最終章:前編 そしてまた、日が沈む
「あー・・・・・・・・・・・・辛かった・・・」
未だ、広場の中央のソファで会話を続けるグレイと大家さんの下に、彼女はふらふらとトイレから戻ってきた。彼女の顔色は青白さがなくなりうっすらといつもの桃色に戻っているところを見ると、トイレで全て出し切ってきたように見える。もちろん下の方ではなく上の方だが。
彼女は軽く大家さんと目を合わせると恥ずかしそうにして言った。
「ト、トイレを貸してくれてありがとう、助かったわ」
彼女はそう大家さんに言うともう一度、次は深々と一礼し感謝の心を込めた。大家さんはチーズケーキを何等分かに切りながらうんうんをうなずき、等分されたチーズケーキを口に運ぶ。
「いえいえ〜私はただトイレを貸しただけなんだから、そんな礼なんていらないのよソフィアさん。
ささ、座ってくださいな」
そう言われソフィアはグレイの左側にちょこんと座り込んだ。グレイに体調を心配されたが、もう大丈夫と言うとグレイによりかかり彼女の体はグレイによって支えられている。
グレイは自分の肩に乗っているソフィアの頭を左手で優しく撫でると、彼女はえへへっと照れくさそうに頬を染めた。かわいい。
「一体どうしたってんだろうな。特に食ったものと言えば・・・あの桃だけだが・・・それなら俺も気持ち悪くなるはずだし・・・」
「だよねぇ・・・原因が分からないとなんだかモヤモヤするわね・・・」
「まぁまぁいいじゃない〜もう終わったことなんだし」
「それもそうだよな。早いとこ話を続けよう・・・っとその前に菓子の味でも堪能しとくかな。折角貰ったものだ、こんな美味そうなもの食べなきゃ損ってもんだ」
グレイはそう言い自分のプリンに手を伸ばす。
皿に触れただけでその振動が全体に伝わるのかプルプルと砂丘のように波打ち、カラメルソースは砂嵐のように激しく渦巻いている。スプーンを入れると思ったほど軟らかくなく、しかし固すぎもない。まるで古代エジプトの雄雄しさ、神秘的さ、荘厳さを思わせるほどであり、また、そこに今現在も仕えていると言うアヌビスの肉球の感触なのかを想起させざる得なかった。
その偉大なプリンをスプーンの小船に乗せ、口というピラミッドに運ぶこの経路がナイル川を渡るかのように長く、壮大に感じた。
・・・などというグルメ語りをしている内に、ソフィアの眼光がギラギラと自分に・・・いや、プリンに向けられているのが分かった。
「お・・・おぉ・・・そういえばソフィアはプリンが好物だったっけな。ほら、食べるか?」
超が付くほどの大大大大好物のプリンを進められたが、吐いたばかりだから食欲がないと彼女は丁重に、そして悔しそうに断る。
そのときの彼女の顔はこの世の終わりのような顔だった。さぞ食べたかったのだろう。
また、調理場からは誰かの叫び声が聞こえたような気がした。
「え〜と・・・そろそろいいかしら?まだ話したいことがあるんだけど・・・」
「お、あぁ・・・すまんすまん。続けてくれ」
「そうなんだけど、まずソフィアさんにも一通り説明しとかないと話しても理解できないんじゃないかしら。
ほら、トイレに行ってたからまだ私の事とか色々と知らないじゃない?
カクカクシカジカ・・・」
「・・・ということなのよ〜分かってくれたかしら?」
「え、えぇ・・・未だに信じられないけどね・・・一応理解できるところまではどうにか理解できたわ・・・
人の心が読めること・・・記憶が分かること・・・そして、太古の女帝だったこと・・・」
ソフィアも先ほどのグレイと同じように驚きを隠せなかった。
人は物事を真剣に考えたりするときや、一気に物事を詰め込むとき、脳に多大なエネルギーを使うと言う。今のソフィアの状態は明らかにこれで、突然知らされた真実があまりにも大きすぎる事が故に、脳の許容量をいとも簡単にオーバーしてしまったのである。
そのような状態から彼女は記憶の淵から一つのことをやっとのことで思い出した。それと同時に彼女は震えだし、額からは冷や汗のようなものが滲み出す。
「あ・・・あなた・・・自分の名前がウロボロス・・・って言ったわよね・・・?」
「そうだけど何か〜?」
その言葉を聞き彼女は畏怖倦厭の情を起こさせた。グレイはきょとんとし、自分が蚊帳の外になってしまったかのような気がしたので話題の中に無理やり入っていった。
「なぁ、そんなに大家さんの名前が気になるのか?人の名前にいちゃもんをつけるのはどうかと思うがな」
「別にいちゃもんをつけているわけじゃないわ。グレイ・・・ちょっと聞くけど、あなたは歴史とか世界史って得意?」
ソフィアのいきなり突拍子もない質問にグレイは鳩が豆鉄砲を食ったようになる。
「かなり苦手だが・・・特に今聞くようなことでもないだろう?」
「いえ、重要なことだわ。
・・・ねぇ、大家さん?私の考えていることが分かるのなら・・・今私が考えていることはどれくらい合ってますか?」
ソフィアは大家さんを見ると、今の自分の考えをさぞ読み取ってもらえるかのように自分の頭を人差指でつついた。彼女と目が合うと自分の全てが明らかになるような気がして、恐怖や畏怖に飲み込まれそうに懸念したが何とか持ちこたえる。
「う〜んとそうねぇ・・・まぁ・・・だいたい8割ってとこかな♪
ソフィアさん、あなた学は結構あるみたいねぇ〜勉強熱心だこと♪」
「ありがとう・・・でも・・・本当にあなたが・・・信じられない・・・」
またも二人の会話に蚊帳の外になってしまったのかグレイはもう二人の会話に入ることを諦めた。女性の話は長い。そう思ったグレイはまだまだ長引きそうだと分かるや否や軽い仮眠をとった。
二人の会話は衰えることを知らずに、ますますヒートアップしていった。
それから、1時間がたっただろうか、まだ二人は会話を続けているようである。
「でね、私の夫が言ったのよ『ここに一緒に住もう』ってね♪あれはもう嬉しかったわぁ〜////
それから一週間ずっと休み無しでヤり続けちゃったわよ♪」
「す、すごい・・・わたしは魔物になってまだ日が浅いけど三日が限界よ・・・」
「魔物になったばっかりで三日は上出来じゃない!
あなたはきっと将来良好な営みが出来るわ。これは先輩からの経験よ〜」
「やった♪ねぇねぇ聞いたグレイ?・・・・・・って」
ソフィアがグレイに同意を求めようとゆっさゆっさと揺らしたところ、今になって彼が寝ていることに気が付いた。
彼は大きなあくびを一つして思いっきり伸びると深く深呼吸をし目を覚ましたようだ。彼はまだ寝起きで意識がはっきりしないながらも、やはり女性の話は長いと再度確認したのであった。
「んもう!!人が話してるのに寝るなんてっ・・・!」
「まぁまぁいいじゃない〜別にグレイさんに話しかけてたわけじゃないんだし〜」
「おぉ、そうだぞ、大家さんというとおりだ。とりあえずお前はプリンでも食って落ち着け」
「あっ!その手には乗らないわよ〜!わたしは食べないからンムグ!??」
隣で怒鳴るソフィアの口に突如、銀色の棒が物凄い速度で滑り込む。その棒の根元ではグレイがしめたという顔で不敵な笑みを浮かべていた。彼女は面を食らった様子で目を思いっきり見開らく。
「あ、ちょ―――っ!!・・・むぐ・・・こんなことしてもわたしは動じないからねっ・・・もぐもぐ・・・大家さんの夫さんを見習ってよ・・・あら、これって・・・一週間ヤり続けるのよ・・・甘くて・・・わたしもヤりたいわよ・・・なんともいえない食感・・・こんなプリンこの世にあったのかしら・・・軟らかくて・・・固くて・・・それでいて・・・どこか懐かしくて・・・本当に・・・美味しい・・・あぁ、幸せ・・・・・・・・・・・・
・・・・・・ってグレイ!!」
「おーおー、途中から思いっきりプリンの感想になってたが??ハハハ」
先ほどの強気な態度の彼女はどこへやら、今グレイの目に映っているのはあくまでも強気な態度を貫き通そうとする弱気な彼女。彼女は恥ずかしそうにもじもじと小声で言った。
「もう―――ひ―く―」
「ん?何だって?」
小声で聞き取れなかったので、もう一度言うように呼びかけると彼女は頬を真っ赤に染めてつぶやいた。
「も、もう一口頂戴って言ってるのよ・・・////」
恥ずかしさを紛らわすためか、彼女は自分の両手の人差し指をついとつつき合い、うつむきながらそう言った。
グレイは彼女の反応が面白かったのか、もう一度プリンにスプーンを入れてすくうと彼女の顔に近づける。アーンと彼女はプリンを待ち構える形で大口を開けたのだが、その好機を待っていたかのようにスプーンはUターンしグレイの口の中に飛び込んで行った。意地の悪そうな顔で笑うグレイ。
むすぅと頬を膨らました彼女は最終手段に出る。何度も瞬きをしながら輝くような上目遣いを繰り出したのだ。まるでそれは、見るもの全てを魅惑の渦に巻き込んでしまうかのような甘い視線。
流石、世の男を魅了するために存在する魔物サキュバスである。かわいい。
「お、おおおお・・・・・・っ
しょうがないな・・・ほら、口を開けな」
「むふふ〜♪グレイの弱点は分かってるんだから〜♪」
大家さんを尻目に二人だけの空間を作り出してしまった二人の周囲には、見えるはずのないハートがぷかぷかと浮かび上がっていたのかもしれない。このままの勢いでヤッてしまうのではないかと思われたが、流石にそこら辺のマナーはわきまえている様である・・・・・・とも言えず、サキュバスと半人間の男がラブラブしていれば、営みなぞ至極当然に起きてしまうものなので、営みを行なわなかったこの二人は逆に魔物の常識の中では珍しいことであった。
「ちょっとちょっと〜いい加減このマンションの説明をしたいんだけど・・・聞いてる?」
テーブルを叩く彼女の顔は笑ってこそいたが、その笑みの深淵ではいささかの怒気をはらんでいたようである。
当然彼らの耳に大家さんの言葉など届いているはずもなかった。
―10分後―
―30分後―
―1時間後―
その後もイチャイチャラブラブがしばらく続き早くヤれと言わんばかりに盛り上がっているようである。
そのおかげか、ついに溜まりに溜まっていた大家さんの怒りもピークに達してしまった。いつの間にか黒かった瞳が真っ赤な赤色に変色し、それと同時におびただしい魔力を体から放出、と言うより垂れ流れ出ていた。強大な魔力のオーラが広がってくるとあまりに強大すぎるのか空間が歪み始め、視界が上下左右認識できなくなり、七色の髪の毛はゆらゆらと逆立ち怪しく踊り狂っている。
そんな様子に二人が気付かないわけがなく、すぐさま静止に取り掛かる。
「す、すまなかった!!とりあえず落ち着いてくれ!いや、ください!」
「お願いよ!ねぇ!!」
何度呼びかけてもまったく聞こえていないらしく、ぶつぶつと呪文のような物を独り言のように唱えていた。これはまずいと思ったのか、二人はソファから立ち上がり静止に取り掛かろうと大家さんに近づく。が、空間の歪みに加え、どうやら体が重く、なおかつ体の動きが遅いようである。それを暗示するかのようにテーブルのプリンは激しく潰れ、広場の振り子時計の振り子は遥かに遅く動いていた。
いよいよ危ない・・・そう思いグレイは思い切り叫び倒すが何か違和感を感じた。・・・なんということだろう、不思議なことに声は出しているはずなのに音が聞こえないのである。聞こえるはずの自分の声が聞こえないことに恐怖を感じ、更に叫ぶがやはり聞こえるわけがなくただ疲れるだけである。思い切り叫び続けたのか酸素が足りなくなり息をすぅーっと吸った。
・・・が、おかしい。息が吸えない。気が付けばグレイの周りは満天の星空の下・・・というよりグレイ自身が宇宙空間に放り出されていた。息が吸えない。苦しい。そして痛みを伴なうほどの寒さ。グレイは酸欠と寒さによりもがき悶え苦しみながら、静かに意識を失っていった―――
ソフィアはと言うと、隣でわけもわからずに発狂しているグレイをなだめようと声をかける。が、一度空間が強く歪んだかと思うと、彼の姿が消えてしまった。否、消えたのではなく彼女が見えなくなったのだ。彼女の今の視界は一寸の光もない暗闇。隣にいた彼が急にいなくなった事により強い不安感に駆られパニックになってしまう。恐怖に耐えながらも見えない眼で周囲を見回すとなにやら異変が・・・
気が付けばソフィアはパチパチと燃え滾る炎に囲まれ、自分は十字架にくくり付けられていた。炎の音が自分の方に近づいて来るにつれ、気温も高くなり汗が吹き出てくる。しばらくすると、炎は自分の足元に着火したようで、音がパチパチからゴウゴウと激しく燃える音に変わると、言葉にならない激痛が足に走る。炎が自分の足の皮を焼き焦がすと、剥き出しになった神経をさらに痛めつけその度に彼女はこの世の物とはいえないほどの断末魔を上げた。炎は体全体に行き渡り、断末魔を上げる為の声帯も焼き焦がされると、彼女もまた意識を失った―――
ひょいとテーブルの上に一匹の黒猫が躍り出る。黒猫は尻尾を一振り二振りすると、大家さんの顔めがけて前足の爪で横に大きく引っかいた。
すると、大家さんは正気を取り戻し、先ほどの光景はまるで嘘のように治まると、溢れ出ていた魔力は全て大家さんの体に戻っていった。プリンの形は元に戻り、振り子時計も正常に動き始めたようだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あら?また私プッツンしちゃったのかしら〜?」
「にゃにゃー!ふな〜ご!」
「あぁ、ごめんなさいね〜。ちゃんと人のお話しを聞かない人にはお仕置きをしなきゃいけないのよ♪」
「みゃおーん。にゃん・・・」
「お仕置きのレベルを超えてるって?ただの幻術だから大丈夫だわよ〜」
「にゃらにゅいんにゃ〜。ごろごろ?」
「気を失ってるだけだから大丈夫よ〜。さて、この二人をどうしましょうか・・・」
「ふな〜・・・・・・・・にゃ!にゃ!!」
「部屋に運んでおくって?いいわね〜それ。手伝ってくれる?」
「にゃー!!」
大家さんが気を失っている二人を両肩に担ぐと、黒猫は何やら呪文を唱えだした。しばらくすると目の前に魔方陣が出来上がり、ぽっかりと大きな穴が出現したところを見ると空間転移系統の魔法なのだろう。この種の上位魔法を杖無し、サポート無しで詠唱するこの黒猫はやはり只者ではない。
「そうねぇ・・・・・・じゃあちょうど開いている57階まで転送頼むわぁ♪」
「にゃるりにゃらにゃら・・・・・・ふなななな・・・にゃーー!!!」
--------------------------------------------
彼女は部屋の前に立っている。今いる場所は巨大な塔の中腹のようで、上下何も見えない。部屋の表札には『57階:オセの層』と彫られており、ドア全体には豹のようなイラストが描かれていた。
部屋の中はごく普通の洋風な作りになっており、メインフロアには大きなテーブルや置物、棚が置いてある。立派なキッチン、バスルームも設置され、さらにはバルコニーさえも設備されているときたものだ。
彼女は気絶している二人を寝室にある大きなダブルベッドに優しく寝かせると、寝顔を確認し部屋を後にした・・・
未だ、広場の中央のソファで会話を続けるグレイと大家さんの下に、彼女はふらふらとトイレから戻ってきた。彼女の顔色は青白さがなくなりうっすらといつもの桃色に戻っているところを見ると、トイレで全て出し切ってきたように見える。もちろん下の方ではなく上の方だが。
彼女は軽く大家さんと目を合わせると恥ずかしそうにして言った。
「ト、トイレを貸してくれてありがとう、助かったわ」
彼女はそう大家さんに言うともう一度、次は深々と一礼し感謝の心を込めた。大家さんはチーズケーキを何等分かに切りながらうんうんをうなずき、等分されたチーズケーキを口に運ぶ。
「いえいえ〜私はただトイレを貸しただけなんだから、そんな礼なんていらないのよソフィアさん。
ささ、座ってくださいな」
そう言われソフィアはグレイの左側にちょこんと座り込んだ。グレイに体調を心配されたが、もう大丈夫と言うとグレイによりかかり彼女の体はグレイによって支えられている。
グレイは自分の肩に乗っているソフィアの頭を左手で優しく撫でると、彼女はえへへっと照れくさそうに頬を染めた。かわいい。
「一体どうしたってんだろうな。特に食ったものと言えば・・・あの桃だけだが・・・それなら俺も気持ち悪くなるはずだし・・・」
「だよねぇ・・・原因が分からないとなんだかモヤモヤするわね・・・」
「まぁまぁいいじゃない〜もう終わったことなんだし」
「それもそうだよな。早いとこ話を続けよう・・・っとその前に菓子の味でも堪能しとくかな。折角貰ったものだ、こんな美味そうなもの食べなきゃ損ってもんだ」
グレイはそう言い自分のプリンに手を伸ばす。
皿に触れただけでその振動が全体に伝わるのかプルプルと砂丘のように波打ち、カラメルソースは砂嵐のように激しく渦巻いている。スプーンを入れると思ったほど軟らかくなく、しかし固すぎもない。まるで古代エジプトの雄雄しさ、神秘的さ、荘厳さを思わせるほどであり、また、そこに今現在も仕えていると言うアヌビスの肉球の感触なのかを想起させざる得なかった。
その偉大なプリンをスプーンの小船に乗せ、口というピラミッドに運ぶこの経路がナイル川を渡るかのように長く、壮大に感じた。
・・・などというグルメ語りをしている内に、ソフィアの眼光がギラギラと自分に・・・いや、プリンに向けられているのが分かった。
「お・・・おぉ・・・そういえばソフィアはプリンが好物だったっけな。ほら、食べるか?」
超が付くほどの大大大大好物のプリンを進められたが、吐いたばかりだから食欲がないと彼女は丁重に、そして悔しそうに断る。
そのときの彼女の顔はこの世の終わりのような顔だった。さぞ食べたかったのだろう。
また、調理場からは誰かの叫び声が聞こえたような気がした。
「え〜と・・・そろそろいいかしら?まだ話したいことがあるんだけど・・・」
「お、あぁ・・・すまんすまん。続けてくれ」
「そうなんだけど、まずソフィアさんにも一通り説明しとかないと話しても理解できないんじゃないかしら。
ほら、トイレに行ってたからまだ私の事とか色々と知らないじゃない?
カクカクシカジカ・・・」
「・・・ということなのよ〜分かってくれたかしら?」
「え、えぇ・・・未だに信じられないけどね・・・一応理解できるところまではどうにか理解できたわ・・・
人の心が読めること・・・記憶が分かること・・・そして、太古の女帝だったこと・・・」
ソフィアも先ほどのグレイと同じように驚きを隠せなかった。
人は物事を真剣に考えたりするときや、一気に物事を詰め込むとき、脳に多大なエネルギーを使うと言う。今のソフィアの状態は明らかにこれで、突然知らされた真実があまりにも大きすぎる事が故に、脳の許容量をいとも簡単にオーバーしてしまったのである。
そのような状態から彼女は記憶の淵から一つのことをやっとのことで思い出した。それと同時に彼女は震えだし、額からは冷や汗のようなものが滲み出す。
「あ・・・あなた・・・自分の名前がウロボロス・・・って言ったわよね・・・?」
「そうだけど何か〜?」
その言葉を聞き彼女は畏怖倦厭の情を起こさせた。グレイはきょとんとし、自分が蚊帳の外になってしまったかのような気がしたので話題の中に無理やり入っていった。
「なぁ、そんなに大家さんの名前が気になるのか?人の名前にいちゃもんをつけるのはどうかと思うがな」
「別にいちゃもんをつけているわけじゃないわ。グレイ・・・ちょっと聞くけど、あなたは歴史とか世界史って得意?」
ソフィアのいきなり突拍子もない質問にグレイは鳩が豆鉄砲を食ったようになる。
「かなり苦手だが・・・特に今聞くようなことでもないだろう?」
「いえ、重要なことだわ。
・・・ねぇ、大家さん?私の考えていることが分かるのなら・・・今私が考えていることはどれくらい合ってますか?」
ソフィアは大家さんを見ると、今の自分の考えをさぞ読み取ってもらえるかのように自分の頭を人差指でつついた。彼女と目が合うと自分の全てが明らかになるような気がして、恐怖や畏怖に飲み込まれそうに懸念したが何とか持ちこたえる。
「う〜んとそうねぇ・・・まぁ・・・だいたい8割ってとこかな♪
ソフィアさん、あなた学は結構あるみたいねぇ〜勉強熱心だこと♪」
「ありがとう・・・でも・・・本当にあなたが・・・信じられない・・・」
またも二人の会話に蚊帳の外になってしまったのかグレイはもう二人の会話に入ることを諦めた。女性の話は長い。そう思ったグレイはまだまだ長引きそうだと分かるや否や軽い仮眠をとった。
二人の会話は衰えることを知らずに、ますますヒートアップしていった。
それから、1時間がたっただろうか、まだ二人は会話を続けているようである。
「でね、私の夫が言ったのよ『ここに一緒に住もう』ってね♪あれはもう嬉しかったわぁ〜////
それから一週間ずっと休み無しでヤり続けちゃったわよ♪」
「す、すごい・・・わたしは魔物になってまだ日が浅いけど三日が限界よ・・・」
「魔物になったばっかりで三日は上出来じゃない!
あなたはきっと将来良好な営みが出来るわ。これは先輩からの経験よ〜」
「やった♪ねぇねぇ聞いたグレイ?・・・・・・って」
ソフィアがグレイに同意を求めようとゆっさゆっさと揺らしたところ、今になって彼が寝ていることに気が付いた。
彼は大きなあくびを一つして思いっきり伸びると深く深呼吸をし目を覚ましたようだ。彼はまだ寝起きで意識がはっきりしないながらも、やはり女性の話は長いと再度確認したのであった。
「んもう!!人が話してるのに寝るなんてっ・・・!」
「まぁまぁいいじゃない〜別にグレイさんに話しかけてたわけじゃないんだし〜」
「おぉ、そうだぞ、大家さんというとおりだ。とりあえずお前はプリンでも食って落ち着け」
「あっ!その手には乗らないわよ〜!わたしは食べないからンムグ!??」
隣で怒鳴るソフィアの口に突如、銀色の棒が物凄い速度で滑り込む。その棒の根元ではグレイがしめたという顔で不敵な笑みを浮かべていた。彼女は面を食らった様子で目を思いっきり見開らく。
「あ、ちょ―――っ!!・・・むぐ・・・こんなことしてもわたしは動じないからねっ・・・もぐもぐ・・・大家さんの夫さんを見習ってよ・・・あら、これって・・・一週間ヤり続けるのよ・・・甘くて・・・わたしもヤりたいわよ・・・なんともいえない食感・・・こんなプリンこの世にあったのかしら・・・軟らかくて・・・固くて・・・それでいて・・・どこか懐かしくて・・・本当に・・・美味しい・・・あぁ、幸せ・・・・・・・・・・・・
・・・・・・ってグレイ!!」
「おーおー、途中から思いっきりプリンの感想になってたが??ハハハ」
先ほどの強気な態度の彼女はどこへやら、今グレイの目に映っているのはあくまでも強気な態度を貫き通そうとする弱気な彼女。彼女は恥ずかしそうにもじもじと小声で言った。
「もう―――ひ―く―」
「ん?何だって?」
小声で聞き取れなかったので、もう一度言うように呼びかけると彼女は頬を真っ赤に染めてつぶやいた。
「も、もう一口頂戴って言ってるのよ・・・////」
恥ずかしさを紛らわすためか、彼女は自分の両手の人差し指をついとつつき合い、うつむきながらそう言った。
グレイは彼女の反応が面白かったのか、もう一度プリンにスプーンを入れてすくうと彼女の顔に近づける。アーンと彼女はプリンを待ち構える形で大口を開けたのだが、その好機を待っていたかのようにスプーンはUターンしグレイの口の中に飛び込んで行った。意地の悪そうな顔で笑うグレイ。
むすぅと頬を膨らました彼女は最終手段に出る。何度も瞬きをしながら輝くような上目遣いを繰り出したのだ。まるでそれは、見るもの全てを魅惑の渦に巻き込んでしまうかのような甘い視線。
流石、世の男を魅了するために存在する魔物サキュバスである。かわいい。
「お、おおおお・・・・・・っ
しょうがないな・・・ほら、口を開けな」
「むふふ〜♪グレイの弱点は分かってるんだから〜♪」
大家さんを尻目に二人だけの空間を作り出してしまった二人の周囲には、見えるはずのないハートがぷかぷかと浮かび上がっていたのかもしれない。このままの勢いでヤッてしまうのではないかと思われたが、流石にそこら辺のマナーはわきまえている様である・・・・・・とも言えず、サキュバスと半人間の男がラブラブしていれば、営みなぞ至極当然に起きてしまうものなので、営みを行なわなかったこの二人は逆に魔物の常識の中では珍しいことであった。
「ちょっとちょっと〜いい加減このマンションの説明をしたいんだけど・・・聞いてる?」
テーブルを叩く彼女の顔は笑ってこそいたが、その笑みの深淵ではいささかの怒気をはらんでいたようである。
当然彼らの耳に大家さんの言葉など届いているはずもなかった。
―10分後―
―30分後―
―1時間後―
その後もイチャイチャラブラブがしばらく続き早くヤれと言わんばかりに盛り上がっているようである。
そのおかげか、ついに溜まりに溜まっていた大家さんの怒りもピークに達してしまった。いつの間にか黒かった瞳が真っ赤な赤色に変色し、それと同時におびただしい魔力を体から放出、と言うより垂れ流れ出ていた。強大な魔力のオーラが広がってくるとあまりに強大すぎるのか空間が歪み始め、視界が上下左右認識できなくなり、七色の髪の毛はゆらゆらと逆立ち怪しく踊り狂っている。
そんな様子に二人が気付かないわけがなく、すぐさま静止に取り掛かる。
「す、すまなかった!!とりあえず落ち着いてくれ!いや、ください!」
「お願いよ!ねぇ!!」
何度呼びかけてもまったく聞こえていないらしく、ぶつぶつと呪文のような物を独り言のように唱えていた。これはまずいと思ったのか、二人はソファから立ち上がり静止に取り掛かろうと大家さんに近づく。が、空間の歪みに加え、どうやら体が重く、なおかつ体の動きが遅いようである。それを暗示するかのようにテーブルのプリンは激しく潰れ、広場の振り子時計の振り子は遥かに遅く動いていた。
いよいよ危ない・・・そう思いグレイは思い切り叫び倒すが何か違和感を感じた。・・・なんということだろう、不思議なことに声は出しているはずなのに音が聞こえないのである。聞こえるはずの自分の声が聞こえないことに恐怖を感じ、更に叫ぶがやはり聞こえるわけがなくただ疲れるだけである。思い切り叫び続けたのか酸素が足りなくなり息をすぅーっと吸った。
・・・が、おかしい。息が吸えない。気が付けばグレイの周りは満天の星空の下・・・というよりグレイ自身が宇宙空間に放り出されていた。息が吸えない。苦しい。そして痛みを伴なうほどの寒さ。グレイは酸欠と寒さによりもがき悶え苦しみながら、静かに意識を失っていった―――
ソフィアはと言うと、隣でわけもわからずに発狂しているグレイをなだめようと声をかける。が、一度空間が強く歪んだかと思うと、彼の姿が消えてしまった。否、消えたのではなく彼女が見えなくなったのだ。彼女の今の視界は一寸の光もない暗闇。隣にいた彼が急にいなくなった事により強い不安感に駆られパニックになってしまう。恐怖に耐えながらも見えない眼で周囲を見回すとなにやら異変が・・・
気が付けばソフィアはパチパチと燃え滾る炎に囲まれ、自分は十字架にくくり付けられていた。炎の音が自分の方に近づいて来るにつれ、気温も高くなり汗が吹き出てくる。しばらくすると、炎は自分の足元に着火したようで、音がパチパチからゴウゴウと激しく燃える音に変わると、言葉にならない激痛が足に走る。炎が自分の足の皮を焼き焦がすと、剥き出しになった神経をさらに痛めつけその度に彼女はこの世の物とはいえないほどの断末魔を上げた。炎は体全体に行き渡り、断末魔を上げる為の声帯も焼き焦がされると、彼女もまた意識を失った―――
ひょいとテーブルの上に一匹の黒猫が躍り出る。黒猫は尻尾を一振り二振りすると、大家さんの顔めがけて前足の爪で横に大きく引っかいた。
すると、大家さんは正気を取り戻し、先ほどの光景はまるで嘘のように治まると、溢れ出ていた魔力は全て大家さんの体に戻っていった。プリンの形は元に戻り、振り子時計も正常に動き始めたようだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あら?また私プッツンしちゃったのかしら〜?」
「にゃにゃー!ふな〜ご!」
「あぁ、ごめんなさいね〜。ちゃんと人のお話しを聞かない人にはお仕置きをしなきゃいけないのよ♪」
「みゃおーん。にゃん・・・」
「お仕置きのレベルを超えてるって?ただの幻術だから大丈夫だわよ〜」
「にゃらにゅいんにゃ〜。ごろごろ?」
「気を失ってるだけだから大丈夫よ〜。さて、この二人をどうしましょうか・・・」
「ふな〜・・・・・・・・にゃ!にゃ!!」
「部屋に運んでおくって?いいわね〜それ。手伝ってくれる?」
「にゃー!!」
大家さんが気を失っている二人を両肩に担ぐと、黒猫は何やら呪文を唱えだした。しばらくすると目の前に魔方陣が出来上がり、ぽっかりと大きな穴が出現したところを見ると空間転移系統の魔法なのだろう。この種の上位魔法を杖無し、サポート無しで詠唱するこの黒猫はやはり只者ではない。
「そうねぇ・・・・・・じゃあちょうど開いている57階まで転送頼むわぁ♪」
「にゃるりにゃらにゃら・・・・・・ふなななな・・・にゃーー!!!」
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彼女は部屋の前に立っている。今いる場所は巨大な塔の中腹のようで、上下何も見えない。部屋の表札には『57階:オセの層』と彫られており、ドア全体には豹のようなイラストが描かれていた。
部屋の中はごく普通の洋風な作りになっており、メインフロアには大きなテーブルや置物、棚が置いてある。立派なキッチン、バスルームも設置され、さらにはバルコニーさえも設備されているときたものだ。
彼女は気絶している二人を寝室にある大きなダブルベッドに優しく寝かせると、寝顔を確認し部屋を後にした・・・
10/10/13 22:36更新 / ゆず胡椒
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