連載小説
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二日目
「起きろー。おーい、朝だぞー」

眠りに落ちている途中、お腹に妙な重みを感じた。寝ぼけ眼を開いてみると、彼女の顔がドアップで視界に映される。
にんまりと笑うその顔を見て、自分が今いる場所が台湾なのだとようやく思いだす。
誤魔化すように隣にある時計に目をやると、今の時間は朝の五時だと分かる。
一時間の時差を差し引いても、俺に取っては早すぎる時間だった。

「あと五分……いや、十分……」
「却下ー。もう、30分は待ってるからなコッチは。ま、寝顔見れたから役得だけど」
「あー……うん。起きるわ」

ニヒヒと笑う淫魔の彼女がフワリと飛び降りるのを待って、俺もベッドから体を起こした。
冗談めかして言われても、やっぱり待たせたままというのは申し訳がない。

「さ、急げよー。今日は色々詰め込んでるから、早く出ないといけないんだ。具体的に言うと、ご飯と支度は一時間以内な」
「スケジュール、急ピッチすぎないか……」

口で呆れる言葉を吐きながらも、実際には胸の中に不満などを感じてはいなかった。
今日は二泊三日の予定の中頃。一番予定が詰まっている日だという話は聞いていたし、俺だってコイツの立場ならそうするに違いないからだ。

「あ、しまった。携帯、充電して寝るの忘れてた……」
「おーい?何してんだよ、置いてくぞー?」
「あ、あぁ、分かった。すぐ行く」

とっくに着替え終わっている彼女が、ひらひらと手招きした。
まぁ、電池が1日保たないのは確実だろうけどいいか。どうせ、俺とコイツが離れるような事なんてないのだから。



「はーい、それでは皆さん!!作法は頭にタタキコミましたかー!!」

今日のツアーガイドさんであるレンシュンマオのお姉さんは、随分と明るく陽気な人だった。
バスを降りてキョロキョロと周囲を見回していた俺の隣にもすっとやってきてかと思えば、今日はどうですか私は楽しいですとニコニコ笑顔で話しかけてきたのだ。

「えぇ、バッチリですよ!!こう、ですよね!!」
「オー!!アルプさん、飲み込みハヤイですねー!!」

隣で話を聞いているだけの俺にも、このレンシュンマオさんが日本に長い間住んでいたことだとか芸能人の名前で呼ばれていた事とか色々な事を教えてもらえた。俺の彼女がそういう相手とは話が弾むタイプなのは、とても幸いだ。ガイドとしてはとても真面目な人なのだろう、この先何をすればいいのかを丁寧に教えてくれたのは正直とても助かった。

最初に着いた場所は、厳かな雰囲気が漂う寺院だった。
赤や緑、黄色の派手な配色で構成された意匠。獅子や龍など色んな生物をモチーフにしたであろう動物の置物。熟練の人間が何人も集まって何年という月日をかけたであろうことが分かる、歴史の重みが感じられる寺院の門をくぐる。
寺院の中には長机と椅子があって、そこに何人もの信徒らしき地元の人間が座ってお祈りを行っていた。今は割と早い朝だと言うのに、何人もの人間が揃って黙々と祈りを捧げている光景は、朝に弱い自分にとっては感心するものがあった。こういう文化の違いを見せつけられた時、海外に来たのだなぁと実感させられる。

パン、パン。

まずはガイドさんの教えてくれた作法にならって、祈ることにした。
ここは魔物娘が関係して作られた場所ではないようなので、ご利益は健康だとか金運だとかそんな感じみたいだ。
やや複雑な手順のお祈りだったが、ガイドさんに教えてもらったおかげでなんとかこなす事に成功する。
日本ではせいぜい神社で柏手を打つぐらいしかしてこなかった俺には、こういうちょっとした違いは新鮮だ。
祈りを終えて隣を見てみると、幼馴染は随分と真面目に祈りを行っている。一応恋愛成就もご利益にあるみたいだし、その辺だろうか……俺は既に彼氏のはずなんだが、何を祈っているのやら。

「……ふむ」

そんな熱心なお祈りを邪魔するのも悪いので、周囲を観察してみることにした。

とはいえ……良くも悪くも、今いる場所は神聖な寺院だ。俺のような観光客が面白いようなものはそんなにない、か……?

と、見回したところで、日本人の俺でも何をしているのかわかりやすい場所にたどり着く。
あれは、どう見ても……

「占い、だな。行ってみるか?」
「うぉっ……」

想定してなかった声が隣から聞こえてきたので、少し驚いた声が出た。
想定していなかった、というのは何も、祈りをもう終えていた事だけではない。

「お前、占いとか興味あったのか?」
「そりゃ、女の子だったらあるだろ。何だよ、そんなにおかしいか?」
「いや、それは……」

女の子だから、という言い方をされて、とっさに言い淀んだ。
コイツとは色々あったものの、女の子扱いすらしていないという酷い事を今までした事はない。
だけれども、コイツが男だった事もまぎれもない事実なのだ。だから、そういうリアクションをされると、正直困る。なんて言っていいのか、わからなくなった。

「なら、いいだろ。さて、二人の運でも占ってみるかぁ」
「おいおい、俺の意見聞かないのかよ……」

強引に腕を引っ張って、占い屋の前に俺は連れて来られた。

「おぉ、お客様なのです!!恋愛相談、なのです?」

水晶玉越しにこちらを見つめているのは、無邪気な瞳のファミリアだった。どうやら彼女が、占い師のようだ。
質問から鑑みるに、この占い師は大概そんな質問ばかりを受けてきたのだろう。
まぁ、相手が魔物娘のカップルで自分も魔物娘なんだから、それ以外の質問がある事なんてそれこそ不思議の国の住人にこちらの話が通じる確率なみだとは思うが。

「日本からわざわざありがとうなのです!!それでは、張り切って占わせてもらうのです!!むむむ……!!」

二人で肯定の意味の会釈をするやいなや、ファミリアの少女は水晶玉に力を込め始めた。
透明の水晶玉を少女が猫っぽい手で包み込むと、その中は赤や紫の色とりどりの光で包まれ始めた。

「はぁー!!」

気合いを入れた雄叫び(もちろん祈っている方を邪魔しないように声量を落として)の後、虹色に瞬いた水晶玉の中の光が俺達を包み込むぐらいに大きくなり……そして、小さくなる。

「ハァッ、ハァッ……出ました、出ましたよー!!……え”」

元気のいい少女が、水晶玉を覗き込んだ次の瞬間に顔が引きつった。

「あれ、どうかしたの?大丈夫?」
「い、いえ!!大丈夫、大丈夫なんですけど!!おかしいなぁ、故障かなぁ……」

隣の幼馴染が怪訝な表情になって聞くが、なおもファミリアの占い師の表情は晴れなかった。
……ふむ。これは、もしかして。

「何か、良くない結果でも、出たのか……?」
「う”……」

俺の問いかけに、ファミリアの少女はガクリと項垂れた。どうやら、図星であったらしい。

「その……き、きっと何かの間違いなのですよ!!良くない事があって二人が引き裂かれる危機に直面するとか、色々あって故郷にいられなくなり二人で離れる羽目になったりとか、そんな結果が出たのは今までなかったのです!!きっと、きっと……!!」

その結果がよほどショックだったのか、聞かれてもないことまでペラペラと喋りだした。
うん。全部喋っちゃったな、この子。

「ごめんなさい、ごめんなさいなのです……」

お金はいらないのです、とうつむきながら謝るファミリアの少女の手に強引に両替してきたばかりのお札を握らせながら、俺達は二人でその場を後にした。
うーむ、泣きそうになってるところ悪いが、そんなに気にしなくていいだろうと思うのだがなぁ。彼女からすれば占いは生業なのだから酷い結果に落ち込むのは分かるけど、俺は占いの結果が悪かったなんて言われてもへぇそうなのかという気持ちにしかならない。
俺がそんな調子なのだから、きっと隣のコイツだってそんなに気にしては……

「そっかー……マジかー……」

……む。お、おぉ?

「……ん?なんだよ、ジロジロ見て。お、凹んでるの期待した?しちゃったか?」

あっはっは、とあっけらかんとした笑顔だった。
いつものコイツだ。
さっき見た顔が見間違いだと思うぐらい、いつも通りだった。

「なぁ、お前……」
「ん?どうした?」

漏れた言葉に対して、ニヤニヤとした笑顔で返された。
言葉には、続きがある。このままそれを口にする事も、当然できた。

「……いや、なんでもない。次、行こうか」
「おぉ、そうだな。さて、1日は長いぜー!!」

だけど俺は、それを口にしない事にした。
口にして、その顔を曇らせたくない。俺一人が黙れば、それでなかった事になる。

……本当に?
恋人同士だと言うのに、ちゃんと話をしようとしないでいいのか……?

頭の中に芽生えた疑問は、無視する事にして。
意気揚々と俺を放っておいて歩くアイツの姿に、追いつこうとして俺は足を早めた。



それからの1日は、怒涛のスケジュールで過ぎ去っていった。
偉人のお墓を見たり、博物館を見たり、軍隊を見たり……台湾の全てを味わおうと言わんばかりの濃密スケジュールは、目が回りそうなぐらい忙しくて。
おかげで朝方に少しだけ感じた違和感と罪悪感なんて、すっかり忘れてしまうぐらいだった。
特に、夜に食べた小籠包の美味しかった事美味しかった事。
あふれる肉汁の濃厚さがたまらなくて俺でさえ片手では数え切れないぐらい食べたし、アイツはチャーハンも差し置いて10個は軽く超える量の小籠包を平らげていた。
チャーハンに入っていた小エビの食感が嫌で口にしなかったからその分も、というのも理由だったようだが……まぁ、どうでもいいなこれは。

それとなく舌鼓を打ったところで、今日の締めに行ってみる事になった。
ある意味台湾の象徴でもある、夜市。それが、俺達の行こうとしている場所だ。

「こういうところじゃないと手に入らなさそうなファッションとかあると思うんだよな!!いやー、どんなモンが手に入るのか楽しみでさぁ!!」
「お、お手柔らかに頼む……」

あまりファッションを見て回る趣味はないので、正直楽しめるかは微妙に不安だ。
とはいえコイツと一緒なのだから、まぁつまらないという事もないとは思う。コイツとは今までショッピングに行った事などもあったが、大げさなリアクションのおかげで買う物がなくても隣にいるだけで結構楽しかったからだ。
ホテルの近くの駅から電車を乗り継いで、三十分ほど。
台湾の電車って切符代わりにチップのようなものを使うんだな、と感心しながら駅を出ると、俺達は夜市にたどり着いた。

「うおー!!建物の明かりカラフルー!!目がいてー!!」
「そういうこと叫ぶのは程々にな……」

周りに日本人がいないのをいいことに、周囲をはばからない声で喋る幼馴染を諌めながら俺たちは歩きはじめた。
いや、母国語で喋れば周囲には伝わらないと思ってるのかもしれないが、台湾は比較的日本語が分かる人が多いと思うんだが……

それにしても、と周囲を見回しつつ思う。この場所は、人がとにかく多い。
それこそかつてコイツに好奇心のまま連れていかれたコミケとかいうイベントと、いい勝負なんじゃないかという密度だ。正直、あの混雑の中には二度と行きたくないと思っていたのだが。
それが、日本の商店街のような広さのスペースに所狭しといるもんだから、驚きが強い。
そしてその先にあるのは、活気に溢れる屋台と店の数々。
さすが市というだけあって、とにかく沢山のものが売っている……の、だが。

「おぉ、見てみろよコレー!!あのネズミのパチモン!!」

その大半は、今コイツが見ているようなものだった。正直、そんなものが並んでいる通りを歩くのは、頭が痛い。そこまで元の作品に愛着がある訳でもないが、だからと言ってこのような軒先に堂々と偽物を並べるのは、いかがなものだろうか。子供がこれを初めて見て偽物とも知らず親に無邪気な顔でねだる光景を想像すると、苦虫を噛み潰したような気分になった。
そこで隣の店を見てみると、今度は日本でも見たことあるようなファッション。日本でも見られるものを、わざわざ海外に行ってまで探す程俺はファッションに興味はない。うぅむ、店を見てみると俺の目を引くものがあまりにもない。
では、屋台で何かを買えばいいんじゃないのか、という話になるのかもしれない。
実際、さとうきびだとかいちごのアメだとか、中々珍しいものが屋台には目白押しだ。
けど、ここに来る前に、俺はレンシュンマオのガイドさんに聞いてしまっているのだ。

『あー、屋台のモンはオススメしないですねー。大体は生物(なまもの)をそのまま放置していますから、クサッテますよ?』

生の貝類が売っている光景を見て、俺はガイドさんの言葉が間違っていないのを確信した。

結論。
コイツの笑顔があればどんな場所に行っても楽しめると思ったが、限度があるという事を初めて知った。

「おーい!!今度は猫型ロボットのパチモン!!見ろよこのブサイクさ……」

そんな事を頭の中で結論づけていると、無邪気な声が帰ってきた。
あいつは何もおかしな事をしていないのだが、どうも間が悪かったらしい。

「お、い……?」

その時はちょうど、頭の中で自分の不満を言語化した頃だった。
だからだろうか、その時はちょうどそれが表情に出てしまっていたようだ。
不満がいっぱいに現れた、俺の表情。
それを見た幼馴染の顔が、曇りだしていった。

「あ…………」

俺は自分がどんな顔をしていたかを、その時になってようやく悟った。
そして、その顔がコイツを傷つけてしまったのだとも、気づいてしまう。
だから慌てて訂正しようとして、手を必死に伸ばして。
その手が、空を切った。

「っ……!!」

アイツが後ろからやってくる人の波に、押し流されてしまったからだ。
しっかりと立っていれば流されるようなことはない人の波だが、それだけアイツは力が抜けてしまっていたのだろう。

アイツの姿が、離れていく。
呆然とした顔が、大した抵抗もなく異国の雑踏の中に消えていってしまう。
非力な俺では、この人波をかき分ける事などできる訳もなかった。

「そ、そうだ、携帯……連絡、取れば……」

咄嗟にポッケに手を突っ込んで、スマホを取り出した。
当然、アイツからは視線が外れる。
それが、致命傷だった。

「電池……切れ、た……」

そうだった。充電をしていなかったせいで、今日の夜には保たなくなる事は朝から分かっていたことだった。じゃあ追わなければと思って顔を上げても、もうどこにいるかも分からない。完全に、俺はアイツの姿を見失ってしまっている。
そして俺は今更になって、たった一人で台湾の雑踏に放り出されている事に気づく。
ざわめく周囲から聞こえるのは、知らない言葉。ネオンが目に痛いぐらい鮮やかに光る、俺の知らない街の景色。
そばに誰もいない。それだけで、この鮮やかな景色が急に、寂しいものに感じられてしょうがなくなってくる。

そんな時、思い出したのはなぜか、朝の一幕だった。

『良くない事があって、二人が引き裂かれる危機に直面するとか……』

全く気にしていなかったはずの、不安げにそんな事を告げるファミリアの少女の顔が、フラッシュバックした。
もう、アイツがどこにいるのか、そもそも自分がどこにいるのかも、何も分からない。
今まで順調だったのに。たったこれだけのことで、アイツと……?

「ま……待てっ!!待ってくれっ!!」

思わず、大きな声を出してしまった。
周りに人がいるのも構わず、恥も外聞もなく、そんな声を出す事ができた。
けれど、それは人の流れを変えるだけの力があるのかと言われると、そんな事もない。
そして、人の波を強引にかき分けながら走り出すという行為をできるほどに、俺は吹っ切れることはできなくて。

だから、もう見えないアイツの姿を、無様にキョロキョロと探す事しかできなかった。
期待している訳ではない。こんな人混みの中で、またアイツの姿を都合よく見つけられるなどと。それでも……

「おう、よっ!!」

その時、人混みの中から空へ飛び出していく影が、くっきりと見えた。
それは空を少し舞ってから、一直線にこっちへ向かって落ちてくる。
いや、飛んで、来ているのだ。

「つかまれっ!!」

飛び出した影……コウモリの羽根を持つサキュバス種の一体、アルプになった幼馴染が、今度はこちらへ向かって手を伸ばした。
あれこれと、考えている暇はない。
今度は俺の方から手を伸ばす。
その手がアイツの手を掴むと同時、俺の体はフワリと宙に浮く。
空を飛んだのはこれが初めてだったのだが、そんな事に感慨を感じる余裕はない。
そのまま夜市はどんどん、離れていく。
俺達は逃げるようにネオンきらめく夜の街から飛び去っていくのだった。



「…………」
「…………」

ホテルの近くまでたどり着いても、俺達の間に言葉はなかった。
いや、お互い言いたい事はあったんだろうけれど、口を開けないでいるというのが正確なところだろう。
何を言えばいいのか、分からない。
「俺が悪かった」「いやー、賑やかなところだったな」「おいおい、飛んじゃ旅行の意味ないって旅の前に言ったのはお前だろ」……
言葉は色々思いつくものの、全てがなんとなく嘘くさい。
思い悩んでいるのか、路地に座り込んでずっとうつむいているコイツを直視することができない。
視線が、左右に揺れてしまう。ホテル近くの路地には、タピオカ屋が5件は連続で並んでるんだなぁ。そんな、どうでもいいことに目が行ってしまうぐらいだった。
何か、何か、言わないと……

「ネーネー、どシたのー?」
「へっ……」

後ろから知らない声がかかってきて、思わず肩が上がった。
声をかけてきたのは、よそ見をしていた時に目に入ったタピオカ屋の店員さんの一人だった。ちょうど閉店したらしく、その手にはタピオカドリンクが二本握られている。カク猿特有の、幼馴染とはまた違ったニヤケ顔で見られると、こちらとしては落ち着かない。
こんな人、旅行の中で話したことはおろか会った事なんてないはずだ。そんな人が、なんで話しかけてきたのだろうか。

「はい、これ。お前らに、ヤるよ!!」
「え……!?」

戸惑っていると、ずい、とその手に持っていたタピオカドリンクを押し付けられた。
咄嗟に手を離すなんてできるわけもなく、俺の手には満タンに入ったタピオカドリンクが2つ抱えられる事になった。

「店もうシまったから、これ余った。これ飲んで、元気ダせ新米カップル!!」

有無を言わせぬニヤケ顔で、最低限の説明だけしてカク猿の店員さんは行ってしまった。
……通りすがりの人に心配されるぐらい酷い雰囲気にでもなっていたのだろうか、俺達は。
とはいえ、せっかくいただいた好意なのだから……使わせてもらう、か。

「……ほれ」
「……ん」

受け取ったタピオカドリンクを、座り込んでいるコイツの前に差し出した。
最初、俺が何を言っているのか分からなかった様子だったが、おずおずとそのドリンクを受け取った。

「……とりあえず、飲んで落ち着こうか」
「……そうだな」

大粒のタピオカを飲める太いストローを使って、タピオカを飲んだ。
本場のタピオカを、そういえば初めて味わったわけだが……その、なんだ。正直、日本のものと比べると味がそんなに大きく変わっているということはない。日本でコイツに流行りだからと連れて行かれた事があったが、その時飲んだものと入れ替えられても俺には分からないだろう。
ただ、店先の看板を見てみれば、日本円にして100円ぐらいだった。その安さこそが、台湾におけるタピオカの魅力なのだろうか、と思う。
しばらく、沈黙をごまかすようにタピオカを咀嚼していた。そうして、長いようで短い時間が経過した頃。

「……なぁ」
「……ん?」

声をかけてきたのは幼馴染の方からだった。
俺は正直、自分がコイツに何を言いたいのか、正直良く分からない。だから、コイツの方から声をかけてくれるのは正直、ありがたい。
コイツの気持ちを一言一句聞き漏らさないように注意しようと、俺はしっかりと幼馴染に向き直る。そして、恐る恐ると言った様子で、コイツは口を開いた。

「タピオカチャレンジ、できたわ」
「ぶっ……!?」

しっかりと見ていた分、その光景に思いっきり吹き出した。

「いやー、これも普段からお前に揉んでもらったおかげだな!!ほら、この谷間に置くとすっげぇ安定するんだぜ!!手を離しても飲めるぞ!!あっはっは!!」
「……はぁ。何やってるんだよ、お前は……」
「……それが、見たかったから」
「へ?」

冗談めかした幼馴染の笑顔が、少しの寂しさとそれ以上の嬉しさを孕んだものに変わる。

「ようやく、笑ってくれた。ずっと、しかめっ面してたから……」
「あ……」

言われて、自分の頬を触ってみた。やたら強張っていて、自分が今日一日どんな顔をしていたのかを思い知らされる。
不安を与えないように、必死でいつも通りの表情にしようとしていた。だと言うのに……それが余計に、不安を与えてしまっていたのか。

「なんか、ゴメンな?俺が占いの結果気にしてた事、気になったんだろ?いや、たしかにショックだったけど、心配するようなことじゃ……」
「いや……」

おどけた口調で放たれた言葉を、遮った。
コイツは、自分が悪い事にして、この場を収めようとしている。
それは、嫌だ。そっちのほうが、よっぽど、嫌だ。

「俺、も……嫌な態度を露骨に取ってて、ごめん……」

今日一日、心のどこかで抱えていたものが、それで何か取れたような気がした。
コイツは一瞬きょとん、としたあと、ニヒヒといやらしい笑みを浮かべた。

「じゃあ……帰ったら、もっとでっかくなるように揉んでくれよ。それで、お互いチャラでどうだ」
「それはチャラって言うのか……?」

口をついて出たのは疑問だったけれど、深く追求はしないでおこう。
ホテルに向かう足取りは、もう軽くなっている。このまま明日の朝を迎えて、この気持ちのままで帰国したいなと強く思った。
19/11/02 20:14更新 / たんがん
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■作者メッセージ
ちゃんと週イチ更新できました。
次回で、二泊三日の旅行は終わりです。

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