連載小説
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38.地獄の顕現(グロ胸糞注意)
ヴィヴィアンの城に連絡が入る。
至急、ブレイブたちを迎えにくるように。
決して、戦列には加わらないように。
そんな内容であった。

ゲートをくぐり、ヴィヴィアンとカーラは、ドルチャイに戻る。
そこで、見た光景に、二人は絶句する。
ここでも、これが繰り広げられたのか。ヴィヴィアンがルチアと戦ってくる中で、散々目にして、目にさせられた光景。
それが、ここ、ドルチャイでも繰り広げられていた。

カーラはブレイブを探す。こんな場所では一刻も早く、ブレイブたちに合流しなくてはならない。
地獄にいるのなら、どこに至って安心などできるわけがない。
ヴィヴィアンとカーラはブレイブを探して走り出した。




メイが恐れていた光景が現実のものとなっている。
メイは走る。ブレイブたちは街の内側に避難させた。
こんなもの、子供に見させるものではない。
メイは涙を流しながら、ひた走る。
夫にも駆けつけてきてもらえるように、伝達した。
これから、どこまで止められるのか、分からない。
もっと酷いことになるかもしれない。だが、こんな酷いことをするとは、思いもよらなかった。

こんな、こんなーーー。
人間そのものを武器にするなど。



爆ぜる。

爆ぜる。
真っ赤な花を咲かせて、血袋が爆ぜる。
教団兵の体に歪な紋様が浮かぶ。それは刻まれたものの魔力を暴走させ、体を爆ぜさせる紋。

血液の焦げる匂いがする。肉の焼ける匂いがする。すえた炭の匂いがする。
花火の近くにいた者たちは、残骸となって飛び散ってくる彼らの礫を受けている。
湧き起こる阿鼻叫喚の嵐。鎧が、骨が、礫となって、生者に猛然と襲いかかる
礫は無念の散弾銃である。ダッタッダ。それに貫かれて、バタバタと倒れていく人々がいる。
生きていても、信じられないという表情で立ち尽す人がいる。呆然と、亡全と。その悍ましい光景に、狂乱して走り出す者がいる。
誰も彼もが、いっしょくた。敵も味方もなく、人も魔物娘もない。狂乱の混沌は渦を巻き、何もかもを嘲り嗤う。
伴侶を伴った輝かしい凱旋が、悍ましい悪意を引き入れる結果になった。
人と一緒に爆弾を詰めたトロイの木馬。己を否定し、ただただ敵を殺せればいい。

ドッド、 爆(バ)ァッバ。
あちらこちらで。狼煙が上がる。コチラアチラで。
命を全て否定する所業。神が駆り立てたのではない。
人が理性を以って、選び取った所業。

己の体に浮かび上がった紋様を見て、叫び声をあげ我武者羅に駆け出す教団の兵士たち。
奔。鬼気迫る表情。嬉々とした表情。燃。
己の体の内側から飛び出そうとしている死を目前にして。恐れを抱く者だけがいるわけではない。恐れを振りまこうと走る者がいる。
ヒルドールヴの爪。自らを爪のただの一本であると称して、個を失った者共。
爪が街路を抉り、人々を嬉々として追い立てる。ドン、ドンと混乱が広がっていく。
地獄が地上に顕現している。それは、人が描いた地獄絵図。
ゴ、不、ぎ、ぎぎぎぎ、怒、豪、渦、ぁああああ。

「な、何だよこれ。何で俺の体にこんなものが浮かんでるんだよ」
「だっ、ダメッ! せっかく出会えたのにもう終わりだなんて、絶対イヤぁ!」

バンっという。無情な音。
しがみついた彼女も含めて、兵士の体が飛散する。
中に詰まっていた、血も肉も。糞尿も、骨も。焼け焦げながらブチまけられる。
降ってくる肉片混じりの赤い雨。ピンクの臓器はコンガリと。
頭蓋の容器は粉微塵。脳漿、漿、漿。入り混じる。
それらは凶弾となって、周囲の人々に襲いかかる。

紋様の浮かんだ者を魔界銀の武器で切ったところで、その結末は変わらない。
相手を殺さなくては止めることはできない。
魔物娘たちにそのようなことが出来るはずもない。
混乱と悲哀が、憤怒が、怨嗟が、濁流となって、人々を狂騒へと押し流す。

爆発は家々に火をつける。ゴウゴウと、建物が唸り声をあげて燃え上がる。
狂騒の熱風がそこかしこで吹き荒れる。
そこに、門から踏み入ってくる一団がいる。彼らは無骨な大筒を持っていた。白々しい白銀の砲身は、炎を受けて照り輝いている。
「生きている勇者はみぃんな、しゅ〜ご〜う」
先頭に立つ青年。牙が声を張り上げる。

「こんな状況で何を言っているんだあいつら」
1町人といった服装の彼らに、教団の兵士もドルチャイの住人も訝しがる。
「何だ?! 足が勝手に……」
一人の勇者が牙の元に歩いていく。
「よしよし、お利口お利口」
牙がその勇者の頭を撫でて。そのまま首をへし折る。ゴギリという鈍い音がする。

「きゃぁああああああああ!」
「うわぁああああああ!」
いとも容易く行われた凶行に、人々は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
残ったのは、体の自由がきかない勇者たち。勇猛果敢な勇者であったはずの彼らは、生まれたての子羊よりも哀れに震えている。
「じゃあ、どんどん行こうか」
牙はたった今絶命させた勇者の鎧を引き剥がす。べ。露わになった胸筋に手をつこんで、肋骨をこじ開ける。ギ。そうして、まだ暖かく微かな拍動の残る心臓を引きずり出す。ぞるり。
血の滴る心臓を引き抜かれた骸は、グシャリと崩れ落ちた。牙は彼(それ)を足でどける。
「よかったじゃない。君がここでの殉職勇者第一号だ」
牙は真っ赤に染まる両手を気にすることもなく、大筒”勇者砲”に彼の心臓を装填する。
「はっしゃー♪」
嬉々として牙が引き金を引く。
ギ邪(ャ)ウゥ。哀れな勇者の命を燃料に焚(く)べて。街を削る。その凶弾は、主神に与えられた勇者の力と勇者の魂を、純粋なエネルギーに変えて打ち出したもの。それは、ーーー街を一直線に削り取った。
街の端から端まで、威力を落とすことなく。射線上にあるものをすべからく抹消した。
有機物も無機物も関係なく。全てがただ、消された。

その悪夢のような光景に、人々は悲鳴をあげることすら忘れて呆然としている。

「ん〜。いいね、イイね。イイ威力だ。僕、イ、言い過ぎ。あっはっは〜」
牙が無邪気に邪悪な笑い声を上げる。
「ん、じゃ。次ー」
「させんっ!」
牙(ガ)ギィ。メイの振り下ろした鎌を、牙は大筒で受ける。
「やっほー♪ メイちゃん。久しぶり〜。相変わらず可愛くて、おっかなくて。汚し甲斐がある」
「ほざけ。ようもワシの前にノコノコと現れたもんじゃな。ここで引導を渡してくれるッ!」
「え〜、メイちゃん、僕を殺すの? 優しくしてくれると嬉しいなぁ♪ あ、でも、魔物娘は人を殺せないのだっけ? 勿体無いなぁ。こーんなに、楽しいのに」
牙が次の勇者に手を伸ばす。メイはそれを止めようとする。しかし、メイと牙の間に、虚ろな目をした男が割り込んでくる。メイは構わずに魔界銀の鎌で男を斬りふせる。
ーーー斬り伏せた。ハズだった。
男は一瞬、快楽を得たような様子を見せたものの、崩れ落ちることもなく、そこに立っている。
「残念。魔力を完全に無くしたら動けなくなるかも知れない。でもね、彼らは一度切ったくらいじゃ止まらない。止めたかったら、ちゃんと殺してあげなくちゃ。こんな風にねぇ」
牙は次の勇者を屠る。
「やめろといっておるのじゃッ!」
メイは鎌の石突で、虚ろな目をした男を払いのける。物理的に払いのけられて、男が壁に叩きつけられた。
「遅い」
牙がメイに向かって、勇者の心臓を装填した勇者砲を撃ち放つ。
「ぐ、ぎぃい! 覇(は)ぁっ!」
メイは鎌でその光線を上空に向けて弾き飛ばした。ーーーしかし、破(バ)ィい。メイの鎌はその威力に耐え切れずに、砕けてしまう。
「ひゅぅ。やるねぇ。でも、鎌がなくなったら、いつまで持つかなぁ」
「チィ」
舌打ちをするメイの前で、牙は次の勇者に手をかけようとする。
メイは魔法を起動させる。メイの魔力(オド)を起点(トリガー)にして、世界の魔力(マナ)が引き出されていく。
「”アブソリュート・ゼロ”」
凍る。シ、ィ。冷波が走る。時すら巻き込んで凍りつかせるように。周囲を丸ごと氷の中に閉じ込めた。氷(コ)ゥン。
「うひー。寒いなぁ。もう。勇者たちまで凍りつかせたとちゃったら。心臓を取り出しにくいじゃないか」
牙はメイの魔法で閉じ込められることもなく、ピンピンしている。
「あーあ、これで僕はすぐには勇者砲を打てなくなっちゃった。残ねーん。でも、メイちゃんを倒すことができれば、問題ないかな。あ、一つ聞きたいんだけど、彼ら、氷の中にほっといたら、死んじゃうんじゃないの。ねぇねぇ。そこんとこどうなのかなぁ?」
「フン、ワシが人死を出すわけは無いじゃろう。こやつらの時ごと凍らせておる。こやつらが凍えて死ぬことなどなかろうて」
「そっか、つまんないの。じゃ、やろっか」
牙はそう言って、無造作に勇者砲の砲身でメイに殴りかかる。
虎の子の勇者砲であるはずだが、弾を補充できないならば、鈍器として扱う。
牙の短絡的な思考に呆れる暇もなく、メイは勇者砲に拳を合わせる。
戯(ギ)ィイ。硬質な音が氷の街路を滑る。その感触に、メイは顔を歪ませる。
「ふざけるなよ。お主……」
「ふざけてなんかいないよ。僕はいたって真面目〜」
「そういうことを言っていおるのではない。貴様、その大筒にも、勇者の命を使っておるじゃろう」
メイが焼けた拳に治癒魔術をかけながら憤る。主神の加護を受けた勇者を練り込んだ大筒は、触れるだけで魔物を焼く毒となる。
「もちろん。それが、どうかした?」
牙が大筒を振り回しながら、メイに襲いかかる。
「命を何じゃと思っておるのじゃ!」
「何って、道具だよ。それは僕だって変わりはしない。そんなこと、知ってるでしょ。だって、これはメイちゃんだって、やっていたんじゃないの?」
牙の言葉で、メイの目がすわる。冷徹な炎が燃える。
「旧魔王時代のことを持ち出すでない……」
「持ち出すよー。どう取り繕ったって、メイちゃんのやった事は消えない。もちろん僕も。だからさぁ。メイちゃん、僕と踊ってよ。地獄の底まで。一緒に踊ろう」
氷結地獄(コキュートス)のような有様の中、牙がワルツにメイを誘う。醜悪なその申し出をメイは却下する。
「お断りじゃ。勝手に一人で踊れ。踊って、とっとといなくなればよい」
メイは吐き捨て、全身を魔力で覆う。包(ほ)ァあ。これならば、勇者砲の砲身に生身で触れない。
「でも、踊ってくれる気満々じゃないかぁ。だから、好きさ。そのまま、殴り殺したくなるくらい♪」
イカレタ戦闘狂がメイにうちかかる。
鈍(ど)ゥ、打(だ)ダッタ。大筒の無作法な、滅多打ち。メイはそれを全て捌いて、牙の頬に拳をめり込ませようとする。
牙はそれを器用に体を捩って避ける。避けると同時に、メイに向かって蹴りを放つ。後ろ回し蹴り。
牙の蹴りがメイの拳を掠める。掠めた場所が、焼け付くような痛みをメイに訴えてくる。
「お主。以前から、どれだけの命を殺めたのじゃ…」
「だから、そんなの覚えてないって。何回言ったらわかるのさ」
牙の体は怨念まみれであり、呪いを放つまでになっている。その上で平然と、行動している牙の精神は完全にイカレテイル。
呪いを嬉々として操る。それが牙の魔法。”カース・ドレス”。発動させれば、触れるものを焼く。

メイは攻めあぐねていた。
本気で殴り飛ばせば、勝つ事自体はできる。しかし、それは相手の生死を問わない方法だ。
それに、牙のようなヒルドールヴたちは、追い詰めれば自らの命をも武器として使用する。
こんな奴でも殺すわけにはいかない。魔物娘の本能が、そう訴えてくる。
しかし、街の人々を守るためならば、致し方ないこと。そう何度も自分に言い聞かせてきたものの、メイはその一歩を決して踏み出す事は出来なかった。
そんなメイの胸中を知っているのだろう。牙は笑い続ける。
「ねぇ、今どんな気持ち? 早くしないと、どんどん爆発していくよ。それに、勇者砲が一つだけだって、何で君が決めつけるのさ」
メイの目があらん限りに見開かれる。
街に二本目の狂線が引かれた。勇者砲の二発目が放たれたのだ。
「止めよ。今すぐにッ!」
「あれは僕じゃないから止められないねぇ」
牙がニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべる。
それでもメイは加減して、殴りかかる。
誰でもいい。あれを止めてくれ。メイは悲痛に顔を歪ませる。




「何だよ。何なんだよこれ……」
ブレイブははじめて見る戦場に、愕然としていた。アンと白衣は黙っている。
そこには、悲鳴があり、悲痛があり、絶望があった。
ようやく、伴侶の精の匂いを辿って、ヴィヴィアンとカーラがブレイブの元にたどり着いた。
元から幼女のカーラはさておき、ヴィヴィアンは大人の姿に戻っている。
ブレイブの様子を見て、ヴィヴィアンは彼を抱きしめる。
ヴィヴィアンの豊かな胸に包まれて、ブレイブはとうとう泣き出してしまう。
「みんなが、みんながぁ」
「ブレイブ……」
そこで、二本目の勇者砲が引かれるのがヴィヴィアンたちには見えた。
そんなものブレイブに見せてはいけない。見せるわけにはいかない。
ヴィヴィアンは自らの胸に、ブレイブを強く押し付けた。そして、カーラを見る。
カーラは頷くと、勇者砲が打たれた方角へと駆け出していく。次を打たせるわけにはいかない。
カーラは全速力で駆けていく。

ブレイブはヴィヴィアンの胸で泣きじゃくりながら、嗚咽交じりに言葉を漏らす。
「何で、こんなことが出来るの? 何で、こんな酷い……」
ヴィヴィアンは意を決したように、ブレイブに語りかける。
「こんなことをなぜ行うことがを出来るのか、それは私にも分かりません。でも、これは特別なことではないのです。今回は、相手が教団で、狙われたのがこの街だっただけ。この光景は、私はどこでだって見てきました」
「え?」
ブレイブが顔を上げて、ヴィヴィアンを見る。ヴィヴィアンは悲痛な表情を浮かべている。その顔には普段の様子はどこにもなく、憂いを持った淫魔の姫君としての彼女がそこにいた。
「だから、私はこれを消し去りたいのです」
「消し、去る? そんなことが出来るの? 本当に?」
ブレイブがヴィヴィアンに尋ねる。
「本当に出来るかどうかは分かりません。ですが、私は、それをやりたいのです」
ヴィヴィアンの力強い瞳に、ブレイブは見惚れる。彼女はこんな風だっただろうか。どうしてだか、以前よりも頼もしい気がする。
「ブレイブを見つけられて本当に良かった。ひとまずこの場所から離れましょう」
ヴィヴィアンは魔法を使用して、転移門(ゲート)を開く。そして、ブレイブたちを、自らの城に連れてきた。
ヴィヴィアンは女中たちにブレイブのことを託すと、再びゲートを開いてドルチャイに戻る。
ブレイブは助け出した。これで、心置き無く彼らと戦うことが出来る。
ヴィヴィアンは急ぐ、掛け替えのない友達(カーラ)の元に。




三発目の勇者砲が放たれた。
カーラは急ぐ。その発射口に。
四発目が打たれる前に、辿り着く。辺りでは、またどこかで火の手が上がっている。これも止めなくてはならないものだ。
だが、どうやって?
爆発する教団兵から、街の人々は距離を取っている。
近くに寄り添っているのは、彼らを伴侶とした魔物娘だけだ。

「すまない。出会ったばかりの君を巻き込むことになってしまって……」
「いいえ、そんなことは気にしないで。私はあなたに会うために生まれてきたのだから」
寄り添う男女からカーラは視線をそらす。
拳を握りしめて走る。カーラの足にはローラースケートが装着されている。カーラの体を構成する血液で作り出した装備だ。

……教団とはここまで、悪辣な集団だったのか。かつて己が属していた組織。ともすれば、自分も何も考えずに、魔物娘を手にかけることになっていたのかもしれない。そう考えて、カーラはゾッとする。
カーラはその性格、手にしていた力、そして、ヴェルメリオとの出会いによって、そんなことにならずに済んだ。
カーラは心底ヴェルメリオとの出会いに感謝する。そして、彼女に再び会うためにも、ここを切り抜けなくてはならない。
だったら、逃げればいい。この街はカーラには関係のない街である。
………そんなこと、カーラはこれっぽっちも思いはしない。
何故なら、魔物娘となった今でも、カーラは勇者なのだから。カーラは、この街を決して見捨てはしない。
そんなことをしてしまえば、カーラではなくなってしまう。
強大で凶悪な力を前にして諦めてしまうなど、勇者にあるまじき行為だ。そして、カーラにあるまじき行為である。

もはや、教団を潰すことに、主神を打ち倒すことに。教団を意味のないものにすることに、カーラが躊躇うことは無くなった。
カーラはヴィヴィアンの計画に協力することを改めて硬く誓う。
削(ズ)、射(シャ)ッ。勇者砲の四発目が発射されてしまった。カーラは、歯を噛みしめる。
だが、近い。これで、相手の居場所は完全に特定した。

「見つけたぞぉ!」
カーラはついに、たどり着いた。
そこにいたのは壮年の男性。気だるげな半眼をカーラに向けている。無精髭とボサボサの髪が汚らしい。彼は隠しようのない大筒をその手に握っていた。それでも、とぼけた調子で口を開く。
「お宅、どちらさん? オジさんはしがない町人Aなんすけど、イチャモンつけることはよしてくれませんかねぇ」
「フン、しらばっくれても無駄だ。お前があの光線を打ち出したのは分かっている! 大人しくお縄につけぇい!」
「ぷっ、お縄につけって。お宅、いつの人だよ。いや、そんな格好しているから…。ま、人じゃないわなぁ」
「そうだ。私はカースドソードのカーラ。勇者でもあるッ!」
「あー、あー。お宅がカーラさんか。元勇者でありながら、エルタニンを堕としたっていう……」
「そうだッ!」
カーラは自信満々で胸を張る。
「いちいち、力一杯なのやめてくれないかなぁ。オジさん大きな声って苦手なんだよ。それに、ポコポコ勇者砲(これ)、撃ってたけどさぁ。実は好きじゃないんだ。あんまり綺麗じゃないだろ?」
「その小汚いナリで、美醜を語るとはおかしな事だ」
「そうだねぇ。そうかもしれない。だけど、ポリシーってやつかなぁ。オジさんはな、花火が好きなんだよ。大きな音でも、色が付いていると綺麗だ。それが、生き物だったら尚更だなぁ」
男はウットリした様子で言う。カーラは男の様子に猛烈な嫌悪感を抱く。
「勇者砲(これ)さぁ。お宅にあげるから、オジさんのことを見逃してくれない? お礼に、花火にしないであげるから、さ」
男の言葉でカーラは思い至る。
「お前か。お前が彼らに紋を刻んだのか」
「ご名答。でも、その言い方は正しくない。オジさんは、ただ彼らの体の気脈を弄ったに過ぎない。あの紋様は彼ら自身が描いたアートだよ。彼らの気脈が最後に見せる発光。同じものは二つと無い特注品だ」
全く悪びれる様子のない男に、カーラの堪忍袋の尾が切れる。
「貴様ァァァ、許さん! 楽に堕として貰えると思うなよ」
「おーおー、怖い怖い。でも、そんなの怖くないなぁ。堕とすだけ、か。笑ってしまう。オジさん達を止めるなら、息の根までキッチリ止めないと。ヒルドールヴは止まらない」
男の言葉は紛れも無い真実であることをカーラは分かる。分かってしまう。ここに来るまでに見た、嬉々として人々を追い立てていた輩がいた。カーラが止める前に、ただ爆ぜていたが……。

「名を名乗れ。それくらいはあるだろう。せめてそれくらいは覚えておいてやる」
「お優しいねぇ。こんなオジさん達は、名前も無く殺しちゃっていい奴らだよ」
「それでも、私はお前達を殺しはしない。救ってやるつもりだ」
「へいへい。魔物娘はお優しいことで。んじゃ、オジさんの名前は狼煙(のろし)だ。狼の煙と書いて狼煙。本当はこんなことガラじゃあないんだが……。あーあ、いつもはコソコソやってんのに、こんな馬鹿みたいなもの持ったばかりに……。こんな子を花火に出来るなんてツイテイル」
狼煙はヘラっと軽薄に笑う。
カーラは彼に向かって斬りかかる。カーラの手にはすでに一振りの黒剣が握られている。
「破(は)ぁぁぁぁ!」
「おいおい、迂闊すぎんだろ」
そんなことを言いながら、狼煙はカーラにそのまま切られた。カーラはあまりにも無抵抗な狼煙の様子に驚く。ーーーが。
その驚きは別の驚愕によって塗りつぶされる。男の手がカーラのむき出しの腹に触れていた。
「はい、王手っと」
狼煙の手がカーラの腹を撫でる。
「貴様ァァ! ブレイブくん以外の男に触らせる私の体ではナイッ!」
狼煙の体を切りつけてから、カーラは飛び退る。カーラの剣が本当に狼煙を傷つけることはない。狼煙の魔力だけを切りつけ、快楽を与える。
それをされた相手は立つことも出来ずに崩れ落ちるはずだ。だが、男は少しフラついただけで、倒れる様子を見せない。
「残念。魔力だけを攻撃するお宅らは甘いんだよ。確かに、魔力が枯渇すればオジさんだって、倒れる。意識も失う。でも、オジさんの魔力が尽きることはまだまだないなぁ。その秘密、知りたい? 知っても、また君が怒るだけだねぇ。……だから、それで止められるなんて思うなよ」
だから、殺してみせろ。そう言って来る狼煙に、カーラは言葉を返すことが出来ない。
「ま、今気にかけなくちゃいけないのはオジさんのことじゃない。お宅の事だ。お宅、オジさんに触られただろ。バ・ク・ハ・ツ、するよ」
ボン、と狼煙は手で爆風が広がる様子をやって見せる。
カーラは自分の体を確かめるが、おかしなところはない。勘も危険を訴えてはいない。
「フン、残念だったな。私は惑わされんぞォ!」
カーラは再び狼煙に斬りかかる。
「お前は確かに言っていたな。魔力を斬られれば、倒れはする、と。だったら、魔力が尽きるまで私はお前を切り続けよう」
狼煙はカーラの剣をその身に受けながら、ヘラヘラとした笑いを止めない。
「あー、熱血。メンドくさ。枯れたオジさんにはやめてくれよ」
そして、カーラに手を伸ばす。カーラはそれを身をよじって避ける。なんともないとはいえ、何度も触らせるわけがない。
狼煙の緩慢な動きにカーラが捕まるわけがない。わけがないのだが……。
「だから、王手って言っただろ。大人しく投了しときなよ」
「何を言っている。私が負けるワケがなァァァい!」
「だから、うるさいんだっての」
狼煙が諦めたように両手をこする。そこで、カーラの背筋が冷たくなった。何が、こいつは何をした?
「お宅、オジさんみたいなのと戦ったこと、ないだろ。オジさんはレアだからしょうがないけど……。致命的だわなぁ」
狼煙の気怠げな声がする。狼煙が手を擦り合わせる度に、カーラの背筋がドンドン冷たくなっていく。
カーラは狼煙を止めようと、彼を何度も切り続ける。だが、やはり狼煙は止まらない。
「本当は両手で触らなくちゃダメなんだが、これで誤魔化せる。こうやって擦るとな。どっちで触ったか分からないから、どっちでも触ったことになる。一種のトンチでインチキだ。だが、オジさんのこれは魔法でも魔術でも無いから、それが通る。悪いなぁ」
全く悪びれる様子もなく、狼煙が軽薄に言う。

そして、カーラの叫び声を頼りにして、ヴィヴィアンがこの場にたどり着く。
狼煙はヴィヴィアンを目にして、ヘラっと笑う。それから、両手を合わせて打ち鳴らした。

”クラップ・マイ・ハンズ・アンド・ユア・ボディ”
これは狼煙の異能。一定時間以上触れていた相手を、任意で爆ぜつさせることが出来る。この能力にはいくつもの制約がある。だが、その制約を逆手に取って魔術と組み合わせることで、狼煙はいくつもの編み出していた。
狼煙はこれを駆使して、教団兵に気がつかれないように、術式を仕込んでいた。

狼煙が手を打ち鳴らすと。パァン、と。
カーラの体が爆ぜた。ヴィヴィアンの目の前で。赤黒いシミが、石畳に広がった。ーーそこに、肉片はない。
狼煙は一瞬訝しげな表情を浮かべたが、魔物ならばそれも起こり得るだろうと、気軽に思う。
「え?」
今起こったことが信じられずに、ヴィヴィアンは瞳を揺らす。
「カーラ? 一体何が……」
「見たまんまだよ」
狼煙がヘラヘラとヴィヴィアンに笑いかける。
「で、次はお宅の番。リリムはどんな風に爆発するかなぁ」
「そんな、カーラ、カーラはいなくならないって……」
「その通りだ!」
カーラの声に、狼煙がようやく軽薄な笑みを止める。
ヴィヴィアンの開けられたら胸の谷間から、ミニサイズのカーラが飛び出してくる。
自らが仕舞われていた場所に、カーラはヴィヴィアンなら仕方がないかと思う。
ヴィヴィアンも、守り刀と言って渡されたカーラの分体が本体になっても、カーラならば仕方がないかと思う。
ヴィヴィアンはカーラに己の魔力を譲渡する。カーラの体は元の幼女のサイズにまで回復する。
「リリムの魔力か。いっぱい持ってて羨ましいことだねぇ」
狼煙はすでに軽薄な笑みを取り戻している。
「ま、ヤッちまえば変わらないわなぁ」
「ヴィヴィアン、気をつけろ。あいつに触られれば、爆弾にされてしまう」
「! じゃあ、こいつがあの人たちを…」
カーラの頷きにヴィヴィアンは狼煙を睨みつける。狼煙は両手(もろて)を上げて、ヘラヘラと笑う。
「許さない」
ヴィヴィアンが魔法を発動させる。今までルチアのトラウマからヴィヴィアンが使うことの出来なかった彼女自身の魔法。
だが、今はカーラがいる。カーラはもうヴィヴィアンの友達であり、勇者さまだ。彼女がいれば、そんなもの乗り越えられる。
ヴィヴィアンの魔力を目掛けて、『世界』から魔力(マナ)が引き起こされる。開(か)、ァ。その奥底から、『闇』の片鱗を伴って。
ヴィヴィアンを起点として、彼女の影が蠢く。影は幾重にも折りたたまれた絹織物のようで。繊細な影の織物は浮き上がり、ヴィヴィアンの前で円を象る。そこには、奥底の見えない。宙空に、閑かな穴が穿たれたーー。
「あーあ、虎の尾を踏んでしまったか。いや、淫魔のしっぽ? 裏方のオジさんを、前線に出させちゃダメでしょう」
そんなことを言っても、狼煙の態度はあくまでも変わらない。

ヴィヴィアンの様子を見て、カーラは思う。腐ってもリリム。本来の力はこれほどのものか……。面白い。それを私は乗り越える!

「沈みなさい。”虚数海の誘い(ディラック・コール)”」
宙空に穿たれた穴から、この世のものではない黒い触手が伸びてくる。
「これ、効くかな」
狼煙が勇者砲を投げつける。それは勇者砲を掴むと、ーーー粉々に砕いた。
「あーあー」
そして、触手は狼煙を縛り上げて、穴に引きずり込んでいく。
「この中で、ずっと反省していなさい!」
ヴィヴィアンの言葉に、狼煙はヘラッと笑う。人がこのような表情が出来るのかと。それほど醜悪に。
「いいよ。じゃあ、反省したと言えば、出してもらえるのかぁ」
ヴィヴィアンとカーラは、邪悪を前にして固まる。しかし、一陣の風が、その硬直を、邪悪ごと切り裂く。

「いいや、それはニャい。何故ニャら、お前はここで終わるのだからニャ」
狼煙の首が飛ぶ。醜悪な表情のまま。自身が絶命したことも知らず。
コルクが抜けたシャンパンのように、狼煙の首から鮮血が吹き出す。生臭い噴水と化した肉が、虚数の触手の中で力を無くしている。
触手はそのまま、彼で亡くなったモノを、穴に引きずり込む。そうして、ーーー穴は閉じた。

狼煙を殺したのはケット・シーのカールではない。黒装束に身を包んだ男。カールは屋根の上で、帽子で顔を隠している。
「何故、殺した……。答えろ、貴様らぁぁ!」
カーラの慟哭が、いまだにそこかしこから狼煙の上がる街に響いていった。




ロリーダこと、魔女ヘレンの屋敷は火がついたような慌ただしさであった。
教団が攻めてくることは想定していた。しかし、彼らがこのような、おぞましい方法を取ってくるなどとは想定していなかった。
しかし、彼ならばやりかねない。子供であった自分を放り出したくらいなのだから。
ヘレンはこの絵を描いた男を思い出して、怖気を抑えることができない。
だが、抑える。早くこの状況を打破しなければ、被害は広がるばかりだ。
これはもう、戦争というよりは、災害の類に近い。
教団の兵士たちが街に入り込むまでは、まだ戦いの体を取っていた。だが、今の、敵も味方もなく、ただ相手を殺そうとする悪辣な有様は戦いではない。

「ロリーダさま。準備が整いました。発動させて構いませんか?」
「ええ。一刻も早く、発動させてください。完全に手遅れになる前に」
「はい。それでは皆さん、行きますよ!」
ヘレン(ロリーダ)の了解によって、配下の魔女たちが魔法陣を起動させる。
これは、メイが町中に敷いた魔術網を触媒にして、発動させる魔法。この街にいるものたちを守るために、メイ(初代)の魔術に干渉したヘレン(二代目)が仕込んでいた魔法。
ヘレンは街の人々を子供の姿にし、幸福な日々を味あわせることで、街にその記憶を刻み込ませた。メイへの崇敬が深く刻まれていたこの街に、それを為すことは容易いことであった。ゼロから刻むのでは、間に合わなかった。
メイへの崇敬に、子供の幸福な日々の夢を重ねて刻んだ。ロリーダは、メイが積み重ねたものの後押しをしてやるだけでよかった。
幸福な日々を享受したカップルが夜毎励んでくれたおかげで、十分な魔力も刻まれている。
だからこそ、この規模の魔法を顕すことができる。

この魔法は、この街を訪れて、子供の姿でいたものにのみ与えられる恩恵。
今はほとんどの者が大人の姿に戻っているとはいえ、この街自体に守るべき住人と認識されたのであれば、その対象に含まれる。

『世界』級魔法(ワールドクラスマジック)
「発動、”子供の街(チルドレンズ・ドリーム)”」

地獄と化していた街は、子供の『夢』に、飲み込まれたーーー。
17/01/04 00:01更新 / ルピナス
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■作者メッセージ
怖気の立つ悪辣、まではやはり表現できていない……。

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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33