第一話 出会いは燃えるように赤く
〜数日前〜
ドアノブを見つめる俺の胸の鼓動が、さっきからやたらと落ち着かない。
深呼吸をしてみても、大した変化はなかったがまぁ、それは無理もないことなんだろうな。
この中にいるのは、俺が全く会ったことのない人なんだから。
別に俺は人見知りではないが、礼儀を欠いた態度を取らないか多少緊張してしまうのは仕方がないと思う。
けれど、きちんと用事がある以上、いつまでもここで立ち止まっている訳にもいかないのだ。
この後の手順をしっかりと頭の中で確認する。
まずは、第一印象が肝心だ。ちゃんと気合いを込めた挨拶をして……自分が何をしたいか伝えるのも重要だよな。それからは相手の反応を窺いつつ、最善のコメントを……多少ぶっつけ本番になっちまうのは仕方ない。うん、これなら問題ねぇな。
うし……いくか!!
腹を決めてもう一度深呼吸をすると、俺はドアと正面から向き合い、
「うらぁ!!」
思いっきりそのドアを蹴破り、部屋の中へと跳び込んだ。
木造の簡易なボロ小屋の一室、そこでくつろいでいた大柄な男は、相当に驚いた表情で俺の方を見る。
「てめぇがここの盗賊団の親玉だな!!直接的な恨みはねぇが、てめぇの悪行はここまでだ!!」
「な……何だお前は!!どこから入ってきた!?」
剣を突きつけてやると、リーダー格の男は俺に叫び声を上げる。
ったく、何で盗賊ってのはどいつもこいつもテンプレじみた台詞しか吐けねぇんだよ。
お前らはそうでもねぇんだろうが、聞いてるこっちは飽き飽きして来るっての。
「あぁ?んなもん、正面突破に決まってんだろうが。つーか、てめぇんとこのアジト狭すぎてそれ以外できねぇし。全くよぉ、少しは他に潜入できる経路作るぐらいのサービスしろっつーの」
「なっ、て、てめぇ、それ以上近づくんじゃねぇ!!」
剣を持ちながらゆっくりと歩いてくる俺を見て、流石に危機感を覚えたらしい。
とはいえ、ドアを蹴破った瞬間に構えられなかった時点で、実力なんぞたかが知れてるんだろうが。
「おら、さっさと来いよ三流の盗賊さんよぉ。冒険者、ルベルクス=リークがてめぇの相手してやらぁ!!」
ま、そんなわけで……今日もサクッとお仕事終わらせますかぁ!!
「ほらよ、こんなもんでいいか?」
港町カティナト、冒険者ギルド。
盗賊制圧の任務を無事に完了し、片道三時間の道を歩いて街に戻ってきた俺は、そのカウンターで必要事項を埋めた書類を受付嬢へと突きつけた。
受付嬢である女(種族:人間)、通称マスターと呼ばれているそいつは、その書類を受け取りもせずに一度だけ、視線を紙の上から下へと向ける。
「はい、オッケー。そんじゃ、盗賊団の討伐任務終了ね。お疲れ様」
それだけで確認作業は終わらせてしまったらしく、簡潔な労いの言葉を俺にかける。
……受け取りもしねぇとか、どんだけめんどくさがりなんだ、この女。
そのくせ、こいつは仕事を完璧にこなしやがるから質が悪い。
「おう。んで、報酬金は?」
「待ってて……ほら、こいつよ」
マスターの持ってきた小さな皮袋が、カウンターの上に置かれる。
見ただけでずっしりと入っているその中身を想像するだけで、達成感でにやけてしまいそうだ。
「しっかしあんたも毎度毎度大変よねぇ、盗賊団潰してへっとへとなのにこっから更に一時間も歩かなきゃ我が家に帰れないんだから」
「もうとっくに慣れたっつーの。逆に言やぁ、たかだか一時間歩いただけでベッドにダイブだぜ?これ以上望むもんなんぞねーよ」
俺が住んでいるのはこの街ではなく、ここを出てから西に一時間ほど歩いたグランデムという街だ。
それだけ聞くと、何故併合しないのかが不思議なぐらいグランデムとカティナトの街は近い距離に思えるのだが、そうならないのにはちゃんと理由がある。
その二つの街の間には、高い山がそびえ立っているのだ。
だから、一時間という時間もあくまで山道を最短で歩いた場合の時間である。
ただ、併合はしていなくともカティナトは距離の近い隣町、更にはあらゆる流通の中心となりえる港町なので、自然とグランデムの住人はお世話になることが多いのだ。
俺もその例に漏れず、今日もわざわざ仕事の依頼を探してカティナトまでやってきたわけで。
「つーか、あんたは自分の酒を飲ませたいだけだろーが。その手にのってたまるか」
「いいじゃない。日頃頑張ってるあんたに、せめて真心を込めて一杯振る舞いたいのよ」
「その真心ってやつ、どうせ金払わねぇともらえねぇんだろうがよ」
「…………ちぇー」
やっぱり、それが狙いかこいつ……
マスター、という呼び名は、こいつが自らの手でギルドの受付嬢をこなしつつ酒場のバーテンダーとしての仕事も同時に行っていることに由来する。
この街のように、冒険者ギルドが酒場としての役割を兼任しているという話自体は珍しくないが、いくら建物が同じだからといってその二つから同時に雇われている人間というのは中々いないであろう。
その上、両方の仕事を完璧にこなした上で労働時間の隙をついて昼寝すらしてしまうというのだから、スペックの高さが窺えるというもの。
「つーか、感謝の気持ちを込めるんだったら女でも紹介してくれ。そっちの方がよっぽど疲れも取れるっての」
「……あんた、目の前に美人いるの忘れてない?」
「あん?ゴリラの娘の間違いじゃねーの?」
「あーら大変、こんなところに偶然マッチがー(棒読み)」
「ハハハマスターみてぇな美人は俺にとっては高嶺の花だからデートとかうかつに誘えなくて参っちゃうなー!!」
「うん、わかればよろしい」
ごらんの通り、性格は最悪だが。
満足そうに頷くと、一瞬で机からかすめ取った俺の報酬が入った袋から手を離す。
……くそ、この性悪女の前で報酬を放置しておいたのがまずかったか。
「ったく、こっちはただでさえ男だか女だかもわかんないような奴に振り回されてるってのに……勘弁してよもう」
「いや、今のはてめぇが原因みたいなもんじゃねぇか……いやー、俺が全部悪かったですハイ」
今度は俺の冒険者として登録するときの手続きで書いた書類を持ってきやがった。
あぁ、この女には俺の冒険者として活動するのに必要なもの全て握られてるんだった……
「そもそも、これはあんたにも関係ある話題よ?あんた、今からグランデム帰るんでしょ?」
「あ?だったらどうしたってんだよ?」
言っている意味が今いち理解できずにいると、マスターはわかりやすく簡潔に、俺の危険性について語ってくれた。
「その、グランデムとカティナトを繋ぐ山道なんだけどね……通り魔、出るらしいのよ」
どんなに劣悪な環境にいようとも、自分に被害がない限り人間はいずれ慣れるというもの。
例えば、舗装が完璧ではない山道だって、慣れてくれば石を踏まないように少し下を見て歩く癖ぐらいは身につく。
それに、真っ昼間の今は人の影もなく、自然に囲まれたこの山道は歩いているだけで気分がどことなく落ち着くのだ。
木の隙間から差し込んでくる木漏れ日、木の葉を撫でつける柔らかい風。
そんな、名も無き山(本当は何か名前がついているのかもしれないが、聞いたことがない)の山道は、いつもならグランデムの街から散歩感覚で気ままに行ける場所である。
だが、今日の俺に関してのみ言うのならば、少なくとも癒しとは対極にある気分で歩いていた。
理由は勿論、直前に俺がマスターから聞いた話である。
『通り魔ぁ?』
『そ。それも、冒険者だけを狙った、ね。もう三人ぐらいはそいつの被害に遭ってるのよねぇ』
『はー……単純な物盗りとかじゃねぇの?』
『うぅん、そこが一番の謎なのよねぇ……勿論、最初はそれを疑ったけど金品どころか真っ先に持ち去られそうな所持品は全員持ってたのよ。そもそも、被害者も焼けこげて重傷ってだけで、一応生きてるのよねぇ……』
『じゃあ、そいつらに聞けば解決じゃねぇかよ。……それとも、そいつらは今話を聞けねぇ状態ってことか?』
『正解。みんな、一命は取り留めたんだけど火傷が酷かったみたいで、まだ目を覚まさなくてね……おかげで、被害者は何も言わないわ犯人は謎だわで正式に依頼として出せないのよ。冒険者以外に被害者もいないから、一般人は特に危機感持ってないし……』
『……で、まさか俺にその犯人ふんじばって連れてこいだの言わねぇよな?』
『あのねぇ、流石に言うわけないでしょ。ただまぁ、用心はしといていいんじゃない?って話よ。目的がわからない以上、あんたが四人目になったっておかしくないんだから』
『へーへー、気ぃつけるよ……』
……そんな話を聞かされてしまえば、流石に警戒心を解くこともできないわけで。
左手が、ぶら下げている剣の鞘から一向に離れようとしないのも、このせいである。
こんなことなら、普通に山を迂回する方の道通りゃよかったな……そっちの方が倍以上時間かかるからといって、面倒くさがらなければよかったか……
――――思えば、あんな風に警戒していたからこそ、気が緩んじまったんだろうな。
突然、後ろの方でガサリ、と茂みが揺れる音がしたのは、30分ぐらい歩いた頃だっただろうか。
「……っ!?誰だ!?」
思わず右手で反射的に剣の柄を握りつつ、その音の鳴った方へと体を向ける。
だが、その目に入った『そいつ』の姿に、すぐにほっと溜息をついた。
それ程までに、その姿は俺が想像していた人相からはかけ離れていたからだ。
まず、何より特徴的なのは小柄な体躯。
一般的な女性どころか、そもそも大人でないことが一目瞭然なぐらいに小さく、それを裏付けるように顔つきも幼い。
その無邪気に笑う顔の上には、俺の髪よりも若干明るめな色合いのショートの金髪と、それをすっぽりと覆ってしまう頭と同じくらいの大きさの真っ赤なとんがり帽子。
そこだけではなく、襟の長いコートも、その下に履いているスカートも、ストッキングでさえ、全てが赤を基調としたコーディネイト。
それに追い打ちをかけるかのように、ぱっちりとした瞳の色まで赤いが……なるほどな、魔物か。
まぁ要するに、茂みから出てきたのはどこからどう見てもただの小さな女の子だった。
だからこそ、安心した俺はさっさと帰ろうかと踵を返したのだが……意外なことに、少女は俺へ声をかけてきた。
「ねぇ、お兄ちゃん。お兄ちゃんって、冒険者さん?」
「……あん?」
なんだ、突拍子もねぇ質問だな……
内心そう思いつつも、警戒心がすっかりなくなった俺は素直に答えた。
「一応、巷じゃそういうことになってるけど……それがどうした?」
「そっか!!やっぱり、お兄ちゃんは冒険者さんなんだ!!」
振り向いてみると、少女は手を合わせて喜んでいる。
冒険者っつー肩書きがそんなに珍しいのか?
「あのね!!エリーね、冒険者さんのお兄ちゃんにお願いがあるの!!聞いてくれる……?」
少女(多分エリーという名前なのだろう)は、俺の方にとてとてと近寄ってくると、上目遣いで見上げてくる。
俺にロリコンの気は無いのでそれに『上目遣いの幼女ハァハァ』などと思うことは全くないが、だからと言ってガキのお願いを断る程大人気ないつもりもない。
「まぁ……いいけどよ。俺は何すりゃいいんだ?」
「やったぁ!!それじゃあ、お兄ちゃんはこっちについてきて!!」
「あ、おい!?」
俺の返事を聞くが早いか、エリーちゃんはさっさと自分が出てきた茂みの方へと元気よく飛び出していく。
「おい、まだ何やんのか聞いてねぇぞ!!……ったく、これだからガキは……」
正直、この時点で早くも帰りたい気持ちでいっぱいになっていたが、放っておくわけにもいかずに渋々、俺もその後を追って森の中へと入っていくのだった。
全く迷う様子も無くどんどん先に進んで行ってしまうエリーちゃん。その後ろの少し離れたところから、俺はついていっている。
いい加減、何をするのかぐらい聞きてぇんだけどな……まぁ、聞いたところで『もう少しだから待ってて!!』としか答えやがらねぇけど。
魔物だとはいえ、随分と元気だな……つーか……大分、山道から離れてきてないか?
あいつ、こんなに離れた場所まで一人で来たっつーのかよ危ねぇなぁ……
まぁ、俺もガキの頃は探検ごっことか言って似たようなことした記憶あるけどよ……
「ここだよ、お兄ちゃん!!」
「あ?……って、うお……」
昔のことを思い出して懐かしく思っていると、エリーちゃんに呼び出されて我に返る。
そこを眩しく感じたのは、日光を遮る物が全くなかったからであろう。
そこは、山の中にぽつんとできた平野だった。
ちょうど円の形になっているそこはそれなりに広く、狭い酒場なら3個ぐらいは並べられそうな程である。
陽射しもあるし、こんな日にはここの足元に生えている芝に寝転んだら、何とも心地よさそうだ。
こういう場所を穴場って言うんだろうな。
「で?ここまで来てやったぞ、俺は何すりゃいいんだ?」
……つーか、あいつはさっきから後ろでごそごそと何やってんだ?
それが気になるのも含めて、俺は振り返る。
「あのね、それなんだけどね……エリー、お兄ちゃんと遊びたいの……」
もじもじとしているエリーちゃんの返答は、ある程度予測通りのものだった。
わざわざこんなところまで来て子供がすることなんて、そのぐらいだろう。大方、冒険者=何でも頼みを聞いてくれる人とでも勘違いしてるのか。
……けどあいつ、後ろ手に何か隠してやがるな。
まぁ、ここはあえて何も聞かないであいつに付き合ってやろう。
「おう、そうかそうか。じゃあ、何したいんだ?鬼ごっこか?かくれんぼか?それとも……」
「ううん、そういうのじゃないの……」
――――そこに前触れは、ほとんどなかった。
強いて言うならば、エリーちゃんが後ろに持っていた何かを振り下ろしていたことぐらい。
だから、その時の俺には、訳がわからなかった。
突然、薄紫色に光る壁が現れ、平野の周りを瞬く間に覆いつくしてしまったことが。
「なっ……魔術結界!?おい、お前大丈夫か……!?」
――――振り向いたら、炎が目の前に迫っていた。
「うおぉぉっ!?」
殆ど反射的に上体を反らすと、炎は袖を掠めてどこかへと飛んでいってしまった。
バランスを保てずによろけてしまったが、受け身をとって何とか体勢を立て直す。
「おい、ガキ!!何のつもりだ!!」
怒鳴りつつ、炎を飛ばしてきた犯人、エリーの方を睨む。
そいつが犯人なのは、疑いようがなかった。
何故なら、そいつが俺に向かえて構えている『それ』は……髑髏を取りつけた、杖だったのだから。
いくら子供だからと言って、炎を飛ばしてくるような奴にまで優しくするつもりはねぇ。
「やっぱり、お兄ちゃんも悪い人だ……」
「……あ?」
「悪い人は……エリーが、懲らしめるんだもん!!」
「おい、何言って……」
「えーい!!」
叫びと共にそいつが杖を振りかざすと、その先端からは再び炎が迸る。
迫力がない掛け声の割に俺よりもでかい炎の玉は、俺を目がけて一直線に飛んでくる。
「くっ……そぉっ!!」
二撃目もどうにか避けるが、すれ違うだけでもその熱気が、当たれば冗談では済まされないことを教えてくれる。
……皮肉な事に、俺がその時マスターの言葉を思い出したのは、その熱さのおかげだった。
……それに、被害者も焼けこげて重傷ってだけで、一応生きてるのよねぇ……
焼けこげて、重傷……まさか!?こいつが、例の通り魔っつーことか!?
「だから、お兄ちゃん……エリーと『遊ぼ』?」
場違いな程に無邪気な声は、目の前の少女のものなのにどこか現実離れしていて。
そして、髑髏の杖が俺に狙いを定めて再び構え直された。
……これが、俺達の出会い。
……最悪の出会いって言うのは、こういう事を言うんだろうな。エリーは俺のことを何があったのか悪人だと勘違いして狙ってきたし、俺はそのターゲットでしかなかったわけだ。
……でもよ。この程度の出来事はまだ、ほんの始まりに過ぎなかったんだ。
ルベルクス=リークと、エリーネラ=レンカートの物語。
剣士と魔女の物語は、ここから始まる。
ドアノブを見つめる俺の胸の鼓動が、さっきからやたらと落ち着かない。
深呼吸をしてみても、大した変化はなかったがまぁ、それは無理もないことなんだろうな。
この中にいるのは、俺が全く会ったことのない人なんだから。
別に俺は人見知りではないが、礼儀を欠いた態度を取らないか多少緊張してしまうのは仕方がないと思う。
けれど、きちんと用事がある以上、いつまでもここで立ち止まっている訳にもいかないのだ。
この後の手順をしっかりと頭の中で確認する。
まずは、第一印象が肝心だ。ちゃんと気合いを込めた挨拶をして……自分が何をしたいか伝えるのも重要だよな。それからは相手の反応を窺いつつ、最善のコメントを……多少ぶっつけ本番になっちまうのは仕方ない。うん、これなら問題ねぇな。
うし……いくか!!
腹を決めてもう一度深呼吸をすると、俺はドアと正面から向き合い、
「うらぁ!!」
思いっきりそのドアを蹴破り、部屋の中へと跳び込んだ。
木造の簡易なボロ小屋の一室、そこでくつろいでいた大柄な男は、相当に驚いた表情で俺の方を見る。
「てめぇがここの盗賊団の親玉だな!!直接的な恨みはねぇが、てめぇの悪行はここまでだ!!」
「な……何だお前は!!どこから入ってきた!?」
剣を突きつけてやると、リーダー格の男は俺に叫び声を上げる。
ったく、何で盗賊ってのはどいつもこいつもテンプレじみた台詞しか吐けねぇんだよ。
お前らはそうでもねぇんだろうが、聞いてるこっちは飽き飽きして来るっての。
「あぁ?んなもん、正面突破に決まってんだろうが。つーか、てめぇんとこのアジト狭すぎてそれ以外できねぇし。全くよぉ、少しは他に潜入できる経路作るぐらいのサービスしろっつーの」
「なっ、て、てめぇ、それ以上近づくんじゃねぇ!!」
剣を持ちながらゆっくりと歩いてくる俺を見て、流石に危機感を覚えたらしい。
とはいえ、ドアを蹴破った瞬間に構えられなかった時点で、実力なんぞたかが知れてるんだろうが。
「おら、さっさと来いよ三流の盗賊さんよぉ。冒険者、ルベルクス=リークがてめぇの相手してやらぁ!!」
ま、そんなわけで……今日もサクッとお仕事終わらせますかぁ!!
「ほらよ、こんなもんでいいか?」
港町カティナト、冒険者ギルド。
盗賊制圧の任務を無事に完了し、片道三時間の道を歩いて街に戻ってきた俺は、そのカウンターで必要事項を埋めた書類を受付嬢へと突きつけた。
受付嬢である女(種族:人間)、通称マスターと呼ばれているそいつは、その書類を受け取りもせずに一度だけ、視線を紙の上から下へと向ける。
「はい、オッケー。そんじゃ、盗賊団の討伐任務終了ね。お疲れ様」
それだけで確認作業は終わらせてしまったらしく、簡潔な労いの言葉を俺にかける。
……受け取りもしねぇとか、どんだけめんどくさがりなんだ、この女。
そのくせ、こいつは仕事を完璧にこなしやがるから質が悪い。
「おう。んで、報酬金は?」
「待ってて……ほら、こいつよ」
マスターの持ってきた小さな皮袋が、カウンターの上に置かれる。
見ただけでずっしりと入っているその中身を想像するだけで、達成感でにやけてしまいそうだ。
「しっかしあんたも毎度毎度大変よねぇ、盗賊団潰してへっとへとなのにこっから更に一時間も歩かなきゃ我が家に帰れないんだから」
「もうとっくに慣れたっつーの。逆に言やぁ、たかだか一時間歩いただけでベッドにダイブだぜ?これ以上望むもんなんぞねーよ」
俺が住んでいるのはこの街ではなく、ここを出てから西に一時間ほど歩いたグランデムという街だ。
それだけ聞くと、何故併合しないのかが不思議なぐらいグランデムとカティナトの街は近い距離に思えるのだが、そうならないのにはちゃんと理由がある。
その二つの街の間には、高い山がそびえ立っているのだ。
だから、一時間という時間もあくまで山道を最短で歩いた場合の時間である。
ただ、併合はしていなくともカティナトは距離の近い隣町、更にはあらゆる流通の中心となりえる港町なので、自然とグランデムの住人はお世話になることが多いのだ。
俺もその例に漏れず、今日もわざわざ仕事の依頼を探してカティナトまでやってきたわけで。
「つーか、あんたは自分の酒を飲ませたいだけだろーが。その手にのってたまるか」
「いいじゃない。日頃頑張ってるあんたに、せめて真心を込めて一杯振る舞いたいのよ」
「その真心ってやつ、どうせ金払わねぇともらえねぇんだろうがよ」
「…………ちぇー」
やっぱり、それが狙いかこいつ……
マスター、という呼び名は、こいつが自らの手でギルドの受付嬢をこなしつつ酒場のバーテンダーとしての仕事も同時に行っていることに由来する。
この街のように、冒険者ギルドが酒場としての役割を兼任しているという話自体は珍しくないが、いくら建物が同じだからといってその二つから同時に雇われている人間というのは中々いないであろう。
その上、両方の仕事を完璧にこなした上で労働時間の隙をついて昼寝すらしてしまうというのだから、スペックの高さが窺えるというもの。
「つーか、感謝の気持ちを込めるんだったら女でも紹介してくれ。そっちの方がよっぽど疲れも取れるっての」
「……あんた、目の前に美人いるの忘れてない?」
「あん?ゴリラの娘の間違いじゃねーの?」
「あーら大変、こんなところに偶然マッチがー(棒読み)」
「ハハハマスターみてぇな美人は俺にとっては高嶺の花だからデートとかうかつに誘えなくて参っちゃうなー!!」
「うん、わかればよろしい」
ごらんの通り、性格は最悪だが。
満足そうに頷くと、一瞬で机からかすめ取った俺の報酬が入った袋から手を離す。
……くそ、この性悪女の前で報酬を放置しておいたのがまずかったか。
「ったく、こっちはただでさえ男だか女だかもわかんないような奴に振り回されてるってのに……勘弁してよもう」
「いや、今のはてめぇが原因みたいなもんじゃねぇか……いやー、俺が全部悪かったですハイ」
今度は俺の冒険者として登録するときの手続きで書いた書類を持ってきやがった。
あぁ、この女には俺の冒険者として活動するのに必要なもの全て握られてるんだった……
「そもそも、これはあんたにも関係ある話題よ?あんた、今からグランデム帰るんでしょ?」
「あ?だったらどうしたってんだよ?」
言っている意味が今いち理解できずにいると、マスターはわかりやすく簡潔に、俺の危険性について語ってくれた。
「その、グランデムとカティナトを繋ぐ山道なんだけどね……通り魔、出るらしいのよ」
どんなに劣悪な環境にいようとも、自分に被害がない限り人間はいずれ慣れるというもの。
例えば、舗装が完璧ではない山道だって、慣れてくれば石を踏まないように少し下を見て歩く癖ぐらいは身につく。
それに、真っ昼間の今は人の影もなく、自然に囲まれたこの山道は歩いているだけで気分がどことなく落ち着くのだ。
木の隙間から差し込んでくる木漏れ日、木の葉を撫でつける柔らかい風。
そんな、名も無き山(本当は何か名前がついているのかもしれないが、聞いたことがない)の山道は、いつもならグランデムの街から散歩感覚で気ままに行ける場所である。
だが、今日の俺に関してのみ言うのならば、少なくとも癒しとは対極にある気分で歩いていた。
理由は勿論、直前に俺がマスターから聞いた話である。
『通り魔ぁ?』
『そ。それも、冒険者だけを狙った、ね。もう三人ぐらいはそいつの被害に遭ってるのよねぇ』
『はー……単純な物盗りとかじゃねぇの?』
『うぅん、そこが一番の謎なのよねぇ……勿論、最初はそれを疑ったけど金品どころか真っ先に持ち去られそうな所持品は全員持ってたのよ。そもそも、被害者も焼けこげて重傷ってだけで、一応生きてるのよねぇ……』
『じゃあ、そいつらに聞けば解決じゃねぇかよ。……それとも、そいつらは今話を聞けねぇ状態ってことか?』
『正解。みんな、一命は取り留めたんだけど火傷が酷かったみたいで、まだ目を覚まさなくてね……おかげで、被害者は何も言わないわ犯人は謎だわで正式に依頼として出せないのよ。冒険者以外に被害者もいないから、一般人は特に危機感持ってないし……』
『……で、まさか俺にその犯人ふんじばって連れてこいだの言わねぇよな?』
『あのねぇ、流石に言うわけないでしょ。ただまぁ、用心はしといていいんじゃない?って話よ。目的がわからない以上、あんたが四人目になったっておかしくないんだから』
『へーへー、気ぃつけるよ……』
……そんな話を聞かされてしまえば、流石に警戒心を解くこともできないわけで。
左手が、ぶら下げている剣の鞘から一向に離れようとしないのも、このせいである。
こんなことなら、普通に山を迂回する方の道通りゃよかったな……そっちの方が倍以上時間かかるからといって、面倒くさがらなければよかったか……
――――思えば、あんな風に警戒していたからこそ、気が緩んじまったんだろうな。
突然、後ろの方でガサリ、と茂みが揺れる音がしたのは、30分ぐらい歩いた頃だっただろうか。
「……っ!?誰だ!?」
思わず右手で反射的に剣の柄を握りつつ、その音の鳴った方へと体を向ける。
だが、その目に入った『そいつ』の姿に、すぐにほっと溜息をついた。
それ程までに、その姿は俺が想像していた人相からはかけ離れていたからだ。
まず、何より特徴的なのは小柄な体躯。
一般的な女性どころか、そもそも大人でないことが一目瞭然なぐらいに小さく、それを裏付けるように顔つきも幼い。
その無邪気に笑う顔の上には、俺の髪よりも若干明るめな色合いのショートの金髪と、それをすっぽりと覆ってしまう頭と同じくらいの大きさの真っ赤なとんがり帽子。
そこだけではなく、襟の長いコートも、その下に履いているスカートも、ストッキングでさえ、全てが赤を基調としたコーディネイト。
それに追い打ちをかけるかのように、ぱっちりとした瞳の色まで赤いが……なるほどな、魔物か。
まぁ要するに、茂みから出てきたのはどこからどう見てもただの小さな女の子だった。
だからこそ、安心した俺はさっさと帰ろうかと踵を返したのだが……意外なことに、少女は俺へ声をかけてきた。
「ねぇ、お兄ちゃん。お兄ちゃんって、冒険者さん?」
「……あん?」
なんだ、突拍子もねぇ質問だな……
内心そう思いつつも、警戒心がすっかりなくなった俺は素直に答えた。
「一応、巷じゃそういうことになってるけど……それがどうした?」
「そっか!!やっぱり、お兄ちゃんは冒険者さんなんだ!!」
振り向いてみると、少女は手を合わせて喜んでいる。
冒険者っつー肩書きがそんなに珍しいのか?
「あのね!!エリーね、冒険者さんのお兄ちゃんにお願いがあるの!!聞いてくれる……?」
少女(多分エリーという名前なのだろう)は、俺の方にとてとてと近寄ってくると、上目遣いで見上げてくる。
俺にロリコンの気は無いのでそれに『上目遣いの幼女ハァハァ』などと思うことは全くないが、だからと言ってガキのお願いを断る程大人気ないつもりもない。
「まぁ……いいけどよ。俺は何すりゃいいんだ?」
「やったぁ!!それじゃあ、お兄ちゃんはこっちについてきて!!」
「あ、おい!?」
俺の返事を聞くが早いか、エリーちゃんはさっさと自分が出てきた茂みの方へと元気よく飛び出していく。
「おい、まだ何やんのか聞いてねぇぞ!!……ったく、これだからガキは……」
正直、この時点で早くも帰りたい気持ちでいっぱいになっていたが、放っておくわけにもいかずに渋々、俺もその後を追って森の中へと入っていくのだった。
全く迷う様子も無くどんどん先に進んで行ってしまうエリーちゃん。その後ろの少し離れたところから、俺はついていっている。
いい加減、何をするのかぐらい聞きてぇんだけどな……まぁ、聞いたところで『もう少しだから待ってて!!』としか答えやがらねぇけど。
魔物だとはいえ、随分と元気だな……つーか……大分、山道から離れてきてないか?
あいつ、こんなに離れた場所まで一人で来たっつーのかよ危ねぇなぁ……
まぁ、俺もガキの頃は探検ごっことか言って似たようなことした記憶あるけどよ……
「ここだよ、お兄ちゃん!!」
「あ?……って、うお……」
昔のことを思い出して懐かしく思っていると、エリーちゃんに呼び出されて我に返る。
そこを眩しく感じたのは、日光を遮る物が全くなかったからであろう。
そこは、山の中にぽつんとできた平野だった。
ちょうど円の形になっているそこはそれなりに広く、狭い酒場なら3個ぐらいは並べられそうな程である。
陽射しもあるし、こんな日にはここの足元に生えている芝に寝転んだら、何とも心地よさそうだ。
こういう場所を穴場って言うんだろうな。
「で?ここまで来てやったぞ、俺は何すりゃいいんだ?」
……つーか、あいつはさっきから後ろでごそごそと何やってんだ?
それが気になるのも含めて、俺は振り返る。
「あのね、それなんだけどね……エリー、お兄ちゃんと遊びたいの……」
もじもじとしているエリーちゃんの返答は、ある程度予測通りのものだった。
わざわざこんなところまで来て子供がすることなんて、そのぐらいだろう。大方、冒険者=何でも頼みを聞いてくれる人とでも勘違いしてるのか。
……けどあいつ、後ろ手に何か隠してやがるな。
まぁ、ここはあえて何も聞かないであいつに付き合ってやろう。
「おう、そうかそうか。じゃあ、何したいんだ?鬼ごっこか?かくれんぼか?それとも……」
「ううん、そういうのじゃないの……」
――――そこに前触れは、ほとんどなかった。
強いて言うならば、エリーちゃんが後ろに持っていた何かを振り下ろしていたことぐらい。
だから、その時の俺には、訳がわからなかった。
突然、薄紫色に光る壁が現れ、平野の周りを瞬く間に覆いつくしてしまったことが。
「なっ……魔術結界!?おい、お前大丈夫か……!?」
――――振り向いたら、炎が目の前に迫っていた。
「うおぉぉっ!?」
殆ど反射的に上体を反らすと、炎は袖を掠めてどこかへと飛んでいってしまった。
バランスを保てずによろけてしまったが、受け身をとって何とか体勢を立て直す。
「おい、ガキ!!何のつもりだ!!」
怒鳴りつつ、炎を飛ばしてきた犯人、エリーの方を睨む。
そいつが犯人なのは、疑いようがなかった。
何故なら、そいつが俺に向かえて構えている『それ』は……髑髏を取りつけた、杖だったのだから。
いくら子供だからと言って、炎を飛ばしてくるような奴にまで優しくするつもりはねぇ。
「やっぱり、お兄ちゃんも悪い人だ……」
「……あ?」
「悪い人は……エリーが、懲らしめるんだもん!!」
「おい、何言って……」
「えーい!!」
叫びと共にそいつが杖を振りかざすと、その先端からは再び炎が迸る。
迫力がない掛け声の割に俺よりもでかい炎の玉は、俺を目がけて一直線に飛んでくる。
「くっ……そぉっ!!」
二撃目もどうにか避けるが、すれ違うだけでもその熱気が、当たれば冗談では済まされないことを教えてくれる。
……皮肉な事に、俺がその時マスターの言葉を思い出したのは、その熱さのおかげだった。
……それに、被害者も焼けこげて重傷ってだけで、一応生きてるのよねぇ……
焼けこげて、重傷……まさか!?こいつが、例の通り魔っつーことか!?
「だから、お兄ちゃん……エリーと『遊ぼ』?」
場違いな程に無邪気な声は、目の前の少女のものなのにどこか現実離れしていて。
そして、髑髏の杖が俺に狙いを定めて再び構え直された。
……これが、俺達の出会い。
……最悪の出会いって言うのは、こういう事を言うんだろうな。エリーは俺のことを何があったのか悪人だと勘違いして狙ってきたし、俺はそのターゲットでしかなかったわけだ。
……でもよ。この程度の出来事はまだ、ほんの始まりに過ぎなかったんだ。
ルベルクス=リークと、エリーネラ=レンカートの物語。
剣士と魔女の物語は、ここから始まる。
13/01/06 19:24更新 / たんがん
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