そうだ、壺湯に入ろう
はあ、急な予定の変更で午後が丸々空いてしまった。
今からどこかに出かけるような時間でもないし、平日じゃ友達もつかまらない。
これがせめて休日ならなー。
とはいえせっかくの空いた時間、何かいつもとは違う事をしたい。
たとえば昼間から飲みに行くとか・・・
うーん、でも俺ひとりで飲み屋行ったりするほど酒好きってわけじゃないしな・・・。
そんな時、走る電車の車窓から、青空に伸びる一本の煙突が目に飛び込んできた。
―そうだ、銭湯に行こう―
しばらく温泉にも行ってないし、久しぶりに足の伸ばせる風呂に入るのもいいかもしれない。
そう思った俺は近所の銭湯“成金(せいこん)の湯”へと来ていた。
去年風呂が壊れた時にも何度か来た銭湯で、いかにも昔ながらのって感じの銭湯だ。
“壺湯はじめました”
銭湯の入り口にそんな張り紙がしてあった。
なんだ壺湯って。
そんな冷やし中華みたいに始められるものなのだろうか?
「いらっしゃい」
扉をくぐり靴を下駄箱に入れると、カウンターに座る女性が俺を出迎えた。
若い女性に見えるが、頭の上の丸っこい耳や時おり手入れしている尻尾から分かるとおり人間ではなく魔物で、実際の年齢は不明だ。常連の爺さんたちの話では刑部狸という種族らしい。
なんでもここの主人と大恋愛だか大買収だかの結果ここの女将に納まったのだとか。
「大人1人」
「はい、300円ね」
うーん相変わらず安い。
・・・けど隣町には大人200円という破格に安い銭湯があるのでなんとも微妙感がぬぐえない。しかも向こうの女将は美人の妖狐(※未婚)で女将目当てに通う客もいるとかいないとか。
こちらの女将も見た目だけなら若い女性なんだけど、暗い眼つきとか立ち居振る舞いからなんともいえない不気味な貫禄を醸し出していてとてもそういう集客にはつながりそうもない。
胸も小さいし。
「なにじろじろ見てんだい、旦那以外は金取るよ」
そんな事を考えていたらジロリと睨まれた。やばい。タオル借りてさっさと脱衣場に行こう。
「あ、すみません、タオルのレンタルお願いします」
「はいよ、千円な」
「え!?」
高っ! 見た目に違わぬぼったくり価格!
というか去年来たときはレンタル無料だったはずだけど・・・
「冗談だよ。とっとと行きな」
大小のタオルを出しつつキセルを咥える女将。これでいいのか客商売・・・
―おや、今日も眼つき悪いねえ―
―ハッくそじじい、まだお迎えが来ないのかい―
後ろで別の客に軽口をとばす女将の声が聞こえる。
この辺りは下町っぽいところがあるし客も昔からの常連が多いから、あれでいいのかもしれないな。
―ガラガラガラ―
着替えをすませ浴場に入場。
まだ早い時間だから客も少ないな。
しっかしここの壁絵・・・不死山は確かによくあるけど、噴火してるのはかなり珍しいんじゃないか?
さてまずは体を洗おう。シャンプーと石鹸は備え付けので・・・
ここはタオル含めてぜんぶ借りられるので、手ぶらで来れるのが気軽でいい。
よし、湯船に入るか。
そういえば表にでてた“壺湯”ってのはどれの事だ? それらしいのは見当たらないけど。
・・・ん?
湯船の脇に見たことない扉がある。
“壺湯はこの向こうです”
外、なのかな? まあいいや、せっかくだから行ってみよう。しかしこんなところに扉なんてあったっけ。
―ガチャッ―
「え?」
扉を抜けると広い空間があり、壁際には人がひとり入れるぐらい大きな壺がずらりと並んでいた。
そして壁の反対には大きな窓があり、その窓の向こうは――
「は? え?」
窓の向こうは、どこまでも広がる砂の海でした。
すっげ、地平線が見えるぞ。
狐につままれた気分――いや、狸に化かされた気分で周りを見渡すと、入ってきた扉の脇にまた張り紙があった。
“壺湯はミミック系種族の協力で異空間に増設しています。危険はありませんが、けして窓の外には出ないようお願いします”
ああ、異空間ね。なるほどなるほど・・・ってなんじゃそりゃ! なんでも有りだなまったく。
まあいいか、魔物のやることにいちいち驚いてたら精神が持たない。
それよりもこのずらりと並んだ大きな壺、というか甕? これが“壺湯”ってやつか。
壺にはなみなみと湯がはってあり、壁にはそれぞれの説明書きもついている。
どれどれ・・・
“あつぼ湯”
とても熱いです。長時間入るとのぼせます。
“ふつぼ湯”
普通の温度のお湯です。今日はよもぎ湯です。
“どつぼ湯”
ぬるめのお湯です。いつまでも入っていられます。
“水甕”
水風呂です。冷たいです。
なるほど。風呂はこの四種類のようだ。
さてどれに入るか。幸いこの壺湯スペースにいるのは俺一人なのでどの湯からでも入れるのだが、自由となるとかえって迷ってしまう。
目の前には“あつぼ湯”がある。しかし熱いってどのくらいだろう?
ためしに“あつぼ湯”に手を入れてみると・・・うん結構熱い。今は手だけだからいいけど、全身入るとなるとだいぶキツイ気がする。
結局“ふつぼ湯”に入ることにした。
普通でいいよ。普通で。
余裕があれば他のにも入ってみよう。
壺は腰ぐらいの高さがあるので、そなえつけられた踏み台を使い足からそろそろと入る。
壺のふちギリギリまでお湯が張ってあるため、入った分だけお湯があふれていく。なんかもったいないな・・・
と思って壺の下を見たら真下に排水溝があり、あふれたお湯はそこへ流れていった。そうか、これで正解なのか・・・
ふむう、壺湯なるものに入るのはこれが初めてだけど、なるほどなー。
サイズは家のバスタブと同じぐらいだけど、丸い浴槽に包まれるようで不思議な安心感がある。
足の伸ばせる銭湯に来て、小さな壺湯に入る・・・これもある意味では贅沢な過ごし方だろうて。
ヨモギのさわやかな香りもいいし・・・
でもこの湯、成分が濃いのかちょっとヌルヌルするな。
そろそろ別の壺湯にも入ってみようか。
さて次はちょっと気になっていた“どつぼ湯”だ。
よいしょ、さっきのでだいたい要領はわかった。
“ふつぼ湯”の時よりも思い切り良く入ると、勢いよくあふれたお湯が、盛大に落ちて流れていく。
う〜んなんという贅沢。
ジャージャーザブザブとあふれ流れるお湯の音が心地いい。
家の風呂じゃもったいなくてとてもこんな真似はできない。
家ではできないことをさらりとやってのけるッ! そこに惹かれる楽しめるゥ!
これも銭湯の醍醐味だよな。
あれ、でも減った分のお湯はどうするんだろう。
と思ってとなりの“ふつぼ湯”を見ると、壁から注ぎ口が現れて減ったお湯を補充していた。
たぶん壺にセンサーかなにかついていて湯量が一定以下になるとああやって補充されるのだろう。
なるほどなー。
だがこの“どつぼ湯”・・・
ぬるめの湯に体を包まれて・・・
・・・あ゛ー、いいっすねー・・・
いつまでも浸かっていられそうだ・・・
壺のふちまで一杯になったお湯が周りと湯船の境目を曖昧にする。
まるで窓の向こうの地平線までこの壺湯がつながっているようにさえ錯覚する。
・・・・・・
・・・・・
・・・・
・・・俺はどつぼ湯を堪能した!
いや、このまま浸かっててもいいんだけどね。
でもせっかくだから他の壺湯も入ってみたい。
というわけで。
俺は“あつぼ湯”の前に立った。
事ここに至れば是非も無し。
ようし、入るぞ・・・すおっとな。
ぬぬぬ、熱、アトゥーイ!!
すっげ肌にビリビリ来る! これは良いのか? 大丈夫なやつなのか!?
あ、張り紙に“熱いので無理はしないでください”って書いてある。じゃああと10数えたら出るか。
♪
ひとーつ 一つ目サイクロプス
ふたーつ 二人のリリラウネ
みーっつ みんなのつぼまじん
・・・
ここのつ 首なし女騎士
とおとお年貢のおさめどき
ふう、よし出よう。
うわすっご、お湯に浸かってたところが赤くなってる。
これだけ温まれば準備はととのった。お次は――
俺は“水瓶”の前に立った。
なんだよミズガメって。普通に“水風呂”でいいだろ。
まずはそなえつけの手桶で水を体にかける。まずは手足、うーんちべたい。そしてボディにも軽く。最後に頭へ。あつぼ湯に入ってる間に結構汗かいたからな。
ひと通り水をかけ終わった俺は、ソロリソロリと水瓶の中に体を沈めていった。
おっふ、火照った体が一気に冷えていく。肩まで水に沈め、待つことしばし。
フフフ、体の周りの水が体温で温められ、心地よい冷たさに変わる。
体が適度に冷やされて気持ちいい。
唯一水から出ている顔にそっと水をかぶる。ふう・・・
ザブン
おっといかん、動くと水がかき混ぜられてまたキンキンに冷たくなってしまう。
じっとしていよう。じーっとね。
・・・よし、充分に冷えたかな。
ノド元まで冷えてきたので“水瓶”から出る。
窓際の椅子でちょっと休もう。よいしょっと。
ふう・・・。
心臓がドッドッドッと音をたてて血液が全身に巡っていく。
ときおり窓から吹く風が肌を撫でていくのが心地いい。
最近サウナにはまった友人が『サウナ→水風呂→休憩を繰り返すとめっちゃ“ととのう”んだよ。マジで一度やってみ?』とやたら勧めてくるので、『なんだよトトノウって。日本語でおk』と言ってやったが・・・
あ゛ー・・・これはマジでととのいますわー・・・
体調とか精神とかなんかそんな感じのよさげなサムスィングが。
・・・・・・
・・・・・
・・・・
・・・俺は整った!
さてどうしようか。ひと通り壺湯に入ったのでこれで上がってもいいのだが、
せっかくだからもう一回“あつぼ湯”と“水瓶”に入ろうかな。
と思ったら、“あつぼ湯”の湯が減ったままだった。
はて、他の壺湯はちゃんと減った分補充されているのに、これだけ故障中か?
むむ、よく見たらまた張り紙がある。
“お湯が減ったらこのボタンを押してください”だと?
じゃあ押してみよう。
ポチッとな。
『はーい、ちょっと待っててくださいねー』
・・・なんか若い女の子の声がした。
誰いまの。まさか女将さ・・・いやいやいや逆立ちしてもあんな可愛らしい声は出ないだろ。
ともあれ待ってろというのだから少し待ってみるか。再度ベンチでご休憩。
おっと冷水機もあるじゃないか。ついでに水分補給しとこう。ごくごくごく。
ベンチに座ると窓からの風が乾いた大地の香りを運んでくる。
―ふふ、この風、この肌触りこそ銭湯よ―
そんな事をつぶやいていたら突然浴場の扉がガラッと開いた。
「失礼しまーす」
ハッとして見ると小柄な少女が入ってくるところだった。
少女は「んしょ、んしょ」と大きな壺を担いで歩いてくる。
もちろん裸ではなく、袖なしの白い浴衣のような服を着ている。
よく日に焼けた肌に白い服が映えてまぶしいくらいだ。
俺がじっと見ているので彼女もこちらをチラリと見、
「あぅ・・・///」
日に焼けた頬をポッと赤く染めた。
そういえば俺いま、モロ出しだった。
頬を赤くした彼女はうつむきがちに通りすぎ、担いだ壺から“あつぼ湯”にお湯を注いでいった。
お湯を入れ終わるまでこのまま待つとしよう。
おっと、股間は見せないようにして・・・
窓の外の砂漠に目を向ける。
昔こんな風景見たことあるな・・・ドラ○もんで。(by地平線テープ)
ド○えもんって時々トラウマもののエピソードあるよな・・・ゴルゴンの首とかさ。
そうして物思いにふけっていると――
「あっ」
ドボーン!
な、なんだ!?
突然の大きな音に振り返ると、壺湯の前に立っているはずの少女がいない・・・いや、居た。
“あつぼ湯”の壺から少女の足がにょっきりと生えていた。
犬神家状態で。
えぇー、なにあれ・・・
突然のシュールな光景にあっけにとられるが、その足がパタパタと動くのを見て我に返る。
救出(たす)けねば!
急いで彼女(の足)の元へ駆け寄り引き上げようとするのだが・・・
バタバタ、ゲシッ!
いたた、痛い! ちょっと、蹴らないで!
パニックを起こした少女の抵抗にあい上手くいかない。
ええい、頼むから大人しくしてくれ!
なんとか足を押さえつけ、湯船から引き上げた。
「キミ、大丈夫?」
「ゲホッゲホッ、あ、ありが、熱っ」
まずい、服のまま熱い湯に落ちたから服がピッタリ体に張り付いている。
このままじゃ火傷してしまう。とにかく冷やさなければ・・・そうだ!
「このままじゃ火傷するから水風呂で冷やそう。歩ける?」
「は、はい」
彼女を“水瓶”の前に連れて行き、手桶でザバザバと水をかけてやる。
沈んだのは上半身全部だからこれじゃ埒があかないな。
かといって服を脱がすわけにも・・・しかたない、
「ちょっと失礼」
「えっ、ひゃわわわ!?」
ジャボン!
少女を担いで水風呂に入れる。
「ひぃ! つ、冷たいですぅ!」
「ゴメン、ちょっと我慢して」
「わっぷ!」
さらに水面から出てる頭にも水をかける。
火傷はすぐに処置しないとずっと跡が残るからな。
「あ、あの、もう大丈夫ですから」
「いや、皮膚の表面だけじゃなくしっかり中まで冷やさないと」
水風呂から出ようとする彼女の肩を抑える。
本当は流水で冷やした方がいいんだけど、この際そんなこと言ってもしょうがない。
長めに冷やしてやれば水風呂でも問題ないはずだ。
続けることしばし・・・
「あのガチガチ、もうほんとにガチガチ、だいじょぶですガチガチガチ」
よし、もういいだろう。
水をかける手を止めて、壺から出やすいよう身を引く。
「あ、あれ、からだがうまく、うごかな」
・・・冷やしすぎたかな?
力が入らないのか縁をつかめずプルプルと震える腕をとっさに掴んで引き寄せる。
「ゴメン、ちょっと冷やし過ぎたみたいだ。立てる?」
「すみません、あしにちからがあいらなくて」
このままじゃ水風呂から出すことも難しい。
仕方ない、俺も壺の中に入って抱きかかえる。
水の中で触れる彼女の身体は細身だけれど柔らかい――
よいしょぉ!
さいわい小柄な彼女は俺の腕力でも無事水風呂から引き上げられた。
しかし腕のなかの彼女の体は冷たくぐっしょりと濡れている。
これだけ冷えてれば火傷は大丈夫だろうけど・・・むしろ温めた方がいいだろうか?
「大丈夫?」
「だだだ大丈夫ぶぶですす・・・」
あまり大丈夫な様子ではない。
もう火傷の心配はなさそうだが、今度は風邪でもひきかねない。
こうなったら・・・
人肌で温めるしかない!
・・・いや、マジで。大真面目に。
お湯で温めたりしたらまたふりだしに戻りそうだし。
下心とかはない。全然。
だってほら俺サバト会員とかじゃないし。
「ちょっと向こうのベンチで休憩しよう」
「えっ」
「あ、いや別に変な意味ではなく!このままほっといたら風邪ひきそうだし軽く暖めた方がいいだろうから!」
「は、はい」
というわけで彼女を窓際のベンチまで連れて行き、背中から抱きかかえるようにして座る。
おっ俺は、ホルスタウロスさんが好きだ!(ロリコンではないことを強調)
・・・冷水でびっしょり濡れた着物が冷たい。
「あっ・・・あったかい、です」
彼女の震えも少しおさまったようだ。
「良かった。落ち着くまでもう少しこのままでいよう」
「はい///」
窓から乾いた風が吹く。
冷えないように彼女の腹部に手をそえる。
(スッ)
彼女も安心したのか俺に体を預けてくる。
目線を下に向けると、褐色の肌に白い服がピッタリと張り付いている。
さっきは動転してて意識しなかったけど、びしょ濡れの服から褐色の肌が透けて見えている。
呼吸と共に上下する小さな胸の頂きには、冷えたせいか固くなった・・・
い、いかんこのままでは俺の素敵なサムシングがカモン!してしまう!
俺は、エキドナさんが好きだー!(ロリコンでないことを強調)
「あ、あのすみませんお兄さん」
「ん?」
「さっきからお尻になにか・・・」
アウトー!
そう思った瞬間、
―ガララ―
「あらあら、やってくれちまったねえ」
陰険そうな、そしてどこか面白がる風な声が響いた。
「うちの従業員に手ェだすとはいい度胸してるじゃないか兄さん」
振り返ると女将が暗い眼つきでニタニタと笑っていた。
「ほーん、それで? 熱湯に落ちたこの子を助けるためだって? どうせ兄さんが突き落としたんじゃないの?」
「そ、そんなことは」
「女将さん違います、この人は・・・」
―まあ待ちな。アンタもされるがままになってたところを見ると、この兄さんにホの字なんだろう? あたしにまかせておきなって。きっちり責任とらしてやるからさ―
―え、そんな、でも―
―それともアンタひとりで男を落とせるかい? アタシの見たとこマザコンか年上好きだよこの兄さん―
―う、それは・・・―
なにやら女将さんが少女に耳打ちし、彼女は口をつぐんでしまった。なにか脅されてるんだろうか・・・
「なるほど兄さんが突き落としたわけじゃないようだ。でもねえ、嫁入り前の娘っ子の肌に触れたんだ。それなりの責任はとってもらわないとねえ」
「せ、責任? それって・・・」
魔物、責任、ときたらもしかして・・・
お、俺はサイクロプスさんのチチシリフトモモが好きだがゲイザーちゃんのつるぷにお肌も好きだー!(ロリコンでないことを強調したかった)
「そうさね、まあ給料3ヶ月分をこの子とあたしそれぞれに、合計6ヶ月分収めてもらおうか」
「き、給料の――・・・はあ!?」
予想の斜め上だった。
6ヶ月って半年分じゃないか! 肌に触れただけでそんなとられるって、ボッタクリバーよりひどいわ。
しかも女将さんに払う意味がまったくわからない。
「ああん!?なんか文句あるのかい?この子の故郷じゃ男に髪や肌を触られるって事はキズモノにされたのと同じぐらいの意味なんだ。かわいそうにこの子はもうお嫁に行くこともできない。アタシだってこの子の親に面目が立たないんだ。本来ならこの子が一生食うに困らないぐらいの金額を請求するところだけど、あんたがこの子を助けるためにやったってェいうからこんだけまけてやってるんじゃないか」
う、そう言われると・・・
女将さんのまくし立てるような攻勢にしどろもどろになってしまう。
手で隠した俺の不敵なサムシングもすっかり大人しくなってしまった。
「まあそう身構えず考えてごらんよ。
あんたが払うもん払えばこの子は幸せ。アタシも幸せ。あんただって犯罪者にならずに済むじゃないか。みんなで幸せになろうや。なあ?」
一転して諭すような口調に変わる女将さん。
なにか間違ってる気がするが女将さんの緩急つけた説得に心が揺れる。
「それにアタシだって鬼じゃァないんだ。取るもんとってハイサヨナラたぁ言わない。責任とるってのはもちろん、この子を嫁にするってことさ。
どうだい?
夫婦となれば、どこをどんだけ触ったってかまやしない。さっきの続きをしたっていいんだ。――アタシがなにを言いたいか、わかるだろう?」
耳元で悪魔のようにささやきかける女将さん。
い、いかん、これは罠だ!
エサに食いついてしまえばそのまま一切合切なにもかも搾り取られるに違いない!
それに彼女にだって好みとか事情とかあるだろうし・・・そう思い彼女に目を向けると不安そうな、しかしなにかを期待するような潤んだ瞳で俺を見つめていた。
ああっ、しかしエサはうまそうだ!
ゴクリ、と唾を飲み込んだその時
―ガララ―
「おい、番台ほっぽりだして何やってんだ」
低い男の声が響いた。
その後事情を察した旦那さんはお詫びにとドリンクのチケットひと束を置き、女将さんを引きずって去って行った。
残された俺と彼女のふたり。
微妙な空気にふたりとも沈黙してしまう。
何か言え、何か言うんだ俺! このまま黙っていたら彼女とはこれっきりになってしまう!
しかし女の子にかける言葉なんて俺の人生経験ではーー
そうだ、水ぶっかけたりしたお詫びに今度食事おごりますとかでもいいじゃないか。
よし!
意を決して口を開く。
「あ、「あの!」
先をコサレタヨ・・・
「今度、一緒に壺湯に行きませんか···?」
一瞬言葉の意味を考える。答えはもちろん
「いいですとも!」
ー蛇足ー
「でもその前に着替えた方がいいかな。○○透けたままだし」
「え? ······ひゃあああ!?」(気づいた)
ーおまけー
彼女とふたり、体をベンチに横たえて眼前に広がる砂の海をながめる。
「・・・」
「・・・」
「あ」
「?」
「いま、クジラがジャンプしなかった? ほんの一瞬」
「なに言ってるんです、そんなわけないじゃないですか···。
クジラは彗星みたいにギーギーフーって飛ぶんですよ」
「あ、そっか。クジラはもっとパーって光るもんな」
・・・・・・
・・・・・
・・・・
・・・
「ととのいました」
「はい」
「魔物娘の愛情とかけて壺湯と解きます」
「その心は?」
「どちらも溢れんばかりでしょう」
おしまい
今からどこかに出かけるような時間でもないし、平日じゃ友達もつかまらない。
これがせめて休日ならなー。
とはいえせっかくの空いた時間、何かいつもとは違う事をしたい。
たとえば昼間から飲みに行くとか・・・
うーん、でも俺ひとりで飲み屋行ったりするほど酒好きってわけじゃないしな・・・。
そんな時、走る電車の車窓から、青空に伸びる一本の煙突が目に飛び込んできた。
―そうだ、銭湯に行こう―
しばらく温泉にも行ってないし、久しぶりに足の伸ばせる風呂に入るのもいいかもしれない。
そう思った俺は近所の銭湯“成金(せいこん)の湯”へと来ていた。
去年風呂が壊れた時にも何度か来た銭湯で、いかにも昔ながらのって感じの銭湯だ。
“壺湯はじめました”
銭湯の入り口にそんな張り紙がしてあった。
なんだ壺湯って。
そんな冷やし中華みたいに始められるものなのだろうか?
「いらっしゃい」
扉をくぐり靴を下駄箱に入れると、カウンターに座る女性が俺を出迎えた。
若い女性に見えるが、頭の上の丸っこい耳や時おり手入れしている尻尾から分かるとおり人間ではなく魔物で、実際の年齢は不明だ。常連の爺さんたちの話では刑部狸という種族らしい。
なんでもここの主人と大恋愛だか大買収だかの結果ここの女将に納まったのだとか。
「大人1人」
「はい、300円ね」
うーん相変わらず安い。
・・・けど隣町には大人200円という破格に安い銭湯があるのでなんとも微妙感がぬぐえない。しかも向こうの女将は美人の妖狐(※未婚)で女将目当てに通う客もいるとかいないとか。
こちらの女将も見た目だけなら若い女性なんだけど、暗い眼つきとか立ち居振る舞いからなんともいえない不気味な貫禄を醸し出していてとてもそういう集客にはつながりそうもない。
胸も小さいし。
「なにじろじろ見てんだい、旦那以外は金取るよ」
そんな事を考えていたらジロリと睨まれた。やばい。タオル借りてさっさと脱衣場に行こう。
「あ、すみません、タオルのレンタルお願いします」
「はいよ、千円な」
「え!?」
高っ! 見た目に違わぬぼったくり価格!
というか去年来たときはレンタル無料だったはずだけど・・・
「冗談だよ。とっとと行きな」
大小のタオルを出しつつキセルを咥える女将。これでいいのか客商売・・・
―おや、今日も眼つき悪いねえ―
―ハッくそじじい、まだお迎えが来ないのかい―
後ろで別の客に軽口をとばす女将の声が聞こえる。
この辺りは下町っぽいところがあるし客も昔からの常連が多いから、あれでいいのかもしれないな。
―ガラガラガラ―
着替えをすませ浴場に入場。
まだ早い時間だから客も少ないな。
しっかしここの壁絵・・・不死山は確かによくあるけど、噴火してるのはかなり珍しいんじゃないか?
さてまずは体を洗おう。シャンプーと石鹸は備え付けので・・・
ここはタオル含めてぜんぶ借りられるので、手ぶらで来れるのが気軽でいい。
よし、湯船に入るか。
そういえば表にでてた“壺湯”ってのはどれの事だ? それらしいのは見当たらないけど。
・・・ん?
湯船の脇に見たことない扉がある。
“壺湯はこの向こうです”
外、なのかな? まあいいや、せっかくだから行ってみよう。しかしこんなところに扉なんてあったっけ。
―ガチャッ―
「え?」
扉を抜けると広い空間があり、壁際には人がひとり入れるぐらい大きな壺がずらりと並んでいた。
そして壁の反対には大きな窓があり、その窓の向こうは――
「は? え?」
窓の向こうは、どこまでも広がる砂の海でした。
すっげ、地平線が見えるぞ。
狐につままれた気分――いや、狸に化かされた気分で周りを見渡すと、入ってきた扉の脇にまた張り紙があった。
“壺湯はミミック系種族の協力で異空間に増設しています。危険はありませんが、けして窓の外には出ないようお願いします”
ああ、異空間ね。なるほどなるほど・・・ってなんじゃそりゃ! なんでも有りだなまったく。
まあいいか、魔物のやることにいちいち驚いてたら精神が持たない。
それよりもこのずらりと並んだ大きな壺、というか甕? これが“壺湯”ってやつか。
壺にはなみなみと湯がはってあり、壁にはそれぞれの説明書きもついている。
どれどれ・・・
“あつぼ湯”
とても熱いです。長時間入るとのぼせます。
“ふつぼ湯”
普通の温度のお湯です。今日はよもぎ湯です。
“どつぼ湯”
ぬるめのお湯です。いつまでも入っていられます。
“水甕”
水風呂です。冷たいです。
なるほど。風呂はこの四種類のようだ。
さてどれに入るか。幸いこの壺湯スペースにいるのは俺一人なのでどの湯からでも入れるのだが、自由となるとかえって迷ってしまう。
目の前には“あつぼ湯”がある。しかし熱いってどのくらいだろう?
ためしに“あつぼ湯”に手を入れてみると・・・うん結構熱い。今は手だけだからいいけど、全身入るとなるとだいぶキツイ気がする。
結局“ふつぼ湯”に入ることにした。
普通でいいよ。普通で。
余裕があれば他のにも入ってみよう。
壺は腰ぐらいの高さがあるので、そなえつけられた踏み台を使い足からそろそろと入る。
壺のふちギリギリまでお湯が張ってあるため、入った分だけお湯があふれていく。なんかもったいないな・・・
と思って壺の下を見たら真下に排水溝があり、あふれたお湯はそこへ流れていった。そうか、これで正解なのか・・・
ふむう、壺湯なるものに入るのはこれが初めてだけど、なるほどなー。
サイズは家のバスタブと同じぐらいだけど、丸い浴槽に包まれるようで不思議な安心感がある。
足の伸ばせる銭湯に来て、小さな壺湯に入る・・・これもある意味では贅沢な過ごし方だろうて。
ヨモギのさわやかな香りもいいし・・・
でもこの湯、成分が濃いのかちょっとヌルヌルするな。
そろそろ別の壺湯にも入ってみようか。
さて次はちょっと気になっていた“どつぼ湯”だ。
よいしょ、さっきのでだいたい要領はわかった。
“ふつぼ湯”の時よりも思い切り良く入ると、勢いよくあふれたお湯が、盛大に落ちて流れていく。
う〜んなんという贅沢。
ジャージャーザブザブとあふれ流れるお湯の音が心地いい。
家の風呂じゃもったいなくてとてもこんな真似はできない。
家ではできないことをさらりとやってのけるッ! そこに惹かれる楽しめるゥ!
これも銭湯の醍醐味だよな。
あれ、でも減った分のお湯はどうするんだろう。
と思ってとなりの“ふつぼ湯”を見ると、壁から注ぎ口が現れて減ったお湯を補充していた。
たぶん壺にセンサーかなにかついていて湯量が一定以下になるとああやって補充されるのだろう。
なるほどなー。
だがこの“どつぼ湯”・・・
ぬるめの湯に体を包まれて・・・
・・・あ゛ー、いいっすねー・・・
いつまでも浸かっていられそうだ・・・
壺のふちまで一杯になったお湯が周りと湯船の境目を曖昧にする。
まるで窓の向こうの地平線までこの壺湯がつながっているようにさえ錯覚する。
・・・・・・
・・・・・
・・・・
・・・俺はどつぼ湯を堪能した!
いや、このまま浸かっててもいいんだけどね。
でもせっかくだから他の壺湯も入ってみたい。
というわけで。
俺は“あつぼ湯”の前に立った。
事ここに至れば是非も無し。
ようし、入るぞ・・・すおっとな。
ぬぬぬ、熱、アトゥーイ!!
すっげ肌にビリビリ来る! これは良いのか? 大丈夫なやつなのか!?
あ、張り紙に“熱いので無理はしないでください”って書いてある。じゃああと10数えたら出るか。
♪
ひとーつ 一つ目サイクロプス
ふたーつ 二人のリリラウネ
みーっつ みんなのつぼまじん
・・・
ここのつ 首なし女騎士
とおとお年貢のおさめどき
ふう、よし出よう。
うわすっご、お湯に浸かってたところが赤くなってる。
これだけ温まれば準備はととのった。お次は――
俺は“水瓶”の前に立った。
なんだよミズガメって。普通に“水風呂”でいいだろ。
まずはそなえつけの手桶で水を体にかける。まずは手足、うーんちべたい。そしてボディにも軽く。最後に頭へ。あつぼ湯に入ってる間に結構汗かいたからな。
ひと通り水をかけ終わった俺は、ソロリソロリと水瓶の中に体を沈めていった。
おっふ、火照った体が一気に冷えていく。肩まで水に沈め、待つことしばし。
フフフ、体の周りの水が体温で温められ、心地よい冷たさに変わる。
体が適度に冷やされて気持ちいい。
唯一水から出ている顔にそっと水をかぶる。ふう・・・
ザブン
おっといかん、動くと水がかき混ぜられてまたキンキンに冷たくなってしまう。
じっとしていよう。じーっとね。
・・・よし、充分に冷えたかな。
ノド元まで冷えてきたので“水瓶”から出る。
窓際の椅子でちょっと休もう。よいしょっと。
ふう・・・。
心臓がドッドッドッと音をたてて血液が全身に巡っていく。
ときおり窓から吹く風が肌を撫でていくのが心地いい。
最近サウナにはまった友人が『サウナ→水風呂→休憩を繰り返すとめっちゃ“ととのう”んだよ。マジで一度やってみ?』とやたら勧めてくるので、『なんだよトトノウって。日本語でおk』と言ってやったが・・・
あ゛ー・・・これはマジでととのいますわー・・・
体調とか精神とかなんかそんな感じのよさげなサムスィングが。
・・・・・・
・・・・・
・・・・
・・・俺は整った!
さてどうしようか。ひと通り壺湯に入ったのでこれで上がってもいいのだが、
せっかくだからもう一回“あつぼ湯”と“水瓶”に入ろうかな。
と思ったら、“あつぼ湯”の湯が減ったままだった。
はて、他の壺湯はちゃんと減った分補充されているのに、これだけ故障中か?
むむ、よく見たらまた張り紙がある。
“お湯が減ったらこのボタンを押してください”だと?
じゃあ押してみよう。
ポチッとな。
『はーい、ちょっと待っててくださいねー』
・・・なんか若い女の子の声がした。
誰いまの。まさか女将さ・・・いやいやいや逆立ちしてもあんな可愛らしい声は出ないだろ。
ともあれ待ってろというのだから少し待ってみるか。再度ベンチでご休憩。
おっと冷水機もあるじゃないか。ついでに水分補給しとこう。ごくごくごく。
ベンチに座ると窓からの風が乾いた大地の香りを運んでくる。
―ふふ、この風、この肌触りこそ銭湯よ―
そんな事をつぶやいていたら突然浴場の扉がガラッと開いた。
「失礼しまーす」
ハッとして見ると小柄な少女が入ってくるところだった。
少女は「んしょ、んしょ」と大きな壺を担いで歩いてくる。
もちろん裸ではなく、袖なしの白い浴衣のような服を着ている。
よく日に焼けた肌に白い服が映えてまぶしいくらいだ。
俺がじっと見ているので彼女もこちらをチラリと見、
「あぅ・・・///」
日に焼けた頬をポッと赤く染めた。
そういえば俺いま、モロ出しだった。
頬を赤くした彼女はうつむきがちに通りすぎ、担いだ壺から“あつぼ湯”にお湯を注いでいった。
お湯を入れ終わるまでこのまま待つとしよう。
おっと、股間は見せないようにして・・・
窓の外の砂漠に目を向ける。
昔こんな風景見たことあるな・・・ドラ○もんで。(by地平線テープ)
ド○えもんって時々トラウマもののエピソードあるよな・・・ゴルゴンの首とかさ。
そうして物思いにふけっていると――
「あっ」
ドボーン!
な、なんだ!?
突然の大きな音に振り返ると、壺湯の前に立っているはずの少女がいない・・・いや、居た。
“あつぼ湯”の壺から少女の足がにょっきりと生えていた。
犬神家状態で。
えぇー、なにあれ・・・
突然のシュールな光景にあっけにとられるが、その足がパタパタと動くのを見て我に返る。
救出(たす)けねば!
急いで彼女(の足)の元へ駆け寄り引き上げようとするのだが・・・
バタバタ、ゲシッ!
いたた、痛い! ちょっと、蹴らないで!
パニックを起こした少女の抵抗にあい上手くいかない。
ええい、頼むから大人しくしてくれ!
なんとか足を押さえつけ、湯船から引き上げた。
「キミ、大丈夫?」
「ゲホッゲホッ、あ、ありが、熱っ」
まずい、服のまま熱い湯に落ちたから服がピッタリ体に張り付いている。
このままじゃ火傷してしまう。とにかく冷やさなければ・・・そうだ!
「このままじゃ火傷するから水風呂で冷やそう。歩ける?」
「は、はい」
彼女を“水瓶”の前に連れて行き、手桶でザバザバと水をかけてやる。
沈んだのは上半身全部だからこれじゃ埒があかないな。
かといって服を脱がすわけにも・・・しかたない、
「ちょっと失礼」
「えっ、ひゃわわわ!?」
ジャボン!
少女を担いで水風呂に入れる。
「ひぃ! つ、冷たいですぅ!」
「ゴメン、ちょっと我慢して」
「わっぷ!」
さらに水面から出てる頭にも水をかける。
火傷はすぐに処置しないとずっと跡が残るからな。
「あ、あの、もう大丈夫ですから」
「いや、皮膚の表面だけじゃなくしっかり中まで冷やさないと」
水風呂から出ようとする彼女の肩を抑える。
本当は流水で冷やした方がいいんだけど、この際そんなこと言ってもしょうがない。
長めに冷やしてやれば水風呂でも問題ないはずだ。
続けることしばし・・・
「あのガチガチ、もうほんとにガチガチ、だいじょぶですガチガチガチ」
よし、もういいだろう。
水をかける手を止めて、壺から出やすいよう身を引く。
「あ、あれ、からだがうまく、うごかな」
・・・冷やしすぎたかな?
力が入らないのか縁をつかめずプルプルと震える腕をとっさに掴んで引き寄せる。
「ゴメン、ちょっと冷やし過ぎたみたいだ。立てる?」
「すみません、あしにちからがあいらなくて」
このままじゃ水風呂から出すことも難しい。
仕方ない、俺も壺の中に入って抱きかかえる。
水の中で触れる彼女の身体は細身だけれど柔らかい――
よいしょぉ!
さいわい小柄な彼女は俺の腕力でも無事水風呂から引き上げられた。
しかし腕のなかの彼女の体は冷たくぐっしょりと濡れている。
これだけ冷えてれば火傷は大丈夫だろうけど・・・むしろ温めた方がいいだろうか?
「大丈夫?」
「だだだ大丈夫ぶぶですす・・・」
あまり大丈夫な様子ではない。
もう火傷の心配はなさそうだが、今度は風邪でもひきかねない。
こうなったら・・・
人肌で温めるしかない!
・・・いや、マジで。大真面目に。
お湯で温めたりしたらまたふりだしに戻りそうだし。
下心とかはない。全然。
だってほら俺サバト会員とかじゃないし。
「ちょっと向こうのベンチで休憩しよう」
「えっ」
「あ、いや別に変な意味ではなく!このままほっといたら風邪ひきそうだし軽く暖めた方がいいだろうから!」
「は、はい」
というわけで彼女を窓際のベンチまで連れて行き、背中から抱きかかえるようにして座る。
おっ俺は、ホルスタウロスさんが好きだ!(ロリコンではないことを強調)
・・・冷水でびっしょり濡れた着物が冷たい。
「あっ・・・あったかい、です」
彼女の震えも少しおさまったようだ。
「良かった。落ち着くまでもう少しこのままでいよう」
「はい///」
窓から乾いた風が吹く。
冷えないように彼女の腹部に手をそえる。
(スッ)
彼女も安心したのか俺に体を預けてくる。
目線を下に向けると、褐色の肌に白い服がピッタリと張り付いている。
さっきは動転してて意識しなかったけど、びしょ濡れの服から褐色の肌が透けて見えている。
呼吸と共に上下する小さな胸の頂きには、冷えたせいか固くなった・・・
い、いかんこのままでは俺の素敵なサムシングがカモン!してしまう!
俺は、エキドナさんが好きだー!(ロリコンでないことを強調)
「あ、あのすみませんお兄さん」
「ん?」
「さっきからお尻になにか・・・」
アウトー!
そう思った瞬間、
―ガララ―
「あらあら、やってくれちまったねえ」
陰険そうな、そしてどこか面白がる風な声が響いた。
「うちの従業員に手ェだすとはいい度胸してるじゃないか兄さん」
振り返ると女将が暗い眼つきでニタニタと笑っていた。
「ほーん、それで? 熱湯に落ちたこの子を助けるためだって? どうせ兄さんが突き落としたんじゃないの?」
「そ、そんなことは」
「女将さん違います、この人は・・・」
―まあ待ちな。アンタもされるがままになってたところを見ると、この兄さんにホの字なんだろう? あたしにまかせておきなって。きっちり責任とらしてやるからさ―
―え、そんな、でも―
―それともアンタひとりで男を落とせるかい? アタシの見たとこマザコンか年上好きだよこの兄さん―
―う、それは・・・―
なにやら女将さんが少女に耳打ちし、彼女は口をつぐんでしまった。なにか脅されてるんだろうか・・・
「なるほど兄さんが突き落としたわけじゃないようだ。でもねえ、嫁入り前の娘っ子の肌に触れたんだ。それなりの責任はとってもらわないとねえ」
「せ、責任? それって・・・」
魔物、責任、ときたらもしかして・・・
お、俺はサイクロプスさんのチチシリフトモモが好きだがゲイザーちゃんのつるぷにお肌も好きだー!(ロリコンでないことを強調したかった)
「そうさね、まあ給料3ヶ月分をこの子とあたしそれぞれに、合計6ヶ月分収めてもらおうか」
「き、給料の――・・・はあ!?」
予想の斜め上だった。
6ヶ月って半年分じゃないか! 肌に触れただけでそんなとられるって、ボッタクリバーよりひどいわ。
しかも女将さんに払う意味がまったくわからない。
「ああん!?なんか文句あるのかい?この子の故郷じゃ男に髪や肌を触られるって事はキズモノにされたのと同じぐらいの意味なんだ。かわいそうにこの子はもうお嫁に行くこともできない。アタシだってこの子の親に面目が立たないんだ。本来ならこの子が一生食うに困らないぐらいの金額を請求するところだけど、あんたがこの子を助けるためにやったってェいうからこんだけまけてやってるんじゃないか」
う、そう言われると・・・
女将さんのまくし立てるような攻勢にしどろもどろになってしまう。
手で隠した俺の不敵なサムシングもすっかり大人しくなってしまった。
「まあそう身構えず考えてごらんよ。
あんたが払うもん払えばこの子は幸せ。アタシも幸せ。あんただって犯罪者にならずに済むじゃないか。みんなで幸せになろうや。なあ?」
一転して諭すような口調に変わる女将さん。
なにか間違ってる気がするが女将さんの緩急つけた説得に心が揺れる。
「それにアタシだって鬼じゃァないんだ。取るもんとってハイサヨナラたぁ言わない。責任とるってのはもちろん、この子を嫁にするってことさ。
どうだい?
夫婦となれば、どこをどんだけ触ったってかまやしない。さっきの続きをしたっていいんだ。――アタシがなにを言いたいか、わかるだろう?」
耳元で悪魔のようにささやきかける女将さん。
い、いかん、これは罠だ!
エサに食いついてしまえばそのまま一切合切なにもかも搾り取られるに違いない!
それに彼女にだって好みとか事情とかあるだろうし・・・そう思い彼女に目を向けると不安そうな、しかしなにかを期待するような潤んだ瞳で俺を見つめていた。
ああっ、しかしエサはうまそうだ!
ゴクリ、と唾を飲み込んだその時
―ガララ―
「おい、番台ほっぽりだして何やってんだ」
低い男の声が響いた。
その後事情を察した旦那さんはお詫びにとドリンクのチケットひと束を置き、女将さんを引きずって去って行った。
残された俺と彼女のふたり。
微妙な空気にふたりとも沈黙してしまう。
何か言え、何か言うんだ俺! このまま黙っていたら彼女とはこれっきりになってしまう!
しかし女の子にかける言葉なんて俺の人生経験ではーー
そうだ、水ぶっかけたりしたお詫びに今度食事おごりますとかでもいいじゃないか。
よし!
意を決して口を開く。
「あ、「あの!」
先をコサレタヨ・・・
「今度、一緒に壺湯に行きませんか···?」
一瞬言葉の意味を考える。答えはもちろん
「いいですとも!」
ー蛇足ー
「でもその前に着替えた方がいいかな。○○透けたままだし」
「え? ······ひゃあああ!?」(気づいた)
ーおまけー
彼女とふたり、体をベンチに横たえて眼前に広がる砂の海をながめる。
「・・・」
「・・・」
「あ」
「?」
「いま、クジラがジャンプしなかった? ほんの一瞬」
「なに言ってるんです、そんなわけないじゃないですか···。
クジラは彗星みたいにギーギーフーって飛ぶんですよ」
「あ、そっか。クジラはもっとパーって光るもんな」
・・・・・・
・・・・・
・・・・
・・・
「ととのいました」
「はい」
「魔物娘の愛情とかけて壺湯と解きます」
「その心は?」
「どちらも溢れんばかりでしょう」
おしまい
21/03/01 02:50更新 / なげっぱなしヘルマン
戻る
次へ