連載小説
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旅立ち
リフォンとミルラナが地下水路のアジトを壊滅させてから数日が経った。

「ふむ、流石にもう大丈夫そうじゃな」

ミルラナの脚の包帯を解き、診療所の主である老人は頷いた。

「ありがとうございます。すみません、こんなにお世話になっちゃって…」

ミルラナが頭を下げると、老人は満面の笑みを浮かべた。

「何、お嬢さんみたいな可愛い娘なら大歓迎じゃよ。…それにしても、いい彼氏を持って幸せじゃのう?」

「かかかかかかか、彼氏とか、別に、そんなんじゃ、ないですからっ!?」

ミルラナが顔を真っ赤にしながら必死に否定する。

老人がそんなミルラナの様子を見て笑っていると、診療所のドアが開き、リフォンが入ってきた。

「おう、何だか楽しそうだな。何かあったのか?」

「ほっほっほ、何、お嬢さんがな…」

「わーっ! わーっ! わーっ!? ななななな、何でもない、からっ!?」

「…お、おう。何かよくわからんが、その様子だともう大丈夫そうだな」

手を振り回して必死に訴えるミルラナに気圧され、リフォンもそれ以上の追及はしなかった。

「うむ。傷も塞がっとるし、もう大丈夫じゃろ」

「…はぁ、はぁ…。もう、こんな何日もじっとしてなくても大丈夫、って言ってるのに…」

そう言ってミルラナは口を尖らせる。

流石に魔物娘だけあって、一度持ち直すとそこからの回復は早かった。

なので、自分は大丈夫だとミルラナは訴えていたのだが、リフォンは念のためにもう少し休んでいろと言って聞かなかったのだ。

リフォンがミルラナを心配して言ってくれているのは十分に理解していたが、彼女がワーラビットだからか、じっとしているのは彼女にとってかなり退屈だった。

それに、ミルラナにはもう一つ気がかりなことがあった。

他の暗殺者の存在である。

この辺りにどれほどの暗殺者がいるか、ミルラナも把握できているわけではないが、あの時アジトにいたのは間違いなく全員ではなかった。

少なくとも、メルストはあの場にいなかった。

彼だけでなく、他にもまだいると見て間違いはないだろう。

そして、その残りの連中による襲撃があってもおかしくはない、とミルラナは考えていた。

なので、ベッドに寝ている間も、出来る限りの警戒はしていた。

おそらくリフォンも同じように警戒はしていただろう。

しかし意外なことに、襲撃は一度もなかった。

メルストあたりが接触してくるかも、とも考えていたが、それもなかった。

アジトが壊滅し、街も騒がしくなっているので動きにくい、とも考えられるが、不安は完全には拭えなかった。

そうこうしているうちに、数日が経過し、ミルラナの怪我もほぼ完治したというわけである。

「まぁたまには休むことも大事だぞ? それに、こちらも改めて仕事の完了手続きも終わったしな」

「……あ」

ミルラナはリフォンの言葉を聞いてはっとした。

そうだ。

これで、リフォンの仕事は終わり。私と一緒に行動する理由もなくなる。

…どうしよう。

…どうしようって、何が?

自分でも、何が「どうしよう」なのかわからない。自分の心がわからない。

この気持ちは、何?

私は、どうしたいの?

私は…。

…リフォンと、別れたく、ない…?

「…り、リフォン…」

「お? どうした?」

「あ、えと、その…」

言葉にならない。何て言えばいいのかわからない。

「…どうした? もしかして、まだ具合が悪いとかか?」

「…違うの。…そうじゃなくて、その…何でも、ない…」

駄目だ、どう言えばいいのかわからない。

どうしよう、嫌だ、別れたくない、でも、何て言えば…!?

「…? まぁ、それでだな。次の仕事は西のマシュエットの街の暗殺ギルドの調査になったんだが、ミルラナはそれでいいか?」

「…………え?」

リフォンの言葉に、ミルラナはぽかんとする。

「いや、だから、次の仕事の話。西のマシュエットの街にも、この街と同じ暗殺ギルドの連中が暗躍してるんだとさ」

「…そうじゃなくて。私も、一緒に…?」

「…? 勿論、そのつもりだったんだが……え、俺、何かまずいことした?」

「…そ、そんなことないわよっ!! 私は、それで全然大丈夫よ!?」

ミルラナの先程までの心配が一瞬にして吹っ飛んだ。

むしろ、これでは勝手に心配していた自分がバカみたいじゃないか、とミルラナは内心複雑な気持ちだった。

「お、おぅ。で、これ以上ここに長居するのも悪いし、大丈夫そうなら早いところ準備して出発しようと思ったんだが……本当に大丈夫か? お前、さっきから何か変だぞ」

「だ、大丈夫よっ! そうと決まれば、早いところ準備しましょ!」

首をかしげるリフォンに背を向けるように、ミルラナは慌てて自分の荷物をまとめ始める。

ほっとすると同時に、口元が自然と緩んでしまう。

自分でもそれが何故かはわからなかったけれど、とにかくミルラナはそんな顔をリフォンに見られないように必死に身支度を整えたのだった。



診療所の老人とエンジェルに何度もお礼を言ってから、二人は市場へと向かった。

マシュエットの街までは歩きで5日程度の距離がある。

なので、旅支度も揃えなければならない。

だがその前にリフォンが寄りたいところがあると言うので、先にそちらを済ませることになった。

二人が向かった先は、1軒の鍛冶屋だった。

「鍛冶屋、って……。リフォン、武器使わないじゃない」

「ちょっとな。……ごめんくださーい」

リフォンが中に声をかけると、中から「はーい」という返事と共に、作業着姿のサイクロプスが駆けてくる。

「ども。この前頼んでおいたもの、できてるか?」

「勿論。こんな感じで、いい?」

リフォンは何かを受け取ったようだが、ミルラナからはリフォンの背中で見えなかった。

「…うん、注文どおりだ。流石、いい仕事だな」

「当然。私も面白かった。お代はこの前払ってもらったので十分」

「ありがたい。また何かあったら頼むよ」

「了解」

リフォンが軽く手を振ると、サイクロプスは小さく頭を下げ、店の奥へと消えていった。

「…ねぇ、何だったの?」

ミルラナが尋ねると、リフォンは受け取った何かを隠すようにしながらニヤリと笑い、

「…はい、これ。お前に」

そう言って、その何かをミルラナに差し出した。

「…これ、って…」

それは、2本1組の短剣だった。

シンプルな装飾が施された鞘に納められており、柄の部分も同じくシンプルな装飾が施されている。

それでいて作りはしっかりしており、実用性を重視した構造だった。

「ほら、俺と戦った時に片方折れちゃっただろ? だからさ、弁償というか何と言うか。それと、その短剣はちょっと特殊でな」

「特殊?」

「ああ。ちょっと抜いてみ」

ミルラナは言われたとおり、2本のうち1本を鞘から抜いてみる。

中から出てきたのは、実に奇妙な刀身だった。

全体的なシルエットは普通の両刃の短剣に近いが、片方の刃は刀身の中心に向かって深い切り込みが何本も入っており、まるで櫛を思わせる。

そしてもう一方の刃にあたる部分には、刃が入っておらず、全く斬れなかった。

「……この短剣、斬れないんだけど?」

「ああ。そう頼んで作ってもらったんだ」

「…どういうこと?」

「ミルラナがなるべく相手を殺さないように、って思ってさ。やっぱり、出来る限り相手を殺さない方がいい」

ミルラナは短剣をそっと握り締める。

まるで吸い付くかのように、短剣は彼女の手に馴染んだ。

そして、そっと刃を撫でてみる。

やはり、全く斬れない。

それは、どこかリフォンの優しさを感じさせた。

「……その、悪いな。俺の考えを押し付けることになるかとは思ったんだが、それでも、やっぱり、な」

「……ううん。ありがとう。大事に使うからね」

ミルラナは嬉しそうに微笑むと、丁寧な仕草で短剣を腰の後ろに下げた。

そして、自分がこれまで使っていた1本の短剣をリフォンに差し出した。

「これ、良かったら貰って」

「え、何で?」

「お礼…にしては全然釣り合わないけど、気持ちだけでも、ね」

ミルラナのその一言で、リフォンは彼女の意図に気づく。

ミルラナはリフォンの気持ちを受け取り、自分もまた短剣を差し出すことでなるべく相手を殺さないという意思を示したのだ。

「……ああ。それじゃ、ありがたく貰っておくよ」

「うん」

リフォンは短剣を受け取り、自分の腰のベルトに下げた。

ミルラナは、その様子を嬉しそうに微笑みながら見つめていた。

その後、携帯食料や簡易寝具などを買っている間も、ミルラナは時折短剣に目をやり、嬉しそうに微笑んでいたのだった。



一通り買い物を済ませた後、今度はミルラナが寄りたいところがあるということで、二人でそこへと向かう。

向かった先は、娼館「アルティエット」だった。

「……ちょっと待て、まだ昼間だぞ」

リフォンの言葉に、ミルラナは一瞬ぽかんとした後、瞬時に顔が真っ赤になった。

「違っ、何勘違いしてるのよっ!? 旅に出るんだから、ここのオーナーに挨拶しに来ただけよっ!!」

「あ、ああ、そうか。そうだよな。うん。確かに挨拶は大事だ」

リフォンも心なしか顔を赤らめているようだった。

「全く、もう…。ちょっと待ってて」

ミルラナはリフォンにそう言うと、店の中へと入った。

丁度入り口近くにいたオーナーのメーティアはミルラナを見ると驚いたような表情になる。

「あら、ミルラナ? 最近出てこなかったから心配してたのよ。何かあったの?」

「無断で休んでしまってすみません。実は、父が倒れたと知らせがあって、家に戻らなくてはならなくなってしまったんです。それで、急な話ですがお暇をいただけないでしょうか…?」

流石に暗殺ギルド云々なんてことは言えないので、ミルラナはさらりと適当に嘘をついた。

メーティアはそれを聞いて表情を翳らせる。ミルラナの良心がちくりと痛んだ。

「そうだったの……。わかったわ。早く帰って、お父様を労わってあげなさい。それに……」

「……それに?」

「早く孫の顔を見せてあげるのも、親孝行になると思うわよ。……なかなかいい男を捕まえたじゃない♪」

「…………はい?」

ミルラナが聞き返すと、メーティアは持っていた扇の先でミルラナの後ろを指し示す。

ミルラナも扇の指す方に振り返った。

「……おぉ、中はこんな感じなのか……」

店の入り口でリフォンが物珍しそうに店の中を見回していた。どこからどう見ても不審者である。

ミルラナはつかつかと早足でリフォンに歩み寄り、彼の頭をスパーンと引っ叩いた。

「何やってんのよっ!? 恥ずかしいでしょ!?」

「いや、すまん。こういうところには入ったことが無かったもんで、つい」

そんな二人のやり取りを、メーティアはくすくすと笑いながら見ていた。

「うふふ、仲がいいのね♪」

「なっ!? そっ、そんなんじゃ…!!」

わたわたと慌てるミルラナに、メーティアは優しく微笑みかけた。

「……ようやく、仮面をはずしてくれたのね」

「……え?」

きょとんとするミルラナに、メーティアはなおも微笑みながら続けた。

「ここで働いていた時の貴女は、きっと普段の貴女ではないと思ってたの。……素顔を見れて、嬉しいわ」

「……メーティアさん…」

「いつでも遊びに来てくれていいからね? 必要なら、部屋も貸してあげるわよ♪」

そう言ってメーティアは意味深に笑う。

「だっ、だからっ、そんなんじゃ、ないですってば!!」

ミルラナは顔を赤らめながら必死に否定するが、メーティアはくすくすと笑うだけだった。

「……そういえば、メルストさんは最近来てました?」

散々からかわれた後、ミルラナは気がかりだったことをメーティアに尋ねた。

「それが、貴女が休んでいる間は一度も来なかったわ。噂だと、お仕事をやめてどこか他の街に行ったらしいけど……」

「……そう、ですか…」

この街にいるのは危険と判断して逃げたのだろうか、とミルラナは考える。

現状では情報が少なすぎて判断はできなかった。

自分と明確に接触があった相手なだけに、動きが読めないのは気持ち悪いが、現状では仕方ない。

とりあえず今は警戒しておくしかないだろう。

「……あら、もしかしてそこの彼と三角関係? なかなかやるじゃない♪」

「……だから、そういうのじゃありませんってばぁ……」

ツッコミ疲れて、力なく言うミルラナ。

そんな彼女を見て、メーティアはまたくすくすと笑ったのだった。



改めてメーティアに別れの挨拶を済ませた後、二人は街の西門をくぐり、街の外に出た。

のどかな草原に爽やかな風が吹き、晴れ渡った空の下、彼方には山々が連なって見える。

目指すは、西のマシュエットの街。

二人は、西へと続く街道を歩き出した。
13/03/31 14:19更新 / クニヒコ
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■作者メッセージ
これだけ意識しているにもかかわらず、自分の気持ちがまだ理解できないミルラナなのでした。
ということで、二人は次の目的地へと向かいます。

次回、新キャラ登場予定。

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