連載小説
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そして化け物は放たれず
閉塞感があった。
全身をぬるい何かが包み込み、闇が目の前を塞いでいる。真っ暗な中に、ゴウゴウザアザアと何かの流れる音がする。
闇の中で手足を縮めて、どれほどになるだろうか。まどろみとうつつの間を行き来しながら、じっとしている。時折、流れる音にまぎれて何かが聞こえるような気がするほかは、何もなかった。
不意に、私を包む闇が蠕動を始めた。優しく包み込むようだった闇が、緩やかに窄まり始めた。
闇の中から押し出されようとしているのだ。頭を強い締め付けが襲い、顔から首、首から胸へと圧迫感が増していく。
同時に、辺りに響くゴウゴウザアザアという流れの音も、勢いを増していた。

…ハイイキンデ…ミエテキタミエテキタ…

流れの向こうから、時折おぼろげに聞こえてきた物と同じ音が響く。そして、顔の圧迫感が急に無くなり、両の目を鋭い痛みが襲った。痛みは、目を差す光の眩さだった。
同時に、全身を未知の感覚が襲った。
闇が掻き消え、眩さが目を差す。
温もりが掻き消え、妙な冷たさが肌を撫でる。
そして、ゴウゴウと響いていた音が掻き消え、今までに聞いたことのない声が耳を打っていた。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
甲高い、引きずるような高い音が響く。眩さに霞む目は、何かを見たような気がしたが、何か分からぬうちにまどろみが目蓋を下ろしてしまった。
それからも、幾たびかのまどろみとうつつを往復しながら、時が流れていく。
…ノロイガアラワレタ…コハクワレタ…
ぼやけた目が何かを見て、耳が何かを聞いた気がした。だが、それがまどろみの中の幻聴なのか、うつつの中の音なのかは分からない。
ただ言えるのは、闇と闇でないものがわけ隔てられ、あのゴウゴウザアザアという音が消え去ったことだけだ。
…シカタガナイ…ソウシヨウ…
そんな音を聞いた気がした後、ふと目を開けると一面の青が目に入った。
青空だ。籠の縁によって切り取られた丸い青が目の前に広がっている。薄ぼけた視界でも、青空はよく見えた。
すると、青空を遮るように男が籠の縁から顔を覗かせた。
…ウラムナヨ…
顔はよく見えないが、彼はそういうと、籠の縁に手を掛けた。
微かな揺れとともに籠が持ち上がり、男の顔が籠の縁から見えなくなる。
そして、一瞬の浮遊感の後、柔らかい衝撃が全身を襲った。
ゆらゆらと籠全体が揺れ、ゆっくりと青空が動く。すると、籠に切り取られた丸い青空の中に、男の姿が現れた。
男は橋の縁から、私を見下ろしていた。
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