帰り道
グルリと軽く町を一周して用も済ませたので帰ることにする。
クーネは町が随分と気に入ったらしく、まだ遊びたい、と主張してきた。まだ沢山見所があるので、もっと色々なところを案内してあげたいところだが、首を横に振った。もちろんクーネは不満げに触手を動かしたが、次回の楽しみにしようと約束すると渋々ながら私の言葉に従った。
門をくぐる前に何度も振り返り、「また一緒に連れてきてね? 約束だよ?」とでも言うように小指に触手を絡めて指きりを要求した。
「分かってるって。 さ、帰ろう?」
軽く上下に振ると嬉しそうに頷いて、チョコチョコと短い足を動かして後ろにくっついてきた。
「お、帰るのかい?」
「うん。 手続きお願いできますか?」
「大丈夫だよ」
そろそろ勤務時間が終わるらしく、ノンビリと帰り支度をしていた門番は作業の手を止めて柔らかい笑みを浮かべた。出国の手続きは入国の時よりも簡単なので、名前を書くだけで良い。いつの間にか触手も入国ができるようになったのか、クーネの分も書類が出来上がっていた。
羽ペンとインクを貸してもらって、名前を書き込む。クーネの分も代わりに書こうと思ったら、触手で器用に羽ペンを持つとカリカリと羊皮紙の上を走らせた。
町は非常に治安が良いので、文字が読めなくても騙されるようなことはないし、書けなかったからと言って一方的な契約を結ばれることは無い。けれど、マスターは、町で仕事を見つけるためには読み書きができた方が良い、と言って私に読み書きを教えてくれた。クーネも私が文字を教えたので一応は読み書きができる。
「んー・・・ まぁ、読めるからいいか!」
書類を提出すると、暫く紙と睨めっこした後に兵士カラカラと笑った。その言葉にクーネは少しだけ恥ずかしそうに身体を丸めてしまったので、思わず苦笑してしまう。確かにどちらかというと、見た目は触手のように自由な形をしている。
クーネは申し訳なさそうにテーブルの下から兵士を見上げると、慰めるようにテーブル越しに手を伸ばして撫でてくれた。
硬く厚い手で乱暴に撫でられるとクーネは少し戸惑ったようだが、すぐに慣れたらしく嬉しそうに甘えた声を出しながら体をこすり付け始める。感謝を示すように身体を巻きつけて先端を手に押し付けた。クーネなりの誠意の示し方だ。
「さて、書類の申請が受理されるのを待つ間に、甘い物でも如何かな?」
書類を魔法陣の上に置いて転送すると、金属の箱を取り出して誘ってきた。蓋を開けると珍しいクッキーが入っていた。
「リディアが町に居る間に行商のゴブリンがやってきてね、ちょっと買ってみたんだ」
「いいね! じゃあ、私が紅茶を準備してあげる! 給湯室借りても良い?」
「そこの右手奥の部屋だよ、ある物は適当に使って良い。 届かなかったら言って」
「大丈夫! クーネが居るから」
クーネは任せてよ、と胸を張る。勿論、触手だから、正確にはどこが胸なのか分からないのだけど、なんとなくそう見えてしまうから不思議だ。
・・・
手続きを終えて、詰め所を後にする。
貰ったクッキーは少し変わった作り方をしているらしく、とても美味しかった。兵士達には甘い物は疲れが取れるので有難いけれど、どちらかといえば肉が良い、という人が多いらしく若干不評らしい。
「でも、紅茶を一口で飲んじゃうのは頂けないよね? 紅茶は楽しまないと駄目だと思うの」
ポツリとここに居ない兵士達に文句を零してみる。
折角用意したのだから味わって飲んでもらいたいという気はする。陶器の器が無かったから木で削ったコップで代用したとは言え、ビールじゃないのだからコップを煽って飲むのは如何なものか。
紅茶とは香りを嗅ぎ、それから茶葉の甘みを楽しむ繊細なものなのだ。
「まぁ、御土産ももらっちゃったし良いか」
あそこに居る人達は、紅茶を片手にクッキーを摘むよりも、ぶどう酒を飲みながら肉に豪快に齧り付いている方が似合っている気がする。力持ちで優しいけどちょっと粗野で不器用な人達なのだ。そんな繊細なことを求める方が酷だろう。
それに、私は彼らのそんな所が大好きだ。
帰り道を歩きながら言うとクーネは同意を示すように「キュー♪」と鳴いた。クーネも彼らのことが随分と気に入っているらしい。クーネは、小さな袋に入れてもらったお土産のクッキーを大事そうに抱えている。先ほどから、時折袋の結び目に触手を押し当て匂いを楽しんでいるようだ。
「・・・つまみ食いは駄目だからね?」
念のため釘を刺しておく。
クーネは「キュ・・・」と小さく鳴いた後、物凄い勢いで小刻みに触手を動かして頷いた。その姿は何だか凄く怪しい。後でクーネの持っている袋の中身を確認しておく必要があるな、と確信する。
もっともつまみ食いをしていたら、クーネにあげる分のクッキーを減らすだけなので大して問題は無かったりする。
再び歩き始める。
空を見上げると随分と日が西へと傾いていた。このあたりは大型の獣は居ないし、夜目の利く魔物が居るので、暗くなっても道案内をしてもらえるとは思うけれど、少し急いだ方が良いだろう。
「クーネ、急ぐからおいで」
名前を呼ばれた事に気が付くと、一生懸命に駆け寄ってきた。
ゆるゆると不思議そうに伸ばしてきた触手の上に手を乗せて軽く撫でてやる。心地良いのか暫くされるがまま、唐突に仕返しを思いついたらしく指に甘噛みをしてきた。むにゅむにゅと口内で弄られる。気持ち良いやら、くすぐったいやら思わず頬が緩んでしまう。
暫くじゃれた後、手を離してもらってクーネを抱きかかえる。
「こーら、暴れないの。 危ないよ?」
クーネは触手を動かして抵抗する。抵抗といってもそれほど激しいものではなく、どちらかといえば「降ろして!」という自己主張に近い。きっと、抱っこされるのが恥ずかしいのだろう。クーネはどうでも良いような意地を張るのだ。
ちょっと叱ると大人しくなり、最後の抵抗と言うように頬に触手を少し強く押し付けてから壷の中に納まった。
夕暮れの中を歩く。
夕日に照らされた山道はまるで燃えているようだ。その光景はとても綺麗で素敵だ。周囲に気を取られていると、いつの間にかクーネも壷のフチに触手を引っ掛けて外の様子を一緒になって眺めている。
「よっと」
とりあえずクーネの事を抱え直して触手の先端を指でコリコリする。クーネはキュー、キューと意味も無くただご機嫌に鼻歌を歌っていた。二人で泳ぐように山の中を歩き自分の家へと向かう。
「クーネはさぁ、好きな女の子とかいるの?」
なんとなく訊いてみた。居るかどうかなんて分からないし、仮に居たとしても応えてもらえるとは思っていない。だからこ、これはただの世間話という奴だ。
私の言葉にクーネは驚いたように触手を動かした。その姿はちょっとコミカルである。
それから暫くパタパタと触手を動かした後、結局「そんなの恥ずかしくて言えないよ」とでも言うように身をかがめて腕の中からコチラを見上げてきた。
「ごめんごめん、単なる思い付きだよ」
一応謝ってみたけれどクーネは短く抗議の声を鳴いた。
・・・
好きな女の子が居るの?
そんな馬鹿な質問があるだろうか
もちろん居るに決まってる
もしも口があったら大きな声で即答できる
大好きなのは、あの子だよって
でも、リディアには絶対にいえない。
リディアに言うのだけは恥ずかしい。
だって、好きなのは君だもの。
もちろんリディアが自分に好意を抱いてくれるのは知っている。けれど、それは自分を育ててくれる事による愛着だ。いわば、家族としての愛情だ。
種から目が覚めた時に彼女に対して抱いたのは、育ててくれた事に対する感謝の気持ちだ。それから一緒に生活していく内に段々と感謝すべき相手から掛替えの無い大切な家族となった。
でも、そう思えなくなったのはいつから?
もちろん、他の人が大切じゃないわけじゃない。ニアだって大切な友達であり家族のように大切に思っているし、エリシアさんだって凄く頼りになる尊敬できる魔物だと思っている。けれど、リディアの事だけは特別なんだ。
何が違うのが分からない。
いつもどこか危なっかしくて見ているだけでハラハラするし、楽しそうにニコニコ笑っている表情を見るとこの上なく幸せになる。
それに夜リディアの事を思うと壷の中がきゅーって苦しくなる。無防備であどけない表情を見ると滅茶苦茶にしたくなる。汚したいし、壊してしまいたい。魔力を求める欲求が頭をもたげてきてどうにかなってしまいそうになる。けれど、同時に思うのだ。この表情をとっても大事な宝物だと。絶対に汚してはいけなくて、絶対に守らないといけないものなんだと。
多分、これが「好き」なんだろう。
今まで誰かに「好き」ってどんな事とも習ったことはないし、他の触手仲間に「好き」ってどんな事なのかも聞いた事が無いから分からない。だから、何の根拠もないけれど。
「やっぱり、種族の壁って大きいのかな?」
唐突にリディアが呟いた。触手を向ける。リディアはどこか寂しそうな表情を浮かべていた。見ていたらとても悲しくなりそうだ。だから、首を振る。
種族の壁なんて、あってないようなものだ、と
リディアは顔を輝かせた。
自分はただの触手だ。触手は性欲処理の道具にはなれるかもしれないけれど、魔物のパートナーになれない。けれど、それでも育ててくれた大切な人の幸せを祈る位は許されるだろう。
だからこれは嘘。
種族の壁を越えるのは難しいけれど、人と魔物ならばきっとできるよ。そんな願いを込めたささやかな祈りだ。
・・・
「種族なんて関係ないよ」
クーネはユルユルと触手を振った。
嬉しかった。
そうだ、種族なんて大したことじゃない。
よく考えてみれば、魔物と人だって全然違う種族じゃないか。それなら触手と魔物がどうして分かり合えないのだろうか。先人達に習えばきっとできないことはない。大丈夫。
私は躊躇わないよ。
「クーネ、ありがと」
私は嬉々として帰路に着いた。
クーネは町が随分と気に入ったらしく、まだ遊びたい、と主張してきた。まだ沢山見所があるので、もっと色々なところを案内してあげたいところだが、首を横に振った。もちろんクーネは不満げに触手を動かしたが、次回の楽しみにしようと約束すると渋々ながら私の言葉に従った。
門をくぐる前に何度も振り返り、「また一緒に連れてきてね? 約束だよ?」とでも言うように小指に触手を絡めて指きりを要求した。
「分かってるって。 さ、帰ろう?」
軽く上下に振ると嬉しそうに頷いて、チョコチョコと短い足を動かして後ろにくっついてきた。
「お、帰るのかい?」
「うん。 手続きお願いできますか?」
「大丈夫だよ」
そろそろ勤務時間が終わるらしく、ノンビリと帰り支度をしていた門番は作業の手を止めて柔らかい笑みを浮かべた。出国の手続きは入国の時よりも簡単なので、名前を書くだけで良い。いつの間にか触手も入国ができるようになったのか、クーネの分も書類が出来上がっていた。
羽ペンとインクを貸してもらって、名前を書き込む。クーネの分も代わりに書こうと思ったら、触手で器用に羽ペンを持つとカリカリと羊皮紙の上を走らせた。
町は非常に治安が良いので、文字が読めなくても騙されるようなことはないし、書けなかったからと言って一方的な契約を結ばれることは無い。けれど、マスターは、町で仕事を見つけるためには読み書きができた方が良い、と言って私に読み書きを教えてくれた。クーネも私が文字を教えたので一応は読み書きができる。
「んー・・・ まぁ、読めるからいいか!」
書類を提出すると、暫く紙と睨めっこした後に兵士カラカラと笑った。その言葉にクーネは少しだけ恥ずかしそうに身体を丸めてしまったので、思わず苦笑してしまう。確かにどちらかというと、見た目は触手のように自由な形をしている。
クーネは申し訳なさそうにテーブルの下から兵士を見上げると、慰めるようにテーブル越しに手を伸ばして撫でてくれた。
硬く厚い手で乱暴に撫でられるとクーネは少し戸惑ったようだが、すぐに慣れたらしく嬉しそうに甘えた声を出しながら体をこすり付け始める。感謝を示すように身体を巻きつけて先端を手に押し付けた。クーネなりの誠意の示し方だ。
「さて、書類の申請が受理されるのを待つ間に、甘い物でも如何かな?」
書類を魔法陣の上に置いて転送すると、金属の箱を取り出して誘ってきた。蓋を開けると珍しいクッキーが入っていた。
「リディアが町に居る間に行商のゴブリンがやってきてね、ちょっと買ってみたんだ」
「いいね! じゃあ、私が紅茶を準備してあげる! 給湯室借りても良い?」
「そこの右手奥の部屋だよ、ある物は適当に使って良い。 届かなかったら言って」
「大丈夫! クーネが居るから」
クーネは任せてよ、と胸を張る。勿論、触手だから、正確にはどこが胸なのか分からないのだけど、なんとなくそう見えてしまうから不思議だ。
・・・
手続きを終えて、詰め所を後にする。
貰ったクッキーは少し変わった作り方をしているらしく、とても美味しかった。兵士達には甘い物は疲れが取れるので有難いけれど、どちらかといえば肉が良い、という人が多いらしく若干不評らしい。
「でも、紅茶を一口で飲んじゃうのは頂けないよね? 紅茶は楽しまないと駄目だと思うの」
ポツリとここに居ない兵士達に文句を零してみる。
折角用意したのだから味わって飲んでもらいたいという気はする。陶器の器が無かったから木で削ったコップで代用したとは言え、ビールじゃないのだからコップを煽って飲むのは如何なものか。
紅茶とは香りを嗅ぎ、それから茶葉の甘みを楽しむ繊細なものなのだ。
「まぁ、御土産ももらっちゃったし良いか」
あそこに居る人達は、紅茶を片手にクッキーを摘むよりも、ぶどう酒を飲みながら肉に豪快に齧り付いている方が似合っている気がする。力持ちで優しいけどちょっと粗野で不器用な人達なのだ。そんな繊細なことを求める方が酷だろう。
それに、私は彼らのそんな所が大好きだ。
帰り道を歩きながら言うとクーネは同意を示すように「キュー♪」と鳴いた。クーネも彼らのことが随分と気に入っているらしい。クーネは、小さな袋に入れてもらったお土産のクッキーを大事そうに抱えている。先ほどから、時折袋の結び目に触手を押し当て匂いを楽しんでいるようだ。
「・・・つまみ食いは駄目だからね?」
念のため釘を刺しておく。
クーネは「キュ・・・」と小さく鳴いた後、物凄い勢いで小刻みに触手を動かして頷いた。その姿は何だか凄く怪しい。後でクーネの持っている袋の中身を確認しておく必要があるな、と確信する。
もっともつまみ食いをしていたら、クーネにあげる分のクッキーを減らすだけなので大して問題は無かったりする。
再び歩き始める。
空を見上げると随分と日が西へと傾いていた。このあたりは大型の獣は居ないし、夜目の利く魔物が居るので、暗くなっても道案内をしてもらえるとは思うけれど、少し急いだ方が良いだろう。
「クーネ、急ぐからおいで」
名前を呼ばれた事に気が付くと、一生懸命に駆け寄ってきた。
ゆるゆると不思議そうに伸ばしてきた触手の上に手を乗せて軽く撫でてやる。心地良いのか暫くされるがまま、唐突に仕返しを思いついたらしく指に甘噛みをしてきた。むにゅむにゅと口内で弄られる。気持ち良いやら、くすぐったいやら思わず頬が緩んでしまう。
暫くじゃれた後、手を離してもらってクーネを抱きかかえる。
「こーら、暴れないの。 危ないよ?」
クーネは触手を動かして抵抗する。抵抗といってもそれほど激しいものではなく、どちらかといえば「降ろして!」という自己主張に近い。きっと、抱っこされるのが恥ずかしいのだろう。クーネはどうでも良いような意地を張るのだ。
ちょっと叱ると大人しくなり、最後の抵抗と言うように頬に触手を少し強く押し付けてから壷の中に納まった。
夕暮れの中を歩く。
夕日に照らされた山道はまるで燃えているようだ。その光景はとても綺麗で素敵だ。周囲に気を取られていると、いつの間にかクーネも壷のフチに触手を引っ掛けて外の様子を一緒になって眺めている。
「よっと」
とりあえずクーネの事を抱え直して触手の先端を指でコリコリする。クーネはキュー、キューと意味も無くただご機嫌に鼻歌を歌っていた。二人で泳ぐように山の中を歩き自分の家へと向かう。
「クーネはさぁ、好きな女の子とかいるの?」
なんとなく訊いてみた。居るかどうかなんて分からないし、仮に居たとしても応えてもらえるとは思っていない。だからこ、これはただの世間話という奴だ。
私の言葉にクーネは驚いたように触手を動かした。その姿はちょっとコミカルである。
それから暫くパタパタと触手を動かした後、結局「そんなの恥ずかしくて言えないよ」とでも言うように身をかがめて腕の中からコチラを見上げてきた。
「ごめんごめん、単なる思い付きだよ」
一応謝ってみたけれどクーネは短く抗議の声を鳴いた。
・・・
好きな女の子が居るの?
そんな馬鹿な質問があるだろうか
もちろん居るに決まってる
もしも口があったら大きな声で即答できる
大好きなのは、あの子だよって
でも、リディアには絶対にいえない。
リディアに言うのだけは恥ずかしい。
だって、好きなのは君だもの。
もちろんリディアが自分に好意を抱いてくれるのは知っている。けれど、それは自分を育ててくれる事による愛着だ。いわば、家族としての愛情だ。
種から目が覚めた時に彼女に対して抱いたのは、育ててくれた事に対する感謝の気持ちだ。それから一緒に生活していく内に段々と感謝すべき相手から掛替えの無い大切な家族となった。
でも、そう思えなくなったのはいつから?
もちろん、他の人が大切じゃないわけじゃない。ニアだって大切な友達であり家族のように大切に思っているし、エリシアさんだって凄く頼りになる尊敬できる魔物だと思っている。けれど、リディアの事だけは特別なんだ。
何が違うのが分からない。
いつもどこか危なっかしくて見ているだけでハラハラするし、楽しそうにニコニコ笑っている表情を見るとこの上なく幸せになる。
それに夜リディアの事を思うと壷の中がきゅーって苦しくなる。無防備であどけない表情を見ると滅茶苦茶にしたくなる。汚したいし、壊してしまいたい。魔力を求める欲求が頭をもたげてきてどうにかなってしまいそうになる。けれど、同時に思うのだ。この表情をとっても大事な宝物だと。絶対に汚してはいけなくて、絶対に守らないといけないものなんだと。
多分、これが「好き」なんだろう。
今まで誰かに「好き」ってどんな事とも習ったことはないし、他の触手仲間に「好き」ってどんな事なのかも聞いた事が無いから分からない。だから、何の根拠もないけれど。
「やっぱり、種族の壁って大きいのかな?」
唐突にリディアが呟いた。触手を向ける。リディアはどこか寂しそうな表情を浮かべていた。見ていたらとても悲しくなりそうだ。だから、首を振る。
種族の壁なんて、あってないようなものだ、と
リディアは顔を輝かせた。
自分はただの触手だ。触手は性欲処理の道具にはなれるかもしれないけれど、魔物のパートナーになれない。けれど、それでも育ててくれた大切な人の幸せを祈る位は許されるだろう。
だからこれは嘘。
種族の壁を越えるのは難しいけれど、人と魔物ならばきっとできるよ。そんな願いを込めたささやかな祈りだ。
・・・
「種族なんて関係ないよ」
クーネはユルユルと触手を振った。
嬉しかった。
そうだ、種族なんて大したことじゃない。
よく考えてみれば、魔物と人だって全然違う種族じゃないか。それなら触手と魔物がどうして分かり合えないのだろうか。先人達に習えばきっとできないことはない。大丈夫。
私は躊躇わないよ。
「クーネ、ありがと」
私は嬉々として帰路に着いた。
11/08/08 01:03更新 / 佐藤 敏夫
戻る
次へ