連載小説
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   はぁ。

「1、2! 1、2! ーーオラァそこ! 何へばってるんだ!」

   あー。

「おい、ボーッとしてどうした? 早く運ばねぇと班付がうるせぇぞ」

   ん? ああ、うん。
   ……はぁ。

「……本当にどうしちまったんだ? お前、昨日ギリギリに帰って来てからずっとそうじゃねぇか」

   あー、何つーか、ねぇ。

「随分歯切れ悪りぃな。何だ? ネカフェにエロゲでも忘れて来たか?」

   いやいや、違うって。

「じゃあ何だよ? 俺らが昨日お前に黙って合コン行ったのがそんなに気になってんのか? 仕方ねーだろ、お前二次元にしか興味ない、って普段から言ってるから誘わなかったんだぞ?」

   それでもない。あ、合コン楽しかった?

「おう! あのメイド喫茶の店員繋がりですんげー美人とメルアド交換したんだよ! 来週の土曜日早速遊びに行く事になっててな!」

   ああ、そう。それは楽しみだねー。あはは。
   とまあ、そんな乾いた愛想笑いをしつつ、会話が逸れた事に安堵する。ぶっちゃけ話してもいいんだが、説明が難しいというか何というか。
   こうこうこんな娘なんだぜー、と頼みもしないのに、知り合った女の子の特徴を教えてくれる班員に相槌を打ちつつ、現在気にしている問題を思い返す。
   分かりやすく言うとこうだ。
   小学校では乱暴者の女子にサンドバックにされ。
   中学校では集団でキモイキモイ言われ。
   高校ではついに存在を無視されてきた、魔法使いにジョブチェンジする事が確定していた筈の俺に。
   まさかの、リアルの彼女が出来てしまった。
   それも、綺麗で清楚でやや、いや結構エロくて、献身的で真面目で、優しくも厳しく、しっかりしているようで所々愛嬌のあるとても可愛い娘が。
   何が起こったんだ、俺の人生。何処でフラグを建ててたんだ、俺。

「っ!? 気を付けろ! 重い物運んでるんだから集中しろよ!」

   だが、ここで一つ問題がある。いや、問題と言えるかどうかは人それぞれだが。俺は別に気にしていないというかむしろバッチコイなんだが。
   彼女が、人間じゃないのだ。
   あ、インク製とか、ビニール製とかの話じゃなくてだな。知的生命体的な意味で、人間じゃないらしい。

『魔物』

   彼女は、フィネアは自分の事をそう言って、人にはあり得ない姿を、異形の自分を俺に晒した。
   犬のように大きな垂れ耳に、狼のようにフサフサな尻尾。手首からは羽毛が腕輪のように生えており、膝より下は人の形に習った鳥足。
   確かにどう見ても、人間ではなかった。ただのコスプレならまだしも、全てに触れて、動いている光景を目にしているから間違いない。
   俺は、そんな人外な彼女を、美しいと思った。綺麗だ、と思ったのだ。
   最近ネットで話題になっている『モンスター娘』というジャンルに熱中していなければこうはならなかっただろう。つくづく日本のオタク文化には頭が下がる。

「ーー危ねぇっ!」

   まあ、それだけならまだ分かる。いや、現代科学で理解出来ない存在だから、元理系としてはあんまり理解出来ないんだが。
   問題は、彼女たち魔物の習性だ。

『詳しい説明は今度、直接お会いした時に説明させていただきます。ですから、今は『このような存在だ』と思っていただければ問題ありません』

   先週、フィネアの家を出る前に教えてもらったのは『魔物達は皆好色で、でも思い込んだら一途で、隙あらば恋人とえっちな事したいと思っている子達』という、にわかには信じがたい事実であった。
   そんな男の欲望を絵に描いたような存在、と、昨日彼女の家に行く前に聞いたなら笑っていただろう。だが、今ならすんなり信じられる。
   何故なら、その、『好色で、思い込んだら一途で、隙あらばえっちな事をしたいと思っている』存在と同じベッドの上で、

「逃げろぉぉぉっ!」

   へ?

   ・・・

「ーーご主人様っ!!!」

   銀髪クールもいいけど、やっぱり伝統と実績の金髪巨乳がいい? 全く、分かってないねーここの掲示板の連中は。時代は淫乱ピンクでしょうが。
   彼女自慢みたいになっちゃうけど、やっぱりえっちな事が好きな女の子ってたまらなく可愛いよね。え? ただの痴女は嫌? 何勘違いしてるんだ。まだ俺の性癖暴露は終了していないぜ。何? リアル彼女が居ないお前が女の子を語るとただの性欲のはけ口として見ているように感じる? そんなバカな。確かにえっちな事したい気持ちはあるけど、こう、向こうから、顔を赤らめて迫ってくるのが素晴らしいんだよもっと言わせてよ恥ずかしい。

「……ご主人様?」

   いやー、ヘッドセット買っておいてよかったよー。ボイスチャットが捗る捗る。
   しかもこの病室俺一人だから喋っても他人に迷惑かけないし、そもそも俺を見舞いに来るような人って班長または班付くらいしか居ない上に来る時間帯分かってるから先読みできるしなー。

「……」

   全く、怪我人は最高だぜ!
   ん? 何だ、肩を叩かれたような感触が、

「ーーっ!!!」

   くぁwせdrftgyふじこ!!!???
   こ、この技! 軽く押されただけなのに全身を掻き毟るような衝撃を与えてくるこれはまさか!

「ご主人様! 怪我をなされているのに、何を遊んでらっしゃるのですか!」

   フィ、フィネアさぁぁぁんっ!? 何で職場の病院にお見舞いに来てらっしゃるんですのーっ!? つーか何故メイド服でいらっしゃってるんですのーっ!?

「系列会社の方から、ご主人様がお仕事で大怪我をなされたと聞いていても立っても居られなくなったのです! それが来てみれば何ですかこの有様は! 本当に怪我を治す気はあるのですか!?」

   え、マジすか。何かすいません……。実は怪我もそんな酷くなくて、左腕を強く捻挫しただけなんですよ。膝に矢を受けたとかじゃないんですよ。一週間くらい大人しくしてれば治るってお医者さんが言ってた程度なんですよ。

「それならそうと私に連絡を入れてください! 真っ先に看護して差し上げましたのに!」

   あー、うん。ゴメンね。
   正直大した事なかったから、気にしなくていいと思って、

「ーーっ!」

   ほぁぁっ!?
   ぶ、ぶった! ブッダじゃなくてぶった!親父にはぶたれた事あるけど! 母さんにも姉ちゃんにも殴られたり蹴られたりした事あるけど!

「……どうして、そう思ったのですか」

   え。
   いや、だってさ。俺も君も社会人で、お互いの立場って物があるじゃない。
   君はあの喫茶店でお仕事がある訳だし、そんな忙しい中来てもらうのもな、と。つーか来てもらってもどうせすぐ治っちゃうしなー、と。

「私は、そんなにも頼りなく、世話を任せられないメイドですか……?」

   いやいやいや、そんな事は。でもさ、

「私は社会で働く人物である以前に! ご主人様専属のメイドです! この前寵愛をくださった時、そう仰ってくださったではありませんか!」

   ギプスで固定されている腕に、彼女の手が添えられる。
   身を乗り出し、彼女の顔が一気に近づいてくる。その表情は真剣で、とても悲しそうで、今にも泣き出してしまいそうだった。
   ……そっか。俺は、こんなにも彼女に心配されていたのか。
   全く、何をカッコ付けたつもりになってたんだか。折角平日からフィネアと一緒にいられるチャンスだってのに。

「ーーぁ」

   動く方の腕を上げ、彼女の頭を撫でる。誤魔化すようだが、多分今はこうするのが一番いい、と思う。
   大丈夫だったから。その、ゴメンね。連絡しなくて。今度は絶対に最初に伝えるから。
   そう言うと、フィネアは瞳に涙を溜めながら怒った顔になってしまった。

「ーー本当に、本当に心配したんですからね!?」

   ホント、ゴメン。
   精一杯格好を付けながら手を動かす。それでも表情は固いままで、そうそう許してはくれなさそうだ。
   俺、まだ女の子に対する気遣いが分かってないなぁ。
   もっと、しっかりしないとなぁ。

   そう。彼女、フィネアがその、俺の彼女になってくれた人で。
   綺麗で清楚で献身的で真面目で、優しくも厳しく、しっかりしているようで所々愛嬌のあるとても可愛い娘で。
   『魔物』って存在で。好色で、思い込んだら一途で、隙あらばえっちな事をしたいと思ってる存在で。
   先日同じベッドの上で、乗られたり乗ったりした間柄で。
   俺の、俺だけのメイドさん……なのだそうだ。

   ・・・

「本当に、次からは気をつけてくださいね? 今度同じ事をなされたら分かっていただけるまで『教えて』差し上げますから」

   しばらくなでなでし続けて、もうしない、と何度も約束したら機嫌を直してくれたようだ。まだ怒った顔をしてはいるけどもう泣きそうな顔はしていない。
   何つーか、好きな女の子を泣かせそうになると罪悪感が半端ないね。経験不足でいつ地雷踏むか分からんから、本当に気をつけなきゃなぁ。

「……とにかく。看護に参りました、ご主人様。お手が使えず何かと不便でしょう? これから、怪我が完治なされるまでお世話をさせていただきますね」

   へ。ちょっと待って? ここ、職場の病院だよ? ここだと君、部外者扱いだよ?

「ご心配なさらずとも、既に『私達』の親会社を通して許可を頂いております。何一つ問題はございません」

   うわぁ。
   『魔物』の話を聞く前から思ってたけど、君の勤め先の親会社ってどれだけ規模が大きな会社なのさ。
   てか、ひょっとして系列会社の職員って全員、

「はい。私と同じ『魔物』でございます」

   おおぅ。やっぱり。どうやらクールジャパンはクールになりすぎて人外魔境になっていたみたいだ。
   一応公務員の、それもかなり手続きが面倒な筈の、そんな職員病院が即座に許可を出すんだから、それはそれはすげぇ権力があるんだろう。大丈夫か日本。
   ……あ、そうだ。丁度いいタイミングだし、先週聞きそびれた『君達』についての事を教えてくれないかな。

「かしこまりました。少々説明が長くなりますので、紅茶と受け菓子を作って参ります」

   失礼しますね、と一礼し、フィネアは病室を出て行ってしまった。
   ……うーむ。リボン結びした腰紐が揺れる腰付きとか、つい視線が追尾仕様になっちゃうよな。
   個人的に、俺は彼女達に対してとても関心を持っていた。
   この科学が進歩し、原理を説明出来ない現象が少しずつ減って来ている現実的なこの世界において、『魔物』とか『魔法』とか、説明が付きそうにないファンタジー存在が実在しているというのだ。一体どういうものなのか、気になって仕方が無い。
   それに、彼女達の事を理解するという事はすなわち、フィネアに対して理解が深まるという事だろう。そうすれば少しは彼女を困らせる事も減らせるのではないだろうか? そんな風に考えているのだ。
   彼女にキャーキャー言われたい訳ではないんだが、かといって理解を怠って彼女を泣かせるような事はしたくない。恋愛童貞だからこそ、出来る事はやっておきたい。つーか同じ失敗は繰り返したくない。
   ……正直、フィネアと身体を重ねた時、俺は夢だと思って調子に乗っていた。だから、まだいろいろと実感が湧かない。
   どうせ俺の妄想だと思って、無責任な事をした。
   ゲームでしか恋を見た事がない癖に、無責任な事を言った。
   でも、やったのは事実だ。男女の間柄となった以上、男として責任は取らねばなるまい。
   そして、彼女が俺にとって必要だ、と思い始めているのもまた事実。
   彼女に笑っていてほしい。泣いてほしくない。
   そういう、単純な考えしか持ち合わせてなくて情けない事この上ないが、彼女が俺の中で日に日に大きな存在になっているのだ。だからもっと、フィネアの恋人らしく、彼女の主人らしくなっていきたい。そう思う。
   ……そんな、慣れない事を考えすぎてボーッとしてて、こんな怪我を負ったんだけどさ。全く、情けない。

「ーーお待たせしました」

   おぉ、紅茶の芳しき匂い。クッキーのほんのりバター系スメルもグッドですなぁ。
   では一口。
   ……今日もまた、結構なお手前で。100均で箱クッキー買い漁っていたのがバカらしく思えてきた。

「ありがとうございます♪ ーーさて」

   一拍置いた後、彼女は目を瞑り、小声で何やら呟いた後、指を鳴らした。
   そして、

「ーーんっ」

   軽く身体を捩らせたと思ったその瞬間、その姿が変貌した。
   彼女本来の、キキーモラという、『魔物』の姿へと。

「一時的にこの部屋全体へ防音、そして侵入防止の結界を貼らせていただきました。これで外の方に聞かれる心配はありません」

   え、今の動作でそんな事したの? 全然何をやったのか分からなかったんだけど。

「無理もありません。『この世界』の方は魔力に対する感知能力がゼロに等しいですから」

   そう言って、彼女は説明を始めた。

「私達『魔物』は、元々この世界に居た訳ではありません。世界と世界を繋ぐ事が出来る、強大な魔力を持つ方の力を借りてやって来たのです」

   彼女達が居た世界。それは、俺が生きているこの世界ではなく、別の、次元とか時間軸とか、よく分からん概念の向こうに存在しているらしい。フィネア達はそこから来たのだそうだ。
   ライトノベルとかファンタジー小説とかならよくある出来事だが、実際に存在するとは。まあ、学者が、
『多次元世界は存在する!』
『な、なんだってーっ!?』
   という嘘だか本当だか分からん事を言ってるからあるんじゃないかなー、とは思っていたが。実際にそういう研究をしている学者が彼女達の事を知ったらひっくり返るんじゃないだろうか。
   ともかく、その世界で彼女達『魔物』はとある役割を担っていた。

「魔、という禍々しい響きの通り、私達の先祖はかつて異形の化物として人々を害していました」

   何でも、世界と人間を創った神が、人間が増え過ぎないよう調節する為に後から創った存在だったらしい。
   どんな作品でも神はそういう役割をだよなぁ。そんな事を思いつつ、だった、という事に対して聞くと、

「ある時、サキュバス種の魔物が長である『魔王』に就いてから、全ての魔物に変化が起こりました。全ての魔物の頂点であり、そして原点でもある『魔王』の変化は瞬く間に全ての魔物を今の、人間に近い姿へと変えたのです。ーーそれが私達の発端です」

   サキュバス? ああ、知ってる知ってる。よくゲーム内で見るねー。えっちぃ下着みたいな格好したモンスターだよね? 名前が出る度に『ガタッ』って反応してたなぁ。

「概ねその解釈で構いません。男性の精を糧とし、愛欲に溺れ堕落した姿を良しとする存在です。ーーそのような種族の方のが頂点に立たれたのですから、私達がどう変化したのか、想像いただけるでしょうか?」

   ……なるほど。皆々フィネアみたいに女の子になって、エロくなったと。

「ち、違っ! ……わ、ない、ですが、そ、そのですね……。あ、あぅぅ……」

   かわいい。あえて言わせてもらおう。可愛い!!!

「と、ともかく! ーー今現在の魔物は、今まで食料としか見ていなかった人間を心の底から愛し、欲するようになったのです」

   ふむふむ。しかしまあ、随分180°回転な変化だ。それじゃ人間側は着いていけないだろう。つーか君達を『人間の敵』として創った神様も納得いかないだろうし。

「はい。事実、元々魔物と戦っていた『勇者』と呼ばれる者やその近辺の方と何度も争いがあったそうです。神の創った概念を知り、共に理解し歩み寄れるようになるまで永い時とお互いの血と涙が流されました」

   私が生まれる前の話なので、と語った彼女の話を聞いて、それが途方もない話だと思った。
   ただまあ、それはもう終わった話なのだろう。彼女も始終、過去形で話をしていたし。むしろ気になるのは、何故彼女達『魔物』がここに、この世界に居るのか、という事だ。

「神の意思をねじ伏せ、堕落させた私達の世界はかつてのような理不尽な悲劇や意味なき諍いのない、新しいものへと生まれ変わりました。そんな中、かつて神と戦った、魔王様に及びかねない強大な魔力を持つ私の曾祖母が言ったそうです。『ここじゃない世界に、私達を必要としている人達が居る』と」

   そう言って、次元の壁に穴を開け、一部の魔物達をこの世界に送り込んだのだそうだ。何とも荒唐無稽な。君のひい婆ちゃんどういう魔物なんだい。

「ええと、私は直接お会いした事はないのですが、私と同じ桃色の髪をした、とても豪放で荒唐無稽な、エキドナであってエキドナでない方だそうです。ーー私のこの髪は、その曽祖母からの隔世遺伝だそうでして」

   なるほどねぇ。て事はひい婆ちゃんもフィネアみたいにエロいのかー。……いや、婆さんのエロい姿とかあんまり想像したくないんだけど。

「あ。断っておきますが、私達魔物の寿命は種族によって変動はございますが数百年単位と、人間とは比べるべくもなく長寿です。さらに、サキュバス種の特性も加わって、何年経ってもつがいとなる男性が望む、美しい姿のままです」

   あぁ、そうなの。安心したわー。
   ……てか、若いまんまなのかー。魔物すげぇ。
   でもさ。それだと魔物は悲しい生き物だねぇ。だって、好きになった人は人間だから、必ず先立たれるでしょ?

「それに関しても問題ありません。魔物とせ、せっく、……そ、そういう事を続けた男性は『私達』に近い存在、『インキュバス』に変化します。そうなると何と、変化させた魔物に合わせて寿命が伸びるのです」

   すげぇ。そこまで完備か。
   てか、セックス言う時に恥ずかしがるのやめない? そんな、耳まで赤くして恥ずかしがってるとさ、俺も照れるんだよなぁ。

「……こほん。インキュバスになられた男性は精力や体力などが向上し、より魔物と密接に暮らしていけるようになるのです。ですので、魔物は夫がインキュバスになる事をとても歓迎します。まだ人間のままの夫を持つ者は、ありとあらゆる手段を用いて夫を『こちら側』に引き込もうとするのです」

   ほうほう。なるほどねぇ。
   いつまでも若くて、自分に一途で、尽くしてくれる相手かー。こりゃ浮気とか問題になってる現代社会にとっては新たな希望かもしれないねー。
   ……ん? だったらさ。ちょっと質問いいかな?

「どうされましたか? 私に答えられる事なら何でも聞いてください」

   フィネアは? 君はどうなのさ。

「……え?」

   俺の勝手な妄想じゃなきゃ、俺は君の、その、お、おっ、……彼氏だよね? ちょっと夫とかはハッキリ言えないからそう言うけどさ。

「はいっ。私の一生を余す所なく捧げると決めた、ただ一人のご主人様でございます」

   だったらさ、俺の事、その『インキュバス』とやらにしないの? そっちの方が君にとっていいんだよね? でも、俺、最近特に身体に変化あるように感じないんだけど。いつも通りポンコツボディだし。早漏治んないし。
   ……もしかして、実は俺の事そこまで、

「ーー違いますっっっ!!! 私は、あなた様のご命令ならば、何時もどんな場所でも、深夜の路地裏でも、ひ、昼間の公園でも、ありとあらゆるお求めに応じる所存でございまーー、はぁぅっ!?」

   そこまで言って、顔を真っ赤にしたままうつむいてしまった。後ろで尻尾がせわしなくパタパタ動いているのが見える。
   いやまあ、何と言うかさ。本当にエロいなぁ。そして、それを恥ずかしがってる様が可愛いなぁ。からかい甲斐があるなぁ。不意にそういう趣味に目覚めちゃいそうだなぁ。

「っ!? ご主人様! お戯れはやめてください!」

   ははは。真っ赤になって怒ってもさらに可愛いだけだぞー。

「〜〜っ!!!」

   本当に純情だなぁ。ベッドの上じゃあんなに、……あんなに。
   あ、ヤベ。日曜日気を失うまで腰振ってたってのに、また勃ってきた。

「ーーあっ……♪」

   どぅえ!? 気付かれた!?
   羞恥に顔を赤く染めていたフィネアの表情に、別の赤さが追加された。それは、数日前。彼女の家のベッドの上で見た、あの、男の本能を刺激する、淫らな気配。彼女の、魔物の本性。
   あ、あのですね? これはその、生理現象と言うものでして。こういう、公共の場では控えた方が、

「今現在、この場に入る事の出来る者は、私を上回る魔力を持つ者だけです。……つまり、邪魔は入りません……っ♪」

   ああ、なるほどなー。そりゃ心配ないわー。あははははー。
   ……マジですか。いやまあ、俺の息子はフィネアのエロ視線に当てられたらしく既に臨戦態勢にあるんだけどさ。
   え。やっちゃうの? リアルだって分かってる状態で、やっちゃうの?
   ベッドの上に乗り上げ、誘蛾灯のように惹かれる笑みが近付いてくる。
   そして、耳元で囁いた。

「ーーですから、ね……♪ 私の事、好きにしてよろしいのですよ?」

   あ、これスイッチ入った。入ったよー。パチン、と音を立ててオンオフ入れ替わったよー。

「きゃぁっ♪」

   動く腕を彼女の腰に回し、抱きしめたままベッドに引き倒す。
   ええい、こうなりゃ腹を括るぜ。俺だって、二次元童貞から卒業した、リア充小等部だ。エロい事が大好きな恋人兼従者に手が出せなくてどうする……!
   しかし、片腕しか使えないというのはどうにももどかしい。どうにかならんものか。

「ーーっ♪」

   フィネアがチラチラこっちを見てた。
   『早く自分に命令をして欲しい』。そんな、従属精神に溢れた表情。迷う事なく、奉仕を命じてしまいそうになる。
   しかしなぁ、俺としてはこっちからしてあげたい。今までの戦績といえば、だ。
   一回戦目、フィネアからの手コキ。俺、瞬殺。
   二回戦目、フィネアからの騎乗位。俺、即発。
   三回戦目、俺からの正常位での反撃。俺、暴発連射。
   ……何か泣きたくなってきた。フィネアに気持ち良くしてもらってばかりじゃないか。くそぅ、童貞卒業したとはいえ、まだまだ新参兵だ。オナニーしかした事ないから無理ないけど。
   とまあそんな感じだから、もっと経験値を上げてフィネアを気持ち良くさせてあげたいと思う。その為にも、今まで以上に自分から彼女に触れていかなければ。
   だってのに何だよ何で腕を負傷してるんだ俺よ。これだったら膝に重材を受けてしまえばよかった……!
   ……仕方が無い。フィネア、お願い。

「はぁいっ♪ それでは、御奉仕をさせていただきまぁすっ♪」

   そう言って、彼女はエプロンの肩紐を解き、ワンピースのボタンを外して、更にはブラジャーの前フックも外した。
   飛び出すように溢れ出た双丘。それは白く、瑞々しく、張りがあり、いい匂いがする。
   オパイッ! オパァァァイッ!!
   正面から意識を向ければ正気を保っていられる自信がない。過程を吹き飛ばされたかのように、気付けば谷間に顔をうずめている事だろう。

「んしょ、んしょ♪」

   フィネアの顔が離れていく。その代わり、ラフな病人服にテントを張っていた一部分が解放され、外気に触れる。

「はぁぁ……っ♪ 先日も拝見させていただきましたが、本当に逞しい……っ♪」

   元気100倍、ビンビンマンなマイサンを見て、フィネアがうっとりした吐息を付いた。
   人ではこうはならないであろう、人外の妖しさが漂う声色から彼女の中の焦がれの感情を理解する。
   一刻も早くしゃぶり付きたい。口一杯に含み、喉の奥まで突き刺して欲しい。胃の中身を埋め尽くす程に子種液を流し込まれたい。
   そんな、淫乱な彼女の思考が伝わってくる。

「失礼します……っ♪」

   彼女は自分の双丘を両手で抱え、谷間を広げた。
   そしてその体勢のまま、

「んんっ♪」

   今か今かと待ち構える青筋の浮かぶ俺の肉棒を、左右から包むように挟み込んだ。
   瞬間、俺の全身を得体の知れない不思議な感触が全速力で駆け抜けて回り始めた。
   全身を包まれるような安心感。雄の欲望を滾らせる部位で、雄の身体で最も濃い部分を擦り付けているという、征服感。母性を感じるその部分で淫行を行っているという背徳感。
   それら全てが重なって、敏感な部分を通して伝わってくるのだ。
   こんなの、一秒だろうと我慢出来るものではない……!

「ふふっ……♪」

   皮に包まれ、僅かに先端を見せているだけの亀頭に一瞬だけ視線を送り、フィネアは物欲しそうにしながら笑みを浮かべ、小さく舌を出してみせた。
   そこまでだった。
   そこから先、フィネアは一切動く事なく、俺の声を待っていた。俺の許しを求めてきているのだ。
   だから俺は、ノーウェイトで応えた。

「ーーはぁいっ♪」

   双丘が動き始めた。
   圧迫するような上下運動。こね合わせて一分の隙間すらなくそうとする横の動作。時折ワザと亀頭を外気に触れさせ、その上で刺激を与える快楽値のリセット。
   包まれていた時の安心感から一転し、女の武器を用いて行われる淫行はもはや暴力的とまで言ってよく、三クリック持たずに白く濁った液体が亀頭から漏れ始める。
   しかも、だ。

「ーーちゅ、ちゅっ、ちゅる、んるっ、ぢゅぅぅっ♪」

   時に舌の先端で鈴口を突き、その周囲を回すように舐め回してくる。また、ある時は口をすぼめて、顔を出した亀頭を音を立てて吸い上げてくる。同じ攻めは無く、手法は同じだとしても、攻められる箇所が変わるだけで全く違う快感を生み出していく。
   ははは。まだ始まって十秒経ってないのにもうダメだ。耐えらんない。
   身体の芯からこみ上げてくる熱が一転に集中する感触が一瞬だけした後、

「ーーんぶぅっ!」

   丁度フィネアが唇を付けたタイミングで、俺は射精してしまった。
   軽く合わせていただけなので、小さな口の端から勢いよく粘液が漏れ出てしまう。

「じゅる、ん、んぐ、くぶ、ぅぅんっ♥︎ じゅるるるるるっ♥︎」

   だが、溢れたものが地に落ちるよりも早く、フィネアはそれらを貪欲に吸い尽くしていく。そのまま飲める筈のものを、あえて音を立てて扇情的に飲んでいく。
   青空よりも透き通った綺麗な声が発せられる彼女の口が、今、俺の精子で一杯になっている。その事実をまざまざと見せつけるように、彼女は最後の一滴を飲み干し、

「ぷはぁっ♥︎ ーーごちそうさまですっ♥︎」」

   口の端から垂れた精液を舐め取りながら、恍惚とした笑みを浮かべたのだ。
   そんな、浅ましいとも言える姿の従者を見て、ゴクリと唾を飲み、喉を鳴らさざるを得ない。
   思考と同期しているペニースがエレクトアゲイン。何と元気な。早く繋がらせろ、と脳髄をうるさいほどに揺らしてくる。
   彼女の性質からいって、次の行動は間違いなく本番だ。心が踊る。
   こんなにも、恋人と繋がるという事が、危険で、待ち遠しくて、幸せな事だとは。だがまあ、今日はしっかりサイズが大きくて薄い指サックみたいなものを付けてだね? いや、生の気持ち良さは重々分かってるんだけど、まだ子供を養えるくらいの働きは出来ないからさ。ちょっと不満かもしれないけど、まあその辺りはーー、あれ?
 
「……ご主人様」

   気づいた時には、もうフィネアは身体を俺から離していた。
   焼けるような視線を肉棒に向けながらも、何故か深刻な表情をして、だ。
   どうしたんだ? ま、まさか、ゴムを付けての合体は甘えだと言うのかい!?

「そうでーー、ち、違います! 今はその話ではありません! ……少し、私の話を聞いてくださいませんか?」

   未練がましく俺のチンーコを見ながらも、どうにか真面目なトーンを取り繕っている。身体を震わせ、一瞬でも気を緩めれば本能に流されそうに見える。
   エロエロな彼女がそんなに我慢してまでしようとしているのだから、それほどまでに重要な話なのだろう。こちらも真面目に聞かねば。

「このまま私と交わり続けていると、ご主人様はいずれインキュバス化します。精力が飛躍的に増大し、様々な恩恵を受ける事が出来る筈です。私とほぼ同じ寿命にもなられるので、ずっと私の事を貪ってーー、で、ではなく!」

   今ちょっと欲望はみ出たね? 頑張って取り繕ったけど。
   咳払いしてなかった事にしたつもりだろうけど、吐いた息に含まれてる俺の精液の匂いが鼻に付いて口端が釣り上がってるよ?

「ーーですが、インキュバスになると、今仰ったように『寿命が劇的に伸びて』しまいます。外見に関してもほとんど変化しません。一部例外として、幼すぎる者は一定の年齢の姿に成長し、年老いすぎている者は若返る仕組みになっています」

   凄いなー、魔物。そこまでして好きな人とえっちな事したいかー。俺もしたいよ! こんなの知ったらもうオナニーには戻れないよ! 元童貞には刺激強過ぎたよ!
   ……ん? 寿命? ……それって。

「異常に、お気付きになられましたか?」

   外見全く変わらない、って。それさ。
   いろいろと、気味悪がられない? 周りは年食っていくのに、俺だけ今の若い姿のままなんて、不自然極まりなくね?

「ーーインキュバスになる、という事は、人間としての生を辞め、『私達』と共に行くという事の表れなのです」

   え。
   それってつまり。

   君を選んで全てを捨てる事になる選択をするか、君を捨ててこのままの人生を送る選択をするか、っていう事?
14/09/19 08:17更新 / イブシャケ
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■作者メッセージ
果たしてどういう選択をするんですかねー(棒)。まあ、選ぶまでもありませんが。
どうも、イブシャケです。ヨメイドさんに甘々看護されながらパイズリされたい、とか考えてたら書き終わってました。
このストーリー、私がキキモラさんにされたい事を妄想してるといつの間にか書き終わるんですよねー。今までと比べて書きやすいのなんの。

『(私にとって)理想のメイドさん』という、固まってるようで何一つ不確かなキャライメージのフィネアさん。
ただ甘やかしてくれる存在よりは、こっちの事を思って怒ってくれる人の方が好きなんですよねー。怒り慣れてないのに、真剣にこっちの事考えてくれてるからキツく言ってくれる。そして甘やかしていい時はとことん甘やかす。そんなメイドさんイメージ。何でしょうね、このあやふや感。今までのキャラクター設定以上にいい加減だー。

あ。来週から今居る所を異動する事になりました。なので更新は遅れるか、再来週になるかな、と。……逃げる訳じゃないですよ?

とまあ、そんな感じで。
ではでは。

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