あとしまつ
まぶたをあたたかな日射しがくすぐった。
メスの体臭に満ちた鼻腔とは対照的に、空っぽのみぞおちが情けなく鳴く。
我ながらなんともみっともない目覚ましだった。
だが、私を包んでくれているぬくもりと、四肢の重さに申し訳ないような気がして、
ベッドの上での同居人が洩らす、可愛らしい含み笑いに促されるように、私は目を開いた。
「おはようございます、お腹すいたんですか?」
まず灰色の寝ぼけまなこに映ったのは、弧を描く瑞々しい桜色の唇から零れる、
粒の揃った真珠のような歯並びと、そこだけ剣呑に尖った長めの糸切り歯だった。
だが、その剣呑ささえ、彼女の見目麗しさを引き立てる要素でしかない。
惚れた弱みをさっぴいてもだ……しかしまあ、惚れたか、ああ、我ながらちょろい。
そんな自嘲を飲み下しながら、私は努めて平静に挨拶を返した。
「おはようございます、シスター」
「はい、ブラザー」
左口元のほくろから視線を上げてみれば、彼女の名前と同じ藤色の瞳の中に、
いかにも起き抜けでございと言わんばかりの、なまっ白くしまらない童顔が浮かんでいる。
そのくせ、発情だけは一丁前だ。 気恥ずかしくなった私は無言で腰を引いた。
しかし、このサキュバス殿――いや、ダークプリーストと言っていたか――は御無体であった。
「ダメですよぉ、グリグリっ♪ ……って、しててくださいな」
しなやかな右手と肌触りの良い黒い右翼に腰を抱き寄せられ、
すべらかな腹筋に半ば包皮に隠れたままの先端を刺激されて、思わず惰弱な悲鳴が零れてしまう。
ああ、そういえば、私も彼女も一糸まとわぬ全裸だった。
甘い狂乱に溺れ、さんざ気をやった後、ついには意識まで手放してしまったものらしい。
――冬でなくてよかった。
などと現実逃避気味にどうでもいい事をつらつら思い浮かべていると、
私の左脚にあたたかくすべらかでブニブニとした細長いものが絡んだ。
シスターの第五……いや、両翼も勘定に入れれば第七の四肢である、彼女の尾だ。
するすると私の左脚を這い上る感触は、どことなく飼い主にじゃれつくネコのようだ。
ただし、持ち主同様、ずいぶん悪戯好きかつ、サカリがきているらしい。
「お尻はやめてください」
「けちー」
――まあ、できるだけ近いうちに、後ろの処女も交換しましょうねぇ……♥
鼠蹊部へのマッサージと、睾丸への刺激に切り替えながら、
シスター・グリシーナは、女神もかくやという慈愛に満ちた満面の笑顔でのたまう。
上気した表情に、思わず胸骨の下で鼓動が跳ねるのだが勘弁してもらいたい。
つーか入るわけねえじゃん、ぼくの掌よりふた回りはでけえぞ、シスターの尻尾の先のコブ。
……思わず素が出てしまったが、見なかった事にしていただきたい。
「安心してくださいな♥ お腹の中も、お尻の穴もぉ……キレイにキレイに洗ってから、
たあっぷりとローション練り込んで、やさしくやらしくほぐしてあげますからハァハァ……」
ローションってなんじゃらほい。 とりあえず鼻血をふけよこのダメスネコ。
「ゆーべみたいに舐めとってほしいにゃあ♪ ……むぐっ♥」
仰せのままに、鉄臭い鼻の下を舐めて清めるついでに、
目が覚めているハズなのに寝言を垂れるという器用なマネをしくさる唇に吸いついて塞いでやった。
お粗末な罪深い部分と、そこから溢れた欲望の発露を貪った唇は、それでも甘く潤ったままだった。
「おいしいですか?」
「はい」
「よかったぁ……もうひとつ、どうですか?」
「いただきま……親鳥かあんたわ」
「めっ」
しばし戯れたあと、再び情けなく鳴いた腹の虫を合図に、私達は見繕いを済ませた。
そして、シスターがどこからともなく取り出した、黒いイチジクのような果物を口にする事になった。
ただし、ふたつ目のイチジクを口移しにされる前に、私がシスターから貰ったのは、
「どこのろくでもない不良拳士ですか、おやめなさいな、みっともない」とのお言葉とともに放たれた、
速さも威力も閃光じみた――文字通り目が眩んだほどだ――右手中指の一撃である。
お互い遠慮が無くなっていると思う……いや、彼女の辞書に遠慮の文字は無いな、最初から。
「遠慮ならありますよ? 具体的にはブラザーの処女」
犯したろかこの尼。
「¡Bienvenido(うぇるかむ)!」
「どこの草双紙の主人公ですか」
女性用下着を仮面のように被って悪人を成敗する、若き義賊を彷彿とさせる勢いの歓迎である。
笑顔もさりながら、身振り手振りにつられて、大儀そうにゆさっと揺れる黒衣の下の双実がまぶしい。
――ああ、下着といえば、今の彼女は、その……。
昨晩、私の薄汚い欲望を受け止めたそれは、どこに行ってしまったのだろうか。
そんな事を考えながら、一瞬下げた視線が泳いだ途端、
「……その内、またシコシコしてあげましょうか? ぱ ん つ で♥」
「……是非」
「素直でよろしい♪ 素直なブラザーにはご褒美です♥」
からかいをにじませながらも、劣情に濁った桃色のソプラノがガブリと噛みついてきた。
ご丁寧に軽く握った右手を上下させながらの猫なで声が、鼓膜にジクジクと突き刺さる。
――ああ、このシスターの前世はきっとサメだったのに違いない。
内心でそうぼやきつつ、真っ赤な頬とへの字口のまま首肯してみせると、
さながら血を吸った偃月刀のように、対面の唇が反り返ってぬめった。
と、口角を吊り上げていた唇が再び尖って、小ぶりなイチジクをひとつついばんだ。
テーブルを挟んで身を乗り出してくる持ち主は、どうしても口移しにして食べさせたいらしい。
お望み通りの形で受け取った物を咀嚼し、飲み下してからその旨を問うてみると、
「水臭いですねー、そんなの当たり前じゃないですか」との事だ。
それにしても何故そこで胸を張るのだろう。 いかにもやわらかそうに弾んで目の毒だ。
……ああ、穿いてないついでに、つけてもいないのか、この人は。
「やん、視線で犯されるー♪
うへへ、吸いたいですか? 挟まりたいですか? 搾られたいですか?」
「強いて言えばうずまりたいです、搾られるのはその後でお願いします」
「もーっと欲張りさんになってもいいんですよ?」
素直なのは食べちゃいたいくらい可愛いですけど。
そううそぶくと、椅子と床のデュエットを置き去りにしつつ、
万年発情期のメスオオカミが、私の顔面にがっぷりと食らいついた。
もとい、その豊かな双丘で、私の視界を物理的に閉ざした。
甘いぬくもりに満ちた脂肪の塊、次世代の命を育む母の愛のつぼみ――。
「ピエードロくんのおちんぽ専用乳まんこ、ですよー」
「ハタチの娘さんがチンだのマンだの口にするのはどうかと……」
「いいんですよぉ、わたしは魔物娘なんですから」
そうのたまって魔性(笑)のシスターは私の生え際付近をおとがいでグリグリと抉る。
ハゲたらどうしてくれる。
「アゴでグリグリするのはやめてください。
まだ父や死んだ祖父のような焼け野原にはなりたくないんです」
「あー……金髪は薄くなり易いって聞きますしね……」
――でもやめません! 大丈夫、何を隠そうわたし達は若返りの達人なんですよ!
――なにそれこわい。
なんでも、人をやめて彼女らと同じ身の上になった女、彼女らと夫婦になった男は、
遅くとも三十路に至る手前程度の肉体のまま、数百年を伴侶と睦み合い続けられるのだそうだ。
悪い冗談のような、福音のような。
昨晩のシスターの両親と兄夫婦の体験談を信じるのなら、きっと後者なのだろうが。
しかし、不老長寿か。
「この姿のまま、数百年も生きたくはないなあ……」
おとがいの刺激が止まった。 おまけに甘い薄闇が急に開けた。
肩に食い込む指の痛みに文句を言おうとしたら、
これまでに見た事も無いような真剣な藤色の瞳が私の目を覗き込んでいた。
「それは、どういう意味ですか……?」
今までがウソのような、ムダに重たく、搾り出すような声音である。
そのくせ、多少赤みを増した目は、ずいぶんと気弱に潤んでいた。
どうにもバツが悪い。
「あなたを食べさせていくのに、このガリッガリの腕と貧相な体格と背丈では心もとないですから……」
語尾がしぼんでしまったのは、我が身の不甲斐無さ故だと思いたい。
この頬が熱いのはきっと気のせいだ、私ごときが照れ臭がるのなんておこがましいのだ。
多少読むものを読んでいたとはいえ、父親のツテのみでこの修道院に押し込められた身であるし。
ああ、そういえば、寝坊して毎日のお祈りやらなんやらを全部すっぽかしてしまったな、今更ながら。
……あ、こわばりが取れたな。 うん、シスターはそうやってにへら〜っと笑っててくれた方がいい……
「〜〜〜〜〜〜〜〜♥」
「ぐえ」
……などと、気取った余韻に浸る暇も無く、感極まったらしき彼女の熊式鯖折りで、
私は再び、亡くなって久しい祖父と、しばし対面する機会を得る事ができた。
「曾孫が独り立ちするまでもう来るな、妬ましい」だそうだ。
とりあえず、現世に戻ったら、身体を鍛える事から始めよう。
シスターをおろおろさせるのも、祖父の不景気なしかめっ面も、もうまっぴらだもんな……。
ところでですねシスター・グリシーナ、
「大丈夫! 何を隠そう、わたし達は旦那様を養う達人です!!」などと、
満面の笑顔で両手親指を立てられても、その、何だ、困る。
そりゃあ私にはせいぜい読み書きできてソロバン使えるくらいしか取り柄は無いのだが、
大事にしていきたいと思った相手の為に頑張る事を、当人から必要無いと言われるのはツラいよ。
いくら私が乳母日傘で育った妾の子でも、母と同じ飼い殺しの身はイヤだ。
「頑張る方向を間違えちゃってますね……。
わたし達、旦那様と仲良くしていればそれだけで生きていけますし」
「なにそれ」
意気込んではみても、聞き分けのない子供をなだめるように言い聞かせられると、
どうにも逆らおう、抗おうという気概が萎えてしまう。
ただ、疑問に思うところがなくなってしまうわけでもない。
たとえば、彼女の父上と兄上はどうしているのだろうか。
「堕落の果実作ってますねー、家族のおやつになる分くらいですけど」
シスターはそう言って、食べきれずに余った分の黒いイチジクをつまんでみせた。
……初孫だの第三子だのがじき生まれるそうなのに、それでいいのだろうかモンタニャルタ家。
「やーですよう、ベッドの上では頑張ってますって♪」
だから若い娘がそういうしぐさをするなっつーに!
左手の親指と人差し指で輪を作るな! その輪に右手中指を出し入れするな!!
「おカタいのはおチンチンだけでもいいんですけどねえ……じゃなくて。
それにですねブラザー、父さんも兄さんも、
自分の奥さんと仲良くしてれば、それだけで生きていける身体になってるんですよ?
『ボーチュージュツ』って知ってますか?」
「霧の大陸で発症した、男女の契りを介した健康法でしたか?」
「発症じゃなくて発生ですよぅ……魔物の旦那様になった男の人は、
インキュバス化という絶倫と長命・頑健の祝福を受ける事になるんですけどね?
魔物とインキュバスの夫婦って、そのボーチュージュツの、もンの凄いヤツを、
誰に教わるでも無く使えるみたいなんですよねー」
――ここ数十年、ほぼ飲まず食わずで仲良くしてるだけだそうですけど、
健康そのものですよ?義姉さんのご両親。
しれっとそう言われても、新たな疑問が増えるばかりだよシスター……。
「子供が生まれたらどうしているんですか?」
「人間と同じものを食べさせてもいいんですけど、お母さんにお乳貰ったり、
だっこされたり撫でてもらったりしているだけで、お赤飯くらいまでは育つそうです。
夫婦間での元気のやりとりでできた余剰分のおすそ分けですって。
まあ、さすがにそれだけじゃ口寂しいねって事で、もうひとつの祝福に頼ったりもするんですけどね」
「祝福って何ですか?」
「夫婦で仲良くしていると、堕落の果実だけじゃなくて、虜の果実っていうのも実るんですよ」
「……はい?」
話を聞いてみると、当世の魔物は、伴侶と愛し合うだけで、
住処の周囲に『それらさえ食べていれば健やかに育ち、生きていける』モモをはじめ、
同様の効能を持ったイチジクだのブドウだのイモだのが、
勝手に実をつける環境……いや、異能に恵まれているらしい。
……労働なくして得られた糧に正しさはあるのだろうか?
イヤ、伴侶と生命の力を分かち合って増幅させる事ができない子供や独り身の魔物、
そして件のインキュバスなる怪人に変化していない魔物の伴侶にとっては、なくてはならないものか。
それに、夫婦の営みの副産物で日々の糧が得られるのなら、
確かに「頑張っている」とは言える、のか? ……なんだかこんがらがってきてしまった。
「うむむ……」
「まあ、睦びの野菜みたいに、夫婦で丹精込めてお世話した方がおいしくなるのもありますけどねー」
魔界のイモか……一応、この修道院に来てから、
儀式で使うワイン用のブドウの世話はしてきたが……。
でも、シスターが「イモ作り? そんな事より子作りです!」
と主張したらオジャンだな、それに彼女に義務を負わせてしまっては本末転倒だし。
イヤ、待てよ? そういえば。
「ところで、シスターのお義姉さんのご実家は、天使さまと勇者さまのご夫婦なんですよね?」
「はい、剣を振るより腰を振る方が、祝福を与えるより愛と快楽を分かち合う方が得意でしょうけど」
「シモにカラめんとハナシでけへんのかいあんさんは」
「はいなぁ♪ 魔物は大なり小なり皆そーだがねー。
このくりゃーでイライラしとったら話できにゃーぞ?」
「……話を戻しましょう、聖職者としてはどんなお仕事を?」
「んー、堕落神さまの教えを物理的に布教して回ったり、
夫婦に結婚の祝福を授けてインキュバス化を促したり?」
「物理的って……」
「ダークプリースト化・インキュバス化ののろ…祝福をこれでもかこれでもかと捏ね上げた、
蒼黒い魔力の塊を、目をつけた反魔物派の集落にそぉい!です!」
「今呪いって言いかけたよねシスター」
「空耳よブラザー」
こやつめハハハ。 ハハハ。
しばしざーとらしいカラ笑いを交えていたら、
気を取り直したかのようにシスターは表情を引き締めた。
「まあ、そぉい!の対象もそれなりに吟味しなきゃいけないんですよね。
失政や災害でご飯食べられなくなっちゃってる人達のいる所とか、
社会的なシガラミに押し潰されて恋を成就させられなくなってそうな女の人がいる所とか。
レスカティエなんかはその両方ですねー」
「……はい? レスカティエですって?」
「ええ、先日陥落したレスカティエです。 今はローパーになった四女さまが即位して、
先王が妖狐になった先代の王妃さまとご一緒に後見してらっしゃるそうですよ」
「食べられない人達が食べられるようになるのは善だと思いますが、恋愛、ですか……」
「恋する乙女は報われなきゃダメなんですよ?
……負の感情で流された涙で終わる恋なんか、お尻拭いた後のちり紙ほどの値打ちも無いですし」
歯軋り、舌打ち、眉間のシワ。 何より淑女にあるまじき比喩だったが、
ドブ川が腐ったような色の目から発せられる威圧感は、それらの指摘を許さない重さがあった。
と、縮こまって怯える情けない私に気づいたのか、
シスターは可愛らしい咳払いをひとつ零してから謝罪の言葉を投げてきた。
ありがたく受け取ろう、そしてこの手の話題は来世までするまい。
しかしまあ、恋する乙女、か。
「どうしました? 目が遠くなってますよ?」
「あー、その、えーと……身近にその、
負の感情で流された涙に溺れそうな、恋する女がひとりいましてね……」
……うわ、目つきが変わった。
「どなたですか」
「姉です」
私はそそくさと修道衣の隠しに畳んでしまっていた手紙を拡げてみせる。
視線が「はよ教えんかいワレ、二重の意味で!」と如実に語っているのが怖い。
――お久しぶりです、元気ですか? お腹壊してませんか? お尻は無事ですか?
――最後のが無事じゃなかったら絶対に教えてくださいね? お父様にすぐ伝えますから。
――まあ冗談はこのくらいにして、先日娘が生まれました。 叔父さんになっちゃいましたね。
――是非あなたにも顔を見せてあげたいのですが、
修道院に入ってしまったあなたのもとに、この子を連れていくわけにはいかないのが残念です。
――残念と言えば、この子が生まれて三月になりますが、
この間、夫がお父様の命令であちらこちらにやられて帰って来れない事が何よりつらいです。
――願わくは、昔のように皆で平穏に暮らせん事を。 近い内にまた手紙を送ります、姉より。
そう広くもない一室に、シスター・グリシーナの奥歯が軋む音が再び響いた。
紫の炎が燈った瞳がまっすぐに私の心を射抜き、熱を失った平坦なソプラノが耳朶を穿つ。
「ブラザー・ピエードロ。 お義姉さまのご住まいはどちらですか」
――将来の義妹からのちょっとしたお節介を……じゃなくて、
遅ればせながらお祝いをしてさしあげなきゃいけませんから。
……こうして、父と義兄は、それぞれ母と姉に、万魔殿の片隅に幽閉され隠遁する未来が決まった。
私も似たようなものだ……まあ、不満はひとかけらも無いのだけれど。
石造りの建物が並ぶ集落も、豊かに生い茂る草花も、すべてが堕天使達の肌のように、
蒼みがかった世界で繰り返される今日は、淫らな安寧に満たされていたからだ。
ちなみに、姪は、まっとうな時の流れに身を任せているかのように、すくすくと育ってくれている。
多少のごたごたはあったものの、姉も母もシスターとそれなり以上に平穏につきあえているようだ。
……問題は、四人――予想されていたかもしれないがシスターの兄嫁だ――がかりで、
私と私の義兄に、からかうようなちょっかいを出してくる事だが、瑣事か。
シスターの兄いわく、「慣れなよ、俺はもう慣れて、楽しむようになったよ」だそうな。
ともあれ、この辺りで私達の話を語る筆を置こうと思うがご勘弁願いたい。
何せ我が姪と、先日生まれた義妹と、シスターの姪が、三人揃ってぐずり出したのだ。
何故か彼女らは、両家の若手男性陣があやした方がおとなしくなり易いので仕方が無いのである。
「クロ義姉さんの子とわたしの妹ですからねえ、面食いなんじゃないですか?」
「なんだか不安ねえ……将来、我が子ながら恋敵になりそうで……」
「まあまあ……その時はその時で、
性的な意味での家族団らんを愉しまれたらよろしいかと。 きひひ♪」
上からシスター、私の姉、シスターの義姉ぎみの言である。
おっかしいなあ……ここにいるメンツ、ほぼ全員が聖職者かその関係者のハズなんだが……。
なんでこんな情欲まみれでただれたセリフがポンポン出てくるんだろう。
特に勇者の血を引く天使らしきナマモノ。
「生臭坊主の子は生臭坊主なだけだろうよ」
「もしくは類は友を呼ぶ、ではないのかと」
黙れクソ親父。 言わないでください義兄さん。
「きひひ……情欲まみれとか生臭の類友なんて、
そんなに褒めてくださっても嬌声以外のものは出ませんよ?」
『出さんでええわい、そんなモン』
見事にハモった一同のツッコミに「俺の前以外ではな!」とのおまけがついてきたのがおかしくて、
つい私は、その声の主の妹御と、こっそり苦笑を交わしたのだった。
メスの体臭に満ちた鼻腔とは対照的に、空っぽのみぞおちが情けなく鳴く。
我ながらなんともみっともない目覚ましだった。
だが、私を包んでくれているぬくもりと、四肢の重さに申し訳ないような気がして、
ベッドの上での同居人が洩らす、可愛らしい含み笑いに促されるように、私は目を開いた。
「おはようございます、お腹すいたんですか?」
まず灰色の寝ぼけまなこに映ったのは、弧を描く瑞々しい桜色の唇から零れる、
粒の揃った真珠のような歯並びと、そこだけ剣呑に尖った長めの糸切り歯だった。
だが、その剣呑ささえ、彼女の見目麗しさを引き立てる要素でしかない。
惚れた弱みをさっぴいてもだ……しかしまあ、惚れたか、ああ、我ながらちょろい。
そんな自嘲を飲み下しながら、私は努めて平静に挨拶を返した。
「おはようございます、シスター」
「はい、ブラザー」
左口元のほくろから視線を上げてみれば、彼女の名前と同じ藤色の瞳の中に、
いかにも起き抜けでございと言わんばかりの、なまっ白くしまらない童顔が浮かんでいる。
そのくせ、発情だけは一丁前だ。 気恥ずかしくなった私は無言で腰を引いた。
しかし、このサキュバス殿――いや、ダークプリーストと言っていたか――は御無体であった。
「ダメですよぉ、グリグリっ♪ ……って、しててくださいな」
しなやかな右手と肌触りの良い黒い右翼に腰を抱き寄せられ、
すべらかな腹筋に半ば包皮に隠れたままの先端を刺激されて、思わず惰弱な悲鳴が零れてしまう。
ああ、そういえば、私も彼女も一糸まとわぬ全裸だった。
甘い狂乱に溺れ、さんざ気をやった後、ついには意識まで手放してしまったものらしい。
――冬でなくてよかった。
などと現実逃避気味にどうでもいい事をつらつら思い浮かべていると、
私の左脚にあたたかくすべらかでブニブニとした細長いものが絡んだ。
シスターの第五……いや、両翼も勘定に入れれば第七の四肢である、彼女の尾だ。
するすると私の左脚を這い上る感触は、どことなく飼い主にじゃれつくネコのようだ。
ただし、持ち主同様、ずいぶん悪戯好きかつ、サカリがきているらしい。
「お尻はやめてください」
「けちー」
――まあ、できるだけ近いうちに、後ろの処女も交換しましょうねぇ……♥
鼠蹊部へのマッサージと、睾丸への刺激に切り替えながら、
シスター・グリシーナは、女神もかくやという慈愛に満ちた満面の笑顔でのたまう。
上気した表情に、思わず胸骨の下で鼓動が跳ねるのだが勘弁してもらいたい。
つーか入るわけねえじゃん、ぼくの掌よりふた回りはでけえぞ、シスターの尻尾の先のコブ。
……思わず素が出てしまったが、見なかった事にしていただきたい。
「安心してくださいな♥ お腹の中も、お尻の穴もぉ……キレイにキレイに洗ってから、
たあっぷりとローション練り込んで、やさしくやらしくほぐしてあげますからハァハァ……」
ローションってなんじゃらほい。 とりあえず鼻血をふけよこのダメスネコ。
「ゆーべみたいに舐めとってほしいにゃあ♪ ……むぐっ♥」
仰せのままに、鉄臭い鼻の下を舐めて清めるついでに、
目が覚めているハズなのに寝言を垂れるという器用なマネをしくさる唇に吸いついて塞いでやった。
お粗末な罪深い部分と、そこから溢れた欲望の発露を貪った唇は、それでも甘く潤ったままだった。
「おいしいですか?」
「はい」
「よかったぁ……もうひとつ、どうですか?」
「いただきま……親鳥かあんたわ」
「めっ」
しばし戯れたあと、再び情けなく鳴いた腹の虫を合図に、私達は見繕いを済ませた。
そして、シスターがどこからともなく取り出した、黒いイチジクのような果物を口にする事になった。
ただし、ふたつ目のイチジクを口移しにされる前に、私がシスターから貰ったのは、
「どこのろくでもない不良拳士ですか、おやめなさいな、みっともない」とのお言葉とともに放たれた、
速さも威力も閃光じみた――文字通り目が眩んだほどだ――右手中指の一撃である。
お互い遠慮が無くなっていると思う……いや、彼女の辞書に遠慮の文字は無いな、最初から。
「遠慮ならありますよ? 具体的にはブラザーの処女」
犯したろかこの尼。
「¡Bienvenido(うぇるかむ)!」
「どこの草双紙の主人公ですか」
女性用下着を仮面のように被って悪人を成敗する、若き義賊を彷彿とさせる勢いの歓迎である。
笑顔もさりながら、身振り手振りにつられて、大儀そうにゆさっと揺れる黒衣の下の双実がまぶしい。
――ああ、下着といえば、今の彼女は、その……。
昨晩、私の薄汚い欲望を受け止めたそれは、どこに行ってしまったのだろうか。
そんな事を考えながら、一瞬下げた視線が泳いだ途端、
「……その内、またシコシコしてあげましょうか? ぱ ん つ で♥」
「……是非」
「素直でよろしい♪ 素直なブラザーにはご褒美です♥」
からかいをにじませながらも、劣情に濁った桃色のソプラノがガブリと噛みついてきた。
ご丁寧に軽く握った右手を上下させながらの猫なで声が、鼓膜にジクジクと突き刺さる。
――ああ、このシスターの前世はきっとサメだったのに違いない。
内心でそうぼやきつつ、真っ赤な頬とへの字口のまま首肯してみせると、
さながら血を吸った偃月刀のように、対面の唇が反り返ってぬめった。
と、口角を吊り上げていた唇が再び尖って、小ぶりなイチジクをひとつついばんだ。
テーブルを挟んで身を乗り出してくる持ち主は、どうしても口移しにして食べさせたいらしい。
お望み通りの形で受け取った物を咀嚼し、飲み下してからその旨を問うてみると、
「水臭いですねー、そんなの当たり前じゃないですか」との事だ。
それにしても何故そこで胸を張るのだろう。 いかにもやわらかそうに弾んで目の毒だ。
……ああ、穿いてないついでに、つけてもいないのか、この人は。
「やん、視線で犯されるー♪
うへへ、吸いたいですか? 挟まりたいですか? 搾られたいですか?」
「強いて言えばうずまりたいです、搾られるのはその後でお願いします」
「もーっと欲張りさんになってもいいんですよ?」
素直なのは食べちゃいたいくらい可愛いですけど。
そううそぶくと、椅子と床のデュエットを置き去りにしつつ、
万年発情期のメスオオカミが、私の顔面にがっぷりと食らいついた。
もとい、その豊かな双丘で、私の視界を物理的に閉ざした。
甘いぬくもりに満ちた脂肪の塊、次世代の命を育む母の愛のつぼみ――。
「ピエードロくんのおちんぽ専用乳まんこ、ですよー」
「ハタチの娘さんがチンだのマンだの口にするのはどうかと……」
「いいんですよぉ、わたしは魔物娘なんですから」
そうのたまって魔性(笑)のシスターは私の生え際付近をおとがいでグリグリと抉る。
ハゲたらどうしてくれる。
「アゴでグリグリするのはやめてください。
まだ父や死んだ祖父のような焼け野原にはなりたくないんです」
「あー……金髪は薄くなり易いって聞きますしね……」
――でもやめません! 大丈夫、何を隠そうわたし達は若返りの達人なんですよ!
――なにそれこわい。
なんでも、人をやめて彼女らと同じ身の上になった女、彼女らと夫婦になった男は、
遅くとも三十路に至る手前程度の肉体のまま、数百年を伴侶と睦み合い続けられるのだそうだ。
悪い冗談のような、福音のような。
昨晩のシスターの両親と兄夫婦の体験談を信じるのなら、きっと後者なのだろうが。
しかし、不老長寿か。
「この姿のまま、数百年も生きたくはないなあ……」
おとがいの刺激が止まった。 おまけに甘い薄闇が急に開けた。
肩に食い込む指の痛みに文句を言おうとしたら、
これまでに見た事も無いような真剣な藤色の瞳が私の目を覗き込んでいた。
「それは、どういう意味ですか……?」
今までがウソのような、ムダに重たく、搾り出すような声音である。
そのくせ、多少赤みを増した目は、ずいぶんと気弱に潤んでいた。
どうにもバツが悪い。
「あなたを食べさせていくのに、このガリッガリの腕と貧相な体格と背丈では心もとないですから……」
語尾がしぼんでしまったのは、我が身の不甲斐無さ故だと思いたい。
この頬が熱いのはきっと気のせいだ、私ごときが照れ臭がるのなんておこがましいのだ。
多少読むものを読んでいたとはいえ、父親のツテのみでこの修道院に押し込められた身であるし。
ああ、そういえば、寝坊して毎日のお祈りやらなんやらを全部すっぽかしてしまったな、今更ながら。
……あ、こわばりが取れたな。 うん、シスターはそうやってにへら〜っと笑っててくれた方がいい……
「〜〜〜〜〜〜〜〜♥」
「ぐえ」
……などと、気取った余韻に浸る暇も無く、感極まったらしき彼女の熊式鯖折りで、
私は再び、亡くなって久しい祖父と、しばし対面する機会を得る事ができた。
「曾孫が独り立ちするまでもう来るな、妬ましい」だそうだ。
とりあえず、現世に戻ったら、身体を鍛える事から始めよう。
シスターをおろおろさせるのも、祖父の不景気なしかめっ面も、もうまっぴらだもんな……。
ところでですねシスター・グリシーナ、
「大丈夫! 何を隠そう、わたし達は旦那様を養う達人です!!」などと、
満面の笑顔で両手親指を立てられても、その、何だ、困る。
そりゃあ私にはせいぜい読み書きできてソロバン使えるくらいしか取り柄は無いのだが、
大事にしていきたいと思った相手の為に頑張る事を、当人から必要無いと言われるのはツラいよ。
いくら私が乳母日傘で育った妾の子でも、母と同じ飼い殺しの身はイヤだ。
「頑張る方向を間違えちゃってますね……。
わたし達、旦那様と仲良くしていればそれだけで生きていけますし」
「なにそれ」
意気込んではみても、聞き分けのない子供をなだめるように言い聞かせられると、
どうにも逆らおう、抗おうという気概が萎えてしまう。
ただ、疑問に思うところがなくなってしまうわけでもない。
たとえば、彼女の父上と兄上はどうしているのだろうか。
「堕落の果実作ってますねー、家族のおやつになる分くらいですけど」
シスターはそう言って、食べきれずに余った分の黒いイチジクをつまんでみせた。
……初孫だの第三子だのがじき生まれるそうなのに、それでいいのだろうかモンタニャルタ家。
「やーですよう、ベッドの上では頑張ってますって♪」
だから若い娘がそういうしぐさをするなっつーに!
左手の親指と人差し指で輪を作るな! その輪に右手中指を出し入れするな!!
「おカタいのはおチンチンだけでもいいんですけどねえ……じゃなくて。
それにですねブラザー、父さんも兄さんも、
自分の奥さんと仲良くしてれば、それだけで生きていける身体になってるんですよ?
『ボーチュージュツ』って知ってますか?」
「霧の大陸で発症した、男女の契りを介した健康法でしたか?」
「発症じゃなくて発生ですよぅ……魔物の旦那様になった男の人は、
インキュバス化という絶倫と長命・頑健の祝福を受ける事になるんですけどね?
魔物とインキュバスの夫婦って、そのボーチュージュツの、もンの凄いヤツを、
誰に教わるでも無く使えるみたいなんですよねー」
――ここ数十年、ほぼ飲まず食わずで仲良くしてるだけだそうですけど、
健康そのものですよ?義姉さんのご両親。
しれっとそう言われても、新たな疑問が増えるばかりだよシスター……。
「子供が生まれたらどうしているんですか?」
「人間と同じものを食べさせてもいいんですけど、お母さんにお乳貰ったり、
だっこされたり撫でてもらったりしているだけで、お赤飯くらいまでは育つそうです。
夫婦間での元気のやりとりでできた余剰分のおすそ分けですって。
まあ、さすがにそれだけじゃ口寂しいねって事で、もうひとつの祝福に頼ったりもするんですけどね」
「祝福って何ですか?」
「夫婦で仲良くしていると、堕落の果実だけじゃなくて、虜の果実っていうのも実るんですよ」
「……はい?」
話を聞いてみると、当世の魔物は、伴侶と愛し合うだけで、
住処の周囲に『それらさえ食べていれば健やかに育ち、生きていける』モモをはじめ、
同様の効能を持ったイチジクだのブドウだのイモだのが、
勝手に実をつける環境……いや、異能に恵まれているらしい。
……労働なくして得られた糧に正しさはあるのだろうか?
イヤ、伴侶と生命の力を分かち合って増幅させる事ができない子供や独り身の魔物、
そして件のインキュバスなる怪人に変化していない魔物の伴侶にとっては、なくてはならないものか。
それに、夫婦の営みの副産物で日々の糧が得られるのなら、
確かに「頑張っている」とは言える、のか? ……なんだかこんがらがってきてしまった。
「うむむ……」
「まあ、睦びの野菜みたいに、夫婦で丹精込めてお世話した方がおいしくなるのもありますけどねー」
魔界のイモか……一応、この修道院に来てから、
儀式で使うワイン用のブドウの世話はしてきたが……。
でも、シスターが「イモ作り? そんな事より子作りです!」
と主張したらオジャンだな、それに彼女に義務を負わせてしまっては本末転倒だし。
イヤ、待てよ? そういえば。
「ところで、シスターのお義姉さんのご実家は、天使さまと勇者さまのご夫婦なんですよね?」
「はい、剣を振るより腰を振る方が、祝福を与えるより愛と快楽を分かち合う方が得意でしょうけど」
「シモにカラめんとハナシでけへんのかいあんさんは」
「はいなぁ♪ 魔物は大なり小なり皆そーだがねー。
このくりゃーでイライラしとったら話できにゃーぞ?」
「……話を戻しましょう、聖職者としてはどんなお仕事を?」
「んー、堕落神さまの教えを物理的に布教して回ったり、
夫婦に結婚の祝福を授けてインキュバス化を促したり?」
「物理的って……」
「ダークプリースト化・インキュバス化ののろ…祝福をこれでもかこれでもかと捏ね上げた、
蒼黒い魔力の塊を、目をつけた反魔物派の集落にそぉい!です!」
「今呪いって言いかけたよねシスター」
「空耳よブラザー」
こやつめハハハ。 ハハハ。
しばしざーとらしいカラ笑いを交えていたら、
気を取り直したかのようにシスターは表情を引き締めた。
「まあ、そぉい!の対象もそれなりに吟味しなきゃいけないんですよね。
失政や災害でご飯食べられなくなっちゃってる人達のいる所とか、
社会的なシガラミに押し潰されて恋を成就させられなくなってそうな女の人がいる所とか。
レスカティエなんかはその両方ですねー」
「……はい? レスカティエですって?」
「ええ、先日陥落したレスカティエです。 今はローパーになった四女さまが即位して、
先王が妖狐になった先代の王妃さまとご一緒に後見してらっしゃるそうですよ」
「食べられない人達が食べられるようになるのは善だと思いますが、恋愛、ですか……」
「恋する乙女は報われなきゃダメなんですよ?
……負の感情で流された涙で終わる恋なんか、お尻拭いた後のちり紙ほどの値打ちも無いですし」
歯軋り、舌打ち、眉間のシワ。 何より淑女にあるまじき比喩だったが、
ドブ川が腐ったような色の目から発せられる威圧感は、それらの指摘を許さない重さがあった。
と、縮こまって怯える情けない私に気づいたのか、
シスターは可愛らしい咳払いをひとつ零してから謝罪の言葉を投げてきた。
ありがたく受け取ろう、そしてこの手の話題は来世までするまい。
しかしまあ、恋する乙女、か。
「どうしました? 目が遠くなってますよ?」
「あー、その、えーと……身近にその、
負の感情で流された涙に溺れそうな、恋する女がひとりいましてね……」
……うわ、目つきが変わった。
「どなたですか」
「姉です」
私はそそくさと修道衣の隠しに畳んでしまっていた手紙を拡げてみせる。
視線が「はよ教えんかいワレ、二重の意味で!」と如実に語っているのが怖い。
――お久しぶりです、元気ですか? お腹壊してませんか? お尻は無事ですか?
――最後のが無事じゃなかったら絶対に教えてくださいね? お父様にすぐ伝えますから。
――まあ冗談はこのくらいにして、先日娘が生まれました。 叔父さんになっちゃいましたね。
――是非あなたにも顔を見せてあげたいのですが、
修道院に入ってしまったあなたのもとに、この子を連れていくわけにはいかないのが残念です。
――残念と言えば、この子が生まれて三月になりますが、
この間、夫がお父様の命令であちらこちらにやられて帰って来れない事が何よりつらいです。
――願わくは、昔のように皆で平穏に暮らせん事を。 近い内にまた手紙を送ります、姉より。
そう広くもない一室に、シスター・グリシーナの奥歯が軋む音が再び響いた。
紫の炎が燈った瞳がまっすぐに私の心を射抜き、熱を失った平坦なソプラノが耳朶を穿つ。
「ブラザー・ピエードロ。 お義姉さまのご住まいはどちらですか」
――将来の義妹からのちょっとしたお節介を……じゃなくて、
遅ればせながらお祝いをしてさしあげなきゃいけませんから。
……こうして、父と義兄は、それぞれ母と姉に、万魔殿の片隅に幽閉され隠遁する未来が決まった。
私も似たようなものだ……まあ、不満はひとかけらも無いのだけれど。
石造りの建物が並ぶ集落も、豊かに生い茂る草花も、すべてが堕天使達の肌のように、
蒼みがかった世界で繰り返される今日は、淫らな安寧に満たされていたからだ。
ちなみに、姪は、まっとうな時の流れに身を任せているかのように、すくすくと育ってくれている。
多少のごたごたはあったものの、姉も母もシスターとそれなり以上に平穏につきあえているようだ。
……問題は、四人――予想されていたかもしれないがシスターの兄嫁だ――がかりで、
私と私の義兄に、からかうようなちょっかいを出してくる事だが、瑣事か。
シスターの兄いわく、「慣れなよ、俺はもう慣れて、楽しむようになったよ」だそうな。
ともあれ、この辺りで私達の話を語る筆を置こうと思うがご勘弁願いたい。
何せ我が姪と、先日生まれた義妹と、シスターの姪が、三人揃ってぐずり出したのだ。
何故か彼女らは、両家の若手男性陣があやした方がおとなしくなり易いので仕方が無いのである。
「クロ義姉さんの子とわたしの妹ですからねえ、面食いなんじゃないですか?」
「なんだか不安ねえ……将来、我が子ながら恋敵になりそうで……」
「まあまあ……その時はその時で、
性的な意味での家族団らんを愉しまれたらよろしいかと。 きひひ♪」
上からシスター、私の姉、シスターの義姉ぎみの言である。
おっかしいなあ……ここにいるメンツ、ほぼ全員が聖職者かその関係者のハズなんだが……。
なんでこんな情欲まみれでただれたセリフがポンポン出てくるんだろう。
特に勇者の血を引く天使らしきナマモノ。
「生臭坊主の子は生臭坊主なだけだろうよ」
「もしくは類は友を呼ぶ、ではないのかと」
黙れクソ親父。 言わないでください義兄さん。
「きひひ……情欲まみれとか生臭の類友なんて、
そんなに褒めてくださっても嬌声以外のものは出ませんよ?」
『出さんでええわい、そんなモン』
見事にハモった一同のツッコミに「俺の前以外ではな!」とのおまけがついてきたのがおかしくて、
つい私は、その声の主の妹御と、こっそり苦笑を交わしたのだった。
16/01/23 15:57更新 / ふたばや
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