連載小説
[TOP][目次]
第十四章 揺らめく灯
 「異世界から来た人間?」

 「そう、俺はこことは違う場所からきたんだ。」

 手綱を握り馬車の操作席で彼女達に自分の事を浅く話しながら風の吹き抜ける石畳の上を進んでいた。

 「なるほどエルフィールのいた所にもエルフがいて。だから古代エルフ語を知っていたのか。」

 「ああ、だがこちらのものと寸分違わないとは思っても見なかったがね。」

 腑に落ちたのかミラから納得の色が窺える言葉が出てそれが耳に届く。

 「ねぇ、エル。そっちの世界ってどんなところなの?ドワーフもいる?」

 続けてアルヒミアが質問を投げかけてきたが、どうもそれに答えられそうにない。
 空気が焼ける音、高熱の物体が近づいてくる流れを感じる。
 どうやら町を出た後にこちらを見据えていた奴等が仕掛けてきたようだ。

 「アルヒミア、それは後で答えよう。みんな、端に捕まってくれ!馬を走らせるぞ!」

 相手側から放たれたものが目標物に届くまでに幾分かの時間があるが、悠長にしていたら進路を塞がれ馬の足も止められてしまうだろう。
 早急にこの場を離れる為に緩やかな歩調で歩いていた運搬役に鞭をいれ加速を試みる。

 「えっ?えっ?」

 「ちょっ!?待ってよ!」

 とっさの指示にミラはアスミィの身体の固定につき、スパスィはルヴィニとアルヒミアを馬車の端へと押しやり自身も隅へと移動して加速の衝撃に備え。

 「辛抱してくれよ!」

 不意に痛みを与えられた引き馬は猛々しい鳴き声を発し急加速を始め。

 「きゃ!?」

 「うわっ!?」

 急激な上下振動と後ろに引かれる重力を全員に振りかけていき。
 蹄鉄と石がぶつかり合う音を響かせながら街道の上を回りだす車輪。
 暫く進んでいくと頭上を通り過ぎていく紅い塊が見え、先程までいた場所を囲むように炎が降り注がれ後方は火の海と化していった。

 「何!?何が起こったの!?」

 「後ろの方が真っ赤になってるよ!」

 「恐らく火の魔法でも放ってきたんだろう。しかし、奴等との距離はまだあるな。スパスィ。」

 「どうした旦那様。」

 「手綱を頼む、合図を出すからそれまではこの速度で突っ込んでくれ。」

 「わかった。」

 「ミラ、上に上がるぞ。」

 「上にか?」

 「ああ、相手が次に打ってくる手をかわす為には上がいい。」

 「そうか了解だ。」

 「私達はどうするの?」

 側面板にしがみつき、身体を揺らしながら自分たちの役割りを聞いてくる二人。

 「アルヒミアとルヴィニはアスミィに負担が掛からないように固定して。止まった後は中でジッとしていてくれ。」

 「うん。」

 「わかったわ。」

 「じゃあ旦那様、持ち手を変わろう。」

 「頼んだ。ミラ、先に上がってるぞ。」

 こうしてる間にも第二波が近付いている事を感じ取り、馬車に負担をかけないよう天幕の部分へと上がり街道の先を見据える。

 「これでも相手は見えないか。」

 「見えない?どういうことだエルフィール。」

 「見ればわかるさ。後、骨組みの上に乗って釣り合いをとれよ。」

 登ってきたミラに俺の見ている眼前の光景を見るように促す。

 「これは・・・。」

 彼女の視界に入ったのは小高い丘。
 視野の狭い乗り物の中からでは全体にわからない情報だ。

 「この通りだ。恐らくあの魔法を放ってきたやつは向こう側にいるんだろう。」

 「どうするんだ?相手が見えなければ矢の当てようがないぞ。まさかこのまま丘を越える気か?」

 「そのまさかだ。」

 見えない以上は近付くより手はない。
 遠距離広域に干渉できる術も持ち合わせているが昨晩や昼前に力を使い残量も限られている。
 ならば最小限の力で懐に飛び込み接近をもって事態を収拾した方がいい。

 「正気か?っと、次の攻撃がきたぞ。」

 「十分正気さ。足を止めたらこれを放ってくる奴の思う壺だな。」

 両手を合わせてルヴィニ製の傘を取り出すと、それを素早く広げて火球を受け止め。

 「こいつは布石。火の海に包み込み体力を消耗させて襲い掛かる魂胆なんだろう。」

 石畳の方へと弾き落とし空気を糧に燃える火種を余所に再び前を見据えると段々と丘が近付いてくるのがわかる。

 「ミラ、火球は俺に任せてとにかく馬車の上にいることに慣れてくれ。」

 「いいのか?釣り合い取る感覚ならすぐに身につくが・・・。」

 「エルフなら朝飯前といったところか。じゃあ、術士への牽制と馬車に近付く者の処理を頼む。」

 「なに?」

 再び飛んできた火を弾き退けて指示を出すとミラが首をかしげるが。

 「もう暫くすると丘の上へと到着する。そこから奴等との戦闘だ。まずは狙われるのは馬、それからスパスィとミラ。最後に馬車の中にいる三人の順になるだろうな。」

 「それと術士の牽制になんの意・・・。あっ!」

 どうやら勘良く気付いてくれたようだ。
 遠距離からの攻撃を防ぐ術はあるが守ってばかりでは敵は減ってくれない。
 その為に牽制を入れて間を作る必要がある。
 術士を潰せば七割は勝ったといっていいだろう。

 「私の弓力ではその術士に届くとは限らんし。場所もわからんぞ?」

 「誘導と飛距離はこちらで補助する。三、四本射った後は近付いてくる者を処理してくれればいい。」

 「わかった。」

 「スパスィ、そっちも馬車を止めたら守りについてくれ。近付いてくるやつだけ相手にしろよ。間違っても自分から仕掛けに行くことなんて考えなくていいからな。」

 「わかってるよ旦那様。」

 「頼むぞ。っと、そろそろ減速を始めてくれ。」

 「了解。」

 丘の上を通り過ぎた段階で馬車は徐々に速度を落とし始めていき。
 そして天幕の上からは坂の下がどうなっているかがありありと見て取れた。

 「旦那様、これは・・・。」

 「多いねぇ、ざっと見て八十人って所かな。」

 整列をして隊列を作るなどという綺麗な事などせず、雑多の人混みがあるかの如く得物を持ち今にも襲い掛かろうとしている大軍がそこにいる。

 「八十・・・。なんとかなるのか?」

 「大丈夫、旦那様がいるから。」

 「ははは、先陣は俺が切るから八十人全員が襲い掛かってくることはないだろう。」

 手綱が引かれることにより徐々に落ち着きを取り戻して馬の歩幅は狭まっていき速度が落ちていく。

 「頃合いか。スパスィ、ミラ。こっちは頼んだぞ。」

 完全に馬車が止まった事を確認すると、俺は真正面から群衆へと飛び込むために降りて突撃をしていき。
 傘を畳み、仕込まれている刃の顔を覗かせながら斬り刻む体勢へと移って。
 猛りながら迎撃をしてきた奴等と接触する。

 「さあ、始めようか。」

 目標は俺かそれとも後ろに居る彼女らか、どちらにしろまずは術士を見つけ出して黙らせることが先決。
 抜刀をし、降りかかってくる半月刀や長剣、短刀、斧の雨を傘の石突きと仕込みの刃で受け流しながら一人ずつ丁寧に始末していく。
 数打ちの鉄塊を撥ね上げ、土手っ腹に布の槍で風穴を開け鉄の飛礫を凌いでは次の命を摘み。
 要となる者が放つ魔力の渦を探し始めた。
 僅かでも感じ取れれば御の字なのだがなかなか見つからない。
 手を拱いている暇はないと思っていると、強烈な魔の波動が身体に打ち当たるのを感じることができたが。

 「あっちか、だが・・・。」

 波への道には下衆な笑いを浮かべ、俺の命を狩ると共に他に目的をちらつかせる賊共が壁を作っていて刹那でしとめるというわけにはいかないようだ。

 「ええい、うっとおしい。」

 どんどん集約されていく力。
 健の気高く、自身の脈が正常であればこの程度の相手ものの刹那で終わるものを。
 だがそうではない。
 消費に消費を重ねての現状、それに警告が走った後にも更に膨大な量を使用している。

 「不味いな・・・。」

 十人ほど倒してきただろうか、一手で摘み取れない命に対して苛立ちが出てきた。
 こんな状態であるとはいえ遅れは取ってないはずであるが、直球でいこうと擬似を入れて位置をずらそうと初撃は確実に防がれてしまいどうしても仕留めるのに二撃目が必要となってくる。
 時間を稼がれ、練り上がっていく術式。
 思わぬ無駄に歯痒さと怒りが募り、刃や石突きに感情が表れていき防ぎにきた鉄ごと肉を裂き。
 受け止めようと構えた柄もろとも風穴を開けて目の前にある壁を崩しに掛かっていく。
 無様だな、俺は・・・。


 スパスィの視点

 「ミラ、わかるか?」

 「いや、エルフィールが敵陣と接触した以外は全然。」

 矢筒に手を掛け、すぐにでも射れるという体勢のままミラは真っ直ぐと先を見つめている。
 あの賊がこちらをまだ狙わないにしろ、術士が放ってくる魔法の脅威からはまだ解けていない。
 緊迫感が張り詰める中、事態はゆっくりと動きだした。
 旦那様を囲っていた輪から一人、また一人とこちらへ向かってくる奴等が出だしたのだ。
 背を向けても大丈夫と判断したのだろう。

 「五人か、まだいけるかな。」

 「スパスィ・・・。」

 「どうした?それよりも旦那様が頼んだ事に神経を研ぎ澄ましてくれ。」

 「・・・。わかってるが、私にも自己の判断がある。それは了承してくれよ。」

 「・・・、だろうな。」

 抜刀をして相手が到着するまでじっくりと己の心を練り戦闘へ向けて高めていく。
 駆け抜けていく風、少し離れた場所から届く猛り声と断末魔。
 全てを感じながら身体は動く為への準備が整い気構えも鋭くなっていき。
 そして血が熱くなった頃合いで土と石畳を踏み締める音を引き連れ男達はやってきた。

 「いい女じゃねぇか。食えないのが残念だが、いい金にはなるぜ。」

 「エルフもいるぞ。こりゃ見つけものだな。」

 「下種が・・・。」

 「食う?見つけもの?」

 ミラはこいつらの言葉が理解できてないようだ。
 だが、それでいい。
 純白の布に墨を浴びせる行為など無粋な事。

 「ミラ、今の言葉。気にすることはない。」

 下衆の口から出た汚物が私達に掛かることなどないのだから。
 腑抜けた顔を消すために得物を握る手に力を込めてその場を踏み出す。
 距離を縮め、刃が届く範囲にまで近付くとそこからは命の駆け引きとなる。
 打ち込む時に気を注ぎ、肉を裂けずに防がれれば力を逃して次撃へと繋ぐ。
 基本にして絶対の戦法。
 鋼と鉄がぶつかり合う音が金属が削れていく音が耳へと響き、精神は更に鋭利なものへとなり降り注ぐ三撃の飛礫も身に届くことはなく相手の呼吸、間合いを理解していく。
 すると鷹や鷲に似た鳴き声、いや音が聞こえてきた。

 「ふっ!」

 だが今はそれはどうでもいいこと。
 息が解れば後それを崩してやればいい。
 尾を使い相手の足捌きへと割り込ませれば。

 「なっ!?」

 「はぁ!」

 釣り合いがとれなくなり調子が乱れたところを刃が命を断つ。
 深く刻み込まれた傷から血飛沫が上がる仲間を見て動揺が走ったのか動きが一瞬止まり。
 その刹那の間は私にもう二人の動きを止めさせるのに十分な時間となった。
 振り上げきって隙だらけの腹部を一閃で裂き、噴き出した鮮血で顔が染まるのも構わずに返しで相手の剣を弾き上げ開いたわき腹へ身体の捻り、遠心力で勢いのついた尾を叩き込んだ。

 「ばっ!馬鹿なぁ!?」

 「おごっ!?」

 何が起こったのか解らずに体液を垂れ流しながら絶命する男。
 感触からあばらが数本折れているのであろう賊は馬車の方へと飛んでいき、ミラの矢を避けていた奴へぶつかりそこに一鳴きした鳥が飛び掛り身を貫いた。

 「もう一人か・・・?」

 襲い掛かってきたのは全部で五人。
 三人片付け、一人はミラが仕留めている。
 後一人いるはずだがと周囲を見ると地面に附せ泡を吹いている男がいた。

 「これは・・・、毒か。ミラ・・・。」

 天幕の上へいる彼女の方へ目を向けると、息を荒げて汗に塗れた姿がそこにあった。

 「神経を相当磨耗しているみたいだな・・・。」

 一言、声掛けようと馬車へと近付こうとすると。
 紅い閃光が背を染め、ミラはどこか青褪めた表情をし振り向くまもなく頭上を走り天幕少し手前をかすめ空へと上がると四散していった。

 「術士からか!?」

 旦那様が戦っている群衆へ目を移すと、こちらに確実に私達のいる方へと向かってきている火の球が見える。

 「なっ!?」

 潰しきれなかったのかと迫ろうとしてくるものにどう対処すべきか困惑していると、群から出てきた人形の塊が当たり爆発していく。

 「だ、旦那様。肝を冷やさせてくれる・・・。」

 安堵の息を漏らし、今度こそ馬車へと戻ろうときびすを返すと次は鳥が四度程鳴いて頭上を通過した。
 ミラが術士を見つけて放ったのだろうか。
 真意を確かめる為に急ぎ戻ると彼女に確認を取る。

 「ミラ!位置がわかったのか?」

 「いや、わかってはいない。」

 「ではなぜ敵もいないのに矢を?」

 「相手が術を放ったから。だな。」

 「・・・、そうか!旦那様なら!」

 頷くミラ。
 確かに旦那様なら魔力を辿り相手を仕留めることもできるはずだ。

 「後はこの馬車を守りきれば・・・。」

 「私達の役目は全う出来る。」

 舞い上がる砂塵を二人で見ながら新たに仕掛けてくるであろう第二陣にむけて息を整えていった。


 エルフィールの視点


 周りには血気盛んで命を狙ってくる賊達、足元には琴切れて肉塊と成り果てた人間が転がっている。

 「やれやれ、いい加減潰しにいきたいんだがねえ。」

 三十人。
 三十人程の男達を始末したが壁はまだ厚く術士まで届かない。
 渦巻く魔力が止み、いつ撃たれてもおかしくないといった状況だ。

 「頼むからもう少しだけ遊んでくれよ・・・。」

 そう呟きまた壁を崩しに踏み込もうとした瞬間中心から魔力が離れた。
 赤い熱の塊が頭上を過ぎ、馬車の方へと飛んでいく。

 「ちっ!」

 己の不手際である。
 力を出し惜しみした為に仲間の命が危機に晒されようとしているのだ。
 彼女達が傷つくことに比べれば自分の命など賭すに易い。
 全神経を集中させて残りの僅かな力で身体を活性化させて食い止めに動く。
 周りの賊共は俺の異変に気づいたのか、一斉に斬りかかってきたがそれにかまっている暇は皆無。
 仕込み刀の刃を収め、片手で印を結び。

 「七 属 召 喚 心 流 権 化・・・。」

 降り注ぐ刃の雨を避けながら簡易詠唱で飛来している火球へと干渉をして。

 「闘 静 混 無 照 侵 争 流 染 動 陽 心・・・。魂現 招来!」

 術式を完成させ、赤い塊の軌道を反らせて上へ上げ四散させたが。
 まだ終わりではないようだ。
 飛んでいたものとは別に三つ。
 初めのものは囮だといわんばかりに眼前を越えていこうとしていた。

 「妙な知恵だけはあるんだな。」

 俺は丁度斬撃を放ってきた奴の胸倉を掴むと、そのまま火球へと投げつけ。
 他の二つにも同じように斬りかかってきた者を相手の魔法へとぶん投げて誤発動をさせて術を消費させてやる。
 遮蔽物に当たり燃え上がる炎は空気を焼き、肉を炭化させて黒い塵を降らせていく。
 それは男達に恐怖や戸惑いを与えたようで、一歩後ずさりする者や顔に不安を浮かべている者が現れ始めた。
 奴らの中で何かズレが生じたのだろう。
 この好機を逃すわけにはいかずに柄に手を掛けて技の準備に入ろうとすると後方から鳥の鳴く声が聞こえ、それは近付くにつれ弱く、掠れてきている。

 「鳥・・・、いやこれは。」

 柄に手を掛けるのをやめ、再び印を結ぶと手近にいる攻めあぐね半月刀をむけているだけの賊を踏み台にして空へと跳び上がりそれを見た。

 「ミラのものだな。・・・、やはり好機か。」

 勢いこそ落ちてはいるが、矢は武器をして生きており。
 地に戻りながら詠唱を始め、干渉を施しながら更に着地地点を確保する為に得物を放つ。
 肉を貫き地面に突き刺さる傘。
 そして亡骸を踏み砕くように降り立ち、鞘ともいえる布の槍から再び刃を抜くと言霊と共に壁を粉砕する為に動き出す。
 一迅を走らせ懸命に防ごうと一撃目の太刀筋に合わせてくるがそれは徒労に終わり打ち合う間もなく鉄は割れ、身体は血飛沫を上げて肉塊へとなる。
 放っているものは飛ぶ斬撃、力を纏ってない得物や抗う術を持っていないものはただ命を散らしていくだけだ。
 そして・・・。

 「流れるものよ 全てに存在するものよ 我が源に集え 我が声に集え・・・。」

 干渉を受けた鳥は生命を吹き返し、空をも斬る速度と鋭利な嘴をもって術士のもとへと飛んでいき。
 阻もうとする者、立ち塞がろうとする者の肉を裂き、腹を食い破っていく。

 「介し吹き込め 介し舞い踊れ・・・。」

 叩き折ろうと試み、指示を出している声が前方から聞こえてるが速く矢としてありえない軌道を描いているものに触れることは困難だろう。

 「情けを与えるのではなく 救いを与えるように・・・。」

 一人、また一人と魔力の渦を放っていた者を貫いていき。
 近くにいるものも防御不可能な斬撃のもとに数を減らしていった。

 「慈悲を 慈愛を 二つの救いを抱き・・・。」

 一度でも恐怖や戸惑いが出てしまうとそれを払拭するのは難しい。
 死を恐れ逃げ出す者や身を屈め命乞いをする者が出てきている。

 「討ち拉がれ 砕け散れ!」

 他者の命を自分の都合で奪って、いざその立場になると必死に遠ざかろうとするとは、いい身分だ。
 鳥に生命を吹き込んだものとは別に練った術式が完成し、今までに幾多の赤を吸ったかわからない得物たちが最後の紅を求め空を駆け始めた。
 狂気、悲鳴、泣く声、断末魔がその場を支配する。
 それもそうだろう。
 今まで自分達が振り下ろしていたものが刃を向けて襲い掛かってきているのだから。
 醜い声を聞きながら後の処理を術に任せ俺は眼前の敵と対峙した。

 「てめぇ・・・。何者だ?教団の屑共・・・、じゃねぇな。冒険者って風貌でもねぇ・・・。」

 「お前が知る必要もないだろ。」

 「尤もだ。今から死んじまう奴の事なんぞ・・・。知らなくてもいいわな!」

 肩で抱えていた三日月刀を予備動作もなく振り下ろしてくる。
 だが、その斬撃は余りにも遅く・・・。

 「なっ!?」

 簡単に突けるほど隙だらけであり。

 「遅い。」

 活性化をしている状態では。

 「洒落臭せぇ!焼け死ね!」

 魔法ですら。

 「何!?この距離で・・・、だと。」

 児戯に等しかった。
 無詠唱、振り下ろした腕とは反対の手で放たれた炎の塊を、一振りの刃で掻き消し奴に今度はこちらから斬りかかっていく。
 腕の力を抜き、しならせる様に鏡面化した鉄を突き撃ち。
 側面で受け止められた瞬間に手首を引いて更に伸ばし突撃を放つ。
 半月刀にひびが入っていき受けた男は衝撃を支えきれずによろめきながら後退しそこに大きな隙が生まれた。

 「終わりだ。」

 地面を蹴り、鞘が刺さっている所まで下がると刃を元あった場所へと収める。
 柄と骨組みが打ち合わさる音と共に鳥が一鳴きし肩を貫き、血を吸えなかった刃が餓えた獣の如く全身に撃ち込まれ。

 「ば、ばか・・・。な・・・。」

 牙に噛み裂かれるように細切れとなって絶命した。
 これで俺の周りにいた奴らの始末が終わったはずだ。
 風を起こし、現状を確認していく。
 血に染まった大地、地に転がる躯。
 賊が引いていたのか自分達のものとは違う馬車が二台。
 そして、息荒げな固体が二つと馬車から出てくる者が二つ。

 「どうやらあちらにも手間をかけさせてしまったか。」

 守ると決めていて、二人の手を煩わせてしまうとは、俺もまだまだだな。
 一息程つき、傘を収めると彼女達のもとへと歩み寄る。
 近くまで着いた所で、アルヒミアが気付いたのか声を上げて手を振ってきた。

 「エルーゥ!」

 それに応え手を軽く振り更に距離を縮めていき。

 「二人ともお疲れ様。」

 「いや、旦那様こそ。」

 「だな。あの数を一人でだからな・・・。」

 お互いに労いの言葉を掛け合う。

 「あれぐらいは、なんと・・・。か・・・。」

 軽く返事をしようとすると、突然虚脱感と胸に激しい痛みが湧き出してくる。
 どうやら力を完全に使い切ってしまった事による反動が起きてるようだ。
 膝が急に曲がり、全身を支えるのも辛くなってきた。

 「エルフィール!?」

 「エル!?」

 突如として目の前で釣り合いを崩し地に膝を着けばこんな反応にもなるだろう。
 駆け寄ってくる彼女達を制しながら無理矢理身体を立たせ。

 「だ、大丈夫だ。」

 平静を装い、安心をさせてやる。

 「大丈夫な訳ないでしょう!」

 「そうだぞ、どこかやられたのか?」

 しかしそれでも止まることなく、スパスィに肩を貸されミラに全身を触られていく。

 「し、暫く休めば・・・。動けるようにはなる。それよりも、あちらを片付けないと。」

 嫌な汗が頬を伝い、力の入らない身体、痛む胸部。
 全てを押さえ込みながら賊達の馬車を指差す。

 「あれ?何か乗ってるのかしら。」

 「宝物かな?」

 「いや、あれにはたぶん・・・。」

 「人間の女性に子供、魔物娘が乗っている。」

 「えっ!?」

 「何!?」

 「やはりか・・・。」

 「気付いていたのかスパスィ・・・。」

 「ええ、こいつらが私とミラを見て。食えないのが残念だ、いい金になる。と言っていたので。」

 「なるほどな。ミラ、そろそろいいか?彼女たちを解放しないと・・・。」

 「あ、ああ・・・。見た所無傷、だがこの状態・・・。何をしたんだエルフィール・・・。」

 「ちょっとした無茶さ。それより早く行こう。」

 悟られぬよう再度平静を装い、何事もなかった振る舞いをして馬車へと向かっていく。
 天幕が風にはためくだけで動きがひとつもない。
 生命反応は感じたところを見ると全員が恐怖で動けないのだろう。

 「スパスィ、ミラ、ルヴィニはそっちを俺とアルヒミアはこっちを開けるぞ。」

 「わかった。」

 「いいわよ。」

 馬車が辿り着くと二手にわかれて中の様子を見に動いた。
 仕切り幕を開けてみると、襤褸な布切れで出来た服を着て手足を縛られ猿轡までさせられた人間の女性と子供が恐怖に顔を震わせ目尻に涙を浮かべながら俺達を見ている。

 「なによこれ・・・。酷過ぎる・・・。」

 「そうだな。」

 早く開放してやろうと、一歩踏み出すと近付くなと言わんばかりに全員が後退していく。

 「ふむ・・・、さらった賊達の一員と勘違いしてるようだが。奴等は外でくたばっている。俺達は貴方等を解放したいだけだ。ジッとしてくれると助かるんだが。」

 自分は敵ではない。
 そう訴えかけると少しは警戒が解けたのか恐怖は和らぎ、周囲と目を合わせ始めた。

 「とりあえず手足の縄と猿轡を外させてもらおう。アルヒミアは猿轡をこっちは縄を切ろう。」

 「いいわよ。で、どの子からいくの?」

 「あの子からいこう。」

 真っ直ぐと俺を見てくる少年と目が合い、彼から始めることにする。
 傷付けなくなかったのか鬱血しない程度だが拘束するのに適した結びで締めてあった。

 「動くなよ?」

 一応注意だけしてロングソードを取り出し枷となる縄を断ち、言葉を封じていていたものをとってやる。

 「ありがとう。おじさん、ドワーフのおねぇちゃん。」

 「ああ、礼が言えるとは偉いな少年。」

 「うん!」

 「いい子ね。外で待ってて、皆の分済ませちゃうから。」

 「はーい。」

 今まで捕まっていたとは思えない程元気な返事をして少年は外へと出て行く。
 次の人をと思い視線を移すと先程とは少し空気が変化しており。
 半分程の人間から軽い敵意と蔑むような目線を放っていたのだ。

 「なるほど、反魔物領の・・・。爵位持ちが捕まっているのか。」

 先入観や思い込み。
 二つからくるものが無意識にそれを放っていたのだろう。
 発した言葉に驚き、少し動揺し始めた。

 「慌てる事はない。先入観や思い込みもあるだろう。だが俺達は傷付けたり襲ったりなどはしない。信じろ・・・、とは言わないさ。唯少し、我慢してくれればいい。」

 敵意と慌て驚くのは消えたが蔑み、いや屈辱感というべきものは消えてはいない。
 丁寧に一人一人縄を切り、猿轡を解いていく中で、解放されても無言で出て行く者が多く親魔物領の出身と思われる人だけはきっちりと礼をいってくれる。
 三分の一程終わっただろうか、外が騒がしい。
 何かあったのだろうかと思っているとルヴィニが馬車の中へ顔を覗かせてきた。

 「うぅ・・・。化け物だって・・・、酷いよ・・・。」

 「どうしたルヴィニ?」

 「エルさん、外の人が僕を見るなり化け物が出たって後退りするんだよ。酷いと思わない?」

 「ルヴィニ・・・。」

 俺は彼女に近付くと中へと引き入れて優しく抱きしめてやる。

 「化け物なんかじゃない。君は綺麗で素晴らしい女性なんだ。誰に何かを言われようとも俺はちゃんと見てるよ。」

 「あぅ・・・。エルさん・・・。」

 「いいって、ルヴィニ。あっちはどうなってる?」

 身体を離し、軽く頭を撫でながら彼女に尋ねた。

 「手足に金属製の錠が着けられてたけど、なんとか外せてるよ。もうすぐ終わるんじゃないかな。」

 「わかった。解放された彼女達の具合はどうだ?」

 「僕が見たところ、心身ともに健康そうだったよ。」

 「そうか。ならこちらを手伝ってくれ。どうにも人数が多い。」

 「うん。わかった。」

 「アルヒミア、ルヴィニと二人でやってくれるか?」

 「ええ、ルヴィニ。さっそくやりましょ。」

 「さて、再開するか。」

 ルヴィニが加わってくれたことにより速度も上がり、作業は速く進んでいく。
 最後の女性が終わり外へ出ると、そこには結構な数の人だかりが待っていた。
 人間の女性六十名、子供男女合わせて二十名、そして魔物娘が様々な種族合わせて五十名ほどだ。

 「で、エルフィール。彼女達をどうするんだ?」

 「そりゃ安全な所まで送らないとな。」

 「全員を?」

 「もちろんだ。」

 そしてここからの自分達がとる行動を全員に説明する。
 二組わかれて、一組は近くの親魔物領といっても山を越えた先にあるものだがそちらを目指し。
 もう一組は、後方にある中立領の村へ行く事を告げどちらへ行きたいか考えて欲しいと指示を出す。

 「スパスィとミラで皆の安全を確保してくれ。俺は彼女達を送った後追いつく。」

 「誰かが旦那様の側にいた方がいいんじゃないか?」

 「そうよ。体調悪いんじゃないの?」

 「少し休んだから大丈夫だよ。それよりも中立領には教団の増援部隊が来ている可能性が高い。」

 「ああ・・・、鉢合わせになったら一悶着ありそうだもんね。」

 「それは絶対に避けたいところだからな。だから単独で動いた方がいいだろう。」

 分かれてもらっている間に俺達側の組み分けを話し合い。
 とりあえず俺の意見が通ったところでこちらへと近付いてくるゴブリンとワーウルフ。それと人間の女性数名と子供達の方へと顔を向けた。

 「さて、どうした?」

 「あ、あの・・・。」

 話を聞くと、肉親や仲間がまだあの賊達がいる塒に捕らえられ。
 それを助け出して欲しいととの事。
 さて、どうするか・・・。
 力はもう空の状態だが、人や魔物娘の危機を見逃すことはしたくない。
 そう考えてみんなの方へ顔を向けると。

 「行くんだろ?エルフィール。」

 「言わなくてもわかるわよ。」

 どうやら心の中は見透かされているようだ。

 「組み分けを増やさないと。」

 「戦闘になるだろうから私やミラは必要だろうな。」

 仲間に、慕ってくれる者に感謝をし。
 最適な組み合わせを模索すべく、話し合いを始めるのだった。
12/08/18 22:25更新 / 朱色の羽
戻る 次へ

■作者メッセージ
 十三章からおよそ三ヶ月。
 猫又話から約二カ月。
 恥ずかしながら帰ってまいりました。

 PCが猫又話を投稿した三日後にクラッシュしてしまい。
 ノートを買うまで姿も影も見せれませんでした。
 しかし、なんとか復活です。

 携帯しか使えなかった時、魔物娘SSは心の支えでした。
 作者メッセージを使わせていただき。健康クロスさま、SS作者の皆様方に深くお礼申し上げたく存じます。

 そして遅らせながら第十四章でございますですよ。
 無双状態ですが反動がでてきております。
 この状態で彼等が向かう先は賊の塒、どうなってしまうのかは十五章をお楽しみに。

 感想をいただけると狂気乱舞し、突っ込みをいただくと勉強になります。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33