八日目『新しい週だけど不安がいっぱい!?』
[ガーゴイル寮、大浴場]
「・・・お、終わったぁ・・・」
大浴場の中から、ヘロヘロに疲れたベルンが出てきた。
朝の4時から大浴場の掃除をしており、やっと終わった今、すでに時計は7時を回っていた。
「真面目にやったようだね。ご苦労様、ベルンくん」
「・・・台座ごと移動できるんですか?」
「ははは。この台座は移動式なのさ。さて、今日はもう終わりだけど、君の部屋に、今日の朝に配られるものがある。早く行って確認しなさいな」
「あ、はい・・・お疲れさまです」
「授業、寝るんじゃないよ」
(正直、厳しいなぁ・・・)
そんなことを思いながら、ベルンは部屋へと戻った。
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戻ってきたベルンは、小包が部屋のベッドに置いてあるのに気づいた。
「・・・なんだこりゃ?」
ベルンが小包を開けてみると、一冊の手帳サイズの本と片手に収まる小さな端末が入っていた。本の表紙には『携帯型魔術式通信端末、ケータイの使い方』と書いてあった。
「通信端末?」
ベルンがページをめくり、中身を読み始めた。
「えーと・・・『この製品は、学内で友人たちや教師と連絡を取る際に使用できます。使用方法は…』・・・へぇ・・・」
ベルンが適当に読み解いたところ、この通信端末、ケータイには固定番号があり、その番号を打ち込むと通話できるようだ。ただし、通信できるのは学内、寮内のみらしい。
「なるほどな・・・こんなん、生徒全員に配ってんのか?・・・あ、そろそろメシに行くか・・・」
『新入生はこれからこれを常備のこと』という但し書きに従い、ベルンはケータイをズボンのポケットにいれて部屋を出た。
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[巨大食堂『もふもふ亭』]
そこでベルンは、一組の男女がテーブルに突っ伏しているのを発見した。
「・・・大丈夫か、ロック?」
「・・・答えは・・・ノーだ」
男はロックだった。もう彼がいるということは、もう一人が誰か、自明の理であろう。
「・・・バルフォスも、大丈夫じゃなさそうだな」
「・・・黙れ人間・・・殺すぞ・・・」
ベルンはため息を吐いて、手に持ったトレイを置いて同じテーブルについた。
「なんでそんな疲れてるんだよ?寝れなかったのか?」
「・・・わからん・・・なんかしんどい・・・」
「・・・我は・・・魔力が・・・回復せん・・・何故、何故なのだ・・・」
朝食も食べずにぐったりする二人を前に、ベルンはサンドイッチを頬張った。
「・・・予想はできるが・・・やっぱ、寝なかったんだな。性的な意味で」
『当たり前だ!!!』
ベルンの一言に、ロックとバルフォスが声を大にして起き上がった。ベルンが驚いてビクリと肩を跳ねさせたが、二人は気にせず離し続けた。
「なんでこんなチビとヤらなけりゃいかんのだ!?俺が童貞を捨てる相手はムチムチボインのお姉様と決めている!!」
「こっちとて願い下げじゃ!貴様と同衾するくらいならスライムと同衾するわい!!」
「んだとテメコラ俺はスライム以下だっつうのか!?」
「当たり前じゃこのど低能が!人間という下等種に生まれた時点で貴様の価値などそこらに生える苔以下じゃ!!」
「いい度胸だテメェ、こうしてやる!!」
「こりゃきはまらにをひゅるいはははははは!」
ロックがバルフォスの頬を引っ張り、バルフォスは涙目になりながらぺしぺしとロックの腕を叩いて反抗した。
「・・・仲良しだな、お前ら」
「どこが!?」
「ろほは!?」(どこが!?)
「ははは・・・」
ちょっとした茶々に敏感に反応した二人に、ベルンは軽く笑った。そのとき、視界のはしに見えた人影に、ベルンはハッとした。
「・・・・・・」
そこには、トレイを持ってベルンを見る、サティアがいた。
「サティ・・・」
「・・・」(ぷいっ)
「あ・・・」
ベルンが立ち上がってサティアを呼ぼうとした瞬間、サティアはそっぽを向いて遠ざかってしまった。追いかけようにも、ベルンとサティアの間にはテーブルや椅子が多く、さらに人が座っていたため、追いかけられなかった。
あっという間にするすると遠ざかり、人ごみに紛れたサティアを見て、ベルンはひとつため息を漏らした。
「・・・はぁ」
「おい?どうした?サティアちゃんと、なんかあったのか?」
「いや・・・なんでもない」
「・・・あ、ベルン。お前、ケータイあるか?」
そう言ったロックは、カバンから取り出したノートを破り、紙切れに番号を書いた。
「これ、俺のケータイの番号だからよ。なんかあったら連絡しろよ」
「・・・サンキュ」
ここでは話しにくい事柄なんだと思ったようだ。ベルンはロックから番号を受け取り、ケータイの番号を交換した。
[ロックと通信できるようになりました]
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[廊下]
「あ!ベルンくん!」
盗賊学科の教室へ向かう途中に、ベルンはクラリアに声をかけられた。
「よかった。探してたのよ。ベルンくんのこと」
「・・・俺を?」
「えぇ、はい♥」
にっこりと笑ったクラリアが、可愛いピンク便箋の紙を渡した。
「・・・これは?」
「私のケータイの番号。いつでも連絡して?授業中以外なら、必ずとるから♥」
「え、あ、おぅ・・・」
「じゃ、授業、頑張ってね♥」
去り際に小さく投げキッスしてから、クラリアは急ぎ目に走っていった。クラリアの教室は少し遠いのだ。
「・・・なんでわざわざ・・・ま、いっか」
ベルンは手早く番号の書いた紙をしまうと、教室へ向かった。
・・・周りの同学年の男子の嫉妬の目を無視して。
[クラリアと通信できるようになりました]
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[盗賊学科の教室]
「いい人ーっ!番号こーかんしよーっ!」
教室に入った途端、ラトラがベルンの身体に飛びついてへばりつき、明るい声で言った。
「お前もかよ・・・わかったわかった。教えてやるから、俺の身体から離れろ」
「はーい」
ゆっくりとラトラが降り、ラトラが自分の席について目をキラキラさせる。
「早く!は〜やく!」
「はいはい・・・ほら、俺の番号」
「わぁい!あ、これ、ラトラの番号!」
「はいはい・・・」
やけにウキウキしているラトラがケータイをいじって番号を登録する様を見て、ベルンは小さくため息をついた。
(・・・サティア、どうするかなぁ・・・)
[ラトラと通信できるようになりました]
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『リーフ先生の盗賊学科・午前』
[真面目に勉強した!]
[俊敏習熟度+1]
[察知習熟度+1]
[隠密習熟度+1]
[罠についての知識を深めた!]
[ラトラを4回起こした]
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「・・・では、本日の午前授業はこれで終了とする」
リーフの一言に、生徒の緊張が解け、みんながぐだりとしたりしゃべり始めた。
「全員、授業は終わると言ったが、解散とは言ってない。席に戻り、静粛にしなさい」
リーフの一言に、生徒たちが慌てて姿勢を正す。ちなみにベルンは・・・
「ラトラ!起きろっつの!まだ終わってないぞ!」
「むにゅむにゅ・・・」
相変わらずラトラを起こしていた。
そのうちにリーフ先生は黒板に番号を書いた。
「これは私の通信端末の番号だ。なにか質問がある者や、連絡したいことがある者はここに連絡しなさい。私の手が空いていれば、対応する。では、解散」
そう言ってやっと、リーフ先生は荷物を纏めて、教室を出て行った。
生徒はやっとみんな力を抜き、疲れたようにぐだる者に部屋を出て行く者、さっそく番号をメモる者と様々だった。
「・・・ラトラ?俺は行くからな〜?次の授業、遅れるなよ?」
「むにゃむにゃ・・・へぁ〜い・・・」
「・・・本当に応えてるのか、寝言か、悩むところだな・・・」
そうして、ベルンは教室を出て行こうとした。
が、出たところで、リーフ先生が仁王立ちしていた。
「うっ?・・・リーフ先生どうしました?」
「ベルン・トリニティ。ラトラはどうした?」
「・・・あ〜・・・中で、寝てますよ」
「そうか。礼を言う」
そう言って、リーフ先生は再度部屋へ入っていった。
「・・・俺、知〜らね」
そうつぶやいてから、ベルンは賢者学科の教室に向かった。
(やぁぁぁ・・・たぁすぅけぇてぇ・・・)
[リーフ先生と通信できるようになりました]
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[賢者学科の教室]
「あ、ベルンさん」
「久しぶり〜。ベルンく〜ん♪」
ベルンが賢者学科に行くと、ネフィアとミルキィがしゃべっている席を見つけ、隣の空席に腰を下ろした。
「ベルンさん、通信端末、もらいました?」
「あぁ、朝に放り込まれてた」
「ホント〜?じゃあじゃあ、三人で番号交換しよ〜♪」
そう言われたベルンは、ふたりに番号を教え、ベルンも、二人の番号を教えてもらった。
「えへへ♪気軽に連絡してね〜♥」
「はい、是非・・・」
そのとき、ハッと気づいたベルンはチラリと後ろを見た。
(あ、あの小僧、ミルキィ様の番号を!?)
(うぉのぉれぇ・・・我々の目の前で堂々とぉ・・・)
(・・・万死に値するわね・・・)
自称ミルキィ様親衛隊の面々が、ベルンを睨んでいた。
「・・・ミルキィ姉さんにも都合があるでしょうから自重させていただきます」
「えぇ〜?私はいつでもいいのに〜・・・」
ぶーたれるミルキィだったが、ベルンは内心、ガチで後ろ三人に襲われないかビビっていた。
[ネフィアと通信できるようになりました]
[ミルキィと通信できるようになりました]
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『ミミル先生の賢者学科・午前』
[真面目に勉強した!]
[知識習熟度+1]
[モンスターについての知識を深めた!]
[調合についての知識を深めた!]
[ネフィアは真面目に勉強していた]
[ミルキィに寄りかかられた]
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「はーい!今日の授業はここまでですが、最後に連絡事項がありまーす!先生のケータイ番号でーす!」
ミミル先生はチョークを持って黒板に番号を書いていく。多くの生徒が、それをメモするなりケータイに記録するなりしていた。
「皆さん、なにか質問があったら、ここに連絡してくださいねー!ただ、私はケータイを持ち運べないので、放課後に返答すると思いまーす!それじゃ、お昼休みでーす!」
ミミル先生が言うと、多くの生徒が慌てて食堂へ向かい始める。いっぱいになる前に席を取らねばと急いでいるのだが・・・
「・・・あれ〜?ベルンくん、行かないの〜?」
「え、あ、あぁ・・・ちょっと、食欲無くて・・・」
「そうなの〜?う〜ん・・・ごめんね?雪ちゃんが待ってるから、行かなきゃ〜・・・ごめんね?」
「いえ、気にしないでください・・・ネフィアも、またな」
「はい・・・体調、気をつけてくださいね?」
「あぁ、サンキュ」
ベルンは、嘘まで吐いて食堂に行くのをためらった。
(・・・今のタイミングで行くと、サティアと出くわしそうだしな・・・)
ベルンは、一人でふらふらと教室を出て行った。
[ミミル先生と通信できるようになりました]
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教室を出たベルンは、ふらふらと学校を彷徨っていた。
「・・・食堂以外のメシの場所、調べとくんだったな・・・」
そろそろ腹がなりそうなくらい空腹感が強くなってきたとき。ふと、店の看板がベルンの目に入った。
「ん・・・お?『ジパング…交流…』なんだこれ???」
看板には『ジパング交流喫茶』とジパングの文字で書かれていたのだが、ベルンは『喫茶』という字が読めなかった。しかし、看板横に食事メニューがあったので、なんとか飲食店であることは理解できた。
「・・・入ってみるか」
食堂に行く気にもなれないベルンは、そこの暖簾をくぐった。
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「いらっしゃいま・・・ありゃ?あんさん、食堂やないんかい?」
暖簾の奥には、茜がいた。ベルンはいきなり嫌な予感を感じ、くるりと踵を返した。
「ちょちょちょ、待ちぃな!せっかく来たんやし、茶でもしばいていきぃや」
「・・・ボッタクリじゃないでしょうね、ここ」
「あんさんがうちをどーゆー目で見てたかは分かったけど・・・ここはな、ジパングから来た新入生が、はよぉ学園に馴染めるように作られた喫茶店やねん。要は学校が目ぇつけとる店やねん。ボッタクリなんてできへんわ。ちなみに、うちはバイトや」
「・・・そういうことですか」
露骨にホッとするベルンだが、茜はそれよりも、ベルンの後ろを確認した。
「・・・ところで、あんさん一人?」
「え?まぁ、はい」
「ほんなら・・・悪いねんけど、相席頼めへん?」
「え?」
ベルンが中を見たが、席は満席というわけではなく、ちらほらと席が空いていた。
「いや、あのな・・・ちょこーっと陰気で弱気で臆病なジパング娘がおるんよ。ほんで、なんとか友達作ろうと来とるんやけど、弱気なせいで男にも女にも声かけられへんで困ってねん、その娘。うちからの頼みや。相席になって、おしゃべりしてくれへんか?」
「・・・俺、初対面の人が逃げ出す面ですが」
「うちの知り合いやからさ、その娘。うちの知り合いやーって言ったら、きっと平気やと思うねん。な、頼む。このとおりや」
茜は手を合わせてベルンに頼んだ。ベルンは気が進まなかったが、ここで断ったら昼飯を食いっぱぐれるような気がした。
「・・・いいですよ。それくらいなら」
「ホンマ!?ありがとさん!えー・・・お客様、一名、相席入りまーす!」
茜はそう言うと、小さくため息を吐くベルンを引っ張り、席へ向かった。
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そして、ベルンは茜について行き、席に座って真っ先に思った。
(・・・陰気で弱気で臆病とは聞いたが・・・こんな怖い女の子とは聞いてねぇぞオイ)
「・・・こ、こんにちわ」(超ひくついた笑顔)
『ギチギチギチギチィ・・・』
女の子は、上半身は陰気で、弱気で、臆病そうな女性だった。現に今、ベルンを見てびくついている。
が、下半身は巨大なムカデ。彼女の身じろぎひとつでギチギチと音をたてながら下半身を動かしている。
最近になって発見された、ジパングで危険な魔物に判別される、大百足だった。
「お客様、ご注文は?」
「・・・えーと、この、タヌキソバ」
「はいはーい。狸蕎麦一丁、う?」
注文を取って下がろうとした茜を大百足が両手でしがみついて止めた。
(ねねね姉様!?なんですかこの怖い御目をした殿方は!?)
(失礼なこと言いな!えぇか、この男はうちの後輩、要はあんたと同じ学年や。いつまでもこんな隅っこでうじうじしてるあんたに、えぇ男紹介したったんや)
(だだだだってだって!この殿方、私を射殺すような目で私を睨みつけてますよ!?)
(あの目がこいつの素面やねん!あんまり我儘こねるようなら、この店の出入りを禁止すんで!)
(そ、そんな殺生なぁ!)
目の前で行われる小声の会話を聞こえないフリをしていたベルンだったが、昼休みの時間を考慮し、茜を急かした。
「アカネ先輩、そろそろメニューを・・・」
「あぁ、すんまへん。(あんた、しっかりやりや!)狸蕎麦、一丁ぉ!」
「あぅ・・・」
残されたベルンと大百足だったが、ベルンが普段通りにしても、大百足はひくついた笑顔を浮かべたまま、視線をあっちにやり、こっちにやり・・・全く会話が始まる気配がなかった。
ため息を吐いたベルンは、そのため息にビクッとした大百足に、会話を切り出した。
「おい」
「ひゃいっ!?」
「あー・・・名前は?」
「・・・ふぇ?」
「・・・俺は、ベルン。ベルン・トリニティ。アンタは?」
「あ、う、えと・・・『成美』・・・『伊達 成美』です・・・」
「ナルミさんか・・・ナルミさんは、職業は何を専攻してるんだ?」
「えと・・・『槍騎士』を、目指してます・・・」
『職業:槍騎士(ランサー)
近接系戦士学科の派生の中で、長い射程と、範囲の広さを併せ持つ。俊敏さが低くなり後手をとり、敵の攻撃をよけにくいというデメリットに対し、一発に与えるダメージと範囲の広さから、パーティの近接補佐をしやすい。また、盾を装備した『全体防御』と『カウンター(槍)』のコンボも魅力。
評価レベル
近距離戦闘 ★★★★
遠距離戦闘 ★★
サポート面 ★★』
「へぇ。戦士学科なら、知り合いが一人いるな。ロックてやつ知ってるか?多分、女の子をナンパしまくってるやつなんだが」
「・・・あ、いた気がします。背の小さい人を見ると、えっと『ろりはいらん!』って叫ぶ人で・・・その叫びが怖くて、近寄れなかった人です」
「あいつ・・・どこでもあんなこと言ってんのかよ・・・自重しろよな」
ベルンが頭を抱えて呟くと、ふいに成美がクスリと笑った。
「・・・あ」
「あっ、ご、ごめんなさい・・・わ、笑ったの、気に障りましたか・・・?」
「いや、そんなビビらなくていいから。おこらねぇから」
またビクビクと怯えた成美に、ベルンは刺激しないように優しくなだめた。
「ただ、やっと笑ったな、って思ったんだよ」
「・・・え?」
「相席になったんだからさ、ある程度楽しもうぜ。それの方がいいじゃんか」
「・・・・・・」
成美がキョトンとしている。そして、おずおずといった雰囲気で切り出した。
「・・・あの」
「うん?」
「・・・怖く、ないですか?私・・・」
成美が聞くと、ベルンは肩を竦めて答えた。
「見た目は確かにビビったけど、アンタ、中身はビビりの女の子じゃねぇか。これで暴言吐きまくりの女だったら恐さもあるだろうが・・・アンタはそんなに怖くねぇよ」
「・・・そう、ですか」
すると、成美の顔が緩やかに微笑んだ。どこか安心した笑顔に、ベルンも少し笑った。
「はいはーい。狸蕎麦いっ・・・ちょ?お?おぉ??」
するとタイミングよく油揚げの乗った暖かそうな蕎麦を持って帰ってきた茜が、二人を交互に見てニヤついた。
「・・・なんすか?」
「なんやなんやぁ・・・あんさん、あーだこーだ言いながら、スケコマシやのぉ♪」
「・・・はぃ?」
ベルンが不機嫌そうに返したが、次に茜は成美に近寄り、ポソポソっと耳打ちした。
(どや?優しいえぇ男やろぉ?)
(えと・・・は、はい・・・)
(この際や。いっちょ、番号教えて、より仲良くなっとき!親しい呼び方も、決めてまえ!)
(えっ、えっ、そんな・・・)
(阿、保!こんな機会、早々ないで!あんた、いっちょまえに魅惑も、強姦もできん箱入り娘やねんから、貴重な男友達を作っとかな!)
(は、はいぃ・・・)
徐々に涙目になる成美を見て、ベルンは流石に可哀想だと、茜を止めることにした。
「アカネ先輩。そろそろ真面目にバイトしないといけないんじゃないすか?」
「お、そやな。ほな、よう味わって食べや〜」
そう言い残して茜が去ってから、ベルンは狸蕎麦に箸をつけようとした。
「やれやれ・・・」
「・・・あの」
「ん?」
「・・・ベルン様って、お産まれは、いつですか?」
ベルン『様』と呼ばれ、一瞬目をパチクリさせたベルンだが、すぐにその問いに答えた。
「あー・・・えーと、5月だ」
「・・・そう、ですか。あの、私、早生まれでして、ベルン様より、年がひとつ下なので・・・えっと・・・」
さっきのビクつきとは違った、言うなら、もじもじする成美に疑問を抱きながら、ベルンが蕎麦をすすった。
「・・・ですから・・・『お兄様』と呼んでいいですか?」
『ぶばっ!?』
ビックリしたベルンは、勢い余って蕎麦を吹き出してしまった。
「べ、ベルン様!?」
「ごほっ、がはっ、げへ・・・お、お兄様ぁ!?」
「だ、駄目でしょうか・・・?」
ビクビクしながら、上目遣いで聞かれ、ベルンは一瞬言葉に詰まったが、ここで断って、また気まずくなるのもいやだと思った。
「・・・いや、別に悪くは・・・ねぇよ?」
「っ!ありがとうございます!お兄様!」
目の端に涙を浮かべた成美がパッと顔を明るくして、ベルンはなんだかこそばゆくなってしまった。
「あの・・・でしたら、お兄様は私を、『成美』、と呼んでくださいまし・・・できればで、いいのですが・・・」
「あー、うん。分かった。そう呼ぶよ」
「っ!ありがとうございます!・・・あ、あと・・・お兄様・・・」
最後に指をもじもじさせ、ごそごそと足(百足の足)を動かしてカバンを探す成美を見て、ベルンは察しがついた。
(・・・こんな、アカネ先輩が作った強引な流れでいいもんかなぁ・・・)
ベルンは、ノートを取り出し、番号を書いて、そこだけちぎった。
[成美と通信ができるようになった]
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[盗賊学科・実習室]
狸蕎麦を食べ、少々慌て気味に盗賊学科の実習室にたどり着くと、今回も宝箱の解錠だった。
ただし、今回は自習形式ではなかったが。
『カチャカチャ・・・』
ベルンとラトラが解錠をしている後ろに、主に、ラトラを見張るようにリーフ先生が立っていた。
(いい人ぉ・・・)
(バカ、話しかけんな)
(鍵、開かないよぉ・・・( ;ω;))
(話しかけんなっつに)
「ムダ話をする暇があったら、手を動かせ。ラトラ・マライス」
「・・・はぁい」
前回のズルがばれたのか、リーフ先生は執拗にラトラを監視していた。
(・・・頑張れ、ラトラ)
ベルンは、心の中でラトラを応援しながら、宝箱の解錠に勤しんだ。
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『リーフ先生の盗賊学科・午後』
[宝箱の解錠を試みた!]
[成功!]
[解錠についての技術を深めた!]
[ラトラは補習を受けることになった・・・]
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[賢者学科・実習室]
ラトラを残し、賢者学科の実習室に来たベルン。今回もミルキィ、ネフィアと三人組の班になり、調合の実習を行うこととなった。
「では皆さん、『ヌメリタケ』と『薬草』、『濁り酒』を混ぜて『体力回復薬』を作りましょう!混ぜ方は午前の授業で教えた通りにやってくーださーいねー!」
ベルンたちはミミル先生の話を真面目に聞いていたので、作り方はだいたい覚えていた。
「えーと、切ったヌメリタケは煮るんだっけか」
「はい。で、煮たらぬめり成分が浮いてくるので、それを取ってください。僕は薬草を刻んでますから」
「ごりごりごりごりご〜りごり〜♪」
ベルンは切ったヌメリタケを煮、ネフィアは薬草を切り、ミルキィは切った薬草をすり鉢ですり潰していた。
「お。ぬめりが出てき・・・うわ、なんじゃこりゃ・・・」
ベルンが浮いてきたぬめりをお玉で掬うと、白く濁ったぬめりは糸を引いた。
「えーと、これをすり潰した薬草と混ぜるんだっけか」
「うん。ベルンくん、ぬめり、ちょ〜だい」
「ちょっと待ってくださいね、っと」
ぬめりを小さな瓶に入れると、ベルンはそれをミルキィに渡した。
「はい、ミルキィ姉さん」
「ありがとう〜、さっそく混ぜるね」
そのとき。
『つるんっ』
「きゃっ!?」
『ドターン!べちゃあっ!』
ミルキィがなにかに滑り、盛大に尻餅をついた。
「ミルキィ先輩!?」
「大丈夫ですか!?」
ベルンやネフィアが声をかける。
「ミルキィ様!?いかがなされました!?」
自称ミルキィ様親衛隊のトップの夕陰が慌ててかけよった。
当のミルキィは・・・
「や〜ん・・・ぬるぬるになっちゃったよぅ・・・」
白く濁ったぬめりが瓶から零れ、ミルキィの顔から胸までをべったりと汚していた。
まるで、顔◯後のように。
「ぶふぉぁっ!!!」
瞬間、夕陰が鼻血をぶっ放して倒れた。
「はぁっ!?」
「えぇっ!?」
「だ、大丈夫〜?夕陰ちゃん?」
ミルキィはタオルで顔を拭きながら、夕陰に近づく。それに続いて、ミルキィ様親衛隊(笑)のふたりが集まる。
「頭領ぉ!?」
「ぬぁにがあったぁ!?」
「ふ、ふふ・・・この夕陰、一抹の不安はあるが・・・今は・・・逝っていい・・・ガクッ」
意味わからない文句を言い残し、夕陰はまぶたを閉じた。
「頭ォ領ぉぉぉぉぉぉっ!?」
「ほ、保健室へ急げぇ!!!」
ふたりがドタバタと暴れながら夕陰を運んで、保健室へ走って行った。
『・・・・・・』
「なにかありましたかー?」
ベルンたちが呆然としている時に、やっとミミル先生が飛んできた。落ち着いた感じで。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『ミミル先生の賢者学科・午後』
[『体力回復薬』の調合を試みた!]
[成功!]
[調合についての技術を深めた!]
[『体力回復薬』を手に入れた!]
[三人組は補習を受けることになった・・・]
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
[放課後]
ベルンは、とある扉の前で服を正し、汗を拭った。
たとえあんな気安く言われても、実際来ると、緊張していた。
ベルンは、『校長室』という札のついた扉をノックした。
『コンコン』
(・・・どうぞ?あいてますよ)
中から校長の声が聞こえた。ベルンは、一声かけてから扉を開けた。
「失礼します」
『ガチャ』
「ん?おぉ、ベルンくんか。どうした?お茶でも飲みに来たのかね?」
校長の爽やかな笑顔がベルンを迎えた。校長は素早く立ち上がり、ふたつのカップを用意しだした
「あいにく私は紅茶党でね、紅茶しかないんだ。すまないね。あ、砂糖やミルクはいるかな?」
「あの・・・俺はお茶を飲みに来たわけじゃあ・・・」
「わかっているさ。だが、固っ苦しい空気の中で話をするのは、私の性に合わないんだ。さ、紅茶を淹れたよ。座りたまえ」
素早い手つきであっという間に紅茶を淹れた校長はベルンを椅子に座らせ、膝に紅茶を置いてから、自分も別の椅子に座った。
「ずずずっ・・・ん、ちょうどいい塩梅だ。あぁ、砂糖やミルクは机の上にある。好みに合わせたまえ」
「は、はぁ・・・」
すぐさま校長のペースに乗せられたベルンは紅茶をすすった。
紅茶は匂いがよく、ベルンはいくらか落ち着きを取り戻していた。
「・・・あ、美味い」
「そうだろう。緊張で固まっていた君の心に、余裕ができたろ?」
ハッとベルンが顔を上げると、校長がニコニコと笑っていた。
「さて・・・なにがあったのかな?できるだけ細部まで、正直に話してくれたまえ」
「・・・はい」
校長が切り出してやっと、ベルンは昨日のことを話し始めた。
あの声のこと。
声の話した内容のこと。
そして、緊張が解けたせいか、流れで、サティアのことも話してしまった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「・・・ふーむ」
話が終わり、紅茶を飲み終えた校長は腕を組んで唸った。
「・・・ベルンくん」
「・・・はい」
校長は、ベルンを指差して、こう言った。
「・・・君、ナンパ魔になりなさい」
ベルンは、盛大にずっこけた。
「しかも、魔物専門の」
さらに、ずっこけた。
「まぁ、ナンパなんて若い頃にしかできないからな!今のうちに楽しんでおきなさい!はっはっはっ!」
「笑ってる場合じゃないです!意味わかんないです!一体どーいうことすか!?ナンパ魔になれて!?」
ベルンが叫ぶと、校長はあいもかわらずニコニコしたまま言った。
「ベルンくん。君の聞いた声はいわゆる『警告』だ。警告によれば、魔力が枯渇すると、『なにか』が現れる。そして、その声が聞こえた際、君はメドゥーサの幼馴染の部屋にいた。これから連想されるのは、ひとつ。
君は昨日、魔力が枯渇し、意識を失った。そして、意識がない間に君を『なにか』が乗っ取り、幼馴染と、セックスした。
・・・これしか、私には連想できんよ」
「・・・・・・え」
その瞬間、ベルンは固まった。
「幼馴染くんが怒ったのは・・・まぁ、君が『なにか』に操られてたと知ってたとしても・・・犯しておきながら、『なんの冗談だ?』なんて言えば・・・ねぇ?」
やっと、ベルンは理解した。
ベルンの身体中から嫌な汗が噴き出て、足がカタカタ震え出した。
「お、俺は・・・な、なんてことを・・・」
「まぁ、ベルンくん。落ち着きたまえ。この際、君がしなければならんことを、私が教えてあげよう」
オホン、とわざとらしく校長は咳払いをした。ベルンは、それをじっと聞いていた。
「君はまず、もう一度『なにか』を出さないために、魔力の補給と、強化を怠ることができない。補給は、薬品を使えばできるが、強化は薬品ではできない。インキュバス促進剤は、魔力の補給はできるが、強化はできないんだ。
そこで君は、魔物娘をナンパして、ベッド、イン!ずっこんばっこん、は、ふぅ・・・を繰り返して、魔力の補給と強化をすべきだ。
そうだな・・・現状は、2日に1人抱くのを目標にしよう。しばらくすれば、ペースを落としても構わないだろう」
ちなみにこの時点で、ベルンは頭を抱えていた。校長は、続けて言った。
「次に、幼馴染の件だが・・・
しばらく、放っておきたまえ!
君がナンパ魔家業を始めたら、きっとすぐに彼女から寄ってくるさ!はっはっはっ!」
「はっはっはっ・・・じゃねぇぇぇっ!!!」
瞬間、頭を抱えていたベルンがキレた。
「アンタ笑いながらベラベラ勝手なこと言いやがって!!俺はなぁ!初対面の人間が逃げたり泣いたり喧嘩売ってくる面構えなんだぞ!?ナンパなんて成功するわけねぇだろが!?
しかもサティアのことに関してはほっとけ!?ナンパしてたら余計呆れられて仲の修復不可能になるわ!!舐めてんのかコラァ!?」
そこまで言って、ベルンが肩で息をするのを確認してから、校長はニヤニヤした笑顔になって、言った。
「・・・ベルンくん。『傍目八目』という言葉を知ってるかい?」
「・・・は?」
「要は、君は自分のことをなんにも分かってない。君は『ハーレム体質』の持ち主だ。多くの人々の体質を見切ってきた私が保証する。君がナンパしたら、多くの魔物がホイホイついて来るさ」
「・・・???」
「幼馴染が最初のターゲットなのさ。考えてもみたまえ。本当に好きでもない相手にそんなことされて、ラミア種である幼馴染が、君を放っておくかい?普通なら、尻尾に巻き込んであばらの数本折った上で、警察に突き出すと思うがね」
「・・・・・・」
「君は自分が思ってるよりももてているのさ。自信を持ちたまえ。幼馴染も、君が他の女を侍らせたと知ったら、きっと・・・」
「・・・もう、いいです」
そこでベルンは、耐えきれなくなったという風に、踵を返した。
「俺、そんな器用じゃないんで。薬買って、なんとかします。失礼しました」
そう言って、部屋を出て行ってしまった。
「・・・若いねぇ・・・だが、もうひと押し必要だな」
校長は、ニヤリと笑った後、机の上の黒い端末を手にとった。
「・・・えーと、番号は・・・」
どうやら、通信端末だったようだ。
校長は、『ある生徒』に電話をかけた。
「・・・あー、『舞』くんかね?私だ。校長のインドランだよ。
・・・ひとつ、いいネタがあるんだが、どうかね?」
12/06/23 17:19更新 / ganota_Mk2
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