうよ、この感覚よ。私が欲しかったものは!久しく忘れていたものは!そんな私の興奮具合は、天性のポーカーフェイスで外には気配含めて漏れていないわ。だって私はリリムですから!
「お待たせいたしました。葛切り餅で御座います」
どうでもいいことを考える私の前に出されたのは、ゼラチン質の立方体に黄粉と黒蜜のかかった、まず大陸では見ないお菓子だった。
「ほぉ……」
これがクズキリモチ……聞いたことはあるけど口にするのは初めてね。その時は確かコンニャクが原料だって聞いたけど……どうなんだろうか。
「……」
見る限り、コンニャクではない。偽物?かどうかは分からない。少なくとも食わず判断するのは愚かな行為よ!まずは食べることが必要なのだから!
「……頂きます」
と言うわけで、ツマヨウジという小さな木の棒で立方体の一つを刺し、黒蜜に黄粉を絡める。この時点で私は確信した。絶対、これはコンニャクではない。コンニャクならもっと先端を押し返してくるはずだ……。
……偽か本物かは兎も角……私は黄粉で噎せないように注意しつつ……ぱくり。
――瞬間、私に電撃が走る――!
「――!」
――これが偽物の筈がない。寧ろ、コンニャク製が本物の筈がない。間違いなく、これが本物だ。確信できる。いや、寧ろ偽物でも構わない。本物が違ったとしても、これは進化系だと言うことが出来るから……!
蜜の上からクズモチを口にしたとき、蜜に絡む黄粉の風味と、濃縮された蜜の甘味が、クズモチの中で一つに溶け合い、咀嚼という行為の中で舌の上にそれらが拡散していく……!
中華料理でいう甜、クズモチの感触をいうならばそれが近い。噛み切る瞬間に感じる反発、それを越えればすんなりと歯が通り、包丁が落ちるようにすとん、と両断できる気持ちよさ。歯が通った場所を伝うように、蜜と黄粉が塗られていき、その透明な体を漆黒と闇黄のヴェールで覆っていく。そうして包まれたそれが、私の舌先でふわりと蕩け、柔らかな蜜の甘味を存分に伝えていく……。
舌先からどろりとした甘味と、黄粉の持つ苦みとも違う独特の風味が伝えられ、じわりじわりと口内粘膜を伝わって喉から血管を伝い、全身に運ばれていくのが理解できた。
私の味蕾が歓喜の声をあげている……。私の腹が、もっと欲しいと私の脳に伝えていくのを感じている……!
ガツガツとは食べない。けれど、食を求める私の手は止まらない。美味しい、美味しい、美味しい。だからもっと求める、もっと食べる……もっと味わって、味わって、味わっていく!
「――」
空になった皿を前に、私はツマヨウジを置いた。そして胸の前に手を掲げ――合掌。
「――御馳走様でした」
――――――
後で知ったことだけど、この葛切り餅は店主(咳払いしていたあの妖狐ね)の安芸さんが毎日作っているもので、これだけを食べに店に来る女性客もいるそうだ。通りで、
「お母様ぁ、葛切り餅食べにいこ〜」
「しょうがないわねぇ」
と微笑ましい会話を交わす稲荷の親子がいたわけだ。あと、黒稲荷寿司はこの街のオブギョウサマである禮前(らいぜん)さんのお気に入りの店で、よく来るらしい。大陸でいう『王家御用達』みたいな感じかしら。
……にしても、価格があんなに安いとは思わなかったわ……。庶民の懐で平然と通える、親しみのある店を目指しているにしても、少し上げても良いんじゃないかしら。クズの根はよく採れるらしいけど、蜜はそこまで頻繁に穫れるわけじゃなし、それに、秘密のタレの材料も……ねぇ。まぁその心遣いのお陰で、私のお財布は助かったけどね。
さて……と。
「折角だし、お土産でも見て回りますか♪」
農園で働かせている魔女やノームにも、何か買っていかなきゃ魔王の娘として名が廃るし!
思い立ったが吉日とばかりに、私は妖狐と稲荷の魔力が程良いこの街を、お土産店目指して歩き出すのだった……。
fin.
――――――
土産購入物
葛根湯:十袋入りの箱を三つ
十手:三つ
銘酒『宵ケ淵』:一升瓶二本
稲荷饅頭:二十個入り二箱
前回、あまあま小豆抹茶スパを協力者ミマーと共に完食した私。
だがそのダメージは思いの外大きかったのだった……!
〜あらすじ終了〜
「……うう……」
仕方なく一時帰宅した家のベッドでゴロゴロと転がる私。別にただだらけているわけじゃない。なにせ、今まで生きてきて何度かあった、体調不良――初めてホビロンを目にし、口にした翌日のようなそれが、今、まさに今到来している……!
「……うう、食欲湧かない……」
原因は分かっている。あまあま小豆抹茶スパだ。あの強烈すぎて色々な意味で何も言えないインパクトに物理的に負けたのだ。寧ろあれは勝たなくていいものか。ともあれそれを食べる際に肉体と精神に負荷を掛けすぎた所為か、一日経っても何も食べたく無い状態が続いている。
「……こりゃ不味いわよ」
私達の三大欲求の内で二番目に大事な食欲が減衰してたら、人生ならぬリリム生の二割強くらい損するじゃない。因みに五割はマグワイ、ですが何か。
まだ見ぬお姉様や顔も知らぬ妹から見舞いの手紙が届くのは御免よ。だって二言目には『お店や ら な い か ?』って来るもん絶対来るもん!
とっととこの体調不良治さねば!と言うかカムバックマイグラトニー!
っとそんな悩ましき昼下がり、ふと鞄の中に入れていたビラが目に入った。あぁ、前にマリィベルがジパングに呼ばれたとか言っていて、貰ったっけ……。
ちょっと手にとって眺めてみるとするか。
「ふむふむ……何々……?『狐路』?で、五穀米の稲荷……場所は……宵ノ宮か……」
宵ノ宮って確か……あぁ、そういえばオブギョウさんが黒稲荷だとか料理長さんが言っていたかしら。ふむ……。
「……いっちょ行ってみっか」
もしかしたら食べることで体調が良くなるかもしれないし。寧ろ栄養がなければ体調不良は治らないし。
……取り敢えず、まずはジパングの座標を聞きに行きますか……ハンスの所に。そういつもの調子で転移ゲートを開いた――瞬間。
「……あ……」
忘れてた。この時間はまず間違いなくハンスはスタンバってるんだった……。
開いた瞬間、その境界すら一気にこじ開けるかのように大量のふかふかふあふあした尻尾が溢れ出し、一時的に家に帰っていた私の全身を、さながらスキュラのだいしゅきホールドの如く、或いは高い魔力を持ったピクシーが行う全身マラプレイ時の陰唇の如く私を一気に包み込み、抵抗も出来ないまま有無を言わさず中へと引きずり込み――!
「ぬかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
――彼女達のMGWIの間、魔法少女マジカル☆ばふぉめっとの変身シーンをお楽しみ下さい――
「出たわねっ、ミーシーゴ!貴女達にお兄ちゃんは渡さないんだからっ!」
見得を切りつつ彼女は胸に着けた五芒星のペンダントを手に取り、頭上に掲げた。銀色のペンダントが光を纏い、徐々に輝きを強めていく。ペンダントを構成していた銀色の光が、溢れ出しているかのよう……!
「――変身っ!」
ペンダントが手を離れ宙に浮くのと同時に、少女は叫ぶ。するとペンダントの光は瞳を灼くほどに強くなり、同時に少女を囲うほど巨大化する!
足下にも同一の五芒星が現れ、頭上のそれと逆方向に回転していく。そのまま五つの線が光で満ち、周囲の円枠が光に縁取られた次の瞬間、彼女の姿を隠すように上下の五芒星が光を上下に放つ!
光の中、地面から数十センチ浮かび上がった少女の足下から五芒星がせり上がっていく。中心に出来た星形の空間に少女の体が通るに従い、彼女の体が光に包まれ、輪郭が別の物に変化していく。そして頭上の五芒星と重なると――彼女を覆う光が一気に弾けた!
清楚な赤い靴を履いていた足は美しさと強さを兼ね備えた、蹄を持つ山羊の足に変化し、ハイソックスの足はふさふさとした茶色の毛で覆われている。
学校指定のブレザーはそのまま背ではためくマントに変化し、肩口から背をふわりと隠す。その背からは流線型の特殊な紋様が描かれ、肩胛骨に二瘤が接するハートマークが描かれる。
そのハートマークから新たな光のリボンが現れ、胸元と腰回り、そこから胴体部分や二の腕までを一気に覆っていく。光が弾けると、その場所にはマントの色とコントラストを為す、どこか生地が薄めなイブニングドレスを身に纏っていた。
腕もまた脚と同じような柔らかな毛が生え、手は指の数はそのままに何処か猫科を思わせるそれに変わる。肉球が、弾力を感じさせるようにばん、と現れる。
どこかいとけなさを感じる顔。その甘みに程良く混じる渋み――アイシャドウを付けられた二重瞼を開くと、そこには全てを受容する黒目の中に、山羊を思わせる横長の瞳が見えた。そのまま彼女は頭上の魔法陣に向けて魔法陣の中に手を突っ込むと、頭上と尾てい骨から光が放出され、捻れてはいるが純粋さを表すような二本の角に、犬のようなふさふさした尻尾が生える。
それが終了するのと同時に、彼女は魔法陣から手を抜くと、そのまま手にしたものをバトンの要領で前、背中、頭上と回しながら動かし、そのまま敵の方向に向けて構えた。
弾けた魔法陣の光が、開いた胸元に五芒星の紋様を描くと、手にした純白の鎌を前に、彼女はポーズを決め――叫んだ。
『りりかる・まじかる・ですさいずっ♪
まじかる・ばふぉめっと、華麗に参上っ、なのじゃ♪』
――シーン終了――
……っはぁーっ……っはぁーっ……。
毎度の事ながらどれだけ溜まってんのよハンスは!明らかに時の流れまで操作してたじゃない!お陰で当分性欲の充足はしなくて良さそうよ!
……迂闊だったわ……本当に。とはいえ、無事にジパングの座標は手に入れたことだし……手形?っていう入国許可証も貰った。へぇ、木で作られてるんだ……。
現地通貨も両替したし……ではでは……。
「ジパングへれっつごー♪」
あぁ、黄金郷は無かったなんて言った人文学者のおばかさん♪あの国には黄金よりも素敵な物が溢れているじゃない♪
――――――
異国に行くと大概カルチャーショックに襲われる。それは人間に限るだなんて過激派の姉や妹は言うけど、私達だって受けるものよ?理解する気持ちさえあれば。だから俗っぽいとか王女様(笑)とか言われるわけだけど。
まぁ、色々なところを旅すればそれは薄れていく……とはいえ……流石に凄いと言わざるを得ないわ……。
「……本当に狐のお里ね……」
目に付く存在を確認する限り、妖狐、稲荷、人間男、人間男、人間男、稲荷、妖狐、人間女、人間女、妖狐、人間女、妖狐、稲荷、稲荷……時折カラステングとブラックハーピー。何故かツイストダンスを踊る二人組が脳内に浮かんだけど、何というか……狐だらけ。
あちらの茶屋らしきところでは事務をやっているのだろう黒妖狐が同僚の人間女性にセクハラしていて。
右の呉服屋では、主人が武士に仕立てをしつつ女房の人間女性に織らせている。その横で妖狐の子供二人が着物を眺めてパタパタと尻尾を揺らしている。
寿司はイチ押しがいなり寿司で……って、いなり寿司コンペティションなんてやっているんだぁ……へぇ……。
駕籠で運ばれるのは妙齢の稲荷で、運ぶのは褌に捻り鉢巻きという大陸ではゴーサインに等しい格好をした筋骨逞しい男性二人。筋肉好きにはたまらないんじゃないかしら。
ん?あれは……あぁ、ジパングの治安維持の……オカッピキ、だったかしら。ふむふむ、手にしているのは大陸のソードブレイカーみたいなものね。買えるなら武器好きの友達のために買って持ち帰ろうかしら。
「退いた退いたぁっ!網走連屋、まかり通るっ!」
「あら、噂に名高いカブキモノかしら」
着物を絶妙に着崩しているのが何とも素敵ねぇ。いけない子をどう調教しようか、アマゾネス達が考えるんじゃないかしら。顔もそれなりに『虐め甲斐のある』顔してるし……。
……にしても、私、じろじろ見られてるわねぇ。魔力自体はかなり抑えているし、外見も微調整しているけど、奇異の視線が明らかにジンジン来るわ……。擬態してるけど、流石にジパング顔にはしていない。大陸出身の顔はこの地方には違和感バリバリなわけね。服も露出の少ない布の一般人用の衣服で、着物じゃないから、目を引くのも無理無いか……。
……さて、街の風景も目にしたことだし、そろそろお店の方に向かいますか。
いざ、狐路へ!
――――――
「いらっしゃ……おや、異人さんが来るとはねぇ!」
イジンサン?イジンサンイジンサン……あぁ、大陸出身の人のことをこっちでは異人さんと呼ぶって言ってたっけ。
「ふふっ、大陸から来ました♪」
つくづく料理長さんからジパング語を習っておいて良かった……。まだ単語は覚え切れていないけど、これだけで随分印象は変わるし。
予想通り、私のそれなりに流暢な発音に、ウエイトレスさんも含めて目を丸くしているわね。
「お、お言葉、お上手なんですね」
あらあら、緊張のあまり丁寧語が変になっていたりいるわよ。二本の尻尾も毛が逆立ってるし。
「私の友人の一人がジパングの方で、ジパング――つまりこの国ですね――の言葉を教えていただいたんですよ♪」
「ほぉ……」
ん〜、やっぱり大陸の人がジパング語を話すのはあまりないのかしら。大体大陸語で済ませたらあちら側が察してくれちゃうからかしらねぇ。まぁ道を聞こうとすると、妙な発音の大陸語で「は、話せませんっ!」って逃げちゃうけど。それが可愛いと思っている人もいるしねぇ。そのうち襲われるんじゃないかしら。と言うか既に襲おうとする輩が居そうな気がする。
「……おほん」
あ、奥の店主が咳払いした。それに反応してウエイトレス達の尻尾が再び逆立つ。仕事に戻れって圧力が感じられるわ。
「でっではっ、こちらのおざしきのほうにどうぞっっ」
あらあら、気ぃ張っちゃって♪
「はい♪」
素直に従いつつ上がった場所は、靴厳禁のジパングの家屋の床、タタミ。大陸ではないのよねぇ。私は欲しいとも思わないけど。……デュラハンとリザードマンは精神鍛錬の場として欲しいとか言い出すかしら。ゼンとか呼ばれる鍛錬法があるらしいし。やっぱり不思議の国よね。ただ座ってるだけでしょ?それで集中力の向上や煩悩の解消が出来ちゃうなんて……。
「――『狐の薬膳』を一つ」
「畏まりましたっ!あっ、薬膳最後のか、甘味のくじゅ、きゅ、葛切り餅はしょきゅぎょっ、しょくぎょ、食後にお持ちいたしましょうかっ!」
緊張のあまり噛んでしまう妖狐ウエイトレス……心なしか男性客の視線が怪しい……けど、仕方ないか。可愛いもんねぇ。慌てて尻尾がパタパタと振られたりとか。
「ええ、お願いするわね。ではこれを」
と、私は慣れた手つきでチップを渡そうとすると、慌てたようにぴょこんと耳を立てながら首を横に振り、手も左右に動かした。
「いい、いけませんお客しゃまっ!その、そのような物をうけとりゅなんてことっ!」
「?」
何でそんなに慌てているのかしら……そんな事を考えつつチップを再度渡そうとしたら、今度は別のウエイトレスが来た。
「あの……お客様。申し訳御座いませんが、店員個人に対するお心付けは、当店では受け取ることは出来ません。ご了承下さい……」
……つまりチップは必要無いと。しかも規則上の問題で。成る程……でもあの娘の様子から鑑みるに、多分チップの受け渡しすら想定していないみたいねぇ……。もしかしてそんな文化が無いのかしら。びっくりね。
「……ぁぅー……」
何度も噛んでしまったと赤面する彼女に軽く謝りつつ、私はチップを財布にしまったのだった……。
……とまぁそんな若干のアクシデンツもありつつ……私の注文の品は届けられたのだった。
「――お待たせいたしました。五穀米の黒稲荷寿司で御座います」
狐の文様の描かれた長方形の陶器の皿に乗っていたのは、女性の口に一口で収まりそうなサイズの稲荷寿司。均一な大きさの其れが五つ、均一な向きと均一な間隔を保ったまま、私の前に差し出された。
付け合わせとしてある物は、ほこほこ体が温まる茗荷汁に、少し前の時期に収穫された、大根の浅漬け。
一言でいえばヘルシーな精進料理と言ったところか。
いつもならここで腹が食えと急かすのだけれども、今回はそれはない。……何か腹立たしいな、我が体ながら。寧ろ腹立たしいのはあのイカレたメニューの発案者か。どうしてくれようか……っといけないいけない。茗荷汁も含めて冷めちゃうじゃない。それに、せっかく美味しいと評判の物を前にして暗澹たる気持ちになっていたら……食が泣くわ。
私は、お盆に置かれた箸を一膳手に取ると……そのまま手を合わせた。
「――頂きます」
まずは茗荷汁。濁りの少ないだし汁の上に、狐の尾を思わせるような形に入れられた溶き卵、そのさらに上には香り付けの三つ葉が散らされている。茗荷はだし汁の中に沈んでいるらしい。
私は茗荷汁の入ったお椀を手に取ると、そのままゆっくりと、椀に口を付け……すすすい。
「――」
染み渡る、昆布出汁と鰹節の風味。特に鰹節のどこか渇きを覚える旨味を、昆布のしっとりとした風味が引き立てている。
そこに調味料の醤油に含まれる塩分……それだけじゃないわね。塩自体も加えているのかしら。この澄んだ風味はま中々こちらでは出せない。どうしても薄味は敬遠されてしまうからだ。
出汁を吸った卵も、同じように刺々しさを和らげて、甘みを私の舌に向けて引き出して伝えていく。舌先から頭に向けて甘味が広がっていくのは、充ち満ちていく感じがして好き……。そこに加わる三つ葉の風味が、和だけでは足りない刺激を私に伝えていく。まるで未完成の水彩画に縁取りを加えるかのよう……。
これで茗荷をかじったら……あぁ、何とも爽やかな風味がイイ。癖のある味ではあるけれど、三つ葉共々まろやかな味にはいい刺激だわ……シャキシャキした感触も含めて。
「……さて」
お吸い物で適度に口を洗ったところで、次は本丸だ。黒稲荷、とは言うけれども、稲荷寿司の外観に黒い色は見られない。強いて言うなら、皮がほんのりと黒いくらいか。一体何に漬けているのやら気になるけれど、まずはハルモニアを味わいましょうか。
「……」
幽かに周りからゴクリと音がするのが聞こえたが気に留めず、私はゆっくりと箸で摘むと……半分ほど口に入れたところで、歯でその皮を破き、寸断した。
「……」
お、特徴的な歯触り。成る程、米単品の稲荷とはまずワケが違うわね。
まず歯に舌に伝わるのが、粘性の高い餅米の感触。次に確かな硬さを以て私にその存在を伝えてくる小豆、鳩麦、そして粟。自然の植物が奏でる甘味とほのかな渋みが生むナチュラルハーモニーは、噛めば噛むごとにそれら表面上の旨味に隠された旨味が溢れ出していく……。
「……?」
それだけじゃないわね……そもそもそれら穀類を包む油揚げ自体にも染み渡る味があるわ……。大きく分類すれば甘味、しかしただ甘いだけじゃなくて、もっとこう、何というか、酸っぱい……?いやいや、只の霧の大陸から渡ってきた餡の持つ甘酸っぱいとは違うわ。強面だけど気は優しくて力持ち、のような……あぁ、もしかしてあの味か。
恐らくこの皮の味が、店の売りなのだろう。何となくその正体は掴めたとはいえ、聞くわけにもいかないし、帰ってから確かめてみよっと♪
「……♪」
ん〜、にしても美味しい♪油揚げから染み出したこのタレの風味が、穀類が持つ独特の渋みを和らげつつ、自然な甘味と旨味を引き立てていく……♪小豆や粟のコリコリした歯触りもどこか心地良くて、餅米も噛めば噛むほど味が出て……♪
「……」
すすすい、と茗荷汁を啜る。ともすればべと付きやすいタレの感触を洗い流し、茗荷の持つ爽やかな風味が口の中に広がる。この風味が苦手な人もいるけど、というか我が妹の一人がかなり苦手としているが、勿体ないとは思うけど苦手ならしょうがない。
大根の浅漬けも、程良く染み渡った味が五穀米によく合って美味しい。ついついポリポリと摘んでしまって……。
カツン
「……あ」
おお、いつの間にやら完食。腹が張るというよりも、腹が満たされる……そんな感覚を久し振りに味わっていた。舌に残るタレの風味、それはとっても……美味しいなって。
温かなお茶を口にしつつ……溜め息。そうよ、この感覚よ。私が欲しかったものは!久しく忘れていたものは!そんな私の興奮具合は、天性のポーカーフェイスで外には気配含めて漏れていないわ。だって私はリリムですから!
「お待たせいたしました。葛切り餅で御座います」
どうでもいいことを考える私の前に出されたのは、ゼラチン質の立方体に黄粉と黒蜜のかかった、まず大陸では見ないお菓子だった。
「ほぉ……」
これがクズキリモチ……聞いたことはあるけど口にするのは初めてね。その時は確かコンニャクが原料だって聞いたけど……どうなんだろうか。
「……」
見る限り、コンニャクではない。偽物?かどうかは分からない。少なくとも食わず判断するのは愚かな行為よ!まずは食べることが必要なのだから!
「……頂きます」
と言うわけで、ツマヨウジという小さな木の棒で立方体の一つを刺し、黒蜜に黄粉を絡める。この時点で私は確信した。絶対、これはコンニャクではない。コンニャクならもっと先端を押し返してくるはずだ……。
……偽か本物かは兎も角……私は黄粉で噎せないように注意しつつ……ぱくり。
――瞬間、私に電撃が走る――!
「――!」
――これが偽物の筈がない。寧ろ、コンニャク製が本物の筈がない。間違いなく、これが本物だ。確信できる。いや、寧ろ偽物でも構わない。本物が違ったとしても、これは進化系だと言うことが出来るから……!
蜜の上からクズモチを口にしたとき、蜜に絡む黄粉の風味と、濃縮された蜜の甘味が、クズモチの中で一つに溶け合い、咀嚼という行為の中で舌の上にそれらが拡散していく……!
中華料理でいう甜、クズモチの感触をいうならばそれが近い。噛み切る瞬間に感じる反発、それを越えればすんなりと歯が通り、包丁が落ちるようにすとん、と両断できる気持ちよさ。歯が通った場所を伝うように、蜜と黄粉が塗られていき、その透明な体を漆黒と闇黄のヴェールで覆っていく。そうして包まれたそれが、私の舌先でふわりと蕩け、柔らかな蜜の甘味を存分に伝えていく……。
舌先からどろりとした甘味と、黄粉の持つ苦みとも違う独特の風味が伝えられ、じわりじわりと口内粘膜を伝わって喉から血管を伝い、全身に運ばれていくのが理解できた。
私の味蕾が歓喜の声をあげている……。私の腹が、もっと欲しいと私の脳に伝えていくのを感じている……!
ガツガツとは食べない。けれど、食を求める私の手は止まらない。美味しい、美味しい、美味しい。だからもっと求める、もっと食べる……もっと味わって、味わって、味わっていく!
「――」
空になった皿を前に、私はツマヨウジを置いた。そして胸の前に手を掲げ――合掌。
「――御馳走様でした」
――――――
後で知ったことだけど、この葛切り餅は店主(咳払いしていたあの妖狐ね)の安芸さんが毎日作っているもので、これだけを食べに店に来る女性客もいるそうだ。通りで、
「お母様ぁ、葛切り餅食べにいこ〜」
「しょうがないわねぇ」
と微笑ましい会話を交わす稲荷の親子がいたわけだ。あと、黒稲荷寿司はこの街のオブギョウサマである禮前(らいぜん)さんのお気に入りの店で、よく来るらしい。大陸でいう『王家御用達』みたいな感じかしら。
……にしても、価格があんなに安いとは思わなかったわ……。庶民の懐で平然と通える、親しみのある店を目指しているにしても、少し上げても良いんじゃないかしら。クズの根はよく採れるらしいけど、蜜はそこまで頻繁に穫れるわけじゃなし、それに、秘密のタレの材料も……ねぇ。まぁその心遣いのお陰で、私のお財布は助かったけどね。
さて……と。
「折角だし、お土産でも見て回りますか♪」
農園で働かせている魔女やノームにも、何か買っていかなきゃ魔王の娘として名が廃るし!
思い立ったが吉日とばかりに、私は妖狐と稲荷の魔力が程良いこの街を、お土産店目指して歩き出すのだった……。
fin.
――――――
土産購入物
葛根湯:十袋入りの箱を三つ
十手:三つ
銘酒『宵ケ淵』:一升瓶二本
稲荷饅頭:二十個入り二箱
13/04/10 22:39更新 / 初ヶ瀬マキナ
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