連載小説
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間違いだらけ
トチ狂って、俺は素人であるにも関わらず「黒色火薬」を調合しようとした。
しかし、案の定それは失敗した。

当たり前である。
うろ覚えの現代知識で、しかも脆い心で。
逃げるように火薬を作ろうとした所で成功する筈が無い。

万が一の事を考えて、外で調合を行っていた為に建物等への被害は起こらなかったが、
それでも、俺が火傷を負わなかったのは葵さんのお陰である。
葵さんは、少し戦装束が焦げてしまったようだが。

葵さんは、俺の頬を平手で打った。

「……!?」

彼女の目から、一筋の涙が零れ落ちた。

命賭けで俺を助けてくれて、俺の為に泣いてくれる。
そんな存在が居てくれる事は、饒舌し難い位に嬉しかった。
だが、それ以上に自分自身の愚かさ、弱さが憎くなった。
しかし、今の俺にはどうすれば良いか分からなかったのである。
……それ故に出てきた言葉が、コレだ。

「……どうして……?
葵さん、どうして、危険を犯してまで俺を……?」

「私は、必死に生きるマモル様に心を奪われました」

「……必死に、生きる……!?」

必死に、生きる。
俺が元の世界に帰れないと分かった時から、忘れてしまっていた事だった。

「ええ。
マモル様が、相手が自分よりも強いと分かっていながら、
生きようと諦めずに足掻き、私の術すら振り解いた。
如何に魔術が効きにくい体質であろうと、
絶対に諦めず生きようとする心が無ければ、
貴方に私の術を解く事は出来なかったでしょう。
そして、私は衛様のそんな『心の強さ』に惹かれたのです」

確かに、あの時俺はアオイさんを目の前にしても「諦める」事は無かった。
敵に頭を下げて命乞いをするにしても、
心をまともに保たねば生き残れないような状況だと思っていたからである。

実際の所、あの時アオイさんは最初から俺の命など狙ってはいなかったのだが。

「しかし、今のマモル様は心身共に最早死人同然。
生きる事にすら、大した執着心を持てぬご様子」

葵さんが語った言葉は、俺にとって図星だった。

「俺だって、分かっています。
このままではいけない……と。
しかし、いきなり自分の世界から引き剥がされて、家族や友人と会えなくなって。
それでも『まあいいか』の一言で済ませられるような、
聖人君子じゃあ無いんですよ、俺は……!」

思わず出た俺の言葉に怯むどころか、
アオイさんは少しだけ笑って、俺を真っ直ぐに見つめ返した。

「なら、最初から我々にそう言って頂ければ良いのです。
辛いなら辛い、寂しいなら寂しい……と。
現状にただ文句を言う事と、誰かに助けを求める事は違いますからね」

「……!」

「ですが、先程マモル様の言った事はそれらのどれとも違う。
自分の本音を混ぜて言葉に説得力を持たせた上で、
わざと私の心を抉るような言葉を使い、自分から嫌われようとしている。
この世界の何もかもを拒絶して、逃げようとしている……!!」

「……う…あ……!」

名探偵に「貴方が犯人だ」と言われた犯罪者はこんな心境となるのだろうか。
自分の弱さを暴露され、何をどうして良いか全く分からない。

「貴方に、会わせたい人が居ます」

「俺に……?」

「バフォ様の館から北の方へ真っ直ぐに歩けば、綺麗な滝壺が有ります。
そこに、その人は居ます。
……彼の話を聞いて、少し頭を冷やして下さい」

俺の前から消えたと思った彼女は、俺の為に人を呼んでいてくれたのだろう。
今は「どうして俺なんかの為に」とか考えている場合じゃ無い
せめて、彼女の想いと行動を無駄にしないように心がけねば。

「分かりました」

俺の返事を聞いた葵さんは、
俺には見えぬ程の高速移動でまた何処かへ消えてしまった。

「……そう言えば、まだ助けて貰ったお礼を言って無かったな」

葵さんに救ってもらった命は、ちゃんとした形で礼を言うまでは無駄にしない。
そんな決意をした俺は、とりあえず、葵さんの指示通りの場所へ歩き出す。





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俺が滝壺に到着すると、そこには既に人が待っていた。
この「ジパング」では初めて見る金髪蒼眼の人間。
いかにも鍛えてます……といったようなカッコイイ細マッチョな男性で、
穏やかな表情をしているが、素人に対してでも「この人は強い」と思わせられるような独特の雰囲気を纏っていた。

そして、何かが引っかかる。
……ん!? この人、どっかで見た事有るような……?

「……初めまして。
君が、クノイチのアオイさんが言っていたマモル君かい?」

「はい、その通りです」

「僕の名前はハリー。
隣国でかつて『勇者』をやっていた者……と言えば分かるかな?」

「勇者ってまさか、ティアさんの……!?」

この人をどこかで見た事が有ると思ったが、こういう事だったか。
この人の妹であるティアさんは、異世界の勇者召喚により自分達の戦いに俺を巻き込んでしまった事を謝ってくれたから良く覚えている。
そして、ティアさんは「3年前の戦いで兄が魔物に連れ去られた」と言っていたが、それがこの人なのだろうか?

「おや、僕の妹を知っているのかい?」

「ええ。異世界にいきなり召喚されて戸惑う俺に対して、
他の連中が魔物と戦えとか言ってくるのに、
あの人が率いる騎士団の皆さんは、俺へ親切に接してくれたんです」

「ふうん。成程、ね。
とりあえず、アオイさんに君の心を救ってくれと頼まれたけれど、
僕はまだ君の事を良く知らないんだ。
だから、マモル君がこの世界に来てからの事を話してくれるかい?」

「あっ、はい。
……ええとですね……!」

この世界へ召喚されたメンセマトでの事や、そこでアオイさんによって保護された事。
佐羽都街へ来て、
元の世界へと帰れないと分かった時から失敗や錯乱を繰り返すようになってしまった事。
そしてついには死にかけてしまい、そこをまたしてもアオイさんに救われた事。
助けてくれた彼女に礼を言うどころか、酷い言葉を吐いてしまった事。
……俺はそれらを、可能な限り詳しくハリーさんに説明した。

「……そうか。
僕が今、君に対して抱いている感情……。
これが『同族嫌悪』か……!」

「え……?」

この人が俺に「同族嫌悪」を感じている?
俺と元勇者さんには何の接点も無さそうだが……?

「まあ、いきなり同族嫌悪がどうこう言われても混乱するよね。
君の話は一通り聞いたから、今度は僕の話をしようか」

ハリーさんの過去について話を纏めると、こうだ。

彼は主神の加護を受けた勇者として生まれた。
そして「勇者の身体」で無ければ耐えられないような修行を半強製的にやらされた。
周囲の人間から「勇者」だというだけで必要以上の期待を背負わされた。

この時点でハリーさんは壊れかけていた。

だが、教団の連中に「そうしてまで討たなければならない存在だ」と教えられていた魔物は悪とは程遠い存在だと言う事を3年前の戦いで知り、そして敗れた。

ハリーさんは拷問まがいの鍛錬や、悪とは程遠い魔物との戦いといった「勇者としての日々」が全くの無駄、もしくは間違いだ……と『思い込んで』今の俺と同じように、人間不信に陥ったり発狂しかけたりするものの、
彼と3年前の戦った「白蛇(シロヘビ)」という種族の魔物に救われたらしい。
今はその白蛇さんと結婚して、仲睦まじく暮らしているとか。

ここからは俺個人の非常に勝手な推測だが、
ハリーさんの話を聞く限り「白蛇」という魔物は非常に嫉妬深く、愛が重いらしい。
俺が居た世界では「ヤンデレ」という言葉に当てはまるかもしれない。
何もかもを信じられなくなったハリーさんですら信じざるを得なくなる程に重い、
白蛇さんの「ヤンデレラブ」は彼にとっては効果抜群だったのだろう。

ハリーさんは「敗れた」という言葉を使っていたが、
実際は彼に一目惚れした白蛇さんがハリーさんとの一騎打ちで敗れた後、
一点の曇りも無い瞳で「貴方になら殺されても構わない」と言った事で、
彼は戦意を完全に喪失して佐羽都街の軍に投降したらしい。

「……という訳さ」

そして今は、ハリーさんの過去から現在までの話を一通り聞き終えた直後である。
彼の話に、俺が共感出来る部分や「この人を見習わないと」と思える部分は沢山あった。

成程、今のハリーさんが俺に嫌悪感を覚えるのも無理は無い。
今の俺が味わった「それ」よりも遥かに理不尽な過去を体験しているにも関わらず、自分以上にウジウジしている奴(俺)を見りゃ、そりゃ嫌になるわな。

「でもね、今の君と過去の僕には大きな違い1つがあるんだ」

「大きな違い、ですか?」

「それは『被害者意識の有無』だよ。
僕はそれしか選べない状況だったとはいえ、勇者となる事を選んだのは自分自身だ。
どちらかと言えば罪の無い魔物を殺そうとしていたという『加害者』としての罪悪感のほうが大きかったしね。
でも君はいきなり異世界へ連れて来られたが、そこに君自身の意思は全く無い。
だから、君は心の何処かで自分を『被害者』だと思っている」

「……!」

「でもまぁ、仕方無いよね?
『いきなり異世界へ連れて来られて、しかも帰れない』
……という事に対する怒り、悲しみ、虚無感のような、
『君にとっては至極真っ当な感情』を無理矢理心の中で押さえつけているんだから。
その事を君自身が『泣き寝入り』だとしか思えなかったとしても、
それらを周りにぶち撒けた所で、君が自分の世界へ帰れる訳じゃないし。
それに万が一、魔物達に愛想を尽かされたら、
君はこの世界で生きる術を失うからねぇ?」

俺の心に潜む、俺ですら気が付かなかった弱さを、ハリーさんが次々と言い当てる。
俺はハリーさんの言う「泣き寝入り」を『良かれと思って』やったと思っていたが。
本当は周りに見捨てられたくなくてビビっていただけ。

要は、俺が心の中で「俺はこの世界に来たくて来たんじゃねぇ」と言って駄々をこねて。なおかつ、周りの人間や魔物が信用出来ない、生きる事に対して必死になれないといった、俺の心の弱さを全て『ソレ』のせいにしていただけなのだ。

そして、その事を薄々理解して居ながら「俺は勇者じゃなくてただの一般人である」という言い訳に縋り、何も自分を変えるような努力をしなかった。
その結果が今の俺である。

「……ははっ。
ハリーさんの仰る通りです。
心、弱すぎますね、俺……!」

「まぁ……こんな事を君に対して偉そうに言っている僕も、
かつては、僕に助言をしてくれた魔物に対して『君に僕の何が分かる!?』って逆上したりしたからね」

「ハリーさんが……!?」

今の、穏やかな雰囲気の彼からは想像が出来ない。
完璧そうに見える人間や魔物にも、何らかの欠点があったりするのだろうか。

「かつての僕も、君のように狂ったりしたが、
『勇者として得た強さを、勇者としてでは無く、妻を守る為に振るえば良い』って感じに気持ちを切り替える事で自分を取り戻せたんだ。
勿論それだけじゃなくて、妻の愛が最大の薬となったんだけどね」

「気持ちを切り替える……!」

「マモル君は、この世界に召喚されて色々大変かもしれない。
これから先の未来にまた今回みたいな事が起こるかもしれない。
でも、今までの経験も、これからの人生も決して無駄にはなったりしない。
全ては、君次第なんだ」

全ては俺次第なのだから、気持ちを切り替えろ……か。

ハリーさんの言葉を聞いた俺は、一旦、落ち着いて俺自身の心を整理しようと決めた。

今の俺の心ある感情は、
訳も分からず異世界へ召喚された事に対する「怒り」。
俺を救ってくれたアオイさんや村長夫妻を始めとする周りの人間や魔物への「感謝」。
そして、周りへの感謝を示す為に、俺の世界の知識を使ってでも何かを成し遂げたいと思う「野心」。

……いや、待てよ。
それだけじゃ無い。

俺は、この世界に召喚されてからすぐに、領主を「嫌な奴」だと思った。
テンションのままに暴言まで吐いてしまった。
昨日、公衆浴場から上がって直ぐに、また、領主の事を考えた。
心の中で、奴を否定した。

俺の心が不安定になった時、他に考える事が無かったりすれば、
俺は領主の事を考える事があった。

それは何故か?
答えは簡単。
俺の心が、誰かを否定しなければ自分を保てぬ程に弱っていたからだ。

『あの領主はいきなり俺を異世界に召喚して悪びれもせず、
こっちの話を全く聞かずに俺を役立たず呼ばわりした挙句、牢へ入れやがった。
俺の心は確かにクソッタレだが、
俺よりも酷い奴だって居るんだから良いじゃないか』……と、
知らず知らずの内に自分自身を慰めていたのだろう。
今が、まさにそうだ。

俺は、自分自身の心の弱さに改めて吐き気を催した。

「……うん゛!?」

だがしかし、怪我の功名とも言うべきか。
領主の事を考えた事で、俺は気が付いてしまった。

俺がメンセマトに召喚されてから、
あの街で俺が体験した出来事の何もかもが変である事に。

「……どうしたんだね、マモル君」

「いえ、ちょっとハリーさんに聞きたい事が出来まして」

「ほう。何だい?」

「3年前の戦いの事……。
詳しく教えて頂けないでしょうか?
俺が『ティアさん達』から聞いた情報と違い過ぎます」

「何だって!?」

「ハリーさんは『白蛇さんに勝った上で自ら投降した』んですよね?
にも関わらず、ティアさんやマーカスさんは『ハリーさんが魔物に連れ去られた』としか言っていませんでした」

「そんな、マーカスまで……!?
2人共、3年前の戦いに参加していた筈だったのに……!
ティアは、戦いに負けた騎士団を撤退させるのに戦場を離れたが、
マーカスは僕が投降する所も見ていた筈なのに。
一体、どうなってるんだ!?」

どうやら、ハリーさんとマーカスさんは知り合いのようだ。
まあ、あの人はティアさん同様、俺みたいな奴にも優しくしてくれたからな。
優しい性格の2人が意気投合していても何ら変では無い。

だがしかし。

魔物は、人を傷付けない。
ハリーさんはそれを戦場で理解したからこそ、投降した。
にも関わらず、その場に居た人間がそれを全く理解していないのは可怪しい。
ましてや、マーカスさんは同僚の投降する場面を見ておいて、
あんな言葉を言う領主の味方をしているとは思えない。

「やっぱり、怪しいですね。あの国」

「……ああ、そうだね」

こうなると、最早国単位で怪しくなって来る。

そもそも、俺は「魔物を倒すために」召喚されたのだ。
それがアオイさんの妨害による偶然だったとしても。

しかし、魔物は人間を愛しているが故に人を傷つけたりしない。
だから、人と魔物が争う理由はそもそも無い。

俺がこの世界に召喚された理由ですら、すでに「間違い」なのだ。

にも関わらず、あの国の皆はそれが「正しい」と信じて、
魔物と本気で戦おうとしている。

俺が召喚された後……俺が魔物と戦える力を持っていないと分かった時点で、
本気で彼等はがっかりしていて、あの場の雰囲気は葬式のようだった。
メンセマトで俺が出会った人々は、本気で魔物を恐れている。

まさに、間違いだらけ。

「…………」

故に、俺は考える。
どうやったらそんな「間違いだらけ」な状況が生まれるのか……と。

そして、俺は1つの仮説を立てた。

メンセマトの中で一番怪しいのは間違いなく「領主」である。
アイツは魔物について3年以上も調べていたらしいが、
それでも、魔物をイマイチ理解していないって時点で怪しい。

俺がこの世界で、今日を含め3日暮らしただけでそれが分かったのに……だ。

【「先程も言いましたが、俺は『一般人』です。あなた方の奴隷じゃありません。
無理やり知らん場所に連れて来られて、憎くもない連中と戦えと言われて。
……頷く訳が無いじゃないですか!
それでも俺に戦えと言うのなら、あなた方は拉致及び恐喝を行った『犯罪者』ですよ?
そうで無いと言うのなら、俺を元の世界に返して下さい」

「貴様、我を侮辱するのか……!
この街の領主であり、伯爵位を持つこの我を……!?」

「最終的にはパワハラですか。
……ったく、(魔物とアンタの)どっちが穢れてんだって話だよ」

「…………だ、黙れえっ!
黙れ、黙れ、黙れぇーー!!」

「領主様!?」

「我は、あのような売女共とは、違う!
この役立たずを牢屋へ放り込め!!」】

領主は、俺の言葉に反応して激昂していた。
今にして考えれば「魔物と比べられて怒る」というのは、
それなりに魔物を知っていなければ出来ない事なんじゃないだろうか?

奴が魔物を「売女」呼ばわりしていたのは、
魔物が人の精を糧として、人を愛する存在だと知っていたからじゃないだろうか?

あの国で、領主1人だけが「魔物の正体」を把握していて、
それ以外の人間は「魔物は人を殺す化け物だ」と勘違いしている。
……という奇妙な状態が出来てしまっているのでは無いだろうか?

何をどうやったらそういった状況になるのか、全く理解出来ないが。

「ってな訳で、俺はあの領主が怪しいと思うんですが、どうでしょう、ハリーさん?」

「何気に、凄い事言ってたんだね、君……!?」

俺は、俺が召喚された時の状況をより具体的に、詳しく伝えると共に、
俺が自分なりに立てた仮説をハリーさんに伝えた。

「そうですか?
いきなり召喚されて頭に来たんで、色々言っちゃいましたけど」

「でもまあ、相手は領主でしょ?」

「確かにそうですけど、別に向こうは王様って訳じゃ無いんですよね?」

「いや、確かにそうだけども……!」

この世界の人間の感覚で言えば、
一般人(平民)が領主に向かって暴言を吐く事など、恐れ多く、許されない事らしい。

しかし、
憲法によって全国民が平等である(と、されている)日本で生まれ育った俺にとって、
相手が自分より権力が上の人間であっても、
時と場合によっては相手に向かって暴言を吐く事に何ら抵抗は無い。
ただでさえ、あの時は向こうに「誘拐された」と思っていたし、
そもそも、向こうがどれ位偉い人間かを把握していなかった。

結局の所、どういう事かと言うと。
俺は、俺がこの世界に召喚された時の詳しい話を、
「大して重要な情報ではないだろう。アオイさんのような優秀な工作員が居るこの国なら、この程度の情報であれば既に持っているだろうし」……と思っていたが、
実際の所、そうでは無かった。

つまり俺が、俺の知る情報全てをより正確に佐羽都街の首脳部へ話せば、
この街にとって有益な情報になり得るかもしれぬ……という事だ。
ハリーさん曰く、
異世界人ならではの見解や仮説もこの世界の人間にとっては貴重であるとの事。

これらの事は、1人で考えた時には分からなかった。
知らず知らずの内に自分を「被害者」だと思っていた俺は、
この世界で起こったあらゆる事に対して受け身にしかなれなかったからだ。

だが、今は違う。

この世界に来て初めて、誰かの役に立てるかもしれない。
そんな期待と喜びに俺の心は打ち震えていた。

「随分いい目をするようになったね、マモル君」

「え?」

「うん、今の君ならもう大丈夫だろう。
僕は、これから始まるであろう戦いに向けて自分のすべき事をやる。
だから、君も、君のすべき事をしっかりと見極めると良いよ」

「……分かり、ました」

……何だか釈然としないが、ハリーさん曰く「俺はもう大丈夫」らしい。

彼は彼で、
俺の言葉を聞いてティアさん達を「正気に戻す」為の戦いに備えるのだろうか?

それに、俺のやるべき事……か。
俺は少し前に、通りすがりで聞いた「メンセマトが『異世界の勇者が佐羽都街にさらわれた』事を口実として戦争を始めようとしている」という会話を、
「自分がこの世界へ来たせいで佐羽都街とメンセマトの戦争が始まってしまう」
と勘違いして錯乱した事があったが、実際はそうでは無い。
これらの事を話していた魔物娘達にも悪意は全く無いのだろう。

しかし、だからといって戦争が始まる事に対して「全くの無責任」とは言えない。
俺が口実となっているだけであって、遅かれ早かれ戦いが始まるのだとしても、
戦いの口実となっているのは変わらないからだ。
ならば、俺は佐羽都街の味方となる事でその責を果たそう。

「色々聞いて下さったり、助言を頂いたり、本当にありがとうございました」

「どういたしまして。
お礼は、僕を呼んだアオイさんにもしっかりと言っておくんだよ?」

「勿論です」

俺の言葉を聞いたハリーさんは、俺に背中を向けて手を振りながら去ろうとする。
その時、物陰から真っ白な魔物が出てきて、彼に飛びついた。
彼女が、ハリーさんの言っていた「白蛇」さんか。
そのまま2人は腕を組みながら仲睦まじく帰ってゆく。

アオイさんとハリーさんのお陰で、今の俺にはやるべき事が出来た。
俺は目的を果たす為、とりあえず村長夫妻の館へ戻る事にした。

だが、この時俺はハリーさんの言葉に隠された、
もう一つのメッセージを読み取る事が出来なかった。
それは、これから戦いが始まるであろう……という事。
だから、気をつけろ……という事。
「戦い」は常に戦場で起こるとは限らないのだ。
14/05/18 00:02更新 / じゃむぱん
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■作者メッセージ
どうしてこんなにマモル君が「領主」を話題に出すかと言えば、
彼がこの物語の「もう1人の主人公」なんですよね。

だからこそ、マモル君は領主に対して同族嫌悪を覚えたという訳です。
詳しい事は、物語の後半で……!

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