連載小説
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最終章:中編 されど、明けない夜はない
 
 俺はどうしていたのだろうか。確か・・・憤怒しそうな大家さんを止めようと呼びかけたところ声が出せなくなって、気が付けば宇宙に放り出されていたんだよな・・・そして段々気が薄れてきて意識がハッキリとしなくなって・・・
 なのに何だこれは、俺はこんな部屋知らないぞ?
 ・・・どうやら俺達は何らかの理由で気を失って、この部屋に運ばれたらしい。
 隣ではまだすやすやと寝ている彼女がいたので、起こさないでおいた。こんなにも綺麗な寝顔をしている人を起こすわけにはいかないだろ?
 真っ白いレースに包まれ純白の輝きを発している見たこともないくらい大きなダブルベッド。これは部屋の半分の閉めている程に大きい。
 壁には、吸い込まれそうなほど美しい油絵が3枚、どれも素人目で見て一級品と頷ける物が掛かっている。右側に見えるのは、きっと戦争を表したものなのだろう大勢の魔物が人間達に襲い掛かっていて、雄雄しさや力強さが溢れ出ている。正面に見えるのは、人間の男と魔物の女性、それと魔物の子供が二人の計四人でテーブルを囲み食事をしている。パンやミルク、サラダがあるところを見るとどうやら朝食のようだ。四人全員が笑顔で食事をしているのでとても微笑ましく思えた。最後に左側の絵だが、あまりにも前衛的で叙情的であるため、俺の口からは説明の仕様がない。

 彼女を起こさないよう静かにベッドから立ち上がると、抜き足差し足でその左側の絵の隣にある扉に近づき鍵がかかっていないかを確認をしてゆっくりと開いた。
 目に映るのは整理整頓され埃一つない広々としたリビングだった。ここがリビングと考えると、俺が寝ていたさっきの部屋はベッドルームってことになるんだよな。確かに、このリビングの広さがあればベッドルームの広さも頷ける。
 リビングを見回してみると、幾つか興味深いものを発見した。一つは、壁に掛かっている大きな剥製だ。ぱっと見るとまるっきり山羊の剥製なのだが、どうにも角が尋常ではないほどにひん曲がっている。禍々しいの一言に尽きる一品だが、つい最近この角に非常に似た物をどこかで見たような気がした。
 次に見つけたのは、大きな暖炉だ。材質を見る限り耐熱レンガを使用しており、魔界の汚染された大地から出来ているようなので、とても頑丈と見える。暖炉の側には豹のような紋章が描かれた焼印が置いてあった。烙印でもするのだろうかなどと考えたが深追いはしないようにしよう。
 その他にもたくさんあるが、今は省略させてもらおう。

 ある程度リビングを見回したところで、次はキッチンへ赴いてみた。
 食器や調理器具はあらかた全て揃っており、一言で言うと『完璧』だった。調理器具に関してはどれも調理器具にしておくのが勿体ないほどに美しいものばかりである。精錬や金工を得意とするドワーフやサイクロプス・・・の中でも更に超一流の名工でなければ作れないほどの調理器具であるそれは、調理器具というより一つの芸術品、または業物と言った方が聞こえがいい。
 そんな芸術品を一つ一つまじまじと手に取り見とれていると、ふとした拍子にそれは手から滑り落ちてしまった。部屋中に広がる金属の甲高い金切り声。
 しまった――俺がベッドルームの扉の方を振り向いてしばらくしただろうか、静かに扉が開いた。





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「・・・・・・おはよ〜・・・グレイ・・・ふぁ・・・今の音なに〜?」

「おはようソフィア。すまんな、起こしてしまって。鍋の蓋を落としてしまったんだ」

 グレイはそう言うと、落とした鍋蓋を元の位置に戻しソフィアの下へ歩み寄ると、まだ寝ぼけている彼女の頭をわしゃわしゃと撫で、手を引く。丁度リビングの中央にテーブルとイスがあるので、そこに彼女を座らせ自分も彼女の正面に腰をかけた。

「おはようソフィア。目は覚めたか?」

「ん・・・大分覚めてきたよ。・・・でもワケが分からないわね、確かにあの時わたしは焼き尽くされたのに今生きてるし、ここがどこなのかもさっぱり・・・」

 ぶつぶつと独り言のように呟く彼女はどこか不満げな顔をしていたようだ。無理もない、俺もそうだが彼女は余程疲れているのだろう、先ほどのトイレでの一連の行動がそれを物語っていた。
 そんな彼女を尻目にこれからどうしようと考えているうちに、ふとあるものが目に入った。

「んむ・・・こんなものあったっけか・・・」

 テーブルの上には丁寧に封をされた白い手紙と、小さなマッチの小箱が置いてあった。部屋の風景にあまりにも自然に溶け込んでいたので気付かなかったのだろう。グレイは手紙を手に取り裏表を確認している。

「中身は・・・入っているようだな。差出人が書いていないが・・・」

「宛名は書いてある?」

「ん・・・・・・お!俺達宛てになっているぞ!」

 差出人こそ分からないが、宛名は自分になっていると言うことで封をあけることにした。いささか不謹慎不明瞭な点があるがここは魔界だ、そんなことはたいして重要なことではないだろう。
 グレイが封を切ろうと両手で手紙を掴むと、手紙の一部は跡形もなく紙切れになってしまった。

「ちょちょちょっーーーーーーーー!!!
そういえば忘れていたわ・・・あなた、超が付くほどの不器用だったわね・・・」

「不器用とは聞こえが悪いじゃないか。力の加減が出来ないと言ってく」

「どっちも同じ!」

 グレイの言葉をさえぎり、手紙を取り上げた彼女はコホンと一つ小咳払いをした。懐から小さな薄いナイフを取り出し、手紙の糊付けされている所を撫でるように優しく滑らせるその様はなんとも家庭的でいて、それで美しい。人間でもサキュバスだとしても、家庭的な動作をする女性と言うものには魅かれるものがあるのだろうか。
 彼女は手紙をいとも簡単に綺麗に開け、手紙の中身を取り出した。ふふんと鼻を鳴らしグレイに手紙を見せびらかすと、彼は両手を挙げ『参りました』とでも言わんばかりだ。
 肝心の手紙の中身と言うと、一枚の紙が四つ折になっており何かがびっちりと書かれていた。

「うわぁ結構書かれてるね・・・
あっ!グレイ見て見て!裏に・・・ホラ!」

 そう言った彼女は手紙の裏面を見開きグレイに見せ付けた。

「なになに・・・『親愛なる友グレイ・ヴォルグ、ソフィア・ウィンへ   大家より』・・・・・・・・・って―――まぁ大体は予想できてたがな。そして手紙でも大家さんを貫き通すんだな」

「それほど本名が嫌なのよ。あんな凄い名前だとね・・・
と言うか私たち勝手に大家さんの親愛なる友になっちゃってるよ・・・」

 今度はソフィアが両手を挙げ『気の早いこと・・・』とため息をついた。
 手紙の字はお世辞にも丁寧とは言えないつづり字で乱雑に書かれている処を見ると、大家さんは相当急いでこの手紙を書いていたように感じ取れる。

「ところで、何が書いてあるんだ?ちょっと貸してくれ」

「あ、大丈夫だよ。私が読むからグレイは聞いてて頂戴♪・・・どれどれ・・・」



  *  *  *  *  *




『親愛なる友グレイ・ヴォルグ、ソフィア・ウィンの二人へ
 まず始めに二人には謝っておくわ。ごめんなさい。人の話を聞かな過ぎてたからちょっとしたオシオキをしたんだけど、度が過ぎちゃったわぁ♪
けどこうなった原因は貴方達にあるのだからよくよく考えることね〜私もあんまり怒りたくないし、もし本気でキレちゃったらここら一帯消滅しちゃうし♪
・・・それにマンションが消えちゃったら私の計画が(二本線で消した後がある)
 そうそう!!そんな御託はいいとして!貴方達が聞いてくれなかった本題を今この手紙で簡単に説明しちゃうわ。
 単刀直入に言ってしまうと・・・・・・ここのマンション『メゾン・ド・ソロモン』に住んで欲しいのよ。単刀直入すぎてわけが分からないと思うけどちょっと聞いて欲しいわ。
さっき貴方達の記憶を読ませてもらったけれど、魔界で住めるところを探しているらしいわね。ハッキリ言わせてもらうけれど、この広すぎる魔界でもそんな所は指で数えるほどしか存在しないわ。このまま捜し求めても、魔物の寿命を向かえ年老いて死ぬか、運良く見つけたとしても貴方達に合った土地かは保障できない。それほど気の遠い旅になると思う。それならこのマンションに移住することが最良の考えだと私は思っているわ。長年の勘よ。
 それに、私・・・いえ、私達としても貴方達に住んでもらうことを強く望んでいるのです。理由は・・・・・・ごめんなさい、まだ言えません。ですが、きっと人間だったときよりも快適な生活が出来るでしょう。私が保証します。
 もし、ここに住むとしたならばたった一つ守って欲しいことがあるわ。それは"死ぬまで他のところに住居を構えることが出来なくなる"ということ。貴方達には遊びとしか思えないでしょう。けれど、私達にとっては何よりも重要で大切なことなのです。
 今までこの決まりを破った者にはそれ相応のけじめを執らせていただきました。それはこれからもずっと同じです。ですが私は貴方達が約束を破る人だとは思ってないわ。


 ちょっと今更かしこまっちゃうけど・・・この手紙に書いてあることを全て読み理解したのならば、この手紙をそこにあるマッチで燃やしてください。そうすると空間転移の赤いゲートと青いゲートが開きますので、このマンションに住む気があるのならば赤のゲートに飛び込んでください。先ほどのホールに出ますので、そこで私達は貴方達を新たな仲間として盛大な歓迎会をおもてなしします。
 逆にとてつもない茨の道になりますが、新たな移住地を求めて旅をするのなら青のゲートに飛び込んでください。このマンションの外が出口になってますので、くれぐれもお気をつけてください。一応使いの者を使わせておりますので、途中までなら道案内をして差し上げます。


 最後になりますが、私は貴方達を信じています。どうかこれを忘れないで下さい。
                大家より』


  *  *  *  *  *



「・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・」

 手紙を読み終え二人は考えていた。このマンションに住むか、危険を顧みず新たな新天地を求めて旅をするか。どちらにとっても二人にして見れば新たな生活という点では変わりがない。しかし、どちらが楽と言われればやはりマンションに住み着くことであり、新天地を求めて旅をするのは危険と時間がかかり過ぎる。かといって、こうも易々と大家さんを信じていいのだろうか。
 二人は沈黙の中お互いの考えをただひたすらに練っていた。

――10分後――

 ふとした拍子で二人の眼が合い、その一瞬、本当に一瞬のアイコンタクトで全てが決まった。いや、二人とも答えはまとまっていたのだが、最後の踏ん切りが利かなかったのだ。ようやく沈黙が開かれるように口が開いた。

「ソフィア・・・・・・本当にこれでいいんだな・・・?」

「うん。わたしはグレイとさえ一緒に入れれば何も不便はないよ」

「そうか・・・あの、な・・・なんつーか・・・これからも・・・迷惑かけるかもしれないが・・・よろしく頼むな」

「大丈夫だよ。わたしこそ迷惑かけちゃうかもしれないけどよろしくね♪
・・・?あれ・・・もしかして・・・それって・・・・・・もしかしなくても・・・・・・プロポーズっ!!??」

「そ、そうだ・・・・・・プロポーズ、だ。そ、それで返事は・・・どうなんだ・・・・・・?」

「・・・・・・・・むふふふふ〜♪♪♪♪♪♪♪♪♪そんなの聞かなくても私の態度を見れば分かるじゃない!!!」

 そう言うとソフィアは全身全霊を込めてグレイに抱きついた。その行動が何を意味するのかはもう書く必要も無いだろう。

「魔界でのことが一通り終わったら結婚しよう。本当は無事に任務が終わってから言う予定だったんだが・・・こんな目になっちまってるからな。だから肝心の指輪も地上に置きっぱなしだ。すまないな」

「そんなことないっ♪♪私は指輪なんかよりグレイの方が百倍輝いて見えるよ!!あ、返事がまだだったね。
・・・・・・・・・・いいよ、結婚しよう////♪」

 二人は絶え間ない笑顔で最後の確認をすると席を立った。
 ソフィアが指先で手紙を持ち、グレイはマッチに火をつける。ちろちろと燃えるマッチの小さな炎を手紙にかざすと、手紙は一気に燃えその炎が二つの輪になった。右側には赤い炎の輪、左側には青い炎の輪と人二人が通れる大きさの輪が燃えているが不思議と熱くはなかった。
 グレイとソフィアはお互いの格好を確認する。服は軽装、剣を装備し身支度も完璧。後は炎の輪に飛び込むだけだ。

「ソフィア、新しい人生のスタートは二人で一緒に行こうか」

 グレイはそう言うと左手を差し出す。それに答える形でソフィアの右手がしっかりと、しっかりと強く繋がれた。

「グレイ・・・アリガト♪やっぱりわたしはグレイのことが大好きだよ////」

 二人はお互いに今まで見たこともないような満面の笑みを浮かべ、目が輝いていた。新たな希望、未知なる不安、二人の目には何が映るのか今の二人には知る由もない。

「ああ、俺もだ。死ぬまでお前を守る。行くぞ!!」

 二人は同時に足を踏み出し炎の中に入っていった・・・










――
―――
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―――――
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ヒュウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン―――――――
ドスン!!!!!


「っか〜〜〜痛ぇな。大丈夫か?」

「なんとかね・・・にしてもまさか空中に放り出されるとはね・・・」

 グレイは転んでいるソフィアに手をさし伸ばし立ち上がらせる。落ちた衝撃で体に付いた砂や土を手で払いのけ服装を再度整えると、近くの暗がりからやや子供っぽい体型の女性がふわふわと浮かびながらこっちへやってきた。

「あ〜〜〜アンタたち青のゲートに入っちゃったわけ〜〜??」

 手紙に使いの者と記されていたのはこのインプのことであろう。一連のことは知っているようだ。

「ああ、俺達には俺達なりの考えがあるんだ。なぁソフィア?」

「そうそう!ねぇインプさん。ちょっとお聞きしていいかしら?」

「あぁん?アタイは道案内しかできねぇぞ?」

「大丈夫よ。ちょっと聞くけど、私達がもしあの赤のゲートに入ってたら、あのマンションで歓迎会が起こってたらしいのだけどそれって本当かしら?」

「あぁそりゃ本当だ。アタイも含めてあそこの奴らは基本騒ぐのが大好きなんだよな。アタイもどんちゃん騒ぎに混ざりたいんだけど、こうやって使いの者としての仕事が多いからなかなか混ざれないんだよねぇ・・・」

 そうこぼしたインプの愚痴を聞いて二人はにやりと大きく笑うと、更に追求する。

「じゃあ、お前さんも歓迎会に混ざれるようにしてやろうじゃないか。これが俺達の考えなんだがな」

「・・・・・・・・・・・・・・・えっ?そんなことできるわけないじゃん。だってアンタたちは青のゲートに入ったんだし・・・」

「俺が思うに多分ホールの奴らは俺達二人がどっちのゲートに入るというよりは、ホールに来るか来ないかで判断していると思うわけだ。だから・・・もう言わなくても分かるだろ?」

「えぇ?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・う〜ん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ、ああああああ!!!!!そうか!!!そうだよな!!!!
オマエたち頭いいな!!!!!それだよそれっ!!!!」

 グレイとソフィアは二人でハイタッチをし作戦大成功とガッツポーズを拳を高く突き上げていた。そうして今すぐにでも走れるようにストレッチを始めだした。
 インプがその様子を見てにひひと八重歯を出すと、腕を組み咳払いしながらこう言った。

「いや〜〜オマエたちとはいい友だちになれそうだな♪
・・・さて、一応ちゃんとした仕事もしなきゃならないからな〜(棒読み)
オマエたちが案内して欲しいのはどこだ!山か海か洞窟か北か南か東か西か!?どこでも案内してやらぁ!」

 二人は再度アイコンタクトをすると、ぴったりと声を揃え言い切った。とても清清しく、新しい朝のような透き通った答えで。


「「メゾン・ド・ソロモンまで!!!!」」
10/10/21 01:12更新 / ゆず胡椒
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■作者メッセージ
前編ときたら後編が来ると思っていた人はすいません!!?(マテ
中編を挟んでしまいました。

何故新天地を探させないかって??作者がハッピーエンド好きだからさ!
もう作者コメントで何を言っていいのか分からないのでここら失礼します。

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