怒涛の、矛盾・疑問・謎……!
今が何時かと言えば、俺……黒田マモルと、ジパングのクノイチである望月アオイと想いが通じ合った次の日の昼前である。
佐羽都街とメンセマトのゴタゴタが片付くまで正式な「結納」とはいかないだろうが、
俺達は紆余曲折の末に男女の関係となったのだ。
そんな俺がどうして未だに寝ているかというと……。
「うぎ、ぐぎぎ……!!」
「ただの人間があれだけ無理をすれば身体を痛めるのは当然です。
無理をなさらないで下さい、マモル」
「うう、済みません……!」
そう。
何が一番キツいかって言えば、腰が痛い。
佐羽都街の皆の役に立ちたいと思い、
俺は「アオイさん」を味方につけるべく説得しようとしたが。
その結果、彼女を泣かせるという大失態を犯してしまった。
自分の失態を取り戻すべく、限界を超えてアオイさんとの交わりを重ねた挙句、
理性が完全に飛んだ後もフィーバーした結果、身体のそのツケが回って来たのである。
反魔物領の隣町との来るべき戦いを回避する為に色々と裏工作をしたいんだけども、
今日1日は殆ど動く事が出来なさそうだ。
……ちくしょう。
と言いたい所だが。
何だかんだで俺の思いを惚れた女性に伝えられたのは良かったかな。
と、まあ。
そんな贅沢で呑気な事を考えていると、
「マモル殿はいるかの?」
俺と「アオイさん」の居る部屋にバフォメットさんが入って来た。
只でさえ、こっちは彼女の名前をさん付けせずに呼ぶのに慣れていないのだ。
本当に2人きりで無い時は、心の中でも彼女を「アオイさん」と呼ぶ事にしよう。
でないと、表に出てきてしまいそうだ。
そして、アオイさんも俺と2人きりの時に見せてくれた、
優しさに溢れた美貌から、何時ものクールで凛とした表情に変わった。
「何か俺に御用でしょうか?」
「…………」
俺を探して此処に来たバフォメットさんだが、彼女は何も言わず俺をじっと見ている。
彼女と俺は何度も会っている筈なのに、
バフォメットさんが俺を見る眼は初めて見る怪しい人間を見定めているかのようだ。
「あ、あの……?」
「まさか、アオイが籠絡『される』とはの」
困惑する俺を見ながら、バフォメットさんが独り言のように呟く。
「!」
彼女が零した言葉に、俺は驚いてしまう。
昨日、俺とアオイさんに何があったのかをバフォメットさんは知っているのか?
「そんな怪訝な表情をせんでも、お主等の雰囲気で何があったかは分かるわい。
その件については、儂も良かったと思う。2人とも、おめでとうなのじゃ!」
俺とアオイさんに向けられるバフォメットさんの天真爛漫な笑顔。
しかし、それは直ぐに消えてさっきまでの真剣な表情に戻ってしまう。
……?
どういう事だ?
イマイチ話の流れが掴めないぞ?
「私があらかじめバフォメット樣に相談しておいたんですよ」
何が何だか全く分からない俺に、アオイさんが状況の説明をしれくれた。
――アオイさんによると、
俺が何らかの無茶をしようとしている事を知った彼女は、
その事をあらかじめ佐羽都街の主要人物全員に伝えたらしい。
勿論、その中にはアオイさんに協力していた白蛇さんも含まれているのだろう。
そして「万が一、私がマモル樣を止められなかった場合、代わりに彼を止めてくれ」と頼んで置いたらしいのだ。
しかし「アオイさんが俺を止められなかった」のでは無く、
「俺がアオイさんを説得して協力者にしてしまった」という俺以外の誰もが予想していない結果になってしまった。
……アオイさんが俺の「無茶」に同意している以上、アオイさんが俺の説得を自分の代わりに皆へ頼んで置いた事が無駄になってしまったのだ。
今朝になってから、俺が起きる前にアオイさんは事の顛末を皆に伝えた。
そうしないと、無駄に誰かが俺を説得しに来る事となってしまうからだ。
アオイさんから報告を受けた佐羽都街の皆は、大いにその事を祝福してくれたのだが。
その中で唯一、バフォメットさんは俺がアオイさんを説得してしまったという事に対して……本当に大丈夫かと心配してくれたらしい。
だからこそ、今、彼女はこうして俺を尋ねてくれているのだ。
「そうだったんですか……わざわざ、ありがとうございます」
「いやいや。こちらこそ無粋な真似をして済まないのじゃ。
ようやく結ばれた2人の邪魔などしたくは無いのじゃが、どうしても確認したい事があっての」
「はい、何でしょうか?」
「マモル殿、貴殿は一体何者なのじゃ?」
「……はい?」
……いやいやいや。
いきなり、お前は何者だと言われても。
まあ、強いて答えを言うのなら……!
「自分は唯の異世界人だ……とでも言いそうじゃな」
バフォメットさんに考えを言い当てられて、自分の身体が不自然に動いてしまう。
ぎくっ、という表現が一番似合うであろう情けない動きとなってしまった。
「じゃが、儂にはそうは思えんのじゃよ」
バフォメットさんの言葉に、俺は奇妙な違和感を覚えた。
「…………?
はあ、バフォメットさんがそう思う理由をお聞かせ願えますか?」
もし、自分が唯の異世界人で無いのならそれは嬉しい事の筈なのに。
何故か、俺が心の奥底でそれを望んでいない事を自覚してしまう。
「そもそも、なぜ儂がこんな事を言い出したかと言うと……。
マモル殿がこの世界に召喚された事自体がおかしかったのじゃよ」
そう言えば、そうだ。
俺はこの世界に召喚されてしまったが、元の世界には魔法が無い為に帰れない。
だったらなおさら、どうやって俺はこの世界に召喚されたんだという話になる。
だが、それについては既に俺なりの仮説を立てていた。
「おかしい……まあ、そうでしょうね。
ですが、それは『バグ』じゃないでしょうか?」
「「ばぐ?」」
「ええ。
俺の仮説はですね……」
バグ、という聞きなれぬ単語にぽかんとするアオイさんとバフォメットさんに、
バグという言葉の意味を説明すると共に、自分の考えを2人に説明し始めた。
そもそも、この世界に俺は本来召喚される筈は無かった。
何故なら、俺の世界にこの世界の魔法は届かないからだ。
だから、俺は俺の世界に帰れない。
この時点で、バフォメットさんの言った通り……俺が召喚されたという事自体が異常である。
そして、ここからは俺の立てた仮説だ。
本来であれば別の世界の人間が召喚させる筈だった。
しかし、その術式をアオイさんが妨害した事で魔法が破綻してしまった。
それ故に、魔法の届かぬ筈の世界に魔法が届いて俺が召喚された……というのが俺の仮説だ。
「……というのが俺の立てた仮説です。
まあ、魔法の事は専門外なんで的外れな考えかもしれませんが」
そもそも、異世界から人間を召喚するという魔法自体が既にとんでもない物だと思う。
俺の常識なんて完全に通用しないものであるに違い無い。
だから、それが破綻してしまった時に何らかの『バグ』が発生してしまったのなら……普通では有り得ない、そしてとんでもない事が起こってしまうのでは無いかと考えたのだ。
「ふむ……。お主がそういう考えを持っていた事は分かった。
じゃが、多分違うと思うぞ」
「そうですね。
私の妨害によってあの術式に変化があった事は確かだと思いますが。
それでも、世界の理を超えるような術式とはならない筈です」
アオイさんとバフォメットさんが、同時に俺の仮説を否定する。
ううむ……。
この2人が即答で違うと言うのならそうなのだろう。
魔術についてはかなり疎い人間である俺が、思い込みだけで仮説を作るのは良くなかったようだ。
「まあ、お2人が言うのならそうなんでしょうね。
ですが、即座に否定されたという事は、何か考えがお有りですか?」
自分では考えが浮かばない故に、俺は2人に何か考えが無いか聞いてみた。
「ええと、私は特に何も……!」
「儂は、マモル殿が召喚された事自体が必然だと思うのじゃ」
アオイさんは特に何も思い付かなかったようだが、バフォメットさんには何か考えがあるようだ。
「そもそも、儂はお主がこの世界の理を超えて召喚されてしまった時点で変だと思っとった。
もっとも、召喚されたばかりのお主には『魔法が効きにくいだけ』で、
特に変な力を持っている訳では無さそうだったから対して気にしてはいなかったがな」
バフォメットさんの言っている事は正しいと思う。
魔法が届かない筈の世界から異世界人が召喚されてしまったという明らかな異常。
それが俺の推測とは違って必然的に起こってしまったのなら、その事自体が異常という事である。
……あれ?
仮に、バフォメットさんの推測が正しいとしたら。
俺を召喚した者、もしくは召喚されるように何かを仕組んだ者が居るとすれば、
ソイツは「世界の理すら超える力」を持っている事になってしまう……!?
「だが、マモル殿は……無茶をしようとしているというお主を全力で止めに来たアオイを逆に説得してしまうという奇跡を起こしてしまった。
アオイなら、お主を止められると思ったのじゃが」
俺の目から見ても、あの時のアオイさんは本気だった。
彼女が俺に対して同情して手加減してくれた訳では無い。
唯の人間のスペックしか無い筈の男が、心身共にそれを遥かに超える「クノイチ」を止められる筈が無い。
勿論、今こうしてアオイさんと分かり合えたのは俺の望んだ結果ではあるが、
どうしてこうなったのかを冷静に見つめ直した方が良いかもしれない。
「マモル殿に、アオイを真に愛する心があれば奇跡を起こすのは可能なのかもしれん。
しかし、どれ程気持ちが強かろうとそれだけでは彼女の術を退けるのは不可能なのじゃよ。
実際、アオイを逆に説得し返す事など出来ると思っとったかの?」
「……いえ、正直俺の『体質』込みでも勝てるとは思っていませんでした」
俺は、アオイさんに籠絡されない自信がなど全く無かった。
何故なら、俺の心は既に彼女のモノになっていたが、それをアオイさんは知らないだけだったのだ。
そんな彼女が心底自分の為を思って行動してくれたのなら、最後まで拒絶出来る筈が無い。
あの時、自分の中でアオイさんに対する勝率をどれだけ高く見積もっても半分も無かった。
「そうじゃろ。
なのに、マモル殿はアオイを説き伏せてしまった。
その事は、異常であるとも考えるべきでは無いか?」
「……!
そうですね……!?」
確かに、バフォメットさんの言う通りだ。
俺とアオイさんが初めて出会った時に受けた「影縫いの術」は、
俺が「身体の内側に作用する魔法が効きにくい体質」だったから退けられたのだ。
でも、
それは、魔法などそもそも最初から存在出来ない俺の世界の人間であればそれ程珍しい体質では無いのでは無いか……と考えていたが。
よくよく考えれば考える程にそうでは無いように思えてしまう。
仮に……俺の「体質」が、
「俺の世界の人間であるからそういう体質である」ならば。
理論上は、俺の世界の人間であるならその気になれば誰でもアオイさんの術を退けられるという事になってしまう。
だが、そんな事は決して有り得ない。
その事は彼女の術を何度も味わっている俺が一番理解しているつもりだ。
「その事については、心当たりが有ります」
これまで黙っていたアオイさんが、ぽつりと告げた。
「私がマモル樣を『影分身の術』により籠絡しようとしていた時の事です。
マモル樣の心が墜ちる、と思った時にこの人の身体から……蜃気楼のような透明のもやもやした何かがいきなり現れて……そこから彼は正気を取り戻したんです」
「え……!?」
アオイさんから告げられた、衝撃の事実。
魔法を毛ほども使えないであろう俺の身体から……いきなり蜃気楼がっ!?
何だそれ!?
そして、そんな凄い事になっていながら、俺はそれを自覚すらしていなかった?
正直信じられないが、アオイさんがこんな時に冗談を言う訳無いし……!?
「『それ』が現れたのは一度だけで直ぐに消えてしまいましたから、
只の見間違いだと思っていました。
ですが、今の話を聞いてそうでは無いと確信したので言わせて貰いました」
アオイさんの言っている事が確かだとしたら、俺は最早「只の異世界人」とは言えない。
マジかよ、何て事だ……。
元々全てが分かっていた訳じゃないが、
此処に来て分からない事が次から次へと……!!
「あ、アオイよ……、何かの間違いでは無いのか?」
バフォメットさんが震える声でそう言った。
驚いているのは俺だけでは無かったようだ。
「……はい。
何と言うか、あの透明なもやもやからは確かに強い『拒絶の感情』を感じましたから」
拒絶の感情か……。
思い返して見れば、俺が自分に対して掛かった術を退ける事が出来たり、
何らかの魔法が俺自身に対してあまり効かなかったというような状況では常に「拒絶の感情」を抱いていたかもしれない。
――例えば、
俺がアオイさんに初めて会った時に飲まされた媚薬を、
俺は毒だと勘違いして「死ぬことへの拒絶」を心に抱いていた。
さらに、錯乱して怪我をした俺にバフォメットさんが、治癒の魔術を掛けてくれた時も……俺は俺自身がこの世界に存在する事自体を認められず「無関心」という最も愚かな拒絶を心に抱いていた。
――対して、
メンセマトの今は亡き魔法使いの爺さんが用いた「人避けの魔術」には簡単に引っ掛かり、命の危機に陥ってしまった。
あの時はハリーさんに叱って貰った直後で「この世界で生きるのも悪く無いかもしれない」と思い拒絶の感情を全く抱いていかなった。
だからこそ、俺は良いように爺さんの思惑に嵌ってしまったのだろう。
これって、俺が俺自身の「特異体質」を使いこなせれば、
好きな時に「何らかの人ならざる力」を退けられる。
すると、メンセマトの領主がやるかもしれない『洗脳行為』も、
俺に対してならば確実に防げるって事になるんじゃないか?
そうであったとしても、違ったとしても。
俺は、俺自身をもっと知って置かねばならない……!
「マモル殿、この世界に来てから今までの事を可能な限り我々に話してくれ。
貴殿が我々にまだ語っていない事の中に、アオイの言う『蜃気楼のようなもの』の謎を解く手がかりが有るかもしれん」
「……!
分かりました、では――」
バフォメットさんの提案により、
俺とアオイさんとバフォメットさんの3人での情報交換を始めた。
俺はこれまで体験して来た出来事を……思い出せる限り詳細に、じっくりと話した。
「――それであの時、2人組の魔物さん。
ええと、着物を着た下半身が蜘蛛のようになってる女性と、
巫女服を着た、青い炎のようなものを纏った女性の2人組が俺の服を返すついでに色々と取引をしてくれて……!」
「ん?」
俺が「無茶」をする切欠となった2人……、美月さんと東雲さん。
服の件以外で俺があの2人に直接的には世話になっていないが、彼女達の行動からは色々な事を学ばせて貰った。
そんな、ある意味の恩人である2人の事を話していた途中……、
東雲さんと美月さんの示す身体的特徴を話していた途中で、
バフォメットさんが怪訝な表情を浮かべた。
「その2人組には心当たりがあるが、お主の言っている事は少し変じゃ。
マモル殿が世話になったという2人じゃが、
片方は蜘蛛の身体的特徴をもつ『女郎蜘蛛』の東雲じゃろうな。
だがもう片方の『狐憑き』である美月の事はお主には只の人間に見えている筈じゃぞ?」
え?
「バフォメット樣の言う通りです。
本来、狐憑きの本当の姿というのは愛する夫にしか見せない筈なんです。
我々クノイチが、真に愛する者にしか感情を見せぬように……!」
美月さんの種族である狐憑きについて俺に説明してくれるアオイさん。
魔物娘である彼女達が、真に愛する者にしか見せない感情や本当の姿。
それを他人においそれと見せたりしないというのはアオイさんを見て良く分かっている。
となると多分、問題が有るのは……美月さんじゃ無くて俺の方だ……!
そんで、だとしたら何が原因なんだ……!?
「まあ、美月の場合は珍しく自分が狐憑きであるという事を特に隠しておらんからの。
同じ魔物娘であれば本当の姿は見えている筈じゃ。
それと『人ならざる者の力に対する何らかの抵抗力』を持っている者なら可能かも知れん」
俺が召喚された経路がそもそも有り得ないという事。
只の人間である筈の俺が、アオイさんの術を退けるという起こり得ない奇跡を2度も起こしているという事。
さらにその内の1度では、アオイさん曰く俺は謎のモヤモヤを纏っていたらしい。
そして、見える筈の無い美月さんの「本当の姿」が見えていた。
俺が「只の異世界人である」という俺自身の仮説は、今……完全に消えた。
俺が唯の異世界人で無ければ、一体何なのだろう。
勿論、勇者と呼ばれる程立派な存在では無い。
しかし、少なくとも「人ならざる者の力に対する何らかの抵抗力」を持った人間であるようだ。
だとしたら。
それは、変だ。
有り得ない……!
そもそも、メンセマトで起こされた「勇者召喚の儀式」は、
アオイさんによって邪魔されたのだ。
さらにアオイさんも、自分がした妨害工作によって「異世界の人間は召喚されない」と確信していたらしい。
にも関わらず、
異世界の人間が召喚されてしまったばかりか、
「人ならざる者の力に対する何らかの抵抗力」を持った人間が召喚されるという、
【メンセマト側にとって極めて都合の良い偶然】など、果たして起こり得るのだろうか?
そして、俺は気付く。
気が付いてしまう。
バフォメットさんが投げかけてくれた、
俺自身では考えもしなかった謎に対する答えに近い何かを。
「……アオイさん……!」
「ま、マモル樣……?」
思考が煮詰まり、感情が高ぶるあまり……愛する女性の名前を思わず呟いてしまった。
俺の頭から滝のように汗がダラダラと流れて落ちてゆく。
にも関わらず、身体は火照るどころか、むしろ寒気すら感じてしまう。
そんな俺を、改めて心配そうに見つめるアオイさん。
そうだ。
俺は、今まで……俺自身の一番近くに有る筈の『矛盾』に気が付く事が出来なかった。
俺がメンセマトに召喚された時、
そこに世界の理すら超える程の「異常」が存在したとしたら、
全力でメンセマトの異世界人召喚阻止の為に奔走していたであろうアオイさんがそれに気が付かない……なんて事が普通に起こり得るのだろうか?
そして、俺が1日足らずで気付いたメンセマトの領主及びその近辺に存在するであろう異常。
スマホが没収されなかったなどの幸運もあるにせよ、
『その事』を佐羽都街に初めて伝えられたのが俺だって時点でそもそも有り得ないのだ。
俺よりもメンセマトに長く潜入しているアオイさんが、その事に気が付かない筈が無い。
観察眼だって、俺よりも彼女の方が上である筈だろう。
しかし、普通では有り得ない事が起こっているのなら必ず原因がある。
まだ「その事」は確定では無いが。
俺の考えが正しければ……現時点で、既に、非常にヤバい事になってしまっている。
今までに得た情報に加えて……。
「俺が召喚される原因となった何か」が『世界の理すら超えられる程の強大な何か』であるならば、これは起こり得る事なんだ。
メンセマトには何らかの「異常」が存在する。
今、俺はこの推測が自分の中でも120%の確信に変わった。
正直……今、俺の頭の中にある推理には穴が多い。
何か俺の知らぬ情報1つで簡単にひっくり返る程度のものだ。
だが、最優先すべきはアオイさんなんだ。
間違いにより俺が恥をかくリスクなど、どうという事は無い。
今は、考え得る限りに置いて最低最悪の可能性も視野に入れておくべきなんだ……!!
「アオイさん……俺は、これから貴方にいくつか質問をします。
貴方にとって不快となるような事も聞くでしょう。
ですが、俺は決してアオイさんを責めようとしている訳じゃありません」
「は? はあ……」
謎に次ぐ謎で混乱しているのはアオイさんも同じなんだろう。
俺が急にこんな変な事を言い出したのに、彼女はほんの少ししか驚いていない。
「で、俺が何故今になってこんな事を言い出したのかと言えば……、
【ア オ イ さ ん が 一 度 以 上 メ ン セ マ ト で 記 憶 操 作 を 受 け て い る 可 能 性 が 高 い】からなんだ」
アオイさんの美しい表情が、一気に青ざめた。
佐羽都街とメンセマトのゴタゴタが片付くまで正式な「結納」とはいかないだろうが、
俺達は紆余曲折の末に男女の関係となったのだ。
そんな俺がどうして未だに寝ているかというと……。
「うぎ、ぐぎぎ……!!」
「ただの人間があれだけ無理をすれば身体を痛めるのは当然です。
無理をなさらないで下さい、マモル」
「うう、済みません……!」
そう。
何が一番キツいかって言えば、腰が痛い。
佐羽都街の皆の役に立ちたいと思い、
俺は「アオイさん」を味方につけるべく説得しようとしたが。
その結果、彼女を泣かせるという大失態を犯してしまった。
自分の失態を取り戻すべく、限界を超えてアオイさんとの交わりを重ねた挙句、
理性が完全に飛んだ後もフィーバーした結果、身体のそのツケが回って来たのである。
反魔物領の隣町との来るべき戦いを回避する為に色々と裏工作をしたいんだけども、
今日1日は殆ど動く事が出来なさそうだ。
……ちくしょう。
と言いたい所だが。
何だかんだで俺の思いを惚れた女性に伝えられたのは良かったかな。
と、まあ。
そんな贅沢で呑気な事を考えていると、
「マモル殿はいるかの?」
俺と「アオイさん」の居る部屋にバフォメットさんが入って来た。
只でさえ、こっちは彼女の名前をさん付けせずに呼ぶのに慣れていないのだ。
本当に2人きりで無い時は、心の中でも彼女を「アオイさん」と呼ぶ事にしよう。
でないと、表に出てきてしまいそうだ。
そして、アオイさんも俺と2人きりの時に見せてくれた、
優しさに溢れた美貌から、何時ものクールで凛とした表情に変わった。
「何か俺に御用でしょうか?」
「…………」
俺を探して此処に来たバフォメットさんだが、彼女は何も言わず俺をじっと見ている。
彼女と俺は何度も会っている筈なのに、
バフォメットさんが俺を見る眼は初めて見る怪しい人間を見定めているかのようだ。
「あ、あの……?」
「まさか、アオイが籠絡『される』とはの」
困惑する俺を見ながら、バフォメットさんが独り言のように呟く。
「!」
彼女が零した言葉に、俺は驚いてしまう。
昨日、俺とアオイさんに何があったのかをバフォメットさんは知っているのか?
「そんな怪訝な表情をせんでも、お主等の雰囲気で何があったかは分かるわい。
その件については、儂も良かったと思う。2人とも、おめでとうなのじゃ!」
俺とアオイさんに向けられるバフォメットさんの天真爛漫な笑顔。
しかし、それは直ぐに消えてさっきまでの真剣な表情に戻ってしまう。
……?
どういう事だ?
イマイチ話の流れが掴めないぞ?
「私があらかじめバフォメット樣に相談しておいたんですよ」
何が何だか全く分からない俺に、アオイさんが状況の説明をしれくれた。
――アオイさんによると、
俺が何らかの無茶をしようとしている事を知った彼女は、
その事をあらかじめ佐羽都街の主要人物全員に伝えたらしい。
勿論、その中にはアオイさんに協力していた白蛇さんも含まれているのだろう。
そして「万が一、私がマモル樣を止められなかった場合、代わりに彼を止めてくれ」と頼んで置いたらしいのだ。
しかし「アオイさんが俺を止められなかった」のでは無く、
「俺がアオイさんを説得して協力者にしてしまった」という俺以外の誰もが予想していない結果になってしまった。
……アオイさんが俺の「無茶」に同意している以上、アオイさんが俺の説得を自分の代わりに皆へ頼んで置いた事が無駄になってしまったのだ。
今朝になってから、俺が起きる前にアオイさんは事の顛末を皆に伝えた。
そうしないと、無駄に誰かが俺を説得しに来る事となってしまうからだ。
アオイさんから報告を受けた佐羽都街の皆は、大いにその事を祝福してくれたのだが。
その中で唯一、バフォメットさんは俺がアオイさんを説得してしまったという事に対して……本当に大丈夫かと心配してくれたらしい。
だからこそ、今、彼女はこうして俺を尋ねてくれているのだ。
「そうだったんですか……わざわざ、ありがとうございます」
「いやいや。こちらこそ無粋な真似をして済まないのじゃ。
ようやく結ばれた2人の邪魔などしたくは無いのじゃが、どうしても確認したい事があっての」
「はい、何でしょうか?」
「マモル殿、貴殿は一体何者なのじゃ?」
「……はい?」
……いやいやいや。
いきなり、お前は何者だと言われても。
まあ、強いて答えを言うのなら……!
「自分は唯の異世界人だ……とでも言いそうじゃな」
バフォメットさんに考えを言い当てられて、自分の身体が不自然に動いてしまう。
ぎくっ、という表現が一番似合うであろう情けない動きとなってしまった。
「じゃが、儂にはそうは思えんのじゃよ」
バフォメットさんの言葉に、俺は奇妙な違和感を覚えた。
「…………?
はあ、バフォメットさんがそう思う理由をお聞かせ願えますか?」
もし、自分が唯の異世界人で無いのならそれは嬉しい事の筈なのに。
何故か、俺が心の奥底でそれを望んでいない事を自覚してしまう。
「そもそも、なぜ儂がこんな事を言い出したかと言うと……。
マモル殿がこの世界に召喚された事自体がおかしかったのじゃよ」
そう言えば、そうだ。
俺はこの世界に召喚されてしまったが、元の世界には魔法が無い為に帰れない。
だったらなおさら、どうやって俺はこの世界に召喚されたんだという話になる。
だが、それについては既に俺なりの仮説を立てていた。
「おかしい……まあ、そうでしょうね。
ですが、それは『バグ』じゃないでしょうか?」
「「ばぐ?」」
「ええ。
俺の仮説はですね……」
バグ、という聞きなれぬ単語にぽかんとするアオイさんとバフォメットさんに、
バグという言葉の意味を説明すると共に、自分の考えを2人に説明し始めた。
そもそも、この世界に俺は本来召喚される筈は無かった。
何故なら、俺の世界にこの世界の魔法は届かないからだ。
だから、俺は俺の世界に帰れない。
この時点で、バフォメットさんの言った通り……俺が召喚されたという事自体が異常である。
そして、ここからは俺の立てた仮説だ。
本来であれば別の世界の人間が召喚させる筈だった。
しかし、その術式をアオイさんが妨害した事で魔法が破綻してしまった。
それ故に、魔法の届かぬ筈の世界に魔法が届いて俺が召喚された……というのが俺の仮説だ。
「……というのが俺の立てた仮説です。
まあ、魔法の事は専門外なんで的外れな考えかもしれませんが」
そもそも、異世界から人間を召喚するという魔法自体が既にとんでもない物だと思う。
俺の常識なんて完全に通用しないものであるに違い無い。
だから、それが破綻してしまった時に何らかの『バグ』が発生してしまったのなら……普通では有り得ない、そしてとんでもない事が起こってしまうのでは無いかと考えたのだ。
「ふむ……。お主がそういう考えを持っていた事は分かった。
じゃが、多分違うと思うぞ」
「そうですね。
私の妨害によってあの術式に変化があった事は確かだと思いますが。
それでも、世界の理を超えるような術式とはならない筈です」
アオイさんとバフォメットさんが、同時に俺の仮説を否定する。
ううむ……。
この2人が即答で違うと言うのならそうなのだろう。
魔術についてはかなり疎い人間である俺が、思い込みだけで仮説を作るのは良くなかったようだ。
「まあ、お2人が言うのならそうなんでしょうね。
ですが、即座に否定されたという事は、何か考えがお有りですか?」
自分では考えが浮かばない故に、俺は2人に何か考えが無いか聞いてみた。
「ええと、私は特に何も……!」
「儂は、マモル殿が召喚された事自体が必然だと思うのじゃ」
アオイさんは特に何も思い付かなかったようだが、バフォメットさんには何か考えがあるようだ。
「そもそも、儂はお主がこの世界の理を超えて召喚されてしまった時点で変だと思っとった。
もっとも、召喚されたばかりのお主には『魔法が効きにくいだけ』で、
特に変な力を持っている訳では無さそうだったから対して気にしてはいなかったがな」
バフォメットさんの言っている事は正しいと思う。
魔法が届かない筈の世界から異世界人が召喚されてしまったという明らかな異常。
それが俺の推測とは違って必然的に起こってしまったのなら、その事自体が異常という事である。
……あれ?
仮に、バフォメットさんの推測が正しいとしたら。
俺を召喚した者、もしくは召喚されるように何かを仕組んだ者が居るとすれば、
ソイツは「世界の理すら超える力」を持っている事になってしまう……!?
「だが、マモル殿は……無茶をしようとしているというお主を全力で止めに来たアオイを逆に説得してしまうという奇跡を起こしてしまった。
アオイなら、お主を止められると思ったのじゃが」
俺の目から見ても、あの時のアオイさんは本気だった。
彼女が俺に対して同情して手加減してくれた訳では無い。
唯の人間のスペックしか無い筈の男が、心身共にそれを遥かに超える「クノイチ」を止められる筈が無い。
勿論、今こうしてアオイさんと分かり合えたのは俺の望んだ結果ではあるが、
どうしてこうなったのかを冷静に見つめ直した方が良いかもしれない。
「マモル殿に、アオイを真に愛する心があれば奇跡を起こすのは可能なのかもしれん。
しかし、どれ程気持ちが強かろうとそれだけでは彼女の術を退けるのは不可能なのじゃよ。
実際、アオイを逆に説得し返す事など出来ると思っとったかの?」
「……いえ、正直俺の『体質』込みでも勝てるとは思っていませんでした」
俺は、アオイさんに籠絡されない自信がなど全く無かった。
何故なら、俺の心は既に彼女のモノになっていたが、それをアオイさんは知らないだけだったのだ。
そんな彼女が心底自分の為を思って行動してくれたのなら、最後まで拒絶出来る筈が無い。
あの時、自分の中でアオイさんに対する勝率をどれだけ高く見積もっても半分も無かった。
「そうじゃろ。
なのに、マモル殿はアオイを説き伏せてしまった。
その事は、異常であるとも考えるべきでは無いか?」
「……!
そうですね……!?」
確かに、バフォメットさんの言う通りだ。
俺とアオイさんが初めて出会った時に受けた「影縫いの術」は、
俺が「身体の内側に作用する魔法が効きにくい体質」だったから退けられたのだ。
でも、
それは、魔法などそもそも最初から存在出来ない俺の世界の人間であればそれ程珍しい体質では無いのでは無いか……と考えていたが。
よくよく考えれば考える程にそうでは無いように思えてしまう。
仮に……俺の「体質」が、
「俺の世界の人間であるからそういう体質である」ならば。
理論上は、俺の世界の人間であるならその気になれば誰でもアオイさんの術を退けられるという事になってしまう。
だが、そんな事は決して有り得ない。
その事は彼女の術を何度も味わっている俺が一番理解しているつもりだ。
「その事については、心当たりが有ります」
これまで黙っていたアオイさんが、ぽつりと告げた。
「私がマモル樣を『影分身の術』により籠絡しようとしていた時の事です。
マモル樣の心が墜ちる、と思った時にこの人の身体から……蜃気楼のような透明のもやもやした何かがいきなり現れて……そこから彼は正気を取り戻したんです」
「え……!?」
アオイさんから告げられた、衝撃の事実。
魔法を毛ほども使えないであろう俺の身体から……いきなり蜃気楼がっ!?
何だそれ!?
そして、そんな凄い事になっていながら、俺はそれを自覚すらしていなかった?
正直信じられないが、アオイさんがこんな時に冗談を言う訳無いし……!?
「『それ』が現れたのは一度だけで直ぐに消えてしまいましたから、
只の見間違いだと思っていました。
ですが、今の話を聞いてそうでは無いと確信したので言わせて貰いました」
アオイさんの言っている事が確かだとしたら、俺は最早「只の異世界人」とは言えない。
マジかよ、何て事だ……。
元々全てが分かっていた訳じゃないが、
此処に来て分からない事が次から次へと……!!
「あ、アオイよ……、何かの間違いでは無いのか?」
バフォメットさんが震える声でそう言った。
驚いているのは俺だけでは無かったようだ。
「……はい。
何と言うか、あの透明なもやもやからは確かに強い『拒絶の感情』を感じましたから」
拒絶の感情か……。
思い返して見れば、俺が自分に対して掛かった術を退ける事が出来たり、
何らかの魔法が俺自身に対してあまり効かなかったというような状況では常に「拒絶の感情」を抱いていたかもしれない。
――例えば、
俺がアオイさんに初めて会った時に飲まされた媚薬を、
俺は毒だと勘違いして「死ぬことへの拒絶」を心に抱いていた。
さらに、錯乱して怪我をした俺にバフォメットさんが、治癒の魔術を掛けてくれた時も……俺は俺自身がこの世界に存在する事自体を認められず「無関心」という最も愚かな拒絶を心に抱いていた。
――対して、
メンセマトの今は亡き魔法使いの爺さんが用いた「人避けの魔術」には簡単に引っ掛かり、命の危機に陥ってしまった。
あの時はハリーさんに叱って貰った直後で「この世界で生きるのも悪く無いかもしれない」と思い拒絶の感情を全く抱いていかなった。
だからこそ、俺は良いように爺さんの思惑に嵌ってしまったのだろう。
これって、俺が俺自身の「特異体質」を使いこなせれば、
好きな時に「何らかの人ならざる力」を退けられる。
すると、メンセマトの領主がやるかもしれない『洗脳行為』も、
俺に対してならば確実に防げるって事になるんじゃないか?
そうであったとしても、違ったとしても。
俺は、俺自身をもっと知って置かねばならない……!
「マモル殿、この世界に来てから今までの事を可能な限り我々に話してくれ。
貴殿が我々にまだ語っていない事の中に、アオイの言う『蜃気楼のようなもの』の謎を解く手がかりが有るかもしれん」
「……!
分かりました、では――」
バフォメットさんの提案により、
俺とアオイさんとバフォメットさんの3人での情報交換を始めた。
俺はこれまで体験して来た出来事を……思い出せる限り詳細に、じっくりと話した。
「――それであの時、2人組の魔物さん。
ええと、着物を着た下半身が蜘蛛のようになってる女性と、
巫女服を着た、青い炎のようなものを纏った女性の2人組が俺の服を返すついでに色々と取引をしてくれて……!」
「ん?」
俺が「無茶」をする切欠となった2人……、美月さんと東雲さん。
服の件以外で俺があの2人に直接的には世話になっていないが、彼女達の行動からは色々な事を学ばせて貰った。
そんな、ある意味の恩人である2人の事を話していた途中……、
東雲さんと美月さんの示す身体的特徴を話していた途中で、
バフォメットさんが怪訝な表情を浮かべた。
「その2人組には心当たりがあるが、お主の言っている事は少し変じゃ。
マモル殿が世話になったという2人じゃが、
片方は蜘蛛の身体的特徴をもつ『女郎蜘蛛』の東雲じゃろうな。
だがもう片方の『狐憑き』である美月の事はお主には只の人間に見えている筈じゃぞ?」
え?
「バフォメット樣の言う通りです。
本来、狐憑きの本当の姿というのは愛する夫にしか見せない筈なんです。
我々クノイチが、真に愛する者にしか感情を見せぬように……!」
美月さんの種族である狐憑きについて俺に説明してくれるアオイさん。
魔物娘である彼女達が、真に愛する者にしか見せない感情や本当の姿。
それを他人においそれと見せたりしないというのはアオイさんを見て良く分かっている。
となると多分、問題が有るのは……美月さんじゃ無くて俺の方だ……!
そんで、だとしたら何が原因なんだ……!?
「まあ、美月の場合は珍しく自分が狐憑きであるという事を特に隠しておらんからの。
同じ魔物娘であれば本当の姿は見えている筈じゃ。
それと『人ならざる者の力に対する何らかの抵抗力』を持っている者なら可能かも知れん」
俺が召喚された経路がそもそも有り得ないという事。
只の人間である筈の俺が、アオイさんの術を退けるという起こり得ない奇跡を2度も起こしているという事。
さらにその内の1度では、アオイさん曰く俺は謎のモヤモヤを纏っていたらしい。
そして、見える筈の無い美月さんの「本当の姿」が見えていた。
俺が「只の異世界人である」という俺自身の仮説は、今……完全に消えた。
俺が唯の異世界人で無ければ、一体何なのだろう。
勿論、勇者と呼ばれる程立派な存在では無い。
しかし、少なくとも「人ならざる者の力に対する何らかの抵抗力」を持った人間であるようだ。
だとしたら。
それは、変だ。
有り得ない……!
そもそも、メンセマトで起こされた「勇者召喚の儀式」は、
アオイさんによって邪魔されたのだ。
さらにアオイさんも、自分がした妨害工作によって「異世界の人間は召喚されない」と確信していたらしい。
にも関わらず、
異世界の人間が召喚されてしまったばかりか、
「人ならざる者の力に対する何らかの抵抗力」を持った人間が召喚されるという、
【メンセマト側にとって極めて都合の良い偶然】など、果たして起こり得るのだろうか?
そして、俺は気付く。
気が付いてしまう。
バフォメットさんが投げかけてくれた、
俺自身では考えもしなかった謎に対する答えに近い何かを。
「……アオイさん……!」
「ま、マモル樣……?」
思考が煮詰まり、感情が高ぶるあまり……愛する女性の名前を思わず呟いてしまった。
俺の頭から滝のように汗がダラダラと流れて落ちてゆく。
にも関わらず、身体は火照るどころか、むしろ寒気すら感じてしまう。
そんな俺を、改めて心配そうに見つめるアオイさん。
そうだ。
俺は、今まで……俺自身の一番近くに有る筈の『矛盾』に気が付く事が出来なかった。
俺がメンセマトに召喚された時、
そこに世界の理すら超える程の「異常」が存在したとしたら、
全力でメンセマトの異世界人召喚阻止の為に奔走していたであろうアオイさんがそれに気が付かない……なんて事が普通に起こり得るのだろうか?
そして、俺が1日足らずで気付いたメンセマトの領主及びその近辺に存在するであろう異常。
スマホが没収されなかったなどの幸運もあるにせよ、
『その事』を佐羽都街に初めて伝えられたのが俺だって時点でそもそも有り得ないのだ。
俺よりもメンセマトに長く潜入しているアオイさんが、その事に気が付かない筈が無い。
観察眼だって、俺よりも彼女の方が上である筈だろう。
しかし、普通では有り得ない事が起こっているのなら必ず原因がある。
まだ「その事」は確定では無いが。
俺の考えが正しければ……現時点で、既に、非常にヤバい事になってしまっている。
今までに得た情報に加えて……。
「俺が召喚される原因となった何か」が『世界の理すら超えられる程の強大な何か』であるならば、これは起こり得る事なんだ。
メンセマトには何らかの「異常」が存在する。
今、俺はこの推測が自分の中でも120%の確信に変わった。
正直……今、俺の頭の中にある推理には穴が多い。
何か俺の知らぬ情報1つで簡単にひっくり返る程度のものだ。
だが、最優先すべきはアオイさんなんだ。
間違いにより俺が恥をかくリスクなど、どうという事は無い。
今は、考え得る限りに置いて最低最悪の可能性も視野に入れておくべきなんだ……!!
「アオイさん……俺は、これから貴方にいくつか質問をします。
貴方にとって不快となるような事も聞くでしょう。
ですが、俺は決してアオイさんを責めようとしている訳じゃありません」
「は? はあ……」
謎に次ぐ謎で混乱しているのはアオイさんも同じなんだろう。
俺が急にこんな変な事を言い出したのに、彼女はほんの少ししか驚いていない。
「で、俺が何故今になってこんな事を言い出したのかと言えば……、
【ア オ イ さ ん が 一 度 以 上 メ ン セ マ ト で 記 憶 操 作 を 受 け て い る 可 能 性 が 高 い】からなんだ」
アオイさんの美しい表情が、一気に青ざめた。
14/12/25 23:55更新 / じゃむぱん
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