連載小説
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『喫茶'K2'であまあま小豆抹茶スパを食す』
美しい音もあれば、醜い音もある。そんな風に言ったのはどこの音楽家だったかしら。有名な言葉かどうかは兎も角、それは食についても当てはまったりする。
旨い物もあれば、不味い物もある。旨いには旨いという理由が有る通り、不味い物には不味い物の理由がある。
最高の真逆にある'最低'――それを味わいに数多の客が訪れる、魔界の片隅にある喫茶'K2'の噂を聞いたのは数年前。その当時は特に気には留めていなかった……んだけど。

『ネタ……話題づくりには最高』
『寧ろネタでしかない』
『メニュー自体が突っ込み所』

「……本当に何なのかしら、'K2'」
ここまで色々な意味で噂になるのなら……気になる。すっごく気になる。不思議なことに噂では'料理'という言葉を聞かなかったりするのだ。何なんだ一体。

「……そんなわけで、その地方の出身のダークスライムの娘に聞いたら……コアまで冷や汗かいて、「お願いですから一人で'山登り'するのは止めて下さいっ!」って涙目で引き留めにかかったのよね……」
「いやいや王女様……あの店を嘗めてはいけませんて〜。牛丼専門店『ゴンザ』やSUSHIBAR『FISHING SHIP』を遙か彼方に置き去りにする話題性は伊達ではないんですよ〜!」
と、半分体を巻き付けつつ私に付いてきたのが、そのダークスライムの『ミマー』。思考がとろけているとかわりと失礼な事を記されているダークスライムの中でも、割としっかりした自我を持っている娘である。発言スピードはゆったりだけど。
その彼女が必死で引き留める……ちょっとリリムとしてのプライドが刺激されるけれども、先達には素直に従うべし。
「はいはい。流石に……貴女がそこまで言うなら、相当危険なんでしょう。嘗めたくないから万全で行きたいの。協力して貰えるかしら?」
「……出来れば知らないままでいて欲しいかな〜……なんて思ってますけど……」
私にその選択肢はないわ。ミマーには悪いけど、最悪を知る必要があるもの。
「貴女は安全な物を頼んでおいていいわよ。私はその話題となる源泉を頼むから」
「それを私も薦めます〜」
……あれ?何かニュアンスが違う?

――――――

そんなわけで、やってきました魔界の片隅。うん、片隅とはいえ凄い魔力の籠もった空気ね……スライムの。
「はぁ〜、この空気、懐かしいですぅ〜」
ミマーは早速とろけてるし。元々からっとした気候の筈なのにここまで肌潤う気候になるなんて……魔力恐るべし。まぁビニールハウスとかにそれを転用している私がいえた言葉じゃないか。
私は到着地から改めて辺りを見渡してみる。魔界の中心部と比べて雑多としているかなぁ、とかイメージを膨らませてはいたけど、そんな事はない。寧ろ逆で区画整理がきっちりとなされていて、広い。
ミマー曰く、この辺りはそもそもが計画的に作られた地域なんだそうで、物資の運搬のために道は広く造られたという。……ってスライムに何の物資が必要なのかしら。水と精剤が大半じゃないの?
そんな失礼な思いは、地面を見た瞬間綺麗に吹き飛んだ。成る程、上下水か。そして地滑り対策もある。
「治水や地滑り対策は私達にとって必須なんですよぉ〜」
この辺りはちょっとした山になっている。地滑りや崩落の危険は付き物だし、山には川が付き物だから、もしも氾濫が起きたら……間違いなく大惨事だ。それを防ぐためにも、治水工事やら地面の補強は必要になってくる。そのための物資及び人材の強化ね、成る程。
感心しつつ、私は地図を取り出し、これから向かう先はどこか、改めて確認することにする。……あぁ、山の途中ね。
「じゃあ、行くとしましょうか」
私の言葉に、ミマーは表情を明らかに強ばらせる。彼女のコアとか触手先端に浮かぶ顔とかも明らかに(;・A・)←こんなのだし。……直前まで来てこれとは。どんだけヤバいのよそこは。
「……道案内よろしく」
私の鶴の一声に、ミマーは観念したように肯いたのだった……。

――――――

山に続くほぼ真っ直ぐな一本道を、私達は登っていく……んだけど、流石にダークスライムに坂道はキツいらしい。抱えて飛ぶのも無理だし、かといってお盆に乗せて運ぶのも……うーん。
「あ、ここを右に曲がればすぐですよ〜」
やっとこさ岐路に到着して、そこを右に曲がり……見えた。

『喫茶K2』
その喫茶は確かに山の途中にあった。大きな、白銀に彩られた山が描かれた看板を携えて。

「あの看板、作り直されたんですよ〜。看板だけじゃなくて〜、店自体も改装したみたいです〜」
へぇ、と感心しつつ辺りを見回す私。割と馬が止まっているのねぇ……評判の割に人気じゃない。それともネタだと分かっているからかしら。硝子窓から見える店内部の風景からも、それなりに盛況している様が見える。
もしかしてネタと言っている割に味は美味しいのかしら?別の意味で期待外れになるかもしれないなどと勝手に考える私の視界に映る、仙人掌。明らかに敷地内に植えられている。そう言えば以前、砂漠地帯のファラオが私に「テキーラを所望す」と魔に染まっていない苗を私に下さったっけ。勿論育て加工して渡しましたよ。今そのお酒、プレミア付いて王家主催のオークションの目玉商品になっているって話だけど。
で、その仙人掌が幾つも植えられている。正直違和感が拭えない。なぜ仙人掌が植えられているのか。もっと色々植える物があっただろうに……ん?
「かき氷もやっているのね……」
店の入り口前に置かれた看板、その下側に貼り付けられるように、以前ジパングで見た布製の幟があった。喫茶らしいと言えば喫茶らしいメニューだ。特にこの暑い気候の時期には有り難いメニュー。きっと山登りで喉が渇いた人が潤いを求めて注文するのだろう。
「あぁ、ここのかき氷、年中やっているんですよね〜」
「……何ですと?」
寒い時期にこれを頼む人の気が知れない。需要があるのだろうか。まさかサラマンダーとかが寒い中激闘やらかすことが多いとか?
そんな私の思いを見透かしたように、ミマーはやや自嘲めいた笑みを浮かべつつ、ぼそり、と呟いた。

「名物料理は、何も件のアレだけではないんですよぉ〜……」

――その途端、私の中に異様な怖気が走った。
「――!?」
な、何……?今の感覚は。まるで鼠が猫の襲来を予期するような、或いは母上と父上の本気の喧嘩が起こる予兆のような……尋常でない嫌な予感は。
私が、まだ食べたことのない物に怯えている……ですって……?
「……アドバイス有り難う」
ま、まぁまずは名物料理ね。そう気を取り直してドアを開いた私の目に飛び込んできたのは……少なくとも産まれて嘗て聞いたこともないし知らない、にもかかわらず頼んだら不味いと私の脳がわーにんわーにん喚き散らす、メニューの数々だった。
まだ'厚化粧'は理解できるわ。多分かき氷の大盛りでしょうし。でも……でも……。
「……ねぇ、この『新デザート'ヴォルケイノ'』って……」
「あ〜、多分只の大盛りですね〜」
「じゃあ、この'ムッシュ'っていうのは……?」
「あぁ、それは安牌ですよ〜。ただ辛いだけとかそんなのでは〜?」
そんな私の驚きとは対照的に、どこか悟りきった表情でメニューが何を意味しているのかを予測していくミマー。何故分かる。今回、魔物生で四回目とか言ってなかった?
「……っていうか、'庭ジュース'って何さ」
「庭に植えている物を使うんじゃないですか〜?そう言えば前に来たときも仙人掌植えられてましたよ〜」
予想の斜め上。考えられて然るべきとは言えないわ……。
「……うげ」
アレは観用じゃなくて食用だったとは……と言いますかそもそもこのネーミングセンス何なのよ。インパクトという一点で凄まじすぎるわ。
若干引き気味になりながらも、私は喫茶の戸を開けた。

『イラッシャイマセー』

魔界も多少のグローバル化は進行しているらしく、店員の発音がどことなくおかしい……。あれかしら外部の娘からも取り入れているのかしら。にしても元気の入れ方はさしてないのね。……まぁ喫茶にそこまでのクオリティを求めちゃいけないか。
「……じゃー頼みましょ〜」
席に案内された私達は、早速メニューを開いて……ちょっとカルチャーショックを受けた。
や、まさか、スパに甘口なんてジャンルが成立するなんて思ってなかったから……。
「あ、私はこれを頼みますね〜」
そう、ミマーが指(……指?)指したのは、ソーセージピラフ。まぁ普通と言えば普通のモノだ。その普通さがあるだけで、妙な安心感がある。何せ、メニューだけで人を恐怖せしめるのだ。少しでも安心材料はあった方がいい。忠告には素直に従うべきだし。
「……じゃあ、この『あまあま小豆抹茶スパ』をお願いするわ」
その声に、どよめく声はなし。やはりこれが名物らしい。何故なら名物は、日常的に大多数に頼まれる物であるから。
「カシコマリマシター」
注文を受け、厨房へと戻る店員を後目に、私は店内の様子を改めて見回す。私のような物好きが多いのか、昼食時間前の筈なのに席は既に割と埋まっている。中にはもう既に食べている人も……って、あれ?何か量多い?明らかに盛られた炒飯なりノーマルなナポリタンなりが見えるのだけど。
「……あれが普通なの?」
私の質問にミマーは頷く。しっかりしなさいよ私。あの量くらい普通に食べられるじゃない。ほら、ヴァンパイア厳禁のあの丼屋だって大盛り(ご飯三合か四合)を完食できたんだから!
食事までのカウントダウンが着々と進む中、私は他のテーブルの魔物に向けて頼む品物の中に、一際異彩を放つ物体があるのを発見した。緑の上に聳える白――おそらくアレが目当てのスパだろう。
「アレを頼んだら映像に残すのが恒例ですよ〜」
ミマーの言葉通り、品物を見るなり早速絵巻に映すオークと彼氏の二人。和む。非常に和む。密かに腹の肉ぽよんぽよんし合っているのもすっごく和む。
でも不思議なことに……ベルゼブブが見あたらないのよねぇ、客の中に。大盛りに目がない種族の筈なのに……あ、デビルバグは例外ね。彼女達は確実にゴミ捨て場にスタンバっているし。魔力探知したら確かにスタンバっていたし。伝統と信頼のデビルバグ。
「……香りが」
まぁこれは普通ね……ジパング出身の、この大陸には苦手な者が多い、納豆醤油スパ。生卵を落としたらさらに美味しくなるのよね。知り合いのアカオニに聞いた話。食べてみたけど確かに美味しかった。
なかなか受け付けづらい味であることは確かだけど……まぁその程度の事よ。さすがにこの程度でこの店がネタになることはないでしょ……。

「オマタセシマシター」

「……来た」
店員に運ばれてきたのはフォーク二つに、件のパスタ……改めて見ても凄い色合いだ。まるで旧魔王時代の毒の沼を想起させるほど濃ゆい緑色の麺。おそらく麺の生地自体に抹茶を練り込んでいるに違いない。それが茹で上がった状態で皿の上にでんと鎮座している。
その上には、まるでプリン・ア・ラ・モードを想起させるかのような生クリームが、中心の小豆を隠すように大盛りに飾り付けられ、マンゴー一切れとサクランボ一つが色にアクセントを入れるかのように乗っている。
……うん。外見的にもインパクトがでかい。特にスパと……山盛りになった生クリームが。
「言っておきますけど〜、生クリームが安全地帯ですよ〜」
ミマーの言葉を、私は俄に信じられなかった。普通信じられるかしら?スパなのにスパが危険物質だなんて。と言いますかフォーク二つって……一人で食べきれない前提かしら。
私の中に謎の闘争心、挑戦心がむくむくと沸き上がる。一人で食えないですって?食べてやろうじゃないの!
私はミマーをに視線を送る。最初は一人で挑む、と言う視線だ。ミマーはそれに無理しないで下さいね、と言わんばかりの視線で返す。無理なものか……無理なものか!私は魔王の娘よ!←意味不明
と言うわけで……。

「「……頂きます」」

私は生クリームを緑のパスタに絡ませつつ……フォークに巻き付けて口元にまで運ぶ。ゆっくりと、口に近づけ……ぱくり。

「……ん〜……」

味の相性自体はそこそこかしら。麺の、というか麺に練り込まれた抹茶の味が生クリームの甘みでいい感じに中和されて、まぁよくある抹茶ソフトにも似た味にはなっている。問題はパスタの熱さだ。これが冷たかったらまたデザート気分も上がるんだけど……。
そのまま二口目をぱくり。今度は生クリームが付いていない位置にあたってしまった。……苦い。確かパスタ自体にも本来甘味があったはずなのに、それが全く感じられない。どんだけ練り込まれているのか……皿の上が緑に染まっているところから推して知るべしなのかも。
「結構ガッツリ行きますね〜」
そんなミマーの声を受けながら、私は三口目、四口目をぱくり、と行きながら……五口目に手を伸ばそうとしていた。このままだったら行けるかも、そんな思いを抱きながら……。

……私の手が止まったのは、その時だった。

「……?」
あ、あれ……飲み込めない?さっきから咀嚼しているけど……嚥下、出来ない……?体が……呑み込むのを……拒絶している……!?
「……ですよね〜」
ミマーはさもありなん、と言った風情で今し方届いたピラフを頬張っている。例によって大盛りだ。すっ、と此方にスプーンを渡してくる辺り気が利く。と言いますか手慣れているのは何故に?四回目だから?
「……う……」
まずい……まずいわよ……ぜんっぜん手が動かないというか、私の体が意識に逆らっている。理性を、本能が凌駕している……っ!?本能と理性は別次元って性欲では理解していたけど、まさか食欲でも適用されるなんてっ!
口の中の苦み……吐き出したいとも思わないけど飲み込みたいとは思えないこの感じ……何とか嚥下しつつ、生クリームを一舐めしてもう一口。
「でしょ〜?生クリームが安全牌なんですよ〜」
ミマーは嘘を言っていなかった。本当にこのパスタは……麺が最大の凶器だ。むしろ狂気の沙汰だったわ。
そして大して量を食べていないのにお腹が既に満腹……と言うかギブアップを宣言している!?物を頂く以上はどれだけ不味くても微妙でも全て食べるのが私のポリシーなのにっ!
あぁ……でも……本当に何これ。新手のアナフィラキシーショックでも味わっているみたいよ……?食べることに全身が危険信号を発するって異常すぎでしょ!
って言うかこの料理誰が考えたの……?絶対主神かインプでしょ……汚いな流石インプきたない。純然たる物質の暴力よこれ……。

……結論。
無理。もうこれは一人じゃ無理。半分以上残っているけど、もう全身で、体の中にその苦みが入ることを拒否しているもの……。

「ミマー……貴女の言うとおり……無理。だから……そのピラフ食べてもいい?」
ミマーは分かってくれましたか、と笑顔で……スプーンに乗っけた、ホワイトソースのかかったピラフを、私の口まで運んでくれた。
……正直、味はそこまででもない。けど……救われた。食べられる物を食べられたことで、救われたわ……。

――――――

「……何とか平らげたわ……」
「……相変わらず酷いですね〜」
空になった皿を見つめつつ、私達は口々に感想を言い合った。そうでもしなきゃやっていられなかった。酷いとは聞いていたけど想像を遙か超える酷さだった……名状し難きものと言いますか、食える気配がしねぇ。酷すぎる。
お腹は膨れるけど、二度と食べたくない……寧ろアレを料理とは呼びたくない……。
ミマー曰く、昔から変わらぬ酷さらしい。不味い、ではなく酷い、である辺りから今自分の胃袋がどれだけの責めを受けているかは推して知るべし。数日食欲無くなりそうね……薬膳が必要だわ。
「あ、そうそう〜」
お会計に行く前、ミマーが私に何かを思い出したように呼びかけた。げんなりと反省を混ぜたような表情で振り返った私に……彼女はやや冗談めかしたような口調で、笑顔で告げた。

「辛口かき氷は〜」
「断る!」

私の心からの悲鳴が、喫茶店の中に響き渡った。

fin.

―――おまけ―――

ナ「……で、そのかき氷の作り方は?」
ミ「簡単に言いますとぉ〜、
@氷を削ります〜
Aマン〇ージュースをかけます〜
Bタバ☆スコを一瓶かけます〜
C召し上がれ♪」
ナ「食えるかっ!」
13/04/10 22:37更新 / 初ヶ瀬マキナ
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■作者メッセージ
この話は、六割方ノンフィクションです。

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