憑き巫女
私が奥の間への立ち入りを許されたのはその日が初めてだった。
美しい白木で造られた欄干は朱塗りの神殿へと繋がる。
神殿の重そうな扉の前には左姫と右姫が各々槍を持って立ち、食事時に見せる柔らかな笑顔ではないこわばった顔でこちらを見ていた。
「緋夕です。姫巫女様より緊急の御呼び立てにより、御伺い致しました」
私の声が扉に跳ね返る頃、中から姫様の声が響いた。
『入るがよい』
それを聞き、左姫が左の、右姫が右の扉を引き開いた。
窓の無い神殿の中は朱塗りの壁に漆塗りの天井、緋毛氈の敷かれた床に蝋燭の夕日色の灯りが反射し、晴天の最中、黄昏時の光景を想わせた。
黄昏に染まる部屋の中にあり純白の衣に身を包んだ姫巫女様がこちらを見て、扉に居た左姫、右姫に目配せをした。
――ギィィ バタン
重い戸が閉まり、部屋の中はいよいよもって薄暗がりとなる。
「こうして正式にお目通りするのは15歳のお誕生日以来でしょうか？」
こうして神殿の中座に鎮座される姫巫女様は小柄ながら随分と大人っぽく見える。
「ふふ。妾もこんな立場でなければ皆と一緒に毎日毎夜寝食をともにしたいのじゃがなあ」
「くすくす。相変わらず寂しがり屋ですね」
「ああ。3年前のあの日に母様の記憶を受け継いでも尚、妾はあの時と、お前と遊びまわっておった頃と何も変わるまいよ」
先代様の記憶と共に受け継がれた真っ白な髪は黄昏の光を帯びて温かに光り輝いていた。
その下に覗く白い肌はどこか人ではない者のように白く、それでいて朱紅の刺された唇は宝玉の様に瑞々しい光を返していた。
「姫様のその瞳、子供の頃を思い出します。何か悪い事をしてそれを私に隠そうとしている様な眼。今日の御呼び立は、どうやら私にとって悪い事の様ですね」
「……相も変わらずお前は敏いな。緋歳のあの目を思い出す」
「くす。母上の話を思い出話の様に姫様の口から聞くと言うのは、何とも不思議な心地ですね」
「ふふ。なんであったなら、お前の知らぬ1000年の昔の話を今してやることもできるぞ？」
「くすくす。その悪戯じみた笑みだけは姫様の物だ」
「ありがとう。そう言ってくれるのはお前だけじゃ。緋夕」
「…して、お話と言うのは何でございましょう？」
少しさみしげな姫巫女様の表情を紛らわす様に話題を反らした。
すると姫巫女様は私の知らない凛とした顔つきをなさって、重そうに口を開かれた。
「神刀が、盗まれた」
「神刀？」
「ああ。太古の昔に大魔を屠ったとも、逆に大魔が使用していたとも伝わる一振りの刀。神気とも邪気とも分からぬ程に強い気を発するが故に誰も触れる事がなく、地下蔵に収められ封印してあったものじゃ。それが先週の昼間辺りから気を感じなくなった」
「ふむ。先週と言えば年末の大掃除がありましたね。その際に何者かが持ち出したという事でしょうか？」
「ああ、恐らくはな。しかしながら、多少なりとも素養のある者ならば触れるだけでも卒倒しかねんほどの物。この社の者が誤って持ち出す事は考えられん」
「では外部からの何者かが…」
「そう考えたくはないがそう考える外にない様じゃ。綺羅に頼んで蔵を調べさせたところ、他にもいくつかの物品が無くなっておるそうじゃ。恐らくは掃除の混乱に乗じて忍び込んだ賊がそれと分からずに持ち出したのであろう」
「姫様の千里眼を持ってしてもその行方が分からないという事ですよね？」
「ああ。神刀以外の物品は見つけ、それぞれ巫女たちに回収に行かせたが、それらはどうやら質として売られた後の様じゃ。しかし神刀だけは何かの力が邪魔して所在を覘く事が出来ん。最悪の場合、他の物と同じく質として流されたか、あるいは盗人に悪用されているのか…。どちらにしてもあれは人の手に負える代物ではない」
「そうですか。それにしても、姫様にも所在の掴めぬ物を私ごときが…」
「ダメじゃぞ。言い訳して逃げようとしても今回ばかりはそうはいかん」
「ちぇ」
「…はぁ。年老いた巫女たちはお前を怠け者だと馬鹿にしておる様じゃが、妾はお前を信用しておるのじゃ。頼む」
「…………ずるいですね」
「何がじゃ？」
「姫様にそんな風に頼まれたんじゃ断ることもできないじゃないですか」
「…ありがとう。緋夕」
「でもどうしましょうね？姫様の御力でも見つけられない物を私がどうして見つけられるでしょう？」
「うむ。それを含めて今回はお前にしか頼めないことなのじゃ」
姫巫女様の言葉は少なからず疑問となった。
「 ？ それはどういう…」
「北の洞窟、場所は知っておろう？」
「ええ。幼い頃、姫様とも何度か遊びに行きましたからね。その後で酷く先代様に叱られたのを覚えています」
「あれはお前たちが悪いのじゃ。あそこは子供の手で荒らしてはちと危険じゃからのう」
「姫様。口調が先代様になってますよ？」
「おお。これはすまぬ。3年が経っても、いや、3年も経ったからこそ、今となっては自分の記憶と母様から受け継いだ先人の記憶が混同して妾でもよく混乱してしまうのじゃ」
「くすくす。そう言えば3年前の誕生日の夜は慣れない記憶のせいで「妾が妾で無くなってしまうのじゃ～」って泣いてましたっけ？」
「わ、笑うでない！お前も妾と同じ事がその身に起これば妾の気持ちも分かろうて」
「くすくす。良かった。姫様だ」
「むっ！？ ふん。妾をからかうでないわ」
そう言って拗ねる姫巫女様の姿は、私がまだスイと呼び、共に遊んでいた頃の幼い少女と何ら変わりのないものだった。
それが酷く可愛らしくて我慢しようにも笑えてきてしまった。
「笑うでないのじゃ！」
「ふふ。すみません。やっぱり姫様は姫巫女になっても姫様のままですね」
「……そうか。そういってくれるのか」
姫巫女様はそう言うと酷く安心した様な、満ち足りた様なお顔をなさった。
「私は姫様の巫女ですが、それ以前に姫様の親友ですからね」
「ありがとう。しかし、それ故に、今回の件、できればお前には頼みとぉなかった…」
「やはり今回の事、危険が伴うと…」
「ああ。最悪の場合、お前の命が危ぶまれる」
「そうですか…」
「しかし、お前の顔に死相は出ておらん。今日はそれを確認する意味も込めて呼んだのじゃ」
「そうですか。なら。安心ですね」
「そうあっけらかんと笑ってくれるな。死なんと言っても所詮は占い。外れる事もある」
「くすくす。それを姫巫女様の口から聞くと言うのもおかしな話だ」
「いくら姫巫女と言えど、妾の力にも限界がある。しかし…」
自分の力の無さを嘆いてか、姫巫女様は沈んだ顔をなさる。
「そんな顔をなさらないでください。私にしかできない事なら、私がやりましょう。こればかりは怠ける訳にもいかなさそうだ。それに、私は姫様の言う事は信じています。だから、きっと大丈夫でしょう」
「そうか…。すまん」
「あ、それ以上そんな感じの言葉はかけないでください。死亡ふらぐとやらが立つと危ないそうなので」
「なんじゃ？それは？」
「異国では凶兆を招く言葉や行動をそう呼ぶのだそうです」
「ふむ。そうか。では、元気に言ってまいれ。とでもいった方がよいのかや？」
「そうですね。その方が姫様らしいです」
「うむ。では、今回の件に当たり、お主にはまず北の洞窟へと向かってもらう」
「ふむ。しかし、そこで何をすればよいのですか？」
「さっきも言った様に、妾の力にも限界がある。そこで、じゃ。妾よりも強い力を持つ者の手を借りようと思うのじゃ」
「姫様よりも強い力？となると…神様ですか？」
「いや、いくら神の御力と言えど、姫巫女以外に力を化現するのは酷い負担がかかると言う。そこで、北の洞窟に封印されている妖狐の力を借りる」
「妖狐？」
「ああ。あれは36万…いや、1400年前じゃったか…。そやつは都で酷く悪さをしたらしく、当時の姫巫女が出向いての大捕り物の末、あそこに封印されたという。その力たるや、この社のみならず、出雲の大巫女姫様の御力も借りてやっとのことで封印したほどだとか」
「はぁ？…。しかし、その狐からどのようにして力を得ると？」
「ふむ。そこでお主にしか今回の件は頼めんのじゃ」
「え？姫様もご存じとは思いますが、私はこの“身体”ゆえ、巫女としての力は他の者に比べて随分と劣ります。そんな私が、その様な大妖を御する事など出来るとは到底思えないのですが？」
「そんな事は分かっておる。そもそも、あのような者を御する等、神の力を借りた所で人間には不可能な事じゃ。そこで、じゃ」
「ん？」
「お主には“半魂憑封の儀”を執り行い、洞窟の御石の代わりに、その身体にその狐を封じてもらう」
「なっ！？そ、それ、大丈夫なんですか？」
「ああ。たぶん」
「「たぶん」！？ あ、わ、私、急にお腹が痛く…」
「そう言わずに頼む。3000年前はそれで何事もなく成功したと記憶しておる。お前の様な特殊な身体の者にしか出来ぬ儀なのじゃ」
「う…3000年前って…ふむ…。しかし、私の“身体”でなければできないとなると、他に心当たりもありませんし…。仕方ないですね」
「すまぬ。妾の力不足のせいで…」
「そんな事は無いですよ。ほら、落ち込まないでください」
俯いてしまった姫巫女様を見て、いけないことだとは思いつつも、立ちあがって姫巫女様の頭を撫でる。
「よしよし」
「ふいぃ～。緋夕ぃ～」
「はいはい。いい子いい子」
「ふみぃ～」
ほんの小さな頃から、スイはこうして頭を撫でられるのが好きだった。
こう言う処も変わってない。
「さて。そう言う事なら、私も怠け心が出てきてしまう前に出発してしまいましょうかねぇ」
「うぅ…。緋夕ぃ…」
スイは頭を撫でられたりないのか、それとも私の身を案じてか、まるでお預けを食らった犬か、遊んでもらえなかった猫の様にしゅんとする。
「大丈夫ですよ。狐の力を借りて刀を回収するだけなんですよね？ちょっとした遊山だと思えばどうってことないですよ」
「うむ…。元気に帰ってくるのじゃぞ」
「はい」
こうして、私の災難は始まったのだった。
私に先見の力があったならきっと断っていたのだろう。
いや、それでも姫様にあんなふうに頼まれたのでは断れなかった気もするが…。
まぁ、どちらにしても、こうなる定めだったのかもしれない。
――西の洞窟 別名、封印の石窟
「うう…。奥の方は寒いんだなぁ…。早く儀式とやらを終わらせて出よう」
私は儀式用の巫女服を着て姫様から渡された古い巻物を持って洞窟の奥へと来ていた。
昔はたいまつを持ってスイと2人で探索した洞窟。
巫女たちが灯りを燈してくれたおかげで中は明るいが、その巫女たちも儀式の為にと洞窟を出て行ってしまった。
流石に明るいとはいえ、一人でいると心細く、どことなく怖い雰囲気のする洞窟。
うう。やだなぁ。こんな所で一人で儀式するの？
そもそも、この儀式だって姫様の口調では前に行われたのは3000年も昔だとか…。
まぁ、私の様な身体を持つ巫女自体それぐらい珍しいものだと聞くけれど…。
そんな事を考えている内に、気が付けば洞窟の奥までたどり着いてしまっていた。
洞窟の最奥、これまでの通路に比べ幾分も広くなったその場所。
冷たさを感じる岩肌が朱色の灯りに照らされて何とも不気味な影をあちらこちらに浮かび上がらせている。
その空洞の中心、巫女たちが作ってくれた儀式用の台座の前に、その石はあった。
水晶の様な不思議な透明感を持ちながらも、鉄や鉛のような鈍い光沢を伴う不思議な石。
微かに漏れる妖気は確かのその中にかの大妖が眠っている事を感じさせる。
「ふぅ…」
私はため息を１つ、心臓を落ち着かせると、襟元を閉めて、台座に上がった。
こう言う儀式をするのは初めてではない。
母上は大層 力のある巫女だったという事で、先代姫巫女様から大変なお役目を何度も仰せつかっていた時いいた事がある。
私がスイの面倒をみる事を仰せつかっていたのも歳が近いという事と共に、母上と先代様がご友人であったという事も大いに関係がある。
その為、私はこんな身体ながら、母上に付き添って様々な儀式や祈りを行う手伝いをしたり、時折は任されることもあった。
しかし、それも母上が亡くなってからと言うものさっぱりと無くなってしまい、ちゃんとした巫女の身体を持たぬ私は成長するに従って皆と比べて力が劣っていることが明確となって行った。
その事が悔しいと思ったこともあった、しかしながら、これもまた運命であると受け入れるしかなく、その考えが行き過ぎた結果が私の怠惰癖であるという事は自負しているつもりだ。
兎にも角にも、幸いにもこの身体のおかげで今回は姫様から直々の命を受けると言う名誉を得られたことでもあるし、悲しむばかりではない物だと、私は思い直していた。
と、儀式を始めようと巻物を開いた時だった。
「………ん？ ……んんん？… (ﾟДﾟ≡ﾟДﾟ) …(ﾟ⊿ﾟ)」
私の身体が凍りついた。
私の目が釘付けとなった。
姫様から渡された儀式の方法が書かれているというその巻物。
その内容は私の想像を絶するものだった。
「……う…う～ん…うん。落ちつけ。まずは落ち着いて手順を確認するべきだよね。え～っと…。以上の呪をもって封印を仮解きし、以下の手順にて妖魔をその身に封ずるなり…。以下の手順…１、服を脱ぐ。２、自慰をし、精を御石にかけ。３、妖魔を実体化させる。４、妖魔と交わる。５、妖魔の力が消耗してきた所で呪を唱えて、自らの子宮に妖魔を封じる。うん…えっと…何かの間違いかな？もう一度…あれ？おかしいな…確かにそう書いてある。あれ？何これ？これ、神聖な儀式だよね？邪教の儀式じゃないよね？あれ？でも、コレ、あれ？自慰？交わる？なにこれエロい」
えっと…。
よし、たぶん何かの間違いだ。
姫さまったら、きっと巻物を間違えて渡したんだな。
そうだ。そうに違いない。
『間違えておらんぞ』
「ひっ！？姫様！？」
『その儀はその手順で間違いないのじゃ。ほれ、手順の２と３がそなたしか出来ぬ事であろう？』
「ちょ、無理ですよ！私自慰なんてしたことないんですから！ ってかどこから話しかけてるんですか！？」
『妾は神殿よりお前に意思を飛ばしておる』
「これを本当に私がやるんですか！？」
『仕方がないのじゃ。それしか今のところ方法がない』
「いいぇ、でも、コレ…」
『そうか…。ならば仕方がないのじゃ…。妾の力が至らぬ故…。かくなる上は妾が命を燃やしてでも神刀を…』
「あぁ！！わかった。分かりましたよぅ。やりますよ。やればいいんでしょ」
『うむ。それでこそ妾の見込んだ緋夕なのじゃ』
「くぅ…。失敗して殺されたら化けて出てやりますからね」
『その時は妾も大人しく呪われてやるのじゃ』
「私がお嫁に行けなくなったら、姫様に責任を取ってもらいますからね」
『その時は緋夕を婿として迎え入れてやるのじゃ』
くぅ…。
全く…。姫様は可愛いんだか、恐ろしいんだか…。
『さぁ、ほれ。早く儀式を始めるのじゃ。 ｺﾞｿｺﾞｿ』
「あれ？姫様？なんかｺﾞｿｺﾞｿって？」
『気にするでない。帯を緩めて、手ぬぐいを用意しておるだけじゃ。ﾊｧﾊｧ』
「え！？何！？何に使うの！？それ何をする気なんですか！？って言うか何で息荒いんですか！？」
『妾もこんな所に閉じこもっていては緋夕の痴態等を見る機会もないしの』
「見えてるの！？これ見えてるの！？嫌だぁ！絶対に嫌だ！これなんてプレイ！？」
『なんての。冗談じゃ。姫巫女ともあろうものがそのような事をするわけがないのじゃ。ﾊｧﾊｧ』
「………………本当でしょうね？…」
『うぅ…妾が信じられんと言うのかや？うるうる』
「う…。わかりましたよぅ…もう…」
美しい白木で造られた欄干は朱塗りの神殿へと繋がる。
神殿の重そうな扉の前には左姫と右姫が各々槍を持って立ち、食事時に見せる柔らかな笑顔ではないこわばった顔でこちらを見ていた。
「緋夕です。姫巫女様より緊急の御呼び立てにより、御伺い致しました」
私の声が扉に跳ね返る頃、中から姫様の声が響いた。
『入るがよい』
それを聞き、左姫が左の、右姫が右の扉を引き開いた。
窓の無い神殿の中は朱塗りの壁に漆塗りの天井、緋毛氈の敷かれた床に蝋燭の夕日色の灯りが反射し、晴天の最中、黄昏時の光景を想わせた。
黄昏に染まる部屋の中にあり純白の衣に身を包んだ姫巫女様がこちらを見て、扉に居た左姫、右姫に目配せをした。
――ギィィ バタン
重い戸が閉まり、部屋の中はいよいよもって薄暗がりとなる。
「こうして正式にお目通りするのは15歳のお誕生日以来でしょうか？」
こうして神殿の中座に鎮座される姫巫女様は小柄ながら随分と大人っぽく見える。
「ふふ。妾もこんな立場でなければ皆と一緒に毎日毎夜寝食をともにしたいのじゃがなあ」
「くすくす。相変わらず寂しがり屋ですね」
「ああ。3年前のあの日に母様の記憶を受け継いでも尚、妾はあの時と、お前と遊びまわっておった頃と何も変わるまいよ」
先代様の記憶と共に受け継がれた真っ白な髪は黄昏の光を帯びて温かに光り輝いていた。
その下に覗く白い肌はどこか人ではない者のように白く、それでいて朱紅の刺された唇は宝玉の様に瑞々しい光を返していた。
「姫様のその瞳、子供の頃を思い出します。何か悪い事をしてそれを私に隠そうとしている様な眼。今日の御呼び立は、どうやら私にとって悪い事の様ですね」
「……相も変わらずお前は敏いな。緋歳のあの目を思い出す」
「くす。母上の話を思い出話の様に姫様の口から聞くと言うのは、何とも不思議な心地ですね」
「ふふ。なんであったなら、お前の知らぬ1000年の昔の話を今してやることもできるぞ？」
「くすくす。その悪戯じみた笑みだけは姫様の物だ」
「ありがとう。そう言ってくれるのはお前だけじゃ。緋夕」
「…して、お話と言うのは何でございましょう？」
少しさみしげな姫巫女様の表情を紛らわす様に話題を反らした。
すると姫巫女様は私の知らない凛とした顔つきをなさって、重そうに口を開かれた。
「神刀が、盗まれた」
「神刀？」
「ああ。太古の昔に大魔を屠ったとも、逆に大魔が使用していたとも伝わる一振りの刀。神気とも邪気とも分からぬ程に強い気を発するが故に誰も触れる事がなく、地下蔵に収められ封印してあったものじゃ。それが先週の昼間辺りから気を感じなくなった」
「ふむ。先週と言えば年末の大掃除がありましたね。その際に何者かが持ち出したという事でしょうか？」
「ああ、恐らくはな。しかしながら、多少なりとも素養のある者ならば触れるだけでも卒倒しかねんほどの物。この社の者が誤って持ち出す事は考えられん」
「では外部からの何者かが…」
「そう考えたくはないがそう考える外にない様じゃ。綺羅に頼んで蔵を調べさせたところ、他にもいくつかの物品が無くなっておるそうじゃ。恐らくは掃除の混乱に乗じて忍び込んだ賊がそれと分からずに持ち出したのであろう」
「姫様の千里眼を持ってしてもその行方が分からないという事ですよね？」
「ああ。神刀以外の物品は見つけ、それぞれ巫女たちに回収に行かせたが、それらはどうやら質として売られた後の様じゃ。しかし神刀だけは何かの力が邪魔して所在を覘く事が出来ん。最悪の場合、他の物と同じく質として流されたか、あるいは盗人に悪用されているのか…。どちらにしてもあれは人の手に負える代物ではない」
「そうですか。それにしても、姫様にも所在の掴めぬ物を私ごときが…」
「ダメじゃぞ。言い訳して逃げようとしても今回ばかりはそうはいかん」
「ちぇ」
「…はぁ。年老いた巫女たちはお前を怠け者だと馬鹿にしておる様じゃが、妾はお前を信用しておるのじゃ。頼む」
「…………ずるいですね」
「何がじゃ？」
「姫様にそんな風に頼まれたんじゃ断ることもできないじゃないですか」
「…ありがとう。緋夕」
「でもどうしましょうね？姫様の御力でも見つけられない物を私がどうして見つけられるでしょう？」
「うむ。それを含めて今回はお前にしか頼めないことなのじゃ」
姫巫女様の言葉は少なからず疑問となった。
「 ？ それはどういう…」
「北の洞窟、場所は知っておろう？」
「ええ。幼い頃、姫様とも何度か遊びに行きましたからね。その後で酷く先代様に叱られたのを覚えています」
「あれはお前たちが悪いのじゃ。あそこは子供の手で荒らしてはちと危険じゃからのう」
「姫様。口調が先代様になってますよ？」
「おお。これはすまぬ。3年が経っても、いや、3年も経ったからこそ、今となっては自分の記憶と母様から受け継いだ先人の記憶が混同して妾でもよく混乱してしまうのじゃ」
「くすくす。そう言えば3年前の誕生日の夜は慣れない記憶のせいで「妾が妾で無くなってしまうのじゃ～」って泣いてましたっけ？」
「わ、笑うでない！お前も妾と同じ事がその身に起これば妾の気持ちも分かろうて」
「くすくす。良かった。姫様だ」
「むっ！？ ふん。妾をからかうでないわ」
そう言って拗ねる姫巫女様の姿は、私がまだスイと呼び、共に遊んでいた頃の幼い少女と何ら変わりのないものだった。
それが酷く可愛らしくて我慢しようにも笑えてきてしまった。
「笑うでないのじゃ！」
「ふふ。すみません。やっぱり姫様は姫巫女になっても姫様のままですね」
「……そうか。そういってくれるのか」
姫巫女様はそう言うと酷く安心した様な、満ち足りた様なお顔をなさった。
「私は姫様の巫女ですが、それ以前に姫様の親友ですからね」
「ありがとう。しかし、それ故に、今回の件、できればお前には頼みとぉなかった…」
「やはり今回の事、危険が伴うと…」
「ああ。最悪の場合、お前の命が危ぶまれる」
「そうですか…」
「しかし、お前の顔に死相は出ておらん。今日はそれを確認する意味も込めて呼んだのじゃ」
「そうですか。なら。安心ですね」
「そうあっけらかんと笑ってくれるな。死なんと言っても所詮は占い。外れる事もある」
「くすくす。それを姫巫女様の口から聞くと言うのもおかしな話だ」
「いくら姫巫女と言えど、妾の力にも限界がある。しかし…」
自分の力の無さを嘆いてか、姫巫女様は沈んだ顔をなさる。
「そんな顔をなさらないでください。私にしかできない事なら、私がやりましょう。こればかりは怠ける訳にもいかなさそうだ。それに、私は姫様の言う事は信じています。だから、きっと大丈夫でしょう」
「そうか…。すまん」
「あ、それ以上そんな感じの言葉はかけないでください。死亡ふらぐとやらが立つと危ないそうなので」
「なんじゃ？それは？」
「異国では凶兆を招く言葉や行動をそう呼ぶのだそうです」
「ふむ。そうか。では、元気に言ってまいれ。とでもいった方がよいのかや？」
「そうですね。その方が姫様らしいです」
「うむ。では、今回の件に当たり、お主にはまず北の洞窟へと向かってもらう」
「ふむ。しかし、そこで何をすればよいのですか？」
「さっきも言った様に、妾の力にも限界がある。そこで、じゃ。妾よりも強い力を持つ者の手を借りようと思うのじゃ」
「姫様よりも強い力？となると…神様ですか？」
「いや、いくら神の御力と言えど、姫巫女以外に力を化現するのは酷い負担がかかると言う。そこで、北の洞窟に封印されている妖狐の力を借りる」
「妖狐？」
「ああ。あれは36万…いや、1400年前じゃったか…。そやつは都で酷く悪さをしたらしく、当時の姫巫女が出向いての大捕り物の末、あそこに封印されたという。その力たるや、この社のみならず、出雲の大巫女姫様の御力も借りてやっとのことで封印したほどだとか」
「はぁ？…。しかし、その狐からどのようにして力を得ると？」
「ふむ。そこでお主にしか今回の件は頼めんのじゃ」
「え？姫様もご存じとは思いますが、私はこの“身体”ゆえ、巫女としての力は他の者に比べて随分と劣ります。そんな私が、その様な大妖を御する事など出来るとは到底思えないのですが？」
「そんな事は分かっておる。そもそも、あのような者を御する等、神の力を借りた所で人間には不可能な事じゃ。そこで、じゃ」
「ん？」
「お主には“半魂憑封の儀”を執り行い、洞窟の御石の代わりに、その身体にその狐を封じてもらう」
「なっ！？そ、それ、大丈夫なんですか？」
「ああ。たぶん」
「「たぶん」！？ あ、わ、私、急にお腹が痛く…」
「そう言わずに頼む。3000年前はそれで何事もなく成功したと記憶しておる。お前の様な特殊な身体の者にしか出来ぬ儀なのじゃ」
「う…3000年前って…ふむ…。しかし、私の“身体”でなければできないとなると、他に心当たりもありませんし…。仕方ないですね」
「すまぬ。妾の力不足のせいで…」
「そんな事は無いですよ。ほら、落ち込まないでください」
俯いてしまった姫巫女様を見て、いけないことだとは思いつつも、立ちあがって姫巫女様の頭を撫でる。
「よしよし」
「ふいぃ～。緋夕ぃ～」
「はいはい。いい子いい子」
「ふみぃ～」
ほんの小さな頃から、スイはこうして頭を撫でられるのが好きだった。
こう言う処も変わってない。
「さて。そう言う事なら、私も怠け心が出てきてしまう前に出発してしまいましょうかねぇ」
「うぅ…。緋夕ぃ…」
スイは頭を撫でられたりないのか、それとも私の身を案じてか、まるでお預けを食らった犬か、遊んでもらえなかった猫の様にしゅんとする。
「大丈夫ですよ。狐の力を借りて刀を回収するだけなんですよね？ちょっとした遊山だと思えばどうってことないですよ」
「うむ…。元気に帰ってくるのじゃぞ」
「はい」
こうして、私の災難は始まったのだった。
私に先見の力があったならきっと断っていたのだろう。
いや、それでも姫様にあんなふうに頼まれたのでは断れなかった気もするが…。
まぁ、どちらにしても、こうなる定めだったのかもしれない。
――西の洞窟 別名、封印の石窟
「うう…。奥の方は寒いんだなぁ…。早く儀式とやらを終わらせて出よう」
私は儀式用の巫女服を着て姫様から渡された古い巻物を持って洞窟の奥へと来ていた。
昔はたいまつを持ってスイと2人で探索した洞窟。
巫女たちが灯りを燈してくれたおかげで中は明るいが、その巫女たちも儀式の為にと洞窟を出て行ってしまった。
流石に明るいとはいえ、一人でいると心細く、どことなく怖い雰囲気のする洞窟。
うう。やだなぁ。こんな所で一人で儀式するの？
そもそも、この儀式だって姫様の口調では前に行われたのは3000年も昔だとか…。
まぁ、私の様な身体を持つ巫女自体それぐらい珍しいものだと聞くけれど…。
そんな事を考えている内に、気が付けば洞窟の奥までたどり着いてしまっていた。
洞窟の最奥、これまでの通路に比べ幾分も広くなったその場所。
冷たさを感じる岩肌が朱色の灯りに照らされて何とも不気味な影をあちらこちらに浮かび上がらせている。
その空洞の中心、巫女たちが作ってくれた儀式用の台座の前に、その石はあった。
水晶の様な不思議な透明感を持ちながらも、鉄や鉛のような鈍い光沢を伴う不思議な石。
微かに漏れる妖気は確かのその中にかの大妖が眠っている事を感じさせる。
「ふぅ…」
私はため息を１つ、心臓を落ち着かせると、襟元を閉めて、台座に上がった。
こう言う儀式をするのは初めてではない。
母上は大層 力のある巫女だったという事で、先代姫巫女様から大変なお役目を何度も仰せつかっていた時いいた事がある。
私がスイの面倒をみる事を仰せつかっていたのも歳が近いという事と共に、母上と先代様がご友人であったという事も大いに関係がある。
その為、私はこんな身体ながら、母上に付き添って様々な儀式や祈りを行う手伝いをしたり、時折は任されることもあった。
しかし、それも母上が亡くなってからと言うものさっぱりと無くなってしまい、ちゃんとした巫女の身体を持たぬ私は成長するに従って皆と比べて力が劣っていることが明確となって行った。
その事が悔しいと思ったこともあった、しかしながら、これもまた運命であると受け入れるしかなく、その考えが行き過ぎた結果が私の怠惰癖であるという事は自負しているつもりだ。
兎にも角にも、幸いにもこの身体のおかげで今回は姫様から直々の命を受けると言う名誉を得られたことでもあるし、悲しむばかりではない物だと、私は思い直していた。
と、儀式を始めようと巻物を開いた時だった。
「………ん？ ……んんん？… (ﾟДﾟ≡ﾟДﾟ) …(ﾟ⊿ﾟ)」
私の身体が凍りついた。
私の目が釘付けとなった。
姫様から渡された儀式の方法が書かれているというその巻物。
その内容は私の想像を絶するものだった。
「……う…う～ん…うん。落ちつけ。まずは落ち着いて手順を確認するべきだよね。え～っと…。以上の呪をもって封印を仮解きし、以下の手順にて妖魔をその身に封ずるなり…。以下の手順…１、服を脱ぐ。２、自慰をし、精を御石にかけ。３、妖魔を実体化させる。４、妖魔と交わる。５、妖魔の力が消耗してきた所で呪を唱えて、自らの子宮に妖魔を封じる。うん…えっと…何かの間違いかな？もう一度…あれ？おかしいな…確かにそう書いてある。あれ？何これ？これ、神聖な儀式だよね？邪教の儀式じゃないよね？あれ？でも、コレ、あれ？自慰？交わる？なにこれエロい」
えっと…。
よし、たぶん何かの間違いだ。
姫さまったら、きっと巻物を間違えて渡したんだな。
そうだ。そうに違いない。
『間違えておらんぞ』
「ひっ！？姫様！？」
『その儀はその手順で間違いないのじゃ。ほれ、手順の２と３がそなたしか出来ぬ事であろう？』
「ちょ、無理ですよ！私自慰なんてしたことないんですから！ ってかどこから話しかけてるんですか！？」
『妾は神殿よりお前に意思を飛ばしておる』
「これを本当に私がやるんですか！？」
『仕方がないのじゃ。それしか今のところ方法がない』
「いいぇ、でも、コレ…」
『そうか…。ならば仕方がないのじゃ…。妾の力が至らぬ故…。かくなる上は妾が命を燃やしてでも神刀を…』
「あぁ！！わかった。分かりましたよぅ。やりますよ。やればいいんでしょ」
『うむ。それでこそ妾の見込んだ緋夕なのじゃ』
「くぅ…。失敗して殺されたら化けて出てやりますからね」
『その時は妾も大人しく呪われてやるのじゃ』
「私がお嫁に行けなくなったら、姫様に責任を取ってもらいますからね」
『その時は緋夕を婿として迎え入れてやるのじゃ』
くぅ…。
全く…。姫様は可愛いんだか、恐ろしいんだか…。
『さぁ、ほれ。早く儀式を始めるのじゃ。 ｺﾞｿｺﾞｿ』
「あれ？姫様？なんかｺﾞｿｺﾞｿって？」
『気にするでない。帯を緩めて、手ぬぐいを用意しておるだけじゃ。ﾊｧﾊｧ』
「え！？何！？何に使うの！？それ何をする気なんですか！？って言うか何で息荒いんですか！？」
『妾もこんな所に閉じこもっていては緋夕の痴態等を見る機会もないしの』
「見えてるの！？これ見えてるの！？嫌だぁ！絶対に嫌だ！これなんてプレイ！？」
『なんての。冗談じゃ。姫巫女ともあろうものがそのような事をするわけがないのじゃ。ﾊｧﾊｧ』
「………………本当でしょうね？…」
『うぅ…妾が信じられんと言うのかや？うるうる』
「う…。わかりましたよぅ…もう…」
11/01/10 01:59更新 / ひつじ
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