連載小説
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せんたく

 飲食店や個人商店が軒を連ねている区画にある建物の前で礼慈は足を止めた。

「ここが俺の家だ」
「カフェ・バー……のんだくれ?」

 礼慈が示した建物にかかった看板を読み上げたリリが首を傾げる。

「親が飲食店経営者って話したろう? 一階が店になってるんだ。
 昼間はカフェ、夜はバーとして開いてるんだが、店主がサテュロスでな。基本的にいつでも酒を出しているっていうよく分からん店になってる」

 昼と夜とで明確に違うのは店内の雰囲気くらいで、昼間は親子で入りやすいファミレスのような雰囲気、夜間はデートコースによさそうなシックでゆったりとしたイメージだ。
 今もまた、仲の良さそうな男女二人連れが店の中に入って行った。

 どちらかといえば夜の時間帯の方が母のサテュロスとしての本領発揮の時間だ。いつも通りなら店仕舞いになるまで二階の居住スペースに戻ってくる暇はない。

「じゃあ家の方に行くか」

 外階段から二階の自宅に上がり、玄関の鍵を開ける。靴を脱いでいるリリを見つめながら、礼慈は問いかけた。

「体は大丈夫か?」
「はい。だいじょうぶ、です」

 リリはその場で跳ねてみせ、それからピースサインを送ってくる。
 この宣言はキキーモラのお墨付きでもある。言葉通りに受け取ってもいいだろう。
 彼女の復調に心の底からほっとして、礼慈はリリの頭に手を置いた。
 嬉しそうにクスクス笑うのが心地よい。

 だが、と蜂蜜色の髪に手櫛を通して、内心で唸る。

(……やっぱり拭いただけじゃだめか)

 リリの上質な髪には一部ざらつく部分があった。

(一応、一目瞭然ってほどじゃないが、やっぱり触ると分かるな)

 そこは礼慈の精液が付着した部分だった。
 幼い彼女を汚してしまった逃れられぬ物証のようで、思わず目を逸したくなる。

(つってもそうはいかないな)

 このままリリを家に帰したら、いたずらされて解放された少女そのものだ。
 どこまで感づいていたのかは分からないが、友人二名は良い指摘をしてくれた。

(好き放題やっておいて守る名誉もクソもないけど……)

 リリの親はかなりの権力者のようだし、怒らせてしまって母の店が潰されてしまうのは避けたい。
 陽も落ちてしまった以上、今更早く帰しても心証は悪かろう。誠意として示せるものは示していこうと決め、礼慈はリリに訊ねた。

「家への連絡手段はなにかあるか?」
「えっと、わたしが居る所ならお母さまはすぐにまほうで分かりますけど……」

(魔法……)

 なんとなく嫌な予感がしながら礼慈は問う。

「リリからそのお母さまに連絡をとる方法はないか?」
「えっと……すみません。わたし、お姉さまたちみたいな強い力はなくって……まほうもとくいではないんです」
「いやいいんだ。それを言ったら俺は全く魔法なんか使えないしな……電話は?」
「すみません。持ってないです」
「うんわかった。問題ない。こっちでリリは今日帰りが遅くなるって話をしておくから」
「あ、ありがとうございます」

 懸念だったのだろう。リリがほっとしたように頭を下げる。
 礼慈はどうにか連絡を取る算段をしながら言った。

「その間にリリはシャワーでも浴びておこうか」
「え……でも……」

 リリはためらうような素振りを見せた。
 まあ、初めて来た人間の家でいきなりシャワーを浴びてくるようにと言われれば躊躇するだろう。

「石鹸も自由に使ってくれていいし、着替えも用意しておく。脱いだ服は洗濯機に入れておいてくれれば洗って乾燥機に通してしまおう――山に入ったせいでけっこう汚れてるからな。一度さっぱりした方がいいと俺は思う」

 言われたリリは自分のことを見回す。

「わたし、汚れてますか?」
「汚れているというより、くたびれているって感じだな」
「あ、あの、じゃあわたしシャワー浴びてきますね」

 リリは慌てたように浴室に入って行く。
 女の子に対して少し意地の悪い言い方をしてしまっただろうかと思うが、行為の残滓の残る体で居続けさせるという事態は回避できた。

(なんというか……証拠隠滅を図る犯罪者の気分がしてくるな)
 やっていることはまさに行為の痕跡を消すことなので笑えない。

「あの……服、ぬぎました」
「ああ、じゃあ洗濯機は回しておくから……あー、適当に回して大丈夫な服なのか?」

 この家にはリリが身に着けているような手の込んだ服なんて存在しない。いまいち扱い方が分からなかった。

(これで服を痛めても事だしな……)

「わたしの服はアラクネのお姉さまに作っていただいてて、じょうぶに作ってもらってます。お外で走り回っても、やぶれたりはしないんですよ」
「なるほど」
「あ、今はそんなやぶってしまうようならんぼうなことはしないんですよ。……でも、せっかく作っていただいたのと、お気に入りなので」
「分かってるよ」
「本当ですからね?」と念押しし、礼慈が分かったと頷くのを待ってから、リリは浴室に入った。
 シャワーを流す音が聞こえてくるまで待ってから、礼慈は洗濯機を動かしに洗面所に行く。

「あの、レイジお兄さま」
「どうかしたか? さっきも言ったけど石鹸ならあるやつ何でも使ってもかまわないぞ」
「ありがとうございます……えっと」

 尚も何か言いたそうにしているが、湯を浴びながらこんな会話を続けていては風邪をひかれてしまいそうで怖い。

「リリ。話なら後で聞くから、まずは先に体を洗ってしまいな」
「……はい、分かりました」

 ややあって、洗髪する音が聞こえてきた。
 曇りガラス越しに揺れる小さいシルエットに目を引きつけられそうになった礼慈は洗面所から逃げ出すようにして離れ、その足で季節物や晴れ着が仕舞ってあるタンスの中から自分が小等部の時の服を引っ張り出した。

 残っている中で一番小さい服だが、これでもリリより少し大きいだろうか。
 ズボンとシャツを見繕うと、ついで携帯端末を操作する。
 生徒会長の名前を電話帳から探してコールすると、程なくルアナが出た。

『鳴滝か? 君からプライベートの番号に連絡を寄越すのは珍しいな。何かあったのか?』
「……会長。リリ・アスデルの家について何かしら知っているみたいでしたよね?」

 一瞬の間があって、それから早口が飛んできた。

『ほうほうほうほう……っ! うむ、その通りだ。夜会で当主のネハシュ・アスデル殿と顔を合わせたこともある。さて、どうしたのだ? リリ嬢の件で困りごとでもあったのかな? 彼女の携帯番号が知りたいのなら私からいい感じに聞いておくとも』

 息継ぎの間をついて、礼慈はいえ、と割り込んだ。

「あの子は携帯を持っていないようです。それで、俺が教えて欲しいのは、アスデルさん家の電話番号です」

 息を呑む間を空け、それからふむ、といらえがあった。

『アスデル家の本宅に繋がる番号だな。一度切る。少し待て』

 そう言って電話を切ったルアナから数分後、メールが送られてきた。
 そこには数字の羅列があり、文面の最後には『応援している』とある。

(……何か、盛り上がらせてしまったな)

 明日は生徒会室で面倒なことになるかもしれないと思いながら、礼慈はありがたくその番号に電話をかけた。
 数コール置いて電話に出たのは女性の声だった。

『うちの愛娘と共に居る誰か、ですね? 私はその子の母。ネハシュ・アスデルです』

 穏やかなのに圧倒されてしまいそうな声音による開口一番のセリフに、礼慈は汗が吹き出てくるのを感じる。

「そ、その通りです。諸事情あって、遊んでいる時に娘さんが汚れてしまったので、今家でシャワーを浴びてもらっています。家は飲食店なのでこのまま晩飯を食べてもらってからお家に送り届けようと思っています。帰りは遅くなってしまいますが、心配なさらないでくださいと、そうお伝えしようと思いお電話させていただきました」

 電話は少し沈黙し、

『それはお世話をかけました。夕食もそちらでお世話になるという話も甘えさせてもらいます。ですが、我が家まで送ってくるには及びません。
 もうすぐそちらを私の娘の一人。リリの姉が通ります。彼女にリリを引き渡してもらえれば、それで構いませんよ。お礼については改めてさせてもらえれば幸いですね』

 言われた言葉に礼慈は素直に従いたくなった。

「……いえ、実はお電話ではお話しづらいことをお伝えしなければなりませんので、直接貴女にお会いしたいのですが」

 硬い唾を飲み込んで言うと、相手は電話口で笑ったようだった。

『そうですか。それではご足労願いましょう。諸事情とやらを聞かせてくれるのを、そして、君と会うことができるのを――楽しみにしていますよ?』

 そう言葉を残して電話は切れた。

 プーッ……プーッ……と通話が切れたことを知らせる受話器を耳に当てたまま、礼慈はその場に座り込んだ。

(……元勇者が単騎じゃ勝てないとかいう相手ってのは声だけで迫力あるな……)

 これは直接会った時が思いやられる。
 ため息で平静を取り繕った礼慈は、目をつむって電話での会話を反芻する。
 電話の様子から察するに、たぶん相手は“諸事情”について大方の予想をつけているはずだ。

(というか、魔法でそこら辺完全に把握してるかもしれないな……)

 もしそうだとしたら、姉を迎えに寄越すというのは直接顔を合わせたくはないという向こうからの牽制だったのかもしれない。
 だが、

(リリにお兄さまと慕ってもらえてるんだから、その程度の振る舞いはしていたいな)

 なら覚悟を決めるしかないかと開き直りのような心持ちでそんなことを思う。

「……っと、何か勢いで晩飯食わしてくって言っちゃったな」

 リリ本人に確認をとってもないのにネハシュ・アスデルから感じる威に圧されてつい口が滑ってしまった。

(いいとこのお嬢さんだからなあ……舌が肥えてるかもしれないが、まあ腹が減ってるようなら食べてってもらおうか)

 洗面所の扉が開いた。
 リリがシャワーから出てきたのだ。

   ●

「お先にシャワー使わせてもらいました。あの、服も、ありがとうございます」
「いや、そんな服しかなくて悪いな」

 用意した服はやはりリリには大きかったようで、近付けば衿口から胸が覗けそうな有様だった。
 更に言えば、腰から生えた羽を外に出すためにシャツはヘソ上までまくられている。

 それでも、不格好とは思えない。そういうスタイルのファッションであると言われれば納得してしまう程には様になっていた。
 これは礼慈が引っ張り出してきた服の見立てがよかったなどということではない。リリの元が良かっただけだ。

(こんな服でこの可愛いさか……色々な服を着せてみたくなるな)

 そんなことを思っていると、リリの肩が濡れているのが目についた。
 よく見てみれば、リリの髪はまだ全体がしっとりしている。
 タオルで拭いただけでは腰まである髪から湿気を取りきることはできなかったようだ。

(ドライヤーの場所を教えてなかったな)

 魔物は魔法で身だしなみを整えているイメージがあったが、その辺りもまだリリくらいの年齢だと未熟なのかもしれない。

(魔法苦手って言ってたしな……)

 ドライヤーのことを言おうとして、礼慈はリリの表情がどこか沈んでいるように見えることに気付いた。

「……すまんな。家にはそんな服しか置いてないんだ。我慢して着ておいてくれ」
「いえ、そんな。この服、わたし好きですよ。だってこの服を着ているとさっきまでとは少しちがいますけど、それでもレイジお兄さまを近くに感じられるんです。――ほぅっとします」

 そう笑みかけるリリに、礼慈は猛烈な照れを感じながら「そうか」と応じた。

(……まあ、服の問題ではないだろうな)

 リリがしていた表情は公園で見かけた、あの顔だった。深刻な何事かを考えていたのだろう。
 何とか探ることはできないかと顔を見つめると、逃げるように目を逸らされた。
 拒絶。ではあるが、

(深く突っ込んで訊けば話してくれそうではあるんだよな……)

 礼慈が一方的に思っただけかもしれないが、リリとの距離感が近くなっていると思うのだ。そんな今なら、抱えている問題を問い詰める、というよりも促すような形で聞かせてくれるかもしれない。

(どうしたものかな……)
 少し考える間を置いて、礼慈は言った。

「じゃあ、今度は俺がシャワー浴びてくる。その間に髪を乾かしておいた方がいいな」

 洗面所にあるドライヤーを渡して、リビングの卓上鏡を示すと、礼慈は気付かない内に汚れていた衣服を脱ぎ捨ててぬるま湯のシャワーを頭から浴びた。

(ここで無理に訊きにいかないのは正解だろうな)

 あそこで問い詰めたところでリリにとってはストレスが溜まるだけだろう。
 だいたい、今回のあの表情はリリが抱えている問題とは関係ない可能性もある。

(アリスっていうのは性交の記憶は消えるっていうけど……体に残った違和感は当然感じるんだよな)

 英と鏡花に帰り道で会った時、リリは体に違和を覚えているようだった。
 あれだけ負担がかかるような犯し方をしたのだから当然の結果だろう。記憶が消えようとも体にかかった負担は消えないのなら、身に覚えのない違和感にあのような表情にもなろうというものだ。

 今回についてはこちらが原因の気がしてならない。
 リリのまだ成熟しきっていない体を無理やり押し開いた時の記憶が蘇る。
 肉体を掘削するというのは初めての体験で、リリに無理を強いているという手応えがあった。それでも欲望任せに体の奥の奥まで押し通ったのだ。あの時の自分はどうかしていたようにしか思えない。思えないのだが、あの時の快感を思うと、たとえ礼慈が通常の状態であったとしても彼女を掘削するのを途中でやめられたのかは自信がない。

「あーもう……っ」

 思わず唸ってしまう。
 いつの間にか、礼慈の陰部は勃っていた。

(そっちの気は無いと思ってたんだけどな……)

 ぬるま湯を冷水に変えて頭を冷やしつつ分身を落ち着けながら、礼慈は改めて覚悟を決める。

(……記憶がなくなってしまうなら、後追いで補填してやればいい)

 リリが性交時の記憶を無くしてしまうとしても、あの子は敏い。体に残った結果と絡めて説明してやれば理解することはできるはずだ。

(あとは、具体的にどんな風に話してきかせればいいかだけど……)

 その点についてはあったことを淡々と言って聞かせるだけだと覚悟を決めている。
 変な魔法がかかった本を見て、それに当てられて二人してエロいことをすることになり、最終的には子供ができるようなことをしてしまったため、リリの処女を散らすことになった。
 嘘偽りの無い事実だ。
 小さい体に挿れたので体に違和感が出ているであろうことをも、そのまま告げてしまえばいい。

 もし、リリに良い相手が居たのなら、膜は事故で破れてしまったと言っても真偽の確かめようがないと教えておけば、今後の彼女に対して逃げ道を提供できるだろう。

「――よし」

 シャワーを止め、簡単に体を拭いて服を着る。それからこれがリリと、その家族に今日のことを説明する服になるのだと考えて自室にある制服の予備に着替え直した。

 緊張している。落ち着かなければと言い聞かせてリビングに様子を見に行くと、リリが使い終わったドライヤーを手渡しながら問いかけてきた。

「あの……レイジお兄さま、今日は、わたしたち二人だけで、遊んでましたよね?」
「二人だけで?」
「はい……あ、いえ。あの、スグルお兄さんと、キョウカお姉さんはちがって、あの、ヒミツ基地に行って遊んだのが、っていういみ、です……」

 目も泳いでいて、どことなく不安そうな様子が見て取れる。問いかけの内容からなんとなく記憶があやふやなのだろうということは分かるのだが、そうなると、

(これってどの時点の記憶からがあやふやになってるんだ?)

 今のリリの口ぶりだと、秘密基地に入った辺りから記憶がごっそりと失われているように聞こえる。

「ああ、どうも今はあの基地も使われてないみたいで人も居なかったから、二人だけだったな」
(性体験の部分だけ消えるんじゃ……いや、よく考えたらトイレの件もだめなのか?)

 人によりけりだと思うが、トイレの扉を壊してしまってまろみを帯びたお尻を見てしまったのはエロ判定が入るかもしれない。
 そこを考慮に入れるとしても失われている記憶の範囲が広い。どうも直接エロいことになっている所と、その周辺の記憶がまとめて失われているらしい。
 そう考えると、秘密基地内の記憶が丸っと失われていてもおかしくはない。
 そして、こんな風に記憶に穴が空くのだとしたら、クラスメイトとも関係がおかしくなるのは仕方ないのかもしれない。

(これは……やはり、リリの問題は種族特性によるもので、そしてこの子には気になる男の子が居たんじゃないか?)

 膜はあったものの、そこ以外を使うことによって性的な体験をしようと思えばいくらでもすることはできる。なにより天下の守結学園なのだ。ラッキースケベだって意中の相手がいる友達のためなら皆が協力して仕組むぐらいはやる。自分もやった。
 そういう校風だ。

 その結果記憶が抜けて、クラスでもうまく人付き合いができなくなったのではないか。
 そして今リリが不安を覚えているのは直近の記憶の欠如のせいであり、その原因は礼慈であると考えると、自分がしたことへの罪悪感が更に積み上がる。
 陰鬱な気分になっていると、リリが問いを重ねてきた。

「あ、あの――楽しかった、です、よね?」

 相変わらず、ひどく不安そうな顔だった。
 記憶の抜けと体の違和感に精神がかき乱されているのかもしれない。
 ここで否定はないだろう。
 礼慈は素直に彼女に頷いた。

「楽しかったよ。それは、間違いない」
「よかったです!」

 リリが嬉しそうにその場で一回転する。
 すると彼女の背面の様子が分かり、礼慈はむせた。

「ちょ、っと、リリ……っ」
「――はい?」
「もう一度、後ろ向いてもらってもいいか?」
「はい……?」

 よく分からないといったふうに、リリが後ろを向く。
 再び見せられた背中の様子に、礼慈は本当に色々と
配慮が足りなかったと唸る。
 腰から生えた羽のためにシャツがまくりあげられているのは分かる。だが、その下のズボンも尻尾のために腰下まで下げられていた。
 パンツを穿いていないせいで、お尻の割れ目、その上端が覗けている状態だ。

(前の方は引き上げられてるから気づかなかった……)

 どうにも、今日は調子がよくない気がする。
 その上で、このミスに関しては良し、と思ってしまうのはもう随分と彼女の魅力にハマってしまっているということだろうか。
 礼慈は眼福を振りほどいて、薄手の上着を取ってきた。

「服が乾くまでの間だけど、体は冷やさない方がいい」
「ありがとうござます」
 リリに上着をかけてやりながら、礼慈は「それとな」と口火を切る。
「リリ。秘密基地に行った辺りから記憶がなくなっているんだな?」
「――っ!」

 リリの羽と尻尾が張って肩がこわばる。
 やはりそのようだ。
 礼慈はその肩を揉みほぐすように押してやり、体から力を抜くように働きかける。

「大丈夫だ。それはリリの種族としての特性だから。これから消えた記憶の中で何があったのか話すから、聞いてくれ」

 礼慈はシャワーを浴びている間に考えた通りに、秘密基地であったことのすべてを丁寧に説明した。

「――魔法にあてられて大変なことをしてしまったと思っている。リリの処女についても……。
 もしリリに今後良い人ができた時は、事故があったと言うんだ。まあ、君が今後付き合うのが一人とは限らないし、その相手ごとにこういう切り抜け方をするのも有りだと思う――ああいや、忘れてくれ」

 誠実に事実を埋め合わせねばという思いが強すぎたのか、耐えかねて最後に下品な冗談を交えてしまった。
 礼慈が自己嫌悪を感じていると、礼慈の言葉を咀嚼しているのか、リリはしばらく黙って、やがて首をかしげつつ礼慈に向き直った。
 それから大きく息を吸い、

「わたし、覚えています! わたしは、レイジお兄さまと遊んで、楽しかったんです! それは忘れていません」

 そう言うリリの顔はどこかこわばったままに感じられる。

「わたし、レイジお兄さまさえよければ、なんですけど……もっと、お兄さまと仲良くなりたいです……」

 そう続けると、彼女は身を隠すように上着を引き寄せた。
 顔が赤い。勇気を振り絞っている。そんな様相だ。
 リリが言う楽しかった。は具体的にはどのような内容だったのかを忘れてしまった夢を思うようなものだろう。

 体には負担をかけたが、それでもリリはオーガスムを迎えていた。これまで体験したことのない種類の快楽が与えられてもいたはずだ。ならば、楽しい、という感情が礼慈の話から蘇ったとしても不思議ではない。
 だから、彼女の言葉だけで自分の行いを正当化することはできない。

 それでも、あんな腑抜けた発言をした後にそんなことを言ってくれるのは、礼慈にとっては救いだった。

(天使か……)

 そんな思いが溢れてくる。

 伝えることは伝えた。
 初めに、最も誠実に伝えなければならない相手には満足いく、という形にはならなかったのは悔やまれるが、やり直しは利かない。せめて次はこのような醜態は晒さないように自分を律しようと思いを新たにする。
 次に説明する相手はリリの家族だ。リリの優しさに助けられた今回とは違う。しかも魔物の家だけあって女系家族のようだ。女性はあまり得意ではないが、だからこそ雰囲気に負けて必要のないことを言わないようにしなければならない。

「そうだな。リリが良いと言ってくれるなら、これからももっと遊ぼうか」

 彼女の頭に手を伸ばすと、頭が傾けられ、自然と手が乗せられる。
 既に習慣のように彼女の頭を撫でながら思考に沈んでいると、礼慈の手の動きに押されるような形で首を回していたリリは嬉しそうにクスクス笑った。

 リリの笑顔に全てを赦された気になってしまう。このまま彼女に触れ続けていると、秘密基地での時のような気分になってしまいそうで、だけどこの手は離し難かった。

 リリは尚も礼慈になされるがままで撫でられ続けている。
 頭が振られたせいなのか、徐々に目がとろんとしてきている。加えて礼慈に喪失した記憶を補完されたショックも収まってきたのか、全身から力が抜けていくのが解る。

 妙にリリの息遣いが耳につく。礼慈も後悔から逃れ、自然体に戻りつつある。
 このままの雰囲気はまずい。頭のどこかがそう思った時、

 く?……

 気の抜けた音が小さく聞こえた。

「あぅ……」
 聞こえてきたのはリリの腹の音だった。
 彼女はお腹を押さえて恥ずかしそうに縮こまる。
 それを見て、礼慈も思わず吹き出した。

 幸いなことに、今ので危うく飲まれかけていた妖しい雰囲気は霧散している。

「うん、じゃあそろそろ――」

 夕食に誘おうとしたところ、電子音が聞こえた。
 この音は洗濯機が止まった音だ。

「ちょうどいいな。今から乾燥機にかければ夕飯を食べてる間に乾燥も終わるだろ」
「お夕食ですか? ですけど……」

 辞退しようとしている様子のリリに、洗濯機に向かいながら礼慈は言う。

「実はリリのお母さんと話をした。夕食はうちで食べていってもらうことになったんだ。一応客に食べさせる料理を出してるから味が悪いということはないと思うから、勝手に決めてしまって悪いけど食べていってくれないか?」
「そんな! 悪いだなんて! わたし、こうえいです!」
「そうまで言われると少し役者不足な料理だけど、ありがとう」

 応じながら礼慈は洗濯機の蓋を開いて中の物を取り出そうとする。すると、リリが慌てたように後を追いかけてきた。

「あ――あの!」
「どうした?」

 洗濯機との間に割り込んできたリリに訊ねると、リリは歯に何か挟まったようにぼしょぼしょ言う。

「あの、わたし、自分で服、出しますから」
「いや……だが……」

 乾燥機は洗濯機の上に設置されている。リリの身長では届かない高さだ。
 礼慈の視線の動きからそのことに気づいたのだろう。リリは何度か洗濯機と礼慈とを見比べて、恥ずかしそうに言った。

「あの、わたし、どこかに……ぱ、パンツを落としてきちゃったみたいなんです」
「ん?」

 リリは尚も続ける。

「いつもはちゃんとパンツはいてるんですよ? 今日だってはいてたのに……さっき服ぬいだ時にははいてなくて……」

(あー……)
 
 先程リリに秘密基地に行ってからのことを話した時はおおざっぱにしか説明していない。体液が付着したパンツを礼慈が回収していることは知らない。
(俺もパンツのことを忘れてた……)
 後でしっかり処分してしまわなければいけないと思っていると、リリが両手を握って訴えかけてくる。
「あの、ほんとうですよ?」
「分かってるよ」

 なんといっても穿いているのをこの目で実際に見たのだから間違いない。が、汚れてしまっているため現物そのものを見せるのははばかられる。まああえて見せる必要もないだろう。

「パンツはもしかしたら秘密基地の中に置き忘れてきたのかもしれないな」
「でしたら……」

 リリは洗われた服を乾燥機に詰め込んでいく礼慈を見ながら言う。

「明日も、いっしょにヒミツ基地に連れて行ってもらってもいいですか?」

 礼慈はその言葉に、今日秘密基地であったようなことをまたされていもいいと彼女が言っているように一瞬錯覚した。

(いや……流れ的にパンツが気になるだけだろ)

 今日の自分はまだあの本の影響を引きずっている。

「もしかして、そのパンツ、名前でも書いてあったりするのか?」

 現物をよく確認していなかったが、もしそうなら捨ててしまうのはリリにとっては不安材料だろうかと考えていると、リリは首を振った。

「いえ、わたし、そういうのはもうそつぎょうしました」
「ん、そうか。すまんな。随分と気にしている感じだったから、誰かが見たらリリのものだと分かるようになっているのではないかとふと思ったんだ」

 羞恥ポイントだったのか、思ったよりも必死に否定されてしまった。
 乾燥機のスイッチを入れて、礼慈は言う。

「あそこはもう誰も来ていないから、パンツが落ちてても誰かに見つけられることはないだろう。今日のところは代わりにその半ズボンを穿いて、その上にあのドレスを来て帰るといい」
 そういうと、リリは握ったこぶしを下ろして、伺うように礼慈に訊く。

「あ、このズボン、おかりしてもいいんですか?」
「見ての通り、俺はそれをもう穿けないからな。家に帰ったらそのまま捨ててもらってもいい」
「す、すてるなんて……っ、あの、それではわたしがもらってもいいですか?」
「あ? ああ……でも、そんなにいいズボンじゃないぞ?」

 化学繊維で作られた、安価を売りにしている服屋の商品だ。リリが普段着にするには衣装が負けているだろう。

「いいんです」

 なにやら嬉しそうなリリ。彼女にそうまで言われると、特に止める理由はない。「まあ、好きにしてくれればいい」と伝えて、礼慈は自分の腹に手を当てた。

「それじゃあ、晩飯にしようか」

18/10/04 05:11更新 / コン
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■作者メッセージ
ちなみにアラクネさん謹製の作品のため肌着は不要な造りの模様。
脱がせた時にいきなり肌が待っているという粋な計らいです。
でもパンツは穿かないと丸見えだから……

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