第五話 クリステアの決意
儂とクリステアはとうとう謁見の間の前にたどり着いた
儂は魔力を走らせ、罠がないか調べる
「…?おかしいのじゃ」
「何が?」
「罠の気配がないのじゃ」
「じゃあ大丈夫なの?」
「あ、ああ。少なくともこの部屋には何もないはずじゃ」
「じゃあ…開けるわよ?」
――ギィ…
「ふふ。やっと来たか。待ちわびたぞ?姫君、それからバフォメット殿」
「………」
今までのように笑って迎えるシェルク
儂はシェルクにも警戒しつつ部屋の中を見回した
「ああ。バフォメット殿。安心してくれていい。この部屋には罠も結界も張ってはいない」
「信用できんな」
「ふふ。その様子だと、私の歓迎は気に入ってもらえたようだな。城主として嬉しく思うぞ」
「………」
まるで女神のような微笑じゃ
こやつに儂らはここまで追い詰められ、危機に陥ったのじゃ
しかし、その笑顔からはこやつが本当にそんな人間じゃとはとても思えん
何とも不気味で恐ろしい女じゃ
「ちょっと!あんた!大人しく私たちを解放しなさい!あんたじゃ私には勝てないわよ」
「ふふ。それはやってみなくてはわからんと言っただろう?」
「………勇者シェルクよ。この際じゃから聞きたいのじゃが」
「ん?なんだ?バフォメット殿」
「昨日の戦についてじゃ。お主の兵、どう見ても儂らの動きをあらかじめ知っているとしか思えない動きじゃった」
「ああ。それか。それならばな、私の諜報部隊は優秀でな、常にガラフバルの兵の様子は調べていたのだ。そしてお前たち遠征軍の事も細かく調べさせてもらっていた。そうすればあらかじめ、ある程度の対処は打てる」
「しかし、それでは説明がつかんじゃろう。もしも儂らが初日から前線に立って戦っておったならばどうするつもりじゃったのだ?」
「その場合の策ももちろん用意してあったさ。ちなみにその場合は私がお前たちの相手をし、そのまま撤退を装い城下町に引き込む手はずになっていた。ふふ。お前たちが気付いたかどうかは知らんが、あちらにはこちらとは比べ物にならないほどの数の罠が仕掛けてあったのだぞ?」
「まったく性格の悪い女じゃのぅ…。しかしそれではちと納得しかねることもあるのう。あの対空爆撃、それからこちらの左翼に完璧に連動した攻めへの転換…。まるでタイミングを知っておったかのようじゃったぞ」
「ふふ…。そうだな。どうしようか。それは言ってしまうと少し面白味がなくなるかもしれんぞ?」
「もったいぶるでないのじゃ」
「ならばネタばらしといこう。バフォメット殿、“ルティ”という魔女に心当たりはないか?」
「ルティ…じゃと?………」
儂は記憶をめぐらせる
そして、昨日の砦での出来事を思い出したのじゃ
『ん?お主、見かけぬ顔じゃな』
『あ、は、はい。私、この砦で働いておりますルティと申します。え、えっと、私は戦闘は苦手なので…』
「ま、まさか……」
「ふふ。思い出してくれたか。かわいい顔だからすぐに思い出せただろう?あいつは私の部下でな、情報部隊の司令官をしておる。あいつにコレを使わせてお前たちの話を聞かせてもらっていたのだ」
――コロン
そう言ってシェルクが儂の足元に何かを投げた
「な…」
それは小型の水晶式通信機じゃった
「若いが賢い奴でな。その上にあの愛らしい顔。私のお気に入りだ」
「……ま、まさか部下の少女を魔女に変装させておったとは…」
衝撃じゃった
まさか本当にこちらの作戦が全て筒抜けになっておったとは…
「ん?何を勘違いしているのだ?あいつは男だぞ?」
「ぶっ!!!な、なんじゃとぉ!?」
「ふふふ。いいリアクションだな。まぁ、私も逆の立場では同じような反応をしてしまうだろうな。ちなみに魔女に変装して情報を集めていたのはあの時が初めてではない。ふふ。魔物とは純粋でいい。少し見た目と魔力の質を変装してやれば、人間のように相手を疑おうとはあまりしないからな。おかげでお前たちの情報を得るのはあまり苦労しなかったよ」
「なんということじゃ…まさか男が魔物に化けて紛れ込んでおったとは…」
「ふふ。いい策であろう?情報は戦略の要だからな」
「……ではもう一つよいかの?」
「ん?なんだ?」
「今日の事じゃ。お主は“逃げたふりをしておった兵”と言っておったが、魔女たちの情報ではとても演技をしているようではなかったと言っておったぞ?それに昨年この国と戦争をしたフリーギアが同盟軍を出すというのもおかしな話じゃ」
「ふふ。簡単な事だ。なぜならあれは演技ではないのだからな」
「なんじゃと?」
「逃げた兵たちは演技をしていたよ。しかし、残った兵達にはあえてその作戦を伝えていなかった。おかげで悪いことをしたと思ったよ。元帥のバラガスや宰相のカロリーヌまで落ち込んでしまってな」
「自分の部下たちを騙しておったというのか…」
「ああ。敵を騙すにはまずは見方から。だ」
「で、ではフリーギアの援軍というのは…」
「ふふ。フリーギアの前王は私のことを嫌っておったようだが、若き新王は私にメロメロでな。ふふ。奴の筆を下してやったのも私だ。男というのは扱いやすくていい。私が女の武器を駆使すれば、いくらでも手懐けることができる。今はまだ表には出ていないが、この戦が終われば表だって同盟の契約が結ばれる。もう書類は出来上がっておるからな。今頃ニアがフリーギア軍と共にこちらに向かっている頃だ」
「な………」
儂は言葉が出なかった
こやつ、この国の為に自らの身体すらも差し出したのか…
「ふふ。理解できないという顔だな。まぁ、そうだろうな。お前たちを調べていて思ったよ。魔物とは恐ろしい。人間と違い、純粋で可憐で、そして何より一途だ。しかしな、同じ女でも人間は違う」
「…そうじゃ。そこまで分かっておってなぜ魔物を否定する?そこまでして民を護ろうとするお主が、それほどまでに儂ら魔物を理解しておるお主がなぜ勇者であり続けられるのじゃ!今や魔王の力は絶大じゃ。そして人間よりも魔物の方がずっと争いも少なく平和に生きておる。お主がそれを知らぬわけがなかろうが!」
「それを言うならば貴女はあまりにもこの国の民を知らないな。人、魔、そのどちらにも属せぬ者たちがこの国の民だ。どちらの軍に領土を占領されようとも、いずれは戦争が起こり、避難を余儀なくされてしまう。彼らが1年と安寧に暮らせたことはなかった。だから私はこの地で王となったのだ。その地で在りながら、5年もの平和を維持できたことは私の誇りだ。そして、それを喜んでくれた民たちこそが私の誇りなのだ」
「ならばそれこそお主はこちらに付くべきじゃ。お主が魔に加わればきっと今よりも魔王軍の領土は広がる。そして、いずれ世界が統一されたならば…」
「ふふ。それは無理だろう。私が男ならばそれも可能であったかもしれん。しかし私は女だ。魔に魅入られた女の心がどう変わっていくかは知っているぞ。悠久の時を得、そして多大な力を与えながらも、いや、そうだからこそ生きる事、その意味自体が変わってしまう。こんな私でも女だ。好きな男の一人はいるのさ。そんな私が勇者という仮面を脱げばたちまち一匹の女となってしまう」
「しかしそれは…」
「私が勇者である限り、私はそうなってはならんのだ。勇者たる私は自らの誇りを護るためならばこの身体も、心すらも喜んで差し出すよ。お前たちを倒すためならば自ら囮となることも恐れはしない。国の未来の為ならば純潔を好きでもない男に捧げる事も小さいことだ」
「お、お主は間違っておる!」
「それを決めるのは貴女ではないよ。それを決めるのは私だ、そして私の護る民たちだ。私は愛すべき民を、人間を護るために全てを捧げてきた。この身も、純潔も、これまでの時間も、そして私の心すら。何もかぶらずとも生きていけるお前たちとは違い、人間とは生きていくために死ぬまで仮面をかぶり続ける生き物なのだ。私はそれを恥じるつもりもないし間違いだとも思わない。この“勇者シェルク”という仮面こそが私という人間であり、他人が見る私そのものなのだ」
「な、なんと……」
儂は言葉を失った
なんという強い娘じゃ
これが勇者シェルク
儂らの敵だというのか…
儂は愕然とした
「そ…そんな…」
声を上げたのはクリステアじゃった
「ずいぶんと驚いた。という顔だな、お姫様。しかし、お前の母もまた、私と同じようにしてきたのではないか?己を切り、他人に分け与える。難しく見えるがこれほど簡単に他人を救うすべはない。いや、そうせねば人を救うことなどできはしない」
「こんな…これが…人間…なの?…」
「ふふ。その通りだ。これが人間、お前たちの敵だ」
「…。こんな、こんなに強い生き物が…」
「ふふ。ありがとう。そう言ってもらえるとこの上なくうれしいぞ」
クリステアはわなわなとふるえる唇で言葉を紡ぎだした
「バフォメット。私は…この女が…ほしい」
「…ああ。そうじゃな。儂もじゃ」
「ふふふ。モテる女は困るな」
「でも、バフォメット」
「なんじゃ?」
「私は…私はこの人を救ってあげたい」
「……ふぉふぉ。そうじゃのう。それも同感じゃ」
「では、ぜひそうしてくれ。魔物の姫よ、そして魔女たちの主よ」
そう言い放ち、シェルクが玉座から立ち上がる
「バフォメット、おねがい。その女は、この人は…私が救いたい」
「……ああ。わかったのじゃ」
その言葉、表情からクリステアの決意が読み取れる
これまでは見せたことのない魔王の娘としての決意、そして思いじゃった
12/07/06 21:35更新 / ひつじ
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