連載小説
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虚弱猛進型少年と挑まれリザードマン
 僕は一目惚れした。
 凛々しい顔立ち。細腕ながらも全く脆弱な印象を抱かせない腕。打ち倒した相手の前に仁王立ちする足。百獣、否、生物の王さえ連想させる逞しい尾。何より、強気を挫き弱きを偲ぶ気高い精神。彼女の、リザードマンの何もかもに僕の心はひれ伏し、燃え上がるほどの熱を感じた。
 彼女と一緒にいたい。
 彼女の側にいたい。
 時には無謀な戦いに身を投じるだろう彼女の助けになりたい。
 何より、彼女に相応しいと認めてもらいたい。
 思いは駆け上り、身を焦がし、身を取り巻く些末な事柄など気にも留めなくなった。
 悩むだけ悩んだ。決意はできた。心のどこにも躊躇う気持ちはない。
 ならば行こう。将来の妻となる御方の元へ。
 ただし。
 たった一つだけ。
 問題があるとすれば、そう。
 僕は。
 ――三分歩けば倒れる程の、虚弱体質だったということだ。




 


 「父さん! 僕、嫁さんをもらいに行ってくるよ!」
 「おおおそうかケイよ! 何故そんなに重装備なのかは知らんが気をつけてな!」
 「うん!」
 玄関のドアを勢い良く開け放って出ていく息子を、涙すら浮かべて見送る父。彼の道場の弟子達は、普段は厳格な胴着姿の鬼師範の嬉しそうな顔を見てもらい泣きをしていた。
 何度もしきりに頷く父。
 「ついにこの日が来たのか……父さんは嬉しいぞ。家のことなぞ考えず、幸せになってこい」
 そう残して踵を返す父。
 彼が一歩を踏んだ瞬間に、敷地と外とを隔てる門から金属音と鈍い打撃音が反響してきた。
 父はすぐさま身を翻すと、
 「ケイぃいいいい! 通学鞄で崩れ落ちる自分の体力を考えて荷造りなさぁああい!」





 数時間後。
 首から腕に包帯を巻き、体中にテーピングがなさてた満身創痍で、ケイは再び玄関に居た。
 「手間をかけた父さん! やっぱり500gはダメだね、250gの軽装備で行くことにするよ!」
 「おおおそうか息子よ! 気をつけてな!」
 「うん!」
 慌ただしく出かけていく息子を見守る父。
 息子が門を通過したのを確認すると、不安を振り払うように稽古に身を入れようとする。
 が、遠くから幾人かの悲鳴が聞こえてきたことで腕を振り上げて駆け出す。
 「ケイぃいいい! お前が肩に物を乗せちゃあいかあああんぅ!」




 所変わって砂漠。
 ケイと呼ばれた若者は、あちこちボロボロの体ではあったが、そこそこ太い木の枝を杖代わりにして、生まれたての子鹿が心配しそうなほど足が震えてはいたが立っていた。
 彼はへっぴり腰で、自分の後ろのいくつもの大穴を見やる。
 「噂に聞くサンドウォームが街のすぐ外に現れた時には死を覚悟したけど、逃げ遅れて吹っ飛ばされて、何かに掴まったと思ったらそれがサンドウォームの胴体で。振り落とされるはずだったけど、荷物固定用の吸着魔法符がこんな形で役に立つとはね」
 よろめいた体の前に杖を立て、支点にして前進する。もはや歩行というより紙相撲の力士のようだった。
 「まあ普通に歩いたらこんなもんじゃ済まないからね、ショートカットだよ」
 誰に話しかけてるか分からないが、虚ろな眼でぼそぼそとつぶやく。
 小刻みに振動する手を押さえながら懐から方位磁針を取り出す。指針より大きく揺れる眼球で方角を確認し、一安心する。
 「良かった、商人さんに教えてもらった通りに進めてる。あともうちょっとだ」
 闇の中で希望を見出したかの如く笑顔になり、よろよろと進む少年。
 補足すると、少年が住む街から、目的地への経由地点となる別の街までは馬車を使って5日ほどの距離である。加えて言うと、彼が今いる地点は、直線距離でちょうど半分の場所だった。
 限界まで軽量化した旅荷は衝撃で吹き飛び、所持しているのは実質方位磁針と、サンドウォームの移動に巻き込まれて落ちていた木の枝のみ。
 彼の(長続きする)歩行速度は通常時で5歳児の2分の1。
 それら全ての状況を理解した上で、少年は笑いながら進むのであった。




 

 住処に帰る途中。
 自慢の羽が痛みかねないほど乾燥した空気にうんざりしつつ、彼女は飛んでいた。
 急用で人手が足りなくなったからと、ハーピーのよしみで運搬作業をしてきた帰りだ。
 野菜が大量に詰まった木箱をいくつも運ばされて、肩も足も筋肉痛ですこぶる痛い。
 欠員のハーピーから「簡単な仕事」と聞いて渋々受けたというのに、そんなものではなかった。やけに高い報酬の時点で気づくべきだった。
 ストレスで血管がピリピリする。自分でもよく分かるくらいに表情が歪んでいる。
 と、そんな不機嫌なわアタシに魔王様あたりが同情してくれたのか。
 吸う度に水分を奪っていくような空気の中に、かすかな“臭い”を感じた。
 「!」
 驚いた後、先ほどとはちがう意味で顔が歪む。遭難者だろうか。魔力で目を強化して眼下を見れば、今にも倒れそうな歩みをしている人間がいた。
 無意識に唾を飲む。唇が反射的に動いた舌で潤う。
 思いがけぬご馳走を見逃すはずもなく、アタシは急降下した。




 人間の前に降り立つ。爪が熱した鉄のようになり足を焼く砂の熱も気にならない。
 こちらに気づいた人間が顔を向ける。
 アタシは鼓動と同期して紅潮した顔で応える。腰に羽を当て、しなを作ってラインを強調。もったいぶって羽を口に含んで妖艶に微笑めば、面白いほど目線を寄越してくるのがひしひしと伝わってきた。
 よほど水に飢えているのか、人間はしわしわの老人みたくすぼんだ口を開く。
 「サンダー……バード…………?」
 「あらぁ。ごきげんよう」
 いかにも馬鹿っぽそうな男だが、サキュバス程有名ではないこちらの種族は知っていたらしい。
 学者か、あるいは魔法使いかと警戒しつつも、相手を誘惑する。
 「こんな砂漠のど真ん中で遭難かしら? 災難ねぇ、こーんな何もない所で」
 「あ、ぁああ……」
 前傾姿勢で腕どころか全身が震えてはいるが、呼吸が荒くなり、オスの臭いが確かに強くなってきているのを感じる。
 「どう? アタシと遊ばない?」
 さりげなく少しだけ胸の布をずらし、上目遣いになるよう背を曲げる。
 ふとももを股でこすり合わせるよう交差させるのも忘れず、
 「退屈はさせないわ。口が良いかしら? 手? それとも、コ・コ?」
 「うぅ……」
 男は完全に勃起する。心が欲望に、アタシに屈服しかかっている。
 アタシは全身に軽く電光の火花を散らしながら、とどめを刺す。
 「ふふ。干からびるまで痺れさせてあげるわ」
 男が今にも崩れ落ちそうになると同時に、アタシは羽ばたいて近づいた。
 男の頬に手を伸ばし、なぞるように触れようとした。
 その瞬間。
 男は鼻から大量の赤黒い液体をまき散らして倒れた。
 「……………………………………え?」
 固まったアタシを余所に、男は背中から倒れて頭をもろに打つ。地面は砂のはずなのに鈍い音がした。
 「ごふっ」
 頭を打った瞬間、耳からも血が勢いよく飛び出る。男は白目を剥いて吐血さえした。
 「え? え、え?」
 状況が飲み込めないアタシ。
 男はアタシ達が電流を流す時でさえなかなかしないほどに大幅に痙攣し、口から鉄臭い液を垂れ流す。
 「な…………」
 アタシは心に思い浮かんだ一言を、はばからず全力で叫んだ。
 「なによこれーーーー!?」




 「ごぽがぱぐごご」
 「ってああ!? 溺れちゃう!?」
 口に溜まる血で呼吸できなくなっている。慌てて首を横に倒す。
 グキッという音がした。
 「どうすりゃいいのよ!?」
 パニックになっているうちに血は止まったものの、
 「くっ…………かは」
 うめき声を最後に、男が動かなくなる。
 「え、ちょっと!」
 首に手を当てる。脈がない。
 口に手を当てる。息がない。
 胸に耳を当てる。音がない。
 顔が青ざめていくのが分かる。血の気が引くとはこういうことなのだろうお互い。
 「えーっとえーっと、つまり心臓が動けばいいのよ!」
 何故こんな使い方をしなければならないのかと泣きそうになりつつ、
 「えいっ!」
 魔力を制御しつつ電流を流す。
 翼で押さえなければ跳びそうになる男の体をいなしつつ、一定間隔で電流を流し続ける。
 数回のループの後、わずかではあるが男の心臓が鼓動を刻み始めた。
 が、
 「う、うう……」
 今度は涙腺が壊れたのではというほど滂沱の涙を流し始める。
 「こわっ!? どうなってるのよあんたの体は!!」
 更にはうわごとのようにぶつぶつとぼやき出す。
 「兄さん……父さん、母さん…………コテツ、バハラ、ナクラ、みんな、みんなごめんよ…………」
 「遺言みたいなこと言うなーー!!」
 こうなったら何が何でも助けてやる、とヤケになる。
 「えっと、えっと、ここからならあっちの街が近いわね。でも病院はそっちの方が設備いいんだっけ……? ああもう!」
 とにかく一刻も早く病院に連れていこうと、足で男を掴む。
 硬質なものが軟質なものにめりこむ嫌な触感がした。
 それならおぶっていこうとする。多少は飛びにくくなるが問題ない。
 「しっかり掴まっててね!」
 首に腕を回したが、一瞬で離れて落ちそうになり、慌ててふとももを翼で掴んだ。
 アタシは絶望した。
 いかなハーピーといえど、翼を羽ばたかせなければ飛べる道理はない。代替手段はないでもなかったが、どれもこの男を刺激せずに運ぶ良策とは言えなかった。
 結局、腹を決めて、熱い砂を蹴り上げて走り出す。
 「く、屈辱だわ……まがりなりにもハーピー族が、夫でもない餌でもない男を背負ってこんな砂漠を走るなんて…………」
 いまだ何やらぼやき続ける男を恨みがましく睨み、
 「覚えてなさーーーい!」
 心の底からの叫びは、無風の熱帯に、ただ虚しく響いたという。





 


 声が聞こえた。
 遠くで鳴るのは歓声で、近くからは何も聞こえない。ただ、無感情な目線だけが向けられた。
 力なく微笑む。
 だが、返ってきてほしい笑顔は、今にも崩れてしまいそうな。
 涙をこらえた、悲しいものだった。




 「……お、やっと目を覚ましおったか」
 「ん……」
 ぼやけた視界に光が容赦なく刺さる。
 人工とも太陽ともとれぬそれは心に優しく、神経に厳しいものだった。
 薄目を隣に凝らせば、
 「あれ、商人さん?」
 「いかにも」
 憮然とした顔で、すり鉢で草を押しつぶしている、見知った商人がいた。
 「ここは……」
 「ヌシの住む街からそこそこ遠くの商業都市じゃよ」
 ヌシの望み通りのな、と商人が吐き捨てる。
 「ったく、地図を売って欲しいなんて言ってきたかと思えば、まさか一人でこんな所まで来るとは。この……」
 商人は息を溜めると、
 「愚か者め!」
 叫ぶ。同時に少年の口に竹筒を突っ込む。
 「えぶっ!? げほ、げっほ」
 「身の程知らずとは言わん。覚悟の上じゃろうからな。だからこそ愚か者と知れ」
 せき込みながら少年が中身の薬を飲んでるのを確認しつつ、ブツブツと愚痴をこぼすようにして話す。
 「雷鳥の娘が汗だくになって、ボロ雑巾化したヌシを運んで来た時は何事かと思ったわ。ワシがいなかったら目を覚ますのは数ヶ月後じゃったろうな」
 「えほっ、ってことはここは病院……あー、代金はおいくらに……」
 「ふん。自分で銭を稼いだこともない小僧が一丁前に。よい、ヌシのトコには代々懇意にしてもらってるからの。今回はワシの独断じゃし」
 「そうなんですかってうわにっがなにこれにっがじわじわくりゅううう」
 「言っておくがどれ一つとってもヌシの家が傾く程の霊薬じゃ。将来が惜しくば吐き出さんことじゃな」
 色々な意味で真っ青になった少年の顔を見て気が多少晴れたたのか、商人が眼鏡を外して向き合う。
 「それで、何がしたかったのじゃ。ここに来たいなら護衛をつけるなり馬車なり方法はいくらでもあったろう」
 ピタッと止まった少年は、しばし黙ったあと、困ったような笑みで頬を掻く。
 「それが、その。誰にも言っちゃ嫌ですよ?」
 「内容によるがの」
 「……好きな人が、できたんです」
 「……ほう?」
 商人の眉が上がる。
 「その人は、とても強くて、気高くて。認めてもらいたかった。だから、僕は僕でやろうって、そう思ったんです」 
 「…………」
 しばらく沈黙を貫いた後、深い深いため息をつく。
 「勇気と蛮勇は違うものと知れ。利もなく己を損なうのは限りなく愚かしい。が、はあ。恋か」
 「……」
 「初恋かの?」 
 「きっと」
 「……………………はあ。これではやめろと、言えぬではないか」
 少年の目を射抜き、言い捨てる。
 「死ぬぞ」
 「ええ。本望です」
 応える少年の瞳は、どこまでも真っ直ぐだった。
 


 「全治3ヶ月。ベッドから出られるのは最低2ヶ月。破ったらただではおかぬぞ」





 一ヶ月後。
 ある者がなんとも慌ただしく飛び出ていった門を、再び叩く者がいた。
 「失礼する。こちらは背人剣道場で相違ないか」
 「いかにも。……おや、確かあなたは。立ち話もなんです、どうぞお入りください」
 「その前に一つ言っておかねばならぬことがある。私は魔物。リザードマンの戦士だ」





 客間に通された女は、差し出された座布団に礼を言い、正座で当主に向き合う。
 先ほどとは打って変わって厳格な表情の当主が、口を開いた。
 「さて、私がこの背人剣道場の現当主。十二代目ヤタと申します」
 「……丁重に、どうも」
 女は、腑に落ちないといった声色で返事をする。
 「何か気に障ることでもありましたかな」
 「いや。……正直驚いているんだ。門前払いか武力行使さえ想定していたから」
 女は門の方角を見据えて、
 「門に貼ってあった印。あれは教会のものだろう?」
 「いかにも」
 「……もしや戯れ言と思われてるか?」
 「まさか。おっと失礼しました、どうぞ楽にしてください。ここには無礼を働くものはおりません故」
 女は更に怪訝そうな顔をするが、意識を集中して人化の術を解いた。
 一瞬の光の後に、緑の鱗と鎧をまとった獣の戦士が現れる。
 「…………!」
 隅に座る弟子達が息を呑む。彼らは慌てて立ち上がると、女の後ろに追加で座布団を敷いた。
 その上にポスンと尾が乗ったのを確認して安堵する。
 様子を見ていた女は、居心地が悪いような、むず痒いような複雑な表情をしていた。
 「先代の時、援助を受けた事がありましてな。奉公で負債は返し申したが、縁あってのことと忘れぬようにしておるのです」
 「な、なるほど」
 女は気を取り直して咳払いを一つ。
 「こうして伺ったのは他でもない。こちらの、ケイという少年のことについてだ」
 「ほう」
 「一ヶ月と少し前、商業都市でサンドウォームの襲撃があった。正確には通過だが。街に被害が出ぬようにと依頼を受けたはいいが一歩遅く。そこで私はこのような物を見つけた」
 と、女は赤黒い染みがありありと残る巾着を取り出し、当主へ差し出した。
 受け取った当主が確認する。
 「ふむ。確かにケイの物だ。わざわざかたじけない」
 「それは構わないが何故、住所・名前・血液型・生年月日・似顔絵が荷物の一つ一つに書いてあるんだ?」
 尋ねると、のそのそと近づいてきた弟子の一人が耳打ちしてきて、
 「ケイさんそこかしこで倒れまくるんで病院の手続きとかが楽でいいんすよ」
 と述べる。
 「………………ともかく、この少年について心配はいらない。つい先日元気に私の元を訪ねてきた」
 「それで、貴殿はいかがされた」
 「ああ、戦って欲しいと言われたのでな。――徹底的に叩きのめした」




 場の空気が凍る。
 当主も、弟子達も険しい表情と、一触即発の警戒を剥き出しにした。
 険悪な雰囲気を意にも介さない女に、低く、重々しい声で当主が問いかける。
 「どのような経緯で」
 「体中に包帯を巻いた体で来てな、冗談はよせと帰そうとしたが聞く気配もなく」
 「何か言っておりましたか」
 「『あなたと並び立ちたい』と」
 「貴殿はどうしたのですか」
 「無理な、否無謀な夢は早く諦めさせた方が本人のためだ。命に関わるなら尚更。だから腕と肘、肩、膝、足首をへし折った」
 「なるほど」
 「だがそれでも動くのでな、肋骨を数本折ったら大人しくなったよ」
 


 淡々とした女の話を聞き終えた後。
 男達は俯いて震えていた。拳が紫に変色するまで握り、血が流れかねないほどに唇を噛んでいた。
 やがて、当主が顔を上げると。
 「感謝を。――――かたじけない」
 「「「……ありがとうございます!」」」
 揃って頭を下げた。




 「全く附に落ちん。馬鹿にしていないのは目を見れば分かるが……ああもう顔を上げてくれ」
 「ぐっ、本当に、かたじけない……!」
 「「「おーいおいおい」」」
 「……泣くのはもう止めんが、教えてくれ。今は病院で説教されてるあの少年のことを。何故同胞を傷つけた私に頭を下げるのかを。何故、――何故、剣を受けたあの子が歓喜の笑みを浮かべたのかを」



 ……長い話になりますな。
 学がない私ですが、同じ武を志す者として、あなた方リザードマンのことは存じております。
 生まれながらに屈強な肉体を持つあなた方とは違い、息子は吹けば飛ぶような脆弱な体でこの世に生を受けました。
 ですが、親として、師範として幸か不幸か、弟とは真逆に強靱な兄がケイにはおりましてな。
 素手で同年代で勝てるものはおらず、剣を取らせれば兄弟子をも軽く下す程の天賦の才。その兄と常に比べられてあの子は育ちました。
 生まれてすぐに武術を扱える体ではないと分かり、私は苦悶の末にケイを弟子に取らなかった。一切の武を教えぬと決めたのです。
 中途半端な力は脆く危うい。お前のためだ、分かってくれ。口でそう言われても、幼い子が納得するはずもない。稽古を盗み見ては隠れて鍛錬し、体を壊していたものです。
 そんなことが続き、初等部に入学する前でしたか。ケイは堰が切れたかのように大泣きして、自分の不出来を呪っておりました。少し前に慕っていた祖父が亡くなったことも響いたのでしょう。
 それからは明らかに気落ちしたもの、学業に逃げるように専念しておりました。無茶をしないならと、我々は何も言いませんでした。
 その頃からでしたな。
 兄が次第に暗くなっていったのは。
 

 強い者とは孤独なもの。
 幼少から天賦を欲しいままにした兄は身近な理解者がおらず、剣の腕と反比例して心は荒んでいった。
 弟の存在も大きかった。
 我が流派には二つの剣があります。攻の剣と守の剣。それぞれを会得した二人が背を預け合って生き抜くための剣が。
 当主の家系は代々二人の子を生み、一派の模範となるよう錬磨する伝統があり、当然ケイと兄もそうなるはずだった。
 が、結果として弟は剣を持てず、兄が二つの剣を担うことになった。そしてそれができてしまった。
 兄は自分が弟の可能性を奪ってしまったと思っていたのです。馬鹿なとお思いになるかもしれませんが、私の代まで攻の才、守の才は各々に偏って受け継がれてきた。罪悪感にとらわれるのも無理はない。
 とり憑かれたように剣に打ち込み、心を削る姿を見てケイは何を思ったのか。私には分かりませんが、あの子は流派の精神を学び始めたのです。継がれてきた心を。
 これまでが嘘のように、打って変わってあの子は明るくなった。家訓を実践し、心を鍛えた。何度倒れようと笑う姿を見て、何人もの門下生の心まで明るくしてしまった。
 兄も例外ではなく、幼少の昔のように笑い合うようになった。憑き物が落ちたように晴れやかに笑った兄は、数年前にここから巣立ちいたした。
 


 嘘ではないでしょう。笑顔も振る舞いも。
 だが、あの子の根底には諦観があった。満ち足りていたようで虚ろだった。
 だから、……だから嬉しかった。
 この街に訪れたあなたの試合を見たケイが、興奮冷めやさぬ様子ではしゃいでいた姿を見た時は。
 子供のようだった。
 年頃の坊主でしたな、もはや。タイプの美人に一目惚れして浮かれる、青臭い坊主でした。
 息子は輝く瞳で語ってくれました。あなたの太刀筋がどんなに美しく、剣を振るう姿があまりに気高く、倒れた相手に手を差し伸べる優しさがどこまでも素晴らしいものだったと。
 貴殿は聞きましたな、何故息子を傷つけた者に頭を下げるのかと。
 息子が、ケイが貴殿に救われたからです。
 あの子を思えばこそ、我々は剣を取ってあの子と向き合うことはできなかった。
 武人として認められたい――剣を以て貴殿が相対してくれたからこそ、あの子の悲願は叶ったのです。
 
 


 

 がさごそ、と草木をかきわける音がする。
 しばしの拠点として利用している森の中。入り口付近には触手やら魔物娘がたむろしているため、中腹にあたるここにたどり着くには相応の実力が必要なはずだ。更に地下に埋まる特殊な鉱石が磁場を乱しているため、方位磁針もあてにならない。
 だというのに――今日もやってきた者がいる。
 私の前に現れる時には既にボロボロで、立つのがやっとという有様だが、変わらず私を見つけると笑顔を向けてくる。
 そして意気揚々と、これまた使い古してもいないのにボロボロな剣を構えるのだ。
 何度来ても同じように対応する。
 ほぼ必ず一太刀、あるいは二太刀は凌がれるのに驚きを隠せないが、そこまでだ。
 もはや作業ともいえる慣れで峰打ちで骨を折る。普通なら打撲で済む威力でも、こいつには致命傷だ。
 だが、数週間空けるとまたやってきて挑戦してくる。不思議なことに、回数を重ねる度に回復する日数が減っていった。最近では数日の頻度でやってくる。
 もうここに来て何ヶ月が経っただろうか。武者修行の通過点でしかなかったはずで、とっくに他の所へ去っていく腹積りだった。
 どうしてだろうか。彼の親族に聞いた話に感化されてしまったのだろうか。
 否、それはない。同じ武の生まれの者として哀れに思うことはあれど、それだけだ。
 己を倒すどころか自壊していくような弱者に心を奪われるなど、あるはずがない。
 そう、思っていた。
 だが、薄々自分でも気づいていた。
 あいつが現れる度、変わらぬ笑みを見せる度。
 つられて笑いそうになる、自分がいることに。



 「ぐっ……!」
 一と二は危なげなく、しかし三太刀目に崩されてしまう。必死の思いで逸らしたものの、耐えきれず剣を弾き飛ばされてしまった。
 もはや刀身が穴だらけになった剣が、土にも刺さらず、カランカランと虚しい音を立てる。
 後は容赦のない刃を受けるのみ。
 何度負っても慣れない痛みを想起し、うずくまったまま目を閉じてしまう。
 だが、いつまで経っても痛みはこなかった。
 不思議に思って顔を上げる。
 彼女は俯いて震えていた。
 きょとん、とした顔の少年を見て、堪えきれないといった風に肩を震わせ、
 「ぷっ……くっ…………だ、ダメだ……くく、くっくく、――あーっはっはっは!」
 大口を開け、腹を抱えて笑いだしてしまった。
 普段のクールな彼女とはとても思えない様子に、更に間抜けな顔になる少年を見て、膝を折って地面を叩き出してしまう。
 「はははは! くーっははは! くっ、くく、お、お腹痛い……はははは!」
 ひとしきり笑った後、息も絶え絶えになり、涙を拭って立ち上がる。
 「こ、こんなに笑ったのは初めてかもな……。おい、お前、もしかして気づいてないのか?」
 「……っは! えっ? な、なにがですか?」
 「私はな、お前が剣で防ぐ時だけは全力を出してたんだ。手首もろとも砕くつもりだったが、まさか一度や二度ならず三度までも防がれるとは思ってなくてな」
 「え? え?」
 「それなのにお前ときたら、あんな安物の剣と自力だけでやってのけるのだから……加えて無自覚ときた。正直あんまりにもアンバランスで、おかしくて仕方なかったぞ」
 「は、はあ。それは……どうも?」
 彼女は、腰に手を当てて、少年を見据えて宣言した。
 


 「私の負けだ、ケイ! なので結婚しろ!」
 「え。え? ……えええええ!?」


 「そ、そんな! 僕はそんなつもりじゃ!」
 「なんだ、私が嫌いなのか?」
 「違います! まずはボトルを海か川に流してそこから始まる文通、知り合ってきた頃合いでちょくちょく会って交換日記、段々お近づきになれたらお互いの家に行って遊んだり料理を振る舞ったりして、両親同席のお見合いは難易度高いので交際を始めたら報告をですねえ!」
 「回りくどい! リザードマンを負かすということはそういうだイコール結婚だ!」
 「そ、そんな、まだデートもしてないのに!」
 「何を言う、たくさんしたではないか。森へハイキング中で運動!」
 「ハイキングしてたのは僕ですし行きも帰りもデッドヒートですよこっちは!」
 「ええいくどい! いいから交尾だセックスだ! ほら脱げ、おい隠すな下着が取れないだろう!」
 「あひぃいいいらめぇえええ褌が破けちゃうううううう」



 「ほう、体は脆弱でもここは元気ではないか」
 「うっ……ぐすっ……見ないでええ」
 押し倒され手で顔を覆う少年に構わず、馬乗りになった彼女は煩わしそうに服を脱ぎさる。
 「そんなに見るな、照れるではないか」
 「だ、だって……」
 豊満な胸を晒け出し、秘部も露わにしてしまう。
 既に勃起していた肉棒が更に大きくなるのを確認すると、彼女は紅潮しきった顔で舌なめずりをする。
 そして、自らの指で秘部を広げてみせる。
 広げた淫肉から何本もの糸が引き、くちゃあっと湿った音が響く。
 尿道と問わずに、涎を垂らすかのようにだらしなく愛液を落としていた。
 少し粘っこい汁が肉棒に落ちる。触れる度に面白いように揺れるそれを掴み、女はゆっくりと腰を降ろそうとしていた。
 「や、まだ心の準備が」
 「ん、初めてか? 痛くはしないから安心しろ。私のここを、たっぷりと突いてもらうがな……んっ」
 「うわぁ、な、なにこれ……!?」
 亀頭が埋もれ、ずぷずぷと竿が飲み込まれていく。
 潤滑油としては十分すぎるほどの愛液が根本までぐしょぐしょにするにはさほど時間がかからなかった。
 「ほぉら、全部入ったぞ……なかなか具合が良いじゃないか」
 「だ、だめ! 抜いて!」
 「まだ入れたばかりではないか、何を言って……んんっ!?」
 びくん、と一瞬竿が揺れたかと思うと、先端から熱い白濁液を迸らせていた。
 「んぁあっ!?」
 突然の精に驚いてリザードマンが高い声を上げた。
 「んぅ、っはあ、くぅ……」
 「だから抜いてって言ったのに……うぅ」
 「……ん、どうして泣いてるのだ。そんなに気持ちよかったか」
 「え? 怒ってないの?」
 「何を言う。確かに驚きはしたが、ケイがそれほど私のアソコで気持ちよくなってくれた、という証拠だろう」
 彼女は顔を綻ばせ、照れくさそうに言った。
 「むしろ、その……嬉しいくらいだ。こういったことは心得がないからな」
 「リザさん……」
 「そ、そんな顔で私を見るなっ。ほら、まだまだいくぞ!」
 

 「んあ、んう、はあっ」
 少年に跨った彼女が夢中になって腰を振る。
 接合部からはぐちょぐちょ、と卑猥な音が動く度に鳴り、透明な液と白濁が飛び散り、辺りを汚す。
 腰と腰がぶつかり合う度に、ざらざらとした膣肉が肉棒を執拗になぞり上げ、すぐに悲鳴を上げた。
 「で、出るっ……!」
 「んんん――ああんっ!? く、ああああーー!?」
 少年の欲望の塊が彼女の子宮を叩いても、お互いが身を震わせようとも腰は止まらない。
 「リザさん、リザさん!」
 「ケイ、ケイ! ん――ちゅっ」
 重なり、抱き締めあって互いの舌を吸い、撫で、貪る。
 「す、すごい、中が震えて……ま、また出る!」
 「んんぅっ!? 待て、まだイってるとちゅ――んぁあああ!?」
 少年が突き上げるようにして肉棒を子宮に叩きつけ、
 「リザさん、リザさん! っく……リザさん!」
 止めどなく精液を放ち、注ぎ続ける。
 「りゃめ、そんな、出しながらなんて気持ち良すぎ――んぅううっ!!」
 口からだらしなく涎を流し、目がぼやけていても、非情にも彼女の膣は痙攣し、子宮は肉棒の先端に吸いついてぎゅっぽぎゅっぽと蠢く。
 精液は止まらず、彼女の意志とは関係なく膣肉が肉棒に触れる度に刺激が生まれる。
 「まって、まってぇ、イ、イキっぱなしなんだ、これ以上は頭がどうにか――ああぁああああっ! もう入らないよぉおお!」
 「リザさぁあん!」
 「もうダメだ、また、すごいのがクる、ダメだダメダメ、だ――――――イ、イク、イっちゃうぅうううううう!!!」
 「リザさぁあああん!」


 結局、お互い殆ど初心者だった二人は止め所が分からず、仲良く白目を剥いてダウンする形で、初夜を過ごしたという。



 「なぁ、ケイ」
 「なんですか、リザさん」
 「一緒の時くらいは、お前の苦悩を私が受け止めてやる。花を愛でることも知らん無骨者だが、お前を抱き締めてやるくらいはできる」
 「リザ、さん……」
 「私の婿になれ、ケイ。私の魔力を受けて鍛えれば、お前はきっと良い武芸者になれる。私もまだまだ未熟だ……共に、強くなろう」
 「……はい! リザさん!」
  
 
 
14/11/03 15:15更新 / たたれっと
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