連載小説
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突撃鬼娘
晴れた空の下、リフォンとミルラナは西へ向かって街道を歩いていた。

時折吹く風も心地よく、足取りも軽い。

野盗やオークの群れなどの襲撃も無く、至って平和に旅は進んでいた。

「平和だなぁ。このまま何も起こらなきゃいいんだが」

「そうね。……ん?」

ふと、ミルラナの耳がぴくりと反応し、ミルラナは足を止めた。

「ん、どうした?」

「……誰か来る」

ミルラナがそう言うのとほぼ同時に、二人が来た方向から土煙を上げながら何かがやって来た。

「……兄貴〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

そんな声が聞こえる。

「…? 誰かしら。まさか、暗殺者…?」

それにしてはやたら目立つし、そもそも兄貴って何のことだろう。

ミルラナは警戒しながら首をかしげていたが、そんな時、リフォンがいきなり近くの茂みに飛び込んだ。

「ちょっ、何やってるの?」

「しーっ! 俺は、ここにはいない! 適当にはぐらかしてくれ!」

「いきなりそんなこと言われても…。っていうか、何の話?」

「いいから! 頼んだぞ!」

リフォンはそう言うなり茂みの中に隠れてしまう。

ミルラナが困惑していると、彼女の横を猛スピードで誰かが駆け抜けていき、

そして少し行ったところでぴたりと足を止め、ミルラナの方へと駆け戻ってきた。

「あ、そこのアンタ!」

駆け戻ってきたのは、緑色の肌に、額の二本の角が特徴的なオーガの女の子だった。

「な、何?」

「アンタ、リフォンって人を知らないか? こんなくらいの背格好で、黒い髪を首の後ろでこうちょっと縛った人なんだけど」

「……さ、さぁ。悪いけど、知らないわね」

一瞬リフォンが隠れている茂みをちらっと見ながら、ミルラナはそう答える。

「おっかしいなぁ…。確かに、こっちに来たはずなんだけど…」

オーガはうーんと唸りながらそう呟き、そしてぱっと顔を上げてミルラナに向き直った。

「そこのアンタ、引き止めて悪かったな! アタイ、セトゥラって言うんだ。もしリフォンの兄貴を見かけたら、アタイが探してたって伝えてくれないか!?」

「え、ええ。わかったわ」

「頼んだよ! それじゃあなー!!」

言うや否や、セトゥラと名乗ったオーガはまた西の方へと駆け出していった。

ミルラナは呆然と彼女の背中を見送り、やがて彼女の背中が見えなくなったあたりで茂みからリフォンが顔を出した。

「……行ったか?」

「…うん。で、あの娘、誰なの?」

ミルラナが尋ねると、リフォンは身体に付いた葉っぱを払い落としつつ、困ったような顔で答えた。

「……以前、あの娘が野盗の一団に襲われてるのを見かけてな。手を貸したんだよ」

「でもあの娘、オーガでしょ? 一人でもそう簡単には負けないと思うけど」

「普通ならな。だが流石に1人で50人くらいを相手にするのはキツかったらしく、押されてたんだ」

「50人って、どれだけ大規模な野盗なの!?」

「……今思えば、すぐ近くに砦みたいな建物もあったし、襲われてたんじゃなくてむしろセトゥラが盗賊のアジトに殴りこんだのかもしれん」

「……うん、ほぼ間違いなくそうだと思うけど」

いくらなんでも無謀だろう、とミルラナは思った。もっとも、彼女の目の前にいるリフォンも似たようなものだったが。

「で、無事盗賊を退治したら、今度はいきなり『アタイと勝負してくれ』とか言い出してなぁ…」

「いかにもオーガらしいわね……。で、勿論勝ったんでしょ?」

「いや、適当にはぐらかして逃げたんだ」

「え、どうして?」

「女の子に手を上げたくないんだよ」

「オーガだし、相手から挑んできたんだから気にしないと思うけど」

「そうそう、アタイもそう言ってるんだけど、いつも勝負しないで逃げちゃうんだよなー」

ミルラナの言葉に、セトゥラがうんうんと頷く。

・・・・・・・・・・・・。

「うぉわっ!? せ、セトゥラっ!? い、いつの間にっ!?」

「び、びっくりした…」

本気で驚く二人に、セトゥラは自慢げに胸を張って答えた。

「ふふん、そこのワーラビットの態度が怪しかったから、土煙に紛れながらこっそり戻ってきてたのさっ!」

「……ミルラナぁ」

「ご、ごめん……って、何で私が謝らなきゃいけないのよ」

「でも、兄貴がこんなに隙だらけなのは初めて見たよ。このワーラビットのせいで気が緩んでるんじゃないか?」

セトゥラの言葉に、ミルラナはどきっとする。

確かに、リフォンは(ミルラナもだが)ミルラナと話している間にセトゥラがこっそり戻ってきていたことに気づいていなかった。

もし、これがセトゥラではなく暗殺者だったらと考えると、危険だったのではないだろうか。

ミルラナがそんなことを考えて落ち込んでいると、ぽんぽんとリフォンが彼女の頭を撫でた。

「あー、そうかもしれん。ミルラナといると、つい安心するというか気が抜けるというか。何か気楽なんだよな」

リフォンはそう言って苦笑する。

ミルラナは、そんな彼の言葉が何故だかとても嬉しかった。

「全く、そんなんだと盗賊とかに奇襲されて危ないぞ?」

「ああ、気をつけるよ」

セトゥラはふぅ、と小さく息を吐くと、くるりとミルラナに向き直り、まじまじと彼女を見つめた。

「……な、何?」

「……それにしても、まさか兄貴が女連れとはなー。何、もう付き合ってんの?」

セトゥラの言葉に、ミルラナの顔が瞬時に赤くなる。

「ち、違っ、そんなんじゃないわよっ!?」

「え、兄貴の彼女ってわけじゃないのか?」

「あ、当たり前でしょ!?」

「…………よっしゃ」

セトゥラが物凄く小さな声でそう呟いたのが、ミルラナには聞こえた。

(……よっしゃ?)

何が「よっしゃ」なのかはわからないが、その言葉は不思議とミルラナの心に引っかかった。

「おい、さっきから何の話をしてるんだ?」

「な、何でもないわよっ!」

「そうそう、大した話じゃないよ。それよりさ、兄貴」

「……何を言いたいか大体想像はつくが、何だ?」

「アタイと勝負だ!」

「嫌だ」

すっぱりと即答。

「いいじゃんかよー! アタイが女だからって、気にしなくていいからさー!」

「そんなこと言われてもなぁ……」

「ねーってばぁ!!」

セトゥラはリフォンの腕にしがみついて駄々をこねる。

リフォンは気にしていないようだったが、セトゥラの大きな胸がリフォンの腕を柔らかく包んでいた。

「……いいんじゃない? 相手してあげたら?」

ミルラナは自分でも知らないうちにそう言っていた。

リフォンとセトゥラが揃ってミルラナを見る。

「おい、ミルラナ、お前まで……」

「おっ、ミルラナとかいう人、話がわかるじゃん♪」

「……『とかいう人』は余計よ。ただし、リフォンも困ってるんだから、潔く一回勝負で、負けたらもう二度と勝負をふっかけてこないこと。いいわね?」

「いいねぇ、そういうの。望むところさ! ……ただし、アタイが勝ったら、何でもいう事を一つ聞いてもらうからね!」

「わかったわ」

驚くリフォンをよそに、ミルラナが即答する。

「おいおい、ミルラナ……」

「大丈夫よ。リフォンなら、相手にあまりダメージを与えずに勝つことだってできるでしょ?」

「……まぁ、できなくはないと思うが……」

リフォンは渋々という表情だった。

それと対照的に、セトゥラは自信満々といった表情である。

「ふふん、いくら兄貴とは言え、そんなこと言っちゃっていいのかな〜?」

「心配には及ばないと思うわよ。……それじゃ、二人とも構えて」

ミルラナの声と共に、二人は適度に距離をとり、それぞれ構えをとった。

「……始めっ」

ミルラナの掛け声と共に、先に前に出たのはセトゥラの方だった。

その踏み込みは深く、そして速い。

一気にリフォンの懐へと飛び込んだセトゥラは、そのままの勢いでリフォンの鳩尾を貫くかのような拳を繰り出した。

しかし、リフォンは片足をすっと引いて身体を捻り、その拳を紙一重でかわす。

そして、同時に繰り出された腕を自分を中心に巻き込むように軽く引っ張った。

「おわわわぁっ!?」

セトゥラの身体はまるで地面に急激に引き寄せられるかのようにバランスを崩し、そしてリフォンに腕をつかまれた状態でごろんと1回転し、仰向けに倒れた。

「……あ、れ……?」

セトゥラ自身も何が起こったのかわかっていないようだった。

「はい、勝負あり。リフォンの勝ちね」

「え、あれ、え?」

ミルラナが勝負の終わりを告げるが、セトゥラはまだ仰向けになったまま呆然としていた。

リフォンが掴んでいた彼女の腕をそのまま引っ張り上げて立たせると、そこでようやく彼女は我に返ったようだった。

「ち、違っ、今のは、バランスを崩しただけ!! まだ負けてないって!!」

「負けよ。あなた、倒れたうえにリフォンに腕をとられてたじゃない。本気の殺し合いならあの後すぐに息の根を止められるわよ?」

うぐ、とセトゥラは言葉に詰まる。

「はい、約束は約束、でしょ?」

ミルラナがそう言うと、セトゥラはしばらく小さく唸っていたが、やがて、目に涙を浮かべ、

「くっそぉーーーーっ!! 次は、次は絶対勝ってやるからな!! うわーーーーーーん!!」

と、叫びながら走り去っていった。

「……次は、ってことは、また来るつもりなのかしら。……約束と違うじゃない、全くもう」

ミルラナがそう言ってため息をつくと、リフォンも苦笑する。

「……まぁ、そういう奴だよ、あいつは。でも、悪い奴じゃないんだぞ?」

「うん、それはわかってるけどね……」

「……それにしても、さっきのお前、何か怖かったぞ。どうかしたのか?」

「……そう? そんなことないと思うけど」

「……そうかなぁ……」

「気のせい気のせい。さっ、そろそろ私たちも出発しましょ!」

「あ、ああ。そうだな」

リフォンは首をかしげていたが、少なくとも今のミルラナは普段どおりのミルラナに見えた。

だが、ミルラナも自分の行動が何かおかしかったという自覚はあった。

さっきからずっと、胸の中に何かモヤモヤしたものがあるような気がする。

とりあえず、セトゥラには気をつけようとミルラナは思った。

それが何故なのか、そして胸のモヤモヤの正体は何なのか、どちらも今のミルラナにはわからなかった。
13/04/01 14:05更新 / クニヒコ
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■作者メッセージ
ということで、新キャラ登場回です。
あからさまにミルラナのライバルポジションですね。
そしてやっぱり散々意識しているのに何故か自分の気持ちを理解しきれないミルラナなのでした。
次回、マシュエットの街で二人を待ち受けているものは……?

※書き溜めていた分を出し尽くしたため、今後は更新速度が落ちるかもしれません。何卒ご容赦くださいませ。

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