ポットの魔人
年の瀬も近づき、日の落ちた家路を歩く俺の手には、小さな荷物があった。
なんてことは無い保温ポットだったが、仕事のメドがついたことでの自分へのささやかなご褒美のつもりだった。
アパートに着いて早々、買ってきたポットを使ってみる。
あ〜、あったかい。
お湯を入れたポットからは、ほんのりと人肌のような温かさを感じた。
・・・
あれ? 保温ポットが暖かくっちゃあダメじゃないのか?
さては不良品をつかまされたかと軽いショックを受けながらも、冷えた手は自然にぬくもりを求めて、断熱できない保温ポットをさすっていた。
その時、
ポフン
「呼ばれて飛び出て、ポットの魔人、いま参上! さあ、あなたの願いはなーに?」
「・・・」
ポットのフタが開き、煙とともにアラビヤンな服装の少女が飛び出してきた。
「あれ、ちょっと聞こえてる? もしもーし(コンコン)」
「ああ、はい、聞こえてます・・・」
あまりのことに放心していたら頭を小突かれた。
「よかった。それじゃあ願いごとを言って。なんでもひとつだけ叶えちゃうよ!」
これは、つまりあれか、絵本とかで見た魔法のランプ的な。
ん? 今なんでもって言った? そうするとあれとかそれとか・・・望みなんていくらでもあるぞ! まさか自分にそんなチャンスがめぐって来るとは!
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「ウンわかった!」
・
・
・
「よし決まったぞ!俺の望みは──」
「はい、じゃあ願い叶えたから帰るね。でも『ちょっと待つ』のが願いなんて、お兄さん欲がないね。そんじゃあねー」
ポフン
「・・・」
小さな音とともに少女は消えた。そして、冷たくなったポットを何度さすっても、少女は二度と現れなかった。
〜Take2〜
「呼ばれて飛び出て、我、参上! あなたの願い事、なんでもひとつ叶えちゃうよ!」
これはあれか、絵本とかで見た魔法のランプ的な。
・・・でもなあ、よくよく考えたら魔法で叶えて欲しいものなんて、別にないんだよなあ。そりゃ貧乏だけど、身の丈にあった生活してるからこれといって不満があるわけじゃないし・・・。
あ、そうだ。よくあるお約束のやつ、あれ願ったらどういう反応するんだろう。
思いっきり拒否られても話のネタにぐらいはなるかな?
「俺の願い、それは」
「それは?」
「魔人よ、俺の下僕となって、未来永劫俺の願いを叶え続けろ!」
「おっけー♪」
「え?」
「それじゃあ、末永くよろしくね? だ・ん・な・さ・ま♪」
え? え?
〜Take3〜
「呼ばれて飛び出てジン・オブザ・ジャーン! あなたの願い事、なんでもひとつ叶えちゃうよ! あ、でもルールとして願い事の数は増やせないよ。それと──」
・人殺しは不可
・他人を操るなどは不可
・死人を生き返らせるのも不可
以上のルールを魔人は提示した。なるほど、これなら無茶苦茶な願いは叶えられないわけだ。
魔人の世界もうまく出来てるもんだな。
「んー・・・、これは願いじゃなくて質問なんだけど、つまりどういうことができるの?」
「私にできることならなんでもできるよ!」
その“私にできること”の内容を知りたいんだが・・・。そういえば昔見たアニメでは、魔法の力でお姫様と結婚してたな。
お姫様か・・・
その時、俺の脳裏に一人の女性の姿が浮かんだ。
高校の時の同級生・リリ村さん。
本人は強く否定していたが、どこかの小国のお姫様だと皆から噂されていた。現に俺は一度だけ、学校の裏に馬車が迎えに来ていたのを見たことがある。いったい道交法はどうなってるんだ。
また彼女は誰もが振り返るような美しさと、どんな人にも分けへだてなく接する優しさをあわせ持った、まさに女神と呼ぶべき人だった。
そのため我が母校の男子生徒(及び女子生徒の一部)は、みんな一度はリリ村さんに恋をすると言われたものだ。
そしてそれは当然俺にも当てはまるわけで・・・
た、例えばの話だが・・・この魔人に願えば俺が、リリ村さんとこここ、恋人になっちゃったりなんてしないわけでもないとかそんなゆめまぼろしのごとくなりといえなくもない願いが、叶っちゃったりするんだろうかっ!
「あー、オホン。そ、それじゃあさ、例えば俺が、“お姫様と結婚したい”って願えば、君の魔法でなんとかしてくれちゃったりとか、するわけ?」
「お姫様ぁ? うーん、お姫様は無理だけど・・・“お姫様のような女性”なら叶えられるよ」
“お姫様のような女性”? なんだその“○○○のようなもの”のような女性は。
ああ、でも人を操るのは不可って言ってたし、リリ村さんみたいな女性なら、すでに恋人とか許婚とかいるのかもしれないな・・・
「じゃあその願いでいいね? パッピロポッピロプルルンポン!」
「え、おいちょっと待て」
沈黙を承諾と受け取ったのか、いきなり呪文?をとなえだす魔人。
「ムーン・プラズマ・ウェイクアーップ! お姫様みたいな女性にな〜あれっ!」
魔人の腰の壺から光があふれ、視界を覆う。
「うおっ、まぶしっ!」
光がおさまるとそこには、アラビヤ〜ンなお姫様っぽい格好をした魔人が立っていた。
「ウフッ、どう? お姫様っぽいでしょ?」
「エエ、ハイ。・・・でも、なんで君がお姫様の格好になるの?」
「ええ〜、それを女の子に言わせるの〜?」
もじもじクネクネしながらこちらをチラチラ見る魔人。
なんだろう、小学生の姪っ子と話してるとこんな感じの時あるな。
“えー? 叔父さんMMOP(モーモーオッパイ)知らないの〜? おっくれてるぅ〜。知りたいぃ? えーどうしよっかな〜? 教えてあげよっかな〜?”
正直イラッとするが、話に付き合わないととたんに機嫌悪くなるからな。(そして姉貴に怒られる)
目の前の少女も、“魔人”とはいっても見た目相応の精神年齢なのかもしれない。
「それはね・・・」
「うん、それは?」
ならば話に付き合ってあげるのが大人の対応というやつだ。やれやれ。
「お前が王子様になるんだよオ!(ガバッ)」
〜Take4〜
へんな夢を見た。
アラビヤンなお姫様の格好をした少女に襲われる夢だった。
「そりゃひどい夢だったね。ところであなたの願い事、なんでもひとつ叶えちゃうよ! ただし私にできる範囲でね!」
と言われてもなあ、よくよく考えたら魔法で叶えて欲しいものなんて、別にないんだよなあ。そりゃ貧乏だけど、これといって不満があるわけじゃないし・・・。
そういえば昔読んだ絵本では、最初に魔人に頼んだのは“おいしい食べ物”だったっけ。絵本のごちそうの絵を見ながら、どんな味か想像したのは懐かしい思い出だ。
・・・最近忙しくてコンビニ弁当ばかりだし、久しぶりになにか旨いもの食べるのもいいか。
「よし、それじゃあ願い事だ。“なにかおいしい食べ物を食べたい”」
「えらく漠然とした願いだね。え〜でも料理かぁ。ん〜・・・まあいいか。その願い、叶えてしんぜよう」
そう言って魔人はトコトコと部屋の隅に歩いていき、冷蔵庫をガチャリと開けた。
「なんだ、何もないじゃん」
何をしてるんだお前は。
「何って、冷蔵庫の食材チェック。料理するんだから当然でしょ」
「えっ、料理するの? 君が?」
こんなに小さい子が料理できるのか?・・・ってそうじゃなくて。
「あなたがそれを望んだんでしょ? あ、それとも一緒に料理して同棲気分に浸りたいとか? まあ、そうしたいっていうなら、私は別にかまわないけど」
「いやそうじゃなくて、てっきり魔法でなにかすごい料理を出すのかと」
「あのね、魔法は万能じゃないの。特にこんな魔力濃度の薄い土地じゃね。魔力保存の法則って聞いたことない? つまりそういうこと。オッケー?」
「・・・? なるほど?」
よくわかるようなわからないような説明をうける。どうも思っていたような展開にはならないらしい。
「でも食材がないんじゃあねー。私のせっかくの料理スキルを発揮できると思ったのに、イヤーザンネンザンネン」
「そういや最近買い物もろくにしてなかったなあ」
正月は実家に帰る予定だったから、食料品はほとんど買ってなかったんだ。
「願い事を買い物に変える? お金くれれば買いに行ってくるよ?」
正直さっき会ったばかりの子に食費預けるのはなぁ。生活に不満はないが余裕があるわけでもない。
というかこの子を買い物に行かせるのは“はじめてのお使い”っぽくて別の意味でも不安になる。
「確か、冷蔵庫以外の食材もあったと思うんだ」
「そ、そお?」
米も切らしてたんだっけ? ・・・ああ、米は結構あるな。しかしおかずになりそうなものがさっぱり無い。
「あー、見事に米しかない」
「え、お米? ここって米食文化の国だったの?」
意外そうな顔でこちらを見る魔人。やっぱりというか、アラビヤ〜ンな見た目通りこの魔人は外国から来たようだ。
「そうだね、この国では米が主食だよ」
「ふーん、どうりで焼いたパンどころか粉も無かったわけだ。しかしまあ、よくお米なんて食べるよね」
「お米“なんて”?」
彼女のもらした言葉にひっかかるものを感じる。
オブラートに包まず言うとカチンと来た。
自分でも大人気ないと思うが、米どころ出身の人間としては仕方が無いとも思う。
「君、もしかしてお米食べたこと無いの?」
「あるよ。たまにね。でもパサパサしてて、正直パンがあるなら食べる必要ないかなあ。だいたいお米って貧しい人の食べ物でしょ?」
ぬうう、ここまでボロクソに言われては、温厚な俺でも勘弁ならん!
「そうか・・・わかった──」
「ん、どしたの?」
意を決し、魔人にゆっくりと近寄る。
小柄な彼女はこちらを見上げる。
浅黒いなめらかな肌を申し訳程度に隠す服、
健康的にくびれたお腹と、
うっすらとふくらみを感じさせる胸。
細い首には鎖骨がのぞく。
そしてつややかな唇──
「願いを変更だ! “俺の炊いたうまい飯を食え!”」
・
・
・
数十分後
「うまっ! てか甘っ! これ絶対お米じゃないよ! よく似た別の何かだよ!」
「はっはっは、そうだろうそうだろう」
とはいえここまでの反応とは思わなかったけど。
・・・いつも良い米送ってくれる実家に感謝だな。
「おかわり!」
「はいはい、まだ沢山あるからな」
〜Take5〜
「こうしてお腹いっぱいごはんを食べた魔人は、お腹がぽっこりと膨らんで、まるで妊婦さんのようになってしまいましたとさ。めでたしめでたし」
そう言って魔人は絵本を閉じた。
「いやいや、おかしいだろ。この魔人“願いを叶える”なんて言っておきながら自分がもてなされてるじゃん。ご馳走されてるじゃん」
「まあまあ、これは失敗例というわけで。・・・じゃあ説明も済んだところで、あなたの願い事、なんでもひとつ叶えちゃうよ!」
と言われてもなあ、よくよく考えても魔法で叶えて欲しいものなんて、別にないんだよなあ。今の生活にこれといって不満があるわけでもないし・・・。
「うーん別に願い事なんてないんだけど」
「えーそんなこと言わずに。なにかあるでしょ? 私にシてほしいこと」
いや特になにも・・・
その時、モデルみたいにポーズをとる魔人を見ていてある事に気付いた。
あまりの事態の異常さに気をとられていたが、魔人はその体に見合わない大きな壺を腰につけており、その壺からは手足に鎖が伸びていて、彼女が動くたびにシャラシャラと音を立てていた。
その時ふと思い出した。
ランプの魔人というのは、その昔悪事を働いたため罰としてランプに封印され、他人の願いを叶えながら永い時を過ごさなければならないのだという。
彼女もそうだという保証は無いが、それでもなにか特別な理由があってこの仕事?をしているのだろう。
そんな彼女に同情したわけじゃないが、この年の瀬に異国の空の下で働く彼女に何かしてやりたくなった。
「腹は空いてないか? といっても大したものはないが・・・」
「それよりほら、願い事! さあ、私に何をしてほしい?」
そうだった。彼女は、俺の願いを叶えるために現れたんだった。
・・・それなら、
「俺に、君の願い事をひとつ叶えさせて欲しい」
「へ?」
そんな答えは想定していなかったのだろう。ポカンとした顔をしている。
魔人が現れたとき、俺もこんな間抜けな顔をしてたんだろうか。
「え、今なんでもって言った?」
「言ってない。俺にできることで、俺がやってもいいと思うことなら」
呆けた顔でさらっと危険なセリフを言ってきやがった。
一時の感傷で悪魔(?)相手にこんな事言うのは危険だったろうかと、今更ながら後悔する。
しかしこのところ仕事に追われ、職場以外で人とまともに会話することのなかった俺は、この魔人とのひとときの会話を楽しんでいたのも事実だ。
こいつだってあまり変な願い事はしないだろう・・・たぶん。
「ちょ、ちょっと待って、今考えるから! あ、今のは願い事じゃないからね!? “ちょっと待つ”のを願い事にカウントして願いは叶えたぞ、とかナシだからね!?」
「わかってる。ゆっくり考えていい」
そんな卑劣なことをするか。俺をどんな人間だと思ってるんだ。
こいつもしや・・・
「よし、それじゃあ未来永劫私n」
「あんまりふざけたこと言うと願いを“タンスの角に小指ぶつけろ”にするぞ」
言うと思った。
まったく油断も隙もあったもんじゃない。
「じょ、冗談だって。どんな反応するか見たかっただけだって。ホント」
「それはよかった。もちろん俺のも冗談だ。女の子の苦しむ顔なんて見たくないからな」
「そう? それじゃ──」
「もしもの時は苦しませずひと思いにだな」
「ストーップ!オッケーわかった!真面目に考えるから! もうちょっとだけ待ってて!」
「はいはい」
〜数十分後〜
「よし、決まった!(ババーン)」
「では聞こう。汝が願いを言ってみよ!(デーン)」
意を決して立ち上がり、キメ顔で振り返る魔人と、腕組み仁王立ちでそれを見下ろす俺。
待つ間に撮り溜めたアニメを見ていたので、二人とも妙なテンションになっていた。
「私の願い、それは!」
「それは!?」
威勢よく叫ぶ魔人。応える俺。
さあ来いモンキー野郎ども! ここが俺たちの死に場所だ!
・・・と思いきや
「え、えっと、そのー、」
とたんに勢いを無くし、うつむいてモジモジしはじめる魔人。
どうしたのかといぶかしげに見つめていると、
赤く染まった頬でこちらを見上げ、
「私の、願いはね──」
めでたしめでたし
─────────────────────────
おまけ
その後、魔人と帰省しました。
正直どうなることかと思ったけれど、
「うまー!(>υ<)」
『おもちを食べるのは初めてかい?』
『お汁粉もお食べ』
「あまー!(>v<)」
魔人はじじばばのアイドルになっていた。
『おせちもあるからね』
「しょっぱー!(>х<)」
魚介系はダメだったか。
しかし・・・
『しかしまさかケンジがねえ』
『ああ、いつまでも浮いた話のひとつも無いと思っていたが』
『これでハタナカの家も安泰じゃ』
どうも厄介な誤解が発生しているようだ。
『まさか嫁の前に孫を連れてくるとは』
めでたしめでたし
なんてことは無い保温ポットだったが、仕事のメドがついたことでの自分へのささやかなご褒美のつもりだった。
アパートに着いて早々、買ってきたポットを使ってみる。
あ〜、あったかい。
お湯を入れたポットからは、ほんのりと人肌のような温かさを感じた。
・・・
あれ? 保温ポットが暖かくっちゃあダメじゃないのか?
さては不良品をつかまされたかと軽いショックを受けながらも、冷えた手は自然にぬくもりを求めて、断熱できない保温ポットをさすっていた。
その時、
ポフン
「呼ばれて飛び出て、ポットの魔人、いま参上! さあ、あなたの願いはなーに?」
「・・・」
ポットのフタが開き、煙とともにアラビヤンな服装の少女が飛び出してきた。
「あれ、ちょっと聞こえてる? もしもーし(コンコン)」
「ああ、はい、聞こえてます・・・」
あまりのことに放心していたら頭を小突かれた。
「よかった。それじゃあ願いごとを言って。なんでもひとつだけ叶えちゃうよ!」
これは、つまりあれか、絵本とかで見た魔法のランプ的な。
ん? 今なんでもって言った? そうするとあれとかそれとか・・・望みなんていくらでもあるぞ! まさか自分にそんなチャンスがめぐって来るとは!
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「ウンわかった!」
・
・
・
「よし決まったぞ!俺の望みは──」
「はい、じゃあ願い叶えたから帰るね。でも『ちょっと待つ』のが願いなんて、お兄さん欲がないね。そんじゃあねー」
ポフン
「・・・」
小さな音とともに少女は消えた。そして、冷たくなったポットを何度さすっても、少女は二度と現れなかった。
〜Take2〜
「呼ばれて飛び出て、我、参上! あなたの願い事、なんでもひとつ叶えちゃうよ!」
これはあれか、絵本とかで見た魔法のランプ的な。
・・・でもなあ、よくよく考えたら魔法で叶えて欲しいものなんて、別にないんだよなあ。そりゃ貧乏だけど、身の丈にあった生活してるからこれといって不満があるわけじゃないし・・・。
あ、そうだ。よくあるお約束のやつ、あれ願ったらどういう反応するんだろう。
思いっきり拒否られても話のネタにぐらいはなるかな?
「俺の願い、それは」
「それは?」
「魔人よ、俺の下僕となって、未来永劫俺の願いを叶え続けろ!」
「おっけー♪」
「え?」
「それじゃあ、末永くよろしくね? だ・ん・な・さ・ま♪」
え? え?
〜Take3〜
「呼ばれて飛び出てジン・オブザ・ジャーン! あなたの願い事、なんでもひとつ叶えちゃうよ! あ、でもルールとして願い事の数は増やせないよ。それと──」
・人殺しは不可
・他人を操るなどは不可
・死人を生き返らせるのも不可
以上のルールを魔人は提示した。なるほど、これなら無茶苦茶な願いは叶えられないわけだ。
魔人の世界もうまく出来てるもんだな。
「んー・・・、これは願いじゃなくて質問なんだけど、つまりどういうことができるの?」
「私にできることならなんでもできるよ!」
その“私にできること”の内容を知りたいんだが・・・。そういえば昔見たアニメでは、魔法の力でお姫様と結婚してたな。
お姫様か・・・
その時、俺の脳裏に一人の女性の姿が浮かんだ。
高校の時の同級生・リリ村さん。
本人は強く否定していたが、どこかの小国のお姫様だと皆から噂されていた。現に俺は一度だけ、学校の裏に馬車が迎えに来ていたのを見たことがある。いったい道交法はどうなってるんだ。
また彼女は誰もが振り返るような美しさと、どんな人にも分けへだてなく接する優しさをあわせ持った、まさに女神と呼ぶべき人だった。
そのため我が母校の男子生徒(及び女子生徒の一部)は、みんな一度はリリ村さんに恋をすると言われたものだ。
そしてそれは当然俺にも当てはまるわけで・・・
た、例えばの話だが・・・この魔人に願えば俺が、リリ村さんとこここ、恋人になっちゃったりなんてしないわけでもないとかそんなゆめまぼろしのごとくなりといえなくもない願いが、叶っちゃったりするんだろうかっ!
「あー、オホン。そ、それじゃあさ、例えば俺が、“お姫様と結婚したい”って願えば、君の魔法でなんとかしてくれちゃったりとか、するわけ?」
「お姫様ぁ? うーん、お姫様は無理だけど・・・“お姫様のような女性”なら叶えられるよ」
“お姫様のような女性”? なんだその“○○○のようなもの”のような女性は。
ああ、でも人を操るのは不可って言ってたし、リリ村さんみたいな女性なら、すでに恋人とか許婚とかいるのかもしれないな・・・
「じゃあその願いでいいね? パッピロポッピロプルルンポン!」
「え、おいちょっと待て」
沈黙を承諾と受け取ったのか、いきなり呪文?をとなえだす魔人。
「ムーン・プラズマ・ウェイクアーップ! お姫様みたいな女性にな〜あれっ!」
魔人の腰の壺から光があふれ、視界を覆う。
「うおっ、まぶしっ!」
光がおさまるとそこには、アラビヤ〜ンなお姫様っぽい格好をした魔人が立っていた。
「ウフッ、どう? お姫様っぽいでしょ?」
「エエ、ハイ。・・・でも、なんで君がお姫様の格好になるの?」
「ええ〜、それを女の子に言わせるの〜?」
もじもじクネクネしながらこちらをチラチラ見る魔人。
なんだろう、小学生の姪っ子と話してるとこんな感じの時あるな。
“えー? 叔父さんMMOP(モーモーオッパイ)知らないの〜? おっくれてるぅ〜。知りたいぃ? えーどうしよっかな〜? 教えてあげよっかな〜?”
正直イラッとするが、話に付き合わないととたんに機嫌悪くなるからな。(そして姉貴に怒られる)
目の前の少女も、“魔人”とはいっても見た目相応の精神年齢なのかもしれない。
「それはね・・・」
「うん、それは?」
ならば話に付き合ってあげるのが大人の対応というやつだ。やれやれ。
「お前が王子様になるんだよオ!(ガバッ)」
〜Take4〜
へんな夢を見た。
アラビヤンなお姫様の格好をした少女に襲われる夢だった。
「そりゃひどい夢だったね。ところであなたの願い事、なんでもひとつ叶えちゃうよ! ただし私にできる範囲でね!」
と言われてもなあ、よくよく考えたら魔法で叶えて欲しいものなんて、別にないんだよなあ。そりゃ貧乏だけど、これといって不満があるわけじゃないし・・・。
そういえば昔読んだ絵本では、最初に魔人に頼んだのは“おいしい食べ物”だったっけ。絵本のごちそうの絵を見ながら、どんな味か想像したのは懐かしい思い出だ。
・・・最近忙しくてコンビニ弁当ばかりだし、久しぶりになにか旨いもの食べるのもいいか。
「よし、それじゃあ願い事だ。“なにかおいしい食べ物を食べたい”」
「えらく漠然とした願いだね。え〜でも料理かぁ。ん〜・・・まあいいか。その願い、叶えてしんぜよう」
そう言って魔人はトコトコと部屋の隅に歩いていき、冷蔵庫をガチャリと開けた。
「なんだ、何もないじゃん」
何をしてるんだお前は。
「何って、冷蔵庫の食材チェック。料理するんだから当然でしょ」
「えっ、料理するの? 君が?」
こんなに小さい子が料理できるのか?・・・ってそうじゃなくて。
「あなたがそれを望んだんでしょ? あ、それとも一緒に料理して同棲気分に浸りたいとか? まあ、そうしたいっていうなら、私は別にかまわないけど」
「いやそうじゃなくて、てっきり魔法でなにかすごい料理を出すのかと」
「あのね、魔法は万能じゃないの。特にこんな魔力濃度の薄い土地じゃね。魔力保存の法則って聞いたことない? つまりそういうこと。オッケー?」
「・・・? なるほど?」
よくわかるようなわからないような説明をうける。どうも思っていたような展開にはならないらしい。
「でも食材がないんじゃあねー。私のせっかくの料理スキルを発揮できると思ったのに、イヤーザンネンザンネン」
「そういや最近買い物もろくにしてなかったなあ」
正月は実家に帰る予定だったから、食料品はほとんど買ってなかったんだ。
「願い事を買い物に変える? お金くれれば買いに行ってくるよ?」
正直さっき会ったばかりの子に食費預けるのはなぁ。生活に不満はないが余裕があるわけでもない。
というかこの子を買い物に行かせるのは“はじめてのお使い”っぽくて別の意味でも不安になる。
「確か、冷蔵庫以外の食材もあったと思うんだ」
「そ、そお?」
米も切らしてたんだっけ? ・・・ああ、米は結構あるな。しかしおかずになりそうなものがさっぱり無い。
「あー、見事に米しかない」
「え、お米? ここって米食文化の国だったの?」
意外そうな顔でこちらを見る魔人。やっぱりというか、アラビヤ〜ンな見た目通りこの魔人は外国から来たようだ。
「そうだね、この国では米が主食だよ」
「ふーん、どうりで焼いたパンどころか粉も無かったわけだ。しかしまあ、よくお米なんて食べるよね」
「お米“なんて”?」
彼女のもらした言葉にひっかかるものを感じる。
オブラートに包まず言うとカチンと来た。
自分でも大人気ないと思うが、米どころ出身の人間としては仕方が無いとも思う。
「君、もしかしてお米食べたこと無いの?」
「あるよ。たまにね。でもパサパサしてて、正直パンがあるなら食べる必要ないかなあ。だいたいお米って貧しい人の食べ物でしょ?」
ぬうう、ここまでボロクソに言われては、温厚な俺でも勘弁ならん!
「そうか・・・わかった──」
「ん、どしたの?」
意を決し、魔人にゆっくりと近寄る。
小柄な彼女はこちらを見上げる。
浅黒いなめらかな肌を申し訳程度に隠す服、
健康的にくびれたお腹と、
うっすらとふくらみを感じさせる胸。
細い首には鎖骨がのぞく。
そしてつややかな唇──
「願いを変更だ! “俺の炊いたうまい飯を食え!”」
・
・
・
数十分後
「うまっ! てか甘っ! これ絶対お米じゃないよ! よく似た別の何かだよ!」
「はっはっは、そうだろうそうだろう」
とはいえここまでの反応とは思わなかったけど。
・・・いつも良い米送ってくれる実家に感謝だな。
「おかわり!」
「はいはい、まだ沢山あるからな」
〜Take5〜
「こうしてお腹いっぱいごはんを食べた魔人は、お腹がぽっこりと膨らんで、まるで妊婦さんのようになってしまいましたとさ。めでたしめでたし」
そう言って魔人は絵本を閉じた。
「いやいや、おかしいだろ。この魔人“願いを叶える”なんて言っておきながら自分がもてなされてるじゃん。ご馳走されてるじゃん」
「まあまあ、これは失敗例というわけで。・・・じゃあ説明も済んだところで、あなたの願い事、なんでもひとつ叶えちゃうよ!」
と言われてもなあ、よくよく考えても魔法で叶えて欲しいものなんて、別にないんだよなあ。今の生活にこれといって不満があるわけでもないし・・・。
「うーん別に願い事なんてないんだけど」
「えーそんなこと言わずに。なにかあるでしょ? 私にシてほしいこと」
いや特になにも・・・
その時、モデルみたいにポーズをとる魔人を見ていてある事に気付いた。
あまりの事態の異常さに気をとられていたが、魔人はその体に見合わない大きな壺を腰につけており、その壺からは手足に鎖が伸びていて、彼女が動くたびにシャラシャラと音を立てていた。
その時ふと思い出した。
ランプの魔人というのは、その昔悪事を働いたため罰としてランプに封印され、他人の願いを叶えながら永い時を過ごさなければならないのだという。
彼女もそうだという保証は無いが、それでもなにか特別な理由があってこの仕事?をしているのだろう。
そんな彼女に同情したわけじゃないが、この年の瀬に異国の空の下で働く彼女に何かしてやりたくなった。
「腹は空いてないか? といっても大したものはないが・・・」
「それよりほら、願い事! さあ、私に何をしてほしい?」
そうだった。彼女は、俺の願いを叶えるために現れたんだった。
・・・それなら、
「俺に、君の願い事をひとつ叶えさせて欲しい」
「へ?」
そんな答えは想定していなかったのだろう。ポカンとした顔をしている。
魔人が現れたとき、俺もこんな間抜けな顔をしてたんだろうか。
「え、今なんでもって言った?」
「言ってない。俺にできることで、俺がやってもいいと思うことなら」
呆けた顔でさらっと危険なセリフを言ってきやがった。
一時の感傷で悪魔(?)相手にこんな事言うのは危険だったろうかと、今更ながら後悔する。
しかしこのところ仕事に追われ、職場以外で人とまともに会話することのなかった俺は、この魔人とのひとときの会話を楽しんでいたのも事実だ。
こいつだってあまり変な願い事はしないだろう・・・たぶん。
「ちょ、ちょっと待って、今考えるから! あ、今のは願い事じゃないからね!? “ちょっと待つ”のを願い事にカウントして願いは叶えたぞ、とかナシだからね!?」
「わかってる。ゆっくり考えていい」
そんな卑劣なことをするか。俺をどんな人間だと思ってるんだ。
こいつもしや・・・
「よし、それじゃあ未来永劫私n」
「あんまりふざけたこと言うと願いを“タンスの角に小指ぶつけろ”にするぞ」
言うと思った。
まったく油断も隙もあったもんじゃない。
「じょ、冗談だって。どんな反応するか見たかっただけだって。ホント」
「それはよかった。もちろん俺のも冗談だ。女の子の苦しむ顔なんて見たくないからな」
「そう? それじゃ──」
「もしもの時は苦しませずひと思いにだな」
「ストーップ!オッケーわかった!真面目に考えるから! もうちょっとだけ待ってて!」
「はいはい」
〜数十分後〜
「よし、決まった!(ババーン)」
「では聞こう。汝が願いを言ってみよ!(デーン)」
意を決して立ち上がり、キメ顔で振り返る魔人と、腕組み仁王立ちでそれを見下ろす俺。
待つ間に撮り溜めたアニメを見ていたので、二人とも妙なテンションになっていた。
「私の願い、それは!」
「それは!?」
威勢よく叫ぶ魔人。応える俺。
さあ来いモンキー野郎ども! ここが俺たちの死に場所だ!
・・・と思いきや
「え、えっと、そのー、」
とたんに勢いを無くし、うつむいてモジモジしはじめる魔人。
どうしたのかといぶかしげに見つめていると、
赤く染まった頬でこちらを見上げ、
「私の、願いはね──」
めでたしめでたし
─────────────────────────
おまけ
その後、魔人と帰省しました。
正直どうなることかと思ったけれど、
「うまー!(>υ<)」
『おもちを食べるのは初めてかい?』
『お汁粉もお食べ』
「あまー!(>v<)」
魔人はじじばばのアイドルになっていた。
『おせちもあるからね』
「しょっぱー!(>х<)」
魚介系はダメだったか。
しかし・・・
『しかしまさかケンジがねえ』
『ああ、いつまでも浮いた話のひとつも無いと思っていたが』
『これでハタナカの家も安泰じゃ』
どうも厄介な誤解が発生しているようだ。
『まさか嫁の前に孫を連れてくるとは』
めでたしめでたし
17/01/17 01:00更新 / なげっぱなしヘルマン
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