連載小説
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リリムとサキュバスの平凡な一日
その日、ルカは特にすることもなくぼんやりとしていた。
時刻は間もなく昼になるが、依頼された薬は完成させてあるし、他にすることもない。
だから、新しい薬でも作ろうかと材料が保管してある箱を開け、どれを使おうか物色する。
その時、家の扉がノックされた。
それが聞こえ、ルカはぴくりと動きを止める。
ルカの家を訪問する人物は限られている。
その中で、頻繁に家を尋ねてくる人物といえば一人しかいない。
「ルカ、いる?」
予想通りの人物の声がして、ルカはすぐに玄関に向かい、扉を開けた。
「どうしたのよミリア。なんか用?」
扉の先には気まぐれリリムがいた。
それはまあいい。
ミリアは唐突に人の家にやってくるので、ルカもそれにはすっかり慣れている。
ただ、今日はいつもの魔力で作った黒衣ではなく白いドレスを着ていた。
これは明らかによろしくない。
ミリアがおめかしして来たということは、そうするに相応しい場所に行くということだから。
王女だからそういう場所に行くことは珍しいことでもないだろう。
問題は。
「ねえ、ルカ。今日、時間はあるかしら?」
笑顔で尋ねてくるミリアの目が、一緒に行こうと言っていた。
「変なことに付き合う時間はないと言っておくわ」
「なら問題ないわね。ちょっと豪華な料理を食べにいくだけだから」
さも当然のように言うが、ルカから見れば問題はありまくりである。
ミリアの言うちょっと豪華な料理がちょっとですむはずがないし、料理を食べにいくだけでドレス姿なのも不自然だ。
面倒事の匂いを敏感に感じ取り、ルカは断ろうとする。
だが、それより先にミリアの手がルカの腕をしっかりと掴んでいた。
「ちょっと!アタシは行くなんて言ってないわよ!」
「変じゃないことになら付き合う時間はあるんでしょ?ほら、行きましょ」
ミリアの細い腕に力が加えられ、ルカは家から引っ張り出された。
「だから、行くとは言ってな―」
言いかけた言葉は、無理矢理転移魔法に巻き込まれたことで遮られた。


立派な城だった。
そんな城の重厚な扉の前に連れてこられた。
「……」
とりあえず、なにから言うべきか悩んだルカは無言でミリアを睨む。
しかしミリアは気にせずに城の扉を開け放つ。
その先ではメイド服のサキュバスが待機しており、ミリアの姿を確認すると恭しく頭を下げた。
「これはミリア様。ようこそおいで下さいました。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「姉さんに会いに来たのだけど、いるかしら?」
「はい。セラ様でしたら、三階の居間にいらっしゃるかと。ご案内致します」
そんなやり取りを交わし、歩き出すサキュバスとミリア。
自分の目の前でわけのわからない話がとんとん拍子に進んでいき、たまらずルカはミリアのドレスを引っ張った。
「ちょっとミリア!これはどういうことよ!?」
「以前、姉さんにあなたのことを話したら、一度会ってみたいって言ってたから、こうして連れてきたの。そう心配しなくても大丈夫よ。ちゃんと料理は出してくれるから」
「料理の心配なんてしてないわよ!話が急すぎるって言ってんの!こういうことは、前もって話をしときなさいよ!」
ミリア一人でさえルカの手には余るというのに、更にその姉まで同じ場にいたら、ルカには完全にお手上げである。
「前もって話をしたら、あなたは絶対に会わないって言うでしょ?」
「ぐっ……それは……」
確かにその通りなのだが、無理矢理連れて来られた挙句、どんな顔をして会えというのだろう。
反論を封じ込めると、ミリアは逆にルカの手を引いて、サキュバスの後に続く。
豪華な絨毯が敷かれた廊下は綺麗なもので、壁にかけられた絵画や調度品も一目で立派だとわかるものばかり。
そんな廊下を行くメイドのサキュバスとミリアも、この場に相応しい身なりをしている。
それを見ると、ルカは自分がとんでもなく場違いな場所にいる気がしてきた。
「ちょ、ちょっとミリア。アタシ、普段着だけど、これで大丈夫なの……?」
ミリアの手を引っ張り、小声でそう囁く。
「姉さんは服装に拘るような人じゃないから、問題ないわ」
ドレス姿のミリアがそう言っても、説得力の欠片もない。
とはいえ、今更ドレスを着に戻るなんてこともできるはずがなく、ルカの表情はどんどん固くなる。
そしてついに、ミリアの姉であるセラがいるという居間に到着してしまった。
「失礼します、セラ様。お客様をお連れしました」
サキュバスが白い扉をノックすると、中から「どうぞ」という声が聞こえ、静かに扉が開かれた。
否応なしにルカの緊張が高まるなか、扉の先で黒いドレスに身を包んだ一人のリリムがいた。
ミリアにはない黒光りする角と白い翼。
白銀の長い髪と魔力の宿った紅い瞳。
全てが正しいリリムの姿だ。
「あら、これは嬉しいお客様ね」
こちらを見て、楽しそうにセラは笑う。
そして、紅い瞳がルカに向けられた。
「しかも、お友達まで」
「会いたいと言ったのは姉さんのはずだけど?」
「ふふ、そうね」
手にしていた本を閉じてゆっくりと立ち上がると、セラはそのまま歩み寄ってきた。
「はじめまして、と言うのも妙な気分ね。私はあなたを知っているわけだし」
微笑を浮かべるセラ。
そこに気取った様子はまったくなく、至って自然な所作だ。
それに対してルカは、かなり緊張していた。
それこそ、素っ気なく自分の名前しか言えないくらいに。
「ルカ……」
「セラよ。普段は妹が世話になっているみたいだし、お礼を言うわね」
「え、いや、それは……」
ミリアはまだいい。そういう雰囲気をまったく出さないから。
でも、セラは違う。
なんというか、王女らしい雰囲気が全身から発せられているのだ。
そのせいか、どうしても気後れしてしまう。
「あら、緊張しているの?こう考えてみて。ミリアが二人いる。これなら、緊張はしないでしょ?」
楽しそうに笑う様子や、ちょっとした仕草がミリアそっくりだった。
やはり、姉妹だけあってそういうところは似るのかもしれない。
しかし、だからといって気安く話しかけられる相手ではない。
ミリアもそうだが、セラも格上だと、本能が悟っているのだ。
「どうしたの、ルカ。いつものようにしていればいいのよ。姉さんも言っているように、私がもう一人いると思えばいい。それなら簡単でしょ?」
「どこがよ」
ミリアとセラ、二人が並んでいるとオーラが違う。
そのせいか、近づきがたいのだ。
ミリアなど、普段はそんな雰囲気を微塵も見せないくせに、こういう時はいかにも王女らしい空気を身に纏っている。
そこにセラまで加わっては、凡人たるルカが気圧されてもまったく不思議ではなかった。
「まあ、続きは座ってしましょうか」
大きなソファを指で示し、セラが歩き出す。
「ところで姉さん、義兄さんは?」
「ああ、彼なら寝てるわ。ほんの三時間前までしっぽりヤっててね。ちょっと調子に乗って搾りすぎちゃったの」
振り向いてそう言うセラの顔は確かに艶々しているように見える。
「なるほど、義兄さんがいないのはそういうことね。でも、ヤってたのが三時間前だと、姉さんは寝たの?」
「いいえ。愛しい夫との交わりなら、不眠不休でだっていけるもの。精もたっぷりもらったし、寝てなくとも体調はいたって良好よ。愛しい人から中に精を出される快感は早くあなたにも体験してほしいわね。きっと病みつきになるわ」
「残念だけど、その愛しい人がいないわね」
「なら、早く見つけるべきね。まだ見ぬ義弟と会うのが待ち遠しいわ」
いかにもな会話をしつつ歩いていくリリム姉妹。
続くルカはなんともいえない表情だ。
「さてと。お客様に飲み物を用意しないとね」
ミリアとルカがソファに座ると、その向かいに座ったセラが扉の傍に控えていたサキュバスに目を向ける。
それが呼ぶ合図なのか、サキュバスは静かに傍へと寄ってきた。
「失礼します。お飲み物をお伺いします」
「私はコーヒーで。ルカは?」
「あ、アタシもコーヒーで……」
「じゃあ、私も同じでいいわ。それと、三人分の料理を用意してもらっていいかしら?」
「かしこまりました」
一礼して去っていくサキュバス。
それをルカが目で追っていると、ふいにセラから声がかかった。
「ところでルカ。そろそろ慣れてもらえたかしら?」
「え?えーと……」
楽しそうに見つめられ、つい目が泳いでしまう。
慣れるわけがない。
今まで何度も一緒に行動してきたミリアならまだしも、セラとは出会って十数分。
これでミリアと同じように接することができるほど、ルカは順応力が高いわけではない。
「どうやら、まだみたいね。でも、今日帰るまでに責めて名前くらいは呼んでもらいたいわ」
さらりと言ったセラの発言に、ルカは驚愕する。
ミリアの名前を呼ぶのにさえ時間がかかったというのに、セラはそれを今日中にしろと言う。
「えっ!?そ、それは……!」
「姉さん、ルカは人の名前を呼ぶのに時間のかかる子なのよ。私の名前を呼んでくれたのも、出会ってからけっこう経った頃だったし」
「あら、そうなの?それは、ますます名前を呼んでもらいたくなるわね」
ミリアの補足に、セラの口元に微笑が浮かぶ。
その顔は、ルカを弄る時のミリアと瓜二つだった。
「ミ、ミリア!余計なこと言うんじゃないわよ!」
「あら、事実じゃない。それと、姉さんが言ったでしょ。私が二人いると思えばいいと。あれ、少しも冗談なんかじゃないわよ?」
ミリアの口調はどこか忠告するような感じで、それが引っかかった。
「どういう意味よ?」
「わからない?セラ姉さんと私は性格や嗜好がよく似ているの。私は、あなたの慌てた様子や照れた顔が大好きよ。つまり」
そこで楽しそうにミリアは言葉を区切る。
ここまで言われれば、ルカもわかる。
そして、恐る恐るそちらを見ると、セラはニコニコと満面の笑み。
それを見て、ルカは無意識に体をビクつかせる。
なにを考えているのかさっぱりわからない笑顔ほど怖いものもない。
「ふふっ、ミリアが気に入るのもうなずけるわね。本当に可愛いわ、ルカ」
褒めてくれているつもりなのかもしれないが、整った顔立ちに浮かぶ笑顔は時に恐怖すら感じるということを初めて知った。
セラは可愛い人形を愛でるような目でルカを見つめている。
そこには、嗜虐的は色が見え隠れしていた。
ミリアがそうであるように、セラもまた人をからかう性格。
ミリアの言葉を信じるなら、性格が似ている時点でその可能性は大いにある。
「失礼します」
そこへ、さきほどのサキュバスがカートを押して現れた。
三人の前にカップを置き、テーブルに一口サイズの様々なカップケーキが置かれていく。
一人だけ気まずい雰囲気だったルカは救われたようにコーヒーを口に含む。
いつもはミルクを入れて飲むのだが、そのコーヒーはブラックのままでも問題ないくらいに飲みやすかった。
それでもリリム二人が作り出す空間にいるからか、ルカの表情は苦いままだ。
「さて、お菓子もきたことだし、楽しいおしゃべりを続けましょうか」
「それはいいけど、まずはなぜルカに会おうと思ったのか教えてくれない?」
それはルカも気になっていた。
とはいえ、セラに軽々しく声をかけるのは憚られて、どうしようと思っていたのだ。
ミリアはそんなルカの内心を察してくれたのかもしれない。
だが、セラの返答はあまりにも呆気ないものだった。
「特に深い理由はないわ。あなたがよく一緒にいるみたいだから、興味が湧いただけ」
「それだけ?」
「ええ。でも、こんなに可愛いとは思わなかったわ。もっと早くに会いたかったくらいね」
セラの目が向けられ、ルカは再び視線を逸らす。
目を合わせたら、からかわれる。
そう確信した。
「ねえ、ルカ。ミリアと一緒にいて楽しい?」
ものすごく返事に困る質問だ。
ルカは隣りに座るミリアにちらりと視線をやる。
そうすると、待ちかまえていたかのようにミリアと目が合い、ミリアはにっこりと微笑む。
「……少なくとも退屈はしないわ」
色んな意味で退屈はしない。
ただ、それを正面から言うのはとても恥ずかしく、ルカはぷいとそっぽを向く。
そんな素直じゃない反応がお気に召したのか、ミリアはもちろん、セラも声なく笑った。
「なるほど、なんとなくあなたの性格がわかってきたわ」
納得したようにうなずくセラ。
ルカはといえば、この拷問にも近い空間からどうすれば逃げられるかと必死に頭を動かす。
ただ、思いつく案は一時的なものにすぎず、どうしたってこの場に戻ってくるしかない。
内心でこんな場所に連れてきたミリアに悪態をついている間にもセラとのおしゃべりは続くが、どう受け答えしたかは覚えていない。
記憶にあるのは、一人暮らしをしているかという質問に「ええ……」と短く答えたことくらいだ。
そうしているうちに、先程のサキュバスが戻ってきた。
「失礼しますセラ様。お食事の準備ができました」
「あら、もうできたの?思ったより早かったわね。じゃあ、おしゃべりは切り上げて移動しましょうか」
立ち上がるセラに続いてミリアとルカも腰を上げると、セラに続いて隣りの部屋へと移動する。
そこには、ちょっとどころではないくらいに豪華な料理が丸いテーブルの上にこれでもかと並べられていた。
ミリアと行動するようになって様々な料理を見てきたルカだが、今回の料理は今までで一番だと言っていい。
どの料理も見目良く盛り付けされ、味だけでなく、見栄えにも拘っていると一目でわかる品ばかりだった。
ルカにとってはご馳走といっても過言ではない料理の数々だが、セラとミリアは特に気にした感じでもなく洒落たデザインの椅子に座る。
二人とも王女だから、こういった料理には慣れているのだろう。
そんなことを思いつつ、ルカも席に着いた。
「じゃあ、いただきましょうか。見ての通りたくさんあるから、遠慮しないで食べてね」
こうして始まった三人の食事だが、ルカはやはり食が進まない。
その理由であるセラはミリアと談笑しながら料理を食べているだけなのだが、なんとなく気まずい。
それに気づいたのか、セラが話しかけてきた。
「どうしたの、ルカ。あまり進んでないみたいだけど、口に合わなかった?」
「あ、いや、そういうわけじゃないんだけど……」
まさかセラと一緒では食べ辛いと言うわけにもいかないので、ルカはつい曖昧な返事をしてしまう。
それが失敗だった。
「緊張して食べられないんでしょ」
ミリアが見事に図星を指してきた。
やはり一緒にいた時間が長いだけあって、それくらいのことはお見通しのようだ。
「そ、そんなわけないでしょ!滅多に食べられない料理だから、味わって食べてるだけよ!」
「あら、そうなの?それじゃあ……」
くすくすと笑いながら、ミリアは一口大に切られたローストビーフをフォークで刺すと、それをルカの口元に近づけた。
「はい、あーん」
ただでさえ困っている状況で、ミリアはやってくれた。
「なに恥ずかしい真似してんのよ!?」
「いつもしてるんだし、別にいいじゃない」
「一回もしたことないわよ!」
そんな恥ずかしい真似をした日には、一日中顔を赤くして過ごす羽目になりかねない。
「あら、随分と仲がいいのね。私もこの場に彼がいるなら、見せつけるようにあーんをしてあげるんだけど、生憎と今は寝てるし……」
そう言って、セラは湯でた海老のチリソースを突き刺し、ルカの顔へと近づけた。
「夫の代わりにルカ、あーん」
恐ろしいことに、セラまで便乗してきた。
「え、ちょ……」
嫌そうに顔を引くルカに、二つの料理が迫る。
「さあ、ルカ」
「どっちを食べるの?」
事前に打ち合わせでもしてたんじゃないかと思うくらいにミリアとセラの息はぴったりだった。
二人して楽しそうに料理を差し出してくる様は、まさしく意地悪姉妹。
からかうことが好きなリリム二人の悪戯に、ルカは顔を真っ赤にして怒鳴る。
「ど、どっちも食べないわよっ!!」
そして、様々な料理を自分の取り皿へと勢いよく盛る。
「あら、いいの?私はともかく、セラ姉さんからのあーんなんて滅多にない機会よ?」
「そうね。基本的に夫限定よ。今回は特別。そういうわけだから、ほら、ルカ」
ミリアとセラは相変わらずフォークに刺した料理をこちらに向け、楽しそうな笑みを浮かべている。
男だったら誘惑に屈して、口を開けていてもおかしくない。
だが、ルカはそんな誘惑よりも羞恥が勝った。
「い、いらないわよっ!」
ついミリアにするのと同じような返事をしてしまったが、セラは特に気にすることなく「あら残念」と言って料理を自分の口に入れる。
なんとか逃げ切ったとルカはこっそり安堵のため息を漏らすが、これで終わりだと思ったことが甘かった。
「じゃあルカ、どれなら食べてくれる?」
とミリア。
「どうせだから一つ一つ試しましょうか」
とセラ。
やめるつもりはないどころか、まだまだ続行する気である。
「いらないって言ってるでしょ!あ、アタシは絶対に食べないんだからね!」
きっぱり宣言し、盛った料理を口に放り込む。
こうなったら二人は無視して、とことん食べることで逃げるしかない。
そう思ったルカはやけ食いを敢行したのだった。


ルカにとって悪夢のような食事タイムが終わり、食後休憩。
食事だけでどっと疲れたルカは腹が膨れたこともあって、うとうといていた。
座っているソファは柔らかくて肌触りも良く、このまま横になればすぐに昼寝ができたかもしれない。
しかし、そんな休憩時間がルカに訪れることはなかった。
「さてと。お腹もいっぱいになったし、次はお風呂にでも行きましょうか」
ぼんやりしていた頭に届いたセラの言葉は、ちょっとよくわからなかった。
なんで食後にお風呂?
まさかとは思うが、ミリアと同じように背中の流し合いでもするつもりだろうか。
だとしたら、ルカは謹んで遠慮するしかない。
この二人と一緒に風呂など、絶対にただですむはずがないからだ。
「私は構わないけど、なんでお風呂なの?」
「あなたの翼の手入れをしたいからに決まってるじゃない。それと、ルカの髪もちょっと気になるしね」
逃がしはしない。
こちらを向いたセラの目が雄弁に語っていた。
よろしくない流れに、ルカは遠慮の言葉を口にしようとする。
「あ、アタシはいい―」
「じゃあ、行きましょうか。ルカの背中は私が流してあげるわ」
そう言うミリアに腕を取られた。
「ちょ、ちょっと待って。アタシはいいからっ!」
「あら、遠慮はなしよ。私達三人だけだしね」
だから遠慮したいというのだ。
この前の温泉でミリアの裸を見た……というか見せられたが、さすがリリムだとうなずいてしまえるくらいに綺麗だった。
それは、同じ女のルカでさえ目のやり場に困ったほどだ。
だというのに、今日はリリムが二人。
そんな状況で、ゆっくり風呂に入ることなどできるわけがない。
「遠慮じゃなくて、アタシはいい―」
「じゃあ、行きましょう」
セラ相手には強く出られないせいか、ルカはそのまま押し切られたのだった。
そしてやってきた浴場は城にあるうちの一つで、結構な広さを誇っていた。
大浴場といってもいいかもしれない。
それでも汚れなどは一切なく綺麗なもので、きちんと手入れがされている。
そんな浴場だが、ルカには恐怖の場所に見えた。
脱衣所で固まるルカを尻目に、ミリアとセラはドレスをするすると脱いでいき、魅惑の身体を晒していく。
男なら一目で欲情ものの光景は、ルカも見ていて平気ではいられない。
リリムの魔力に当てられては堪らないので、ルカは雪島の時と同じように急いで服を脱ぎ、一足先に浴場に入った。
「ふう……」
湯舟に浸かると、様々な感情が入り混じったため息が漏れる。
やっぱりあの二人は姉妹だ。
その証拠に、遅れてきたセラとミリアはタオルを手にしているだけ。
文句の付けどころがない美人なのはわかるが、責めて大事なところは隠せと言いたい。
「そういえば、こうしてあなたと一緒にお風呂に入るのはすごく久しぶりね。ふふ、なんだか懐かしいわ」
「確かに懐かしいわね。ルカとはつい最近、一緒に入ったばかりだけど」
「あら、そうなの?そんな機会があったのなら、私も呼んでくれればよかったのに」
わざとらしく膨れて見せるセラに、ミリアは意地悪そうな笑みを向けた。
「残念だけど、絶対に呼ばないわ」
きっぱりと宣言されたからか、セラは少し驚いたようにミリアを見つめる。
「なんでそんな意地悪を言うの?姉さん泣きそうよ」
泣くどころか、その顔は薄く笑っている。
だからだろう、ミリアもまた同じような笑みを浮かべた。
「私の二つ名を言い広めていたからよ」
「二つ名?ああ、麗翼姫のこと?いい名前でしょ?」
悪びれるどころか、どこか嬉しそうに首をかしげてみせるセラ。
対するミリアはため息だ。
「知らないはずの人からいきなり二つ名を呼ばれる身にもなってほしいわ」
「あら、名は体を表すと言うし、別にいいじゃない。それに、どう呼ばれようと、あなた自身が変わるわけではないでしょ?」
「まあ、そうなんだけどね……」
どこか納得いかなそうなミリアへ、セラは追い討ちをかける。
「そうそう。最終的に麗翼姫に決めたけど、もっと候補はあったのよ。艶羽姫とか、黒羽根姫とかね。最後まで悩んだのは、黒い天使だったわ。でも、姫は付けたかったから、泣く泣く諦めたのよ」
嬉々として語るセラだが、それを聞いているミリアはどうでもよさそうだった。
「はいはい。もうなんでもいいわ」
ものすごく投げやりな言葉を返し、ミリアはルカの隣りへと身体を沈める。
セラもくすくすと笑いながら、なぜかルカの隣りに腰を下ろした。
そのせいで、ルカはリリム二人に挟まれた格好になる。
「……ねえ、なんでアタシの両脇に座るわけ?」
「あなたの隣りは私の定位置だもの」
「ミリアが左側に座ったからね。残ってるのは、右側しかないでしょ?」
ミリアの発言もちょっとあれだが、この際いい。
しかし、セラはどうなんだとルカは思う。
別にこちらの隣りに座る必要なんて少しもないはずだ。
この姉妹に挟まれてはなにをされるかわかったものではないので、ルカはその場を慌てて離れる。
「どうして逃げるの、ルカ?私はいつも隣りにいるでしょ?」
「あなたの日頃の行いのせいじゃないかしら。それに比べて、私なんて今日会ったばかりなのよ?それなのに、こんなふうに逃げられると傷つくわ」
ルカが逃げるように距離を取ったことに驚いた様子も見せず、ミリアとセラは揃って口の端をつり上げ、微笑んだ。
そんな二人の笑顔が獲物を見つけた狩人のように見えて、ルカは更に距離を取る。
「ちょ、ちょっと。二人揃って、なにを企んでいるのよ?」
「別に、私はなにも企んでないわよ?さて、姉さんは私とルカのどっちから手を付けるつもりなの?」
まったく信用ならない言葉を吐き、ミリアはセラへと顔を向ける。
「そうね……やっぱり可愛い妹からかしら。そういうわけだから、ルカは少し待っててね」
その発言に、ルカは内心安堵のため息をついた。
いくらミリアの姉とはいえ、今日出会ったばかりのセラに髪を弄ってもらうなど、正気の沙汰ではない。
この間ミリアに背中を流してもらったのだって、いっぱいいっぱいだったのだ。
だから、セラに髪を弄ってもらおうものなら、絶対に平常心ではいられない。
しかし、幸いなことに最初はミリアのようなので、今のうちに髪と身体を洗って風呂を上がってしまえばいい。
そう思い、実行に移そうとした時だ。
「あら?確かにこの浴場だと思ったのだけど……」
「どうしたの、姉さん?」
辺りを見回し、怪訝そうな表情を浮かべたセラに、ミリアは首をかしげた。
「髪や翼を手入れする櫛やスポンジが入った箱が置いてある場所よ。確かこの浴場だったと思ったのだけど、見当たらないのよ」
「他の浴場の可能性は?もしくは、誰かが持って行ったとか」
ミリアの意見に、セラは軽くうなずいてみせる。
「確かにそれはありそうね。ちょっと他の浴場を見てくるわ。あなたもこの浴場を探してくれる?このくらいの透明なケースの箱だから」
ミリアに手で大きさを示すと、セラはルカへと顔を向けた。
「ルカは私についてきて。この城に浴場は三つあるのだけど、これから行く場所はその中でも一番大きい浴場だから」
「え……ちょ、アタシは」
その人の分け方はどうなのだろうと思う。
だが、それを言う間もなくルカはセラの転移魔法によって別の浴場へと連れてこられてしまった。
「あら、誰も使っていないのね。人手が欲しいところなのに」
静まり返った浴場を見て、セラは苦笑する。
その意見にはルカも同感だ。
もっとも、セラの言うように人手が欲しいからではなく、単純にセラと二人きりという状況にはなりたくなかったからなのだが。
「あ、アタシはあっちを探すからっ!」
極力会話を避けようと、ルカはセラとは反対方向に向かおうとする。
だが。
「ルカ」
呼び止められた。
無視するわけにもいかず、仕方なく振り返ると、セラがシャワーの前で佇んでいた。
「こっちに来て」
そして、にこりと笑ってみせた。
「っ」
言葉が出ない。
行かないほうがいいと直感しているのに、セラの言葉は不思議な強制力を以てルカの足を動かす。
「さあ、座って」
素直に傍まで来たルカに、セラは椅子を示して微笑む。
「……道具、探すんじゃないの?」
「その心配は無用よ。だって、ここにあるもの」
セラが指差す先には透明なケースがあった。
ここに来てから、探してすらいない。
だとすると、ケースを探すという目的はルカをあそこから連れ出すための嘘。
「……あんた、なにを企んでいるの?」
「あなたが大人しくここに座ってくれたら、きちんと話すわ」
ルカが油断のない目で警戒しても、セラは浮かべた微笑を崩しもしない。
「あんたが先に話すなら、そこに座るわ」
若干早口になったかもしれない。
それでもルカは微動だにしないまま、そう言ってセラを見つめた。
その言動に効果があったかはわからないが、ふとセラの表情が緩む。
「あなたと二人きりで話したかったからよ」
「なんで?」
今度は返事はなく、代わりに座るようにと手招きされる。
続きはルカが座ってからということなのだろう。
セラが要求通りに先に目的を言った以上、今度はルカが向こうの要求に応える番だ。
まさかいきなり変なことはされないだろうと思いながらそっと椅子に座ると、セラは背後に回ってシャワーでルカの髪を濡らし始めた。
「熱くない?」という言葉に無言でうなずくと、セラもそれ以上はなにも言わずにルカの髪を慣れた手つきで洗い始める。
他人に頭を洗ってもらうというのは気恥ずかしかったが、セラの洗い方は絶妙な心地の良さで、ついぽーっとしてしまう。
「気持ちいい?」
「え……あっ、そ、そうねっ。悪くないわ!」
まるで心を見透かしたかのような言い方に、つい気安い返事をしてしまった。
すぐ後ろで、セラが声なく笑ったのが気配でわかる。
それを察知し、ルカの頬が林檎色に染まっていく。
「じゃあ、そろそろ流すわね。ちょっとだけじっとしてて」
頭にシャワーのお湯がかけられ、白い泡が静かに落とされる。
その間にもセラの片手が撫でるように動き、それが心地良い。
「はい。これで終わりね」
セラの声が聞こえ、ルカは目を開ける。
こうして誰かに頭を洗ってもらうのは、なんだか不思議な気分だ。
それでも嫌な気はしない。
だから、恥ずかしかったがお礼の言葉を言った。
「えっと、その、ありがとう……」
「お礼なんていいわ。私が勝手にしたことだしね。でもそうね、代わりに一つ訊いてもいいかしら?」
「なに?」
頭を洗ってもらったことで緊張が大分ほぐれたのか、ルカはすぐにそう言うことができた。
「心の傷は癒えた?」
思わず振り向いていた。
間近で見るセラの顔は、やはりミリアに似ている。
そしてその表情は、ミリアも時折見せるまったく質の違う笑顔。
その笑顔に気圧され、ルカは呻くような声を上げる。
「なんで……」
それは、ルカの過去を知っていなければ出ない言葉だ。
そして、ルカの過去を知っている人物は二人しかいない。
師であるフランとミリア。
フランがセラと接点があるとは思えないから、可能性としてはミリアしかない。
だが、いくら仲がいい姉とはいっても、ミリアが他人の過去を気安く話したりするわけがない。
それは自信をもって言える。
なら、なぜ?
「理解できない、といった顔ね。言ったはずよ、あなたを知っていると」
確かに言っていた。
しかし、それはミリアから話を聞いて知っているのだと思っていた。
それが大きな間違いだった?
目を見開くも、ルカの口から声は出ない。
だからか、セラは言葉を続けた。
「それとも、こう言うべきかしら。ルーシーを知っていると」
「!!」
信じられなかった。
その名前はミリアでさえも知らないはずだから。
それは、今は亡き母親の名前だから。
「な、なんであんたがお母さんの名前を……」
震える声で尋ねるルカ。
対するセラは変わらず笑顔のまま、言葉を紡ぐ。
「ルーシーはね、この城で働いていたのよ。そして、あなたの父親と出会い、結婚し、やがてあなたを身籠った」
セラの手がルカの肩に置かれる。
「その時に、夫婦で城を出ていくことにしたの。妊娠中で、仕事ができず迷惑をかけるからと言ってね。もちろん、私は気にしなくていいと言ったわ。城の皆も同じ気持ちだった。だって、母親が子を優先するのは当たり前のことだもの。でも、ルーシーは真面目だったから、仕事を辞めると言ってきかなかった。だから、いつでも戻ってきてと言って送り出したわ」
セラの目が遠くを見る。
まるで在りし日々を思い出すかのように。
「風の噂でルーシーが亡くなったと聞いた時は信じられなかったわ。だから、すぐに調べた。ルーシーの身に起こったこと。そして、あなたの安否、それと行方をね」
語られる事実に、ルカは声も出ない。
そんなルカを、セラはそっと抱きしめる。
裸でそんなことをされれば、恥ずかしさから逃げようとするはずなのに、今はちっともそんな気がしない。
それどころか、セラの温もりが気持ちいいとさえ思えた。
「ねぇ、あんたは、一体どこまで知ってるの……?」
「あなたを助けたフランと別れ、ローハスに居を構えてからミリアと出会うまでのことはほとんど知っているわ」
つまり、つい最近までのことは把握しているらしい。
「なんで……?あんたにとって、アタシは他人でしょ?なんで、そこまで知ろうとするの?」
なにも知らない他人から見れば、異常に映ってもおかしくない。
だが、セラはその答えをあっさりと述べた。
「他人じゃないわ。だって、あなたはルーシーが残していった忘れ形見だもの。だからね、私はあなたを迎えにいくつもりだった。ローハスの人達は、あなたに対してあまりいい感情を持っていないみたいだったから。そんな環境にルーシーの子を置いておくくらいなら、この城に来てもらおうって思ったの」
「でも、あんたより先に、ミリアがアタシに接触した?」
「ふふっ、ええ、そうよ」
密着している状態でセラが笑ったからか、耳に息がかかりこそばゆい。
それでもルカはセラから目が離せなかった。
それくらい、すぐ傍で笑う彼女は綺麗だったのだ。
「世界は広いようで狭いわね。あなたの母であるルーシーは私と出会い、その子であるあなたは、私の妹のミリアと出会った。まるで運命が引き会わせたみたいね。だからこそ、あなたのことはミリアに任せた。あの子があなたを支えてくれるよう願ってね」
口ぶりから察するに、セラはミリアになにも話していない。
それでも、なにも言わないまま任せてしまえるのは、きっと信頼しているから。
ルカには姉妹がいないからわからないが、それはきっと姉妹の絆だ。
「だから正直に答えてほしいのだけど、あなたはミリアのことをどう思っているの?」
「え……」
唐突に向けられた直球な言葉に、ルカは面食らう。
そして気まずそうに目を逸らした。
本当なら目だけでなく、身体も逃げたいところだが、セラに抱きしめられたままなのでそうもいかない。
返事もできることなら黙秘したいが、この状況では答えるまで解放してもらえないだろう。
それがひしひしと伝わってきて、ルカの顔が羞恥に歪む。
そして―。
「……アタシは―」
小さな声で呟くように言ったそれはセラに届いたようで、彼女は声なく笑った。
「そう。ならよかったわ」
抱きしめていた腕が解かれ、ルカの身体が解放される。
「さてと。じゃあ、そろそろ戻りましょうか。ミリアを待たせているしね」
手入れの道具が入ったケースを持つと、セラの足元を中心に転移の魔法陣が展開される。
それが光を放ち始めた時、ルカは叫んでいた。
「あ、ま、待って!」
「どうしたの?」
光が弱まり、セラはこちらを見た。
その目を真っ直ぐに見ながら、ルカはずっと不思議に思っていたことを言う。
「お母さんの命日の日、いつもお墓に花が添えられてたっ。あれは、あんたなんでしょ?」
どれだけ忙しくても、それだけは欠かしたことはない墓参り。
命日のその日には決まって大量の色鮮やかな花が添えられていた。
最初は師匠が来てくれているのだと思ったが、誰がそうしてくれていたかは今ならわかる。
それはきっと―。
あんたなんでしょ?
目でそう語りつつ、深紅の瞳を見つめる。
広い浴場にはシャワーから滴る水滴の音しかせず、静かだ。
セラは無言のまま、肯定も否定もしなかった。
それが答えだとでも言わんばかりに。
「ねえ、ルカ。あなたさえよかったら、この城に来ない?」
再び唐突な問いが向けられた。
しかし、先程とは違う。
わざわざルカが言わなくとも、セラはその問いの答えをわかっている。
「せっかくだけど、遠慮しておくわ」
昔なら、ミリアと出会う前なら、ひょっとしたらうなずいていたかもしれない。
母を知っている人ばかりの所へ来ないかと言われたら、今日のように温かいひだまりのような居場所を与えてくれると言われたら、差し出された手にすがっていたかもしれない。
そうしていたら、ミリアとはまた違った出会い方をしたのだろう。
全ては仮定の話だ。
現実は、ルカの出した求人によって先にミリアと出会い、こうしてセラと出会った。
どちらにしても言えるのは、自分の傍にはミリアかセラがいてくれたということ。
それはきっと幸せなことだ。
「それは残念ね。じゃあ、気が向いたら遊びに来て。その時は、この城にいた頃のルーシーについて話してあげるから。さて、戻りましょうか。ミリアが待っているわ」
言葉とともに、魔法陣の光が強くなっていく。
転移するまで時間も僅かといった頃だ。
「セラ」
そっと、彼女の名前を読んだ。
「なに?」
名前を呼ばれたセラは笑顔を浮かべて首をかしげる。
「ありがとう……」
うつむきながら、小さく言った言葉はきちんと耳に届いてくれたらしい。
セラの目が細まり、嬉しそうに笑った。
直後、転移魔法が発動し、景色は元いた浴場へと変わった。
「ああ、戻ってきたのね。こっちにはないみたいよ、姉さん」
あらかた探し回ったのか、セラとルカが戻ってくると、ミリアは湯舟でまったりとしていた。
「お待たせ、ミリア。目的の物は見つかったわ。さあ、手入れをするからこっちに来て」
「はいはい」
逆らうつもりはないのか、大人しく応じるミリア。
ルカの時と同じようにセラは椅子に座ったミリアの背後に回ると、そっと翼に手を触れる。
「あら、少し痛んでいるみたいね。手入れはきちんとしているの?」
「もちろん。この間、ちょっと色々あったのよ」
色々というのは、あの雪島でのことだろう。
「これは、少し時間がかかりそうね……」
嘆息しつつも、どこか嬉しそうに手入れを始めるセラ。
そんな二人は、仲の良い姉妹そのものだ。
ルカは湯舟に浸かりながら、二人の様子をぼんやりと眺める。
もし、自分に姉妹がいたら、あんなふうに仲良くしていただろうか。
他愛のない話をして、一緒に食事をして、一緒にお風呂に入って……。
そこまで考えて、ルカはふと笑う。
馬鹿な考えだ。
姉妹でなくとも、そうしてくれる相手は既にいる。
「ありがとう……」
だから、二人には聞こえないようにそっと感謝の言葉を呟いたのだった。


「本当に帰るの?せっかくだから、泊まっていけばいいのに」
「私はそれでもいいんだけどね。ルカが帰るみたいだから」
時刻はすっかり夜。
城の入り口でセラは泊まるよう勧めてきたが、色々と疲れたルカはそれを固辞。
ミリアも、ルカが帰るからということでお暇するらしい。
「……さすがに、今日会ったばかりの人の家に泊まれるほど図々しくないわよ」
その泊まる先が城ともなればなおさらだ。
「それは残念ね。じゃあ、またの機会を待っているわ」
そう言うセラの表情は少し残念そうだった。
ひょっとしたら、本当に泊まっていってほしかったのかもしれない。
「じゃあね、姉さん。また今度」
「ええ」
手をひらひらさせるセラに見送られながら、ミリアとルカは転移魔法で城を後にした。
「お疲れ様。セラ姉さんに会ってみた感想はどう?」
戻って来たルカの家の前で、ミリアが楽しそうに尋ねてきた。
会ってみた感想はと聞かれたら、正直やりにくい。
ミリアには普通に話せても、セラは違う。
ルカが気後れするくらいの雰囲気を持ったリリム。
あれなら、つい先日出会ったイースが恩人だと言うのも納得できる。
「あんたと同じよ」
「私と同じ?」
不思議そうに首をかしげるミリアだが、ルカはそれ以上答えず、家の扉を開けた。
「城なんて滅多に行かない場所に行ったせいで疲れたわ。もう寝るから、おしゃべりはまた今度にして」
欠片も嘘は言ってない。
疲れたのは本当だ。
ただ、それなりに充実した時間だった。
ミリアもそれがわかったのか、ふと小さく笑う。
「そう。じゃあ、また今度ね。おやすみ」
セラと同じように手をひらひらさせると、ミリアは夜の闇へと消えていった。
それを見送るとルカは家へと入り、扉を閉める。
そして、そのまま扉に寄りかかり、そっと呟いた。
「あんたと同じよ……」
今日一日のことが思い出される。
セラはミリアと同じだった。
普段は人を困らせる言動ばかりするくせに、肝心な時には優しい。
一度その人柄に惹かれたら、ずっと魅了してやまない。
母のルーシーがセラの城で働いていたのも、仕事内容がよかったからではなく、セラ自身が魅力的だったからだろう。
そういえば、自分達が帰るまでセラの夫は起きてこなかったが、一体どんな人だろうか。
まったく想像できないが、あのセラが夫に選んだくらいだから、きっと素敵な人に違いない。
今度遊びに行く時は、是非会ってみたいものだ。
そう思って、ため息がもれる。
「ガラじゃないわね……」
呆れたように笑うと、いつも調合をしている机に向かい、素材が入っている箱を開けていくつかの草や実を取り出す。
遊びに来ていいとは言っていたが、手ぶらで行くわけにもいかない。
ミリアの話では、セラはお風呂好きとのことだから、湯に入れるだけでリラックスできる効果を持つ薬がいいだろう。
洗ってもらった髪を弄りながら、ルカは調合器具を用意する。
心が軽い。
そのせいか、身体まで軽くなった感じだ。
セラと会えば、また気後れしてしまうだろうが、それでも心地良い繋がりができたと思う。
不思議な充足感にまんざらでもない表情を浮かべつつ、ルカは調合を始める。
今日も悪くない一日だったと思いながら。
12/08/20 23:04更新 / エンプティ
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■作者メッセージ
どうも、エンプティです。
最新作という名のおまけ話をお送りします。
おまけということで、セラお姉さまが再び登場した以外は特に話に盛り上がりがあるわけでもなく、表題のとおり平凡な一日を書いてみました。
そのおかげで、前回頑張ったルカはいつものように弄られキャラに戻りましたw
この話を書いた理由は、セラとルカの絡みを見たいという意見をいただいたためです。(誰とは言いませんが、あなたですよMさんw)
正直、この二人のやり取りが想像できなかったのですが、いざ書いてみたら意外と書けるから不思議。ルーシーとセラの関係についてはものすごい後付けですがw
ちなみに、セラの問いにルカがどう答えたかはまだ内緒です。
それでは、また次回でお会いしましょう。

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