連載小説
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11章 正午
  
 グレイたち二人の目の前には、七色の髪をした人間の女性が肩に黒猫を乗せ、うっすらを笑みを浮かべながらこちらを伺っている。
 見た目は普通の人間。
 なのだが、気配は人間のそれとはまったく異質なものであり、彼女の周囲には目に見えるほどの強力な魔力が漂っている。彼女もまた人ならざる者なのかもしれない。
 強力にして異質な気配を目の当たりにしたグレイたち二人はすぐさま臨戦態勢に入る。
 元騎士団員の二人には、目の前の彼女が圧倒的な実力者だということに気付かないわけが無かった。

「こんな所に人間とは随分と珍しいな。お前さんは何者だい?」

「あなたには悪いけど、返答次第では、わたし達はあなたを敵と見なしますよ」

 二人は鋭い目つきで女性を睨みつける。
 彼女の肩の黒猫は今にも襲ってきそうな程に毛を逆立て、威嚇しているが、当の彼女は真逆で、随分と落ち着いているようだ。
 彼女は肩の黒猫を一撫でして落ち着かせてから、やっと口を開いた。

「あらあら、お姉さん怖いわぁ♪大丈夫よ、私は貴方達の敵じゃないわ〜」

「いきなり見も知らずの他人の言葉を信じれるわけがないだろう」

「元騎士団員さんは困ったさんねぇ〜。どうすれば信じてくれるかしら?」

「「!!??」」

 彼女のが何の気なしに言った何気ない一言に二人は驚愕した。彼女はグレイ達二人を元騎士団員だと知っていたのである。
 グレイ達は彼女に元騎士団員だと言ったわけでは当然無い。服装も騎士団の鎧は全て先ほどの洞窟に置いてきたので、今の二人の服装は薄い軽装だけである。また剣にも、騎士団の紋章などは入っているわけでもない。
 故に、グレイ達二人が元騎士団員だという証拠はどこにもあるはずがないのにもかかわらず、彼女がそれを知っていたということに、二人は驚きを隠せなかった。
 さらに続けて彼女が言う。

「そんなに驚かなくていいのよ?
『元騎士団団長グレイ=ヴォルグ』さんに、
『元騎士団副団長ソフィア=ウィン』さん♪」

 驚くことに彼女は、二人の本名まで言い当ててしまった。

「な・・・なんで・・・わたしたちの名前を・・・」

「ウフフ♪気になるでしょう?知りたいでしょう?
ならば、私についてきてください。全て説明いたしましょう。なぜ私が貴方達を知っているのか、そして『移住者』とは・・・
安心してください。あなたたちにとって、とてもいい話だと思いますよ?」

 彼女はそう言うと、元来た道を再び戻っていった。彼女がグレイ達に背を向け進んでいくのに対し、肩の黒猫はグレイ達を常に見続けている。
 時折ふんっと鼻息を鳴らせ、グレイ達をからかっているかのように見えた。

「・・・グレイ、どうする?わたしはあなたに任せるよ。それに・・・これはわたしの勝手な意見だけどあの人、悪い人じゃ無いような気がする・・・」

「そうだな・・・俺も彼女の言動が気にはなっているし、色々と聞きたいことがあるしな。それに、彼女からは敵意ってモンが全く感じられなかった。
・・・よし、行くぞソフィア」

 






 二人が彼女の後を付いていって数分が経った頃だろうか、まだ姿こそはっきりと見えないが、彼女が進んでいっている先にはとても巨大で縦長な何かがうっすらと見え出してきた。遠近法を無視するごとき巨大さで、天に伸び、頂上は目では確認することが出来なかった。
 やがて近づくにつれ、それははっきりと見えてくる。それは巨大な円錐状の建造物であった。高さは恐ろしく高く頂上が見えないので、何階建てなのかも明確には分からない。階数が多いのか、部屋が高いのかすら考えることが無駄なように思えるほどの高さである。
 二人は高さばかりに気をとられていたが、意外と横の面積も広く、大きな闘技場3個分はゆうにあるだろう。

「大きいでしょ。驚くのも無理ないわ。地上にはこんな建物あるわけが無いし、高さだけなら魔界でも魔王城より高いかもしれないわよ〜?」

 彼女はそう喋りながらも歩き続け、喋り終わったと同時に足を止めた。彼女の目の前には、大きな木製の扉がある。
 彼女がなにやら呪文を唱えると、がちゃりと鍵の外れる音がした。軽く手を押すと、木製の扉が重々しく開き、彼女は片手で扉を押さえながら手招きをしている。

「ささ、早く中に入ってくださいね〜♪」
 
 彼女はそう言うと、先に建物の中に入ってしまった。
 すかさずグレイ達二人は、扉が閉まり切らない間に扉に手を突っ込み、半ば無理矢理建物の中に入った。
 ぎぃと古ぼけた木の軋む音が時代を感じさせる。

 建物の中に入ると、そこは巨大な広間になっていて、そこでまず目に入るものがあった。
 天井には、今は懐かしい母国の城にも無いような大きなシャンデリアがぶら下がっている。それも、入り口の木製の扉のように古ぼけているが、どこか懐かしさを感じさせた。遠くから見てもこの大きさなので、もっと近くで見たら相当な大きさなのだろう。
 広間の両奥には、左右対称になるようにして階段が配置されており、半螺旋を描きながら、上へ上へと伸びていく。軽く2、3段登り奥を見たが、遥か遠くは何も見えなく、唯一確認できたのは、吸い込まれそうな暗闇のみである。
 また、広間の端には翼の生えた女性の石像が均等に配置されていた。指でなぞってみるがホコリ一つ見当たらないところを見ると、相当手入れされているようである。たまたま石像の秘部に触れてしまったが、その時僅かに石像が動いたのは気のせいだろう。
 広間の中央には、中程度のソファやテーブルがいくつか置いてあり、これも綺麗に配置されているので、手入れはされているのだろう。
 一言で言えばここは、『品のあるホテル』であった。
 先ほどの女性が、ソファに座りながらこちらを手招きしている。

「こっちよ〜さあ、どうぞお掛けになってくださいな♪」

 テーブルを挟み片側に女性、もう片側にグレイがどしりと座り、ソフィアがふらふらと座ると話を始める。
 が、ソフィアの様子がどうもおかしいらしい。

「ソフィア?大丈夫か?顔が青白いが・・・」

「ウプ・・・ちょっと・・・吐き気が・・・酷くて」

 ソフィアは片手で口を押さえながら唸っている。尻尾や翼も張りが無く、だらんとうなだれている様子を見ると、相当参っている様だ。
 そんな様子を見て、女性は心配そうにソフィアに語りかけた。

「あらあら・・・トイレはあそこに見えるフロントの右側にあるわよ。行ってらっしゃい♪」

「あ・・・ありがとう・・・ござ・・・います・・・ウウップ・・・」

「俺が話をつけておく。お前は安心してトイレに行っとけ」

 ソフィアはよたよたと歩きながら、トイレに消えていった。

(ホントに大丈夫なのだろうか・・・まったく、あいつは弱音を吐かないからな。気がつかない間に疲れが溜まっていたのだろう・・・)

「彼女だってもう立派な魔物よ〜魔物の体は頑丈だから心配しなくても大丈夫よ♪」








「それじゃぁ・・・まず、何から聞きたい?・・・って言っても、私には全てわかっちゃうんだけどね」

「・・・・・・まず、お前さんが何者なのかと、なぜ俺達を知っているか。それを教えてくれ」

 グレイがそう話し出すや否や、フロントの左側から物音がする。
すると小柄な人物が足音も立てずにこちらへやって来た。

「こちら、最高級ウバ茶と当マンション自慢のチーズビスケットでございます。お口に合えばわたくしとしても幸いでございます」

 小柄な慎重ながらも高々としたコック帽を被った彼女は、終始凛とした姿勢で紅茶とビスケットを運んできた。

「では、これにて失礼いたします。どうかごゆるりと・・・」

「ありがとね〜ドロシーちゃん♪」

 ドロシーと呼ばれた小柄な彼女は軽く一礼をし、その場から立ち去った。

「なかなか可愛げのあるコックさんじゃないか」

「ええ。とってもカワイイでしょ〜♪
彼女のお話もしたいところだけど・・・まず貴方が聞きたいのはそれじゃないでしょう?」

 彼女は紅茶をすすりながら話をする。が、予想以上に熱かったのかハフハフと舌を突き出していた。

「はひひ・・・ふぅ。まず・・・そうね、私が一方的に貴方達のことを知ってるのって、なんだか対等じゃないわよねぇ・・・
私の名前はウロボロス。私自身あまりこの名前は気に入ってないから『大家さん』って呼んでくれて構わないわ」

「なるほど。で、大家さんよ、もう一度聞くが、何故俺達のことを知っているんだ?少なくとも、俺達は魔界に来てから情報は最低限に抑えておいたんだがな」

 グレイはご自慢と言われたチーズビスケットをかじりながら繰り返し質問をする。ビスケットが思いのほか美味しかったのか、ペロリとあっという間に全て平らげてしまった。

「・・・信じてもらえないかもしれないけど・・・私はエキドナよ。
・・・昔昔の大昔、私は数少ないエキドナ種の女帝を務めていたわ。だけど、とある理由から人間の姿に化けたまま、蛇の姿に戻ることが出来なくなってしまったの。
この理由はとっても長いからまたいつか話そうと思うけど・・・ここまで信じてもらえたかしら・・・?」
 
自分をエキドナと言った彼女の体は、ラミア類特有の蛇のような体の要素は何一つ無く、やはり普通の人間の姿のままであったが、彼女が今言ったことが本当ならば、一応つじつまは合う。
 彼女は紅茶を飲み干す。グレイはビスケットがなくなった悲しさと、彼女の衝撃の告白とが混ざり合い、なんともおかしい表情になっていた。

「なるほどな・・・いきなり理解すれってのもなかなか難しい話だが・・・
よしわかった。続けてくれ」

「・・・私はエキドナ種の女帝って言ったわよね?
その理由から話さなければならないけど、私は生まれたときから既に絶対的な力を持っていたわ。その力は一族一同が女帝になるのが相応しいとか言い出してね・・・無理やり成らされてしまったのよ。その力っていうのが身体的な力もあるんだけど、もう一つが・・・」

 そう言うと彼女は何を思ったか、手元にあった自分の分のチーズビスケットをグレイの皿に乗せた。
 グレイは不思議に思い

「??どうしたんだ?これは大家さんの分だろう。何故ここに?」

 自分の皿の上に置かれたチーズビスケットを再び彼女の皿に戻した。
 すると、彼女はこう言う。

「あら、食べてもいいのよ?『貴方の心がそう言っているんだもの』」

「・・・なんだと・・・?俺の心・・・・・・まさか・・・・・・!」

「・・・そう、気付いたかしら。
貴方はビスケットを美味しいと『感じた』。
そしてまだ食べたいと『思った』。
けど、全部食べてしまって『悲しい』。
皿の上に乗せられた時『嬉しかった』。
でも、そんな卑しい『考え』は良くないから戻した。
そして、今は私に心を読み取られて『驚いて』いる。
もうおわかりでしょう?
・・・私には他人が今何を考えているかが分かってしまうのよ。そしてそれは今現在のことだけではない、その人の過去まで・・・ね」

 グレイは開いた口が開かなかった。今まで幾度と無く強力な魔物と戦ってきたが、それは戦闘面での強力であって、このような異例な力ではない。
力自慢なミノタウロスは力比べで、
魔法自慢な魔女は持ち前の策で、今まではどうにかしてきた。
 しかし、相手の心を読むという単純かつ凶悪に思われる力に驚くほか無く、ただただ唖然としているしかなかった。と言ってもこの『唖然』としている感情も読まれているのだろう。

「驚くのも無理ないわよね・・・逆に驚かない人なんて今まで誰一人としていなかったわ」

「な、なる・・・ほど・・・これで合点がいったわけだ。俺達の名前を知っているのも、何を考えているかもすべてお見通しってわけか・・・」

 開いた口を戻し平然を保つが、彼の心は『動揺』を隠せていない。

「・・・ということは、だ。俺達が何故こんなナリでここに居るかってのも全てお見通し・・・なんだよな?」

 グレイは重々しく伺うが、雰囲気は暗く沈みうつむいている。思い出したくないことを思い出し、気分が急激に落ち込んでしまった。
 そして、その雰囲気は彼女にまで伝る。

「ええ、もちろん。全てね・・・
・・・とても悲しい任務でしたね・・・信じられないほど悲しく・・・切ない・・・」

 彼女は胸元のポケットからハンカチを一枚取り出し、流れてくる涙を拭っていた。そのような彼女を見てグレイももらい泣きしそうになるが、なんとか持ちこたえる。

「・・・ごめんなさいね・・・人間の姿の時は、この力は制御できないのよ。だから、他人の読みたくない辛い思い出や、卑劣な考えも全て読み取ってしまう・・・
どうか・・・御気になさらないでください・・・」

「いや、いいんだ。あれは仕方の無かったこと。俺達も十分重んじているし、今後の戒めとして永遠に忘れないことにしている。
・・・俺の方こそすまなかった」

 いつの間にか、彼女の空だった紅茶は満杯になっていた。








「失礼します。お口に合いましたでしょうか。
まだまだお話しが長引くようなのでメニューをお持ちいたしました。
最高級食感な『アヌビスのプニプニ肉球プリン』と
コカトリスの卵をふんだんに使った『荘厳で黄金なチーズケーキ』
の二品です。どちらも他では召し上がることの出来ない、特徴のあるデザートですので、どうかお楽しみください。
それでは、失礼します」

 先ほどドロシーと言われた彼女は豪華なデザートと二品持ってくると、すぐさま戻っていってしまう。
 その姿を見た大家さんはふと何かを思い、彼女を呼び止めた。

「ドロシーちゃん♪ちょっとちょっと♪」

 大家さんは軽くて招きをし、彼女を呼び寄せた。
 彼女は顔をムスッとさせ、しぶしぶこちらへ戻ってくると大家さんの隣に立ち尽くしていた。

「まだ仕事が残っているのですが・・・」

「これも仕事のうちよ、我慢なさい。
紹介するわ。彼女は当マンションのコック長を務めているラージマウスよ。後は彼女から直接言ってもらうわ」

 彼女はいきなり自分に振られたので少し慌てふためいたようだ。落ち着きを取り戻しこほんと一つ咳払いをする。

「わたくし、コック長を務めさせていただいておりますドロッセルマイヤーと申します。名前が長いせいか、ドロシーと略され呼ばれているので、グレイ様もそう呼んでくださって結構でございます。
自慢に聞こえてしまいますが、わたくし、作れない料理のジャンルはございません。常に最高の料理を作る心構えで調理しています」

「彼女の作るものはほんっとに美味しいわよ〜♪
ちょっとチーズ味の品が多いけど、これも彼女なりのこだわりだから文句は受け付けていないわよ〜」

「そういうことです。今後はお互いお世話になることが多いと思いますので、よろしくお願いいたします。
では、わたくし、まだ仕事が残っていますので、これで・・・」

 彼女は深々と礼をし、調理場に戻っていった。

「なかなか礼儀正しいコック長だな。どこかの誰かにも見習わせたいもんだ」

 グレイはチーズケーキと何等分かにしながら思い出していた。今でもアイツの顔が鮮明に浮かび上がる。

「どこかの誰か・・・あぁ、スノウさんのことですね。今はどうしているのでしょうね・・・気になります」

「・・・本当に記憶まで読めるんだな。プライベートもへったくれも無いなこりゃ」

「貴方が思い出したものならば、全て読めてしまいます。読めてしまうのですから、仕方が無いですね♪ウフフ♪」

 グレイはこの力が恐ろしいと思った反面、とても安心していた。
 このような力がもしも彼女のような温厚な者に渡らず、狡猾で醜悪な悪者に渡っていたと考えると、想像しただけで悪寒が走ってしまった。








「ところで・・・貴方はまだ知りたいことがあるようね」

「あぁそうだ。まだ、一番大事な事を聞いていな「あっ、言わなくてもいいわよ、読めるから。
えぇと・・・移住者、そして当マンションとは何か・・・ですか。
今すぐにでも説明してあげたいけど、ちょっと話し続けで疲れちゃったわ。
折角こんな美味しそうなデザートがあるんだから、少し休憩を入れましょう?」







「おい、これ・・・俺が喋る必要無くないか・・・?」
10/10/06 23:03更新 / ゆず胡椒
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■作者メッセージ
「このお話しもなかなか終わりが見えませんので、つまみものをお持ちいたしました。
世にも珍しい『ラミアの逆鱗のチーズ炒め』と・・・
これは名品ですよ。
魔物化したノームの土地で生成された魔芋を丹念に熟成した芋焼酎『大地抱擁』
きっと最高なつまみものになるでしょう。ですから、もう少し完結まで待ってみると言うのも趣があるのではないでしょうか。
作者の意見?作者とは何ですか?












おや、もう食べつくしてしまったのですか?
・・・しょうがないですね・・・では、特別にあなたには、
わたくし特製『チーズあわび』を召し上がっていただきます。あまりに美味しすぎて失神する方が続出していますので、気をつけてくださいね。

それでは・・・失礼しますッ」

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