第十五章 火種が消える時
黒い闇が辺りを包み、空にだけ瞬く光が鏤められている中。
私とアルヒミアには森林の生えるすぐ側で焚き火をしていた。
「エル、大丈夫かしら。」
「隠していた様だが、相当無理をしているな。」
あの後、再度組み分けを行い親魔物領へと行く馬車にスパスィとルヴィニが、中立領へ行く馬車をエルフィールが付いていくことになり。
盗賊の塒へ向かうのは残った二人となったわけだ。
「すぐに追いつくから森林の手前で待ってろって言われたから待ってるけど・・・。」
「少し遅いな。」
「何かあったのかしら!?」
居ても立っても居られない様子で立ち上がるアルヒミア。
気持ちはわからなくもないが・・・。
わからなくも無い?
なぜ私はそう思ったのだろうか。
不思議なモヤモヤした気持ちを払っているとなにかが近付いてくる気配を感じた。
「しっ、アルヒミア。誰か来る!」
火を消して彼女の前に立ち訪問者に備えて弓に手を掛ける。
「残党かしら?」
「わからない・・・。」
全てエルフィールが始末したはずだが、隠れていた者が居ないとは断言できない。
矢を番え、いつでも放てる状態んしひて先手を取れるように息を潜めていると。
「ミラ、アルヒミア。いるか?」
彼の声が聞こえてきた。
「エルフィールこっちだ。」
万が一の為に声だけ返すと、星明りに微かに照らされた姿がこちらに来るのがわかり再度今まで燃えていたものに火を燈す。
すると今度ははっきりとエルフィールの姿が見えて私達は合流をすることが出来た。
「二人とも待たせたな。」
「結構待ったわよ。何かあったの?」
「ああ、教団の騎士を説得していた。」
「説得?」
焚き火を安定させながら彼の話を聞いていく。
捕縛されていた女性や子供達を引き渡しに行くとこそこには救援に駆けつけていた教団の騎士や僧侶達が居り、厄介事に巻き込まれない内に去りたかったが子供の発した一言で発見され町や人を救った人物をして捕まってしまってまったらしい。
他に捕らえられた人を助けに行くので離して欲しいというと一人で行かせては騎士の廃る、ぜひともお供させて欲しいと頼まれ。
それを説得して同行をやめさせるのに時間がかかってしまったそうだ。
「その熱心さを魔物娘への愛に向けてくれればいいのにね。」
「まったくだ。」
苦笑いをして腰を落ち着かせ。近くの木にエルフィールは凭れ掛る。
その顔色は昼間見送ったときと変わらず少し青褪めていた。
「それでこれからどうしていくんだ?エルフィール。」
大丈夫かと聞きいたところでうやむやにされることは目に見えている。
だから彼に容態など問わない方がいいだろう。
「そうだな。まずは彼女の話を聞いてからにしよう。」
草木が揺れ動く音と共に二匹のワーウルフが姿を現す。
「エルフィール。次女のループスは無事だった。後、塒と思しい場所は確認できたよ。」
「そうか、ありがとう。」
「これでリコスを助けれる?」
「もちろんだ。」
安堵の表情を浮かべアルヒミアの横に座る二人。
彼女達は元々アグノスの大森林北部で姉妹三人で暮らしていたらしい。
数日前、外界の近くで狩りを行っていたところを盗賊達に捕らえられてしまったとのことだ。
「日の出前に出発して奇襲をかけよう。食事の後、皆は休んでいてくれ。俺が見張りをしておくよ。」
「奇襲はいいが見張りは交代性でいいだろう。エルフィール、貴方も休んだ方がいい。」
「だが・・・。」
「気付いてないと思ったか?顔色は戻ってないんだぞ。」
「そうよ。少しでも休まないと倒れちゃうわ。」
「アタシ達も手伝うよ。」
「皆こう言ってくれているんだ。頼ってくれてもいいんだぞ。」
ここまで言って彼は漸く頷いてくれ、番をする順番を決めることとなった。
「ルヴィニ、ずるいわ・・・。」
「お姉ちゃん・・・。」
「スゥー、スゥー。」
皆が寝静まっていて枯れ木が焼ける音だけが耳に入ってくる。
見張りの交代をして少し経っただろうか、闇を照らしてる炎の明かりを見つめ、昼間の戦闘を思い出していた。
得体の知れない欲望が宿った瞳。
命や身の危険を初めて感じ無我夢中で矢を放ち。そして自分の手で人間を殺めた事を。
「私は・・・。身を自身を守っただけだ・・・。それなのに・・・。」
手が震えだし、何か冷たいものが背筋を走っていく。
エルフの里で任務をこなしていた時にはこんな事にはならなかった。
命を奪うことも、生きていく上で行ってきたのになぜ人間を殺めただけでこうなってしまうんだ。
言い表せない程の感情が私を飲み込んでいき、震えは全身を支配していき。
「嫌だ・・・。嫌だ・・・。」
抗えない自分に、只言葉だけが漏れて震えていると不意に温かい感触が肩へと乗ってくる。
そちらの方へ顔を向けると、眠っていたはずのエルフィールが心配そうな表情をして側にいた。
「どうした。ミラ?」
「エルフィール・・・。」
何を思ったか私にはわからない。
温もりを震えた身体を止めてもらおうと、気がつくと彼に抱きついていた。
「おっと、大丈夫か?何があったんだ?」
「怖いの・・・。」
そう、怖かった。
「怖かったの・・・。」
人の命を奪った事による罪悪感に押しつぶされることが。
「今日、初めて自分の手で人を殺めた・・・。今までは里の皆で追い返したり、戦闘なんて。命の奪い合いなんて一回も無かった。だから・・・。」
生きる為ではない攻撃、それで散っていく命を見て恐怖が芽生えてしまったのだ。
「優しいなミラは・・・。」
そういうとエルフィールは腕を背中に回して強く抱きしめてくれる。
温かさの中に、安らぎと安心できる心地よさが私を満たしていく。
「だが、勘違いはしない方がいい。」
震えは止まり、冷たい感覚が取り除かれると彼は肩を掴み真っ直ぐと私の瞳を直視した。
「君は命を奪った。しかしそれは自身を、いや仲間達全てを守る行為だったんだよ。」
「守った・・・。」
「そう、ミラが弓を構えなければ、矢を番えなければ。スパスィだけで全て守りきれたかな?」
「それは・・・。」
守りきれたかもしれないし、そうではないかもしれない。
「わからないか?でも、ミラが矢を放った事で助けられたことは間違いないだろう。」
「ええ・・・。」
「だったら誇りを持って自信に繋げろ。そうすれば怖くなんかなくなるさ。」
「そうだろうか。」
「そうさ、俺が言うんだ。間違いじゃない。」
「エルフィールがいうのなら・・・。」
信じてみよう。
私が撃った矢が皆を助けたのなら、怖がることは無い。
エルフィールの言葉で揺るがない何かが沸いてきた。
「もう大丈夫だな。」
「ああ、心配をかけたね。」
「気にするなよ。それより、そろそろ交代だ。」
「あっ、もうそんなに経ったのか。」
陽や月の動向は見えないのでどれ程経ったのかは解らないが、結構な時間が過ぎていたはずだ。
「すまない。休憩を取ってもらうはずが・・・。」
「いいって、休憩よりもミラのほうが大事だからな。」
「ありがとう。」
この男は歯が浮くような台詞をさらっというな。
だけど、嬉しいな私だけに向けられた言葉というのは・・・。
「では後少し、休ませて貰おう。」
「ゆっくりしとけよ。」
「わかってる。」
自分の中でエルフィールに惹かれていることを実感して、少ない休憩時間を過ごしていった。
辺りは紫がかった夜と朝の境目が顔を覗かせている中、小枝一本を踏み締める音にも注意を払いつつ盗賊の塒へと歩を進めていた。
「エルフィールこっちだ。」
「わかった。足元、気をつけてくれよ。」
「大丈夫よ。」
慎重に馬を引き、彼等が使用していたと思われる通路を発見して遡って行き。
陽が顔を出し始める前に洞穴の入り口へと辿りつく事が出来た。
薄暗く、明かり用に焚かれた篝火だけがはっきりと見張りの顔を照らす。
「二人か・・・。」
「どうする?飛び掛っていく?」
「それじゃ気付かれちゃうわよ。」
「そうだな。ミラ、一人程頼めるか?」
「この距離なら十分だ。」
ゆっくりと弓を構え、狙いを定めていく。
「ミラ、大丈夫だからな。」
「ええ。」
エルフィールの一言が私の心に染み込んでくる。
迷いも恐怖も無い。
張った弦の音が静かになっていき、一羽の鳥が羽ばたくと同時にその隣を併走していく影。
風を起こして木々の間をすり抜け、最後には賊の喉元を嘴が貫いた。
そして。
「どうし・・・。た・・・。」
横に立っていた男も、声を上げる間もなく首を断たれて絶命する。
私達の側にいたエルフィールは、一瞬の内に見張りの元に移動していて仕留めた賊を素早く茂みへと隠してこちらを手招きした。
「見張りはこれだけみたいね。」
「みたいだな。」
辺りを見回すアルヒミアと宙の匂いを嗅いで何かを探すヴォルグ。
この付近に誰も居ないことが確認されたところで塒へと侵入することとなった。
エルフィールの視点
無骨な岩と支えとなる丸太、動く糧となる空気を無駄に消費するように無造作に置かれている松明と琴切れて死体となった盗賊達。
「誰だ!きさ・・・。」
出会い頭に視界へと入ってくる敵を壁に叩きつけ、喉元を手の平で押さえ・・・。
ロングソードを出して器道ごと岩へと指し止めていく。
現在俺とアルヒミア、ヴォルグ姉妹は洞穴の中を進んでいる。
「さて、片付いたが。頼めるか?」
「はーい。」
ヴォルグとループスは三叉に分かれた道へと一歩進み、鼻を鳴らしていき。
一つ目の道では何の反応も無く、二つ目の道に何かを感じ取り。
三つ目の道では姉妹揃って顔を顰めた。
「この道からは何も匂わない。」
「こっちの道からは色んな匂いがする。」
『この先は臭いよ・・・。』
声を合わせて一番右の道を指差す。
どうやら先は便所になっているらしい。
「左の道か、アルヒミア。目印を頼む。」
「わかったわ。それにしても広いわね。」
来たところと判別が出来るよう、支えの木に目印をつけていく。
「恐らくここは試掘用のものだったんだろう。」
「試掘・・・?もしかして。」
「どうかしたのか?」
「うんん、なんでもないわ。早く行きましょ。」
「そうだな。」
何かアルヒミアが察したみたいだが本人が話す気がないのなら無理に聞く必要もないだろう。
彼女に促されて更に奥へと進んでいき、中枢らしき場所へと辿り着いた。
広い空間に並ぶ長机と椅子、そして数名の酒に酔った男達。
他に見えるのは通路が五つ程。
「ヴォルグ・・・、ってその様子だと駄目そうだな。ループスもか。」
「ごえんらはい。このにおひはだめらお・・・。」
「おらりくです・・・。」
鼻を押さえ、涙目の二人。
これは無理をさせられないな。
他の案をと考えていると酔っ払った賊が一人脚をふらつかせながらこちらへとやってくる。
一芝居打ってみるか。
「三人とも壁沿いに下がって手を後ろに回して組み合ってくれ。こんな風に。」
身振りでやって欲しい仕草を指示に出し、全員がその姿勢になってもらう。
「なりましたよエルフィールさん。」
「これでどうするのよ。」
「しっ、黙ってみていてくれ。」
準備が出来たところに奴がやってきた。
「おー、おめぇ・・・。見慣れない顔だな。」
「はい。新入りです。」
「新顔〜?そんな話聞いてないぞ。」
「そうですか?ご挨拶にと貢物を持ってきたんですが。」
「ワーウルフ・・・、ドワーフ・・・?そうかそうか、いい心掛けだな。左から二番目の通路の部屋に連れて行っとけ、おれぁしょんべんしてくるわ。」
「どうぞごっくり・・・。」
俺達の前を通り過ぎていく男。
ゆっくりと音を消して付いていき、充分離れたところで岩へと叩き付け喉元を貫いて壁へと刺し止めていき皆の元へと戻る。
「お待たせ。」
「お帰りなさい。左から二番目の通路みたいね。」
「そのようだ。残りを片付けておくか。」
「おお。」
酒を呷りながら笑い声を上げている盗賊達、数は六。
広い場所といっても長机や椅子などの障害物があり素早く動いてというのは無理だ。
どうしても音が鳴ってしまう。
となると・・・。
「ん〜、誰がてめぇは・・・。」
「ここは消えない炎の塒だぜぇ?」
「酒飲むじゃ・・・。ぐぶぅ!?」
「何しやがるてめぇ!」
「死にてぇ・・・。ごぶぅ!」
下から斜め上へと、右から左へと手を動かして一人ずつ仕留めていく。
「け、剣の投擲だと!?」
「よ!避けっ・・・。」
勢いよく射出されたロングソードは避ける間を与えずに彼等の顔面へと突き刺さり、命を散らしていった。
酒を飲んでいた六人を始末したところで人の気配を感じ腕を撓らせて振り上げる。
「ぐべぇ!?」
飛んでいった刃は鋭い音と共に呻き声を木霊させ、地面にものが倒れる音を運んできた。
「覗かずに堂々と出てくればいいものを。」
琴切れた死体を見ていると。
「エル、早く行きましょ。」
「リコスが待ってる。」
攫われた人魔が捕まっていると思われる通路へアルヒミア達は急いで向かっていく。
「おいおい、先に行くな。見張りや罠があるかもしれないだろ。」
気持ちが先走る彼女達に呆れながらも後を追い、奥へと進んでいった。
「ぐはぁ!?」
番をしていた男の首を鷲掴みにして壁へと叩き付ける。
「鍵はどこだ?」
器道を通り息が漏れる音だけが耳に届く。
指の力を強めると腕が震えながら上がっていくが、行く先は鍵の位置ではないようだ。
「教える気はない・・・、か。まあ、別に構わないがな。」
教えるつもりが無いのならもうこいつには用がない。
掴んでいる手の平から刃を出し、喉元へと刺していき鋼が壁へと到着すると張り付けが出来上がった。
「鍵は・・・、っと。」
「見当たらないわね。」
「リコスもう少し待ってね。」
「お姉ちゃん・・・。」
どうやら頭領格の男が保管しているらしいな。
ならばすべき事は只一つ。
牢の扉となっている部分へと足を進め鍵を手に取る。
「普通の鉄製か・・・。それなら。」
数歩後ろへと下がり、中にいる人魔に危ないから退くようにと促し。
左手は鞘を構えるように右手は柄を握る型をとり。
「ふっ!」
一息吐く内に刃を抜く。
鉄塊を通る確かな手応えと鞘が柄にぶつかる音を残して錠は真っ二つに割れ、地面に落ちてその役目を終わらせた。
感嘆の声が上がるがそれを静めて牢の中へと入り捕らわれていた子供、女性、魔物娘の戒めを解いていき脱出の手筈を説明してく。
「外に一人仲間が待機している。道順は彼女達が案内してくれるから大丈夫だ。」
その中で街道の時と同じく反魔物領の女性や子供は嫌悪感を出している。
「ふぅ・・・。今は親、反関係なくここから無事に出る事だけを考えて欲しい。じゃあ、行こうか。」
一言だけ、今だけを見てもらい外へと向かって歩き始めた。
長い列を作り中核部分の入り口が見えたところで、怒声がこちらへと響いてくる。
「何が起こってやがる!誰かいねぇのか!」
どうやら頭領格の男が俺達の通った後を発見したらしい。
出口が塞がれないように急いで部屋へと出ると、仲間の死体を見ながら怒りに震えている男が佇んでいた。
「お前か?部下を殺してくれたのは・・・。」
「ああ。」
「なんだ後ろの女子供は・・・。俺達の商品に手を出そうってのか!組合の回し者か?それとも教団の糞共か?世間知らずの勇者様か?」
「通りすがっただけでお前等に襲われた旅の者さ。」
「ふ・・・、ふざけてるのかぁ!!」
再び上がる怒声。
「襲われたのなら教われたらしく身包み剥がされてのたれ死ね!」
罵声を飛ばされ、それに反応したのか頭領格の男が背にしていた通路の通路の二つから複数の声が聞こえてくる。
「ちっ、まだ居たのか。アルヒミア、合図をしたら全員で通路に向かって走れ。」
「エルも来るのよね?」
「足止め役はいるだろ?後は事前に話し合った通りに頼む。」
「・・・、わかったわ。その代わりちゃんと合流してよね。約束よ。」
「言われなくても。約束したからな。」
「何こそこそはなしてやがる!まさか逃げれるなんて思ってないだろうな!」
「思ってるさ。」
声が次第に大きくなっていき、道から賊の仲間が飛び出してきたのを頃合いとして。
「行け!みんな!」
合図を送った。
「みんな!行くわよ!」
到着した盗賊達は走っていくアルヒミア達に気を取られ、頭領格の男もそちらを目で追っている。
「逃がすか!野郎共!」
『おおぉ!!』
見透かしていたと言わんばかりに部下に号令をかけて女性陣へと雪崩れ込もうとしていく。
「残念。」
近くに鎮座していた長机へと駆け寄り、盗賊達の道を阻む位置へと蹴り飛ばす。
加速をし、回転までしている木の板は岩を砕く音と共に壁へと突き刺さり彼女達と隔てるものへと化した。
「ほらもう一丁だ。」
二個目は板から離れた位置で襲い掛かろうとしている奴等目掛けて蹴り放つ。
横向きに回転していくものはアルヒミア達しか眼中にない男達を纏めて岩へと叩き付け、怯ませたり足を止めさせて分断をさせるには充分な効果だ。
「もう少しか・・・。」
次々と逃げていく女性や子供達。
それを見守りながら横から飛んできた火の玉を避ける。
「野郎!黙って焼かれろ!」
「馬鹿が・・・。」
見えておらず油断していると思っていたのか奴は攻撃を仕掛けてきた。
こっちは今忙しいんだよ。
椅子や酒樽、手近にあったものを全力で投げつけて距離と少ない手数を埋めて足止めしていく。
力を利用した攻撃はもはや切り札。
道中の隠器術でさえ身体への負担は半端なものではなかったが、命を賭して守るのだ。
この身など軽い。
魔法を避け、近付こうとするものに投擲を与えこちらの持てる限りの手数を放ち。
そして漸く最後の一人が通路の奥へと消えていくのが確認できた。
「てめぇ・・・、よくも!よくも!よくも!よくも!よくも!よくも!俺らの商品を逃がしてくれやがったな!」
「お前らが弱いからこうなったんだろ。」
「うがぁぁぁ!!野郎共!追え!追え!追えぇ!」
『おおおおぉぉぉ!!』
雄たけびを上げて追うことへと邁進しようとする盗賊達。
だがそれは許されない。
許されるはずが無い。
「何を追うと?・・・、誰が追っていいと?」
なぜなら、怒りで我を見失っていた賊を尻目に俺は唯一にして最後の要である通路の前をすでに陣取っていたから。
「なんだと・・・?いつの間にいきやがった・・・。だが!いい気になるんじゃねぇ!てめぇをぶっ殺して追うだけだ!やっちまえ!」
『うおおぉぉぉ!』
怒気、殺気、欲望が入り混じる声を洞窟内に響き渡らせて三十名近くの盗賊が襲い掛かってくる。
それに構わず俺は軽く跳ね上がり渾身の力を込めて天井を蹴り上げ岩壁に皹をいれ、崩落を引き起こす。
「なっ!?」
「さて、これで心置きなくやれるな。」
「なにしやがるんだ!」
「何って、お前等が追えない様にしただけさ。」
砂煙が濛々と上がるなか、ざわめく男達。
この空気が変わった中でどれだけ始末できるか、それが鍵だ。
ゆっくりと歩み出し、距離を詰めていく。
絶望か、怒りか、全ての矛先がこちらへと突き刺さり再び襲い掛かってきた。
「道連れにしてやる!」
「てめぇ!死んじまえ!」
「ぶっ殺してやる!」
罵声が響き渡る洞穴内で戦闘が再開される。
周囲を取り囲まれ、半月刀、斧、長剣、幾多の刃が向けられ男達は勝ち誇ったように笑う。
数で勝り、手持ちに何も持っていない相手だからだろうか。
振り下ろされていく鋭い鋼鉄、容赦なく身を斬り裂いていく刃は・・・。
「ぎゃぁぁ!?」
残念ながら俺には届いていない。
なぜなら血塗れとなり、腕が斬り落とされ、肉が空気に触れているのは持ち上げられた賊なのだから。
本来の力が使えずに、多対で戦うには相手を利用するに限る。
指揮系統のなってない烏合の衆には特に。
初撃の多重攻撃も血気急いで飛び込んできた男の首を掴み防御に使わせてもらった訳だ。
襤褸切れ同然となって盾を投げ捨て、次の相手にかかっていく。
伸びきった腕を振り、走り加速してきた流れを逆手に利用して投げ飛ばす。
宙を浮き群れを形作っている集団へとぶつけ、調子を狂わせながら一人一人確実に肘をいれ、あばらを折り、心の臓を壊し。
上段蹴りで頭蓋を粉砕して処理をする。
三十人いた賊は段々と数を減らし、残り僅かな人数になったが事態は芳しくない。
辺りは炎の海へと包まれ長机や椅子は燃え、洞穴内の空気を貪っていたからだ。
「頭領!やり過ぎです!息が!」
「うるせぇ!苦しければ先に死んでろ!」
自分の子分を手に掛け、貫く視線でこちらを睨み付ける頭領格。
そして。
「もう駄目だ!」
「俺達は死んじまうんだ!」
死を意識しだし、もはや戦意の欠片ものこっていない男達。
やはり、身勝手な奴等だな。
こいつらは後で片付けるとして、今は目の前にいる男とやりあう事だけを考えるか。
放たれる火球、炎渦の波を避けながら距離を詰めて攻撃できる射程まで近付いていった。
「ちょこまか避けやがって!」
これだけの魔法を撃ち、呼吸も平常に出来ている。
中々の力量があるが。
怒り、慢心していては当たるものも当たるまい。
「ふっ!」
無声の詠唱と言えど瞬時瞬時に放てる訳ではなくその間に数秒の時間がかかる。
そこを狙い蹴り上げを入れるが、脚は虚空を通り空だけをきった。
「へっへっへ!外れだ!」
炎に肌を焼かれ、熱に体を蝕まれ、力すらまともに残っていないならこんなものだろう。
二割、いや一割程の能力しか出せていない。
早期に決着は無理かと思っていると。
「・・・、−ルッ!」
微かだが俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
どうやら分の悪い賭けをしなければならないようだ。
詰め距離を離し、構えを解いて印を結ぶ。
「何の真似だ?」
奴等のことは一先ず置いておいて、彼女を助ける方が先決だ。
「詠唱が終わるまでだ!それまでに終わらせろ!」
「なに独り言言ってやがる!死ね!」
詠唱の木霊を独唱し始めると同時に再び撃たれる火球。
ある程度の時間唱えておかないと印は解けない上に効果も切れてしまう。
また防戦一方となる状態で、吸える程の空気がなくなってきたのか辺りで震えていた賊達は倒れ、死も間近に迫ってきている。
俺も残っている空気を肺へと運び呼吸は出来ているが、部屋に残っているのも後僅かだ。
詠唱も二割終え、後は印結びはいらずに独唱だけで効果は持続できる。
「何かと思えば歌だと!?虚仮威しもいいところだ!てめぇの蹴りなんぞ当たる・・・。ぐうぅ!?」
撓る鞭の様に振りぬく脚、一度目と同じ感覚で避けても無駄なこと。
「なぜだ!なぜ当たる!お前はそこにいるはず・・・、ぐはぁ!!」
雨が降る如く浴びている鞭撃は、全身を濡らしていき、頭領格に襲い掛かる。
上段、下段、中段、背面、とそれはさながら霧雨の中で立っているものと同じだ。
浴びるほどに傷を負い、身体から力を奪っていき。
「うぅ・・・。ぐぅふぅ!?」
喋ることさえ叶わない。
そして膝を付き、地に体を横たえ自らが熾した炎に呑まれていった。
だが、口からの独唱はまだ続く。
後はここからの脱出だけだが、この術式をそのままあれに流用して出るとするか。
閉じてしまった洞穴に歌声を響かせながら、炎の海から逃げ出すように四つの通路から風を感じた方へいき。
空気坑がある場所を目指して、身体を引きずりながら進んでいった。
私とアルヒミアには森林の生えるすぐ側で焚き火をしていた。
「エル、大丈夫かしら。」
「隠していた様だが、相当無理をしているな。」
あの後、再度組み分けを行い親魔物領へと行く馬車にスパスィとルヴィニが、中立領へ行く馬車をエルフィールが付いていくことになり。
盗賊の塒へ向かうのは残った二人となったわけだ。
「すぐに追いつくから森林の手前で待ってろって言われたから待ってるけど・・・。」
「少し遅いな。」
「何かあったのかしら!?」
居ても立っても居られない様子で立ち上がるアルヒミア。
気持ちはわからなくもないが・・・。
わからなくも無い?
なぜ私はそう思ったのだろうか。
不思議なモヤモヤした気持ちを払っているとなにかが近付いてくる気配を感じた。
「しっ、アルヒミア。誰か来る!」
火を消して彼女の前に立ち訪問者に備えて弓に手を掛ける。
「残党かしら?」
「わからない・・・。」
全てエルフィールが始末したはずだが、隠れていた者が居ないとは断言できない。
矢を番え、いつでも放てる状態んしひて先手を取れるように息を潜めていると。
「ミラ、アルヒミア。いるか?」
彼の声が聞こえてきた。
「エルフィールこっちだ。」
万が一の為に声だけ返すと、星明りに微かに照らされた姿がこちらに来るのがわかり再度今まで燃えていたものに火を燈す。
すると今度ははっきりとエルフィールの姿が見えて私達は合流をすることが出来た。
「二人とも待たせたな。」
「結構待ったわよ。何かあったの?」
「ああ、教団の騎士を説得していた。」
「説得?」
焚き火を安定させながら彼の話を聞いていく。
捕縛されていた女性や子供達を引き渡しに行くとこそこには救援に駆けつけていた教団の騎士や僧侶達が居り、厄介事に巻き込まれない内に去りたかったが子供の発した一言で発見され町や人を救った人物をして捕まってしまってまったらしい。
他に捕らえられた人を助けに行くので離して欲しいというと一人で行かせては騎士の廃る、ぜひともお供させて欲しいと頼まれ。
それを説得して同行をやめさせるのに時間がかかってしまったそうだ。
「その熱心さを魔物娘への愛に向けてくれればいいのにね。」
「まったくだ。」
苦笑いをして腰を落ち着かせ。近くの木にエルフィールは凭れ掛る。
その顔色は昼間見送ったときと変わらず少し青褪めていた。
「それでこれからどうしていくんだ?エルフィール。」
大丈夫かと聞きいたところでうやむやにされることは目に見えている。
だから彼に容態など問わない方がいいだろう。
「そうだな。まずは彼女の話を聞いてからにしよう。」
草木が揺れ動く音と共に二匹のワーウルフが姿を現す。
「エルフィール。次女のループスは無事だった。後、塒と思しい場所は確認できたよ。」
「そうか、ありがとう。」
「これでリコスを助けれる?」
「もちろんだ。」
安堵の表情を浮かべアルヒミアの横に座る二人。
彼女達は元々アグノスの大森林北部で姉妹三人で暮らしていたらしい。
数日前、外界の近くで狩りを行っていたところを盗賊達に捕らえられてしまったとのことだ。
「日の出前に出発して奇襲をかけよう。食事の後、皆は休んでいてくれ。俺が見張りをしておくよ。」
「奇襲はいいが見張りは交代性でいいだろう。エルフィール、貴方も休んだ方がいい。」
「だが・・・。」
「気付いてないと思ったか?顔色は戻ってないんだぞ。」
「そうよ。少しでも休まないと倒れちゃうわ。」
「アタシ達も手伝うよ。」
「皆こう言ってくれているんだ。頼ってくれてもいいんだぞ。」
ここまで言って彼は漸く頷いてくれ、番をする順番を決めることとなった。
「ルヴィニ、ずるいわ・・・。」
「お姉ちゃん・・・。」
「スゥー、スゥー。」
皆が寝静まっていて枯れ木が焼ける音だけが耳に入ってくる。
見張りの交代をして少し経っただろうか、闇を照らしてる炎の明かりを見つめ、昼間の戦闘を思い出していた。
得体の知れない欲望が宿った瞳。
命や身の危険を初めて感じ無我夢中で矢を放ち。そして自分の手で人間を殺めた事を。
「私は・・・。身を自身を守っただけだ・・・。それなのに・・・。」
手が震えだし、何か冷たいものが背筋を走っていく。
エルフの里で任務をこなしていた時にはこんな事にはならなかった。
命を奪うことも、生きていく上で行ってきたのになぜ人間を殺めただけでこうなってしまうんだ。
言い表せない程の感情が私を飲み込んでいき、震えは全身を支配していき。
「嫌だ・・・。嫌だ・・・。」
抗えない自分に、只言葉だけが漏れて震えていると不意に温かい感触が肩へと乗ってくる。
そちらの方へ顔を向けると、眠っていたはずのエルフィールが心配そうな表情をして側にいた。
「どうした。ミラ?」
「エルフィール・・・。」
何を思ったか私にはわからない。
温もりを震えた身体を止めてもらおうと、気がつくと彼に抱きついていた。
「おっと、大丈夫か?何があったんだ?」
「怖いの・・・。」
そう、怖かった。
「怖かったの・・・。」
人の命を奪った事による罪悪感に押しつぶされることが。
「今日、初めて自分の手で人を殺めた・・・。今までは里の皆で追い返したり、戦闘なんて。命の奪い合いなんて一回も無かった。だから・・・。」
生きる為ではない攻撃、それで散っていく命を見て恐怖が芽生えてしまったのだ。
「優しいなミラは・・・。」
そういうとエルフィールは腕を背中に回して強く抱きしめてくれる。
温かさの中に、安らぎと安心できる心地よさが私を満たしていく。
「だが、勘違いはしない方がいい。」
震えは止まり、冷たい感覚が取り除かれると彼は肩を掴み真っ直ぐと私の瞳を直視した。
「君は命を奪った。しかしそれは自身を、いや仲間達全てを守る行為だったんだよ。」
「守った・・・。」
「そう、ミラが弓を構えなければ、矢を番えなければ。スパスィだけで全て守りきれたかな?」
「それは・・・。」
守りきれたかもしれないし、そうではないかもしれない。
「わからないか?でも、ミラが矢を放った事で助けられたことは間違いないだろう。」
「ええ・・・。」
「だったら誇りを持って自信に繋げろ。そうすれば怖くなんかなくなるさ。」
「そうだろうか。」
「そうさ、俺が言うんだ。間違いじゃない。」
「エルフィールがいうのなら・・・。」
信じてみよう。
私が撃った矢が皆を助けたのなら、怖がることは無い。
エルフィールの言葉で揺るがない何かが沸いてきた。
「もう大丈夫だな。」
「ああ、心配をかけたね。」
「気にするなよ。それより、そろそろ交代だ。」
「あっ、もうそんなに経ったのか。」
陽や月の動向は見えないのでどれ程経ったのかは解らないが、結構な時間が過ぎていたはずだ。
「すまない。休憩を取ってもらうはずが・・・。」
「いいって、休憩よりもミラのほうが大事だからな。」
「ありがとう。」
この男は歯が浮くような台詞をさらっというな。
だけど、嬉しいな私だけに向けられた言葉というのは・・・。
「では後少し、休ませて貰おう。」
「ゆっくりしとけよ。」
「わかってる。」
自分の中でエルフィールに惹かれていることを実感して、少ない休憩時間を過ごしていった。
辺りは紫がかった夜と朝の境目が顔を覗かせている中、小枝一本を踏み締める音にも注意を払いつつ盗賊の塒へと歩を進めていた。
「エルフィールこっちだ。」
「わかった。足元、気をつけてくれよ。」
「大丈夫よ。」
慎重に馬を引き、彼等が使用していたと思われる通路を発見して遡って行き。
陽が顔を出し始める前に洞穴の入り口へと辿りつく事が出来た。
薄暗く、明かり用に焚かれた篝火だけがはっきりと見張りの顔を照らす。
「二人か・・・。」
「どうする?飛び掛っていく?」
「それじゃ気付かれちゃうわよ。」
「そうだな。ミラ、一人程頼めるか?」
「この距離なら十分だ。」
ゆっくりと弓を構え、狙いを定めていく。
「ミラ、大丈夫だからな。」
「ええ。」
エルフィールの一言が私の心に染み込んでくる。
迷いも恐怖も無い。
張った弦の音が静かになっていき、一羽の鳥が羽ばたくと同時にその隣を併走していく影。
風を起こして木々の間をすり抜け、最後には賊の喉元を嘴が貫いた。
そして。
「どうし・・・。た・・・。」
横に立っていた男も、声を上げる間もなく首を断たれて絶命する。
私達の側にいたエルフィールは、一瞬の内に見張りの元に移動していて仕留めた賊を素早く茂みへと隠してこちらを手招きした。
「見張りはこれだけみたいね。」
「みたいだな。」
辺りを見回すアルヒミアと宙の匂いを嗅いで何かを探すヴォルグ。
この付近に誰も居ないことが確認されたところで塒へと侵入することとなった。
エルフィールの視点
無骨な岩と支えとなる丸太、動く糧となる空気を無駄に消費するように無造作に置かれている松明と琴切れて死体となった盗賊達。
「誰だ!きさ・・・。」
出会い頭に視界へと入ってくる敵を壁に叩きつけ、喉元を手の平で押さえ・・・。
ロングソードを出して器道ごと岩へと指し止めていく。
現在俺とアルヒミア、ヴォルグ姉妹は洞穴の中を進んでいる。
「さて、片付いたが。頼めるか?」
「はーい。」
ヴォルグとループスは三叉に分かれた道へと一歩進み、鼻を鳴らしていき。
一つ目の道では何の反応も無く、二つ目の道に何かを感じ取り。
三つ目の道では姉妹揃って顔を顰めた。
「この道からは何も匂わない。」
「こっちの道からは色んな匂いがする。」
『この先は臭いよ・・・。』
声を合わせて一番右の道を指差す。
どうやら先は便所になっているらしい。
「左の道か、アルヒミア。目印を頼む。」
「わかったわ。それにしても広いわね。」
来たところと判別が出来るよう、支えの木に目印をつけていく。
「恐らくここは試掘用のものだったんだろう。」
「試掘・・・?もしかして。」
「どうかしたのか?」
「うんん、なんでもないわ。早く行きましょ。」
「そうだな。」
何かアルヒミアが察したみたいだが本人が話す気がないのなら無理に聞く必要もないだろう。
彼女に促されて更に奥へと進んでいき、中枢らしき場所へと辿り着いた。
広い空間に並ぶ長机と椅子、そして数名の酒に酔った男達。
他に見えるのは通路が五つ程。
「ヴォルグ・・・、ってその様子だと駄目そうだな。ループスもか。」
「ごえんらはい。このにおひはだめらお・・・。」
「おらりくです・・・。」
鼻を押さえ、涙目の二人。
これは無理をさせられないな。
他の案をと考えていると酔っ払った賊が一人脚をふらつかせながらこちらへとやってくる。
一芝居打ってみるか。
「三人とも壁沿いに下がって手を後ろに回して組み合ってくれ。こんな風に。」
身振りでやって欲しい仕草を指示に出し、全員がその姿勢になってもらう。
「なりましたよエルフィールさん。」
「これでどうするのよ。」
「しっ、黙ってみていてくれ。」
準備が出来たところに奴がやってきた。
「おー、おめぇ・・・。見慣れない顔だな。」
「はい。新入りです。」
「新顔〜?そんな話聞いてないぞ。」
「そうですか?ご挨拶にと貢物を持ってきたんですが。」
「ワーウルフ・・・、ドワーフ・・・?そうかそうか、いい心掛けだな。左から二番目の通路の部屋に連れて行っとけ、おれぁしょんべんしてくるわ。」
「どうぞごっくり・・・。」
俺達の前を通り過ぎていく男。
ゆっくりと音を消して付いていき、充分離れたところで岩へと叩き付け喉元を貫いて壁へと刺し止めていき皆の元へと戻る。
「お待たせ。」
「お帰りなさい。左から二番目の通路みたいね。」
「そのようだ。残りを片付けておくか。」
「おお。」
酒を呷りながら笑い声を上げている盗賊達、数は六。
広い場所といっても長机や椅子などの障害物があり素早く動いてというのは無理だ。
どうしても音が鳴ってしまう。
となると・・・。
「ん〜、誰がてめぇは・・・。」
「ここは消えない炎の塒だぜぇ?」
「酒飲むじゃ・・・。ぐぶぅ!?」
「何しやがるてめぇ!」
「死にてぇ・・・。ごぶぅ!」
下から斜め上へと、右から左へと手を動かして一人ずつ仕留めていく。
「け、剣の投擲だと!?」
「よ!避けっ・・・。」
勢いよく射出されたロングソードは避ける間を与えずに彼等の顔面へと突き刺さり、命を散らしていった。
酒を飲んでいた六人を始末したところで人の気配を感じ腕を撓らせて振り上げる。
「ぐべぇ!?」
飛んでいった刃は鋭い音と共に呻き声を木霊させ、地面にものが倒れる音を運んできた。
「覗かずに堂々と出てくればいいものを。」
琴切れた死体を見ていると。
「エル、早く行きましょ。」
「リコスが待ってる。」
攫われた人魔が捕まっていると思われる通路へアルヒミア達は急いで向かっていく。
「おいおい、先に行くな。見張りや罠があるかもしれないだろ。」
気持ちが先走る彼女達に呆れながらも後を追い、奥へと進んでいった。
「ぐはぁ!?」
番をしていた男の首を鷲掴みにして壁へと叩き付ける。
「鍵はどこだ?」
器道を通り息が漏れる音だけが耳に届く。
指の力を強めると腕が震えながら上がっていくが、行く先は鍵の位置ではないようだ。
「教える気はない・・・、か。まあ、別に構わないがな。」
教えるつもりが無いのならもうこいつには用がない。
掴んでいる手の平から刃を出し、喉元へと刺していき鋼が壁へと到着すると張り付けが出来上がった。
「鍵は・・・、っと。」
「見当たらないわね。」
「リコスもう少し待ってね。」
「お姉ちゃん・・・。」
どうやら頭領格の男が保管しているらしいな。
ならばすべき事は只一つ。
牢の扉となっている部分へと足を進め鍵を手に取る。
「普通の鉄製か・・・。それなら。」
数歩後ろへと下がり、中にいる人魔に危ないから退くようにと促し。
左手は鞘を構えるように右手は柄を握る型をとり。
「ふっ!」
一息吐く内に刃を抜く。
鉄塊を通る確かな手応えと鞘が柄にぶつかる音を残して錠は真っ二つに割れ、地面に落ちてその役目を終わらせた。
感嘆の声が上がるがそれを静めて牢の中へと入り捕らわれていた子供、女性、魔物娘の戒めを解いていき脱出の手筈を説明してく。
「外に一人仲間が待機している。道順は彼女達が案内してくれるから大丈夫だ。」
その中で街道の時と同じく反魔物領の女性や子供は嫌悪感を出している。
「ふぅ・・・。今は親、反関係なくここから無事に出る事だけを考えて欲しい。じゃあ、行こうか。」
一言だけ、今だけを見てもらい外へと向かって歩き始めた。
長い列を作り中核部分の入り口が見えたところで、怒声がこちらへと響いてくる。
「何が起こってやがる!誰かいねぇのか!」
どうやら頭領格の男が俺達の通った後を発見したらしい。
出口が塞がれないように急いで部屋へと出ると、仲間の死体を見ながら怒りに震えている男が佇んでいた。
「お前か?部下を殺してくれたのは・・・。」
「ああ。」
「なんだ後ろの女子供は・・・。俺達の商品に手を出そうってのか!組合の回し者か?それとも教団の糞共か?世間知らずの勇者様か?」
「通りすがっただけでお前等に襲われた旅の者さ。」
「ふ・・・、ふざけてるのかぁ!!」
再び上がる怒声。
「襲われたのなら教われたらしく身包み剥がされてのたれ死ね!」
罵声を飛ばされ、それに反応したのか頭領格の男が背にしていた通路の通路の二つから複数の声が聞こえてくる。
「ちっ、まだ居たのか。アルヒミア、合図をしたら全員で通路に向かって走れ。」
「エルも来るのよね?」
「足止め役はいるだろ?後は事前に話し合った通りに頼む。」
「・・・、わかったわ。その代わりちゃんと合流してよね。約束よ。」
「言われなくても。約束したからな。」
「何こそこそはなしてやがる!まさか逃げれるなんて思ってないだろうな!」
「思ってるさ。」
声が次第に大きくなっていき、道から賊の仲間が飛び出してきたのを頃合いとして。
「行け!みんな!」
合図を送った。
「みんな!行くわよ!」
到着した盗賊達は走っていくアルヒミア達に気を取られ、頭領格の男もそちらを目で追っている。
「逃がすか!野郎共!」
『おおぉ!!』
見透かしていたと言わんばかりに部下に号令をかけて女性陣へと雪崩れ込もうとしていく。
「残念。」
近くに鎮座していた長机へと駆け寄り、盗賊達の道を阻む位置へと蹴り飛ばす。
加速をし、回転までしている木の板は岩を砕く音と共に壁へと突き刺さり彼女達と隔てるものへと化した。
「ほらもう一丁だ。」
二個目は板から離れた位置で襲い掛かろうとしている奴等目掛けて蹴り放つ。
横向きに回転していくものはアルヒミア達しか眼中にない男達を纏めて岩へと叩き付け、怯ませたり足を止めさせて分断をさせるには充分な効果だ。
「もう少しか・・・。」
次々と逃げていく女性や子供達。
それを見守りながら横から飛んできた火の玉を避ける。
「野郎!黙って焼かれろ!」
「馬鹿が・・・。」
見えておらず油断していると思っていたのか奴は攻撃を仕掛けてきた。
こっちは今忙しいんだよ。
椅子や酒樽、手近にあったものを全力で投げつけて距離と少ない手数を埋めて足止めしていく。
力を利用した攻撃はもはや切り札。
道中の隠器術でさえ身体への負担は半端なものではなかったが、命を賭して守るのだ。
この身など軽い。
魔法を避け、近付こうとするものに投擲を与えこちらの持てる限りの手数を放ち。
そして漸く最後の一人が通路の奥へと消えていくのが確認できた。
「てめぇ・・・、よくも!よくも!よくも!よくも!よくも!よくも!俺らの商品を逃がしてくれやがったな!」
「お前らが弱いからこうなったんだろ。」
「うがぁぁぁ!!野郎共!追え!追え!追えぇ!」
『おおおおぉぉぉ!!』
雄たけびを上げて追うことへと邁進しようとする盗賊達。
だがそれは許されない。
許されるはずが無い。
「何を追うと?・・・、誰が追っていいと?」
なぜなら、怒りで我を見失っていた賊を尻目に俺は唯一にして最後の要である通路の前をすでに陣取っていたから。
「なんだと・・・?いつの間にいきやがった・・・。だが!いい気になるんじゃねぇ!てめぇをぶっ殺して追うだけだ!やっちまえ!」
『うおおぉぉぉ!』
怒気、殺気、欲望が入り混じる声を洞窟内に響き渡らせて三十名近くの盗賊が襲い掛かってくる。
それに構わず俺は軽く跳ね上がり渾身の力を込めて天井を蹴り上げ岩壁に皹をいれ、崩落を引き起こす。
「なっ!?」
「さて、これで心置きなくやれるな。」
「なにしやがるんだ!」
「何って、お前等が追えない様にしただけさ。」
砂煙が濛々と上がるなか、ざわめく男達。
この空気が変わった中でどれだけ始末できるか、それが鍵だ。
ゆっくりと歩み出し、距離を詰めていく。
絶望か、怒りか、全ての矛先がこちらへと突き刺さり再び襲い掛かってきた。
「道連れにしてやる!」
「てめぇ!死んじまえ!」
「ぶっ殺してやる!」
罵声が響き渡る洞穴内で戦闘が再開される。
周囲を取り囲まれ、半月刀、斧、長剣、幾多の刃が向けられ男達は勝ち誇ったように笑う。
数で勝り、手持ちに何も持っていない相手だからだろうか。
振り下ろされていく鋭い鋼鉄、容赦なく身を斬り裂いていく刃は・・・。
「ぎゃぁぁ!?」
残念ながら俺には届いていない。
なぜなら血塗れとなり、腕が斬り落とされ、肉が空気に触れているのは持ち上げられた賊なのだから。
本来の力が使えずに、多対で戦うには相手を利用するに限る。
指揮系統のなってない烏合の衆には特に。
初撃の多重攻撃も血気急いで飛び込んできた男の首を掴み防御に使わせてもらった訳だ。
襤褸切れ同然となって盾を投げ捨て、次の相手にかかっていく。
伸びきった腕を振り、走り加速してきた流れを逆手に利用して投げ飛ばす。
宙を浮き群れを形作っている集団へとぶつけ、調子を狂わせながら一人一人確実に肘をいれ、あばらを折り、心の臓を壊し。
上段蹴りで頭蓋を粉砕して処理をする。
三十人いた賊は段々と数を減らし、残り僅かな人数になったが事態は芳しくない。
辺りは炎の海へと包まれ長机や椅子は燃え、洞穴内の空気を貪っていたからだ。
「頭領!やり過ぎです!息が!」
「うるせぇ!苦しければ先に死んでろ!」
自分の子分を手に掛け、貫く視線でこちらを睨み付ける頭領格。
そして。
「もう駄目だ!」
「俺達は死んじまうんだ!」
死を意識しだし、もはや戦意の欠片ものこっていない男達。
やはり、身勝手な奴等だな。
こいつらは後で片付けるとして、今は目の前にいる男とやりあう事だけを考えるか。
放たれる火球、炎渦の波を避けながら距離を詰めて攻撃できる射程まで近付いていった。
「ちょこまか避けやがって!」
これだけの魔法を撃ち、呼吸も平常に出来ている。
中々の力量があるが。
怒り、慢心していては当たるものも当たるまい。
「ふっ!」
無声の詠唱と言えど瞬時瞬時に放てる訳ではなくその間に数秒の時間がかかる。
そこを狙い蹴り上げを入れるが、脚は虚空を通り空だけをきった。
「へっへっへ!外れだ!」
炎に肌を焼かれ、熱に体を蝕まれ、力すらまともに残っていないならこんなものだろう。
二割、いや一割程の能力しか出せていない。
早期に決着は無理かと思っていると。
「・・・、−ルッ!」
微かだが俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
どうやら分の悪い賭けをしなければならないようだ。
詰め距離を離し、構えを解いて印を結ぶ。
「何の真似だ?」
奴等のことは一先ず置いておいて、彼女を助ける方が先決だ。
「詠唱が終わるまでだ!それまでに終わらせろ!」
「なに独り言言ってやがる!死ね!」
詠唱の木霊を独唱し始めると同時に再び撃たれる火球。
ある程度の時間唱えておかないと印は解けない上に効果も切れてしまう。
また防戦一方となる状態で、吸える程の空気がなくなってきたのか辺りで震えていた賊達は倒れ、死も間近に迫ってきている。
俺も残っている空気を肺へと運び呼吸は出来ているが、部屋に残っているのも後僅かだ。
詠唱も二割終え、後は印結びはいらずに独唱だけで効果は持続できる。
「何かと思えば歌だと!?虚仮威しもいいところだ!てめぇの蹴りなんぞ当たる・・・。ぐうぅ!?」
撓る鞭の様に振りぬく脚、一度目と同じ感覚で避けても無駄なこと。
「なぜだ!なぜ当たる!お前はそこにいるはず・・・、ぐはぁ!!」
雨が降る如く浴びている鞭撃は、全身を濡らしていき、頭領格に襲い掛かる。
上段、下段、中段、背面、とそれはさながら霧雨の中で立っているものと同じだ。
浴びるほどに傷を負い、身体から力を奪っていき。
「うぅ・・・。ぐぅふぅ!?」
喋ることさえ叶わない。
そして膝を付き、地に体を横たえ自らが熾した炎に呑まれていった。
だが、口からの独唱はまだ続く。
後はここからの脱出だけだが、この術式をそのままあれに流用して出るとするか。
閉じてしまった洞穴に歌声を響かせながら、炎の海から逃げ出すように四つの通路から風を感じた方へいき。
空気坑がある場所を目指して、身体を引きずりながら進んでいった。
12/05/29 19:14更新 / 朱色の羽
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