連載小説
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動き出す想い
…はぁ、はぁ、熱いよ、苦しいよぉ…。

「…大丈夫だ。お父さんがついてるからな。…ほら」

…あ…。

…おとーさんの手、おっきくて、あったかい…。

…何だか、すごく、気持ちいい…。

「ほら、ちゃんと寝てればよくなるから。眠りなさい」

…おとー、さ、ん…。



・・・・・・・・・・・・



「……ぅ…ん…」

ミルラナはぼんやりとしたまま目を覚ました。

ぼやけた視界に映るのは、茶色い天井と、二人の人。

「……何と…本当にやりおった…!!」

片方の人影は驚いたようにそう言ってその場を離れていった。ミルラナの知らない声だ。

…徐々に視界も意識もはっきりしてきた。

どうやら自分はどこかのベッドで寝かされているらしい、とミルラナは思い至る。

先程驚いた声を上げていたのは、知らない老人だった。

もう一人、ベッドの横で動かない人影は、リフォンだった。

彼の右手はミルラナの額に、彼の左手はミルラナのむき出しのお腹にあてられている。

…お腹、に…?

「…ちょっ、リフォン、あなた、どこ、触っ…うっ…!」

慌てて飛び起きようとすると、途端に凄まじいめまいと気持ち悪さがミルラナを襲った。

リフォンは手を除けたりはせず、静かに、押し殺すような声で、

「…まだ、動くな…っ!」

と言った。

いつもの彼とは違う、真剣な声に気圧され、ミルラナはおとなしく再び横になった。

やがて、先程の老人が戻ってきた。手には、何やら器を持っている。

「…ほれ、お嬢さん。これをお飲みなさい。…飲めるかね?」

ミルラナはよくわからないまま頷き、器を受け取った。

中には、形容しがたい色と形容しがたい匂いの液体が入っている。

「…これ、は…?」

「薬じゃ。決して美味しいものではないが、我慢して飲んどくれ」

ここにきて、ようやくミルラナは自分が毒に侵されていたことに気づいた。

おそらくは、あの暗殺者の男が投げたナイフに仕込んであったのだろう。

…我ながら情けない。

自戒の意を込めて、ミルラナは目を瞑り、息を止め、一気にその薬を飲み干した。

「〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

形容しがたい味だ。一言で言うなら、とにかく不味い。不味いなんてものじゃない。

「よしよし、よく飲んだの。ほれ、水じゃ」

ミルラナは老人からひったくるように水を受け取り、ごくごくと一気に飲み干した。

…まだいくらか口の中が酷いことになっているが、だいぶマシになったような気がする。

「…これでおそらくはもう大丈夫じゃろう。…お前さんも少し休むとええ。よくはわからんが、かなり消耗しているじゃろう」

老人がリフォンにそう言うと、リフォンは小さく首を振った。

「…大丈夫です。ありがとうございます」

老人は小さくため息をつくと、

「…無理するんじゃないぞ。お前さんも倒れちゃ話にならんからの。何かあったらすぐ呼んどくれ」

と諦めたように言って、部屋から出て行った。

ミルラナはまだ口の中に残る味を全力で忘れようとしながら、リフォンの方を見た。

リフォンは、相変わらずミルラナの額とお腹に手をあて、何かに集中するように黙って目を閉じている。

ミルラナは何となく、彼に触れられている部分から、暖かさが身体中に広がっているような気がしていた。

「…リフォン…」

「…いいから今は休んでろ」

「…うん。ありがとう…」

先程の薬のせいか、ひどく眠い。

ミルラナは、リフォンの言うとおりに、素直に眠りに落ちていったのだった。



次にミルラナが目を覚ましたのは、次の日の朝だった。

ゆっくりとベッドの上で身を起こす。身体も軽く、若干めまいはするものの、気持ち悪さはほとんど残っていない。

ふと横を見ると、リフォンが彼女のベッドに突っ伏していた。

「…リフォン? ねぇ、リフォン?」

声をかけながら軽く揺さぶってみるが、リフォンはぴくりともしなかった。

『よくはわからんが、かなり消耗しているじゃろう』

昨日の老人の言葉が思い出される。

おそらく、リフォンは何らかの方法でミルラナを助けてくれたのだろう。

それも、かなり無理をして。

(まさか、私なんかのために、無理をしすぎて…!?)

最悪の展開が頭をよぎる。

「ねぇ、リフォン。起きてよ。ねぇ、起きてよぉ…!」

ミルラナは目に涙を浮かべながらリフォンを再度揺さぶってみるが、彼はやはりぴくりとも動かなかった。

だが。

「……Zzzz…」

物凄く安らかな寝息が聞こえる。どうやら爆睡しているだけのようだった。

想像していた最悪のパターンではなかったと知って、ミルラナは心から安堵した。

「…もう、心配させないでよ…」

ぽつりと呟いてから、そもそもリフォンに散々心配をかけたのは自分の方だとミルラナは思い至り、自分で自分の頭をこつん、と小突いた。

そんなことをしていると、部屋に一人の女性が入ってきた。

白い服を纏った、ミルラナと同年代くらいの可愛らしい少女だった。

まさに白衣の天使と呼ぶにふさわしい…というか、天使そのものだ。背中に白い羽根が生えている。

「あ、起きたんですね。おはようございます〜」

どことなく間延びした声で、そのエンジェルはミルラナに声をかけた。

エンジェルはベッドに突っ伏して爆睡しているリフォンを見て、くすくすと笑う。

「あら〜、彼、そのまま寝ちゃったんですね〜。はい、それじゃあ、ちょっと脚を見せてください〜」

言われるがまま、ミルラナはエンジェルに脚を見せる。

ナイフが突き刺さった傷口には包帯が巻かれており、わずかではあるが傷口の周囲が薄紫色になっていた。

「ん〜、これならもう大丈夫そうですね〜。まだちょっと紫色っぽくなってますけど、これもそのうち完全になくなりますから、安心してください〜。それでは、包帯を取り替えますね〜」

のんびりした話し方とは裏腹に、エンジェルは手際よく包帯を取り替え始めた。

そんな彼女に、ミルラナは尋ねた。

「あの…昨日、私はどうなったんですか?」

「え〜っとですね〜、そこの彼があなたを抱きかかえて物凄い剣幕で飛び込んできたんですよ〜」



・・・・・・・・・・・・

「すまない、誰かっ!! 誰かいないかっ!?」

リフォンの声に、診療所の主である老人と、その助手のエンジェルが何事かと駆けつける。

「何じゃ、大声で…。む、どうしたのじゃ!?」

「この娘が毒にやられたんだ! 早く、早く助けてくれっ!!」

「わかった。訳ありのようじゃな。早く中へ!」

リフォンが診療所のベッドにミルラナの身体を横たえると、老人はすぐに傷口の様子を診た。

簡単に止血された傷口の周囲はどす黒い紫色に変色しており、さらになおじわじわと広がり続けていた。

「むぅ、これは…!」

「どうなんだ、助かるのか!?」

リフォンのすがるような声に、老人は苦い顔をした。

「…非常に強い毒じゃ。広がるのも早い。薬は調合できるが、このままでは長くは保たんじゃろう…。せめて、もう少し毒の回りを抑えられれば助けられるかもしれんのじゃが…」

「…毒が回らないようにすればいいんだな!?」

「じゃが、そんなことはできるはずが…おい、お前さん、何をするつもりじゃ!?」

リフォンはミルラナの額とお腹に手を当て、深呼吸しながら目を閉じ、集中する。

すると、傷口の周囲の紫色の部分の広がる速度が、目に見えて遅くなっていった。

「…なんと…! こりゃ一体、どういうことじゃ…!?」

「…いいから、頼む、早く、薬を…!!」

「…わかった! よくはわからんが、しばしの間、持ちこたえてくれ!」

そう言うと、老人は診療所の奥へと走っていった。

「…頼む、持ちこたえてくれよ、ミルラナ…っ!!」

・・・・・・・・・・・・



「…とまぁ、こんな感じです〜…って、わゎ、大丈夫ですか〜?」

「え?」

言われて、ミルラナは自分の頬を涙が伝っていたことに気づく。

信じられない思いだった。

リフォンとは出会ったばかりで、しかも最初は敵同士だったのに。

リフォンにとって、私を助ける理由なんてないはずなのに。

それなのに、こんなに、一生懸命、心配して、助けようとしてくれて。

目から涙が溢れて止まらなかった。

「わ、わ、わ、どうしましょう〜。まだ、どこか、痛みますか〜?」

ミルラナの心の中が、色々な想いで満たされ、溢れていく。

彼女自身、それをどう表現するのかわからなかった。

だが、それは、暖かくて、それでいて少し胸が締め付けられるように苦しくて。

…これはきっと、「嬉しい」のだと、ミルラナは思った。



「……んぁ…」

寝ぼけた間抜けな声を出しつつ、リフォンは目を覚ました。

そして、即座にがばっと身体を起こす。

「ミルラナっ!?」
「ひゃっ!?」

唐突なリフォンの声に、ミルラナは目を丸くしていた。

「…もう、起きるなり大声出さないでよ。びっくりするじゃない」

「…すまん。…それよりミルラナ、もう大丈夫なのか!?」

慌てたように尋ねるリフォンに、ミルラナはにっこりと微笑みかけた。

「うん、おかげさまで。…その、心配かけてごめんなさい。色々無理させちゃったのよね。助けてくれて、本当にありがとう」

「……」

妙な沈黙。

「…リフォン?」

「…いや、何か昨日までと雰囲気が違う気がしてな。何かおとなしくなったというか、素直になったというか。…大丈夫か? まだ本調子じゃないんじゃないのか?」

「…どういう意味よ、それ」

「…すまん」

ジト目で睨まれ、リフォンは素直に謝った。

「…もう」

そう言いながらも、ミルラナの顔には笑みが浮かんでいた。

そんなやり取りをしていると、老人が部屋へと入ってきた。

「おぉ、その様子じゃともう大丈夫そうじゃな。じゃが、一応もう一度診させてもらうからの」

老人はミルラナの脚に巻かれた包帯を解き、傷口の様子を観察する。

そして、笑顔で力強く頷いた。

「…うむ、これならもう問題ないじゃろ。じゃが、念のため数日はおとなしくしとるんじゃぞ」

そう言って、老人はミルラナの脚に新しい包帯を巻き始める。

ミルラナは、老人に深々と頭を下げた。

「…助けてくれて、ありがとうございます」

「何、それがわしの仕事じゃからの。それより、そこの彼氏もえらい頑張ったんじゃ。礼ならその彼氏にこそ言ってやんなさい。何なら、後で目一杯『ご奉仕』してあげるとk」


カーン。


エンジェルが素敵な笑顔で老人の頭に金ダライを振り下ろし、心地よい金属音が響く。

「ごめんなさいね〜、こんなエロジジイで〜。あとでちゃんとお仕置きしておきますから〜」

そう言いながら、エンジェルは白目をむいて気絶した老人を引きずって診療所の奥へと消えていった。

「……意外と怖いな、あの娘…」

リフォンはそう呟きながら老人とエンジェルが消えていった方向を見つめていたが、ミルラナはそれどころではなかった。

老人の言葉を聞いてから、何故だか心臓の鼓動が急に早くなった。顔も熱い。

「…あれ、ミルラナ、お前、何か顔赤いぞ。大丈夫か?」

「えっ!? う、うん! 大丈夫! だから! 気にしないで!?」

「え、あ、おう。わかった…。でも、無理するなよ?」

「う、うん。ありがとう」

リフォンはそれから「用事を色々済ませてくる」と言って診療所を出て行った。

ミルラナはまだドキドキしている胸に手をあてながら、ベッドにもぐりこんだ。

「…どうしちゃったのよ、私…」

胸のドキドキの正体がわからず、ミルラナはその後しばらく悶々としていたのだった。
13/03/30 14:12更新 / クニヒコ
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■作者メッセージ
ということで、無事ミルラナ復活!
そして早くもデレ突入の予感!
展開速いぞ! 大丈夫か私!

ちなみに、エンジェルさんが老人に振り下ろしたのは正確には金ダライではなく、解剖皿という金属製(ステンレス製が一般的)のバットだと思われます。
…あ、もちろんバットと言っても野球に使うアレではないですよ?
そんなの振り下ろしたらおじいちゃん死んじゃいますので。
え、誰もそんなこと聞いてないって? ですよねー。

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