連載小説
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25.お巡りさん、コイツラです
「うわぁ、すごい……」
ブレイブは街の中を見渡して感嘆の声をあげた。
言われていた通り、確かに街の中には子供達しかいない。その誰も彼もが楽しそうな顔をしていた。
コテコテのファンキーな荷車?を動かすグレムリンがいる、屋根の上では誰に跳びつこうか品定めをしているケセランパサランがいる、仲睦まじそうに歩くアリスと少年のカップルに、姉妹だろうか転んだハーピーを起こすもう一人のハーピー、起こしてあげた方が相手を「お母さん」と呼んでいたのだが、……それはそういうことなのだろう。
見渡す限り、大人の姿はなく、店を経営していてお金を受け取っているのも払っているのも子供。
人物たちの関係性が一見倒錯したような、おままごとのようにみえる光景が実際の街の風景であった。


ブレイブたちは適当な宿を見つけると、そこに馬車を預けて一息ついた。
ーー部屋の中にはヴェルメリオを抜いて二人増えた以外はいつものパーティ。しかし、水面下では壮絶な火花が散っていた。

(このォォォ、幼くなった途端しおらしくしおッてェェ!)
(これが、リリムの本気!? 甘く見ていました……)
(ふひひひ……、私見られてる)
(き、着替えさせて欲しい……)
(姫と王子に罵られる駄馬、……ああ、待ち遠しいですわ)
(ど、どうしよう……)
(なんとかして、バケの皮を剥がせない、かな?)

ベッドに腰掛けたブレイブにすり寄ってコテンと肩に頭を預けて微笑んでいるのは、変態痴女の名を欲しいがままにしていたはずのヴィヴィアン。それが。
なんということでしょうーー開けば残念な発言しか漏らさなかったはずの口は、穏やかな微笑を湛えて出てくるのは優しい言の葉。隙あらばブレイブの股間に伸ばされてさすっていた指は、蠢くことなくキチンと揃えられて膝の上に乗っている。色気の暴力を撒き散らしていた煩いまでの双丘はなりを潜めて、彼女の呼吸に合わせて揺かごのように揺れていた。真っ白なワンピースに身を包んで、まるで御伽噺の中から出てきたかのようなお姫様がそこにはいた。
しかし、どうしたことでしょうーー頭の中はクサヤの如き変態的な異臭が漂い、欲望がハエのようにブンブン飛び回って、ブレイブに飛びかかりそうになる衝動を必死になって抑えていた。
「ブレイブ、……さま」
「ひゃっ、はいっ!!」
「どうしたのですか、そんな風に固まって」
白髪の姫君は淡い陽光のような微笑みを浮かべながら、ブレイブの顔をマジマジと見つめた。
変態発言さえしなければ、ただでさえ絶世の美女であったヴィヴィアンが幼い容姿になり、その上で変態発言を封印していた。その理由として、記憶喪失である、と本人は宣った。これが闇の叡智とまで呼ばれた女の猿知恵である!!
皆も怪しいとは思いつつも、それを言おうとすると悲しげで儚い色を浮かべる彼女に、突貫できる猛者はいなかった。

(くぅぅっ、収まりなさい、我が煩悩よっっ! 今、ボロを出したら全てが水の泡、耐えて、打ち勝て我が理性っ!)
(いくら隠そうとも抑えきれない変態の波動が漏れていますわ。私にはわかります。同類ですもの)
(どっちだ……!? ドッチだ!? 演技であるのならば、そのまま切り捨ててやるが、もしそうでなければ私が悪者になるだけだぞォ!!)
(うぅ……恥ずかしい)
(起きたら、記憶喪失だったって。でしたら、どうしてそこまで的確に魔力を抑えて、迷わずブレイブさんのところに行ったのでしょう。彼女の策略に決まっています。………これ、どうにかして利用できませんかね)
(うーん、ボクに何かできることは……)

(やめてよぉ〜、ヴィヴィア〜ン)
ブレイブは内心では泣きべそをかいていた。今までに何度も彼女を抱いたはずの彼ではあったのだが……。今の彼女は美しいを通り越して神々しささえあった。触れてはならない神聖なモノ。キレイなガワの中身は………、うん、言わないでおこう。
意図して妖艶さ色気の類を抑えている彼女は、無垢と純真の結晶のようで手を出すことが憚られた。

(ーーふふふふ。赤くなってる。ブレイブかわいい)
ヴィヴィアンは調子に乗ってさらにブレイブに擦り寄る。ヴィヴィアンの髪の香りは陽光の花の香りのようで、ふんわりとブレイブの鼻腔をくすぐった。
モジモジと体を揺らすブレイブ。
「えっと、ヴィヴィアン? 少し離れてもらってもいい、かな?」
ブレイブの絞り出すような声に、眉を八の字に可愛らしく歪めてヴィヴィアンは悲しげな顔を浮かべた。
「どうして、そのような無碍な事を仰るのでしょうか? ブレイブさまはわたくしの事がお嫌いなのでしょうか?」
「そ、そんなことは……なくて、むしろ好きだけど……」
目に見えてシドロモドロになっていくブレイブ。ーーーシャァァァッ!! ヴィヴィアンは心の中で盛大にガッツポーズをした。言質とったどぉー!
そして、畳み掛けた。外野が口を挟む前に一気に喰らいつくっっっ!



「嬉……しい。ありがとうございます……、ブレ、イブ、……さま」
私は両手で鼻と口を覆うと、感激で目を潤ませます。
ぅぐっ、という声がブレイブから聞こえたようでした。

ですが、邪魔者が入り込みます。いえ、……ニヤリ。
「あああああ!危険だ、キケンだ、危険だァァっ! 例え記憶があろうがなかろうが、この妖女は切り捨てておかなくてはならんン! 例え、人でなしのそしりをうけようとも、すでに人でなかろうともォォォ!!」
カーラが憤りの声をあげますが、
「きゃあっ!?」
私の反応に怯んで、ブレイブも助けてくれます。
「カーラちゃん、ダメだよ。怖がらせちゃ」
「ブ、ブレイブ……きゅん? な、なぜそのような目で私を見る? 私は…私はぁぁァぁ!!」
「カ、カーラちゃん?」
カーラが叫びながらドアを突き破って飛び出して行ってしまいました。やり過ぎてしまいましたか……。バレた時のことなど想像したくもありません……。
よ、よしっ。カーラを探しに行きましょう、探しに行くとかこつけてデートしちゃいましょう。

「ブレイブさま、一緒にカーラさまを追いかけませんか? なにやら私がこうなったことでご迷惑をおかけしたようですし……」
「め……、迷惑とかそんな…」
少しばかりブレイブは頭の中で逡巡したようでしたが、決意した顔をするとーーいい顔ですーー、立ち上がりました。
「お伴します」
私はブレイブの手を取ってついて行きます。ーーーふひひひひ。思わず笑みを浮かべてしまいます。

ーーーと、突き刺さるような視線が。しまっったぁぁぁ! バレテーラ!!
二チャリとした白衣の顔。ふぉおおおお。後で何をされるのか……。
楚々とした純白のワンピースの下、可愛らしい飾りのついた白い下着の中で、私の欲望がジュンとしてしまったのでした。

宿から街へとくり出した私とブレイブはカーラを探すという名目でデートをします。
ヒャッハー、とうとう私の時代が来ましたーー! ずっと私のターン!!
私は嬉々としてブレイブと手を繋いで通りを歩いていきます。
え、調子に乗ってると後が酷いって? そんなのわかりきったことではありませんか。はっはっは。ドンと来いってモノですよ。へっへっへ。
私はここぞとばかりに嬉しげにブレイブの腕に自分の腕を絡めます。この体だと私の方が背が低くなるので、ブレイブの手にしがみつく事が出来るようになります。カーラめ、こんな思いをしていたのか、と今更ながらに嫉妬も覚えてしまいます。
そうして、カーラを探さなくては、という目的をよそに、私はブレイブを連れ回しました。

「ブレイブさま。私、こんなの初めてです。みなさん楽しそうでキラキラして」
お城からあまり出たことのないお姫様の設定です。この容姿にはぴったりでしょう。ーーー我ながら、クサイですね。でも、こうしていると心の中にあったネチャネチャしたものが浄化されて消えて行くような……。
そうして私は街中をブレイブを連れて回りました。




「う、うぅぅ。ブレイブきゅん。そんな……。ヴィヴィアンは、絶対に忘れてなどいないはずだ!! ぐ、ぬぬぬぬ」
部屋を飛び出したカーラは拳を握り締めながら、トボトボと歩いていた。
「きゃっ」
俯いて歩いていたせいでカーラは誰かとブツかって、可愛らしい声が聞こえた。
「す、すまない。大丈夫か」
慌てて声をかけるカーラの前にいたのは、ダークスライムの少女。
「大丈夫です。こちらこそすみませんでした」
ダークスライムの少女は柔和に笑う。
「い、いや。それならば良かった」
ホッと胸をなでおろすカーラの様子を見て少女は訝しげな表情を見せる。
「もしかして、旅の方、ですか?」
「ん、ああ……そうだ」
「やっぱり。私の事を知らないようでしたから」
ダークスライムは妙に嬉しそうな様子でカーラに話しかけた。
「私の名前はデイジーと申します」
「デイジー」
「はい」
初対面のものに名前を名乗り、呼ばれる事を嬉しそうにしているとは一見して妙な少女だったが、カーラは気にせずに自分も名乗った。
「私はカーラだ。よろしく」
差し出された少女の手を紫色のスライムの手が握った。なぜ嬉しそうな様子をしているのかわからなかったが、水を差すのも悪いだろう、とカーラは黙っていた。

ここで出会ったのも何かの縁、とカーラはデイジーの家に招待された。
「こ、子供がいたのか」
「はい」
デイジーは驚くカーラに頷いた。出迎えてくれたのはデイジーの娘。帰ってきた母から荷物を受け取るとカーラに軽く会釈して奥に引っ込んで行ってしまった。
「ああ、この街はそういう街だったな……」
カーラはヴィヴィアンとブレイブの事を思い出してため息をついた。
「どうかされたのですか? 先ほども考え事をしていたようですし」
まだ会って間もないのだが、デイジーの優しげな様子と子供を持っているという、自分とは違う立場の人物に話してみるのも悪くはないかと思って、カーラは彼らのことを話すことにしたのだったーー。

「ふふふふ」
「おいおい。笑い事ではないぞ。あの幼女、もとい妖女は、わかっていてやっているに違いない」
カーラは笑われたことで嫌な顔をしてしまった。
「ごめんなさい。でも、なんだか楽しそうで……、あなた方がお互いにいい仲間たちなのだと思えてしまって」
「なっ、……確かに私とブレイブきゅんはいい仲だが。他の奴らは………、まぁ……そうなのだろうな」
照れたのを隠すようにカーラはデイジーからそっぽを向いた。
ふふふ。というデイジーの笑い声がしているが、今度は嫌な気持ちにはならなかった。

デイジーは笑い終えて居住まいを正すと、笑みを引っ込め真面目な顔をしてカーラに切り出した。
「実はですね。私がカーラさんを呼び止めたのは、あなたが外の方だと聞いて、伝えなくては行けない事があったからです」
「……伝えなくてはいけない事?」
「ええ」
訝しげなカーラにデイジーは続ける。
「カーラさん方はこちらは旅の途中で訪れただけでしょうか?」
「ああ」
カーラの答えに彼女はホッと胸をなでおろした。ダークスライムの体がプルンと揺れる。
「それならば、いいのですが。ここに住む者として、忠告です。この街に住むのはおやめください。きっと……後悔します」
「後悔……とは」
「カーラさん、お強いですよね?」
「もちろんだ。お前もだろう?」
「やはりお気づきで。でも、私はそれなりに、ですよ……」
力強く頷いたカーラにデイジーは今まで見せなかった不敵ともとれる笑みで答えた。
「お前は私が何かに巻き込まれると思っているのか?」
「………、巻き込まれるというか、押し付けられるというか……」
急に言葉を濁し出すデイジー。
「いえ、それを今からお話しいたします」
カーラは静かに彼女の話を聞くことにしたーー。


話を聞いてからカーラはデイジーの家を後にした。
まさか、この街はそんな街だったとは……。
楽しげな顔で笑う住人たちを見やりながらカーラはデイジーの話を反芻していた。
早く合流して伝えなくてはいけない。しかし、伝えたところで関わるかどうかは別問題だ……。

「カーラさん」
宿への道を歩いていたカーラに声がかけられた。そこにいたのは自分の仲間たち。
子供用の鎧が勝手に動いているようにしかみえないアンに、白衣は短くなった体なんとか巻きつけている。なんでも風に飛ばされやすくなったからだそうだ。
その隣にはーー、ギャグボールを咥えさせられて手綱を取り付けられているビクトリアの背中にーービクトリアの大きさはポニーくらいだーーフリフリの可愛らしい服を着て据わった目をしたケルンが乗っていた。「なぜ、他の服に着替えられないのだ、呪いかコレは……」なにやらブツブツと陰気に呟いている。ギャグボールの隙間の穴からはビクトリアの抑えきれない興奮が漏れ出ている。
流石にカーラでもその様子には若干引いてしまった……。しかし、いつものことと言えばいつものことなのであえて触れないことにした。
「ああ、ちょうどよかった。今、宿に戻ろうとしたのだ。………あいつらの様子はどうだ?」
恐る恐る尋ねるカーラに、白衣は二チャリとした笑みを浮かべると、
「実はですねェ」
と話し始めた。

白衣の話が進むに連れて、カーラは「な」とか「に」とか言いつつ徐々にボルテージが上がり、ナ行を一周して再び「ぬぅおおおお!!」と叫び出した。憤怒のオーラで幼女の髪が逆立っているようにすら見える。彼女の赤い瞳は焔のように揺れている。
「あ、あの女やはりぃィぃ!! この怨みはらさでおくべきかっ!!」
宿を飛び出した時以上の勢いで駆け出そうとするカーラを白衣がガシィと掴……巻きつく。
「お待ちください。お二人の場所はわかっているのですか?」
「………ふ、ははははは。見くびるなよ、私はすでにブレイブきゅんのモノ、だ。魔法や魔術で阻害されていない限り、私にブレイブきゅんの居場所がわからないワケがないっ!!」
断言するカーラに白衣は頷く。
「わかりました。それでは行きましょうか」
「待っていろ、ヴィヴィアン。お前の化けの皮はすでに剥がれた! 貴様はもはや麗しの姫君ではない、幼女の皮を被った妖女なのだ!!」
雄叫びをあげるカーラ。周りの住人たちは彼女たちの異様な様子を見て、ビクッとして、


ーーー誰かが通報した。
”お巡りさん、コイツラです”


見た目は子供で中身は大人だと言えども、魔道に長けていたり武術を納めていなければ、子供の体のままでは危険にさらされることの方が多い。そのため、ドルチャイの住人たちは見た目が子供であっても不審な人物を見かけたらすぐに通報することにしていた。
街中なのに鎧を着込んでその上に巻きついている一反木綿、バイコーンにギャグボールを噛ませて背に乗っているフリフリのサテュロス、憤怒のオーラを撒き散らしながらズンズンと道を行くカースドソード、いくら魔物娘の国だと言えども通報されないワケがない。


ーーそれに彼らは見たかったのだ。彼らのヒーローを。
16/10/12 09:15更新 / ルピナス
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■作者メッセージ
幼女と妖女の読みが同じだったのには驚愕した。

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