連載小説
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37.進軍
勇者の命をエネルギーに変換して打ち出す勇者砲。
運用試験の結果は上々であった。これで……。
「これで、バフォメット、メイを討ち滅ぼすことが出来る」
マステマスは自らの執務室で呟く。長年の討伐対象を屠る術を手にしたというのに、爬虫類じみた面貌は冷たいまま。喜色を浮かべることもなく、淡々とした様子である。
彼は書類を前にして、コツコツと机を叩く。そこにあるのは、使い潰して良い勇者たちの情報だ。それを一つ一つ丁寧に目を通していく。
マステマスの心にあるのは、慚愧でも贖罪でもない。作業を進めようという心だけだ。
彼らを使い潰した後には、名誉の戦死であるとして、聖人に列席させる。そのための手続きを速く終わらせるためである。
速く終わらせて、次の志願者を募る。そして、一秒でも速く、一匹でも多く、魔物を殺すのだ。
この身は主神への祈りで構成され、脳髄の細胞は一つ残らず、魔物を殺すための思考に動員されている。
ザキルをショゴスの能力を持つインキュバスと変えた”超人化計画”の首謀者もマステマスである。

「ほい、ほーい。牙のお帰りだよ〜」
ノックの音よりも先に、おどけた調子の声が聞こえた。
「入れ」
マステマスは冷淡にそれだけを口にする。
「失礼しまーす」
言葉とは裏腹な慇懃無礼な態度で牙と名乗る少年が、マステマスの執務室に入ってきた。
「とうとう、ドルチャイに攻め込むんだって?」
「ああ、ちょうど今時刻、到着しているほどだろう」
「えっ! え〜〜〜。酷いじゃないか。僕だって行きたかったのに」
「………知っていただろう。白々しいことを言うのはよせ。牙、お前は別の任務をやっていただろう」
「そうだけどさぁ。お約束?」
マステマスの淡々とした声にも怯むことなく、牙と名乗った彼は屈託もなく笑う。
「でも、茶番だよねぇ」
そう言った牙に、マステマスは感情を宿さない目を向ける。
「だって、そうじゃない。君も、僕も、ここにいる。戦場に行かずにこんな所でだべっている。戦場にいるのは、爪ばっかりじゃないか」
「何を言っている。私がここにいなければ、誰が次の作戦を進めると言うのだ。戦場いるのは爪だけではない。それに、私は事後処理に忙しい」
「はっはー。事後処理。事後処理ときたかぁ。今は、事の真っ最中だと言うのに……。面白い。とすると、君はもう、勝ったつもりでいるのかい?」
「勝つか負けるか、などとは私にはわからん。全ては神の御心のままに、だ」
マステマスはコツコツと机を叩く。
「はいはい。そうだよね。君はいつだってそうだ。君のその顔が変わるところが見られるのなら、僕は魔物に組みしたっていいくらいだ」
牙のその物言いにも、マステマスの爬虫類じみた表情が変わることなどない。
「お前が魔物の側に立つと言うのならば、敵として叩き潰すだけだ」
「おぉ、怖い怖い」
そこで、牙はようやく本題に切り出す。
「で、僕はいつ突っ込めばいいのかな?」
「時が来れば、指示を出す。それまでは、待機だ。それまでは、あの男に精々あがいてもらうことにしよう」
「ああ、あいつ。外見ばっかり着飾った大司教。同じ大司教といっても、君とは大違いだ。あんなんじゃぁ、馬にしがみついていることで精一杯だろうに。それに、あいつが持っている勇者砲……、く、あははは」
面白くてたまらない、と牙は笑う。
「決められた役分はきっちりとこなして貰わなくてはいけない」
「ひっどいなぁ。同じ人だろう。あ、僕もだっけ? 殺す相手からはいつも、この人でなしー、って言われているからさぁ。時々、自分が人じゃないのかも、と思えて来ちゃうよ」
そこで、マステマスは眉を少しだけあげる。牙はその様子を見て、おや、と思う。
「お前にしては、気の利いた冗談だった。まだ、己を人だと思っていたとは。お前はもう人でなしだ。無論、私もだ。私たちは、ただ神のために生きる傀儡(かいらい)。人としての意志などとうに、忘れ去った人でなしだ」
「ああ、そうだ。その通りだ」
牙はマステマスの言葉で舌なめずりをする。
「じゃあ、人でなしは人でなしらしく、ただただ、相手を殺すことにしよう。この命、相手を殺すためならーー」
殺されたって構いはしない。牙はそう言い放つ。
マステマスは一つ頷くと。
「それでは、命令(オーダー)だ。ヒルドールヴの牙よ。戦況が進めば、いずれ狼煙(のろし)が上がる。そこからがお前たちの出番だ。あの戦場にいるものであれば誰であろうと使い潰して良い。そうして、存分に殺すといい」
マステマスのその言葉に、牙は、胸の前で十字を切ると、深く頭を下げた。




どっど、どっど。
大地が踏み荒らされて、怒りの声を上げている。
重装歩兵と騎兵で構成されたその軍が、姿をありありと曝け出していく。
万に届くかという規模の軍勢。

「何故、これほどの軍隊がここまで近づけたのじゃ?」
メイが門の上でひとりごちる。
おかしい。これほどの軍勢であれば、この街に辿り着くまでに他の親魔物国に察知されていてもおかしくはない。それなのに、何の報告もないまま、これほどの軍勢がたどり着いてしまった。
「それほどの手練れであるのか……。それとも」
メイの脳裏に様々な最悪がよぎる。しかし、今はそれを考えている場合ではない。奴らはたどり着いてしまった。それが事実であり、今、対処しなくてはならない事柄である。
彼らの現れた方角に、小さな親魔物国があったことは、現段階で考慮する事柄ではない。教会も取れる手を取れるだけ取って来たのだろう。
メイはギリ、と歯を食いしばる。
それだけ、今回は本気であるということか。
「凄い軍勢だ……。今から、あれと戦うんだよね」
ブレイブが不安げな声をあげている。
「大丈夫じゃ。ワシがおる。それに、この国の軍も捨てたわけではないのじゃ」
メイがブレイブを勇気づける。
ブレイブはすでにリビングアーマーのアンに身を包んでいる。その上に一反木綿の白衣が巻きついている。
しかし、ヴィヴィアンもカーラもいない。それもブレイブの不安を誘う材料の一つとなっている。
「ほれ、見てみぃ」
ブレイブの見ている前で、未婚の魔物娘で構成された軍がドルチャイの門から進んでいく。
彼女たちは全員、大人の姿になっていた。子供の姿のまま、戦場にむかわせるわけがない。それは、大人の役目だ。
その戦闘で指揮をとっているのは、ショジョリアことデュラハンのアリアだ。
彼女は鬼気迫る表情で、教団の軍に向かっていく。

ブレイブたちの見守る前で、教団とドルチャイの軍勢がぶつかる。
剣戟の音が聞こえる。風に乗って伝わってくる喧騒に、ブレイブは身をすくませる。
魔物娘の軍の方が数は少ない。しかし、人間と魔物では自力が違う。人間は次々と魔物娘に捕縛されていく。
勇者もいるが、手練れの魔物娘がうまく対応している。
教団側にとってはたまったものではないが、魔物側であるブレイブたちは徐々に緊張の糸を緩めて見ていた。

だが、その状況にメイは訝しがる。手緩い。メイが知っているマステマスが手を引いているのであれば、こんなもので終わるわけがない。
それに、彼らがドルチャイに攻め入ることを決意した勇者砲はいつ使うのか……。
メイは緊張の糸を切らずに、その戦闘を見守っている。
徐々に追い詰められていく教団側の軍勢。
そこで、ようやく、一番煌びやかな衣装を身につけた。指揮官が、懐から筒状の物を取り出す。
メイはそれを見て、アリアに魔術で伝令を飛ばす。

「気をつけよ。相手の司令官が、おかしなものを取り出した」
「了解しました」
手練れの魔物娘たちが、一斉に指揮官に向かって攻め立てる。
指揮官が筒状のものから、砲撃を放つ。しかし、メイの魔術を施された魔物娘の精鋭たちは、ソレをいともたやすく弾く。
弾いて、それを叩き斬る。相手の指揮官は何やら喚いているようだったが、魔界銀の剣で切られると、無様な顔を晒して馬の上に突っ伏した。

呆気ない。あまりに呆気ない幕切れに、メイは拍子抜けしそうになる。
もしかして、これを知っていたから、周りの魔物娘たちは手を出さずに、彼らをここまで通したのかもしれない。
「これで、終わりか?」
あんなものが、勇者砲だというのか?魔界を滅ぼすような威力など、到底信じられるわけがない。
魔物娘たちは教団の兵士を一人残らず捕縛すると、意気揚々とドルチャイの門まで戻ってくる。
数で増さられた軍勢であろうとも、肉体派バフォメットであるメイの街で鍛えられた精鋭たちが負けるわけはない。
伴侶を手に入れた魔物娘たちはそれぞれ、幸せそうな顔を浮かべている。
見目麗しい彼女たちに、伴侶として歓迎してもらえて、喜ばない男などいない。
教団の思想を信じ込んでいたところで、彼女たちの包容力の前では、そんなもの紙切れに等しい。

彼らはこれから、この街の一員として、幸福な日々を送る。

魔物娘に率いられた彼らが、門をくぐる。メイの魔術が施された街に入る。

ーーーゾワリ。メイの本能が、全力で警鐘を鳴らした。
何が、マズいのか。それは分からない。だが、ただ、絶望的にまずいことだけはワカル。

メイ以外の者には、マズイことが起こっていることすら分からない。目先の、これから始まる幸せに目を奪われている。
続々と、門をくぐる人間と魔物娘のカップル。
その中には、旧世代の魔物よりも貪欲に、血と絶望を求める。人の姿をした人でなしが混じっていた。

………狼煙が上る。
街から。風に吹かれることもなく、真っ直ぐに登っていくーーー。

「マステマァァス! 貴様、貴様それでも、人か! これが、人の所業だとでも言うのかッ!」
メイの悲痛な声がそれを追いかけて……、空に吸い込まれていった。





「然り。私はすでに人ではない。私は神のみもとにも、地獄に堕ちることもできない。死ぬときは、ただ塵(ゴミ)にかえるだけだ。私はそれを良しとしている。だからこそ、私が救われることなどない」
マステマスが目の前の神物(じんぶつ)に答える。
「そうだよね〜、これが君ら(ヒト)だ。ルッチーちゃんは可愛いもんだよ。だって、全部自分で行なって、自分で背負っている。でも、これは違う。自分で行なっちゃいない。ただ、後ろから背中を押して、やらせただけだ。トォン、って。己の目的のためならば、平気で悪辣に身をやつす。だから、人は見ていて飽きないんだ」
マステマスに向かって、トリック☆スターはほくそ笑む。
「限りある資源を有効に。うん、神様(ボク)としては、納得のできる活用法だ」





ーーー狼煙(のろし)が上がる。
悲鳴が聞こえる。門の内側で。
戦の匂いが、そこかしこから漂ってくる。


「相変わらず嫌らしいね。狼煙(のろし)。元はうんこなんだから、当たり前かな。あははははー。おー、おー、いっぱい上がっている。いやぁ、楽しそうだ。早く見たい(ハリー)、早く行きたい(ハリー)、早くイきたい(ハリー)」
ドルチャイを見渡せる小高い丘の上。牙が楽しそうな声を上げる。
「今なら、メイちゃんの施した転移門(ゲート)封じの魔術だって、機能不全に陥っているだろう。頼むよ、ティンダロス」
フードを被った黒ずくめの人物が頷く。
空間が軋む。無理矢理、こじ開けられたゲートの向こうから冷たい風が吹いてくる。
「やぁ、ここからが本番だ。逝っちまえ。みんなだろうが、一人っきりだろうが、怖くなんてない。だって、人でなしの僕らと違って、君らはまだ、人のまま死ねる。だから、きっと神様だって、笑って迎え入れてくれるはずさ」

戦の匂いに誘われて、飢えた戦いの狼の群れが、ゲートをくぐっていく。

目標。ドルチャイの人々。
ついでに、メイ。いくら強大であろうとも、一匹は一匹だ。より多くの命を刈り取ることを目的とする彼らは、メイ(質)よりも量を求めていた。
17/01/02 19:37更新 / ルピナス
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■作者メッセージ
次の話で、胸糞表現を爆発させるつもりでおります。
しかし、どれだけヴィヴィアンたちが、悲痛に平和を求めたのか。
魔物娘たちに必死に励んでもらって、早く魔物娘の世界にすることがどれだけ求められていることなのか。
そのために、書こうと思います。
ここで、やるんじゃねぇよ、ということであれば、戦場描写を飛ばしてお蔵入りにしようと思います。

「言ってください」

それでも、図鑑世界が、魔物娘が求められる理由って突き詰めるとこうじゃないのかな、と思って書こうと思っております。
次、本番です。
説著、死者の渇望の1話を読んで下さった方であれば、分かっていただけると思いますが……、あの表現を、戦で行います。
でも、書けるかな……。

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