連載小説
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三日目
「――おはよ」

目が覚めて真っ先に視界に写ったのは、穏やかに微笑む幼馴染の姿だった。

「えへへっ……♥」

昨日のいたずらめいた表情はなりを潜めて、代わりにあるのは情欲に溢れて赤く染まった表情。
昨晩は空が白むギリギリぐらいまで彼女とセックスし続けていたのだから、その余韻がまだ残っているのだろう。
ちょっとしたすれ違いで軽くギクシャクした昨日の分の埋め合わせを行うように深く、深く……と、綺麗な言い方をしてみたが、実際は性欲のままに腰を振っていただけだ。
普段は冷静を気取っていても、所詮は俺も男であることには違いなかった。
その証拠に、繋がったまま裸のまま何もかもやりっぱなしのままの状態で寝てしまったらしい。おかげで今も気持ち良い状態が続いて、くっ。

うっ……抜こうとする前に、一発出してしまった……

「もう、朝から元気なんだから……♥」

流石は魔物娘というべきか、朝からこういう事をしても嫌がるどころかむしろ喜びに目を細めている。
その淫靡な体の中ではさぞかし、精の塊をこれでもかと味わっているのだろう。
とはいえ、ここは旅先のホテルで、今は旅行三日目の朝だ。

「そろそろ、起きなきゃな……っと」
「あんっ……」

ズルリ、と元気をなくしたものを引き抜いて、俺はベッドから起き上がった。
名残惜しそうにしているが、今は旅行中なのだから流されて一日中このままするわけにはいかない。
相手が人間だったら一日中セックスとかそんな馬鹿なと思うところだが、なにせ相手は魔物娘。
俺でさえ彼女の影響を受けているのか、空が白むまでという馬鹿げた時間ずっとセックスしっぱなしなんて芸当ができたぐらいなのだ。
コイツにとってはまだまだ足りない、ぐらいの心境である事は想像に難くなかった。

「あーあ、別にいいのによー。今日はどうせお土産買うぐらいしかする事ないんだしさー」

口では文句を言いながらも、よっこいしょ、とその身体を起こす頃には、アイツはいつもの雰囲気に戻っていた。
淫魔の裸体を見せつけられているというのに、その顔が浮かべる表情は男だった頃の面影を感じるいつものものになっているのだから、その切り替えようには感服せざるを得ない。
コイツは淫魔だけれど、俺の幼馴染であるのも間違いなかった。

「すけべ」

俺の視線をどう受け取ったのか、いたずらっぽい笑みが返された。
否定できるものではないから、黙ってそっぽを向くのが精一杯の抵抗だった。




ホテルで食べるバイキングの朝飯も、これで最後と思うと感慨深いものがあった。
景気づけに、スクランブルエッグとベーコンを山ほど皿によそって食べる。バイキングには台湾料理もいくらか並んでいたのだが、朝から油ものを食べる気は俺にはなかった。
目の前で甘いクリームパンを食べるコイツと名残惜しくもご飯を食い終わったあとは適当に支度を済ませて、ツアーのバスに乗り込んだ。

「…………」
「…………」

ツアーガイドの方からこの後のスケジュールを聞きながら、ぼんやりと二人で窓の外を見やった。
視界に映るのは、日本の土地とは似ているようで異なっている景色。
2日を過ごす内に慣れてしまったその景色だが、今日で終わりだと思うとまた違った印象を受ける。
具体的には……寂しい、と言えばいいのだろうか。これでもうこの景色は少なくともしばらくは見れなくなるという実感が、ようやく湧いてきたというか。
別に故郷の土地でもなんでもないのにそんな感慨を受けるのは、不思議なものだ。
それとも、こんな感慨を受けるのは、旅行に行くのは随分久しぶりだったからだろうか。
目に見えるものを全て焼き付けるつもりで、俺は窓の外を眺めていた。

――――パシャッ。

後ろから、スマホの撮影音が鳴った。
視線を窓の外から隣に映してみると、撮影したばかりの写真を幼馴染が見せびらかしてきた。

「ほら、お前のアホ面ー」

写っていたのは、バスの窓から外を眺める自分の写真だ。
さっきまで思いにふけっていたからか、眉間にシワを寄せていて、コイツの言う通りお世辞にもカッコいいとは言えない顔だ。

「そんなしっかり見なくとも、こうやって写真にすりゃ見返せるだろー?」

俺の中の思いを見透かすかのように、そう言って笑った。
言われて、気づく。そう言えば、この旅行に来てからは景色を眺めることはあっても写真を撮ろうとはしていなかったな、と。
ただ、そうしなかった理由に関しては、すぐに思い浮かんだ。

「俺はいい。どうせ、下手で汚い写真しかできんだろうし」

自分で撮った写真を見返したところで、そんな感想しか持てないからだろうからだ。
趣味で風景写真を撮りに出かける父。SNSに上げられたクオリティの高い写真。
スマホで写真を撮ろうとするとどうしてもそんなものが頭をよぎって、カメラを構えようとする気力がなくなるのだ。
そんな気持ちを率直に、隣の幼馴染に伝える事にする。どうせ、隠すような事でもなかった。

「ばーか」

結果、ジト目で睨まれた。
このお姫様には、いったい何が気に食わなかったのだろうか。

「上手いかどうかなんて興味ないっての。俺は、お前が何を見てたか知りたいの」

言いながら、コイツは自分のスマホの写真フォルダを展開した。
旅行中、俺が色々なものを見ている間にコイツは色々なものを撮っていたらしい。
九份で驚かされた階段上のおばけ人形、神社で祈りを捧げる人達。
そして撮られていたのは、ツアーの中で巡った場所だけじゃない。
日本とは違う形の信号。日本と似ているようでどこか違う町並み。移動中、ふとした瞬間に空に見えた虹……そんな些細な瞬間まで、コイツはシャッターを切っていた。
もちろん俺同様にコイツは素人だから技術は拙くて、一緒に行った俺じゃないと何が映ってるのかすぐには分からないような写真ではあったけれど、それでも。
コイツが楽しそうにシャッターを切る姿が、何となく頭の中に思い浮かんだ。

「ま、嫌なら無理強いはしないけどよー……っと。お、そろそろお土産屋だ」

俺と話しながらも、コイツはガイドさんの声にもしっかりと耳を傾けていたらしかった。
話をする事に夢中になっていて気がつくのが遅れたが、もうバスは止まっている。よっこらせ、とスマホをポケットに仕舞って、幼馴染は一足早く席を向かった。

「…………」

その背中を見つめながら俺は、スマホを開く。
幸い、昨日のことを反省したから、電池は充分すぎるぐらいにあった。



「家族にはコレ、友人にはこれ……うん、こんなもんかな」

三日目は、基本的には帰る事を前提に動く日だった。
だから観光をすることはなく、道中で寄るのはお土産屋ぐらいのもの。その分、お土産屋で過ごす時間は少しだけ長く設定されていた。

「おーい、買い終わったぞー。そっちは?」
「俺はとっくに終わってる。そんなに配る相手は多くないしな」
「ま、そんなもんだよなー……って、ゲ。たけのこせんべい買ったのかお前」
「うまかったからな。ガイドさんは『義務であげなきゃいけない人間宛に最適な、美味しくもまずくもない味』と言っていたが」
「うーん、人による味覚の違いのでかさを思い知った気分……」

とはいえ、食べ物以外のお土産に興味ない俺達にとって、お土産屋はそんなに見ていて楽しいものではなかった。だから最低限の土産の物色が終わってしまうと、用事もない。
おかげで土産屋の中にあったソファに腰掛けて、他のツアー参加者がまだお土産を選ぶ様を見るぐらいしかすることはなかった。お、向こうは宝石を売ってるのか。誕生日石がどうたらこうたらというのはガイドさんが教えてくれたような気がするが、生憎とそんなものは左耳から右耳へとすり抜けたところだ。
二人で一緒にそんな光景を眺めていたところ、ふと幼馴染が口を開いた。

「なー、コンビニでも行かね?」
「おぉ、そうだな……って」

軽い口調だったもんで、つい日本にいた時と同じノリで返事してしまった。
しかし、台湾でコンビニに行く、というのは違う意味を持つ事にすぐ気がつく。

「いやー、あそこまで日本と一緒の看板なんだから中も見てみたくてさー」

1日目のことだ。あまりに日本と一緒のデザインかつ同じ名前をした看板があったのだから、たいそう驚いたのを今でも覚えている。
家族がいる市場とかそのまんまな漢字が書かれている辺りには、海外なんだなぁと思ったりもしたのだが。
しかし、コンビニという一般的な施設にツアー中に寄る用事などあるわけもなく、興味はあるものの結局縁がないまま二日間は過ぎる。だから、寄らないまま旅行が終わるのだろうかと思っていた。それだけに、正直興味を引かれる。

「まぁ、そうだな。俺も、見てみたくはある」
「だろだろー?うっし、じゃあ行くか」

だから幼馴染の提案に、素直に乗る事にした。おれの返事にニンマリとした笑顔が返ってきて、あれよあれよという間に俺達はお土産屋に一番近いコンビニに着くのだった。

「うっひょー!!日本と同じもんばっか並んでる。面白いなぁ」

キョロキョロと辺りを見回しながら、俺の相方は好奇心で歩き回っていた。
あれはあったこれは知らないと、記憶にある日本のコンビニと今いるコンビニの品揃えを比べているらしい。
しかし俺も、表情に出ているかはともかく好奇心が隠せないのは一緒だ。アイツの言う通り、店内には面白いぐらいに日本のものばかりが並んでいるのだ。
普段食べているお菓子や軽食、ペットボトル。ティッシュなどの日用品に、イートインコーナーまで日本のようだ。
一方で見慣れぬ卵のようなものがおでんの形式でデンと置いてあったりもして、色々と自分の国と折衷をした様子も見られる。ただ真似をするでもない工夫、というやつだろう。
……面白い。観光地とは違ってコンビニという住民に根付いているからこそ、如実に同じ部分と違う部分が感じ取れるような気がする。

そこで俺は、ポケットの中に手を伸ばす。
面白いと思った時に、やりたい事があったからだった。

パシャッ。

「おぉっ?」

コンビニの中へスマホを向けて、俺はシャッターを切った。

パシャリ、パシャリ。

後から見返しても思い返せるように、と考えると、一枚では全然足りない。必然的に、二枚、三枚と撮る枚数はどんどん増えていく。
これで充分かな、と思ってライブラリを確認してみると、コンビニの中だけで十数枚ほどの写真が追加されている。
撮った十枚を、改めて良く見てみる。
撮り方なんて分からないから手ブレしているものもあって、やっぱり上手いとは言えないだろう。

ただ、まぁ。
だからといってそれを消そうとは、思わなかった。

――――パシャッ。

そのシャッターを切ったのは、俺ではなかった。

「今度は、いい顔撮れたぜー?」

ニンマリと、笑う姿が隣にいた。
こいつもこいつで、ここでも写真を撮るつもりであったらしい。

まぁ、そうだな。
コイツと比べたら、全然枚数の少ない写真だけど……帰りの飛行機の中で見せ合ったりしてみようかな、と思った。







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19/11/09 21:41更新 / たんがん
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■作者メッセージ
もうちょっとだけ、続くんじゃ。

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